トリップ先のあれやこれ(完結)   作:青菜

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第36話

「カルーア。あなた恋人がいるらしいけどどんな人なの?」

「ズッキーニだよ!」

「え?」

 本名、本堂瑛海。偽名、水無怜奈。コードネーム、キール。CIAの諜報部員である。彼女は最近ネームドになったカルーアにバーで探りを入れていた。そして意味不明な返事が返ってきた。なぜ野菜が出てくるのか。

「ズッキーニ?」

「彼ピッピのあだ名ー」

「いや、そういうことじゃなくて……。どんな人なのかとか」

「趣味は拷問と呪いの品集め。社畜の立派な公務員さんだよ」

「えっ二重の意味でやばいじゃない」

 成人男性が未成年に手を出している上、趣味がやばい。

「イケメンで料理が上手」

「後半はバーボンの特徴ね」

 本人が聞いたら怒りそうだ。

「得意料理は脳みその味噌汁! たまにすごく凝った料理を作ってくれるよ! あ、よく人の頭部が余って困るってぼやいてるー」

「やばい奴じゃない。大丈夫なの? DVとかない?」

「たまに金棒が飛んでくる程度だよー」

 キールは日本の闇を垣間見た。実在すると仮定するなら、カルーアの恋人は拷問官だ。

 

 

 *

 

 

「ラム──脇田兼則と諸伏高明が接触した」

 椅子に腰掛けた黒田が告げる。飴色の机を挟んで、彼の前には降谷が立っていた。

「雪山での一件ですか」

「そうだ。スコッチそっくりの諸伏に組織が探りを入れることは確実。そこで諸伏に協力を仰ぎ、ラムを捕獲したいと思う」

「黒田管理官、元からそのつもりでしたね? 長野県警に出向したのはヒロの……諸伏の兄である諸伏高明警部を協力者にできるかどうか見極めるため。違いますか」

 降谷は険しい顔で尋ねるものの確信していた。黒田は元からそのつもりだったのだ。

 確かに長野県警に出向したのは他の理由もある。ラム候補である大和敢助の調査、黒の組織とも繋がりがあった啄木鳥会の調査。しかし、彼の最大の目的は諸伏高明の引き入れだ。

 大和敢助、松本清長、若狭留美。降谷が接触したことで脇田兼則がラムだと発覚する前、黒田はラム候補のいる場所に赴いていた。その行動が、ラムを捕まえたいという強い意志を物語っている。

「正解だ。ラムさえ捕らえれば組織壊滅に大きく近づく」

 黒田の声からは決意が滲み出ていた。

 

 

 *

 

 

 組織壊滅のための合同会議がもうすぐ開かれる。公安から協力者になってほしいと声をかけられた優作によって、コナンと有希子はそのことを知った。顔色を全く変えなかった赤井は元々知っていたのだろう。

 自分も力を貸すと目をぎらつかせて申し出るか、ピンポイントで優作に声をかけてくるということは公安がコナンの正体を掴んだのではないかと焦るか。有希子は息子が取る行動は二択だと思っていた。しかし、彼女の予想に反してコナンは硬い声で告げた。

「……赤井さん。僕、公安とFBIの人たちに言わないといけないことがあるんだ。赤井さんや安室さんは察していると思うけど」

 赤井はコナンの話とやらに見当をつけた。十年前に彼とそっくりな少年と出会っているのだ。ベルモットの件もあるし想像はつく。

「君に話してもらえることは嬉しい。だが、公安はやめておけ。裏切り者がいる。話すにしても安室くんだけにしておくことだな」

 コナンはヒュッと息を呑んだ。

 

 盗聴器の類がないことを確認してから全員がソファーに腰掛けたところで優作が切り出す。

「それで、公安に裏切り者がいるというのは?」

「昔、スコッチという公安のNOCがいました」

 過去形。コナンは気がついた。彼こそが安室と赤井の仲違いの原因だ。

「死んだんだね。だから安室さんは赤井さんのことを恨んでいる」

「ボウヤ。そっちはいい。色々あるんだ」

「ごめんなさい……」

「話を戻すぞ。彼は組織の重要な情報を持ち出したことからNOCバレしました。そして、公安のNOCだと連絡が来た」

 優作は顎に手を当て、赤井の言葉を引き継ぐ。

「たまたま所属が漏れたにしてはタイミングが良すぎる。裏切り者がいる可能性が極めて高い」

 

 

 *

 

 

「それで? 僕を工藤邸におびき出した目的は?」

 片足を軽く曲げた状態で立っている降谷が挑発的に尋ねる。コナンはポケットに手を突っ込み、顔を上げた。

 無言で答えを待つ降谷とコナンの間には、ソファーに腰掛けて足を組んでいる沖矢がいる。彼らを遠くから見守るように壁際に立っているのはジェームズを始めとしたFBIの捜査官と工藤夫妻。

 喉が乾く。自分が唾を飲み込んだ音を耳で拾ったあと、コナンは告げた。

「安室さん、赤井さん。僕の……俺の名前は工藤新一。ジンに飲まされたAPTX4869の副作用で幼児化したんだ」

「やっぱり沖矢昴は赤井だったのか! おのれ赤井!」

「真っ先に言うのがそれ⁉︎ もっと僕の正体に驚いてよ!」

 合同会議が始まる一週間前。工藤邸では殴り合いをする二人の男が目撃された。

 

 

 安室の頬が腫れ、赤井のニット帽が犠牲になったところで休戦となる。

「公安は僕一人。対してFBIは来日している全員。赤井が公安の裏切り者について話したんですね?」

「知っていたのか」

「当たり前でしょう。あいつらは組織を壊滅させると同時に捕まえる予定です。くれぐれも余計なことはしないように」

 トゲのある言い方に眉をひそめたジョディとは反対に、コナンは明るい声で了解した。

「わかった。その件は全部公安に任せるよ」

「……ボウヤ、いいのか?」

 赤井が意外そうに尋ねた。今度は降谷が眉をひそめる。

「ずっとFBIと一緒に行動していて日本警察をいまいち信用していなさそうな俺が、裏切り者がいることが判明した公安を頼るばかりか、その公安に裏切り者の始末まで任せるのが意外ってことですよね?」

「ああ」

「……実は幼児化してすぐ、駆けつけた警官に怪しいやつらの取引現場を目撃したから毒薬を飲まされて体が縮んだって説明したんです。大笑いされました。多分、あの時から俺は無意識のうちに日本警察に苦手意識を持っていたんだと思います。今まで俺の言うことは認められて、賞賛されてきたのに、何も信じてもらえなかったから……。真っ向から否定されることに恐怖を抱いていたんですよ」

 コナン──新一が話している間、誰も口を挟まなかった。

「でも、全員がそうだったわけじゃないんです。高木刑事が俺の話に耳を貸してくれた。佐藤刑事たちも、綾小路警部も、長野県警の皆も、それに安室さんだって。みんな俺の話を聞いてくれた。高木刑事に至っては、俺の正体を教える約束までしちゃいましたし」

 コナンは話し終わると眉を下げて笑った。

 同時に思う。

 振り返れば、体が縮んだことでつながった縁もたくさんある。

 組織壊滅に向けて、大人たちが動こうとしている。自分が元の姿に戻る日も近い。また工藤新一として蘭の隣に立てる嬉しさもあるが、コナンとして付き合ってきた人たちと別れなくてはいけない寂しさも存在するのだ。

 

 

 *

 

 

「死ぬかもしれない。犯罪者となるかもしれない。それでも組織を壊滅させたいか? 少しでも尻込みする者がいるのなら今すぐ去ってくれ」

 問いかけた黒田に全員が目を向けた。彼らの瞳には強い意志が宿っている。

 誰も席を立とうとしないことを確認してから一つ頷くと、黒田は先ほどとは打って変わって丁寧な口調で説明を始めた。

 

「自己紹介が遅れました。裏理事官──ゼロを統括する立場──の黒田です。前もってある程度は話してありますが、上には一切報告せずに集まっていただいた理由を改めて説明させていただきます」

 とあるホテルの一室。用人御用達のこのホテルはセキュリティーが保証されている。上層部に悟られないよう、各国諜報部員たちが集まるにはもってこいなのだ。

 

 黒田の話に耳を傾けながら優作はさりげなく辺りを見渡した。知り合いのFBI、安室──降谷と風見、防衛省の人間が数名、女子アナ、灰原に似た少女、塾の経営者であるはずの浅野學峯。

 

「黒の組織に潜入している防衛省の諜報員がコピーしてきたものです。まずはご覧ください」

 黒田がUSBメモリを差し込み、操作するとパソコンの画面に一覧が出てきた。政治家や国家機関の上層部の人間の名がずらりと並んでいる。

「こ、これは……!」

「ええ。題名の通りです。組織に金銭的援助をしている者の名前が載っています。彼らは組織と繋がり、利益を得ていた。正義感が強い優秀な部下を組織に潜入させ、自分たちがやっていることに彼らが気がつきそうになるとNOCとして組織に始末させる。このようなことがずっと行われてきました。あなた方の中にもこのやり方のせいで大切な人を失った人がいる」

 メアリーの目つきが険しくなる。赤井は母親の様子から父親が死んだ理由を悟った。

「これを見ればわかる通り、世界各国の権力者が組織と繋がっています。この中の誰か一人が悪事に手を染めていたと世間に知られるだけで少なくとも一つの国は大混乱に陥る。ここに集められた捜査官は二種類に分けられます。国を愛している者と組織に恨みを持っている者。あなたたちならこの話を他言するはずがない。……烏間さん、お願いします」

 

 黒田に言われ、烏間が切り出す。

「防衛省の烏間です。俺からは組織が行なっている研究について説明します。十二年前の月が七割消滅した事件を覚えていますか?」

「ええ。しばらくして出された各国共同声明によると、怪物によって破壊されたらしいわね。しかもその怪物は地球を滅ぼす可能性があった。まあ、怪物は殺されたから大丈夫だったけど」

「あの事件には驚いたな。怪物は政府を脅して日本の学校に潜伏していたはずだ」

「確か、各国政府が怪物に従うふりをしながら秘密裏に暗殺の準備を進めていたんだったな」

 捜査官たちも殺せんせーを怪物だと信じて疑わない。烏間を始めとした防衛省の人間は何かが胸につっかえているような息苦しさを感じた。

 烏間は目を伏せたのち、まっすぐ前を見つめて話を続ける。

「各国共同声明では触れられていませんでしたが、あの超生物は人体実験の結果生まれました──」

 殺せんせーと呼ばれる超破壊生物がE組の担任となってから暗殺されるまでと、組織が触手の実験をしていると思われる理由を話したところでメアリーが口を挟んだ。

「月が七割消えてから暗殺計画が発動するまでが短すぎる。反物質の研究にどこかの政府が関わっていたと考えるべきだな」

「ええ」

 頷いた烏間に変わり、今度は降谷が民間人がいる理由を説明する。

 この場にいる二人の民間人が公安の協力者であり、二人にはE組出身の親しい者がいる。この件が公になればE組出身者たちにも火の粉がかかるのは目に見えている。だから絶対に裏切らない。

 

 その後、いくつか重要事項を伝え合ってから会議は終わった。

 

 

 *

 

 

 警察庁上層部の人間たちは黒の組織との繋がりを持っている。彼らは有能な部下が現れると勧誘するか組織に潜らせ頃合いを見てNOCであることを伝える。こうして、有能で正義感が強い部下に自分たちの悪事が暴かれるのを防いできた。

 彼らは自分たちの手足となり得る人物としてE組出身である木村に目をつけた。

 役立つかどうか探るために、事件が起こりすぎる理由を探らせるという名目で彼を米花町に送り込んだ。結果は合格。思っていた通り殺し屋とのコネもあるし身体能力も高く、無謀とも言える正義感を持たずに甘い汁を吸うことを一番に考える。

 前もって律から情報を得ていた木村は相手が望む振る舞いをすることで信頼を勝ち取り、内情を探っているのだが、上層部の人間たちは気がついていない。

 

「降谷零殺害計画、ですか?」

「そうだ。本来なら前線に出ない警備局警備企画課に属してもなお、潜入捜査を任されるほど有能な奴だ。もうすぐこの組織の存在を嗅ぎつけるかもしれん。黒の組織にNOCであると情報を流して始末する。君には彼の後釜についてもらう。現場にも我々の手が届くようになるからな」

 

 木村が警察庁にはびこる非合法な組織の一員の話に耳を傾けている頃、菜々は組織の女性陣と女子会していた。

 

 

 *

 

 

「ジンってさー、チェックメイトがかっこいいからって理由でチェスやってそうだよね。私の知り合いにもそういう人いるし」

「ジンはそんなお上品なことしないだろ。それはそうと、アンタの知り合いか。どんなやつなんだい?」

「……う◯こが大好きな人。あ、これもジンと同じだ」

「カルーア、いい加減組織=う◯こっていう認識やめなさい。そして食事中にそういう話をするのもやめなさい」

 カルーア、キャンティ、ベルモット。キールは会話を弾ませている女性幹部たちの顔をさりげなく見渡した。先日開かれた非公式の合同会議で、烏間が防衛省諜報部から組織に潜入しているNOCがいると言っていたからだ。降谷が「あっ(察し)」と言わんばかりの顔をしていたしこの中にいるかもしれない。

 肉の焼ける匂いが鼻腔をくすぐる。女子会の開催場所は焼肉屋の個室なのだ。

 ドリンクバーでちゃんぽんに失敗してできあがった劇薬をキャンティに押し付けようとしているカルーアはNOCではないだろうとキールは思う。そもそも、彼女は成人しているように見えない。

 かといってキャンティやベルモットがNOCだとも思えない。この中にNOCは自分だけだろうと思うが、もしかしたら仲間がいるかもしれないという期待も拭い去れない。

 考えても仕方がないので、キールは飲まずにこの場を乗り切る方法を模索し始めた。いくら酒に弱くないといっても、万が一のことを考えて潜入中に酒を飲むわけにはいかないのだ。

 

「ねえ、第四回目の女子会を開いた理由覚えてる?」

 トイレでウーロン茶一気飲みして無理やり吐くことで酒に弱いふりをした後、キールが全員に尋ねる。

「ジンとウォッカができてる疑惑があるからだっけ?」

「違う。組織幹部の中で誰が一番の優良物件か決めるためよ。ちょうど、ベルモットがカルバドスから焼肉屋無料券四人分もらってたし」

「あー、そうだった気もする」

「なんで覚えてないのよ」

「マイ、酔ってるから」

「オレンジジュースしか飲んでないじゃない」

「カシスオレンジだよ。カシスリキュール抜きだけど」

「それがオレンジジュースっつってんのよ。私だって暇じゃないんだから、さっさと本題に入ってくれないと」

「彼氏いないのに?」

「女子アナの仕事があるの。ジンの馬鹿も私のこと疑ってくるし。バーボンがジンへの報告なしに赤井の変装してそこら辺ほっつき歩いたから殺されかけたし」

「キールってバーボンのこと嫌いだよね。美味しそうな名前なのに」

「あなたはカレーから離れなさい。バーボンなんて一番結婚に向かないタイプでしょ。ウォッカが一番よ。最近、まともな奴が尊敬してやまない兄貴にどんどん殺されていくから十字ハゲできてたけど」

「あら、私バーボン派よ」

 ベルモットが軽く手を挙げた。

「アタイはコルン。カルーアは?」

「マイ、彼ピッピ一筋だから」

「なんでこいつがこの中で一番のリア充なのかしら」

「リア充? ベルモット、アイツの彼氏拷問官だよ。まあ、ジンなんかと関係を持つアンタから見ればリア充かもしれないけど」

「キャンティ、何ですって?」

「はい、ストップストップ。ウォッカ一票、バーボン一票、コルン一票ね。研究員の女の子たちから預かっている投票結果を踏まえると、ウォッカがぶっちぎりで一番だわ。次点でバーボン。きっと顔のおかげね」

「えー、カルバドスは? 組織の一員にしてはまともじゃない?」

「ベルモットの追っかけだから……」

「あー、ドルオタみたいな扱いなのか」

「票はゼロよ。ベルモットも票入れないし」

「あれはパシリだもの」

「ひでえ」

 こんな感じで時は過ぎていった。

 

 

 

 本堂はセーフハウスに着くとため息をつく。

 きっと、組織にバレているここには盗聴器やカメラが無数に仕掛けられているのだろう。下手なことはできない。

 刻一刻と近づく組織壊滅。怪しまれている自分よりも、降谷と防衛省から組織に潜り込んでいる人物の方が重要度は高い。

 NOC疑惑がある自分とバーボンが親しいと悟られないようにこれからも気をつけなくては。頬を叩くと、本堂はキールとしての仮面をかぶりなおした。

 

 

 

「カルバドス。酒を飲まなかった、もしくは少量しか飲んでなかった幹部は二人いたわ」

『そうか。彼女たちがNOCである可能性は高いな』

「キールはわかるわ。でも、もう一人はカルーアよ。焼肉屋にも鬼のコスプレして来た変人よ。彼女がNOCなんてあり得るかしら?」

『あり得るさ。私の例もあるのだし』

 そう言い残すと、この前自殺したカルバドスと成り代わって組織に属している男は通話を切った。

 

 

 *

 

 

「律。竹林だ。僕と奥田さんに黒の組織の一員と思われる男たちが接触してきた。組織の研究を手伝わないかという話だ。おそらく触手の研究をしているんだろう」

『それで間違いないと思います。柳沢さんにも声がかかっていたみたいですし。木村さんの協力者となってから潜入するのが最善かと』

「柳沢が⁉︎ 今度、全員が旧校舎に集まれる時に詳しい話をしよう」

 

 

「律は知ってると思うけど、俺の所属公安なんだ。それで、上層部の人間が寄ってたかって不正行為をしている。仲間になったふりして情報を探っていたら、俺の上司の殺害計画が練られていることが判明した。次の集まりの時に話し合いたい」

『降谷零さんの話ですね。了解しました!』

 

 

「律さん。組織壊滅作戦では多くの死者が出ることが予想されます。亡者回収の際、お迎え課だけでは人手が足りないので烏天狗警察の皆さんにも協力してもらう予定です。火車さんも現世に行きます。人員の配置場所について考えるのを手伝ってください」

『もちろんです。ノアズ・アークさんにも手伝ってもらいましょう!』

 

 

 自律思考固定砲台。超破壊生物暗殺のために作られた兵器である。

 非常に高度な学習・思考・自己改造機能を有するが最も得意とするのは電子戦。彼女は世界中の電子機器を自在に操ることができる。

 機械なのでいざとなったら都合の悪いデータごと破壊もできる。

 特定の誰かを監視するにはもってこいの人材なのだ。

 殺せんせーの暗殺が成功してもなお、政府は秘密裏に律を解体しないでいた。元E組の生徒たちが政府にとって都合の悪い動きをしないか監視させるためである。

 

「自律思考固定砲台。監視対象たちに不審な動きはないか? 特に防衛省の烏間、政界に進出した赤羽と寺坂には要注意だ」

『問題ありません』

 

 無表情を貫き、抑揚のない声で告げるのは律。

 彼女は当初プログラム化された単独行動ばかりとっていたが、殺せんせーの「手入れ」によって協調性を身につけた。しかし、E組関係者以外にそのことを知っている者はいない。律を上手く活用していると信じて疑わない重役たちは、相手に感情など存在しないと思い込んでいるのだ。

 

 組織壊滅に向けて地獄と現世の繋ぎ役を担っている彼女は決意する。情報を操作することでクラスメイトや恩師たちに危害が及ぶことを阻止してみせる、と。

 

 

 *

 

 

 妹と幼児化した母親が滞在しているホテルに招かれた赤井は、部屋に入ると沖矢昴の変装を解いた。

 感涙にむせぶ妹が落ち着いたところで、ソファーに腰掛けた赤井は尋ねる。

「それで、話ってなんだ?」

「秀一、お前には詳しく話しておいたほうがいいと思ってな。私がこの姿になった理由を。……十年前に会った時、私の胸が縮んでいることに気がついただろう?」

「前からあんなんだっただろう」

「バカ息子、ちょっと表へ出ろ」

「ちょっとママ、秀兄がこの顔で外に出たらまずいって!」

 

 世良の頑張りにより、ジークンドーの構えを取っていた両者は渋々といった様子で着席した。

「あれは十五年ほど前のことだ。私は仕事で、被験体としてとある研究所に潜入した。研究所は日本にあってな。他に人員もいなかったから日本に身を隠していた私に白羽の矢が立ったわけだ。そして、潜入先が黒の組織系列の研究所だった。そこで薬を飲まざるを得ない状況に陥った。探ってみれば薬を飲んでも死ぬまでに結構時間がかかるらしい。それだけの時間があれば仲間に情報を渡せた。だから怪しまれないように薬を飲んだ」

 表情が硬いものの世良の顔には驚きが見られない。前から知っていたのだろう。

 赤井は自分と同じ色の瞳を見つめ、無言で先を促した。

「しかし仲間に情報を渡しても、研究所から予定通り逃げ出しても、それから数日経っても、体に全く変化が見られなかった。検査をしても異常なし。いぶかしみながらも元の生活に戻り、数年経った頃異変に気がついた。胸が小さくなっていたんだ。それから少しずつ胸が、背丈が、縮んでいった。そして今年、務武さんに会いに行った帰りに土砂降りに遭い、大人の姿から急に少女の姿になった。濡れたことで風邪をひいたからだと私は考えている」

 幼児化した人間の一人である工藤新一。彼は風邪をひいた時に元の姿に戻ったことがあるらしい。幼児化と風邪の症状には何かしらの関係があるという線が強い。

 メアリーの考えでは、自分が飲んだのはAPTX4869の元となった薬か原液か、そんなところだ。わずかな違いはあるが、共通点が存在していると考えた方がいい。

「待て。親父に会った? 親父は生きているのか⁉︎ 黒の組織に潜入していたがNOCだとバレて殺されたんじゃないのか⁉︎」

 思わず身を乗り出し声を荒げる息子に対して、メアリーは淡々と答えた。

「ああ、生きているとも。確かにNOCバレしたが組織に協力者がいたらしい」

 

 

 *

 

 

 十七年前。

 赤井務武は走っていた。巨大なバケツをひっくり返したように降る雨が激しくアスファルトを叩く。水たまりの上を走るたびに足が重くなる。

 手頃な廃ビルを見つけて入り込んだ。がむしゃらに動かしていた足のスピードを弱め、作業場の角に向かう。酸素を求めて口が開き、肺が大げさに上下する。

「ここまでか……」

 壁にもたれる形で床に座り込み、膝をつくと左腕をのせる。ずり落ちた帽子を直そうともせず、かすれる声で務武は呟いた。口からヒューヒューと息が漏れる。務武の荒い息だけが静寂に溶けた。

 窓から差し込む一筋の月光を務武は何気なしに見つめる。ひどく冷たい光だ。

 

 カツッ。

 ハイヒールの音が高らかに響く。

 月明かりに照らされるのはなびくブロンド。

「ベルモットか」

「ええ。まさかあなたがNOCだったなんてね」

 ベルモットが目の前に来るまで、務武は微動だにしなかった。動く気力がなかったのだ。

「一つ教えてあげるわ」

 務武の額に銃口を突きつけながら、ベルモットが口を開く。

「NOCだとバレた理由。あなたの古巣が教えてくれたのよ」

 務武は目を見開いた。彼女の話が本当なら務武の古巣──SISやMI6の名前で知られる秘密情報部にスパイがいるということになる。妻は、子供たちは無事だろうか。

 務武が懸念をあらわにするが、ベルモットは彼の表情には目もくれず左手を眺めた。

「親指の爪、剥がされたのね」

「ああ。それがどうした」

「でも何も話さなかった。そればかりか隙をついて逃げ出した。違う?」

 話の先が読めない。いぶかしみながらも務武は続きを待つ。

「話す奴は爪一枚で全部話す。話さない奴は爪一枚でも、十枚でも話さない。私の持論よ。……組織の目的、ボス、協力者。知っていることは全部話すわ。私と手を組まない? ──ジン」

 組織にいた頃のコードネームを呼ばれる。

「なぜ、お前が組織を壊滅に導くようなことを?」

「私は組織にいる以外に生きていく方法がない。でも、私のような人をこれ以上作りたくないの。……今すぐ選びなさい。このまま脳天をぶち抜かれるか、私に協力するか」

「選ばせる気なんてないだろう」

 務武は大きな謎に出会った探偵のような顔で笑った。

 

 

 

 

「カルバドスが死んだわ」

「ホー。お前に惚れていた男か」

「ええ。彼が死んだことを知っているのは一般人とFBIを除けば私だけ」

「何が言いたい?」

「私は変装の達人で、一目見れば変装かどうか見破ることができる。私と一緒にいることが多いカルバドスが偽物だなんて誰も思わないでしょうね」

「俺にカルバドスとして組織に戻れと?」

「その通り。そっちの方が色々と好都合でしょう?」

 

 

 名乗っていたコードネームを銀髪の男が引き継いで何年も経った頃、務武はカルバドスとして生活し始めた。

 苦労人のウォッカには仲間認定され、最近ネームドとなったカルーアにはサングラスが本体だと思われているらしいが、それなりにうまくいっていると思う。

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