トリップ先のあれやこれ(完結)   作:青菜

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第10話

 A組との賭けで勝ち取った、沖縄離島リゾート2泊3日間。

 そこで夏休みの、かつてないほど大掛かりな暗殺計画が幕を開けた。

 その結果、殺せんせーをいいところまで追い詰めたものの、奥の手中の奥の手である完全防御形態になられ、なすすべが無くなった。

 完全防御形態になったら、二十四時間殺せんせーは動けない。

 そんな時、E組生徒に異常が起きた。

 掛かってきた電話によると、人工的に作り出したウィルスの仕業らしい。

 山頂にあるホテルに渚と菜々、茅野で殺せんせーを渡しに来れば、治療薬を渡すと言われる。

 政府としてホテルに問い合わせて見ても「プライバシー」を繰り返されるばかり。

 烏間によると、そのホテルにはきな臭い噂があるらしい。

 打つ手なしだと思われた。

 敵の目的は殺せんせーのようだが、渡しに行った生徒達を人質に取り、薬も渡さず逃げられる可能性もある。

 どうするか烏間が考えあぐねていると、殺せんせーが発言する。

「良い方法がありますよ」

 

 殺せんせーの提案とは、動ける生徒全員での奇襲攻撃だった。

 烏間は殺せんせーの提案に乗ることにした。

 一方、鬼灯がそのホテルに泊まっている事を知っている菜々は、胃薬が欲しくなってきていた。

 

 

 *

 

 

 全員が第一関門である崖を登り切ると、侵入ルートの最終確認が行われた。

 フロントが渡す各階ごとの専用ICキーが必要なため、階段を登るしかない。

 しかも、階段はバラバラに設置されており、最上階に着くまで長い距離を歩かなくてはならない。

 

 時間が無いため、すぐに出発する事になった。

 烏間の指示でロビーまで誰にも出くわさずに到着したが、ここが最大の難所だ。

 ロビーを通らなければ上に行けない構造なので、チェックが最も厳しい。

 全員が発見されずに通過するのはまず無理だと思われたが、イリーナが注意を引いているうちに無事通過する事が出来た。

 

 

 客のふりをしながら歩いていると、三階に着いた。

「ヘッ、楽勝じゃねーか。時間ねーんだからさっさと進もうぜ」

 中広間に差し掛かると、今まで何もなかったせいか、寺坂と吉田が一番前を歩いていた烏間を追い越して走っていった。

 向こう側から歩いて来る人間の顔を見た不破が叫ぶ。

「寺坂君‼︎ そいつ危ない‼︎」

 菜々は彼の顔を見て、不破が言いたい事が分かった。

 何事だと寺坂が振り返るのと男がマスクをつけ、なにかを取り出したのはほぼ同時だった。

 とっさに、烏間が寺坂と吉田を後ろに投げ飛ばす。

 手加減はできなかったが、授業で受け身の方法はきっちりと教え込んでいるので平気だろう。

 そんな事を烏間が頭の片隅で思うと、男がガスを噴射した。

 すぐに頭を戦闘に切り替え、烏間は腕で体を守りながら、相手が持っているガスを出した道具を蹴り飛ばす。

 それからすぐ、彼らは間合いを取った。

 暗殺者がなぜ分かったのか不破に尋ね、不破が推理を始める。

 暗殺者の注意が不破に向いているうちに、菜々達は烏間の指示通り敵の退路を防いだ。

 

 体中に毒が回った烏間が、床に手をついたのを見届けて戻ろうとしたスモッグは、退路を塞がれている事に驚いた。

 スモッグが驚きを隠せないでいると、後ろから声が聞こえて来た。

「敵と遭遇した場合、即座に退路を塞ぎ連絡を断つ。指示は全て済ませてある」

 そう言いながら烏間がゆっくりと立ち上がる。

「お前は……我々を見た瞬間に、攻撃せずに報告に帰るべきだったな」

 なんとか立っている状態の烏間を見て、スモッグは鼻で笑った。

「フン、まだしゃべれるとは驚きだ。だが、しょせん他はガキの集まり。お前が死ねば統制が取れずに逃げ出すだろうさ」

 そう言いながら、スモッグはマスクをつけた。

 烏間とスモッグは構える。

 マスクをつけていても笑っている事が分かるスモッグと、意識が朦朧(もうろう)としている烏間。

 生徒達は冷や汗を流しながら二人を見ていた。

 しかし、彼らの不安は杞憂に終わる。

 スモッグが毒を取り出した瞬間、烏間の膝蹴りが彼の顔面に思い切り当たったのだ。

 笑いながらスモッグを蹴る烏間を見て、菜々は鬼灯の笑顔もあんな感じなのだろうかと考えていた。

 生徒達の顔に安堵の表情が浮かんだが、スモッグを倒した瞬間、烏間が倒れた。

 とりあえず、机などを使ってスモッグを隠していると、磯貝に肩を貸してもらって立ち上がった烏間が話した。

「ダメだ。普通に歩くフリをするだけで精一杯だ。戦闘ができる状態まで、30分で戻るかどうか」

 すかさず、(ぞう)をも倒すガスを浴びて歩ける方がおかしいという突っ込みが入るのを聞いて、菜々はこのクラスの突っ込み率って高いよな、と思った。

 まだ三階なのに先生達に頼る事は出来なくなった。

 本当に大丈夫なのだろうか、という疑問を渚達が持ち始めた時、殺せんせーが場違いな事を言った。

「いやぁ、いよいよ『夏休み』って感じですねぇ」

 太陽のマークを顔に浮かべながら言う殺せんせーを見て、全員が無言になった。

 しかし、すぐにブーイングが起こる。

 みんなに頼まれ、渚は殺せんせーが入った袋ごと振り回す。

「よし、寺坂。これねじこむからパンツ下ろしてケツ開いて」

 殺せんせーが充分酔ったところでカルマが良い笑顔でそう言った。

 なんでこれが夏休みなのかと言う渚の問いに、殺せんせーは答える。

 先生と生徒は馴れ合いではない。

 そして夏休みとは、先生の保護が及ばない所で自立性を養う場でもある。

「大丈夫。普段の体育で学んだ事をしっかりやれば、そうそう恐れる敵はいない。君達ならクリアできます。この暗殺夏休みを」

 そう言われ、彼らは進み始めた。

 

 

 五階の展望回廊に(たたず)む男が一人いた。

 これからどうするか、烏間とE組の生徒達がいろいろと考えをめぐらしていると、グリップはガラスにヒビを入れた。

 確か素手でターゲットを殺す暗殺者だっけ。

 菜々は資料に書いてあった事を思い出した。

「つまらぬ。足音を聞く限り、『手強い』と思える者が一人もおらぬ」

 なんか言っているグリップを見ながら菜々は考えを巡らせていた。

 この世界は空手で都大会優勝の女子高生が銃弾を避けたり、電柱にヒビを入れたりしても特に驚かれない世界のはずだ。

 なのに、グリップが窓ガラスに素手でヒビを入れたのを見てクラスメイト達は驚いている。

 これはどう言う事だろうか。

 菜々が米花町が異常という仮説を証明しようとしていた時、ソラに小突かれた。

「どうでもいい事考えてたでしょ。今、大変な事になってるよ」

 周りを見てみると、カルマがグリップと戦っていた。

「どうしてこうなったの? 三行で説明してくれない?」

 菜々はこっそりソラに頼んだが、ため息をつかれただけで説明をしてもらえなかった。

 後で浄玻璃鏡で確認しようと菜々は決め、カルマを見る。

 グリップの攻撃を避けるか(さば)いているのを見て、菜々はカルマが烏間の防御テクニックを目で見て盗んだと気がついた。

 少し経ち、カルマの動きが止まった。

 グリップに合わせて素手で決着をつけると言うカルマ。

 菜々はそんな気は毛頭ないと見抜いた。

 スモッグのガスをすくねているのを見たからだ。

 あの人「ぬ」多いな、誰か突っ込めばいいのにとカルマの突っ込みを聞いていなかった菜々が思っていると、グリップが背中を見せた。

 チャンスとばかりにカルマが飛びかかろうとしたが、毒ガスを噴射される。

 至近距離だったので予想していなければ防げない。

 E組生徒のほとんどがカルマが負けたのだと思った。

 

 しかし、カルマの顔を片手で掴んでベラベラ話しているグリップの顔が急に見えなくなった。

 ガスで(さえぎ)られたのだ。

 口に当てていたハンカチを取り、憎たらしい顔でカルマが言った。

「奇遇だね。二人とも同じ事考えてた」

 毒のせいでガクガク震える足でなんとか立ちながら、グリップは(ふところ)を探る。

「ぬぬぬうううう‼︎」

 謎の奇声を上げながら、グリップがナイフで斬りかかるが、簡単に(さば)かれ、床に叩きつけられる。

「ほら寺坂、早く早く。ガムテと人数使わないとこんな化けモン勝てないって」

 笑顔で言ったカルマを見て、寺坂は頭を掻きながらため息をついた。

「へーへー。テメーが素手で1対1(タイマン)の約束とかもっと無いわな」

 そう言って走り出した寺坂に続いて、他の生徒も倒れているグリップの上に飛び乗った。

 

 

 グリップはガムテープでぐるぐる巻きにされた。

 なぜ自分の攻撃が予想できていたのかとグリップが尋ね、カルマが答えているのを聴きながら、菜々はズボンのポケットに入っているものを触った。

 カルマがスモッグのガスをすくねる前に、菜々も一つもらっておいたのだ。

 いざと言う時に使えるし、使わなかったら烏頭にでも売りつけておこうと菜々が考えていると、カルマがチューブ型のわさびとからしを取り出した。

 めちゃくちゃ良い笑顔だ。

 わさびとからしを鼻にねじ込んで専用クリップで塞ぎ、口の中にブート・ジョロキアをぶち込み、その上からさるぐつわをする。

 そんな予定を楽しそうに語るカルマの肩を菜々が叩く。

「カルマ君にプレゼントがあったんだけど今まで忘れてて……。もしよかったら、これ貰ってくれないかな?」

 カバンに入れておいた、タッパーに敷き詰められた辛子味噌を菜々が渡す。

 グリップの顔が引きつった。

 あくまでカルマがグリップの口に辛子味噌を突っ込んだだけであって、自分は何もしていない。

 ソラに叱られたので、菜々はそう言い訳をしながら、グリップの写真を撮った。

 この後、カルマの非常用持ち出し袋に辛子味噌も入れられたりした。

 

 

 *

 

 

 七階に行くために通らなければならない階段は、六階にあるテラス・ラウンジの奥にある。

 若い女にはチェックが甘いため、女子だけでテラス・ラウンジに入り、裏口を開けて男子達を入れる事になった。

 しかし、男手は欲しい。

「じゃあこうしよう」

 菜々は外のプールサイドに脱ぎ捨ててあった女物の服を持ってきた。

「渚君、この前の女装似合ってたよ」

 いい笑顔で言う菜々を見て、渚は嫌な汗をかいた。

 

 というわけで渚は現在女装中だ。

 自然すぎて新鮮味がないという速水の意見に菜々は首を大きく縦に振った。

 そんな事をしていると、渚がユウジと名乗る男子にナンパされ、連れていかれた。

 菜々は野次馬根性で跡をつけたかったが、片岡に肩をがっしりと掴まれた。

「何をするつもり?」

 片岡を見て菜々は怒った時の沙華を思い出した。

 逆らわないほうがいいという本能に従い、菜々はおとなしくする事にした。

「よう、お嬢達。女だけ? 俺らとどーよ、今夜?」

 こいつら将来衆合地獄に落ちそうだな、と菜々が考えていると、片岡がきっぱり断ろうとした。しかし、矢田に止められる。

「お兄さん達かっこいいから遊びたいけど、あいにく今日はパパ同伴なの、私達。うちのパパ、ちょっと怖いからやめとこ」

 バッチを投げながら言う矢田に男が言い返す。

「ひゃひゃひゃ。パパが怖くてナンパができっか」

 変わった笑い声だな、と菜々は思った。

 殺せんせーの笑い声もかなり変わっているが、この男の笑い声は気持ちが悪い。

 フォオオオと叫び声を上げる変態仮面よりも気持ち悪いと菜々は思った。

 変態仮面は顔に女性物のパンツを被っており、パンツ一丁で網タイツを履いている男子高校生だが、正義の味方だ。

 それに、変態仮面の正体である色丞狂介は正義感が強かった。

 こいつの方が気持ちが悪いと菜々がどうでもいい結論を出した時、ナンパ男達は尻尾を巻いて逃げて行った。

 矢田が見せたバッチの代紋がヤクザの物だったのだ。

 しかも、少数派だが凶悪な事で有名な組織だ。

 

 

 矢田はバッチをイリーナに借りたらしい。

「そういえば矢田さんは一番熱心に聞いてるもんね。ビッチ先生の仕事の話」

 茅野の言葉に菜々も同意を示すために頷いた。

「うん。色仕掛けがしたいわけじゃないけど、殺せんせーも言っていたじゃない。“第二の刃を持て”ってさ。接待術も交渉術も、社会に出た時最高の刃になりそうじゃない?」

 そう言う矢田は生き生きとしていた。

 矢田の意見には菜々も賛成しているが、彼女ほどイリーナの授業は真剣に聞いていない。

 何度か授業をサボっているからだ。

 菜々が逃げ回るため、イリーナは未だに彼女を公開ディープキスの刑に出来ずにいる。

 最近は少なくなったが、少し前まで彼女は菜々を捕まえようとしていた。

 そのため、イリーナから逃げて授業をサボる事がよくあったのだ。

「おお〜。矢田さんはかっこいい大人になるね」

 不破の意見に茅野も同意する。

「う……む……。巨乳なのにホレざるを得ない」

 茅野が心を開いた事に菜々と岡野が驚いていると、店の奥にたどり着いた。

 男手が必要になるかも知れないので、茅野が渚を呼びに行く。

「なんとかあの見張り、おびき出してその隙に通れないかな」

 岡野の呟きに菜々が答える。

「赤い布をひらひらさせれば反応するんじゃない?」

 そんな事を言っていると、速水が急に後ろを振り返った。

「誰かに見られてるような気がする!」

 速水の言葉に、全員が身構える。

 菜々がスモッグのガスをいつでも出せるように、ポケットの中に手を突っ込むと、聞き覚えのある声が聞こえた。

「私ですよ。というかなにやってるんですか?」

 そういえばこの人、このホテルに泊まるって言ってたな、と菜々はぼんやりと思った。

 あの服どこで買ってるんだろう。

 菜々は鬼灯が着ている、リアルな幽霊がプリントされたTシャツを見てそう思った。

 一瞬現実逃避をしかけた菜々だったが、これからどうするべきかを考える。

 鬼灯がここに泊まっていると知っていた事は皆に知られたくない。

「鬼灯さんこそ何やってるんですか?」

「このホテルに泊まってます。このようなホテルに泊まっている人たちを見て、どんな地獄に落ちるか予想するのが好きなんです」

 もうこれ以上話すな、と菜々は目で伝えた。引かれているのが手に取るように分かる。

 とりあえず、何が起こっているのか話す事にした。

 

 茅野に呼ばれた渚が戻ってくると、鬼灯の動きが一瞬止まった。

「渚さんって本当は女性だったんですか?」

 鬼灯の問いに、渚は肩を落とした。

 渚は鬼灯の言葉がショックすぎて、なんでいるのかという疑問が頭から吹き飛んだ。

「似合いますよね」

 そう言いながら菜々は渚の女装姿を撮る。

 そんな事をしてると、ユウジが来た。

 踊り出したが菜々は無視して、さっき撮ったグリップの写真を鬼灯に見せたりしていた。

 ユウジがいかにもなヤクザに絡まれている時、鬼灯はカルマを死後、獄卒として雇う事を本気で考えていた。

 岡野の蹴りで気絶させられたヤクザを見張りが運んでいるうちに、男子達を中に入れる。

 何かあったら律を通して鬼灯に合図をするので、場合によっては警察に連絡するよう烏間が頼んでから、菜々達は六階を後にした。

 

 渚君って天然タラシだよな。死後に衆合地獄で女装して働いて欲しい。

 そんな事を思いながら菜々が階段を上っていると、カルマと渚が()()()()()()かでもめていた。

 

 次の階段の前にいる見張りを見て、殺せんせーは寺坂が持っているスタンガンを使うように言った。

 木村に挑発しておびき出すよう、指示する寺坂。

 どういえば良いのか分からない木村にカルマが耳打ちをする。

 

「あっれェ〜、脳みそ君がいないなァ〜。こいつらは頭の中まで筋肉だし〜」

 わざとらしくあたりを見渡しながら言う木村。

「人の形してんじゃねーよ、豚肉どもが」

 そう言って(きびす)を返す木村を見て、思考回路が途切れた見張り達。

 しかし、すぐに正気を取り戻して彼を追いかける。

 木村の足が速いため、なかなか追いつけずにいた見張り二人は、いきなり曲がり角から飛び出して来た寺坂と吉田にタックルを決められ、突き飛ばされたところで喉にたっぷり電気を流された。

「いい武器です、寺坂君。ですが、その二人の胸元を探ってください」

 殺せんせーにそう言われ、寺坂と吉田は不思議に思いながらスーツの内ポケットを探る。

「膨らみから察するに、もっと良い武器が手に入るはずですよ」

 ポケットから出てきたものを見て、全員がど肝を抜かれた。

 しょっちゅう強盗とかが起こる米花町に住んでいる菜々以外の生徒は、それを一度も見た事は無かった。

 

 気絶した見張り達から奪った2丁の銃を千葉と速水が持つことになった。

 烏間は精密な射撃ができるほど回復していないからだ。

 その頃菜々も、カルマに獄卒になってもらいたいと思い始めていた。

 菜々が考えている事を察した、沙華と天蓋はヒソヒソと話していた。

「菜々ちゃん、どんどん鬼灯様に似てきている気がするんだけど」

「あの子、結構単純なところあるしね。影響を受けるのは当然かもしれないわ」

 

 

 

 見張り達が前に立っていた階段を登り、少し進むと八階のコンサートホールに着いた。

 建物の構造上、コンサートホールを突っ切らなければならないようだ。

 警戒しながら歩いていると、烏間が気配を感じ取った。

「敵が近づいてくる! 急いで散らばれ!」

 指示通り、生徒達は散らばった。

 幸い椅子が多いため、隠れる場所は多い。

「烏間先生、私を一番前の席に置いてください! 木村君は6列目の左から見て3つ目の席の後ろに! 菅谷君はーー」

 殺せんせーの指示に従い、生徒達が均等に散らばり終わってすぐ、足音が聞こえてきた。

 足音が聞こえるたび、菜々は緊張していくのを感じた。

 いくら犯罪者と定期的に顔を合わしているとはいえ、プロの殺し屋とはあまり会った事がない。

 たまに黒ずくめの組織の一員だと思われる人間を見かけるくらいだ。

 

 男が銃を舐めながらコンサートホールに入ってくるのを見て、菜々は汚くないのかな、とどうでもいい事を考えていた。

 別の事を考えていないと、米花町に対する不満が次々と出てきてしまうからだ。

「……15、いや、16匹か? 呼吸も若い。ほとんどが十代半ば」

 舞台に立っているガストロの言葉に、茅野は思わず口を塞いだ。

 菜々は、いざとなったらソラにポルターガイストを起こしてもらおうかと考えていた。

 昔、知り合いの亡者に同じ事をしてもらって助かった事がある。

「驚いたな。動ける全員で乗り込んで来たのか」

 そう言うと、ガストロは後ろの照明器具に向けて銃を撃つ。

 ホールは完全防音で銃は本物。勝ち目はないだろうからさっさと降伏しろ。

 ガストロがそう伝え終わると同時に、彼の後ろにあった照明器具が音を立てて壊れた。

 速水が撃ったのだ。

 さっき撃たれたのが実弾である事と、発砲音から鷹岡の部下の銃を奪った事を知り、ガストロは認識を改めた。

 照明を全てつける事で逆光によって自分の姿を見えづらくすると、ガストロは銃を撃った。

 座席の間の隙間を通して速水が撃たれかけた事に、菜々は戦慄した。

「一度発砲した敵の位置は忘れねぇ。もうお前はそこから一歩も動かさねぇぜ」

 その後、ガストロが自分が軍人上がりである事などを話していると、殺せんせーが指示を出した。

「速水さんはそのまま待機‼︎ 今撃たなかったのは賢明です、千葉君‼︎ 君はまだ、敵に位置を知られていない!」

 ここぞと言う時に撃つようにと指示を出す犯人を、ガストロが探す。

 最前列の椅子に置いてある、完全防御形態である殺せんせーを見つけると、ガストロは銃を乱射した。

「テメー何かぶりつきで見てやがんだ!」

「ヌルフフフ、無駄ですねぇ。これこそ無敵形態の本領発揮」

 銃で撃たれてもなんともない殺せんせーを見て、ガストロは超生物を倒すのを諦めた。

 動けないようなので自分がやられる事はない。

 殺せんせーに構っている暇があるのなら生徒達を倒した方が良いと判断したのだ。

「では木村君、5列左にダッシュ‼︎」

 中学生が熟練の銃手に挑むのだから自分が指揮をとるというハンデがあっても良いと言った殺せんせーは、自分に敵が注目している隙に、そう指示を出した。

 移動した木村にガストロの注意が向いた時、指示が出される。

「寺坂君と吉田君はそれぞれ左右に3列‼︎」

 今度は寺坂達に気を取られたガストロ。

「死角ができた‼︎ 茅野さんは2列前進‼︎」

 殺せんせーはどんどんと指示を出していく。

 生徒達をシャッフルするのは良いが、名前と位置を敵に教えてしまうことになる。

「出席番号12番‼︎ 右に1で準備しつつ、そのまま待機‼︎」

 今度は出席番号で指示を出された事にガストロが驚いているうちに、殺せんせーは他の指示を出す。

「4番と6番は椅子の間から標的(ターゲット)を撮影‼︎ 律さんを通して舞台上の様子を千葉君に伝達‼︎」

 その後、ポニーテールやバイク好きなどと生徒の呼び方が変えられる。

「最近竹林君一押しのメイド喫茶に行ったらちょっとハマりそうで怖かった人‼︎ 錯乱のため大きな音を立てる‼︎」

 ガンガンと何かを殴る音と一緒に声が聞こえてくる。

「うるせー‼︎ なんで行ったの知ってんだ、テメー‼︎」

 声で、殺せんせーが誰の事を言っていたのか全員が理解した。

 何も言わなければ他の人にバレなかったのに、と菜々が思っていると、次の指示が出される。

「この前カプセルトイ(ガチャガチャの事)でゴールデンフリーザを手に入れるため千円以上使っていた人、右に6‼︎」

 菜々は古傷がえぐられるのを感じつつ、指示に従った。

「よく女に間違えられる生徒、左に3‼︎」

 それからは、精神的ダメージを負った生徒が増え始めた。

 しかし、ガストロは誰がどこにいるのか分からなくなってきたようだ。

 死角を縫って、確実に距離を詰められているため、特攻覚悟の接近戦に持ち込まれたら厄介だ。

 早く“千葉”とやらを特定しなくてはならない。

 そう判断し、ガストロは必死に頭を回す。銃を握っている手は汗でベトベトになってきた。

 何か敵はヒントになりそうな事を言っていなかっただろうか?

「さて、いよいよ狙撃です。千葉君。次の先生の指示の後、君のタイミングに合わせて撃ちなさい。速水さんは状況に合わせて彼の後をフォロー。敵の行動を封じる事が目的です」

 そう言われて、二人の心臓は早鐘のように鳴り始めた。

 そんな教え子を見て、殺せんせーはアドバイスをする。

 

 先生への狙撃を外した事で、自分達の腕に迷いを感じているだろう。

 弱音を吐かないため、『あいつなら大丈夫だろう』と勝手な信頼を押し付けられた事もあっただろう。

 苦悩していても誰にも気づいてもらえない事もあっただろう。

 そう言われて、彼らは思い出した。

 悪い成績を取って反省しているのに、『何涼しい顔してるんだ』と怒られた事。

 何を考えているのか分からないと実の母親に言われた事。

 

「でも大丈夫です。君達はプレッシャーを一人で抱える必要は無い」

 外した場合は人も銃もシャッフルして、誰が撃つのか分からない戦術に切り替える。

 ここにいる皆が訓練と失敗を経験しているから出来る戦術だ。

 そう説明して、殺せんせーは締めくくる。

「君達の横には同じ経験を持つ仲間がいる。安心して引き金を引きなさい」

 千葉は震えが止まった指でスライドを後ろに引く。

 その時、ガストロは銃を持っているという「千葉」の位置の目星をつけていた。

 「出席番号12番」が準備待機から一人だけ動いていない。

 そのくせ、呼吸はかなり荒い。何かを企んでいるようだ。

 もちろん他の場所も警戒するが、あの近辺は特に警戒しておく事にする。

「では、いきますよ」

 殺せんせーがそう言うと、ガストロは銃を舐める。

 外す気がしなかった。

「出席番号12番、立って狙撃‼︎」

 その言葉と同時に、人影が出てきた。

 その場所は、ガストロが特に警戒していた場所だった。

 ガストロの銃口が火を噴く。

 彼の撃った弾は寸分狂わず人影のひたいに当たった。

 しかし、ガストロは目を見開く。

 彼が今さっき撃ったものは、モップやカーテンの布で出来た人形だったのだ。

「分析の結果、狙うなら()()一点です」

 千葉の胸ポケットにしまってあるスマホから、律が(ささや)く。

「オーケー、律」

 そう呟くと、千葉は引き金を引く。

 予想外の場所から撃たれたため、ガストロは驚いたが、自分に弾が当たっていないことを確認すると笑い出した。

「へへへ。外したな。これで二人目も場所が……」

 そう言いながら千葉に銃を向けるが、彼が引き金を引くことは無かった。

 一つの金具が壊れて落ちてきた、吊り照明が彼に衝突したからだ。

 柱に叩きつけられ、ガストロは思わず顔を歪める。

 口の中が血の味がするのを感じつつ、銃を落とさないように右手に力を入れた。

 柱に叩きつけられた衝撃で、体が動きにくいが、根性で銃口を敵に向ける。

 しかし、ガストロが引き金を引く事は無かった。

 速水が撃ち、彼の銃を弾き飛ばしたからだ。

「ふーっ、やっと当たった」

 そう言って速水がため息を吐くと同時に、限界を超えていたガストロは意識を手放した。

 敵が動かないのを確認し、すぐに男子生徒を中心にガムテープで動きを封じにかかる。

 男子と一緒に力仕事をさせられている事に疑問を持ちつつ、菜々は千葉と速水を盗み見た。

 命がけの戦いをした後だと言うのに、彼らの表情は戦う前よりも中学生に近かった。

 

 

 黒い服を着て、サングラスを掛けたガタイの良い男が廊下前に立っていた。

 コナンが居たら、黒ずくめの仲間かと疑っていただろう。

 現世に来る時に黒い服を良く着る鬼灯も、いつか黒ずくめの仲間だと疑われるのではないかと思った菜々だったが、すぐに首を振る。

 フラグは立てないほうがいい。

 見張りの男は、背後から忍び寄った烏間に首を締められていた。

「だいぶ体が動くようになってきた」

 そう言いながら青筋が頭に浮かんでいる敵の首を容赦なく締め続ける烏間。

「まだ力半分ってところだがな」

 気絶させられた敵の後始末を菜々や寺坂がしている時、そう言って烏間は周りの様子を伺った。

 本来は時間がないので見張りはこのままにするつもりだったが、やけに手慣れている菜々によって、敵はガムテープで()巻きにされていた。

 烏間だけで乗り込んだほうが良かったんじゃないかという疑問が生徒達に浮かんできた時、律が話しかけた。

「皆さん、最上階部屋のパソコンカメラに侵入しました。上の様子が観察できます」

 菜々は、急いで自分のスマホを見る。

「最上階エリアは一室貸し切り。確認する限り残るのは、この男ただ一人です」

 そう言って律が見せた画像では、黒幕の後ろ姿しか確認出来なかった。

 黒幕が見ているテレビに映っているのはウィルスに感染した生徒達だった。

 やっぱりアイツ、孤地獄に落とそう、と菜々が決めていると、殺せんせーが話し始めた。

「あのボスについて、分かってきた事があります。黒幕の彼は殺し屋ではない」

 菜々はじっと殺せんせーの話に耳を傾けた。

 黒幕が殺し屋でないと思う理由について、殺せんせーは殺し屋の使い方を間違えている事を挙げた。

 あの殺し屋達は先生を殺すために雇ったが、完全防御形態になって身動きが取れなくなったので、警戒する必要がなくなり、見張りと防衛に回したのだろう。

 しかし、それでは彼らの能力がフルに発揮できなかった。

 そんな殺せんせーの話を聞き、烏間は一つの仮説にたどり着いた。

 菜々によって油性ペンで落書きされた見張りの顔を見て、その考えが当たっているであろう事を再確認する。

 時間がないので、烏間はすぐに指示を出し始めた。

 

 

 足音を立てないように階段を登り、扉の前に着く。

 烏間はハンドサインで動かないように指示を出し、九階の見張りが持っていたカードキーを使って扉を開ける。

 部屋の中はだだっ広いが遮蔽物が多い事を確認し、指示を出す。

 生徒達がナンバで移動し始めたのを見て、殺せんせーは納得した。

 道理で最近、音が出る暗殺が減っていたはずだ。

 ナンバとは、忍者も使っていたと言われる歩法だ。

 手と足を同時に出す事によって、胴を捻ったり軸がぶれる無駄がなくなり、衣ずれや靴の音を抑えられる。

 磯貝が中心になって指示を出し、少しずつ敵に近づいていった。

 菜々はポケットから、どう見てもただのボールペンに見える物を取り出した。

 しかし、これボールペンではない。阿笠の発明品の小型スタンガンだ。

 クリップを回し、ロックを解除する。

 これでノックカバー(押すと芯が出てくるところ)を押せば、本来芯が出てくる場所から電気が出る。

 小さい割りに電力は強く、一回で大の男一人を気絶させる事が出来る。

 充電式で、一度使うとしばらく使えない事を除けば、かなり使い勝手が良い。

 博士(はかせ)って結構犯罪まがいのもの作るよな、と菜々は思っている。

 他にもシャー芯型の盗聴器とかもある。GPSも付いていて、スマホで位置を確認する事も出来る優れものだ。

 いつもは二つとも菜々の筆箱に入っているため、彼女の筆箱は結構危ない。

 

 近づいていくと、人影が見えてきた。

 人影の近くにあるスーツケースの中身は、おそらく治療薬だろう。

 スーツケースにはプラスチック爆弾が仕掛けられており、黒幕の手元にあるのがリモコンだ。

 菜々は何度か同じものを見た事があるのですぐに分かった。

 米花町では毎年、春に大きな建物が爆破される上に、菜々は毎度巻き込まれている。

 爆発は春の季語だと言うのは阿笠談だ。

 

 打ち合わせ通り、まずは可能な限り接近する。

 取り押さえるのが一番良いが、遠い距離で敵に気がつかれたら、自分の責任で相手の腕を撃つ。

 今の自分でも腕くらいは狙って当てられる。

 リモコンを取るのを遅らせる事は出来るはずだ。

 それと同時に、皆で一斉に襲いかかって拘束する。

 そう、ハンドサインで伝えると、烏間はいつでも撃てるように銃を構えた。

 物音を立てないように細心の注意を払いながら、少しずつ近づいていく。

「かゆい」

 全員で襲いかかろうとしていた時、黒幕が声を発した。

 思わず全員固まる。

「思い出すとかゆくなる」

 そう言いながら、敵は自分の顔をかきむしる。

「でもそのせいかな。いつも傷口が空気に触れるから、感覚が鋭敏(えいびん)になってるんだ」

 そう言うと、黒幕はリモコンをばら撒いた。

 あまりにも多くのリモコンに全員が目を見開く。

「言ったろう? もともとマッハ20の怪物を殺す準備で来てるんだ。リモコンだって超スピードで奪われないように予備も作る。うっかり俺が倒れこんでも押す位のな」

 その声は、菜々が覚えているよりもずっと邪気を(はら)んでいた。

「連絡が取れなくなったのは、三人の殺し屋の他に()()にもいる」

 口を開いた烏間は銃を握る力を強くする。

「防衛省の機密費――暗殺に使うはずの金をごっそり抜いて、俺の同僚が姿を消した。どう言うつもりだ、鷹岡ァ‼︎」

 烏間が叫ぶのと同時に、男が椅子を回してこちらを向く。

 顔には無数の引っかき傷があり、組んだ手には起爆リモコンが握られている。

「悪い子達だ。恩師に会うのに裏口から来る。父ちゃんはそんな子に教えたつもりはないぞ」

 驚きの余り、口をあんぐり開ける者、相手を睨みつける者。生徒の反応はふた通りに別れた。

 鷹岡は構わず話し続ける。

「仕方ない。夏休みの補習をしてやろう」

 そう言ってリモコンを握りながら笑う鷹岡の顔は、狂気に歪んでいた。

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