トリップ先のあれやこれ(完結)   作:青菜

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※盗一の口調、関西弁が曖昧です。間違っていたり違和感があったりしたらご指摘ください。
※映画「天空の難破船」のネタバレを含みます。
※映画「迷宮の十字路」のクライマックスシーンが出てきます。未視聴の方はご注意ください。


第27話

「黒ずくめの組織に入る。アポトキシン4869を飲んでみる。わざと疑われるようなことをしてコナンさん達と関わりを持つ。どれが良いと思います?」

「どれもやったらすこぶるめんどくさい事になると思います」

「でも黒の組織って面白そうなんですよ。ポエマーとか厨二病とかいるみたいなんです。一番の厨二病はNOCバレして今はいませんが」

 

 不老不死の研究をしているらしい国際的な組織──通称黒の組織の存在が発覚してすぐに国際会議が開かれた。既に寿命が延びてしまった人間が居ることからあの世とこの世のバランスが崩れる可能性があると判断され、黒の組織を潰すよう仕向けることが決定。さらに、黒の組織のトップは日本人なのだからと日本地獄に責任が押し付けられたし、不老不死になるためのアイテムを探し求めている組織の後始末も押し付けられた。

 殺せんせーと死神の活躍もあって補償金はたんまり貰えたし、米花町の視察のついでなので、日本地獄は特に異論がない。

 寿命に変更があってはならないので、江戸川コナンと灰原哀、その他縮んだ人間を元の姿に戻す任務もあるが、コナンが動いているので大してやることはないと思われる。

 

「いつかは黒ずくめの組織を潰さないといけないですけど、関わるとロクなことがないのでやめといた方がいいですよ。ちょっと目立っただけで殺意を持たれる米花町に定期的に行くんです。悪の組織に入ったら死ぬほど面倒くさい事になります」

 少しでも不審な行動をしたら盗聴器をつけられ、些細な出来事で殺意を持たれるのが米花町だ。

 四六時中黒い服を着用するのが暗黙の了解になっている悪の組織に入りでもしたら、そこら中にいる探偵から「ザ・悪役の服装をしている! 怪しい!」と目をつけられる。また、「悪そうな奴らと一緒にいて目立っている。ムカつく」と謎理論で殺意を抱かれる可能性だって十分にある。

 

「ほんと、米花町って物騒なんですよ。いつ死ぬかわからないから『明日』なんて言ってられないし、一日に最低でも五回は何かしらの事件に遭遇するし……」

「すみません、鬼灯様。長期休暇って貰えませんか? できれば一年くらいが良いんですけど……」

 途中から米花町への恨みつらみを語り出した菜々だったが、死神によって遮られた。

「あ、無理です。諦めてください」

「即答⁉︎」

 死神はかなり貴重な人材だ。突っ込みや軌道修正、殺せんせーのストッパーを全てこなしている。彼がいるからこそ鬼灯も安心して突っ込みを放棄できるのだ。

 せめて、突っ込み要員の最大候補である元E組メンバーがあの世に来るまでは死神に頑張ってもらいたい。

「金魚草の開花を発見した花咲さんが、数年前から本格的に金魚草の研究をしているじゃないですか」

「ああ、様々な金魚草に関する著書を出してますよね」

「それで、彼の元で金魚草について学んでみたいんです!」

 まっすぐ前を見つめている死神の目は輝いている。彼はあの世の植物について学ぶだけでなく、独自に研究もしており、いくつかの事実を発見している。

 死神に長期休暇を与えれば、金魚草についての研究が進むのは確かだろう。

 金魚草か職場から突っ込み役が居なくなるか。鬼灯が揺らぎ始める。

 あぐりの勤め先であり、椚ヶ丘中学校の理事長になる前に學峯が開いていた塾の第一期生が作った「浅野塾」。そこで殺せんせーは定期的に特別講師を務めており、いつか長期に渡って講師をしてみたいと麻殻に話していた事を鬼灯は思い出す。

 いっそのこと殺せんせーにも長期休暇を取らせてしまえば良いのではないかという案が脳裏をよぎったが、すぐに却下した。

 殺せんせーと死神が抜けたら、二人の分の仕事がまわってきて視察どころではなくなるのだ。

「いや、さすがにあなたが抜けるのはキッツイです。殺せんせーを止める人がいなくなります」

 予想していたようだが、それでも落ち込みを隠せない死神。金魚草の研究が進むのなら万々歳な鬼灯は、条件を出す事にした。

「殺せんせーを止めることができて突っ込みが上手い、あなたの代わりが見つかれば長期休暇を取ってもいいですよ」

「滅多にいませんよ、そんな人」

 死神が諦めた声を出した時、執務室に入ってきた人物がいた。

 生前は東洋の魔術師、怪盗キッドと二つの顔を使い分けていた、黒羽盗一だ。

「休暇と現世行きの許可をもらいにきました」

「盗一さん! 一年間……それが無理なら十ヶ月でもいいです! 僕の代わりに先生のストッパーになってください‼︎ 生前、窃盗してたのにちゃっかり地獄に就職しているあなたならできるはずです!」

「いや、殺せんせーはさすがに……」

 苦笑いを浮かべる盗一。彼は天才マジシャンであり初代怪盗キッドだ。

 

 宝を悪用して荒稼ぎをする者達の妨害を行っていた怪盗淑女こと千影が足を洗う際、彼女の存在を多くの人が忘れるようにと、盗一が彼女を凌ぐ大怪盗になる事を決意したのが始まりだった。その時、イケメンにしか許されない方法で求婚して結婚までこぎつけているのだから大したものだ。

 色々あって怪盗キッドと呼ばれるようになった盗一は、ある日、謎の組織が不老不死になるためにとあるビッグジュエルを探し求めている事を知ってしまった。

 数あるビッグジュエルのうちの一つにパンドラと呼ばれる宝石が入っているらしく、宝石を月明かりに照らすことでパンドラの有無を確認できるそうだ。

 次々とビッグジュエルを盗み出す事で、謎の組織に悪用される前にパンドラを探し出そうとした盗一だったが、事故に見せかけて殺された。

 

 波乱万丈な人生を送ってきた盗一の裁判は難しいものだった。

 好きな女性のためとはいえ窃盗を働いた。しかし悪の組織の目論見を阻止しようとした。人間が不老不死になったら困るあの世としては、彼がいたからこそ最悪の事態を防ぐ事ができたとも言える。

 しかも供物が大量に届いていたこともあって、盗一は稀に見る判決が難しい亡者となった。

 結局は、盗一と知り合いだったため裁判に関われなかった菜々が陰で動いたこともあって、彼は地獄で働く事になった。

 今では、マジシャンの心得として学んだ心理学を駆使して、より精神をえぐる拷問方法を考えたり、事務仕事をしたりしている。そもそも、マジシャンと怪盗を両立させる事ができていた盗一は手際が良かった。

 いくら理由があったとはいえ窃盗の罪が消えるわけではないので低賃金だが、盗一は今の暮らしに満足している。

 

「盗一さん、現世行きは許可しかねます」

 鬼灯に告げられた言葉が耳に届くと、盗一は固まった。

「私の跡を継いで二代目怪盗キッドとなった息子の様子を見に行きたいのですが……」

「盂蘭盆の時に見に行けばいいでしょう。それ以前にあなた、前回の盂蘭盆では常習犯である研二さんや陣平さんと同じくらい帰りが遅れたじゃないですか。現世行きに関しては信用がかなり低くなっていますよ」

 唯一生き残っている警察学校時代の友人の様子を毎年見に行っている萩原と松田は、盂蘭盆が過ぎてから帰ってくる事が多いと有名である。あの世に来てから国際結婚をした伊達が説得してくれているが効果は薄い。

「あれはしょうがないんです。息子の様子を見た後、外国にいる妻の様子を見に行こうと飛行機に乗ったのは良かったんですけど、飛行機がハイジャックされた時に事故が起こって飛行機が海のど真ん中で墜落しまして。それから自力で妻の元に向かってたらいつのまにか時間が過ぎていて……」

 現世はなにかと物騒だ。さすがにこれではあんまりだと思い直し、鬼灯はしばし考えた後提案をした。

「一年間死神さんの代わりをしてくださるのなら現世に行ってもいいですよ。しかも、お膳立てはこちらがします」

 鬼灯が言わんとする事を察して、葉を浮かべた砂糖水に手をかざしていた菜々は会話に加わる事にした。

「盗一さん。もしも現世に行ける事になったら、どうやって息子さんの様子を見に行くつもりですか? 確か、次郎吉さんが怪盗キッドに挑戦状を叩きつけましたよね? 飛行船にビックジュエルを展示するから取りに来てみろって」

「ああ、従業員として潜り込むつもりだが……」

「招待客として飛行船に乗れたらどうします? 仕事で時間を取られないので好きなように動けますよ」

 この前の現世視察の時、キッド関連の事件に関わらせてもらえるように次郎吉に頼んでおいたのだ。

 

 盗一に迷いが生じる。

 盂蘭盆の時にも息子の様子を見ることはできるが、怪盗キッドとして活動している様子が見れるとは限らないのだ。この話はかなり美味しい。

 しかし死神の代わりをするとなると、胃に穴があくのではないかと思う。

 

「突っ込みと、私が出来る限りの殺せんせーの監視だけですよ……」

 ため息混じりに答える盗一。

「死神さん。そういうわけなので休暇は現世視察が終わってからになりますが、いいですね?」

 鬼灯の言葉に死神は元気に返事をする。

「はい! 金魚草についてしっかり学んで来ます!」

 

 

「ところで盗一さん。どんな変装をするのか一緒に考えましょう」

 死神が書類を持って法廷に向かったのを見届けてから、鬼灯が口を開いた。

「おそらく飛行船に警察も乗り込むでしょう。つねられて変装がバレる可能性もあります」

「顔を包帯でぐるぐる巻きにしておけばいいんじゃないですか? 見た目が訳ありっぽいので包帯を取れとは言われないだろうし」

 菜々が意見を出すが盗一に反論される。

「息子との再会の場でミイラ男みたいな格好はちょっと……」

「じゃあ仮面ヤイバーのコスプレ。子供の夢を壊さないという名目でヘルメットを死守すれば……」

「そういえば、あなたが横流しして来た超体操着の作りを元に、技術課の人達が特殊繊維の開発をしてましたね。死なないとは言え、怪我をしやすいためなかなか刑場に行けなかった亡者の獄卒の選択肢が広がるので許可しました。で、なんでその技術を仮面ヤイバーのコスチューム作りに使ってるんですか」

 鬼灯の予想が当たっていたらしく、菜々は目を泳がしたが、すぐに反論する。

「一つ言っておきます! あれは経費で落としてません!」

「あの、仮面ヤイバーの格好も嫌ですよ……」

 控えめに挙手をして盗一が会話に入ってくる。

「でも、残ってる選択肢は無難な着ぐるみだけですよ。私は怪人カマドキャシーが良いと思います」

「ああ、あのオネエのゆるキャラですか」

「稲荷の狐に化かして貰えばいいんじゃないか? 君も昔はそうしてたんだろう?」

 ふと思いついたように盗一が呟く。

「長時間化かしを行えて、現世に滞在できる権力を持つ狐って限られてるんですよ。私がお世話になっていた狐は長期休暇中ですし、他に条件に当てはまる狐がいるかどうか……」

 偶然なのか、現世滞在中に菜々を化かして人間に見えるようにしていた稲荷の狐、ソラは一年の休暇を取っていた。

「じゃあ、私に変装すれば良いんですよ! 私を気絶させるのは無理だって散々中森さんも言ってましたし、変装だって疑われることは無いと思います!」

「菜々さんは視察に来なさい。何勝手に逃げようとしてるんですか」

「だって鈴木財閥と怪盗キッドの組み合わせって絶対事件起きますよ! しかも赤いシャム猫とかいう組織が細菌盗み出したじゃないですか‼︎ 嫌な予感しかしない!」

「あ、篁さんに変装するとかはどうですか?」

 なんの脈もなく、いきなり鬼灯が提案した。

「もちろん性格も真似してもらいます。この前、篁さんが休暇を取って現世に行った時にコナンさんと遭遇したらしいので、言動を勝手に変えたらすぐにバレますよ」

 

 篁が妻と一緒に京都観光に行った日の夜、暇を持て余して一人で散歩していたら弓や刀を持ち出して戦っているコナン達と遭遇したらしい。篁は「現世の弓って凄い。子供が飛び乗っても折れなかった」などと供述していた。

 銃刀法の存在を疑いたくなるほど拳銃が出回っている町があるのだから、そんな状態になっていても大した驚きはない。殺せんせーがカウンセラーを勧めてきたが、今更なので菜々は気にしなかった。米花町に住んでいると、精神を守るために早いうちから感覚が麻痺してくるのだ。

 

「せめて弟切さんにしてください!」

 生前は色々やっていたが、有能だったので地獄でかなりの地位についているイケメンの名前を盗一が挙げるが、瞬時に鬼灯に却下される。

「駄目です。面白くもなんとも無い」

 そこから激しい言い争いが始まった。日本地獄だけの法律に止まらず、現世やEU地獄の法律、エロ同人誌のお約束まで持ち出した壮大な戦いだったが、結局は盗一が折れた。

 

 

 *

 

 

「ねえ江戸川君」

 麻酔針を補充してもらうために阿笠邸を訪れていたコナンに灰原が話しかける。ソファーに座って持参した推理小説を読もうとしていたコナンは目線を上げた。

「なんだよ」

「この前会った女性──加々知菜々さんについて、あなたが言っていた通り聞いて回ったわ。その過程で、博士に紹介してもらってご両親に話を聞いたんだけど、彼女本当に人間?」

「それはだいぶ前から米花町七不思議の一つになっている」

「……そう」

 沈黙の後に声を絞り出して灰原がそれだけ言う。

「確かにあの人は散々ホームズの誤解を招く話をしている。本気にしてる人はほとんどいないけどな。だけど俺はあの人を許さねえ! 元の体に戻ったらしっかりと決着をつけてやる!」

「そんなこだわりがあるからコクーン体験中に決闘、決闘言っていたのに何もしなかったのね」

「そうだ。これは工藤新一が終わらせないといけない戦いなんだ!」

「へー」

 適当に相槌を打つ灰原。

「それに、痛い行動をしたりしょっ中無茶したりしていたらしい。まあ、俺が覚えている時期は丸くなっていたらしいから、親父達から聞いた話だけど。でも、現金な奴だったし変な物持ち歩いているしで、俺も結構苦労した」

 遠い目をするコナン。しかし、彼の声からは悪意が感じられない。

「あなたが彼女に友好的なのって、あの人の伯父が刑事だったから?」

「ああ、加藤警視か。菜々が『一度決めたことは最後までやり遂げようとする』って言ってたな。両親も癖はあるもののいい人達だけど、それだけが理由じゃねえよ」

 昔起こった出来事を思い出しているのだろう。懐かしそうな目をしてコナンが口を開く。

「あの人さ、誰かがピンチだって知ったらすぐに飛び出していくんだぜ? イタズラがバレそうになったら人に罪を擦りつけようとしてくるくせに。わけわかんねえよな」

「ええ、そうね」

 かすかに微笑んで言葉を返した灰原は思い出す。菜々の名前を出しただけで、「あの子色々やってるからな……」と遠い目をしながら話を聞かせてくれた大人達の声にも、悪意が感じられなかったことを。

 小学生の頃から「こんなことができるのは内申が関係ない小学生の時だけ」という持論の元、問題行動ばかり起こし、中学生になってごく僅かに丸くなったものの、「椚ヶ丘の奇行種」と呼ばれていた。そんな彼女のやらかしたエピソードと同じくらい、好意的な話も聞かせてもらった。

 なんだかんだ言って困っている人がいたら手を貸す。ボランティア活動に参加する事が多かった。定期的に刑務所に通って、犯罪者と面会していた。やけに土下座が上手いなんていう、好意的なのかよく分からない情報もあったが。

 やらかしているくせに町の人たちから嫌われていないのは、そう言う面があったからだろう。出来るだけ関わらないに越したことはないと考えられていたらしいが、それでも悪い印象は持たれていなかったようだ。

 飲む、打つ、吸うの小五郎が町の人たちから友好的に接されているのは、同じような理由なのだろうとも思い、灰原は心が温かくなった。

 

 しかし、名探偵に伝えなくてはならない事が他にあった事を思い出し、真剣な眼差しを送る。

 

「そういえば、鬼灯さんだったかしら? あなたが怪しんでいた男の人、調べたらすぐに名前が出てきたわよ」

「何!本当か⁉︎」

 一気に緊迫した空気をかもし出すコナン。

 調べてすぐに名前が出てくるが、自分が知らない人物。もしかしたら過去に犯罪を犯した人物かもしれないと顔に書いてある。

「彼、黄金神教事件の被害者よ。黄金神教って知ってる?」

「ああ、数十年前に謎の死を遂げた大富豪──烏丸蓮耶が作ったと言われる新興宗教。烏丸蓮耶が関わっている事件に遭遇した事があったから、彼について調べてみたら出てきたんだ。当時はかなり大きく取り扱われたみてーだな」

 

 黄金神教事件。半世紀以上前から存在していた黄金神教という宗教が元になった事件だ。三十年程前に起こった事件だが、今でも続く様々な社会問題を引き起こした原因だ。

 黄金神とされる存在に祈りを捧げ、山の中で信者達が集団生活を送る。それらの事は自由の範疇とされていたが、数多くの信者が殉教の名のもと自殺をしていると判明。マスコミに取り上げられて社会問題となり、警察が介入する事となった。

 幹部達が法外な寄付金で贅沢な暮らしをしていた、孤児院から引き取った身寄りのない子供達を「生贄」としていたなど、胸糞悪い事実が明るみに出た事件だ。

 余りの酷さからこの事件は大きく取り上げられ、黄金神教と関わっていたというだけで白い目で見られるようになった。

 親に連れられて山で生活していたいわゆる「二世代」の子供達が、実力があっても正規雇用で採用されないなど。今でも黄金神教が元となったさまざまな社会問題が根強く残っている。

 

「加々知さんが『二世代』だったとかか?」

「いいえ、彼は生贄になる手はずだった孤児だったみたいよ。この事件に関わった刑事が何らかの形で命を失った時期に、何者かによってネット上にばら撒かれた、黄金神教に関わった人物リストの『生贄予定』の欄に名前が載っていたわ。警視庁に保管してあった黄金神教事件のデータだけが雲散霧消したそうだから、事実かどうかを確かめる手段はないけど」

「そうか……」

 自分が想像もできないほど過酷な過去を思って、コナンが目を伏せる。

 てっきり裏社会の人間だと思い込んで失礼な事を尋ね過ぎてしまった事に対する後悔が押し寄せて来る。今から思えば、黄金神教関連で安定した職に就くことができなかったのだろう。

 彼は気にしていないかもしれないが、今度出会ったらしっかりと謝らなくてはならない。

 コナンが真に受けている鬼灯の過去は事実と共通点こそあれど律によって偽装されたもので、鬼灯は日本地獄の影の支配者なのだが、彼がそれを知るよしもなかった。

 

 

 *

 

 

 ベルツリー一世号は世界最大の飛行船だ。次郎吉が怪盗キッドを迎え撃つために、手に入れたビッグジュエルをこの飛行船に展示した。

 しかし、十年前に壊滅したはずの「赤いシャム猫」という組織が殺人バクテリアを盗み出したという事件が起こったため、今回の事はあまり大きく扱われていない。

 次郎吉はさぞ悔しがっている事だろうと考えながら、菜々は乾いた笑いを漏らす。眼下に広がるのは東京の街並み。

 少年探偵団のはしゃぎ声や、高所恐怖症である小五郎のわめき声はやけに良い声にかき消された。

「人がゴミのようだ!」

「それ、自分自身がゴミのように散っていくフラグですよ」

 心なしかはしゃいでいるように感じられる鬼灯に、篁に変装した盗一が返す。

 キッドが宝石を盗みに来る飛行船に潜り込む事に成功した鬼灯達は、空の旅を満喫していた。しかし、菜々は真逆の反応を示している。

 鈴木財閥、工藤家の人間、怪盗キッド、世間を騒がす大事件。これだけ揃っているのだから、爆弾も登場するはずだ。

 うなだれた事で少しずれてしまったキャスケットの位置を戻し、菜々は右側で繰り広げられている会話に耳を傾ける。

 

 護衛と一緒に現れた次郎吉が飛行船の中継をする人数が少ない事に文句を言い、テレビディレクターである水川が困ったような顔をしていた。

「すみません……。例の事件で局が手一杯でして……」

 七日以内に次の行動を起こすと赤いシャム猫が犯行予告をしてから、今日が七日目。テレビ局は緊急事態に備えているのだ。

「それにしても、犯人達はあの細菌をどうするつもりなんスかねぇ」

「そうそう。感染したらほとんどが助からないって言うじゃない」

 カメラマンである石本と、レポーターである西谷が話し始める。

 石本によると、飛沫感染でうつるタイプの細菌らしい。

「なーに、殺人バクテリアだかなんだか知らねえが、俺なんか病原菌がウヨウヨしているところを飛び回ってきたが、こうしてピンピンしてるぜ!」

 会話に加わってきたのはルポライターの藤岡。園子によると、自分から次郎吉に売り込んできたらしい。

「最も、お前らみてーなガキはコロッといっちまうだろーけどな!」

 急に不安そうな顔をする子供達。

「大丈夫だよ! だって君達、米花町に住んでいるんでしょ?」

 少年探偵団に菜々は話しかける。

 鬼灯の姿を見つけてすぐ、この前の事を謝って簡単に許してもらったコナンは、「加々知鬼灯、ただの悪人顔の変人説」を検証していたため、反応が遅れた。

「米花町はヤバイよ。薬品を使った犯行が四六時中行われているせいで、違法なはずの薬品が町中に漂ってるし、定期的に毒ガスがばら撒かれているから、米花町で生活しているだけで、毒の耐久ができるんだよ。それに、あのケツアゴの人が行ったことがある場所のどこよりも米花町の方が危険だと思う」

「菜々さん、藤岡さんの名前覚えてないでしょ……」

「ちゃんと覚えてやれよ……」

 六歳の子供に注意されるが菜々は特に気にしなかった。

「私は、米花町に住んでいるとリョーツGPXができるんじゃないかと思ってる」

 菜々がとんでもない説を掲げ出した時、「日本のどこで細菌がばら撒かれていようが、この飛行船に乗っていれば大丈夫だ」と次郎吉がフラグを立てていた。

 

 キッドが狙っているビッグジュエルを見せてもらう事になり、宝石が展示してあるスカイデッキに連れて行ってもらう事になった。

 全面ガラス張りのエレベーターの微かな振動がおさまり、扉が開くと、どこか南国を思い浮かべる空間が広がっていた。

 屋根の一部が開閉式で、雲が流れる空を見ることができる。

 二メートル程度のヤシの木が左右対称になるように植わっており、中央には宝石の展示台が設置してある。

 ビックジュエルが展示してあるガラスケースの周りには数人の刑事。その中には中森も居る。

「あ、中森刑事」

「おい、お前が結婚できたって本当か⁉︎ 刑事の間で噂になってるんだが……」

「前から思ってたんですけど、私って刑事さん達になんて思われてるんですか?」

「なんか色々ヤベー奴。で、あんたらは?」

 中森が視線を鬼灯と篁に変装した盗一に向ける。服装が服装なのだから仕方がない。

 ぱっと見普通に見えるのに、よく見ると墓がプリントされているシャツを着ている鬼灯と、攻めに攻めまくった奇抜な服装の天パ(中身:盗一)。

 中森は長年の経験から、この二人が菜々の知り合いだと判断した。菜々がいる時、よく分からない人物が現れたら十中八九彼女の知り合いなのだ。

「加々知鬼灯です」

「加々知? じゃああんたが……」

「ええ。噂になっているらしい夫です」

「菜々ちゃんの幻覚じゃなかったのか……」

 この前コナン達から似たような扱いを受けて反応しても無駄だと悟ったので、菜々はスルーした。

「こんにちは。小野篁です。貞子の次に井戸が似合う、あの小野篁と同じ漢字です!」

 盗一はしっかりと篁に成りきっていた。

「小野さん? 高村さん?」

「よくされるんですよ、そういう反応」

「やっぱりあの時の人だよね! 久しぶり‼︎」

 コナンが会話に加わって来た。以前、篁が偶然コナンと出会った時の話だろう。

 ボロを出さないようにとポーカーフェイスを保ち、盗一はどこか哀れむような視線に疑問を持ちつつ、コナンに向き直った。

 

 

 *

 

 

 盗まれた仏像のありかを示す暗号を解読して欲しい。毛利探偵事務所に舞い込んだ、京都にある三能寺という寺からの依頼。それにちゃっかりついて行ったコナンは仏像の行方を追い、途中で平次と合流した。

 

 なんやかんやあって月夜に玉龍寺で犯人一味と戦っていた時、呑気な歌声が聞こえてきた。よくよく聞いてみると、ラジオ体操第二のリズムだ。

「こっち来たらアカン! さっさと逃げるんや‼︎」

 刀で敵の刀を押し返そうと力を込めながら、平次が叫ぶ。

 近くにいるはずなのに、平次の声がやけに遠い。無理やり工藤新一の姿に戻っていたが、また子供の姿になってしまうらしい。三度目の骨が溶けるような感覚に襲われながら、新一はまとまらない思考をどうにかしようとする。

 無関係の人がこの場に近づいて来ている。どうすれば彼を助けられるのだろう。

 先程自分の姿を見てしまったため麻酔銃で眠らせた蘭を抱きしめ、彼女に怪我をさせないように、幼児化に伴う痛みのあまり声を上げて敵に見つからないようにと気を張り詰める。それと同時に、何も知らない男を逃す方法を模索する。

 

 痛みと共に子供の姿に戻る。隠し持っていた江戸川コナンの服に着替え、コナンは辺りの様子を確認した。

 寺の中から足音と怒鳴り声が聞こえる。平次と和葉はあの中を逃げ回っているのだろう。

 今まで荒かった呼吸を整え、姿が変わる直前に聞こえて来た気の抜けた声の主を探す。石段を登りきって門をくぐった直後のようだ。

 派手な服装の天パの男性が目に留まった。一瞬奇抜な服装に面食らったが、彼を事件に関わらせるわけにはいかないと思考を始める。

「逃げて! 『源氏蛍』のメンバーを殺害した犯人と戦っているんだ‼︎」

「そう言えばニュースで見たような……でも、そんな危険な人達と君みたいな子供が戦っているなんておかしくない?」

 驚きより、相手の身の危険を心配する気持ちの方がまさっている。彼を無傷で返さなければという思いがより強くなった。

「警察に知らせたいけど携帯は圏外で……」

 現状を説明している途中に何かを思いついたらしく、松明の火を木の棒に移し、コナンはぶん投げた。門の近くにまとめてあった薪が火の手をあげる。

「よし! この火に誰かが気がつけば……!」

 次に、和葉を追いかけて来た敵に向かって火のついた棒を蹴り、見事命中させる。

「あ!」

「お兄さん、どうしたの⁉︎」

 何か重要なことに気がついたのだろうか。和葉に平次の行方を聞こうとしたが、こちらの方が先だとコナンは判断した。

「あのお面、怒った時の同僚そっくりなんだよ!」

「心底どうでもいいよ! 和葉姉ちゃん、平次兄ちゃんは⁉︎」

「あっこ!」

 和葉の指先をたどってみると、屋根の上で敵と対峙した服部が見えた。

 

 しばらく戦々恐々としながら見ていると、平次が蹴りを受けて転がり落ち始めた。すんでのところで刀を屋根に引っ掛けて難を逃れるが、下から弓で狙われている。

 コナンは瞬時に走り出し、寺にできるだけ近づくと声を張り上げた。

「おーい! こっち‼︎」

 平次を狙っていた敵達は、コナンが上に放り投げた時計型ライトに釘付けになる。球型に戻りつつある月と燃え盛る火しか明かりがなかった中、まばゆい光を放つ物が子供の声がした方向に現れたのだ。

 子供と言っても、松明を蹴って攻撃してきた子供の声だ。油断できない相手であることは確か。

 今、平次を仕留めなくてもこちらが有利なことに変わりない。それより、不確定要素を始末した方が良いはずだ。

 敵はそう判断したのか、時計型ライトに向かって一斉に矢を放った。

 寺に刺さった矢を確認し、コナンは勢いをつけて飛び上がる。キック力増強シューズの力で夜空を舞い、矢に足をかけて再び勢いをつける。どこでもボール射出ベルトのボタンを押して取り出したサッカーボールを、平次に斬りかかろうとしている敵の右手目がけて蹴った。

「いっけえええ!」

「え、矢ってあんなに頑丈なの⁉︎」

 篁が呟いたのと、武器を失った敵を平次が倒したのはほぼ同時だった。

 

 やがて警察が到着し、なぜか一般市民が先陣を切り、瞬く間に犯人達は捕まった。

 一緒に旅行に来た妻が旅館に着いてすぐ露天風呂に入りに行ってしまい、暇だったので面白そうなものを探していたらここに着いたと証言した篁は、あっさりと帰る許可が貰えた。現場に居合わせただけの篁に警察は特に用事が無いのだろう。

 名前が地味に言いにくい綾小路が指揮をとるのを尻目に、篁はコナンに話しかけた。

「ねえ君、身長っていくつ?」

「え……112センチだけど」

 質問の意図が分からないようだが、コナンはしっかりと答える。

 不安げな瞳が篁を映す。高校生二人と小学生一人が武装した人間に追い回される事件に巻き込まれてしまったのだから、コナンとしては彼にゆっくりと休んで欲しいのだ。刑事に話した内容から、これくらいの事でへこたれる精神を持ち合わせていない事が伺えたが、奥さんとゆっくり過ごした方が良いのではないかと思う。

「112センチ⁉︎」

 訝しげに眉をひそめる篁に、平次は何事かと首をかしげる。

「だって君、どう見ても80センチ未満だよね⁉︎ 二歳児の平均身長より小さいよ⁉︎」

「はあ? どう見ても110センチくらいやろ」

 平次もコナンの肩を持ったが、篁は納得しなかった。

 高校生探偵だと名乗っていた少年──服部平次の身長は170センチ半ば。足の長さは90センチくらいだろう。そうなると、身長が平次の足の長さのおよそ五分の四であるコナンの身長は70センチちょっと。どう考えてもおかしい。

「メジャー! 誰かメジャー持ってませんか⁉︎」

 平次の篁を見る目が、可哀想なものを見る目に変わった。

「あんた、疲れてるんやろ? さっさと旅館に戻った方が良いで」

「まさかこれが噂される現世の不思議現象……⁉︎」

 コナンはよく分からないことを言い始めた男に既視感を覚えた。すぐに記憶の糸を辿って、理由を思い出す。

 菜々が六歳の頃、メジャーで大人の足と子供の身長を測って、「30センチどこ行った⁉︎」とブツブツ言っていたらしい。もしかしたらこれは変人に見られる現象なのかもしれない。

 

 

 *

 

 

「篁さん、菜々さんとどんな関係なの?」

「オカルト関係で知り合ったんだよ。ほら、私の名前ってちょっとオカルトに詳しい人の間では有名な人物と同じだし」

 服装の系統の違うグループは大抵オタクの集まりだ。どこかの誰かが言った言葉である。

 事前に決めておいた設定を篁が説明すると、コナンはあっさりと引き下がった。

「それにしても、なんであんなお宝を何の変哲も無いガラスケースに展示するんだ?」

 中森の言葉で、次郎吉がキッド対策に仕掛けた罠を紹介し始めた。

 

 やがてそれが終わると解散となり、菜々は人気の無い廊下に鬼灯と盗一を引っ張っていった。

 近くに誰もいない事を確認し、菜々が口を開く。

「この流れだと、赤いシャム猫のメンバーが既に飛行船に乗っています。後、爆弾も登場するはずです」

 米花町で生き抜き、工藤家と関わっていたくせにしぶとく生き残った菜々の勘は、事件関連の場合のみ百発百中だ。

「できる事なら殺せんせーの力を借りてトンズラしたいですが、これから先、コナンさん達と関わる予定である事を考えると無理ですね」

 顎に手を当てて考え込む鬼灯。

「目立たないように気をつけて、し……コナン君がなんとかするのを待つか、盛大に暴れるか。前者を選択したら、もれなく疑われますけど」

「でも、誰が赤いシャム猫なのかは知っておきたいな……」

「倶生神さん達に聞くのが早いですね。よろしくお願いします、篁さん」

「嫌だよ。どう考えても誰もいない所に話しかける変な人だと思われるじゃん」

「私は爆弾解体しますから。こんな事もあろうかと、爆弾解体セットは持って来ています」

「か、い盗キッドの様子を見たいんだけど」

 息子の名前を呼びかけたが、盗一は上手いことごまかした。取り繕う必要がない今でも篁のふりをするのはプロ根性なのだろうか。

『あの、もし良かったら私が調べましょうか?』

 パーカーにしまわれていた盗一のスマホに映った律が名乗りを上げた。

『カメラの部分が外に出るように、菜々さんの胸ポケットにスマホを入れてもらえれば、こっそりカメラで確認して、浄玻璃鏡で検索してみますよ。倶生神さんに話を聞くより時間はかかってしまいますが……』

 

 

 *

 

 

『警視庁のデータをハッキングした結果、飛行船に赤いシャム猫のメンバーは誰も乗っていない事が分かりました! それと、犯人達は細菌を盗まず、ただ研究室を爆破しただけみたいです』

『あ、でも海外で傭兵経験のあるグループみたいですよ。多分テロは目くらましだと……』

 何気に恐ろしい発言をした律に続いて、ノアズ・アークが報告する。

「なるほど。だとしたら目的は盗みですかね? 殺人バクテリアがばら撒かれたこの飛行船が都市に墜落するなら、そこの住民は逃げ出すでしょうし」

 こちらについてはコナン任せだ。地獄法で必要以上に現世の出来事に関わってはいけないと定められている以上、あまり大きく動けない。

 見過ごすのは後味が悪いので、さりげなくヒントでも与えようかと菜々が考えていると、盗一が呟いた。

「でも銀行とかはセキュリティーが凄いし……。盗むなら寺からかな?」

「律さん、犯人達が盗む予定のものを調べてください。下手に神が宿っている物を盗まれた場合、私達がいたのに阻止できなかった事が問題になって、天界との仲がこじれる可能性があります」

『はい! ボスである藤岡さんの携帯の履歴を調べてみます!』

 鬼灯に元気よく答える律。彼女はその気になれば世界征服ができるのではないだろうかと菜々は常々思っている。

 

『分かりました! 奈良県にある豪福寺の仏像を盗むつもりみたいです。国宝がいっぱいありますし、情報社会の今ではお金よりも仏像の方が足がつきにくいですから……』

「それ、神が宿ってる可能性が高いですね。神が宿っていたら暴れちゃいましょう」

 今回の視察は、半分遊びである。

 盗一について行くついでに、地獄にとって面倒な組織の一つと敵対している高校生の様子を見て、灰原の人となりを調べる、くらいのノリだ。

 パンドラを狙っている組織は黒ずくめの組織に良いように扱われているようなので、黒の組織を潰すついでに潰す事ができると判明している。そのため、二代目怪盗キッドである黒羽快斗についての観察もそこそこで良く、好き勝手やる余裕があるのだ。

 

『ルポライターの藤岡さんが傭兵のボス。カメラマンの石本さんとレポーターの西谷さんがその部下です』

「じゃあ、藤岡って人の着メロ、そこらへんのエロ動画から拾って来た音声に変えといて。それと、携帯の待ち受け画面は烏頭さんが見ていそうな奴に……」

 菜々はすかさず提案した。作戦を実行する仲間以外は普段の着メロに設定しておけば、味方と連絡を取り合っている時に分かるという言い訳も考えてある。

 

 

 その頃、キッドは蘭に変装を見破られてしまい、誤魔化すために自分は工藤新一だと嘘をついていた。

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