トリップ先のあれやこれ(完結)   作:青菜

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第13話

 イトナが行方をくらました次の日。

 菜々が大きなあくびを嚙み殺しながら学校に行くと、烏間の殺人げんこつのせいで頭が変形した鶴田に出会った。軽率に柳沢に協力した事を叱られたらしい。

 一方、殺せんせーはふてくされていた。濡れ衣だと信じてもらえなかった事を根に持っているようだ。

「心配なのは姿を隠したイトナ君です。触手細胞は人間に植えて使うには危険すぎる。シロさんに梯子を外されてしまった今、どう暴走するか分かりません」

 殺せんせーに皆が同意を示す。

 イトナが走り去ってしまってすぐ、E組生徒に連絡を取り、全員で探し回った。

 殺せんせーもマッハ20を駆使して探し回ったし、防衛省の人間も駆り出された。

 しかし、誰もイトナを見つける事が出来なかった。

 菜々は浄玻璃鏡で調べてみたが、すぐに画面から消えてしまうので意味がなかった。

「皆さん、これを見てください」

 律の声に全員が振り返る。彼女は画面に画像を映していた。どうやらニュースのようだ。

「椚ヶ丘市内で携帯ショップが破壊される事件が多発しています。あまりに店内の損傷が激しいため、警察は複数人の犯行の線もあるとーー」

 荒らされた携帯ショップの前に立った女性の言葉を聞くまでもなく、一目画面を見ただけで皆が悟った。どう考えてもイトナの仕業だ。

 殺せんせーは彼を止めると宣言した。

 放っておくのが賢明だと皆が反論するが、どんな時でも生徒からこの触手()を離さないと教師になる時に誓ったのだと返される。

 律に次の犯行場所の割り出しを任せ、殺せんせーはいつも通り授業を行うことにした。

 しかし皆、イトナの事が気になって集中出来ていないようだ。

 一名、他の理由で授業を聞いていない者がいるが。菜々は爆睡していた。

 

 

 イトナが暴走したせいで地獄で緊急会議が開かれた。

 基本的にあの世の者は現世の出来事に関わろうとしない。しかし、イトナの件は別だった。

 もしも彼がこのまま死ねばどうなるか。

 触手が暴走した状態であの世に来られたらかなりまずい状況になるのは目に見えている。

 一般人に被害が出る前に対処出来たとしても、マスコミにバレたらおしまいだ。

 そんなわけで、何時間も会議が行われていた。

 地獄一の実力者が国際会議に駆り出されていたのも、会議が長引いた一つの要因だろう。

 あぐりを除けば一番、触手生物と関わっているため、大して力になるわけでもないのに、菜々は会議中ずっと会議室に縛り付けられていた。

 そうすれば当然寝不足になる。

 だから授業中に寝てしまったのはしょうがないと、菜々は放課後心の中で言い訳していた。

 

 

 日が沈みかけた頃。

 E組生徒達はイトナを待ち伏せしていた。律が市内の防犯カメラに侵入し、彼が次に破壊するであろう携帯ショップを割り出したからだ。

 菜々はあんぱんを食べていた。もちろん牛乳も飲んでいる。

「流石に飽きてきたな。一昨日も食べたし」

 彼女は事件の調査中は毎回このお約束を行なっているのだ。

「じゃあやめれば?」

 そんな事を話していると、大きな音がした。携帯ショップの入り口が破壊されたのだ。

 見張りの警官達はあまりの衝撃に宙を舞い、地面に叩きつけられて気を失った。

 すぐに小さな人影が、破壊された出入り口から店内に入り込む。イトナだ。

 彼は暴走した触手を振り回し、店内を破壊し始める。

「キレイ事も遠回りもいらない。負け惜しみの強さなんてヘドが出る。……勝ちたい。勝てる強さが欲しい」

 サンプルの携帯を触手で握りつぶしていたが、頭を抑えながらイトナは最後の言葉を呟いた。

 激しい頭痛がするのだろう。息が荒い上に汗だくで、目の焦点が合っていない。危険な状態だという事は見ただけで分かる。

「やっと人間らしい顔が見れましたよ。イトナ君」

 殺せんせーが姿をあらわす。生徒達もそれに続く。

「……兄さん」

「殺せんせーと呼んでください。私は君の担任ですから」

「すねて暴れてんじゃねーぞ、イトナ。てめーにゃ色んな事されたがよ、水に流してやるから大人しくついて来いや」

 殺せんせーの説得に寺坂も続ける。柳沢に良いように利用されただけだったイトナを見て、彼も色々と思うところがあったのだろう。

「うるさい……勝負だ。今度は……勝つ」

 言葉が途切れ途切れになっている事から、もう限界が近いのだろうと菜々は予想をつけた。

 動き回っている触手にほとんどエネルギーを吸い取られてしまったのだろう。

「もちろん勝負しても良いですが、お互い国家機密の身。どこかの空き地でやりませんか?」

 殺せんせーは指を立てて提案する。

 そして、暗殺が終わったらバーベキューでもしながら皆で自分の殺し方を考えて欲しい。

 いつものふざけたような笑みを浮かべている殺せんせーを見て、イトナの心が揺れた。

 そこにカルマが揺さぶりをかける。

「そのタコしつこいよー。一度担任になったら地獄の果てまで教えに来るから」

「当然ですよ。目の前に生徒がいるのだから、教えたくなるのが教師の本能です」

 イトナに生えた触手が動きを止めた。

 もう少しで説得できる。誰もがそう思った時、何かが店内に投げ込まれた。

 それが爆発し、白い粉末状のものが辺りに撒き散らされる。

 視界が失われてすぐ、イトナのうめき声が聞こえた。

 この粉は対先生物質だ。菜々は瞬時にそう悟り、顔を腕でかばいながら茅野を探す。しかし、見通しが良くないせいでなかなか見つからない。

 いきなり視界が悪くなったと思ったら、すぐに発砲音が聞こえてくる。

「これが今回第二の矢。イトナを泳がせていたのも予定の内さ」

 声から、やはりこれは柳沢の仕業だと分かった。

 少しして、粉がイトナが破壊した出入り口から出ていったおかげで、見通しが良くなってきた。

 菜々が目を凝らして見てみると、イトナが網に入れられた状態でトラックに引きずられて行くところだった。

 生徒の安全を確認してから、殺せんせーがイトナを追いかけ始めた。

 

 

 茅野に別状がなさそうな事を確認し、菜々は殺せんせーを追いかけ始めた。

 他の生徒達も体育の授業で教わったフリーランニングを使って追いかけている。

 追いついたかと思うと、殺せんせーが一方的にやられていた。

 木の上とトラックの荷台に陣取った、柳沢の手下達がイトナを狙って狙撃してくるからだ。殺せんせーは、自分以外への攻撃の反応速度はかなり遅い。

 その上イトナを狙撃から守りつつ、彼が入れられている、チタンワイヤーを対先生繊維でくるんだネットを切らなければいけない。

 しかも、先ほどの負傷と圧力光線のせいで動きづらい。

「あの狙撃手達、対先生繊維で出来た服を着てる!」

「こりゃ、俺たちであいつらを落とすしかないな」

「とりあえず、誰か布持ってきて」

 カルマが指示を出し始めた。

 

 木の上にいる狙撃手達を落とす係と、落とされた敵を受け止める係に振り分けられた。

 カルマや前原などのフリーランニングの成績が良いものが狙撃手を落とし、落ちてきた敵を毛布で受け止めて簀巻きにする。これが速攻で立てられた作戦だった。

 

 敵を蹴り落とした後、菜々が木から飛び降りてから周りを見渡してみると、木にいた敵は全員拘束されていた。

 予想していなかった出来事に、敵の引き金を引く手が止まる。

 その隙に、殺せんせーによってイトナが入っているネットが根元から外される。

「去りなさい、シロさん。あなたはいつも周到な計画を練りますが、生徒達を巻き込めばその計画は台無しになる。当たり前の事に早く気が付いた方が良い」

「あと、ちゃんと慰謝料払ってください。烏間先生に頼んで上層部からあなたに伝えてもらうように頼んだはずなんですけど」

 菜々の言葉を聞いたからなのかは分からないが、柳沢は捨て台詞を吐いて去っていった。

 

 

 *

 

 

 寺坂達のおかげでイトナの力の執着がなくなり、無事に触手を抜く事が出来た。

 その後、男子達が女子のスカートの中を覗こうとしたりしていた。

 それから数日経ち、コードネームで呼びあっていた日、菜々は珍しく地獄に行かなかった。

 クラスメイト達と磯貝のバイト先に行く事になったからだ。

 しばらく居座るために頼んだ一番安い紅茶をすすりながら、菜々は考えていた。

 なんで私のコードネーム「勉強出来るバカ」だったんだろう、と。

 磯貝のイケメンっぷりについて話したり、いつの間にか居た殺せんせーと話したりしていると、5英傑が来た。

 体育祭で行われる棒倒しでA組に勝ったら、この事は黙っていると浅野は言う。

 榊原君もなんか気にくわないし、この二人でBでLなアレを莉桜ちゃんに描いてもらって、学校中にばらまこうかな、と菜々は考えていた。

 

 

 次の日、浅野の提案について説明した後、学校で自分一人で責任を取ると言う磯貝に対してブーイングが起こった。

「イケてねーわ、全然‼︎」

「何自分に酔ってんだ、アホ毛貧乏‼︎」

「難しく考えんなよ、磯貝」

 対先生ナイフを投げながら彼の親友である前原が近づいて来た。

「A組のガリ勉どもに棒倒しで勝ちゃ良いんだろ? 楽勝じゃねーか‼︎」

 顔に笑みを浮かべながら、前原はナイフを机の上に立てる。

「「倒すどころかへし折ってやろうぜ‼︎」」

 前原のナイフに男子全員が手を置き、宣言した事によって今後の方針が決まった。

 

 

 結局、体育祭の棒倒しではE組が勝った。

 来週に迫る中間テストに影響が出るくらいE組を痛めつける事が浅野の目的だったため、それを逆手にとって作戦を立てたのだ。

 E組の人数は本校舎の1クラス分の人数と比べると少ないという名目の元、団体戦に出る権利が与えられていなかった。そのため優勝は出来なかったものの、圧倒的に不利な状態でA組に棒倒しで勝ったE組を見る目が変わってきた。

 そんな事が起これば、自信をつけるのは当然だ。

 しかし、自信をつけすぎたせいで慢心してしまい、体育祭から数日後、何人かの生徒が老人に怪我をさせてしまった。

 フリーランニングで下校していたら、小さな道を通っていた老人――松方の真上に飛び降りてしまったのだ。

 その結果、中間テスト当日まで、クラス全員の勉強が禁止された。

「マジか……」

 菜々は電話を切ると、そう呟いた。

 夏休み前にやってきた暗殺者――プイに教えてもらった方法で、旧校舎のある山から材料を調達して竹槍を作っていると電話がかかってきたのだ。

 その電話で何が起こったかを聞き、今に至る。

 二週間勉強禁止。沙華さんが荒れるだろうな、とこの世界の第二の親の片割れの顔を思い浮かべながら、菜々は皆がいる場所に向かった。

 

 

 *

 

 

「みんなー! 園長先生が怪我しちゃってしばらくお仕事出来ないの。かわりに、このお兄ちゃん達が何でもしてくれるって!」

「「「はーい」」」

 元気な声が園内に響き渡る。

 松方に怪我をさせてしまった罪滅ぼしとして、E組全員で彼が経営しているわかばパークの手伝いをする事になったのだ。

 賠償ぶんの働きが認められれば、殺せんせーの事は公表しないでくれるらしい。

 

 それから三日経った。

 菜々はすっかり打ち解けていた。藍木に教えてもらったう◯このウンチクが初めて役に立ったのだ。

「よし。何かお話をしてあげよう」

 初め、菜々は力仕事を任されていたが、子供にやけに懐かれたため、すぐに子供の面倒見を任された。

「シンデレラが良いー」

 元気な女の子の声により、シンデレラに決まった。

 

 

 ――昔、昔あるところにシンデレラがいました。

 シンデレラには意地悪な継母や義理の姉とかがいました。

 で、そいつらはシンデレラを置いて王子様の結婚相手を決める武闘会に行きました。

 その武闘会に優勝した女性が王子様と結婚出来るのです。

 シンデレラは王子様と結婚したいと思いました。だって王子様です。かっこいいに決まっています。

 行きたいなーと思っていると、魔女ではなくマゾが現れました。

 マゾはシンデレラをおんぶして、武闘会の会場であるお城まで彼女を連れて行ってくれました。

 険しい道のりでしたが、マゾだったので逆に喜びました。

 さて、武闘会はトーナメント式でした。

 シンデレラはどんどん勝ち進んで行き、決勝戦に出場する事が決まりました。相手は義理の姉その2。

 先手必勝。試合が始まってすぐ、シンデレラは経絡秘孔の一つを突きました。

 そして、シンデレラは言い放ちました。

「お前はすでにシンデレラ」

 すると、義理の姉その2の体が変形しだしました。どんどん膨らんでいき、最終的に彼女は爆発しました。

 勝者、シンデレラ。シンデレラは王子様と結婚する事になったのです。

「あなたが私の結婚相手ですか」

 王子様がついに顔を見せました。

 シンデレラは凍りつきました。王子様は顔面が不自由だったのです。

「こんな、こんなブス嫌―‼︎」

 シンデレラは思わず王子様をぶん殴ってしまいました。

「無礼者!」

「捕まえろ!」

 王子様を殴るのは大罪です。そんな事をしたらすぐに打ち首です。シンデレラは捕まりそうになりました。

 しかし、さすがは武闘会の優勝者。兵をバッタバッタとなぎ倒します。

 シンデレラは逃げ出しました。時効まで後、十六年‼︎――

 

 

「おしまい」

 菜々が速攻で作り上げた話はなぜかウケた。

「何であれがウケるの?」

 そんな声が聞こえたので菜々は思わず振り返った。聞き覚えのある声だったからだ。

「苗子ちゃん⁉︎ 何でいるの?」

 疑問をこぼしたのは三池だったのだ。

「さくらちゃんって子に会いに来たんだけど。菜々こそ何でここにいるの?」

 話を聞くと、三池の引越し先は椚ヶ丘市だったらしい。

 今はさくらの家の近所に住んでおり、さくらの話を聞いて気になってここまで来たようだ。

 菜々は簡潔にわかばパークの手伝いをする事になった理由を説明した。

「色々聞きたい事はあるけど、さくらちゃんと仲良くしてあげてね」

 そう言って菜々がさくらを見ると、ちょうど渚に勉強を教えてもらっているところだった。

「もしかしてさくらちゃんって……」

「渚君――水色の髪の私の同級生、天然タラシだから……」

 

 三池と偶然の再会を果たしてから時間は経ち、わかばパークの手伝いを始めてから二週間が経っていた。

 わかばパークが大改造されていた事と、子供達の心により添えていた事が認められ、殺せんせーの事を口外される心配が無くなった。

 しかし、それはテスト前日だった。テストは惨敗。

 上位を取ったのは夏休みに猛勉強していたカルマだけだった。

 その事について5英傑がなんか言ってきたりした後、烏間から超体育着を貰った。

 

 

 超体育着は軍と企業が共同開発した強化繊維で出来ている。

 衝撃耐性。引っ張り耐性。切断耐性。耐火性。あらゆる要素が世界最先端。

 他にも、特殊な揮発物質に服の染料が反応し、一時的に服の色を自在に変える事が出来る。

 その上、肩、背中、腰の部分には衝撃吸収ポリマーがつけられており、フードを被ってエアを入れれば完全装備が出来るため、危険な暗殺も実行できるのだ。

 この力は誰かを守るために使うと殺せんせーに約束し、帰路につくとイリーナがやって来た。

 彼女の様子から、烏間から誕生日プレゼントを貰えなかった事を気にしている事を知り、ビッチ&烏間くっつけ計画第2弾が幕を開けた。

 烏間がイリーナに花を送るように仕向けたものの、計画がイリーナにバレてしまう。

 任務を終えるにしても地球が滅びるにしても、どっちみち後半年で関係は終わる。そんな言葉を烏間がかけたからだ。

 生徒達とはただの業務提携関係であり、親しくする必要も理由も無い。

 その事に気がついたイリーナは旧校舎を後にしてしまった。

「烏間先生‼︎ さっきの言葉、なんか冷たくないスか‼︎」

「まさか……まだ気がついていないんですか?」

「そこまで俺が鈍く見えるか?」

「見えます!」

 思わず即答してしまった菜々は岡野に口を塞がれた。

 

 

 *

 

 

 三日後。イリーナは現れなかった。

 ずっとわかばパークの手伝いをしていたせいで情報収集をしていなかったため、菜々は何が起こっているのかしっかりと把握できていない。

 せいぜい、なんか死神が関わっていたな。そういやアイツ、2代目だっけ。くらいの原作知識しか持っていないのだ。死神の顔すら覚えていないし、イリーナが裏切る事も忘れている。

 

 イリーナを助けようと思うのなら、地獄に行って浄玻璃鏡を使い、情報収集をするべきだろう。

 しかし、菜々はずっと地獄に行かなかった。

 死神がイリーナを人質にとって生徒達を捕獲し、殺せんせーをおびき出そうとしている事は分かる。

 それを踏まえると情報は喉から手が出るほど欲しい。

 ただ、何かが引っかかる。果たして、正面から頼みに行って情報は得られるのだろうか?

 しばらく地獄に行っていなかったと言っても、殺せんせーの元教え子が殺しにくるのだ。

 連絡ぐらいはあってもいいはずだが、何もなかったところを見ると、自分には情報が与えられない可能性が高いと考えても良い。

 自分はこの暗殺においてはあの世でも現世でも最下層。

 自分の様子がおかしい事に疑問を持った殺せんせーが下手に警戒して、上手く行くはずだった暗殺が失敗するのは避けたいのだろう。

 ここまで考えて菜々はため息をついた。

 とにかく、死神からの接触がない事には何も出来ない。

 

 死神が来た。

 烏間が次の殺し屋との面接に向かい、殺せんせーがブラジルまでサッカーを見に行った時に彼はやって来た。

 あまりにも自然に会話に溶け込んで来た事に気がつき、菜々は戦慄した。

 警戒出来ない。それは最も恐ろしい事だ。

 いや、鬼灯さんの方が怖いか、と菜々はどうでも良い事を考え始めた。

 しかし、すぐに頭を振る。現実逃避している場合ではない。

 イリーナを助けたければ誰にも言わず、指定した場所に来い。そう告げた後、死神は去った。

 

 

 *

 

 

 指定された建物の周りを、イトナが作ったドローンで偵察したが特に何もなかった。

 建物の大きさから考えると、手下が居たとしても数人。

 また、花束に盗聴器が仕掛けられて居た事を考えると、その直前のE組の様子は知られていない確率が高い。

 それを踏まえて磯貝は指示を出した。

「大人しく捕まりに来たフリをして、隙を見てビッチ先生を見つけて救出。全員揃って脱出する‼︎」

 12時を過ぎても戻らなかったら殺せんせーに事情を話して欲しいと律に頼んでから、建物に入った。

 すぐにあちこちに散らばり、全員が一気に捕まるのを防ぐ。

『全員来たね。それじゃあ閉めるよ』

 スピーカーからそんな声が聞こえたかと思ったら、建物に入るのに使った扉が閉まった。

「やっぱりこっちの動き分かってるんだ。死神ってより覗き魔だね」

 カルマの挑発には反応せず、死神は尋ねる。

『皆揃ってカッコいい服を着ているね。スキあらば一戦交えるつもりかい?』

 死神に余計な情報を与えないため、その質問を無視して片岡が要求する。

「クラス全員で来る約束は守ったでしょ。ビッチ先生さえ返してくれればそれで終わりよ」

『部屋の端々に散っている油断の無さ。よく出来ている』

 そんな声が聞こえたと思ったら、大きな音が聞こえた。

 急に浮遊感を感じる。床全体が下がっているのだ。

 部屋に何も無いのは余計な物を置く必要が無いから。物を置く必要が無いのは部屋全体が装置だから。

 全く気がつかなかった、と菜々が後悔していると、振動が収まった。

 壁だった場所を見てみると檻になっており、柵越しに死神が見えた。その後ろには手首を縛られたイリーナがいる。

「捕獲完了。予想外だろう?」

 話し始めた死神を他所(よそ)に、生徒達は打ち合わせ通り動き始めた。

 片岡や岡島などの一部の生徒が敵の注意を引いているうちに、他の生徒が焦ったふりをして壁を叩く。

 わかばパークの改造を行った時、千葉が鵜飼に建築について教えてもらったのだ。

 その時、空間がある場所と無い場所の違いを見分ける方法も教えてもらった。

 その方法というのが、今ほとんどの生徒がやっているように壁を叩くというもの。音の違いがあるらしい。

「大丈夫。奴が大人しく来れば誰も()らない」

「本当? ビッチ先生も今は殺す気はないの?」

 片岡の質問に、死神は人質は多い方が良いと答える。

 交渉次第では30人近く()()()命が欲しい。そんな死神の言葉に、菜々は違和感を感じた。

 ――殺せる命って事は殺せない命もあるって事?

 そこまで考えて、真っ先に思い浮かんだのはイリーナだった。

 グワァン。今まで壁を叩いてもガンガンという音しか聞こえなかったのに、突然そんな音が聞こえたため、菜々は思考を中断した。

 青ざめて、怯えた様子で死神と話していた岡島の表情が変わる。

「ここだ、竹林‼︎ 空間のある音がした‼︎」

 三村に言われ、すぐに彼の元に向かう竹林の手には、指向性爆薬が握られていた。

 彼がそれを壁に設置したかと思えば、奥田がカプセル煙幕を投げつける。

 死神の視界が奪われた瞬間、爆発音が響き渡った。

 煙幕はすぐに晴れてしまうが、目潰しには成功した。その隙に全員が脱出。

 

『聞こえるかな? E組の皆』

 脱出できたと思ったらすぐ、スピーカーから死神の声が聞こえてきた。

 生徒達がいるのは地下空間であり、地上に出る事が出来る出入り口には全てロックがかけられている。

 ロックを解く鍵は死神の眼球の虹彩認証。つまり、ここから出たいのなら死神を倒さなくてはならない。

 そこまで話すと、彼は殺しに来いと要求する。

 一度にこんな大人数の殺し屋達を殺す機会なんて滅多にないからというのが理由らしい。

 まるでゲーム感覚だ。

 

 とりあえず、3チームに分かれる事になった。

 狭い屋内では全員でいても身動きが取れないからだ。

 磯貝が指示を出し始める。

 A班は戦闘を受け持つ。敵を見つけ次第一気に叩く。

 連絡役の茅野以外はバトル要員だ。菜々もA班に入ることとなった。

 B班とC班は敵を見つけ次第A班に連絡する。

 B班は救出。戦闘に優れた片岡と杉野が皆を守りながらイリーナを助けに行く。

 C班は情報収集。寺坂を盾にして偵察しつつ、脱出経路を探す。

 その作戦を聞いた時、菜々は皆にイリーナが裏切っているかもしれないと伝えるかどうか一瞬迷った。

「分かった。監視カメラは見つけたらすぐに破壊しよう」

 そう言うと菜々は口を閉ざした。

 彼女はイリーナを信じたかった。

 それに、もしもイリーナが裏切っていたとしても、原作ではこの時期誰も死んでいなかったし、大丈夫だろうと考えたのだ。

 律がハッキングされていたため、連絡はトランシーバーアプリでとる事になった。

 

 暗殺者はターゲットを戦闘になる前に殺す。世界一の殺し屋である死神とて例外ではないだろう。

 不意打ちで襲ってくるだろうから周りを警戒する事にした。

 正面戦闘が苦手なはずなので、数が優っているこちらの方が有利なはずだ。

 そんな事を小声で話しながら歩いていると、足音が聞こえてきた。

 廊下の向こう側から、堂々と死神が歩いてくるのが見える。

 姿が見えない。菜々はいつのまにか冷や汗をかいていた。

 吉田と村松がスタンガンを構えて襲いかかるが避けられ、首の後ろに肘で強烈な一撃が叩き込まれる。

 彼らが床に突っ伏したのを見て、皆が驚愕のあまり目を極限まで見開き、しばし硬直した。

「殺し屋になって一番最初に磨いたのは、正面戦闘の技術(スキル)だった」

 死神はそう言いながら音を立てずに移動する。

 木村は殴られるまで敵が目前に迫ってきていた事に気がつかなかった。

「世界一の殺し屋を志すなら、必須の技術(スキル)だ」

 構えた磯貝と前原の間を通り抜け、彼らの後ろにいた茅野を蹴り飛ばす。

「どいて皆! 僕が()る」

 渚はそう言うと、ポケットから取り出したナイフを握りしめた。

 彼は左ポケットにスタンガンを入れている。

 

 死神は、渚が夏休みに猫だましを使ったことも知っているかもしれない。それを踏まえて二択で迫る。

 ――ナイフを警戒したら猫だましを。ポケットを警戒したら、そのままナイフを喉元に持っていく。

 どちらにしても一瞬は隙を作る。その隙に皆で一斉に襲いかかって欲しい。

 死神に指示された建物に入る前、渚が言っていた言葉を全員が思い出し、スタンガンを握りしめる。

 

 渚はゆっくりと敵に近づいていった。

 ナイフの間合いの一歩外に着き、ナイフを手放す。

 渚が両手をまっすぐ伸ばし、叩こうとした瞬間、大きな音が響き渡った。

 その音は死神が今さっき合わせた手のひらから聞こえてきた。

 渚が動かなくなったのと、死神の姿が消えたのは同時だった。

 縦横無尽に動き回り、一瞬で生徒達を床に叩きつける。

 立ったままの生徒は二人しかいなかった。

「さっきの攻撃を避けたか。中学生にしてはなかなかやるな」

 菜々はゆっくりと手をあげた。

 さっきは勘が働いて攻撃を避ける事が出来たが次は無理だ。次元が違う。

 股間を狙えばなんとかなるかもしれないが、危険な橋は渡りたくない。

 渚を気絶させた後、死神は菜々に指示を出した。

「この子達を運んでくれるかい? それと、下手な事はしない方がいいよ」

「分かってます」

 ぶっきらぼうに答えると、菜々は指示された場所に皆を運び始めた。

 

 すぐに全員が捕まった。今は腕を後ろに回した状態で固定され、首に爆弾を取り付けられた状態で放置されている。

 菜々はソラを見ていた。彼女は今、地獄に現状報告をしている。

 携帯を使う時ですら狐型なのか、と菜々は思っていた。

 視線を監視カメラに移す。烏間と犬に似た化け物のコスプレをした殺せんせーが見えた。

「さて、次は烏間先生だ。誘い出して人質に取る」

「もう来てますけど」

 死神の独り言に菜々は突っ込んだ。

 

 死神とイリーナが殺せんせーと烏間の元へ向かってから少し経つと、殺せんせーが落ちて来た。

 さすがに、「親方! 空から超生物が!」と言える雰囲気ではなかった。

「気に入ってくれたかな? 殺せんせー。ここが君が最期を迎える場所だ」

「ここは……?」

 殺せんせーが呟くと、死神が答え始める。

 ここは洪水対策で国が造った地下放水路らしい。前もって死神のアジトと繋げておいたそうだ。

 地上にある操作室から指示を出せば、近くの川から毎秒200tの水がこの水路いっぱいに流れ込む。

 すると、その水圧によって殺せんせーは生徒もろとも体の自由が奪われ、対先生物質で出来た頑丈な檻に押し付けられてバラバラになる。

「待て! 生徒ごと殺す気か⁉︎」

 烏間の問いに、平然と死神は答える。

「当然さ。今頃待てない」

「イリーナ‼︎ お前それを知った上で」

「……プロとして結果優先で動いただけよ。あんたの望む通りでしょ」

 殺伐とした空気が流れる中、殺せんせーが対先生物質を克服したと言い放つ。

「初めて見せますよ……私のとっておきの体内器官を‼︎」

 そういったかと思うと殺せんせーは四つん這いになり、檻を舐め始めた。

「消化液でコーティングして造った舌です。こんな檻など半日もあれば溶かせます」

「「「遅せーよ‼︎」」」

「言っとくけど、そのペロペロ続けたら全員の首輪爆破していくよ」

「ええっ! そ、そんな‼︎」

 死神に言われて、殺せんせーはショックを受けていた。

 他にどんな能力を隠し持っているかわからない以上、出来るだけ早く作戦を実行した方が良いだろう。

 そう判断し、死神は操作室に向かおうとした。

 しかし、烏間に肩を掴まれる。

「なんだい、この手は? 日本政府は僕の暗殺を止めるのかい?」

 確かに少々手荒だが、地球の未来を救う最大の好機を逃すのかと問われ、烏間は一瞬迷ったが、すぐに結論を出した。

 死神の顔に向けて肘を勢いよく動かす。避けられたがこの際関係ない。

「日本政府の見解を伝える。27人の命は地球より重い。それでもお前が彼らごと殺すつもりなら俺が止める」

 その言葉を聞くと、死神は姿をくらました。烏間と戦い、時間がかかったら計画が(ほころ)ぶと判断したのだ。

 すぐに烏間が追い始める。

 イリーナは面食らったものの、すぐにいつもの調子で話し始めた。

「フン、死神(カレ)を倒そうだなんて無謀ね」

 そう言いながら、首に付けられていた爆弾を外し、(もてあそ)び始める。

「確かにカラスマも人間離れしてるけど、『死神(カレ)』はそれ以上。このタコですら簡単に捕まえたのよ」

「ビッチ先生……」

「あの野郎が俺たちごと殺すって知ってたのかよ」

「何でよ……。仲間だと思ってたのに」

 そんな疑問を聞いて、イリーナは言葉に詰まった。

「怖くなったんでしょ。プロだプロだ言ってたアンタが、ゆるーい学校生活で殺し屋の感覚忘れかけて。俺ら殺してアピールしたいんだよ。『私は冷酷な殺し屋よー』って」

 カルマの挑発とも取れる言葉を聞いて、思わずイリーナは彼に向かって爆弾を投げつけた。

 しかし、柵が邪魔して彼には当たらなかった。

「私の何が分かるのよ」

 イリーナは絞り出すように言葉を()らす。

「考えた事無かったのよ‼︎ 自分がこんなフツーの世界で暮らせるなんて‼︎ 弟や妹みたいな子と楽しくしたり、恋愛の事で悩んだり。そんなの違う。私の世界はそんな眩しい世界じゃない」

 彼女の話を聞いて、皆なんとも言えない気持ちになった。

 どんなに分かりたいと思っても、彼女の気持ちを分かる事が出来る者は誰もいない。

『イリーナ、手伝って欲しい』

 その時、死神から連絡が来た。

 彼は罠に手こずっている烏間を背後から撃つように命令する。

 イリーナは寂しそうなものの覚悟を決めた表情をした後、銃を取り出して部屋から出て行った。

 

 死神が設置した監視モニターで、人類最強決定戦を見ていて、木村が呟いた。

「勝てないわけだ……。才能も積み上げて来た経験も全て段違い」

「そう……彼らは強い」

 殺せんせーは話し始める。

 こんな状況でも、彼は授業をしてしまう。

「それにこの牢屋もとても強固(つよい)。対先生物質と金属とを組み合わせた2種類の檻。爆薬でも液状化でも抜けられません」

 そう言って殺せんせーは檻に触れ、触手が溶けるのを見せる。

「では君達はどうしますか? 今この場で彼らより強くなるか? 彼らにはとても叶わないと土俵を降りるか? 両方とも違いますね。弱いなら弱いなりの戦法がある。いつもやってる暗殺の発想で戦うんです」

 防犯カメラやイリーナが投げつけた爆弾を見て、三村が呟いた。

「全部上手くいけばの話だけど、出来るかも。死神にひと泡吹かす事」

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