トリップ先のあれやこれ(完結)   作:青菜

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第20話

 都立永田町高校では毎月、第一月曜日に全校集会が行われる。

 菜々は全校集会が嫌いだった。校長の話がとにかく長い上、話の間は立っていなければならないからだ。

 体育館に大勢が集まっているせいか、まだ五月が始まったばかりだというのに蒸し暑い。

 暑さを少しでも忘れようと、菜々はどうでもいい事を考え始めた。

 なぜ校長の話はこんなにも長いのか。仮説は二つある。

 一つ目の仮説は校長のささやかな嫌がらせ。

 ありがたいお話という名の睡眠薬を生徒達に与える事で、その後の授業に支障を来そうとしているのではないか。

 きっと、米花町さながら学校には沢山の監視カメラが仕掛けられていて、生徒が睡魔と戦いながら授業を受けているのをカメラの映像で見てほくそ笑んでいるのだ。

「そうだとしたら校長最低だな」

 無意識のうちに呟くと、菜々はもう一つの仮説を検証し始めた。

 もしかすると校長の自己満足ではないか。自分の話を大人数に聞かせる事で満足感に浸っている。

 または生徒達とコミュニケーションをとりたいだけかもしれない。全校集会という生徒と触れ合える唯一の機会に、ここぞとばかりアピールしている可能性もある。

「しかしそれは逆効果だぞ、校長よ……」

 冷ややかな目で周りから見られていることに、菜々は気がついていなかった。

 椚ヶ丘中学校の卒業生と同じクラスになれず、今でもボッチなのに何やってるんだろ、とソラは不安げな目を向けた。

 菜々がよく孤立するのは遠巻きにされるからだ。

 よく分からない事を言い始めたり、危険物(阿笠の発明品)を学校に持ってきたりしていれば当たり前だ。

 さらに、「ボール=人に当てる」という本能のせいで問題を起こしたばかり。入学してすぐ行われた体力テストは悲惨だった。

 悪い奴ではないのだが、関わりたくないと思われる要素を兼ね備えている。ソラはブツブツ言っている友人を見て、大きなため息をついた。

 

 いつのまにか校長の隣に移動していた一人の男子生徒が、校長の頭からカツラをもぎ取った。

 ドッと笑い声が起こる。

「てかなんでヅラが浮いてんだ?」

「知らない。マジックとかじゃない?」

 あの男子生徒は亡者だと菜々は瞬時に見抜いた。皆には男子生徒の姿が見えていない。

 校長が必死に頭を隠しているのをよそに、菜々は目の前の女子の目線が亡者に向いている事に気がついた。

「……あの子志穂ちゃんだっけ」

「確かそうだよ。菜々がクラスメイトの名前覚えてるなんて珍しいね」

 漢字は違うが、灰原哀の本名と同じだったので記憶に残っていた。

 ひとしきり笑った後、おさげで茶髪の女子生徒──志穂がチラチラとこちらを伺っていることに気がつく。

 霊感があるとなるとソラのことも見えているのだろう。またもや厄介ごとが増えたことに菜々はため息をついた。

 

 

 *

 

 

「殺せんせー、どうすればいいと思います?」

「そうですね。……地獄のことは伏せて本当の事を話せばいいんじゃないですか?」

 菜々が仕掛けたかかと落としを楽々避けて、殺せんせーは提案した。

「何で戦いながら相談してんだ?」

 観戦していた唐瓜に突っ込まれる。休日だというのに閻魔庁のジムにはあまり人がいない。

「スピードも威力も素晴らしいですが、やはり動きが正直ですね。去年よりは格段に上達していますが」

 殺せんせーは人型に戻り、手合わせをしてみた感想を伝える。

 へたり込んでいた菜々は素早くナイフを取り出し、殺せんせーに振りかぶるがあっさりと止められる。

「攻撃の単調さは克服したようですが、動きが正直すぎます。スピードについていけなくても、次にどんな攻撃が来るのか手に取るように分かる」

 笑みを浮かべながらナイフを弄んでいる殺せんせーにナイフを返してもらい、立ち上がってからナイフをしまう。

 

 彼女が殺せんせーに稽古をつけてもらっているのは、もっと強くなるためだ。

 米花町の人間は何かに秀でている。

 昔から事件が起こってきたせいで死亡率が高かった米花町では、強い者しか生き残れなかった。まさに弱肉強食の世界。

 時が経つうちに、米花町の人間は異様にスペックが高くなっていた。

 異常な推理力、頭が良すぎるなどの他にも、死体を見ても動じない精神力や力が異様に強いなど、なんらかの力を持っているのだ。

 そんな米花町の人間と鬼火のミックスが鍛えたら、かなり強くなるんじゃないかと菜々は考えた。

 それもこれも全て、もうすぐ開催される獄内運動会のためだったりする。

 

「ところで唐瓜さん、お香さんとはどうなっていますか?」

 殺せんせーはいつも通り下世話な発言をしていた。

 

 

 *

 

 

「ねえ、戦国時代に猛威を振るっていた大妖怪の結界を守るために、社会に紛れて戦っている組織の人間ってどんな設定? それと私はいつか倒さなくてはならない大妖怪の部下で、今まで封印されていたけど封印が解け、暴れていたところに結界を守っている人達が駆けつけて成敗。それからは菜々のサポートをしているってのもどうなの?」

「しょうがないじゃん。それしか思いつかなかったんだから」

「ただの趣味でしょ。あんな厨二設定誰も信じないと思うよ」

 霊感少女、志穂に説明した内容にソラが突っ込む。

 ずっと視線を感じて面倒だったので、嘘八百を吹き込んできたところだった。

「いや、分かんないよ。中学生の頃、友達に霊が見える事を話したらかわいそうなものを見る目で見られたって言ってたし。多分、もし本当だったらって考えて突っ込んだことは聞いてこないと思う」

「怪しまれてるのは分かってるんだ……」

 そんな会話をしながら人気のない校舎を歩く。

「ところでソラ、胃薬とか持ってない?」

 哀愁を背中から漂わせて菜々が尋ねる。

 父親が今朝険しい顔をして、帰ったら鬼灯も交えて話す事があると言ってきたのだ。

 コネで彼の就職先を見つける事が出来たが、仕事が始まるのは来週から。それまで父は暇を持て余している。

 何が起こるのかは知らないが、帰ったらすぐ面倒くさい事になるのは確定していた。

 

 

「菜々はなんだかんだ言っていい奴ではある。しかし女としては終わってる。加々……鬼灯君、本当に愛なんてあったのか?」

 菜々は背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

 夕飯を一緒に食べるという名目で鬼灯が呼び出されたかと思ったら、父に嘘がバレかかっている。

 ただでさえ忙しいのに時間を割いてもらった上に面倒ごとに巻き込んでしまったので、鬼灯に平謝りしなければならない事が確定した。

 胃に穴が開きそうになっている娘のことはお構い無しに、組み合わせた手のひらに顎を乗せて父はポツポツと話し始めた。

「菜々はそこら辺の男より強く、皆から『コイツ絶対結婚できないだろ』と言われ続けてきた。正直俺もそう思っていた」

「お父さん、取り敢えず外に出ようか」

 拳を作って提案するが、父は調子を崩さない。一方、母は笑っている。

 このようなやり取りは加藤家では日常茶飯事なのだ。

 真相に気がついた探偵のように父は自信に満ちあふれた表情で話を続ける。心なしか眼光が鋭くなっている気がする。

「初めは君がMかと思ったがむしろ逆だとすぐに気がついた。では、ロリコンなのではないかと思ったがこれも違うらしい。確かに菜々は絶壁だ。ゴリラじみた力もあって、本当に女かとよく言われている」

「誰が言ってるのか教えてくれないかな? それと十発殴っていい?」

 菜々は顔に青筋を立てて尋ねるが、笑顔を崩さないでいる母からチョップを食らう。

「ご飯できたよー」

 何事もなかったかのように食事を運んできた母が、家の実権を握っているのだろうと鬼灯は判断した。

「しかし、この前見せられた書類の内容を思い出してこの仮説も間違っていると分かった。成人するまで手を出さないと書いてあったからだ」

 この世界の人間は結論を言うまでが長い。これは割りとすぐに菜々が気がついた事だ。

「では純粋な愛だったのか? それは無い。君達は一度も一緒に出かけていないからだ! ここで俺は気がついた。この婚約には愛がなかったのだと! 借金返済のためだと言えば世間の目を欺くための結婚に菜々は納得しただろう。こちらは崖っぷちだった。打つ手なんて無かったんだ」

「で、結論は?」

 散々もったいぶられて嫌気がさしてきたので率直に尋ねる。

「なぜ世間を欺く必要があったのか。去年の椚ヶ丘中学校の文化祭の時を思い出した時、全てが繋がった。鬼灯君、君は絶対に叶わない恋をしていたんだ!」

 雲行きが怪しくなってきた。

 ソラが嫌そうな顔を隠そうともしない中、菜々は何かあっただろうかと記憶の糸を辿った。あの時、両親と鬼灯が顔を合わせることはなかったはずだ。

「単刀直入に言おう」

「いや、今までもったいぶってたじゃん……」

「君は同性愛好者だ‼︎」

「「は?」」

 菜々は衝撃が大きすぎたせいで半開きになってしまった口を閉じてすぐ、隣から殺気を感じて体をこわばらせる。油が足りなくなった機械のように時間をかけて横を見ると、眉間にしわを寄せて殺気を放っている鬼が見えた。

「文化祭の時にとある女子生徒が、加々知という男性と白澤(しろざわ)という男性の同棲生活について語っていた。加々知なんて珍しい名字はそうそうない。あの男性は君だ!」

 ドヤ顔で言い放った父は中村の話を信じたのだろう。

 面倒くさがらずに中村を止めておくべきだったと菜々は後悔したが後の祭りだ。

 よりにもよって相手が白澤なので鬼灯の怒りは一気に高くなった。

 日本では同性の結婚は認められていないしな、と一人で納得している父の横顔を引っ叩いていいだろうかと思ったが、誤解を解く方が先決だ。

 力が無い小学生の頃誘拐犯に追いかけられていた時と同じような感覚に陥った菜々は、死んだ魚のような目をして説明を始めた。

 

 腐女子についての説明で神経をすり減らし、疲労困憊したせいか菜々は考える事を拒否していた。

 気がついたら目の前の皿が空になっていたので、無意識のうちに食事を済ましたのだろう。

 今すぐベッドにダイブしたかったが、この後鬼灯に平謝りしなくてはならない。

 謝った後はしばらく顔を合わせないようにした方が賢明だろう。

 しかし、そんな選択肢は存在しなかった。

「こうなったのは一度も一緒に出かけていないからというのもあるのでは? 次の視察のついでに一緒に出かけた方が良いでしょう」

 両親の目を盗んで告げられた言葉を聞いて、菜々は体が重くなった気がした。

 

 

 *

 

 

「……大事件が起こった。下手するとこのヤマは警視庁だけでなく、他の県警も巻き込むかもしれない」

 使われていない取調室で大勢の刑事達が額を寄せ合っていた。

 大変むさ苦しいが初めに口を開いた刑事は気にしていないらしく、胸ポケットからボイスレコーダーを取り出す。

「おい、本当なのか⁉︎ お前が言ったことが真実だとすると大変なことだぞ‼︎」

 鬼気迫る表情で後頭部がハゲかかった刑事が身を乗り出して尋ねるが、初めに口を開いた刑事が残念そうに首を振る。

「まさか……そんなわけない、よな?」

 よっぽど信じたくないのだろう。否定しようとしたが不安が勝ったようでどんどんと声が小さくなり、最後は聞こえるか聞こえないかくらいの声になった。

「信じられないが本当の事だ。証拠はここにある。聞いてくれ」

 皆を集めた刑事──山田が先ほど取り出したボイスレコーダーを掲げる。

 静まり返っているせいで、誰かが唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえた。

「これは取り調べの結果だ」

 皆が身動きしない中、山田は机に置かれたボイスレコーダーのスイッチを入れた。

 

 すぐに男の声が聞こえてくる。呂律が回っていないことから、酒が入っているのだろうと皆が察した。

『先輩、菜々ちゃんの様子がおかしいんですがやっぱり彼氏ですか? いや、でもあの子を選ぶ男がいるかどうか……』

『彼氏、彼氏か……。うん、そうだな。やっぱあれは一般的に考えると彼氏になるか……』

『本当ですか⁉︎ 酔って適当な事を言ってるとかではなく⁉︎ だって菜々ちゃんですよ! 殺人犯だろうが超生物だろうが倒しちゃうような子ですよ⁉︎』

『世の中には物好きがいるもんだ。おーい、酒!』

『ま、じ、かー!』

 

 ボイスレコーダーの電源を切る音が聞こえたかと思うと、一気に取調室が騒がしくなる。

「彼氏⁉︎ あの菜々ちゃんに⁉︎ ありえないだろ!」

「ガセだ! ガセに決まっている!」

「あり得ないあり得ない。どうせ加藤警部が酔ってたんだろ」

「いいや、本当だ」

 軽くパニックに陥っている刑事達に、山田が現実を突き付ける。

「目暮から聞いたんだが、優作さんが菜々ちゃんの様子がおかしいと言っていたらしいんだ。同時にあれは男関連だとも。だから俺は菜々ちゃんの叔父である加藤警部に尋ねた。簡単には答えてくれないだろうから酒の力を借りてな」

 淡々と話す山田に反論するものが現れる。

「あり得るわけがない! 地球が滅ぶぞ!」

「数ヶ月前に滅びかけただろ。あれは前兆だったんだ」

「いや、地球じゃ生ぬるい。多分宇宙ごと滅ぶ」

 鬼灯が笑ったらどうなるかと、菜々と殺せんせーで話していた時のような会話に成り始めていた。

(ちなみに、二人の話し合いは「鬼灯の頭に『あ』をつけたらアホになる」という事で落ち着いた)

 

「本当なんだ!」

 騒がしくなってきたところで、山田の声が響き渡る。

 声を張り上げたわけではないが、妙な説得力があった。

 ただならぬ雰囲気を感じて皆が口をつぐむ。興奮のあまり立ち上がっていた者は静かに腰を下ろした。

「信じられないのは分かる。だがまごうことなき事実なんだ」

「しかし、俺らはどうすれば……」

 困惑気味に小五郎が尋ねる。

 彼が言葉を発してから、まるで波紋のように彼を中心にざわめきが広がった。

「そうだ、どうするんだ?」

「冗談じゃないぞ。俺は『二十代のうちに結婚できない』に半年分の小遣いを賭けたんだ」

「まだいいさ。俺なんか『一生結婚できない』だぜ」

 四角い眼鏡をかけた刑事が肩を落とす。

「終わった……。妻に隠れて無駄金使っちまったから、『今年までに彼氏ができない』にこづかい全て賭けちまった……」

 今日一生が終わるかのような顔をして年配の刑事が嘆く。

 最近夫婦喧嘩をしたとぼやいていた事から考えると、離婚の危機かもしれない。

「普通はいい賭けだと思うに決まってるだろ。まさかあの子に相手が見つかるなんて誰も思っていなかったんだから。お前に落ち度はない」

 離婚の危機かもしれない刑事の肩を叩いて、坊主頭の刑事が慰める。

 妻に内緒で無駄金を使ってしまったことは落ち度にはならないらしい。

「ええ、そうですよ先輩。唯一『いつかは結婚できる』に賭けていた目暮警部補だって、菜々ちゃんが不憫すぎたので願掛けのような物だと言っていましたよ」

 一緒になって慰めている小五郎も、「自分が五十歳の誕生日を迎えるまでに結婚できない」にかなりの額を賭けていた。

 

「しかし! 最悪の結果にならない方法がある。俺は利害が一致すると思ったから皆を集めた」

 山田が声を張上げる。

「まだ付き合っていると決まったわけじゃない。二人の邪魔をすれば、賭けは振り出しに戻る」

 山田は「加藤菜々絶対防衛(ライン)」のただ一人のメンバーだ。

 息子が菜々と仲良くしていることからよく言葉を交わすようになり、今では菜々のことを姪のように感じているらしい。(その息子に菜々が「和伸君の男友達A」と名付けていた事を彼は知らない)

 将来、山田が白鳥から「佐藤美和子絶対防衛(ライン)」最高責任者の座を譲り受ける事から考えると、彼は結構ミーハーなのかもしれない。

 

 菜々達の邪魔をすれば賭けに勝つ者達と、菜々に悪い虫を近づけたくない者。二種類の人間が一時的に手を組んだ瞬間だった。

「二人の仲を引き裂くことに躊躇するな! 俺が菜々ちゃんの親御さんに盗聴器をつけて調べたところによると、相手は社会人らしい。つまりロリコン! 慈悲はない!」

 小五郎が手をあげる。

「あの、その盗聴器は今どうなってるんスか? タイミングを見て回収しないと」

「それなら大丈夫だ。菜々ちゃんによってすぐに破壊された。後、逆探知されて正体バレかかった。あの時は死ぬかと思った……」

「あの子何者だよ……」

 菜々には阿笠と律という科学関連で敵に回したらかなり厄介な仲間がいるので当然といえば当然だろう。

 逆に難を逃れることのできた山田の方がすごい。

「とにかく、デートの日は抑えてある!」

「どうやって知ったんだ? 盗聴器は使えないだろ?」

 一人の刑事が話の腰を折る。

「この前菜々ちゃんと事件現場で会ったんだ。容疑者になってたから凶器を持っていないか調べると偽って荷物を預かり、手帳の内容を確認した」

 もはや犯罪の域に達しているが、ここは米花町も管轄している警視庁。やはり刑事達の感覚も狂っていた。

 

 不審に思った目暮が取調室を調べに来るまで、刑事達は計画を練ることとなる。

 

 

 *

 

 

「あ、ごめん。鬼灯様と約束していた日に急な予定が入っちゃった。私抜きで行ってきてくれるかな?」

 ソラからわざとらしさ満載の提案をされた菜々は、一人で家を出た。

 ツノと耳を隠すためにキャスケットをかぶっており、シャツにズボンという動きやすさを重視した服装だ。

『こちら1班。こちら1班。ターゲットを発見。尾行を開始します』

 菜々の家が見える場所にある電柱にもたれかかって新聞を読んでいた男が、声を潜めて仲間に無線で現状を伝える。

『ターゲットはとても男に会いに行くとは思えない格好をしています。何かの間違いでは?』

『いいや、調べ漏らしはない。あの子は服を選ぶ時、蹴りやすさで選ぶような子だ。心配するな』

 一時的に結成された「加藤菜々の恋路を邪魔しよう」の略である「KNKZ」のメンバーが動き始めた。

 

 家に出たらいくつかの視線を感じたので、菜々は相手にあたりをつける。

 亡者か自分に恨みを持った犯罪者の遺族かそこらへんのゴロツキかのどれかだろう。

 事件が事件だったので、地道に聞き込みをするよりも同じような輩に聞く方が早いと判断し、調査のためにゴロツキ相手に賭け事をしたばかりだ。一番恨みを買っている可能性が高いのはゴロツキ連中だろう。

 

 麻雀では、並んでいる牌のどの位置から何を捨てたか、何の牌をどのタイミングで捨てたかを観察していれば、七周目くらいで相手がどんな手を狙っているのかが分かる。

 後は確率を考えたらどんなに運が悪くてもビリにはならない。

 相手がイカサマしようにも、イカサマする前に止めていたので菜々がぼろ勝ちした。

 また、金に対して見せる執着心も関係しているのかもしれない。

 

 しかし、相手がゴロツキではないとすぐに気がつく。

 彼らの性格を考えると真正面から殴りに来るはずだ。コソコソと相手を付け回すわけがない。

 犯罪者の遺族の線も無い。尾行して来るのは手練れだと足音でわかる。

 足音がするのなら亡者の線も薄いだろう。彼らは飛べることが嬉しいのか、死んだばかりの時は基本的に飛んでいる。

 撒くためにフリーランニングを使おうかとも考えたが、目立ちたくないし力を振りかざすようなこともしたくないのでやめた。

 

 

「すいません。なんか尾行されてます」

 待ち合わせ場所であるE組で買い取った山の麓で鬼灯と合流してすぐ、菜々は現状を伝えた。

 電車で撒こうとしても完全に撒けなかったことから考えると、相手は大人数で挑んできているのだろう。

「ああ、あの十数メートル先にいる帽子をかぶった男性とかですか」

 あたりを見渡すとすぐに鬼灯は尾行している男を見つけた。

「あれ? あの人……」

 二十代くらいであろう男を見て菜々は何かに気がつく。

「どうしました?」

「知り合いです。何やってんだろ……」

 妻の料理がとてつもなく下手だと警視庁でも有名な小五郎だった。

 

 

『ターゲット達は目的地に着いた模様!』

『おい、本当にあれデートなのか⁉︎ 墓だぞ、ここ』

『よく考えろよ。あの菜々ちゃんと渡り合える奴だぜ。普通の人間のわけがない』

 刑事達の会話とは対照的に、菜々はそこまで驚いていなかった。

 相手はあの鬼灯だ。まともな場所のわけがない。

「ここ、雰囲気いいんですよ。いかにも何か出そうで」

「確かに。中学校の近くなのに私でも知りませんでした」

「現代アートみたいな墓ばかりがある墓地と悩んだんですが、ここにして良かったです」

 特に反応を見せず、何事もなかったかのように墓地に入っていく菜々に刑事達は面食らう。

 苔むした墓石は倒れかかっており、草はボウボウ。日が当たりにくいため昼の今でも薄暗く、いかにも何か出そうだ。

『マジかよ。あそこ入るのか……』

『おい、あの二人の邪魔しちゃっていいのか? あの人逃したら菜々ちゃん一生結婚できないぞ』

『馬鹿野郎! 何弱気になってんだ‼︎ 賭けを忘れたのか! お前だって大金賭けてただろ』

『馬鹿野郎はお前だろ! 俺たちは自業自得だ』

 KNKZの刑事達が仲違いしている時、菜々達は歩みを止めずに墓地を突っ切っていた。

 誰も手入れをしていないため伸びきった草が足をくすぐるし、苔で覆われた墓石の前に置いてある花瓶からは悪臭が漂っている。

 また、生い茂っている草には踏まれた跡がない。

 長い間、誰もここに足を踏み入れていないのは明白だった。

 しばらくすると、崩れかかった寺の前にたどり着いた。ここは寺の敷地内だったのだと菜々はようやく気がつく。

「この奥にも墓があるんですが、崩れた寺の柱が道を塞いでるんですよ。だから縁の下を通る事になります。寺の内部も崩壊しているので、寺を突っ切ることができないんです」

 鬼灯の力なら柱くらい簡単に退かせそうだが、そうしないのは少しでも手を加えると寺が崩れ去りそうなのか、せっかくの廃寺に手を加えたくないかのどちらかだろう。

 相手は鬼灯なので、動きやすい服装で行った方が無難だろうと判断して良かったと思いながら、菜々は地面に手をついた。

 

 鬼灯の後に続いて縁の下を抜けると、別世界が広がっていた。

 まだ昼のはずなのに空は血のように真っ赤だ。

 何羽ものカラスがそこら中にいて鳴きわめいている。

 草は生えておらず、地面は苔が覆っていた。

 チラホラと存在する墓石はというと、さまざまなおどおどしい色に光っており、不気味さが際立っている。

「綺麗ですね」

「そんなこと言う人初めてですよ。写真で見せたら閻魔大王なんか気味悪がっていました。地獄の長は自分だというのに。何も写っていなかったからかもしれませんが」

 最後の方はため息混じりに鬼灯が呟いた頃、刑事達は未だに言い争っていた。

 

『何言ってるんだ。あの二人がくっついたら色々とやらかすに決まっている。今のうちに仲を引き裂いておかなければ人類滅亡の危機に陥るかもしれん』

『なんだよ人類滅亡の危機って。そんな事になる訳ないだろ。街一つくらいは破壊するかもしれないけど』

『悪魔召喚とかやりそうじゃないか!』

『あり得る訳ないだろ!』

『そうだ! あの二人は多分悪魔くらい簡単に倒す』

『おい、アホな事言ってる間に見失ったぞ!』

『大丈夫だ。こんな事もあろうかと発信機を……って、壊されてる!』

『いつの間に……。盗聴器も壊されてるぞ』

 

「ここどこですか?」

「現世とあの世の境目です。稀にこういう場所があるから現世は面白い」

 鬼灯がかぶっていたキャスケットを取ると、生ぬるい風が吹いてくる。地獄の風に似ているように菜々は感じた。

「封印しなくていいんですか? 生きた人間が迷い込んだりしたら……」

「大丈夫です。人間はここに来ることができません」

 理由を尋ねようとすると、鬼灯は無言で墓石を見た。

 何だろうかと同じ場所を見てみた菜々は思わず声を上げそうになる。

 墓石には「加藤菜々」と書かれていた。名前の横に書かれている日付は、彼女が鬼になった日だ。

 ここは現世とあの世の境目だと言われたことを思い出したので菜々が納得すると、鬼灯は無言で奥に向かって歩き出す。

 少し経つと、この墓石は年代順に並んでいる事に気がついた。

 日本限定ではあるものの、人間から人間でないモノになった人物の名が彫られた墓石の中に、お岩などのいくつか知っている名前を見つけたのだ。

 だとすると、彼が向かっている場所は──

 

「着きました」

 十分ほど経っただろうか。今まで一言も発さずに歩いていた鬼灯が歩みを止める。

 随分と進んだ事に菜々は驚く。こんなにもどっちつかずの者がいるのかと。

 ここは神代にどっちつかずの存在になった者の名がある場所のはずだ。

 鬼灯が見据えているのは大人が両手で抱えられるくらいの比較的小さな丸い石。

 その石に彫られた名前は菜々の予想通りだった。

 丁。その一文字が青白く輝いている。

「おそらく、ここに来る事が出来るのも、見ることが出来るのも私達のような存在だけでしょう」

 昔捨てた名が彫られた石の前に鬼灯がしゃがみこむ。菜々もそれに習い、彼の隣にしゃがんだ。

「なぜ私があなたをここに連れてきたのか分かりますか?」

 菜々は黙り込む。

 直接言葉にはしていないが、鬼灯は弱みを見せたように思う。

 人間ではない。完全な鬼でもない。ずっと気にしていたのだろうか。

 そんなタマではないように思えるが、先程の声には確かに不安げな響きがあった。

 表情筋が仕事をしないせいで表情は全く変わっていないが、彼はずっと心のどこかで気にしていたのだ。

 

 自分が同じ立場だから、だけでは無いように感じる。もっと別の意味があるのではないか。

「……分かりません」

 正直に答えると、鬼灯は何度目かのため息をつく。

「あなただからですよ。それ以外に理由はありません」

 菜々のように人間から鬼になったケースは他にもあっただろう。

 しかし鬼灯の今までの言動から、連れてこられたのは菜々だけだと分かる。

「……それはつまり、私に対して特別な感情があるってこと、ですか?」

 自信がなくなり、途中から声が小さくなっていく。

 すぐに笑い飛ばそうと口を開いたが、菜々はゆっくりと口を閉じた。

 鬼灯の顔を見て、当たっている事に気がついたのだ。

「その特別な感情に名前をつけるとしたら、何になるか分かります?」

 とぼけてはいけないと直感した。しかし、面と向かって答えるのは気恥ずかしい。

「それ、わざわざ私に言わせます?」

 鬼灯は観念したかのように口を開いた。

 

 その後、菜々達を見失ったと喚いていた刑事達が見たのは、どこか憑き物が取れたかのような表情の鬼灯と、顔を見せまいと頑なに下を向いている菜々だった。

 




霊感のある女の子(志穂)は、非日常的な何気ない話「霊」に出て来る女の子です。
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