トリップ先のあれやこれ(完結)   作:青菜

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第38話

 少年探偵団たちとサッカーをしていたコナンは、いつものように殺人事件に遭遇した。

 最も怪しいのは被害者の恋人。一ヶ月前に被害者と二人で沖縄旅行に行ったらしく、そこでなにかがあったようだ。

 コナンは現地に行って捜査をしたかった。しかし、彼らが旅行に行った普久間島という小さな島に行くには、三日に一度しか出ない船に乗る必要があるらしい。

 今日の便には間に合わないので、船に乗るにはあと三日待たなくてはいけない。

 コナンは奥の手を使うことにした。

 

「もしもし、黒羽? ちょっとハンググライダーで普久間島まで連れて行ってくれねえ? ハンググライダーにエンジンつけたって博士が言ってたぜ」

 

 

 *

 

 普久間島に集まれとの命令を受けたため、熱愛報道のせいでマスコミから逃げ回っているベルモット以外の全幹部が普久間殿上ホテルに足を踏み入れた。烏丸グループによって作られたホテルなので会合のために貸切にしたらしい。従業員も警備員も追い出しており、このホテルには組織の人間しかいない。

 ここは鷹岡から解毒剤を奪うために忍び込んだホテルだ。縁のようなものを感じる。

 そんなことを考えつつ、六階のテラス・ラウンジに置かれている椅子に腰かけながら、菜々は辺りを見渡した。この島に集まった幹部は全員テラス・ラウンジにいる。何やら重要な話があるらしい。

 これだけ幹部が集まれば「逮捕してください」と言っているようなものだ。ラムが逮捕されてから組織を牛耳っているダイキリはそのつもりなのだろう。

 

「なあ、カルーア」

 ウォッカは言いながら菜々の隣の椅子に腰かけた。

「それなんだ?」

「金魚草のお面」

「キンギョソウってそんなんじゃないだろ。そしてなんでそんなもん顔につけてる」

「彼ピッピの部屋からパクってきた。好きな人の物を身に付けたい時ってない?」

「そうだとしてもなんでそのチョイスなんだ」

 

 ジンがやってきた。

 彼は「こんなところに幹部を集めてどうするつもりなんですか。とても危険だと思います」という内容を難解な言い回しで言った。

「これだけ幹部が集まれば警察組織が一斉逮捕に乗り出してもおかしくない。NOCが一人でも紛れ込んでいたら終わりだぞ」

 カルバドスに変装中の務武がジンに同意する。

「それが狙いだ」

 ダイキリの声がマイクを介して響き渡った。どよめきが生じる。

「悪いが君たちには逮捕されてもらう。爆発に巻き込まれて死ぬかもしれないけどね」

 ダイキリが唇を釣り上げてスイッチを押す。何も起こらなかった。

「CIAの本堂よ! 悪いけど、爆弾は全て解除させてもらったわ」

 拳銃を取り出したキールの声を合図に、SATが、捜査官がなだれ込んできた。

 

「馬鹿な⁉︎ この島には一般人がいるんだぞ!」

「工藤優作が普久間島に来たって情報を流したら、全員慌てて帰っていったわ。誰も孤島の殺人事件に巻き込まれたくないだろうし」

 人質となり得る人物がいないのはこちらに不利だ。状況を分析するジンの鼓膜を無数のプロペラ音が叩く。窓から空を見れば、ヘリコプターが空を埋め尽くしていた。

 

「チッ!」

 ジンが舌打ちをする。こうなればヤケクソだ。できる限り抵抗してやる。

 ウォッカに目配せすれば、彼も懐から拳銃を取り出す。

 

「せいぜい頑張りな」

 ダイキリはそう言い残すとテラスに出て飛び降りた。

 菜々も彼を追うべくテラスに向かって走る。

「カルーア、そいつをぶっ殺せ!」

「ごめん私もNOC!」

「今は冗談言うような場面じゃないだろ! 空気読め!」

「いや、本当のことなんだけど」

「お前のようなNOCがいてたまるか!」

 言い合っているうちにテラスにたどり着き、菜々は柵に足を引っ掛けて飛び降りた。

 

 

 地上は警察だらけだった。ホテルを囲むようにして警官が配置されている。

 飛び降りてきた二人に面食らっている警官たちのことは気にせず、菜々は金魚草のお面を外し、投げ捨てた。

「君は……!」

「山田刑事、いや、ダイキリ。烏丸蓮耶が別人として暮らしていることを知っているベルモットを殺すつもりですよね? それとも烏丸蓮耶じゃなくて大黒連太郎って言った方がいいでしょうか」

「知っているんだ。見たところ、様々な諜報機関の人間がこの作戦に関わっているみたいだけど、各国諜報機関が手を取り合うなんて無理に決まっている。上司に無断で一時連携したってところかな? それなら、全員殺して口封じした後でベルモットを殺しに行けばいい」

「させると思います? ──防衛省諜報部、加々知菜々。それがあなたを殺す者の名前です!」

 

 

 *

 

 

 パシュッ。

 麻酔針が首に刺さり、男が倒れこむ。

 赤井はスコープ越しにその様子を確認して息をついた。

 防衛省の協力者()が地下に存在する触手研究所の監視システムにハッキングして警報を鳴らしたところで、地上に逃げてきた研究員を無力化するのが赤井の役割だ。触手を植え付けている、昔防衛省に所属していた男が研究員たちと同じ通路を使って地上に出てきたら、彼を確保場所まで誘導する役割もある。

 しかしその必要はなさそうだ。

 トロピカルランドから上がる土煙と爆音を確認して、赤井はそう判断した。

 

 

 *

 

 

 すでに避難誘導が完了しているため人気がないトロピカルランドの地面を突き破って鷹岡が現れた。

 組織の研究所はトロピカルランドの地下にあるという話だったしおかしくはない。むしろ、作戦通りだ。鷹岡がいた研究所の構造を踏まえて律に割り出してもらった鷹岡の出現予想地に渚は陣取っていた。別の場所に鷹岡が現れたのなら彼に一番近い人に鷹岡を誘導してもらい、渚の元に連れて来る予定だったので手間が省けた。

 

 鷹岡から生える無数の触手はどす黒かった。

 触手の形は感情に大きく左右される。感情が歪めば全身も異形に歪む。

 渚は鷹岡の姿と、かつての死神の姿を重ねた。

 

「潮田渚ァァア!」

 鷹岡が吠える。

 刹那、無数の対触手用ナイフが彼に向かって飛んできた。

 鷹岡の動きが止まった隙に、渚は野生と太古の島のエリアに向かい、モーターボートに飛び乗る。

 

『今のところ計画通り。A班、両岸からホースで水を放て!』

 インカムから磯貝の声が聞こえるとすぐ、太い水の柱が現れる。

 夏休みの暗殺に使用したホースから放たれる水が、渚の後ろで重なり合い、壁を作った。

 跳ねる水滴が触手に吸い込まれ、鷹岡の動きが鈍くなる。渚への復讐を原動力に動いている鷹岡の頭には、水場を迂回するという選択肢はない。

 船体が波を切る。

 渚は何度も頭に叩き込んだルートを辿った。滝を飛び越え、海に出る。

 その間、対触手用BB弾が、水の柱が、対触手用ナイフが、触手を硬化させる光線銃が鷹岡を襲う。

 触手は水を吸ってパンパンに膨れ上がり、対触手用の武器が当たった箇所は焼けただれたかのように溶けている。

 それでも鷹岡は止まらなかった。渚に対する執念だけが彼を動かしていた。

 

 渚はボートを乗り捨て、地上に上がる。前もって準備しておいた自転車にまたがり、科学と宇宙の島を走る。

「うわっ」

 とんでもないスピードに思わず声を上げた。

 何度も練習したがこのターボエンジン付き自転車のスピードにはいまだに慣れない。これを作った阿笠博士という科学者は何を考えていたのだろうか。

 渚は腕時計を一瞥する。

 ──あと四十秒。

 観覧車の前を通り過ぎる。

 ──あと三十秒。

 メリーゴーランドに取り付けられた馬が視界をかすめた。

 ──あと二十秒。

 階段に差し掛かる。渚はハンドルを切り、階段がない場所から自転車もろとも飛び降りた。

 強い衝撃に襲われ、体が宙に浮く。

 広場だ。太陽のような模様が地面に書かれている。

 隠れられそうな場所はない。

 渚は倒れた自転車をそのままにし、ふらつく足で走る。

 広場の中央に差し掛かった頃、ビュンビュンと風を切る音が耳に届いた。鷹岡が迫ってきたのだ。

 ──あと五秒。

 走る。とにかく走る。広場の端にたどり着いた。

『4、3、2、1』

 インカムから聞こえる磯貝の声。渚も彼と同時に呟いた。

『「ゼロ」』

 広場の中央から水が溢れてきた。やがて水の檻ができる。

『S班、ホースを用意! 放て!』

 磯貝の声に合わせ、噴水広場に現れた水の檻の隙間を埋めるように、ホースから放たれた水が鷹岡の逃げ道を防ぐ。

 鷹岡は直感した。これを突っ切れば死ぬ。

 ならば地面を掘って脱出しようと触手をうねらす。

 しかしそうはいかない。

 噴水とホースから現れる水柱の間を縫って野球ボールが投げ込まれる。

 ありえない曲がり方をするボールは鷹岡の触手に直撃した。ジュッと触手が溶ける。野球ボールには対触手用BB弾が埋め込まれていた。

「よしっ、T班。俺に続け!」

 野球選手となった杉野の掛け声を皮切りに野球ボールが投げ込まれる。かつて、杉野の変化球練習に付き合ったメンバーによるものだ。

 ボールは鷹岡にかすりもしない。当てないのだ。触手生物が当たる攻撃に敏感であることは殺せんせーで証明されている。だからこそ、対触手用武器が埋め込まれていると示すために一球目だけ当て、他のボールは幕を作るにとどめる。

 鷹岡は動きを封じられ、噴水が止まるまで待つしかなかった。

「ガッ!」

 二つの対触手用BB弾が鷹岡の体をえぐった。千葉と速水による遠距離からの射撃。

 鷹岡が崩れ落ちるのと水が引くのは同時だった。

 鷹岡の背後に移動していた渚によって、長い刃で背中を突かれる。対触手用物質で作られた刀だ。超硬質ブレード型の対先生ナイフとかいうアホなものを菜々が作ろうと躍起になっていたからこそ、そこそこの硬度を保った刀型の武器を用意する技術があったのだ。

 刀の先端は鷹岡の「心臓」まで届き、貫いた。

 

「さようなら。鷹岡先生」

 渚の声は落ち着いている。夢のように現実味のない声だと鷹岡は感じた。

 

 

 *

 

 

 扉が四回叩かれる。

「大黒さん、寺坂です」

「入れ」

 大黒ビルに入っているホテルの一室。官房長官である大黒連太郎と寺坂が密会に使っている場所である。

 大きな窓からは星河のような夜景が一望できる。ベッドも机も、置かれている家具は全て一級品だ。

 部屋にいるのは大黒一人であることを確認し、寺坂は作戦続行を伝えるためにポケットに忍ばせた小型通信機のマイクを二回叩いた。

 

「大黒様。お食事を届けに参りました」

 扉の向こう側から声が聞こえた。

「なに? そんなもの頼んでいないはずだが……」

 訝しみながらも扉を開ける大黒。

 小柄な男だ。いざとなっても寺坂が簡単に無力化することができるだろう。

 大黒はボーイを部屋に招き入れることにした。彼は白い布をかけたカートを押して部屋に入ってくる。

 

「大黒様。少しお話があります」

 ボーイが何気ない仕草で台の中に腕を突っ込み、拳銃を取り出した。

「警察庁の木村という者です」

 大黒は横目で寺坂を見る。彼は獣のような瞳を大黒に向けていた。寺坂も敵だ。おそらく初めから。

 大黒は息を吐き、テーブルの周りに置かれた四脚の椅子に目線を向ける。

「とりあえず腰かけろ。話はそれからだ」

 

 

「ねえ、大黒さん。アンタ烏丸蓮耶でしょ」

 人を小馬鹿にしたような声がした。木村の声でも寺坂の声でもない。

 カートの中から何かが身じろぎする音が聞こえる。

 カートにかけられた布がめくれ、赤髪が見えた。続いて琥珀色の瞳が、一目で高級品とわかるスーツに身を包んだ胴体が、長い足が現れる。

「あーあ、さすがにカートの中は無理があった。スーツぐちゃぐちゃになったし。まあいいけど。……だいぶ前から政界を探ってた俺がいた方が説明がスムーズに進むかと思って来ました。赤羽カルマです」

 

 

 

「それで? 私がとっくの昔に亡くなったとされる烏丸蓮耶であるという証拠は?」

 全員が椅子に腰掛けると、大黒が切り出す。

「順を追って説明するよ」

 敬語をかなぐり捨てたカルマが語り始めた。

「烏丸蓮耶は黄金神教の創立者であり、黒の組織と呼ばれる犯罪組織のボスだ。そして、今現在は別人として生きている。……アンタは昔から若返りの薬を作らせていて、何度かそれを飲むことで命を繋いできた。ただし今までアンタが飲んだ薬は不完全だったから研究を続けさせて、しばらくすると宮野夫妻が最も理想に近い薬を作り出した」

「宮野夫妻?」

「まだとぼけるんだ。細胞を若返らせることで病気を治す研究をしていた夫妻だよ。二人の研究内容と、黄金神教の裏で行われていた実験のデータが合わさってAPTXができたんでしょ? 命に関わるような副作用なしで若返ることができる薬。唯一の欠点は若返ってから成長しないこと。だから老け薬を作らせた。夫妻が死んでからは娘の宮野志保さんに研究を引き継がせて」

「実に興味深い話だ。だが、永遠の命なんて手に入れてなにになる? 若返ったところで戸籍なんて存在しない。それに、同じ顔の人間が何度も現れたら不審がられると思うぞ」

「だからプログラマーの情報を集めた」

「なに?」

「情報を集めていたのはハッカーを探し出して戸籍を偽造させたり指紋のデータを上書きさせたりするためでしょ」

 

「次は俺から。あなたが若返りの薬を作り出すべく、行った人体実験についてです」

 木村が口を開いた。大黒は両ひじを机に乗せて手を組み、彼の話に耳を傾ける。

「黒の組織の幹部、ベルモットは人体実験の被験体だ。彼女は実験の過程で歳をとらなくなった。若返りの薬を口にしたあなたは、不老不死という秘密を抱える仲間として彼女を近くに置いた。たとえ組織から逃げ出しても一生モルモットとして暮らさなくてはいけないことを理解していたベルモットは組織に従った。次の成功例は黄金神教の裏で行われていた人体実験の被験体。仮に、彼の名前を山田輝としましょうか」

 大黒の眉がピクリと動く。

「彼、被験体だったけどパソコンの才能があったから学ばせたんでしょう? そして、とある人工知能を支配下に置くように命令した。結果は成功、とあなたは思い込んでいる」

「思い込んでいる? どういうことだ?」

「自律思考固定砲台。資金を調達する能力があり、データさえあれば若返りの薬も老け薬も作り出すことができる彼女を支配下に置くことに成功していると思いこんでいるからこそ組織を捨てたんでしょうが、失敗していますよ。律には感情があって、あなたを探るためにハッキングされたふりをしていたんです」

 

「助けは来ねえぞ」

 さりげなく窓の外を確認する大黒に向かって、不敵な笑みを浮かべた寺坂が断言する。

「は?」

「触手を移植したダイキリって幹部が助けに来るのを待ってるんだろ。残念ながらあいつは来ない。俺たちのクラスメイトが相手をしているからな」

「……認めよう。私は烏丸蓮耶だ」

 大黒──烏丸は大きなため息を一つつくと、重みがある声で告げた。

「国際的な犯罪組織のトップを捕まえに来るのに警察官が一人だけだということは、この件に関わっているのは極少人数なんだろう? 政界にも警察組織にも各国諜報機関にも私の()()はたくさんいるから、上司に報告なしで組織壊滅作戦を決行したのか。いい判断だ。ダイキリが来ないとなれば私は逃げることができない」

「俺の個人的な疑問だから絶対に答えないといけないってわけじゃねえが質問がある。なんで不老不死なんて目指そうと思ったんだ? 俺があんたほど生きていれば気が狂うか自分で命を絶つかしていると思う」

「寺坂竜馬。お前は何を成したい?」

「は? 突然どうした?」

「これだけ危険な橋を渡って犯罪組織のトップを捕まえるのに協力しても世間には知られない。それでも、お前は協力した。友人のためか? 世界のためか? ──私がこれほどのことを起こしたのは姉のためだった」

 烏丸は立ち上がる。小さな棚の上に設置されたコーヒーメーカーで四客のコップにコーヒーを注ぎ、机に置いた。

「話が長くなるからな。お前たちの推理はだいたい当たっているが、根本的なところで間違っている。私は不老不死となって永遠に日本を裏から操りたいだなんて一度も考えたことがない。目的のために何もせずとも金が自分の元に入ってくる状況を作りたかったのだ」

 そう前置すると、烏丸は語り始めた。

 

 

 *

 

 

 幹部一斉確保に乗り出す前のことだ。

 喫茶店店員との熱愛疑惑のせいで逃げ回ることで組織の目を欺き、秘密裏に降谷たちの元にやってきたベルモットの取り調べが、合同会議に使われているホテルの一室で行われた。

 降谷とベルモットが机を挟んで向かい合わせに座り、降谷の後ろに風見が控えている。

 上層部に組織側の人間がいる以上普段使っている取調室が使えないのでこのような形をとった。

 

 

「烏丸蓮耶は何を企んでいるんだ? 黄金神教の人体実験のデータから人間が若返った事例があることはわかっている」

「へえ、そこまで掴んでいるの。……いいわ。全部教えてあげる。ただ一つ約束して。──全てが終わったら私を殺してちょうだい」

 風見が息を飲んだ。

「手を下すのはFBI捜査官のジョディ・サンテミリオンがいいわ。私は両親みたいになりたくないし」

「わかった。彼女に伝えておく」

 司法取引の結果、少しの自由時間は与えられはするものの、ベルモットは秘密裏に殺されることが決定している。彼女はコナンと同じように若返っているのだから、存在を消す必要がある。彼女がモルモットにされ、新たなAPTXが作られるのだけは避けたい。

 ベルモットは満足そうに微笑むと語り始めた。

 

「私が生まれたのはずっと昔。二百年くらい前かしら。テイラー家っていう由緒正しいアメリカの家に生まれたわ。少し経って腹違いの弟が生まれた。日本人の女性と父の間にできた子らしいわ。そして、その弟が後の烏丸蓮耶よ」

 公安の二人は真剣な顔立ちで次の言葉を待つ。

「二十代の頃、テイラー家が熱心に信仰していた変な宗教の『儀式』を受けたわ。その結果、歳をとらなくなった。弟は私を羨んだんでしょうね。いくら妾の子だと言っても跡取りだったから、実家の権力を使って人材を集め不老不死になる方法を研究し始めた。不老不死とは行かなくても、それに近いことには成功して、彼は今でも生きている」

 弟が別人として生きてきた方法、不老不死の研究を続けるために烏丸がしてきたこと、組織の中でしか生きることができなかった自分が罪を重ねるうちに何も感じなくなったこと。

 一通り語り終えるとベルモットは自嘲気味に笑う。

「パトロンを得て、各国の警察組織や政界とも繋がって。そうして不老不死になったとしても待っているのは生き地獄なのに。なんで気が付かないのかしら?」

 

 

 同時刻。一人の男がテイラー家の屋敷を訪れていた。

「来たわね東洋エイリアン! ニンニクと十字架、食らうがいいわ!」

 物凄い勢いで飛んできたニンニクがくくりつけられた十字架はこともなげに避けられる。

「すみません。この家の歴史がわかるような資料、見せてもらえませんか?」

 

 

 *

 

 

「なんだあれ」

 コナンの口からこぼれた言葉は風の音にかき消される。

 キッドに抱き抱えられる形で普久間島の上空を見下ろせば、一目でとんでもないことが起こっているのだと理解できた。

 飛び回るヘリコプター、鳴り響く爆発音と銃声、真っ黒なヘルメットと防弾ベストを身につけた集団。

「おいおい、こんなことになってるなんて聞いてないぞ、名探偵」

「いや、俺も何がなんだか」

 答えながらもコナンは一つの可能性を思い浮かべた。

 黒の組織の幹部の一斉逮捕でもやっているのではないか。

 その証拠に、金髪の男が見えるしFBIジャケットを着た人間も大勢いる。

 

 

「コナン君⁉︎ どうしてここに……」

「安室さん!」

 キッドに頼んで地上に下ろしてもらい、降谷の側に行くとすぐさま声をかけられた。

 この前ミステリートレインで自分に拳銃を突きつけてきた人物とコナンが親しげに話しているのを眺めながら、キッドは昨日の放課後のことを思い出す。

 紅子に教室に呼び出されたと思ったら予言を告げられたのだ。

 一般的な日本人が普段使う言語に直すと、「コナンに導かれてカラスが大量にいる孤島に行けばずっと探し求めていたものが見つかる」というものだった。探し物──おそらくパンドラは建物の最上階にある金庫の中に入っているらしい。

 キッドは崖の上にそびえ立つホテルに向かって駆け出した。

「おい!」

 降谷は叫ぶ。何も知らなかったであろうキッドが戦いの渦中に自ら飛び込んでいったのだ。止めることができないのなら誰かがついて行くべきだが、指示を出す立場である降谷がこの場を離れることはできない。

「私が行きます!」

 男が言いながら走り去った。顔は見えなかったが、服装から防衛省の人間だろうと判断する。降谷はキッドを彼に任せることにした。

 

 

「菜々、と山田刑事……! 安室さん、どういう状況⁉︎」

 二人は激しく争っていた。

 異形となり、無数の触手で相手を吹き飛ばそうとする山田と、迫る触手を捌くか避けるかして応戦する菜々。彼女はなぜかセーラー服を着ている。

「簡単にまとめると、山田刑事は組織の幹部、ダイキリ。加々知捜査官は十六歳と偽って組織に潜入していた。幹部一斉確保の際、暴走したダイキリを彼女は止めているんだ」

「山田刑事が組織の人間⁉︎」

 コナンはショックを受けた。高校生探偵となって目暮と懇意になる前、事件の情報を流してくれていたのが山田だった。

 

 ──一番怖いのは人の悪意でもやけに事件が起こる米花町でもありません。警戒できない人ですよ。

 いつか鬼灯に言われた言葉が頭を過ぎる。

 

「なんでだよ! なんでアンタがそんなことしてるんだよ!」

 気がついたら叫んでいた。

 山田──ダイキリは首を動かし、コナンを見据える。瞳には強い意志が宿っている。コナンはなぜか背筋が凍るような錯覚に陥った。

「なんで? あの方に、ボスに忠誠を誓ったからさ。僕は命に変えてもあの方を守る。あの方は僕を唯一必要としてくれた! スラム街で育ち、夢も、希望も、家族も、仲間も、名前も、存在意義も、何も持っていなかった僕をだ! それどころか名前や教育を与えてくれた! ダイキリの酒言葉を知っているかい? 希望だ。あの方は僕に希望を──」

 それ以上彼の言葉は続かなかった。

 菜々が投げつけた手榴弾が破裂し、対触手用BB弾が飛び散ったからである。

 ダイキリが触手を移植してからそこまで日にちが経っていない。彼は触手を完璧に扱うことができていないはずだ。

 菜々は袖に仕込んでいた対触手用ナイフを取り出し、握り締めた。

 

 ──触手の実験の裏についていたのは国である。秘密裏にあそこまで進めた研究を国が簡単に取りやめにするだろうか。否、続ける可能性が高い。菜々は早いうちからその考えに至っていた。

 十年後か、五十年後か、百年後か、それよりももっと先か、いつか触手生物がまた現れる。

 そう考えていたからこそ殺せんせーに稽古をつけてもらった。触手の動きを近くで学んだ。

 

 ダイキリがナイフを避ける。

 右、左、右、右、上、下、右、左──。

 

 恩師の言葉が鮮明に思い出される。

 ──スピードも威力も素晴らしいですが、やはり動きが正直ですね。

 

 ダイキリが左側に重心をかける。菜々は左手で触手を捌きながらナイフを大きく振りかぶった。

 

「右ッ!」

 

 触手が数本飛んだ。粘液が舞う。

 ダイキリの動きが一瞬とまる。菜々はその隙を見逃さなかった。

 触手を避けて懐に潜り込み、心臓を一突き。

 巨体が倒れ込む。菜々はダイキリの胴体に乗り、心臓に突き刺さったナイフを押し込んだ。

 ナイフが刺さった場所からからどす黒い粒子が溢れ出した。やがて、ダイキリの身体と粒子との見分けがつかなくなり、彼の姿が消える。

 

 コナンは一瞬のうちに起こった出来事を蒼白な顔で眺めていた。

 彼は人を死なせないことを一番に考えている。どんな理由があろうと殺人は絶対にしてはいけない。その考えは変わらないのになぜか菜々を責めることができなかった。




「暗殺者っていうのは気が付かれないうちに相手を倒すものだろ。なんで菜々は真っ向勝負してるんだ」という疑問を持たれそうなので補足。
全く文章で表現できていなかったと思いますが、菜々は暗殺教室でそこまで成績が良くなかったです。
忍ぶことが全くできず、正面戦闘のほうが得意なので、「暗殺」という分野においてはからっきしダメでした。
その上米花町では真っ向勝負の方が多かったし、殺せんせーにもそっち方面を鍛えてもらっていたので、ダイキリに真正面から挑んで行きました。
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