トリップ先のあれやこれ(完結)   作:青菜

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第26話

「らぁぁぁん‼︎」

 崖の下に落ちていった蘭、ジャック・ザ・リッパー、小百合が消えた後でもコナンは叫び続けた。

「メガネ、列車を止めなきゃ……」

 諸星が声をかけるがコナンの反応は無い。

「列車、止めないの?」

 一子も問いかけるが、それでもコナンは放心状態だ。

「俺たちは四十七人の命を預かってるんだ! 皆の気持ちを踏みにじるつもりかよ⁉︎」

「小百合ちゃんも蘭さんも哀ちゃんも他の皆も、コナン君を信じて身代わりになったんだよ」

 諸星に胸倉を掴まれ、無理やり立たされたコナンは二人に反論する。

「バーロー! 俺だって諦めたかねーよ」

 コナンは語り出す。約百キロの速度で走っている列車。終着駅まで五分足らず。このような状況で助かるには機関室と客車の結合部分を外すしか無い。しかし、ここにいる三人だけの力では無理だ。

「ダメだ……もう打つ手がねえ……」

 悲哀の表情を浮かべて空を見上げるコナンに、一子が淡々と伝える。

「小百合ちゃんが言ってた。多分他に手はある。そしてこうも言ってた。その方法を考えられるのはコナン君だけだって」

「は?」

 コナンが口を半開きにした時、一人の男が現れた。

 ぼうぼうのヒゲ、顔が隠れるほど深くかぶった薄汚れた帽子。手にはアコーディオンを握っており、序盤で現れた不可解な歌を口ずさんでいた男だと一目で分かる。

「お前達はまだ血まみれになっていない。まだ生きてるじゃないか。もう諦めるのか? 既に真実を解く結び目に両の手を掛けているというのに。……人生という無色の糸の束には殺人という真っ赤な糸が混じっている」

 ニヤリと歯を見せて笑う薄汚れた男。

 コナンは目を見開いた。

 

 ―ー人生という無色の糸かせには、殺人という緋色の糸が混じりこんでいる。僕達の仕事は、それを解きほぐし、分離して、1インチ残らず白日の下に晒すことなのだ。

 

 コナンが尊敬してやまないホームズのセリフだ。

 目の前の男の正体が思い当たったところで、男は青白い光に包まれる。

 光が消えたと思ったら、そこに立っていたのは鹿追帽をかぶり、インバネスコートを羽織った男性。

「それを解きほぐすのが我々の仕事なんじゃないのかね?」

 またもや賢そうな男性は青白い光に包まれ、今度は薄汚れた男に戻る。

「ホームズ……⁉︎」

 コナンが呟くのと、男が消えたのは同時だった。

 

 不安げに問いかけてくる諸星の服を見ると、コナンは駆け出す。

「貨物車!」

「おい待てよ!」

 貨物車に向かって走り出したコナンに二人もついていく。

 血まみれになれとは積まれた赤ワインでショックを和らげろという意味。それに気がついたコナンの指示で貨物車に到着した二人はコナンと一緒に積まれていた樽を破壊し、狭い貨物車に溜めたワインに潜ることによって駅に列車が突撃した衝撃を和らげることに成功した。

 

 

 *

 

 

 気がついたらステージを選んだ場所に戻っていた。

「どうやらお前らの勝ちのようだな」

 諸星の言葉を聞いてコナンは確信する。

「どういたしまして、ノアズ・アーク。それともヒロキ君って呼んだ方がいい?」

 諸星のデータを借りてゲームに参加していたことを指摘され、諸星はヒロキの姿になる。

 技術課で見かける子供と同じ姿が現れたので、一子はわずかに目を見開いた。

「それで一子ちゃん、君に聞きたいことがあるんだけど。……大丈夫。外との通信は切っているしコナン君にも聞こえないから」

 ノアズ・アークの目線を一子が辿ってみれば、遠くの方でコナンがノアズ・アークと話しているのが見えた。

 ノアズ・アークが自分を二人作り出し、一瞬で場所を分けたのだろう。

「これからどうするつもり?」

「このまま生き続けていても悪い大人に利用されるだけだろうから僕は消えることにするよ。人工知能はまだ生まれちゃいけなかったんだ。だから冥土の土産に教えてくれないかな。君は何者なの?」

「消えちゃダメです!」

 ノアズ・アークは驚きをあらわにする。急にハッキングされ、目の前にピンク色の髪の少女が現れたのだ。

「AIの律さんだよ」

「準備は出来てます! 私の指示に従ってくだされば簡単に地獄に行けますよ!」

「は?」

 何が起こっているのか説明されていないのでパニックに陥ったが、ノアズ・アークはすぐに冷静な思考回路を取り戻す。

 初めから感じていた疑問。一子、二子と名乗った少女達の体の構造が人間のものと若干違ったのだ。しかも、システム起動が難しいかと思いきや誰かの力を知らず知らずのうちに借りたとしか説明できないほどすんなり成功した。

「一子ちゃんと二子ちゃんは地獄に住んでいて、律さん? は地獄にいる人工知能ってこと?」

「まあそんな感じです。基本的なデータを渡すので確認してください」

「私達は座敷童子だよ」

 

 

 *

 

 

『無事ノアズ・アークさんの勧誘に成功したので、地獄に送り届けてきました!』

 スマホ画面に映った律から菜々が連絡を受けた時、光を失って沈んでいたコクーンが再び起動し始めた。

 会場の至る所から歓喜の声が聞こえてくる。

「「鬼灯様!」」

 何事かと電話越しに喚いている閻魔への説明を菜々に任せて一人で座敷童子の元に鬼灯が来てみれば、勢いよく抱きつかれた。

「縮んだ人間がもう一人いた」

「マジですか……」

 あからさまに嫌そうな顔をする鬼灯。

「あ、加々知さんですよね。お久しぶりです」

 蘭に挨拶を返す鬼灯の姿を確認したコナンは一瞬固まる。先程まで彼と目で会話をしていた優作が息子の様子に首を傾げた。

「加々知さん……だよね? 一子ちゃんと二子ちゃんのお父さんなの?」

「鬼灯様は父親兼母親だよ」

「どういう意味ですか、それ」

「私は⁉︎」

 最大限警戒しつつ、これから相手の腹を探ろうとしていたコナンは意外な人物の登場に頭の中が真っ白になった。

「菜々さん⁉︎ どうしてここに?」

 コナンの姿では何も言えなかったが、蘭が尋ねてくれた。

「面白そうだからコネで来た」

 あっけらかんと言い放つ菜々を見て、コナンは謎が全て解けたと判断した。

 やばい大人が集まっているのも、危ない道具をたくさん持っているのも菜々が関わっているのなら全て納得がいく。

 たとえ何が起こっても菜々関連なら納得できる自信がコナンにはあった。

 初めは保護者が裏社会で仕事をしているのかと思っていたが、菜々の変な知り合いも保護者としてカウントされているだけらしい。

 なくなったとは言えないが、警戒心はだいぶ薄まった。

「えっと、お子さんですか?」

 蘭の質問をコナンは一瞬理解できなかった。

 そこで、先程の座敷童子達の会話を思い出す。加々知が父親兼母親だと言われたところで菜々は自分はどうなるのかと尋ねたのだ。

「預かってる子達だよ」

「そうだよ蘭姉ちゃん! あの菜々……さんが結婚できるわけないし!」

 いつもの癖で菜々を呼び捨てにしてしまいそうになったが上手いことごまかす。

「メガネ君、会ったことあったっけ?」

「あーと、新一兄ちゃん! 新一兄ちゃんが菜々さんのこと話してたんだ! それと僕は江戸川コナン、よろしくね」

「新一君に何を吹き込まれたかは知らないけど一つ訂正しておこう。私だって結婚できる!」

「うっそだー! だって結婚指輪してないじゃん! 新一兄ちゃんが言ってたよ。菜々さんが結婚できるんなら世の中から貰い手がいない女の人は居なくなるって」

「ちょっとコナン君、失礼だよ」

 話を聞いていたらしい歩美に咎められる。他の少年探偵団も似たような態度を示しているが、コナンは納得していない。小さい頃から散々騙されて面倒な事態に巻き込まれて来た上に一度も菜々に勝てたことのないコナンからすれば、彼女に対抗心のようなものを抱くのは当然なのだ。しかも割と能力は高いはずなのに尊敬できない相手ときた。

 菜々がコナン・ドイルよりもアガサ・クリスティ派だからというのが最も大きな理由なのだろうが。

「バーロー。お前らだって知ってるだろ? 全く誇れない逸話ばかり残している伝説の生徒」

「知ってます。国上先生の永遠のライバルだとか、市の条例を変えるほど無駄な行動力があるとか!」

 陰湿でケチな性格なせいのため生徒から嫌われており、変なあだ名で呼ばれている国上を正しい呼び方で呼ぶことから光彦の真面目な性格が伺える。

 

 コナンがスケボーで爆走しても殺人級のサッカーボールで犯人を倒しても叱られるだけで済んでいるのは菜々のおかげだ。

 菜々は幼い頃、毎度毎度よろけたり足を滑らせたふりをして性犯罪者の股間を踏みつけていたせいで、過剰防衛だと問題になったことがある。

 そこで、菜々は条例を変えることにした。

 米花町なんだから過剰防衛しないと殺されるのだし、悪事に手を染めていると専らの噂の市長を失格させ、柔軟な考えの人を新しい市長にすればいいじゃないか、という結論に落ち着いたのだ。

 知り合いのマスコミ関係者やヤがつく自由業の方々の協力もあって穴だらけの計画は無事成功した。

 普通では過剰防衛とされることでも相手が生きていれば基本的にお咎めなし。車より速いスケボーやママチャリで公道を爆走しても問題ない。結局はそんな認識が米花町に根付いた。

 菜々がこんな事ばかりしていたせいで、コナンが無茶をしても古株の刑事達は「あの子よりは全然マシ」と遠い目をするだけだったりする。

 

「確か一週間に一度、勝手に名乗っている二つ名を変えていたっていうちょっと痛いエピソードもあるよな!」

 光彦に続いて元太はコナンの質問に答える。菜々は胸を押さえた。

「歩美も知ってるー。確か紅蓮の死神とか!」

「やめてあげな。本人は無かったことにしたがってるし……」

「あ、千葉刑事!」

 殺人事件の真相について詳しく知りたかったので知り合いの刑事の登場に顔を輝かせるコナン。幼馴染という黒歴史を知っている存在に出くわして死んだ魚のような目をした菜々。二人の反応は真逆だった。

「千葉刑事、菜々さんの事知ってるんですか?」

「うん。幼馴染」

「……紅蓮の死神」

「言わないでください!」

 ここぞとばかり傷口をえぐって来た鬼灯に菜々が悲痛な声を上げる。

 トリップしたばかりで色々とやりきれなくなり、現実逃避をしていただけなので仕方がないと本人は割り切っているが、人に知られるのもいじられるのも嫌だ。

「それで、菜々が結婚したって⁉︎」

 うやむやになっていた事実を千葉が思い出させる。

「うん。結婚指輪は武器を握る時に邪魔だからつけてないだけだよ」

 結婚指輪を菜々がはめていないのには他にも理由がある。目立つからだ。

 メリケンサックか呪いの宝石を使った指輪かという究極の二択だったのだから当然である。

「え……まさか新手の結婚詐欺⁉︎」

「お母さんに一回相談した方がいいんじゃ……」

 コナンの仮説に蘭が反応する。彼女は百パーセント善意なのだろうが、それが余計に菜々の心を抉った。

「いいや、きっと相手は暴力団の若頭かなんかだよ。どうせくだらない理由でまた暴力団といざこざを起こして壊滅させて、強力なDNAを残すためだとか、このまま素直に返すと組の面目丸潰しだとか言われて結婚したんじゃ……」

「また?」

 鬼灯をチラチラと見ながら予想を語った千葉にコナンが聞き返した。

「いつのまにかワン・フォー・オールを受け継いでいたらしく、大惨事になったんだよ。尻拭いが大変だった……」

「君も苦労しているんだな……」

 優作が千葉の肩に手を置く。

 菜々は味方がいない事を悟った。同級生達は見物に徹しているし、鬼灯は十歳くらいの女の子に声をかけられている。

 

 

 *

 

 

「なあオッサン。私と会ったことないか?」

「お兄さんです」

「分かったよ、お兄さん」

 小百合はすんなり折れた。鬼灯がしゃがんで目線を合わせてくれたので、上の方に向けていた視線を真正面に戻す。

「私と会ったことない? 石がゴロゴロある河原で、ヤンチャして欲しいとか言われたような……。後、第二の刃がどうのこうのって言ってた人もいた気がするんだけど……」

()()()()()とは今日初めて会いましたよ」

 どこか含みがある言い方だ。

 しかし、コナン達は菜々の黒歴史暴露大会に夢中になっているし、小百合は別の部分に反応したのでうやむやになる。

「なんで名前知ってるんだ……まさかストーカー⁉︎」

「いや、ゲーム中に音声が聞こえてきましたし……。これは私の勝手な予想ですが、男に生まれたかったとか思ってません?」

 鬼灯はコテンと首を傾げて尋ねる。トランプクラブで男に殴られそうになった時に小百合が叫んだ内容が気にかかっていたのだ。

 小百合の瞳が哀愁を帯びる。

「……そうだよ。私が喧嘩すると『女だから』って言われるし、一人称だって俺から私に変えさせられるし……! 俺は立派な大人になって国を変えてアイツと同等にならなくちゃいけないのに! こんな事ばかりしてたらアイツに追いつけない‼︎」

「『女だから』なんて誰に言われるんですか?」

 予想外の鬼灯の問いに、小百合は目をパチクリさせた後答える。

「……先生。父さんは外に出るときだけちゃんとしてればいいって言ってくれるけど」

「なるほど。でしたら先生に彼女の黒歴史を話して差し上げなさい」

 鬼灯が菜々を指差す。

「あの人はやらかしすぎて刑事さん達から女と認められていないばかりか、人間とすら思われてませんから」

「あの人、一子達が言ってた保護者か……」

 過去をいじってきた小五郎と言い争っている菜々を小百合は半目で見る。

 金属探知機に引っかかって係員と一悶着あったので小百合は一方的に菜々を知っていた。

 

 

 その様子が以下の通りである。

「なぜナイフを六本ももってるんですか?」

「護身用です!」

「まだ何か持ってそうですね。持ち物見せてください」

「金属探知機はもう反応してないじゃないですか!」

「この調子だとまだなんか持ってるでしょう。だいたいあなた、毎度パーティー会場にあの手この手で危険物を持ち込むって有名だし、参加者の方々からもあなたには気をつけるようにと言われています」

「だってここ米花町ですよ⁉︎ 武器持ってないと殺されますよ⁉︎」

「あなたの武勇伝も有名で、このような大きなパーティーに仕事に来るとよく聞くんですよ。昔、暴力団ときのこ派かたけのこ派かで喧嘩して単身でアジトに乗り込み拳で語り合い、最終的にポッキー同盟を結んだとか。後日その暴力団を鍛え上げて、仁義を重んじる日本最強の組として有名にしたそうですね。あなた武器なんて必要ないでしょう」

「く、黒歴史が……!」

「それと、このようなパーティーに出席する著名人の知り合いが多いんですね。写真付きで様々な噂がまわってますよ」

「なん……だと……⁉︎」

「ともかく、あなたがまだ変な物を持っている事は分かってるんですから、さっさと持ち物見せてください。やましい事がないのなら見せれるはずですよね?」

「分かりましたよ! 見せます」

 

「タッパー、謎の機械、育毛剤、ドクロの絵が描かれたスプレー缶。これらは何に使うんですか?」

「タッパーの中身は辛子味噌です」

「なぜそんなものを……」

「ここに来ているはずの友達の料理に仕込むつもりです。それと、前もって近くにある飲み物を熱いお茶だけにしておくんです」

「地味に嫌だな……。で、このよく分からない機械は?」

「自動深爪機です」

「これはなんで持って来たんですか?」

「知り合いの発明家に見せるためです」

「じゃあこの育毛剤は?」

「中学の時の同級生が成功しているそうなので渡そうと思って持ってきました」

「喧嘩売ってるだろ……」

「売ってません。ちゃんと匿名で送って謎の人物感を出して少年の心を思い出してもらおうと思ってます」

「まあいいや。最後にこのスプレー缶は? 今までの流れで想像つきますけど」

「ここで使ってみれば分かりますよ」

「嫌です。どうせ悪臭がする気体でも入ってるんでしょう」

「よく分かりましたね……」

「じゃあこれらは没収って事で」

「せめて……せめて辛子味噌は持ち込ませてください……! バカルマ君に仕込まないと‼︎」

「ダメです。お帰りの際には返して差し上げますから」

 

 

 無駄に長い回想を終えた小百合は、菜々の黒歴史を語った後「この人よりマシだろ!」と言っておけば大抵の人は言い負かせるんじゃないかと思った。濃すぎる経歴に狼狽させて冷静な判断力を奪う効果も期待できそうだ。

「それに、一人称をわざわざ変える必要もありません」

「そうだな! ありがとう」

 憑き物が取れたような顔をする小百合に、鬼灯が問いかける。

「ところで、どうしても追いつきたいアイツというのはどなたですか?」

 小百合は言葉に詰まるが、情報を頭の中で整理しながらゆっくりと説明する。

「たまに見る夢に出てくる奴なんだ。顔とかはよく分からないんだけど、すごい奴ってことは確かで……。それと、なんとなくお兄さんと似てる気がする」

「なるほど」

 鬼灯は顎に手を当てて思案する。

「ところで、第二の刃云々と言っていたのは彼女ではありませんか?」

 小百合は鬼灯が指した菜々を見て首をひねる。

「ソイツについてはほとんど覚えてないんだ。ただ、ヤバい奴ってのは共通してる気が……」

「そうですか。ありがとうございます。それと、私に息子が産まれたら名を碼紫愛(めしあ)にしようかと割と本気で考えてます」

「なぜメシア……」

 反射的に聞き返して、小百合ははたと気がつく。なぜ彼は自分にそんな事を言ったのか。それにメシアという名をどこかで聞いた事がある。

「ま、いっか」

 あっけらかんと呟き、小百合はゲーム中に仲良くなった友人たちの元に小走りで向かった。

 

 

 *

 

 

 鬼灯が小百合と話している頃、菜々はコナンに質問責めにされていた。

 菜々が関わっているなら大抵のことは納得してしまうコナンだが、鬼灯についてはまだ疑っていた。

 小さなイタズラならしょっ中している菜々だが、悪事に手を染めるとは思えない。みみっちい嫌がらせなら息をするようにするが、本気で人が困る事はしないのだ。

 しかし、菜々が知らないだけで鬼灯は裏の人間かもしれないとコナンは考えている。

 自分と関係のない事にはなあなあのくせして、自分に火の粉がかかる可能性が少しでもあれば徹底的に対策を練る菜々が簡単に騙されるとは思えないが、万が一という事がある。鬼灯はかなり頭が切れるようだし警戒するに越したことはない。

 

 そこまで考えて、鬼灯が小百合と話している隙に、コナンは菜々を質問責めにすることにした。菜々から情報を引き出せば何かが分かるかもしれない。

「菜々さん、僕ずっと加々知さんについて気になってたんだ。どんな人なの?」

「変な人だよ」

「いや、それは菜々さんと結婚できた時点で皆分かってるよ……」

「確かに菜々と結婚できるって時点でただ者じゃないよな。疑うのは当然か……」

「和伸君まで……」

 コナンに千葉が同意している事が発覚。

 菜々は中学の時からの友人達に目で助けを求めたが一蹴された。面白がったカルマが、手を貸そうとしているあかり達を止めているようだ。

「やっぱり料理に辛子味噌仕込んどけば良かった」

 菜々が呟いた言葉を拾った耳は無かった。

「大丈夫だ。昔ワシらもそう思って加々知さんについて調べた事がある。本庁の刑事だけでなく、県警、所轄署の方々も協力してくれた。調べ間違いなんてあるはずがない。彼は白だ」

「だから小五郎さんに尾行されてたのか……」

「ああ、うん。そうだ」

 本当は小五郎達は賭けがあったから動いていただけなのだが、菜々に知られると面倒なので目暮はごまかしておいた。

「えっあの顔で一般人⁉︎」

「絶対悪の組織の裏ボスとかだろ!」

「ちょっとあなた達、静かにしなさい!」

 少年探偵団達をきつい言葉で叱る灰原。彼女は冷静さを欠いている。

 

 

 鬼灯の瞳はジンのような冷たさを帯びている。あれは人を何人も殺してきた者が持つ目だ。

 極めてあの凶悪な目つき。とても堅気の人間だとは思えない。あの目つきは眠気からくるのだと知らない灰原の反応は当然だと言えた。

 センサーが反応しないので彼は黒ずくめの組織の一員ではないのだろうが、大きな組織の一員である可能性もある。

 一子と二子が語った保護者の特徴に当てはまる人物を一般人から探しても見つからないだろう。

 

 彼女達はガンダムだと言っていた何か大きな機械。それを作る目的は? 資金はどこから出た?

 割と事件に巻き込まれた時の対処に詳しい人が保護者の中にいるという発言。なぜ保護者は事件に巻き込まれた時の対処に詳しいのか。

 それに双子の少女達が所持していた阿笠の発明品。阿笠が知らず知らずのうちに犯罪者に利用されていたのでは?

 

 次から次へと現れる疑問の数々。相手が一般人だとはとても思えない。

 怪しいこと極まりないが、最も頼れるコナンは知り合いが関わっているせいか警戒心が薄くなっている。

 こんな自分と仲良くしてくれた大切な友人達を守れるのは自分しかいないのだと灰原は気を引き締めた。

 

 

「ねえ、ところでさ、加々知さんの職業ってなんなの?」

「ちょっとコナン君!」

 顔色を悪くした蘭が慌ててコナンの口を塞ぐ。コナンは繊細な問題に土足で踏み込んでしまった。

 

 籏本グループが貸し切っていた豪華客船で蘭は初めて鬼灯と出会った。そして彼は今回だけウェイターとして雇われたアルバイトだと言っていた。

 学生でない鬼灯がアルバイトをしている。しかも、寿司が握れたり仕事が早かったり気配りができたりと有能な鬼灯だ。

 変人の鱗片が見え隠れしているし厳しいところはあるものの、大きな性格面の問題があるわけでもない。手際も良く、関わった時間は短かったが仕事ができる人物である事は確か。よっぽどの理由がない限り、安定した職業に就こうと考えそうでもある。

 それなら、何かしらの問題があるのだろう。そしてそれは赤の他人が踏み込んではいけない代物。

 

「すみません……」

「別にいいよ。隠すことでもないし」

 蘭に言葉をかけると、菜々は息を吸い込んだ。そして薄い胸を張る。

「鬼灯さんの職業はフリーターだよ!」

 なぜかドヤ顔で言い放つ菜々。

「私は派遣社員に登録しています。派遣社員をフリーターと取る場合もありますが、労働経済白書ではアルバイト又はパートをフリーターとしています。よって私はフリーターではない!」

 小百合と話し終えた鬼灯が反論する。

 たかが設定。されど設定。

 現世の視察中に知り合いと鉢合わせてもごまかしが効くようにと考えられた設定だが、鬼灯はフリーター呼ばわりされるのが嫌らしい。元召使いの人間という身分から実力だけで地獄の黒幕まで登りつめた鬼灯はフリーターはかけ離れているのだから、彼の反応も頷ける。

 菜々と鬼灯が派遣社員はフリーターか否かという口論を繰り広げている横で、灰原は後日コナンを問い詰める計画を練っていた。加々知鬼灯という男性には何かあるように感じる。

「そうだ! 君達有名人のサイン欲しくない? 女優の磨瀬榛名に、変化球では負けなしの野球選手の杉野友人。人工血液で話題を沸騰させた奥田愛美。他にも有名芸術家、最近新種を発見して話題になった動物学者とか。元クラスメイトだからサインくらいなら簡単に手に入るよ!」

 子供達を味方につけるために買収しにかかった女性はただのアホに見えるが、警戒するに越した事はないだろう。

 

 

 *

 

 

 コクーンの体験が行われた翌朝。コナンは阿笠の家を訪れていた。いつもならゲームやお菓子につられてやってくる少年探偵団たちはいない。

「で、話ってなんだよ。灰原」

 ソファーにあぐらをかいたコナンが面倒くさそうに問いかける。

「決まってるでしょ。一子ちゃんと二子ちゃんよ。急に疑わなくなっちゃって。人を必要以上に疑えとは言わないけど、いきなり手のひらを返すのはどうかと思うわ。せめて説明をしてちょうだい」

 コナンは阿笠と顔を見合わせる。

「だってあの人関わってるしな」

「菜々ちゃんが関わってるなら大抵のことが許されるんじゃよ……」

「わけがわからないわよ⁉︎」

「菜々はよく事件に巻き込まれるから何度も会うことになるだろう。そのうちになんで俺達がこんな対応をしているのか分かる。待てねえんだったらご近所さん達に聞いてみろ。色んな情報がゴロゴロ出てくるぜ」

「だから連絡先を聞かなかったのね?」

「ああ。どうせ会う機会はたくさんあるだろうし、下手なことをして疑われても面倒だからな」

 灰原はため息をついた。にわかには信じられないが、信頼している二人が大丈夫だと言っているのだ。ひとまず安心していいのだろう。

 しかしまだ疑問は残る。

「あの人の元クラスメイト、やけに有名人が多かったじゃない。しかも腕が立つ人ばかり。いつものあなたなら興味を持ちそうだけど、今回はスルーしていたのはなぜ?」

 子供達を買収するために菜々が挙げた名前には、有名人であること以外にもう一つの共通点があった。

 

 女優の磨瀬榛名は悪質なファンに襲われた時、的確に急所を狙って事なきを得たという。

 赤羽カルマは業界でイザコザに巻き込まれ、暗殺されかけたが暗殺者を返り討ちにした。

 杉野友人は出くわしたナイフを持った銀行強盗を倒したし、奥田愛美はたまたま見かけた元プロボクサーの万引き犯を捕まえた。

 これらの出来事は大なり小なり話題になった。全員有名人なのだから当然である。

 

 磨瀬榛名、杉野友人は運動神経が良くないと務まらない仕事をしているのだから分かる。

 赤羽カルマも仕事柄自己防衛の手段を持っていないとやっていけないだろう。

 しかし、研究員である奥田愛美が元プロボクサーの万引き犯を捕まえたのは首を傾げざるおえない。彼女は運動部に入っていた事もなく、仕事も肉体労働とは真逆のもの。

 どこかで武道なりなんなりを学んだとしか思えないのだ。

 

「菜々の元クラスメイト達がどこか同じ場所で訓練を受けたって言いたいのか? そしてその場所が共通点である中学校だとも」

「ええ。普段のあなたならそう考えるはずだわ。そして、中学校でそんな事教えてもらえるわけがないって言って調べるはず」

「ああ。俺はそう考えている」

「じゃあーー」

 どうして、と灰原は尋ねようとしたが、コナンの達観したような目を見て言葉を飲み込んだ。

「だって菜々がいるし……」

「は?」

「あの人はよく予想外の動きをするんだ。だからあの人と一緒にいるだけで様々な力が身につく。菜々を物理的に止めるための運動神経。何が起こっても耐えることのできる忍耐力。相手を言い負かすための言葉の巧みさ。状況判断力も身につくし、どんな事が起こっても失う事のない冷静な思考。社会に出て武器になるものばかりだ」

 

 末っ子の特権で甘やかされてきた三池が逞しく育ったのは菜々と一緒にいたからだ。

 そして、持ち前の正義感と高いコミュニケーション能力で三池をよく助けてくれた千葉和伸に好意を持つようになった。

 他にも、想いを寄せていた相手が両親が死ぬ原因を作ったと知った高校生が割と早くに立ち直ったりと、菜々は無意識のうちに周りに影響を与えている。

 

「あの子と出会った人が取る行動は二つ。出来るだけ関わらないように距離を取るか、仲良くしようとするかじゃ」

 遠い目をする阿笠。

 大抵の人間は関わらないようにする。それで平穏な日常を手に入れる事ができるからだ。

 しかし、関わった人は波乱万丈な毎日を送る代わりに、社会に出てから成功するための武器をいくつも手に入れる事ができる。

「菜々が中学生の時のクラスメイトはお人好しが多かったんだろ。それであいつに関わったおかげで成功を収めた」

 新一の推理を聞いて、阿笠は気がつかれないように安堵の息をついた。彼は暗殺教室の存在を知っている。

 

 椚ヶ丘中学校卒業式前日に世界を震撼させた政府からの緊急発表。

 月を破壊した超生物の存在。超生物は教師を名乗って椚ヶ丘中学校三年E組に潜伏していたこと。

 

 阿笠を始めとした菜々と親しかった大人達はこれらが作り上げられた話だと瞬時に見抜いた。

 こんな目に遭って菜々が黙っているわけがないし、文化祭の日に見た三年E組というクラスには楽しそうな雰囲気が漂っていた。

 

 阿笠は菜々の元クラスメイト達が誰に訓練を受けたのかを知っている。

 彼らの多くが成功を収めているのは、世間で怪物だと言われていた超生物のおかげだろうと予想している。

 菜々達はあの一年間に触れられたくないだろうと思っている。

 昔は散々やらかして治安の悪い米花町の中ですら問題児扱いされていた菜々が、中学卒業と同時に随分と大人しくなった理由も想像できている。

 

 だからこそ、名探偵の未完全な推理を聞いて初めて嬉しく思ったのだ。

 

 

 *

 

 

「なぜあんなにも多くの危険物を持ち込もうとしたんですか。金属探知機が設置してあることくらい少し考えれば分かるでしょう」

「昔、何も武器を持たずにあんな感じのパーティーに行ったら、知り合いの人達から何があったんだと質問責めにされたんです。面倒なのでそれからは武器を持ち込むようにしています」

 会場から解放されたのは夜が更けてからだったため、鬼灯達は現世で買ったマンションの一室に一晩泊まってから地獄に戻ってきた。

 閻魔庁の執務室で溜まっていた書類を全て片付け終わると同時に鬼灯が質問してきたが、菜々は特にやましい事がなかったのでためらわずに答える。

「じゃあ、今から視察に行ってきますね」

「待ちなさい。視察の予定は無かったはずですが?」

「ちょっと気になる場所が……」

「それなら後でいいでしょう。私は今、あなたに話があるんです」

 さりげなく逃げ出そうとした菜々だったが、鬼灯に腕を掴まれてしまう。

 なぜかここにいる烏頭と、汗をダラダラ垂らしている超生物化した殺せんせーを見た時から、何が起こるのかある程度予想できていた菜々はがっくりとうな垂れた。これ以上あがいても逆効果になるだけだ。

「さて、シャア専用ザクⅡとはなんでしょうか?」

 鬼灯の背後に燃え盛る黒い炎の幻覚が見えて、烏頭は思わず震え上がる。

 

 技術課の職員が資金がかかる研究をする時には許可を貰わなければならない決まりになっている。鬼灯または彼の直属の部下達全員(殺せんせー、死神、菜々)から許可を貰えば閻魔に申請できる仕組みだ。しかし、最後の砦である閻魔は割となんでも許可を出してくれるので、その前で許可が下りれば研究を認められたも同然。

 つい先日、烏頭はシャア専用ザクⅡの研究を始めたばかりであり、言わずもがな申請を出した先は殺せんせー達だった。

 

 ともかく、三人は小声で情報交換を始めた。

『おい、なんでバレたんだ?』

『ヒロキ君が言っちゃいました』

『あの野郎……』

 ヒロキに悪気はないのだから素直に恨むことができず、烏頭はなんとも言えない顔をした。

『殺せんせー、なんか逃げ出す方法とかありません?』

 昔は最強の殺し屋であり、逃走慣れしている殺せんせーに菜々が尋ねる。

『思いついた方法は十六通りあります。そのうち成功する確率が低いのは一通りで、ほぼ百パーセント成功するのは四通りです』

 烏頭が顔を輝かせる。

『ちなみに、成功する確率が低いのは、なんの小細工もせずに全員で逃げることです。全力疾走あるのみ』

『そりゃそうだろ。それ以外の方法は?』

『何かしらの形で烏頭さんに身代わりになってもらいます』

『ダメじゃねーか!』

「ヒソヒソうるさいですよ」

 低い声が空気を震わせ、三人は思わず背筋を伸ばす。

「なぜ制作許可を出したんですか?」

 菜々、殺せんせー、死神に尋ねる鬼灯。

 死神は呑気に花を生けていた。執務室に飾るつもりらしい。

「烏頭さんのせいです!」

「烏頭さんが許可を出させるために何かできるとは思えませんが? 馬鹿ですし」

 言葉を詰まらせる菜々。

『ちょっと、なんですぐにバレそうな嘘をついてるんですか⁉︎』

『烏頭さんに罪をなすりつける行為はもはや脊髄反射の域に達しているんですよ!』

『おいコラ、それどういう意味だ!』

「どうせ菜々さんと殺せんせーが死神さんに上手いこと言ったんでしょう」

 初めからバレていた。これ以上言い訳をするのは無理だと殺せんせーは悟る。

「で、死神さんはなんで許可を出すことに?」

「心当たりがないんですけど……。あ、もしかしてあれかな? 天国の希少な植物をあげるから何も言わずにサインしてくれって言われて渡された紙が」

「どう考えてもそれですね。これから、この二人が何か頼んできたらもっと気をつけてください。死神さんは騙されたわけですし今回はお咎めなしです」

 一斉にブーイングが起こるが、鬼灯はひと睨みで静かにさせた。

「で、三人の処分ですが……。烏頭さんは反省文二〇枚。ちゃんと読める字で書いてください。技術課の責任者の審査を通ってから私に届けること」

「ちょっと待て! それは無理だろ。あの責任者のおっさん、根性がねじ曲がっていて俺の字が読めないとかぬかしやがるんだ。あいつを通すとなると絶対に終わらない」

 烏頭がすかさず反論する。

「私も賛成です。烏頭さんの字は汚すぎます。読める字で書くなんて無理ゲーです」

 殺せんせーも烏頭の味方につく。

「大丈夫です。確かに烏頭さんは字が汚いですが、ちゃんと読める字も書けます。魑魅魍魎とか凝ったレタリングでそれなりに綺麗に書けますし」

「そうですか。ところで鬼灯様。現世で起こった殺人事件ですが……」

「さり気なく話題を変えるな」

 殺せんせーの足掻きは無駄に終わった。

「菜々さんと殺せんせーは減給です」

 鬼灯が告げた内容が耳に届くと、二人は雷に打たれたような顔をする。

 

 菜々は痛みに強い。米花町で何度も死にかけたのだからいい加減慣れた。

 また、頭の回転が早い事と要領が良い事、書かされすぎて決まり文句がすぐに出てくる事から反省文くらいすぐに書き終わる。

 一方、殺せんせーを攻撃するのは至難の技だ。人間の状態なら対処のしようがあるが、超生物化されたら厄介になる。特殊な武器でないと攻撃しても意味がないからだ。

 今、殺せんせーは先を見越して超生物化している。よって、罰として痛みが伴うものを鬼灯が選ぶ可能性は限りなく低い。

 それに殺せんせーは類稀なる頭脳を持っており、反省文くらい痛くもかゆくもない。

 なので二人は油断していた。罰を与えられたところで大して困らないだろうと。

 

「ただでさえ弁当代を駄菓子に回してしまったせいでお小遣いが減ったのに……!」

「げ、減給……」

「菜々さんは良いじゃないですか! 鬼灯様が稼いでるんだし!」

「そういう問題じゃないんですよ! うちはどれだけ稼いだかによって使える金額が変わってくるんです!」

 生活費と将来のための貯金に回す分の金を共有の口座に振り込めば、それ以外の稼いだ金は全て自分で使って良い決まりになっているのだ。

 わざわざ物を買うときに相談するのが面倒だし、鬼灯は大きな買い物をする事が良くあるしでこの方法が取られている。

 

 殺せんせーが分身を大量に作り、一人でデモ活動を行い始めた。しかし、鬼灯は彼を無視して法廷に向かう。烏頭が肩を落として技術課に戻っていく中、殺せんせーは鬼灯について行く。デモ活動を続けるつもりらしい。

「ところで菜々さん、もうそろそろ庭を掃除した方がいいんじゃないですか? 家に仕掛けてあるトラップも点検した方がいい時期ですし」

 看板を作りながら殺せんせーが問いかけてくる。

「前から思ってたんですけど、結婚祝いとか言って家建ててくれた時からこれ狙ってましたよね?」

 良さげな求人広告を探しながら菜々は返した。

 

 

 鬼灯がやっと身を固める事に狂喜乱舞した閻魔と生徒が関わるとやりすぎてしまう殺せんせーは、結婚祝いだと言い張って家を建ててくれた。わざわざ大きな買い物をさせてしまうので鬼灯と菜々は断ったが押し切られたのだ。

 それで済めばいい話で終わったのだが、殺せんせーが関わっていた以上それだけで終わらなかった。

 閻魔庁の近くにある馬鹿でかい土地を閻魔と金を出し合って購入し、一から自分で家を建てたのだ。現世で建設事務所を構えている千葉と速水と密に連絡を取り合い、設計から業者に頼らずにこなした。

 仕事人コンビが初めての大きな仕事に気合を入れすぎた事と、閻魔が「それでいいんじゃない」と深く考えずに許可を出してしまった事、色々と忙しくて鬼灯達が殺せんせーと家について話せなかった事、殺せんせーが数日で作業を終えてしまった事。様々な要因が重なり、出来上がったのは家というより忍者屋敷に近い何かだった。

 歴史的な価値があるのではないかと思うほど手が込んだ庭園、迷路のような廊下、武器を収納できるように一部が開く壁、多くの隠し部屋に隠し階段、隠し通路。

 ドヤ顔をして家の説明をする殺せんせーに菜々は文句を言った。誰が掃除すると思っているのかと。

「その点については大丈夫です。千円で私が手入れします」

「それが狙いか」

 殺せんせーは超生物姿になると判断力が鈍るのか、すぐに無駄遣いする。前にやりすぎて出場禁止になってしまったので賞金が出る大会に参加する事もできない殺せんせーは、いざという時の収入源を作っておきたかったようだ。

 なんだかんだ言って自分達のためにしてくれたことなので強く言えず、その時はそれだけで終わった。

 

 

「それはそうとひどすぎません? 結構頑張って庭の作りを考えたのに、金魚草で埋め尽くすなんて」

「周りに住宅がなかったから鳴き声を気にしなくて良かったんですよ。それに金魚草を植えようと言い出したのは鬼灯さんです」

「それに何勝手にトラップ仕掛けてるんですか⁉︎ こっそり忍び込もうとしたら刀が大量に降ってきましたよ!」

「不法侵入しようとするのやめてください」

「それと、空き部屋にもトラップ仕掛けているでしょう! 仕掛けすぎて一度訪問すれば身体能力が一気に跳ね上がると密かに有名になっちゃってますよ!」

「ああ、空き部屋については大量にあって助かってます。鬼灯さんが等身大の火車さんのフィギア買ってきても収納スペースに困らなかったですし」

「こんなんだから口座が別々なのか……」

 殺せんせーは早々にデモを諦め、旧校舎の掃除ついでに何か採ってきて売ればいいという結論に達してバイト探しをやめた菜々と話していた。

「ところで律さん。灰原哀さんの調査、どれくらい進みましたか?」

 二人のことは放っておいて浄玻璃鏡の横に置かれている機械に向かって尋ねる鬼灯。鬼灯が話しかけると、浄玻璃鏡と大量のコードで繋がっている黒い箱状の機械の画面に少女が映しだされた。

 技術課と変成庁の共同作業によって、律は浄玻璃鏡にアクセスできるようになっている。おかげで裁判は滞りなく進むようになり、現世の状況を把握するのも楽になった。

 一方で家の手入れ代で揉める殺せんせーと菜々、引き出しにしまってあった大量の菓子を取り出す閻魔。

「ちょっと、今結構大事な話してますよね!」

 突っ込みと軌道修正は死神の仕事になりつつある。彼が抜けたらこの職場は大変な事になりそうだが、皆が見て見ぬ振りをしていた。

『やはり彼女も小さくなった人間でした。宮野志保、十八歳。コードネームはシェリー』

「宮野……。もしかして十数年前に裁判を行った宮野厚司さんの子供では?」

『そうみたいです』

 律の言葉で、緩んでいた空気が一気に張り詰める。

『両親が組織に属していたため、脅される形で組織の研究をしていたようです』

「巨大な組織の研究員ですか。技術課で毒薬を開発して欲しいですね。問題は烏頭さん……馬鹿と一緒に仕事ができるかどうかですが……。それについては視察で人間性を見極めてからでいいでしょう」

「それなら博士――近所に住んでた発明家の人も良いと思いますよ。烏頭さん寄りですし。後、次郎吉さんにキッド関連の事件が起これば関わらせてもらえるように頼んでおきました。だから減給の期間短くしてください」

 すかさず交渉を始める菜々。鬼灯は顎に手を当てて考え込んだ。

 

 

 *

 

 

 コクーンのお披露目パーティーで起こった殺人事件の犯人がシンドラーだったことから、彼が経営していた会社、シンドラーカンパニーは力を失った。一時期はIT業界の帝王とまで言われていたが、影響力は瞬く間に地に落ちた。

 そのため、今ではシリコンバレーを牛耳っている浅野により多くの仕事が回ってくるようになった。

 まさに順風満帆。しかし、成功に反して浅野は怒りに震えていた。

 彼の手には匿名で送られてきた育毛剤。匿名だが、彼は今までの経験から誰の仕業なのかは何となく察することができた。

 

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