トリップ先のあれやこれ(完結)   作:青菜

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※この先、黒の組織についての捏造多数。
※オリキャラが出てきますが、前の話を読み返す必要は一切ありません。



組織壊滅編
第34話


「さっき路地裏にトランク開けっ放しにして車を停めたら猫が入り込んだみたいなんです。すみませんが車の中を探してくれませんか? 猫アレルギーでして……」

「いいですよ」

 男性の頼みを快く引き受け、車のトランクを覗き込む三池。彼女の視界から外れた瞬間、男はスタンガンを取り出した。

 

 風を斬る音と何かが地面に叩きつけられる音がした直後に男は呻き声をあげた。握りしめていたはずのスタンガンが数メートル先に飛んでいったことを認識すると同時に彼は激痛に襲われる。体勢を立て直した三池に勢いよく股間を殴られたのだ。

「身の危険を感じたらすぐに相手の弱点を全力で攻撃する。米花町では基本です!」

 立ち上がって地面を踏みしめ、鋭い目で相手を見据えながら構えをとった三池が言い放つ。そのとき、彼女の耳は二人分の足音を捉えた。音からして、片方は体重が重く、もう一人は子供らしい。

 こんな夜中に歩き回っていそうな子供を三池は一人しか知らない。事件があれば飛び込んでいく江戸川コナンだ。だとすれば、彼と一緒にいるのは保護者の小五郎か、彼と推理をしていた刑事か。

 三池の心に淡い希望が宿る。もしかして、もしかすると──。

 

「この犯人の様子……。玉宝紛砕(ぎょくほうふんさい)を受けたのか⁉︎ あの技の使い手は俺を含めて五人しかいない。君がやったとすると、まさか君は──幼馴染の苗子ちゃん⁉︎」

「もう、遅いよ、千葉君!」

「えっ、あの犯人どう見ても股間攻撃されてるよな⁉︎ それに玉宝粉砕(ぎょくほうふんさい)って菜々が今は亡き師匠から受け継いだ、どんな体勢からでも的確に股間を攻撃できる技か⁉︎ うわぁ……」

 

 偶然が重なってこの場に駆けつけることができた千葉が三池と甘酸っぱい空気をかもし出し始める。コナンはいまだに悶えている犯人に手を合わせることしかできなかった。

 

 

 

「米花町やばい」

 浄玻璃の鏡の前で盗一が呟く。女性警官連続殺人事件が米花町で起こっていると知った菜々が律に頼んで映してもらっている現世の様子はカオスを極めていた。

「多分菜々さんが関わらなければこの二人いい感じになってましたよ。縁結びの札に名前書かなくてもくっついていたはずです」

 先程から菜々と一緒に鏡を覗き込んでいた殺せんせーがグチグチ言い始める。盗一の発言はスルーされた。

「誘拐された婦警さんを助け出した刑事さんが、なんやかんやで怪我していた婦警さんをすぐに病院に連れて行こうとするけど車がないせいで歩きになって。赤信号でも車が来ていないことを確認して横断歩道を渡ろうか悩む刑事さんを、婦警さんが子供の頃刑事さんに言われた言葉を使って止めて。『君、やっぱり幼馴染の苗子ちゃん⁉︎』『もう、気づくの遅いよ、千葉君!』みたいな展開になっていたはずなんですよ! 菜々さんさえ変に関わらなければ!」

「なんで何も話してないのに二人の過去や性格をドンピシャで当てれるんですか」

 

『あのさあ、仕事したら?』

 ギャースカ騒いでいる菜々たちに、今ではすっかり小生意気になったノアズ・アークが冷ややかに言う。

「杉野君と神崎さんの名前を縁結びの札に書くかどうか決める参考にしようと思って見てました。私は獄卒である以前に教師です。生徒のことを気にかけていただけなんです」

 すかさず言い訳をする殺せんせー。

「でも未だに杉野君の片思いですよ」

 反論する菜々。そこじゃねえよとノアズ・アークは思った。

「神崎さんって男運ないじゃないですか。いっそのことあの二人くっつけときましょうよ」

 殺せんせーが言い返したことで討論が始まった。その横で盗一は願望を垂れ流す。

「快斗の写真撮りに行きたい」

 

「駄目です。この前現世の人間に許可なく正体を匂わせていたことに加え、あなたには解読作業があります」

 背後から声がした。振り返った盗一の顔に諦めが混じる。

 黒の組織の行動を知るために現世の様子を伺っても、組織の幹部が使っている言葉が解読できないという問題が最近発覚した。そこで、厨二語に詳しく、事情を知っている盗一に白羽の矢が立った。黒の組織壊滅作戦決行の時、盗一が地獄にとどまって解読を担当するのは決定事項なのだ。

 

「鬼灯様、閻魔大王。国際会議お疲れ様です。どうでした?」

 金棒を担いだ鬼神とぐったりとした様子の王に盗一は尋ねた。野球選手と介護士をくっつける計画を練っている同僚二人は無視だ。

「触手とAPTXのデータの破壊、触手生物の殺害、全て日本地獄に押し付けられましたが、ある程度好き勝手やる許可と大量の補償金をもぎ取ってきました。触手を移植した人間以外を直接殺すのはダメですが、社会的に抹殺するくらいなら十分許容範囲内で──」

 

 話の途中で電話の着信音が鳴り響く。思わず皆が口をつぐんた。

 鬼灯は懐から携帯電話を取り出す。仕事用の携帯に秦広王第一補佐官から連絡が来たことを確認すると通話ボタンを押した。

「篁さん、どうしました?」

『厨二組織案件です。今すぐ来てください』

 何事かと皆は顔を見合わせた。

 

 

 *

 

 

 鬼灯と菜々、二人を運んできた殺せんせーが秦広庁に到着するとすぐ篁が説明する。

「えーと、この幸薄そうな男性は山田輝さん。偽名。主人公たちに倒されたあとで暗い過去が判明し、『そうか、あいつも被害者でいいように使われていただけだったのか。黒幕は別にいる!』みたいな扱いを受けそうなタイプです」

 亡者の顔に既視感を覚えた菜々は首をかしげる。

「すみません、どこかで会いました?」

「一応幼馴染だよね……。あと鬼だったんだね。あんまり違和感ないや」

「ごめん。知り合った人が被害者か加害者になることが多いから、人の顔と名前覚えるの苦手なんだ。あーと、確かお父さんがよくお菓子くれる山田刑事だったよね」

 伯父の部下だった関係で幼少期になにかと世話になっていた刑事の息子であり、菜々の幼馴染でもあるのが山田輝だ。特に千葉和伸と仲が良かった記憶がある。

 篁は一つ咳払いをすると、山田輝(偽名)の人生について語る。

「彼は母子家庭で育ちました。小学生の時に、生活が苦しかったせいで変な宗教にハマってしまった母親に連れられて、信者が集まって暮らしていた山の中の集落に移り住みます」

「米花町のサイコパス殺人鬼の過去あるあるトップ10に入っているような内容ですね。で、その宗教の名前は?」

 察しながらも菜々は尋ねる。彼女の予想は的中していた。

「黄金神教」

 黒の組織の創立者でもある烏丸蓮耶によって作られた宗教だ。

 

「色々あって、高校生くらいの年齢になった時に母親が死んで孤児になります」

「なるほど。孤児となった彼は『生贄』──人体実験のモルモットにされたんですか」

 殺せんせーの言葉に秦広王は頷いた。

「その通りだ」

 

 黄金神教では生贄を捧げることがあった。しかし生贄とされた子供達は裏で違法な人体実験を受けていたことが発覚している。

「彼も人体実験を受けました。そして、実験の過程で若返った。それからは組織の研究所に連れていかれて長い間人体実験をされていたそうです。そんなことが数年続いた時、事件が起こります」

 

 黒の組織がとある幹部に出した命令。「加藤文弘および加藤菜々の監視」。命令を受けた幹部──ダイキリは自分が加藤文弘の監視をして、彼の姪である菜々の監視は「見た目は子供、頭脳は大人」である人物にさせることにした。

 

「え?」

 菜々の顔がこわばる。

「全部説明するよ。僕は下っ端だったから教えてもらえなかったことも多いけど」

 山田輝は悲しそうに微笑むと、ポツポツと憶測を交えた話を語り始めた。

 

「君の祖父母は組織が雇った暗殺者に殺されているらしいんだ。その時、偶然にも君の伯父さんが現場を目撃してしまった。その時はまあいいだろう、で終わらされていたみたいだけど、君が小学校時代にやらかしまくったせいで組織が怪しんで、伯父さんと君の動向を探ることが決定した。伯父さんを探るのはダイキリ、君を探るのはダイキリに生命を握られていた僕だった。……あの時は騙してごめん」

 輝の目が伏せられる。

 

 彼は実験の過程で何度も若返りに成功し、定期的に六歳程度の見た目に戻っていた。大量の薬を飲んだり、出血死で死ぬんじゃないかと思うほど血を抜かれたりする生活が続いて何年も経った後、状況が変わった。組織がすべてのデータを取り終わったのだ。彼が「興味深い成功体」から「いてもいなくても変わらないモルモット」になった瞬間だった。

 

「ちょうどその時だよ。ダイキリがやってきたのは。あの天パの人──確か高村さん? が言っていた通り、僕はあいつに命じられるがまま帝丹小学校に入学し、君に近づいた。一方、すでに警視庁に潜り込んでいたダイキリは加藤刑事に近づき、やがて彼の右腕と呼ばれるようになった。といっても、僕がなかなか有益な情報を掴めないから、結局ダイキリが加藤菜々絶対防衛(ライン)とかいう変な組織作って君の監視もしてたけど。……もうわかってると思うけど、ダイキリは『山田刑事』だよ」

 

 菜々の目の前が真っ白になった。

「山田刑事」はお人よしだった。今の捜査一課でいうなら高木渉ポジション。子供にお菓子をくれる人は皆良い人だと考えている菜々が彼を信じたのは出会って数日後だった。

 菜々に事件の内容を漏らすし、頼りないし、バカ丸出しな行動をする。菜々が地獄に移り住んでから作られた、佐藤美和子絶対防衛(ライン)のトップの座を白鳥から譲り受けたのがいい例だ。

 それでも、正義を胸に秘め、大切なものを守るために突き進んでいるのだと思っていた。

 

 殺せんせーが触手をうねらせながら考えを口にする。

「でも、まずいことになりましたねぇ。捜査一課に組織の幹部が紛れ込んでいることになります。誰もこのことを知らないとなると、これが火種になる可能性がある」

「律さん、ダイキリのデータ、及び菜々さんの祖父母殺害事件について情報を集めてください」

 鬼灯の携帯画面に現れた律は、彼に向かってビシッと敬礼をする。

『はい! ですがそれらの情報は集めるのにかなり時間がかかると思います。ご了承ください。それと菜々さん。山田輝さんが小学生の時、大企業のデータをハッキングしたりしてたのに全く疑問を持たなかったんですか?』

 冗談交じりに尋ねる律。空気が軽くなったことを感じ取り、菜々はかすかに微笑むと反論した。

「だって米花町だよ? 護身術を習い始めたばかりの小学生を裏路地に連れて行って『まずは露出狂の退治から始めてみよう!』ってスライム倒す感覚で言うのが普通の町だよ? 小学生がそれくらいできてもおかしくない。むしろ何もできなかったら即死する」

 

 

 *

 

 

 誰かが気がついてくれることを信じて、組織の目を盗みながら黄金神教のデータをネットに載せ続ける。

 ある日バレて逃亡。

 逃亡生活中に追っ手に見つかって殺される。

 

 輝が死に至るまでの大まかな流れだ。

 

「待って色々突っ込みたい」

「やり方が回りくどいし組織気がつくの遅いし」

「意外と長い間逃げ続けられた件」

「残念ながら全て『米花町民だから』『米花町に訪れる犯罪者達だから』で解決します。なぜかあの町に長時間止まると回りくどいことをするようになるんです。難解なトリックを編み出したり、暗殺を依頼してスーパーにでも行けばいいのに無駄に難解なトリックを使って結局バレたり」

 

 それから数秒で「まあ舌引っこ抜いて転生でいいだろ」という軽いノリで処遇が決められた輝は、秦広庁を後にした。

「わざわざご苦労だった。見送りたいところだが次の裁判があるためここで」

「さすがは閻魔大王より閻魔大王っぽいことで有名な秦広王。仕事熱心ですね。大王に見習わせたい」

 篁が苦笑いをする。秦広王は咳払いをすると外に行かせていた獄卒に声をかけた。

「次の亡者を連れてこい」

 

「帰りも私に乗るんですか。金棒や謎の護身道具も一緒に? 重いから嫌なんですけど」

「殺せんせー、自分が何なのか分かって言ってます?」

「永遠なる疾風の運命の皇子」

「バカなるエロのチキンのタコでしょう。それと運び屋」

「にゅやっ! 先生のことをそんな風に思っていたんですか⁉︎」

「殺せんせーはもはや移動手段の一つです。諦めなさい」

「私に対する扱いひどすぎません⁉︎」

 三人が言い争っている横で、巻物に目を通していた篁が呟いた。

「あれ? 今から裁判する柳沢誇太郎ってどこかで聞いたことあるような……」

 

 

「秦広王、次の亡者連れてきまし、おわっ!」

 罪のない獄卒が声を上げる。目の前に菜々が躍り出てきたからだ。

「触手責めを実現するための研究に精を出していたら誤って月をぶっ壊し、それっぽい理由をつけて中学生にセクハラしまくり、最終的には赤ちゃんプレイを始めるに至った柳沢さん、お久しぶりです! 鬼灯さん、イザナミさんの所で燃やされてる村人たちの中にこの人も加えていいですよね? あの煙が出ない炎で炙られ、一酸化中毒で気絶できない苦しみを味わうがいい」

「おいこらちょっと待て。色々聞きたいし言いたい。……死神⁉︎ お前どうしてここに!」

 

 

 面倒なことになりそうだったので獄卒を秦広庁から締め出すと、鬼灯が説明を開始する。

「柳沢さん、ここは地獄です」

「ああ、それには気がついている。俺は地獄行きか?」

 自嘲気味に笑う柳沢。菜々が赤べこのように首を振るが、鬼灯が否定する。

「いえ、あなたには獄卒──地獄の従業員になってもらおうと考えてます。殺せんせーも菜々さんも獄卒です。そして菜々さんは鬼です。あなたと知り合った時からすでに鬼でした」

「そうか、モノノ怪の類だったのか。あまり驚かないな」

「前から思っていたんですが、なんであなたが鬼だと知った現世の知り合いたち、普通に受け入れてるんですか」

「知りませんよそんなの。それよりこの変態です。彼は地獄に落とすべきです」

 菜々は柳沢を指差した。

「基本、物かお金に釣られる菜々ちゃんにここまで恨まれるって相当ですよ。あなた何したんですか」

 篁が尋ねる。やっすい女という認識をされていることに菜々が文句を垂れる前に柳沢が爆弾を投下した。

「やっぱりあれか? 暗殺の一環でクラス名簿の横に女子生徒のカップ数を書いた時、お前のところに成長の見込みなしって書いたからか?」

「だまれ変態。だいたい、運動やってれば脂肪が燃焼して、胸は本来より小さくなるはずなんですよ。蘭ちゃんが異常なんです」

「なんの話だ」

 このやり取りで秦広王と篁は察した。

 

「菜々さん、よく考えてみてください」

 鬼灯が幼子に言い聞かせるように語る。

「彼には罪滅ぼしとして地獄で働いてもらいます。あくまで罪滅ぼしなのて給料は微々たるもの。罪人扱いなので嫌がらせし放題です」

 ピクリと菜々が反応する。

 米花町に出現する露出狂と柳沢の合成写真を職場にばら撒いても、実験と評して熱湯に突き落としても許されるということではないか。

「そして、彼の再就職先はフンコロガシ屎泥課です」

「まさかのう◯こ送り!」

 ちょっと嬉しそうに叫んだ殺せんせーとは対照的に、柳沢は青ざめる。

「嫌な予感しかしない」

「大丈夫です。優秀な頭脳を持っている彼はものすごい屎泥を作り出すでしょう。既に烏頭さんを呼んであります。柳沢さん、もうすぐ来る茶髪の鬼に色々聞いてください。ベテランですよ」

「ちょっと待て、俺は殺されたんだぞ⁉︎ 訳を聞きたくないのか⁉︎」

「どうせ下着ドロの恨みとかでしょう。あなたを殺した相手とはいい酒が飲めそうですが、あんまり興味ないです」

「いや、いい酒を飲むのは無理ですよ。菜々さん、酔うと無差別にナイフ投げまくる癖あるじゃ──」

 殺せんせーの発言を柳沢が遮る。

「俺は下着ドロなんてやってない。あの時実行したのは鶴田だ」

「汚い仕事を人に押し付けるだなんてクソですね。やっぱりフンコロガシ屎泥課にお似合いですよ。クソな科学者がクソの科学者になるだけなんだし、そんなに変わらない」

「上手に他人を使うのが大人だと昔も言っただろう。それに、俺が殺されたのは取引に応じなかったからだと思う」

「ロリを舐め回し隊に誘われたけど、熟女派だったから加入しなかったってことですか?」

「違う。全身真っ黒の怪しすぎる男たちの勧誘を断った。俺にあんな厨二趣味はないし、二度と人に迷惑をかけたくないと考えていたんだ」

 フッと悲しそうな笑みを柳沢は浮かべる。先程再会した幼馴染が過去を語った時と同じような表情だったが、菜々には相手が自分に酔っているとしか思えなかった。

「実は良い人だったってパターンは通用しませんよ。それはそうと、その男たちに何を要求されたんですか」

 食いついたことに柳沢は驚き、人を小馬鹿にするような顔をした。

「教えて欲しいのか?」

「うわ、その顔ウザい。別に良いですよ。あなたから聞かなくても知る方法はいくらでもあります」

 

 菜々が律に呼びかけようとスマホを取り出したところで足音が近づいてきた。烏頭が到着したのだ。

「こいつがフンコロガシ屎泥課行きか。まあ頑張れ。鼻が麻痺すれば随分と楽になるからそれまでの辛抱だ。あと、これからは人がいる場所には極力近づかないほうがいい。シャワーを浴びても取れないほどの悪臭を身にまとっているせいで迷惑をかける」

 烏頭にかけられた言葉に、柳沢は顔を引きつらせる。数秒後、目をつぶって大きく息をつくと、彼は烏頭に向き直った。どこか晴れやかな表情だ。

「案内、よろしくお願いします。……詳しい話を聞く前に追い出したが、触手についてだった」

 最後に言い残すと、彼は無言で烏頭の後ろをついて行った。

「うわぁ、ツンデレ気取って最後の最後に無愛想に答えて行ったところが腹立つ」

「ブレないですねぇ。しかし、数年前には鷹岡が触手を使いこなせていたことが気になります。組織の目的が生物兵器として触手を使うことなら、数年前に成功していることになる」

 殺せんせーの言葉に菜々が続ける。

「でも、柳沢は最近勧誘された。もっと進んだ研究をしたかったから彼をひき入れようとしたのなら簡単に殺してしまっていることが引っかかります。拉致して研究させれば良いだけなのに」

「どうしても成功させる必要がなかっただけ、とか?」

「このことは律さんたちに調べてもらいましょう。それより、話があるので一旦閻魔庁に戻りますよ」

 鬼灯は言うが否や迷いなく殺せんせーの背中に乗った。

 

 

 *

 

 

「組織壊滅作戦には地獄も大きく関わります。烏間さん達の協力者、または防衛省諜報部の一員という名目で動いたりもしますし、亡者となった組織のメンバーを速やかに捕獲するために烏天狗警察にも協力してもらいます。で、問題なのは菜々さんか殺せんせー、どちらかが地獄にとどまらないといけないことです」

 閻魔庁にある空き部屋でそう告げた鬼灯。

 互いをチラリと見たことで菜々と殺せんせーの視線が交わる。一瞬だけ目で会話すると、二人は口々に質問を始めた。

 

「理由を教えてもらっても?」

「誰か一人が残らないと大王が仕事しません」

「死神さんでいいじゃないですか!」

「彼は休暇中です」

「……なんで休暇与えちゃったんですか⁉︎ こうなること予測できてましたよね⁉︎」

「金魚草の研究が進む誘惑にはかないませんでした。まあそれはともかく、どっちが行くか決める方法を盗一さんに考えてもらいます」

 

 急に名前を出された盗一は不満げに尋ねる。

「なんで私が?」

「死神さんの代わりだからです」

「彼そんなこともやってたんですか。ところで、ちゃんと決まったら現世に行く許可をもらえたりしますか?」

「無理です」

 盗一は明らかにやる気をなくす。

「トランプ勝負で決めればいいじゃないですか」

「イカサマ合戦が始まり、最終的に殴り合いに発展します。駄目です」

 すぐさま反論する鬼灯。

「将棋」

「新しいルールを作り出し、最終的に殴り合いに発展します」

「じゃんけん」

「以下同文」

「人生ゲーム」

「以下同文」

「鬼灯様を笑わせるゲーム」

「公平じゃないと喚き出し、殴り合いに発展」

「どれも駄目じゃないですか」

「それをどうにかするのが死神さんです。そして、それが今のあなたの仕事です」

「……死神さんに帰ってきてもらうのが一番なのでは?」

 

 

 *

 

 

 殺せんせーは表情に一切出さないものの少し焦る。理由は彼の横でシューティングゲームをしている菜々だ。

 

 どちらが現世行きのチケットを手にするかを決める方法がシューティングゲームに決まった。結果が数値化されるのでごねようがないからだ。

 また、ルールの抜け道を探されるくらいならと、縛りは必要最低限にした。店の備品を壊さないことと人に迷惑をかけないこと。この二点を守りさえすれば何をしても良い。

 

 自分がいる意味はあるのだろうかと盗一が疑問を抱いているのをよそに、殺せんせーは思考する。ゲームを完璧にこなすことも忘れない。

 このゲームでより良いスコアを叩き出した方が現世に行ける。

 対戦方法がシューティングゲームだと聞いた時、彼は勝利を確信していた。菜々は動体視力も良く手先も器用なくせに射的が壊滅的だったからだ。撃っても撃っても対殺せんせーBB弾がありえない曲がり方をして、的ではなく人に当たっていた。

 しかし、菜々はゲームが始まってから一度もミスをしていない。引き金を引くと、レーザーは正確にゾンビに当たっている。

 

 ボール=人にぶつける。菜々が持っていると公言している本能だ。

 これが真相だと殺せんせーは悟る。

 菜々の射的の成績が悲惨だったのはこの本能のせいだ。思い返してみれば射的に使われていた対殺せんせーBB弾は球。ボールだ。あの成績は本能が適用されていたに過ぎない。

 

 菜々の射的の腕は良かった。弾が球体である場合のみ使い物にならないだけだったのだ。

 

 読みを間違えた。

 しかし、殺せんせーはゾンビを撃ちながら笑みを浮かべる。

 優れた殺し屋はいくつもの手を用意しておくものだ。

 

 

「菜々さん」

 

 呼びかけると、菜々は視線は動かさないものの意識をわずかにこちらに向けた。

 通常なら二人とも全くミスをしない。逆に言えば、少しのミスが命取りになる。

 一瞬でも隙を作ればこちらの勝ちだ。

 

「ノアズ・アークさんに頼んで、浄玻璃鏡を使って集めたあなたの黒歴史をまとめた映像を作成してもらいました。今からあのスクリーンに流してもらいます」

 

 殺せんせーが言ったのは、広告が映っているスクリーンだ。天井から下がっているスクリーンは壁を覆い尽くすほど大きい。あそこに黒歴史が映されたならば大勢の者に見られるのは確か。そして菜々は地獄ではそれなりに有名だ。拡散されるのは目に見えている。

 

「さん」

 

 殺せんせーがカウントを始める。

 

「に」

 

 ニヤリと口を歪める。菜々に打つ手はないはずだ。

 教え子の黒歴史をばらまくのは心苦しいが、現世行きだけは譲れない。触手を葬るのは、自分でなくてはならないのだ。

 

「いち……」

 

 ゼロ、と殺せんせーは呟いた。流れるはずの軽快な音楽は聞こえない。あいかわらずスクリーンには脳吸い鳥の卵味ジュースの広告が映っている。

 

「なっ! なんで⁉︎」

「殺せんせー。昔、ノアズ・アークと同じくらい優れた人工知能である律を短時間でハッキングした人がいたことを覚えていますか?」

「まさか……!」

「そう、死神さんですよ。古本屋で見つけた植物図鑑で簡単に釣れました」

「自腹切って手に入れた高価な部品を使って『手入れ』することを条件にノアズ・アークさんを説得した私の努力は一体……」

 殺せんせーの肩の力が抜ける。その一瞬で勝敗が決まった。

 

 悔しがる殺せんせーと息子のアルバム作成の夢を捨てられない盗一が重い雰囲気をかもし出す中、菜々は死神の言葉を思い返していた。

 

 ──わかった。ハッキングするよ。この件に関しては君たちに託すべきだと思うから。

 

 

 *

 

 

「なるほど、誰がどんな動きをしているのか把握しました。律さん、ありがとうございます」

 定時がとっくの昔に過ぎた夜中。閻魔庁にいるのは鬼灯たちを除けば座敷童子と記録課の仕事中毒者くらいだ。

 法廷は静まり返っており、鬼灯の声が響く。律から報告を受け、今後の打ち合わせをするために、皆は人気がなくなる時間にこの場に集まったのだ。

 

「これほどまで大掛かりな作戦が始まっていると、一般人として組織壊滅に関わるのはきついです。そこで、この件で現世で表立って動いてもらう菜々さんには防衛省諜報部の一員ということになってもらいます。このことは何年も前から烏間さんに話してあったので偽造はすぐにできます。で、防衛省は黒の組織をマークしていたものの動向を見守っていただけでした。それなのに防衛省諜報部の一員が首をつこっむのは難しい。作戦の要となり地獄の方針に沿うように計画に手を加えるなんてもってのほかです。そこで、これらの問題を一度に解決できる方法をとることにしました。話し合いの結果菜々さんから許可は取っています」

 皆が菜々に目を向ける。ボロボロだった。話し合い(物理)だったことを全員が察した。

「それで、その方法って?」

 閻魔が尋ねる。菜々が心底嫌そうな顔をして答えた。

「防衛省諜報部の人間として、私が黒の組織に潜入します」

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