トリップ先のあれやこれ(完結)   作:青菜

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※スコッチの本名が出てきます。
※一瞬だけ下ネタが出てきます。
※映画「から紅の恋歌」のネタバレがあります。


第31話

「実は元大女優の工藤有希子の浮気疑惑があるんだ。相手は東都大学大学院工学部の学生で、工藤邸に居候しているらしい。それに、工藤優作の隠し子と思われる少年もいる」

 中学の時の同級生と再会したと思ったら爆弾を放り込まれ、菜々は思わず意識を飛ばしかけた。

 

 荒木鉄平。五英傑の社会担当。丸顔のメガネ。毒舌。自分から喧嘩をふっかけたくせに期末テストで磯貝に負けた。現在は新聞社に勤めており、政府にネチネチと絡む記事を書くことが多い。

 彼が書いた記事を見かけることがあるので、菜々は割と情報を覚えていた。

 

「えーと……ごめん、わけがわからないよ」

「さっき言った通りだよ。せっかく情報を掴んだのに米花町を恐れて誰も取材に行かなかったから、しょうがなく取材に出向いたんだ。数多くの事件に巻き込まれ、時には罪をなすりつけられ、またある時は爆発で死にかけ……。やっと掴んだ情報によると、工藤有希子と浮気相手の沖矢昴はこのベルツリー急行で逢い引き中。探らない手はないだろう?」

「で、私を見つけてすぐ、誰もいないことを確認してからそんな話をしたのは?」

「君が工藤有希子と江戸川コナンの知り合いだから巻き込もうと思った」

 菜々は情報を整理してみた。

 

 胡散臭い沖矢昴が工藤邸に居候していても問題視されてこなかったのは、米花町民が工藤家全員の人の良さを知っているからだ。

 優作や新一は趣味もあるが八割は善意で事件に飛び込んでいくし、有希子は基本的に誰でも受け入れる。

 米花町民は、またあの一家人助けしてるな、くらいにしか思っていない。一日に何件も事件が起きるせいで日常生活もままならないので、他人を気にかけている時間がないのも大きいだろう。

 

 順当に行けば赤井は灰原と降谷以外には怪しまれずに沖矢昴として生活することができたはずだ。わざわざ米花町を訪ねてくる人なんて滅多にいないのだから、彼に疑問を抱く人物が現れる可能性は限りなく低かった。

 だが、荒木鉄平は沖矢昴を怪しんだばかりか、有希子との関係や、コナンの両親について探ろうとしている。

 

 地獄の存在を一切感知されずに組織壊滅まで持っていくには、生者の陰に隠れて地獄が動かなくてはならない。「もしかして俺達が知らない組織が黒の組織壊滅に関わっていたんじゃないか⁉︎ 一体どんな組織なんだ……⁉︎」と疑われると、後々ごまかすのが面倒なのだ。

 よって、有能な人物の足を引っ張って組織との戦いに支障をきたすわけにはいかない。

 それ以前に、シェリー殺害計画を失敗させようとしているコナンの邪魔をするわけにはいかない。

 

 シェリーこと灰原哀は死なせてはいけない人物だ。

 若返った人間の存在を知った権力者が若返りや不老不死を目指して彼らで人体実験を行い、野望を成功させでもしたら、現世とあの世とのバランスが崩れる可能性がある。

 若返った人間を元の姿に戻し、白馬警視総監あたりに頼み込んで、APTX4869の存在をもみ消さなくてはならない。

 この計画には解毒剤の開発者が必要不可欠だ。

 

 それ以前に、工藤家には恩がある。とばっちりで事件に巻き込まれはしたが可愛がってもらったのだ。多分。

 

 これらの理由から、菜々は荒木鉄平を食い止める必要がある。

 しかし物理的に食い止めるのは面倒なので別の情報を与えることにした。

「この前事件現場で沖矢昴さんに会ったけど、あの人、推理とホームズと煮込み料理以外には興味ないよ。それより、クリス・ヴィンヤードが銀髪ロン毛の裏社会に属してそうな男性と付き合ってる可能性が……」

 クリスもベルツリー急行に乗っていること、終着駅である名古屋駅で彼氏(仮)が待ってること、彼氏(仮)はやばそうなので気をつけた方がいいことを話した後、菜々はずらかろうとした。

「まさか逃げようとしているんじゃないよね?」

「いやまさか」

 呼び止められたことにより、時には諦めも必要だと菜々は考え直す。

 律によれば、このままいけばコナンの作戦が成功するようだし、不穏分子はそばで見張っておいた方が良いだろう。決して、中学に入って早々、校長と担任のBL本を学校中にまき散らした事件を、荒木がコナンたちにバラすことを危惧したわけではない。

 

『お客様にご連絡いたします。先程、車内で事故が発生しましたため、当列車は予定を変更し、最寄りの駅で停車することを検討中でございます。お客様にはお迷惑をおかけしますが、こちらの指示があるまでご自分の部屋で待機し、極力外には──』

 

 突然流れたアナウンスに荒木は舌打ちする。

「名古屋駅に止まらなかったら、クリスの彼氏が確認できないじゃないか!  しょうがない、やっぱり江戸川コナンについて調べよう」

「アナウンス聞いてた?  部屋で待機しないといけないんじゃない?」

「列車に乗っているメンバーを考えれば、どうせ事故って殺人事件だろう。隠し子云々は分からないと思うけど、キッドキラーって呼ばれているし、来月この列車にキッドが来る予定だしちょうど良い」

 

 

 *

 

 

「えぇ⁉︎ 先週のキャンプの時の映像を毛利探偵事務所に送ったじゃと⁉︎」

 部屋で待機しながら少年探偵団と話していると聞き捨てならない言葉が聞こえたので、阿笠は思わず大きな声で聞き返してしまった。

「助けてもらった女の人にちゃんとお礼がしたかったので、名探偵ならどこの誰かを調べられるかと思って……」

 代表して光彦が答えると、蘭が口を挟む。

「あのムービーなら私もお父さんと見たよ」

「それってどんなムービー?」

 菜々は尋ねてみた。彼女は見かけた少年探偵団をダシに荒木から逃げてきたのだ。彼らと一緒にいれば荒木を見張っていなくても黒歴史をバラされずに済む。少年探偵団は年下の中で自分に敬称をつけてくれる希少な存在なのだ。

「えーと、これです」

 操作したスマホの画面を光彦が見せる。

 燃え盛る小屋から子供達を救う茶髪の女性の映像が流れた。どう見ても宮野志保だ。

「群馬に林間キャンプに行った時、殺人犯に山小屋に閉じ込められ、火を放たれたところを助けてもらった映像です!」

 自慢げに胸を張る光彦。勇敢な女性のことを話したいのだろう。

「あー、山に行くと犯人に追いかけられることって多いよね」

 一部の人間の中では常識だ。山の中で強盗殺人犯から三日間逃げ回っていた時に、毒ヘビの蒲焼きを食べてしまい、苦しんでいたところを潜伏していた殺し屋に助けてもらったのは菜々にとって良い思い出だ。

「でもさ、この映像は消した方がいいよ。この女の人、ロリコンヤンデレ男に狙われてそうな顔してるし」

 なぜか毎回全裸の自分を思い浮かべる組織の人間を思い出して灰原は遠い目をした。

「確かに群馬の山奥にいるし訳ありよね……」

 園子は納得したように頷く。

「お父さん、ネットに流せば知ってる人がいるかもって言ってたけど、やめるように言っとくね!  もちろん画像は消すよ!」

 蘭の言葉に、灰原はホッと息をついた。

 

 

 その後、ベルモットからメールを受け取った灰原は部屋を抜け出し、蘭が付いて行こうとしたが代わりに菜々が行くことになった。

 

「フッ、さすがは姉妹だな。行動が手に取るようにわかる。さあ来てもらおうか、こちらのエリアに」

 笑みを浮かべる沖矢昴を見るや否や青ざめた灰原はとっさに駆け出す。その小さな後ろ姿を、笑みを浮かべて見つめる沖矢昴。

 

「あいつペド野郎だったのか。……じゃあ工藤家に転がり込んだのは、工藤有希子ではなく江戸川コナンを狙って⁉︎ とんだ変態だな」

「勘違いが変な方向に……。まあいいや、面倒だし」

 物陰から様子を見守っていた挙句、勘違いをしてしまったらしい荒木の認識を正すことを菜々は諦めた。相手はFBIなのだから自力でなんとかするだろう。

 

 

 *

 

 

 ことはコナンの計画通りに進んだ。定期的に律からイヤホン越しに連絡を受けていたので、菜々は状況を把握している。

「残念だわ。名古屋で待っているあなたに会えなくて」

 ジンと電話をしているらしいベルモットを見て、「やはり彼氏……」と呟いている荒木はもう手遅れだと菜々は勝手に判断した。彼はこちらにとって大変ありがたい動きをしてくれる可能性があるので放っておいていいだろう。

 

「二股……⁉︎」

 ベルモットに囁く安室を見て驚愕している荒木。赤井が死ぬ前後の映像を見せて欲しいと頼んでいるだけだが、彼には聞こえなかったようだ。

「荒木くん。彼らはヤベー世界にいるから、下手したら死ぬ。充分気をつけて。それと、熱愛の証拠を掴んでも、私が連絡するまでは発表しないで」

「なんで?」

「私が指示した時に発表した方が、騒ぎが大きくなるからだよ。そっちの方がいいでしょ?」

 連絡先は聞かなくても律が教えてくれるので、菜々はすぐに事情聴取に向かった。

 

 

 *

 

 

「美少女ロボを作るなら、律さんが接続できる体だけを作ればいいんだよ」

「確かにヒロキの言う通りだ!  よし、設計は俺がやる!」

「いや、俺がやる。蓬がやるとこだわりすぎて時間がかかりそうだからな」

「いーや、俺がやる。どうせお前は巨乳にしようとするだろう」

「巨乳の何が悪いんだ」

「律はもともと椚ヶ丘中学校三年E組の生徒として作られたんだ。つまり中学生!  胸はまだ発育途中のはずなんだ!」

「いや、律は同級生が年をとるごとに成長した姿になっている。つまりもう大人!」

「烏頭、お前巨乳にこだわりすぎじゃないか?  そんな風だから鬼灯にエロ本の中身を奪衣婆のヌード集に変えられるんだよ」

「そのことには触れないでくれ……。貴重なものだったのに、殺せんせーとの交渉材料にちょっと使っただけであんなことになるとは考えてもいなかったんだ」

「まず職場にエロ本持って来るなよ」

「資料だ資料」

「胸の大きさは動きに支障が出ない程度にしてね。あと、殺せんせーが調べた、男性の理想のカップ数(男性獄卒協力)の結果を踏まえると……」

 息子がいつのまにか変な方向に成長している。樫村(かしむら)忠彬(ただあき)は白目をむいた。鬼灯だけに敬語を使うしたたかさまで身につけている。せめて閻魔にも敬語を使った方が良いのではないだろうか。

 

 シンドラーに殺され、あの世に来て裁判を受けた結果、まだ幼いヒロキを自殺に追いやった一因となったことが問題視された。彼の自殺がノアズ・アークの暴走に繋がったことも考慮した結果だろう。

 出された判決は、技術課で働いているヒロキと一緒に暮らし、彼を育てることで罪を償うというもの。

 

 できるだけ長くヒロキと一緒にいたいと考える樫村が技術課に入ることを決意したのは当然だった。前世ではゲーム開発責任者を任されるほど優秀だったので、すぐに雇ってもらえた。

 

 息子と暮らせることに喜んでいた樫村だったが、息子の様子に困惑を隠せない。

 律三次元化計画において胸の大きさをどうするかで、烏頭達ともめ始めたヒロキを見ながら、樫村は別のことを考え始めた。現実逃避である。

「俺が死んじゃったから、優作の友達って事件関係で知り合った人しか残ってないんだよな……。友達と会ってまで血なまぐさい話をするしかないのか……」

 

「おいこら烏頭!  お前まだ始末書提出してないだろ!  鬼灯が怒ってるぞ!  殺せんせーがやらかした後だから余計に怒ってるぞ!」

「うげっ、麻殻先生!」

「殺せんせー何やらかしたんですか……」

 蓬が尋ねると、技術課に飛び込んできた麻殻は空虚を見つめながら答えた。

「ノアズ・アークに頼んで生徒達全員のプライバシーを暴き、本にしようとしたのが約一ヶ月前。もうすぐ完成といったところで菜々ちゃんが爆弾を積んだカートをぶつけて火の海になったのが三週間前。負けじと殺せんせーが一から作業を再開したのが二週間前。連絡を受けた死神さんがわざわざ戻ってきて殺せんせーを叱ったのが一週間前。それで終わったと思っていたら、菜々ちゃんが殺せんせー名義で近親◯姦モノの本を殺せんせー宅に届くように手配していたらしく、勘違いしたあぐりさんと壮大な喧嘩を法廷で始めたんだ」

「うっわ……。ノアズ・アーク、今ちょうど反抗期だから……」

 ヒロキが顔を引きつらせて呟く。

 樫村は頭が痛くなった。もう一人の息子だと認識しているノアズ・アークが事件に関係していると聞いたからだ。

 

 

 *

 

 

 変成王の現在の補佐官である焙烙斎(ほうろくさい)は常日頃から「いつか全ての仕事をAIが担う日がやってくるんじゃ……」と発言している。

 確かに地獄は昔と比べると驚くほど進化した。電話ができ、テレビができ、それ以前に現世で様々なことが発見され……。

 

 最近では犯罪の幅が広がったことが問題視されている。しかし、烏天狗警察は犯罪者のレベルに追いつけていない。妖力を追うことが多いせいで逆探知ができないくらいだ。

 烏天狗警察が刑事として働いていた亡者を迎え入れることにしたのは当然の流れだった。

 

「生前、刑事として働いていた亡者の訓練協力ですか」

「はい」

 出された座布団に腰掛け、烏天狗警察の客間で義経と向かい合う鬼灯。喧嘩中の夫婦は閻魔に任せてきた。

「現世にとどまる面倒な亡者の確保も烏天狗警察の仕事です。鬼灯様は新人獄卒の現世亡者捕獲実習もやっていらっしゃいますよね?  そんな感じでうちの人員を鍛えて欲しいんです。もちろんお礼はします」

「お礼とは?」

「無駄に顔が良い新人三人をポスターに使う許可とか?」

「分かりました任せてください。訓練場所はベタにテレビ局でいいですね?」

「はい、お願いします!」

 

 

 *

 

 

「というわけで大灼熱我慢大会のポスター作りに協力してもらう三人です。いい加減夫婦喧嘩はやめてください。そしてなんで技術課の馬鹿数名は観戦してるんだ」

「その行事つい最近終わったばかりだとかそこらへんはひとまず置いておきます。その三人獄卒じゃないでしょう!  それに、イケメンが必要なら私でいいじゃないですか!  超生物姿も人型もどっちもイケメンですよ!」

「殺せんせー、見損ないました。まさかあかりに手を出そうとしていただなんて!  しかもそれをはぐらかそうとするなんて!」

 悲痛な声を上げるあぐり。今すぐ荷物をまとめて出て行きそうな勢いだ。

「いやだからさっき言いましたよね⁉︎ 誤解です!  全ての元凶である菜々さんは今何やってるんですか⁉︎」

『事情聴取が終わったので米花町に戻り、日本地獄で買ったマンションの様子を見に行ったら殺人事件が発生し、なぜかいたコナンさん達と幼馴染三人に鉢合わせしたところです。しかも昔も今も両片思いの二人がいるんですが、片方が相手に気がついていないせいでじれったいことになっています。さらに現場の部屋の隣に住んでいたのが婦警さんの元彼で……』

 律の報告を聞いた技術課の面々がすぐさま感想を言い合う。傍目からかなりくつろいでいることが見て取れる。

「何そのややこしい状況」

「なんで殺人現場で恋愛模様が見れるんだよ。おかしいだろ。さすが米花町」

「また両片思いの幼馴染か。さすが米花町」

 

 ひどいことになっている閻魔庁に、松田陣平、萩原研二、諸伏景光の三人は口をあんぐりと開けた。ここにはどうにかしてくれそうな伊達と降谷はいない。伊達は男気で、降谷はゴリラっぽさでなんとかしてくれそうなだけに残念だ。特に伊達は、ハーフだった関係で日本地獄の管轄ではなかったナタリーを迎えに行って結婚するくらいには男気があった。

「諸伏、お前潜入捜査やってたんだろ? ちょっとあれ止めてこい」

「いや、それよりあれは一種の爆弾だ。爆発物処理班のダブルエースがなんとかするべきだ」

 誰が行くかでもめ始めた警官たちに、まだ幼い声が話しかけた。

「お兄さん達、良いものがあるよ!  烏頭さんが前作って記録課に入れた機械を改造したものなんだけど、汚い物質をズボンめがけて吐き出すんだ!  あ、でも殺せんせーズボン履いてないや」

「ヒロキ、なんでそんなものを作ろうと思ったのか聞いても良いか?  お父さんちょっと胃が痛いんだけど一応聞いておかないといけないだろうし……」

「上着が汚れたら脱げば良い。靴下もそうだよね。シャツが汚れても男の人なら脱いでもまだ大丈夫。でもズボンは?  ズボンを脱いだらパンツを見せることになるんだ。だから出先で汚れて一番困るのはズボンなんだよ!」

「なんでそのズボンをピンポイントで狙ったものを作ろうと思ったのかな?」

「え、だって困るでしょ?」

「ヒロキ、シンドラーから道徳を教えてもらえなかったんだな。今度お父さんと勉強しよう」

 

 

 *

 

 

「といった感じで、殺せんせーとあぐりさんが仲直りしていちゃつき始めた中で撮ったポスターのサンプルがこれです。苦労したのにあなたが難を逃れてムカつきました。なので亡者捕獲実習には巻き込みます」

 鬼灯の声のトーンから、拒否権がないことを菜々は悟った。

「行くのは日売テレビですか」

 渡された資料に目を通し、菜々は尋ねた。テレビ局の名前からして嫌な予感がする。本社が米花町にあることも不安に拍車をかけている。

「はい。いくら変装するとはいえ、黒の組織は遊園地だろうがどこだろうが出没します。景光さんは行かないことになりました。行くのは航さん、陣平さん、研二さんです」

 

 

 *

 

 

 行くのは大阪だし降谷は警察庁に缶詰の予定なので、伊達たちは素顔のまま日売テレビに来た。テレビ局見学ツアーに参加することによってテレビ局に入ったのだ。

 ツアー参加者から少し離れたところで鬼灯が説明する。

「亡者は生前行ってみたかったところに行くことが多いです。女湯、ホテル、テレビ局、電車や飛行機などの交通機関にも一定数います」

「遠くに行きたい亡者が利用するのか」

「はい。そして、テレビ局に来る亡者が特に行きやすいのが()()()の撮影現場です」

「「「うわぁ……」」」

 これから入る部屋が有名なクイズ番組の撮影現場であることと私語厳禁であることを説明するガイドの声が聞こえてきたので皆は黙ることにした。

 

 

「おーと!  また浅野さんだ!  今のところぶっちぎりで一位です。やはり塾の教師となると知識がたくさん必要なのでしょうか?」

 番組の進行役らしき男性が驚いた様子で実況する。

「たしか、浅野さんはハーバード大学を出ていらっしゃるんですよね?  なんで塾の講師に?」

 すかさず女性の司会者が質問した。

「塾の講師になるために勉強も頑張ったんです。生徒の良いところを伸ばすには、教える私は全ての『良い』を知っている必要がありますから」

 にこやかに答える男性は年齢よりも随分と若く見える。浅野學峯その人だった。

「ぶっちぎりで一位である浅野さんは『浅野塾』の創立者です。その前はあの椚ヶ丘中学校の理事長を務めていました。椚ヶ丘中学校、高校をあそこまでレベルの高い学校にしたのも彼です」

 女性の司会者が説明を読み上げる。

 

「浅野塾?  地獄にも同じ名前の塾があったよな」

「ありますね」

 疑問をこぼした萩原に鬼灯が小声で説明をする。

「學峯さんは椚ヶ丘中学校の理事長を務める前に塾を開いていたんですよ。で、その時の生徒さんが死後、地獄で塾を開いたんです」

「そうなのか。あの人のこと尊敬してたんだな」

 松田が口を挟む。

 學峯の年齢から考えれば、その生徒は現在四十歳前後のはずだ。そして、「浅野塾」の知名度を考えればできてから何年も経っている。つまり生徒は何年も前に亡くなっている。

 死因は病気か事故か自殺か他殺か。どれもあまり話したくない内容だ。

 松田は一瞬でそれを理解し、話の方向性を決めたのだ。

「塾の名前についてですが、學峯さんの死後、彼を塾のトップにするつもりでつけたんでしょう。現に最高責任者の席は未だに開いています。……本当は彼には獄卒になって欲しいのですが、無理そうなので息子さんを狙おうと思っています」

「息子?」

 捕まえた亡者数人を縛った縄を握っている伊達が聞き返したので、菜々が代わりに答えた。

「浅野学秀。シリコンバレーを牛耳っていて、若いくせに抜け毛が多い二十六歳です」

 

『先程、大阪府警より緊急避難警告が発令されました。各種作業や収録を一時中断し、近くの非常階段から待避してください』

 突然放送がかかる。

「なんだ?」

「避難訓練?」

「避難訓練なんて聞いてないぞ」

 にわかに騒がしくなったが、よく通る落ち着いた声がすると水を打ったように静まった。

「一応外に出ましょう。何かがあってからでは遅いですから」

 學峯の提案に従って一人、また一人と非常階段に向かい始めた。

 

 

 *

 

 

「おい、あの建物に爆弾が仕掛けられてる。嫌な予感がするんだ。観覧車で爆弾と心中した俺が言うんだから間違いない」

「ああ、嫌な感じがするな。俺も爆死したし、この勘と何か関係があるのか?」

 松田と萩原が意見を出し合う横で、菜々は独り言を呟いていた。

「爆破予告が来てそうな気がする。きっとなにかの証拠隠滅のために犯人は爆弾を仕掛けたんだ。人を殺すのは嫌だから予告はして」

「菜々さんのやけに詳細な予想はなんなんですか」

「米花町で培った直感?」

「ああ、なるほど」

 軽口を叩きながら目の前の建物を見上げれば、耳が痛くなるほど大きな音をたてて爆発した。

 

「総員退避!」

「全員もっと下がらせー‼︎ ビルからもっと離れるんや‼︎」

 消防団員と刑事がそれぞれ部下に命令する。彼らが建物から距離をとった瞬間、ガラスの破片が辺りに飛び散った。

 

 真っ黒な煙を吐き出し続ける建物を遠巻きにして誰もが成り行きを見守っている中、閻魔庁勤務のため裁判内容にも詳しい二人は別の視線で話していた。

「日売テレビ被害受けすぎじゃないですか?  この前もテロリストを語った仏像窃盗未遂犯が潜り込んでましたし、不祥事も殺人も多い。これで未だに叩かれていないのも不思議です」

「東都テレビも似たり寄ったりですよ。やっぱり本社が米花町にあるのが問題なんじゃないですか?」

「米花町の事件発生率について、心霊現象方面からも検証した方がいいかもしれませんね」

 烏天狗警察達(亡者)は慣れ親しんできたテレビ局の闇から目をそらすことにした。

 

 

 *

 

 

 亡者捕獲をする予定だったテレビ局が爆発してしまったので、爆発から逃げ出した亡者の捕獲を行なって解散となった。また、最近死亡したことになっている警察組は亡者を連行しながらこの場を離れた。

「さっきコナンさんの姿が見えました。万が一のために手伝いを篁さん達に頼んで来ましたし、予定を変更してコナンさん達を観察しましょう」

 警察官に誘導されて到着した避難所で鬼灯が提案する。

「観察の必要はないでしょう。降谷さんと赤井さんが暴れている影に隠れてAPTX4869のデータを新一君が手に入れれるように手助けし、触手の研究データを破壊し、新一君達に元の姿に戻ってもらう。あとは白馬警視総監と烏間先生に丸投げ。この作戦通りに行くか、新一君とその周りに人の人物像を調べるのは終わっていますし、問題なしと判断しました。ここで自分から面倒ごとに突っ込んで行く理由が分かりません」

「単なる好奇心です」

 鬼灯の答えに菜々は嫌そうな顔を隠そうともしなかった。どうせなら一人でやって欲しいと顔に書いてある。

「殺せんせーとあぐりさんの夫婦喧嘩のせいで裁判の予定が狂ったんですよねぇ」

「すみませんでした。今回の件、喜んで同行させていただきます」

 

「律さんに調べてもらったところ、コナンさん達が泊まるホテルの部屋がまだ空いていることが分かったので、部屋を取っておきました。明日、偶然を装って鉢合わせますよ」

「え、仕事は?  日帰りの予定ですよね」

「殺せんせーに任せておけばいいでしょう」

 殺せんせーは有能だ。なんとかするだろう。

 夫婦喧嘩の件を鬼灯が未だに根に持っていることが判明したが、菜々は気がつかないふりをした。

 

 

 *

 

 

 命からがらテレビ局から抜け出した平次とコナンが避難所に着くと、一人の男が走って近づいてきた。

「平ちゃん!  無事でなによりや」

「大滝はん‼︎」

「大滝さん?  もしかして大阪県警の方ですか?」

 平次が事件の詳しい内容を大滝に尋ねようとした時、別の声が聞こえてきた。

 明るい茶色の髪は整えられており、すらりとした長身を包むスーツはシンプルながら高級なものだと分かる。焦げ茶色の瞳は理知的で、男性の性格が伺える。

 大滝に声をかけた男性は自分が名乗っていないことに気がつくと、失礼しました、と前置きして名を述べた。

「浅野學峯というものです」

「浅野さん⁉︎ あの浅野さんですか⁉︎」

 大滝が目を見開き、それを平次達は不思議そうに見つめる。

「この人確か『浅野塾』の人やろ? 知り合いなんか?」

「浅野學峯。彼の名を知らない警察官はいないんや」

 大滝は若干興奮気味に説明を始めた。

 ハーバード大学卒業。持っている資格多数。類まれなる才能を見込まれ、大きな事業の話が次々と舞い込んでいる。

 人脈がすごく、各国警察の上層部から政界の大物、大富豪や有名実業家の知り合いが多い。

「しかも各国で事件に巻き込まれ、解決に導いているから、世界中の刑事の間で有名なんや! 彼に協力してもらえばどんな難事件でも解決すると言われとる!」

 面白くなさそうな顔をしたのはコナン、平次、小五郎の探偵三人だ。

「でも別に探偵ってわけじゃないんでしょ? なんで大滝さんに声をかけたの?」

 コナンは子供のふりをして、事件に関わるのかと探りを入れた。

「ああ、実はゲストとして出演することになった番組の収録中にこんなことが起こってしまって……。浅野塾の認知度を広めるチャンスを潰した犯人に痛い目を見せてやろうと思ったんだ」

 しゃがむことでコナンに目線を合わせ、笑顔で言い放った學峯の背後に数匹のオオムカデを見た気がして、コナンは顔を引きつらせた。


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