トリップ先のあれやこれ(完結)   作:青菜

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鬼灯の冷徹二十六巻のネタバレが一部含まれています。


第4話

 鬼になったことで、菜々の生活は少し変わった。

 倶生神の代わりにソラと四六時中一緒にいるようになったのだ。

 今まで一緒に行動していた倶生神は菜々が鬼になるまでの記録を書き直している。

 裁判用に今まで彼らが書いた記録は箇条書きで必要最低限のことしか書かれていなかったので、もっと詳しく書いて後世に重要な資料として残すこととなったらしい。

 ソラと一緒にいることが多くなった理由としては、現世でキャスケットでツノと耳を隠せない時は、ソラに化かしてもらっている事が挙げられる。

 平日学校に行かなければならなかったり、週に一度巻き込まれる殺人事件で身体検査をされることがある菜々は、現世にいる間はほとんどソラに化かしてもらうことになるため、彼女と一緒にいる事が必然的に多くなった。

 しかし、一番変わったことといえば地獄に居座ることになったことだろう。

 鬼になってから閻魔殿にある図書室およびジムの利用が認められたからだ。

 菜々にはずっと気になっていたことがあった。

 トリップする前から「この世界の加藤菜々」は存在していた。

 今回の現象はトリップというよりも憑依に近いのではないか。

 だとすると、「この世界の加藤菜々」の魂はどこに行ったのだろうか。

 その謎を解くために、彼女は閻魔殿の図書室に通っていた。やることがなくて暇だったのもあるし、冷房がついていて快適なのもある。また、菜々が地獄にこればソラが休むことができる。

 一度菜々はソラに、化かしているのは大変じゃないのかと尋ねたことがある。

 その時は「起動するまで十分くらいかかるパソコンを仕事で使うようなものだから、めんどくさいけどそこまで大変でもない」と答えられたが、やはり心配なのだ。

 

 そんな理由で閻魔殿にある図書室に来て、この世界の自分の魂の行方について調べていた菜々だったが、すぐに飽きて鬼卒道士チャイニーズエンジェルを読み始めていた。

 関係のありそうな本が全然見つからないのだからしょうがない。

 よくよく考えれば、獄卒なら誰もが利用する図書室にヒントになりそうな書物があるとは考えにくい。

 菜々は今日も鬼卒道士の続きを読んでいる。

 読み始めてからしばらくして、腕時計を見てみると十二時。烏頭と蓬との約束の時間の二十分前だ。

 鬼卒道士を図書室で読んでいたら蓬に話しかけられ意気投合し、その流れで烏頭とも仲良くなった。

 今日は烏頭と蓬と一緒に漫画に出て来た道具の試作品を試してみることになっている。

 せっかくの休日なのによくやるな、と思いながら菜々は技術課に向かった。

 閻魔殿はかなり広い。図書室から技術課まで十五分ほどかかる。

 移動する時、阿笠に作ってもらったターボエンジン付き自転車の利用を許可してもらえないだろうか、と菜々は考えていた。

 ノックをして技術課に入ると、かなりゴチャゴチャしていた。

 烏頭と蓬しかいなかったが、試作品や何かの機械がそこらへんに散らばっているからだ。

「こんにちは」

「よくきたな。まずはこれだ」

 菜々が挨拶をすると、全身かすり傷だらけの烏頭が一つ目の試作品を見せてきた。

「立体機動装置だ。重さは10kg、ワイヤーの長さは50mにしてみた」

「これ、拷問には使えないんじゃないですか?」

 コテン、と首を傾げて菜々は尋ねる。

「まず、烏頭の状態について突っ込んでよ」

 亡者が喜ぶので拷問には不向きだし、こんなもの使う必要がないという考えを菜々が示すと、蓬が言った。

「どうせ、立体鼓動装置の試作品を自分で試してみて怪我したんじゃないですか?」

 彼女の考えが当たっていたので蓬は言葉に詰まる。

 週に一度殺人事件に巻き込まれている菜々からすれば、少し経てば元に戻るのだから心配する必要が特にないのだ。

 今までいろいろなことがありすぎたせいで菜々の頭のネジは何本かはずれていた。

 逆に、試作品を自分で試してこれだけしか怪我をしないのがすごい。

 菜々がトリップ前に住んでいた世界の人間ならまず死んでいる。

 鬼の丈夫さとギャグ漫画補正のおかげだろう。

「次は鉄砕牙だ。一つの武器でいろいろな技が使えるんはずなんだが、なぜか普通の刀になった」

「これも拷問には使えなさそうですけど、どうやって作ろうとしたのかは気になります」

 鉄砕牙をどうやって作ろうとしたのか、説明を聞いているうちに一時間ほど経っていた。

 技術課を出て昼食を食べた後、菜々はどこに行くか考えた。

 一度ちゃんと地獄を見学してみたい。その前に着物を買いたい。洋服だと目立つのだ。

 どこに行こうか、と考えながら廊下を歩いていると壁画を描いている人たちを見つけた。

 見てみると、鬼灯と二人の小鬼だ。

 鬼になって倶生神の監視がなくなってすぐ、覚えている限りの原作知識を書き出したものの、ほとんど覚えていなかった菜々はその小鬼たちが誰なのかがわからなかった。

 桃太郎が地獄に道場破りのような事をしに来た時に見た気がする。

 気になったので彼女は声をかけてみた。

 成り行きで壁画を手伝うこととなった菜々は、鬼灯に紹介してもらい、小鬼たちが唐瓜と茄子だと知った。

「アイアン天照、おもしろいですね」

 菜々が茄子に言うと唐瓜から「お前もか!」という目で見られた。

 死体と変態亡者の見過ぎで菜々の感性はトリップ前とかなりずれていた。

 昔は苦手だったのに、最近はモリアオガエルの可愛さに目覚めているくらいだ。

「それ俺のお気に入り! あと、タメ口でいいよ。菜々ちゃんも新卒みたいなもんでしょ?」

 鬼になった経緯と、地獄で働いている内容を壁を塗りながら菜々が話したら茄子に言われた。

「俺もタメ口でいいぞ」

 そう言ったことを将来、唐瓜と茄子は後悔することとなる。

 菜々が二人に接する時、弟のような扱いをするようになったからだ。

 

 

 *

 

 

「ソラ、お願いします。一日だけ私のふりをしてください!」

 菜々は部屋で土下座をしていた。

 事件を解決するため、週に一度、倶生神に誠心誠意土下座をして来た菜々の土下座は完璧で、とてつもなく美しかった。

 ソラは無意識にうなずいていた。

 なぜこんなことになったのか。話は一週間前に遡る。

 

 

 

 

 菜々は最近、唐瓜と茄子の仕事を手伝っている。

 地獄を見て回れるし、いろいろな経験をすることができるからだ。

 その分の給料が出ないことに目をつぶれば、条件はかなりいい。

 菜々は今日も唐瓜や茄子の手伝いをしつつ、時間があれば給料を閻魔にでもせびってみようと、閻魔殿を歩きながら考えていた。

 彼女は最近買った着物を着ていた。洋服は目立つし、汚れがつくと親への言い訳に困る。

 甚平(じんぺい)のようなものを帯で締めて、下にズボンをはいている。唐瓜や茄子と似たような格好だ。

 着物は黒色で、端の部分は青色。ちなみに、一番安かったのでこれにしただけだ。

 亡者が簡易地獄の列に並んでいるのをぼんやりと眺めていたら鬼灯に声をかけられた。

 唐瓜と一緒に見学も兼ねて十王の食事会に出す食事を運ばないかということだった。

 

 

 閻魔が他の十王の補佐官を見て、「少しは見習って……」と言った瞬間、鬼灯は叫んだ。

「うちはうち! よそはよそ!!」

 それはいつものことなので、新卒なのにもう慣れてきている唐瓜は大して驚かなかった。

 しかし、つい最近地獄に出入りするようになった菜々はどうだろう、と菜々を見て彼はギョッとした。

 ものすごい速さでノートにメモを取っているのだ。

 さっきの閻魔と鬼灯のやり取りを書き終わったら、ページをめくり、「鬼灯さんの名言」と書かれたページにさっきの鬼灯の言葉を書き留めている。

 唐瓜はこんな性格だから五十万円欲しさに鬼になったんだな、と妙に納得することができた。

 

「盂蘭盆地獄祭?」

 食事会の片付けをしながら菜々は聞き返した。

「そう。地獄で開かれるんだよ。送り火の日の午前0時から亡者捕獲作業が始まるんだ。菜々ちゃんも参加するだろ?」

 そう唐瓜に問われ、菜々は微妙な顔をした。

「行きたいけど親にどうやって言おう? まだ中学生だから夜遅くに帰るわけにもいかないし……。友達の家に泊まるって言おうかな?」

 菜々の年齢に驚いている唐瓜を見て、よくよく考えたら年齢言っていなかったな、と菜々はぼんやり思っていた。

 

 

 

 

 鬼灯にソラに身代わりになってもらう案を出してもらい、頼んでみたらあっさりと許可をもらえたので、菜々は盂蘭盆地獄祭に行くこととなった。

 今まで鍛えてきた土下座のおかげだと、彼女は気づかなかったが。

 菜々は燃えていた。

 一般の獄卒の給料の中に送り火の日の亡者捕獲料も含まれているが、菜々のバイト代には含まれていないので、成果によって支払われる金額が変わることになっている。

 亡者捕獲作業が始まるまでは祭りを楽しむことにした菜々が、唐瓜と茄子と出店を回っていると、見覚えのある人物を見つけた。

 水風船や金魚を持ち、お面をつけていることから祭りを満喫していることがわかる。

 現世だと高身長の部類に入るだろう。漆黒の髪に、額に生えた一本角。切れ長の三白眼。──鬼灯だ。

 菜々がぼんやり見ていると、彼は懐中時計を確認した後どこかへ行ってしまった。

 菜々は少し残念に思った。おそらく、今まで無料で雑務をこなした分の給料を請求する機会を逃したからだろうと彼女は考えた。

 唐瓜がシロたちに気がつき、声をかけた時には鬼灯の姿は見えなくなっていた。

 桃太郎ブラザーズと一緒に行動することになり、指示された場所に向かう。

 菜々が桃太郎ブラザーズと仲良くなった頃、(やぐら)に上がった鬼灯が話し始めた。

 やがて、(やぐら)に取り付けてある大時計が午前0時を指し、ボーン、ボーンと鳴り始める。

「さあ、毎年現世から戻りたがらない亡者を引き戻しに行きますよ!!」

 鬼灯がそう言った途端、雄叫びが上がった。

 獄卒たちは精霊馬にまたがり、地獄門に向かう。

 

 菜々は現世に出た。今回は特殊な光を浴びていなければ、ソラに化かしてももらってもいない。

 つまり、菜々の姿は霊感のある人間以外には見えていない。

 このままなら殺人現場に遭遇しても、犯人に命を狙われることはないんだ。

 菜々は変な感動を覚えた。

 少し飛んでいると亡者の集団を見つけた。

 男性が二人、女性も二人。菜々は心の中で数えると、一人の女性を、今日支給されたモーニングスターで殴った。やけに手になじむ。

 モーニングスター。(とげ)がついた鉄球の武器だ。ドイツ語だとモルゲンシュテルン。日本語では朝星棒(ちょうせいぼう)星球式槌矛(せいきゅうしきつちほこ)星球武器(せいきゅうぶき)とも言う。

 また、(とげ)がついた鉄球と持ち手が鎖で繋がれているのはフレイル型。

 直接持ち手が鉄球に繋がっているものをメイス型と言う。

 菜々が今持っているのはフレイル型。また、よく茄子が持っているのがメイス型だ。

「フゴッ!」

 亡者は変な声を出して気絶した。

 

 三十分後。菜々は違和感を感じていた。

 初めにおかしいと思ったのは、汗でモーニングスターの持ち手が滑った時だ。

 真下に落ちて行くはずなのに、途中で九十度近く右に曲がり、亡者をノックアウトした後、菜々の元に戻ってきた。

 初めのうちはギャグ漫画補正だろうと思っていたが、どうやらそうではないらしい。

 

 疑問に思いながらまだ捕まえていない亡者はいないかと探していると、電話で帰ってくるように言われた。

 この携帯電話は仕事用に地獄から支給されているものだ。

 菜々が持っている現世産の携帯電話だとあの世に繋がらないので支給されている。

 結局、菜々が捕まえた亡者は五十人を超えていた。

 閻魔庁の法廷に戻り、菜々は鬼灯に捕まえた亡者を引き継いだ。

「初めてでこんなにも亡者を捕まえることができるなんてすごいですよ」

 鬼灯に褒められたが、菜々は素直に喜べなかった。

「どうしたんですか?」

 鬼灯は菜々の様子に気づいて尋ねた。

「なぜか鉄球が勝手に動いたんです。私が動かしてたんじゃなくて、まるでモーニングスターに意思があるような感じで」

 しばらく鬼灯は(あご)に手を当てて考え込んだ。

「もしかして鬼灯君の本能がうつったんじゃない?」

 今まで黙って二人の話を聞いていた閻魔が口を挟んだ。

「本能?」

 菜々は小首をかしげて聞き返した。鬼灯は「ああ」と呟いたので何のことか分かったのだろう。

「鬼灯君ね、『ボール(イコール)人にぶつける』って言う恐ろしすぎる本能があるんだよ」

 その後、閻魔殿内にある運動場とジムで試してみたところ、菜々が投げたボールは全て閻魔に当たったことにより、閻魔の仮説が証明された。

 そんなことをしていたら明け方になっていた。

 

 補導はされたくないので、一晩地獄にあるソラの家に泊めてもらおうと、部屋の鍵を借りておいて良かったと菜々は思った。

 家が動物用でなかったのは助かった。普段は人型なので鬼用の部屋を使っているらしい。

 今まで狐の姿しか見ていない菜々は、いつか人の姿を見せてもらおうと決めた。

 

 

 

 

「菜々ちゃんも『ボール(イコール)人にぶつける』て言う本能を持ったみたい」

 盂蘭盆が終わった次の日。閻魔は仕事をサボって記録課に来ていた。

 今は、菜々の記録をまとめている倶生神、沙華と天蓋と話している。

「たしかにあの子ならそんな本能身につけてもおかしくないですね」

 天蓋は菜々が今までとった行動を思い出していた。

 躊躇(ちゅうちょ)なく男性の股間を蹴り上げ、亡者の目にめがけて塩を投げつけ、犯人の関節をいくつか外すというようなことを息をするようにやっていた。

「Sの素質がある人だけに現れる本能なのかもしれないですね」

 天蓋の意見に沙華も納得していた。

 

 

 *

 

 

 菜々は八寒地獄で遭難したり、桃源郷に行って白澤や桃太郎に会ったりした。

 その時、中国現世に妖怪が広まった訳を聞いたり、菜々が鬼灯さん観察日記(鬼灯の周りで起こったおもしろい出来事を記録してあるノート)に「しりあげ足とり一覧」や「白澤さんのあだ名一覧」を作ることを決めたりしていると、いつのまにか10月になっていた。

 この前ソラにコピーロボット役を頼んで、興味本位で山神のパーティに行ってみたら、鬼灯と結婚する条件を自分が満たしていることに菜々は気づいた。

「私なら……私が作った脳みそみそ汁を笑顔で飲める方と結婚しますね」

 授業中に鬼灯の言葉を思い出す。

 菜々は普通にゲテモノを食べれる。

 というか、初めて工藤優作に出会った日、彼女は猿脳(えんのう)という猿の脳みその料理を食べていたのだ。

 鬼灯が料理がとてつもなく下手か、菜々が女性とみられていない限り、彼女は鬼灯と結婚できる人物の条件を満たしている事になる。

 好きと言われたわけではないのに、なぜか顔がほてってしまう。

 出来るだけ気にしないように努めたが、いちいち顔が赤くなるのは止められなかった。

 彼女は授業に集中するように自分にいいきかせた。

 下校時刻になり、菜々は地獄に行くかどうか迷った。

 なんとなく鬼灯と顔を合わせづらいので、最近彼女は地獄に行っていなかった。

 八寒地獄で遭難した時はさりげなく防寒具を貸してくれたし、やっぱりいい人なのかな。

 菜々は初めて鬼灯に会った時に思ったことを思い出していた。

 

 しばらく自分の世界に入っていた菜々だったが、ソラに声をかけられて我に帰った。

 下校時刻がすぎているため、もう教室には誰もいない。菜々は家に帰る準備を始めた。

 

 

 下校中、菜々はソラに二週間ほど地獄に行っていない理由を聞かれた。

 彼女は鬼になってから捕まえた亡者を自分で地獄に届けに行っていたが、最近は亡者を見つけてもお迎え課に連絡するだけだ。

 適当に言い訳をしていると地獄から電話がかかって来た。

 画面に映し出された名前は「茄子」だった。

 少し落ち込んだ自分に驚きつつ、菜々は電話に出た。

『もしもし。菜々ちゃん?』

「もしもし。どうしたの? 茄子君」

『金魚草コンテスト行かない? 入場料とかないみたいだし、お祭りみたいなものらしいよ。唐瓜も来るし。アイアン天照をおもしろいと思った菜々ちゃんなら楽しめると思うよ』

 茄子によると、金魚草大使も決められるので盛り上がるだろうということだった。

 審査員として鬼灯がいることは知っていたが、ソラの手前断ると余計に怪しまれるだろうし、茄子の誘いを断るのは悪いので、菜々は行くことにした。

 

 

 金魚草コンテスト当日。

 閻魔殿前で待ち合わせをしていた菜々たち三人は会場に向かった。

 金魚草フェスティバルと書かれたアーチ型の看板と、猫かたくお断りと書かれた看板が会場の入り口付近に置かれていた。

「本当にお祭りみたいだな」

 唐瓜がそう言い終わった時、茄子の姿はなかった。

 探してみると、屋台で金魚草グッズを買っていた。

 舞台までの道のりに出店が多く出ている。

「あっ!」

 そう言ったかと思えば、茄子は走り出した。

 また、菜々と唐瓜が追いかけてみると、茄子の目の前の出店に鬼灯がいた。

「何やってるんですか?」

 唐瓜が尋ねた。

「大会実行委員会で出店出してます。食べていきませんか?」

 鬼灯がいる屋台には金魚草スープと書かれていた。

 彼が差し出したスープには半分骨になっている干からびた金魚草が浮いていた。

「この金魚草の形が崩れないようにするのに苦労しました。普通の金魚草なら簡単に入れれたんですけど、どうせならよりグロいものを入れようと言う話になって」

 鬼灯が差し出したスープを唐瓜はおそるおそる口にした。

 本当は飲みたくなかったが、上司なので下手に断れなかったのだ。

 一方、茄子はそんな唐瓜の心境など知らず、「おもしれー」と言いながら飲んでいた。

 菜々は唐瓜の気持ちを察してはいたが、彼をフォローする余裕はなかった。

 正直、目の前に鬼灯がいるだけで嬉しさと恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだ。

 今は十六小地獄の名前を心の中で唱えてなんとか平静を保っている。

「普通に美味しいのにあまり売れないんですよ」

「浮いてる金魚草のせいじゃないですか?」

 鬼灯と唐瓜が話している時、茄子は菜々の様子がおかしいのに気がついた。

「どうしたの? いつもならメモしてるのに」

 菜々には判断基準に文句を言う気力もなく、曖昧に微笑んだ。

 

 

 

 第六回金魚草コンテストが始まる前。

 ゲストとして来たピーチ・マキが挨拶をしている時、菜々たちは舞台裏にいた。

 鬼灯がカマ彦にマキの電話番号を控えていたと話しているのを聞いて、菜々の胸が痛んだ。

 金魚草の花束と金魚パイを鬼灯がマキに渡した時、菜々にはさっきまで感じていた鬼灯に会えた嬉しさがなくなっていて、代わりに不安と嫉妬が入り混じった感情を抱えていた。

 鬼灯やマキは相手に恋愛感情なんて抱いていないとわかっていても、菜々はこの気持ちをぬぐい去ることはできなっかた。

 マキは鬼灯からもらったものはいらなそうだったが、彼女にはそこまで考える余裕がなかった。

 やがて宣伝のためと、マキが模擬店を見るために着ぐるみを着て近くを歩くことになった。

 茄子の勧められたし身長が150cm近くだったので、菜々はマキと同じ着ぐるみを着ることになった。

 

 着ぐるみを着ている時、菜々は心中穏やかではなかった。

 鬼灯さん、マキちゃんに取られたらどうしよう。

 そんなことをふと思ってしまった菜々は頭を振った。

 まだ片思いなのに何考えてるんだろう。

「片思い」という言葉が自然に出てきたことに気がつき、菜々は自分の気持ちを自覚した。

 

 菜々が着ぐるみを着終わると、鬼灯が着ぐるみの手を握った。

 その瞬間、今まで心に広がっていたドロドロしたものがなくなったのを菜々は感じた。

「前が見えづらいでしょう?」

 そう言って鬼灯は菜々が着ている着ぐるみの手を引っ張って歩いていく。

 鬼灯はマキの着ぐるみの手も握っているが、菜々は気にならなかった。

 体がポカポカするのを彼女は感じた。

 

 この世界の両親、沙華さん、天蓋さん、苗子ちゃん、桜子ちゃん、工藤夫妻、ソラ、烏頭さん、蓬さん、唐瓜君、茄子君、それに鬼灯さん。

 菜々はこの世界にいる大切な人の名前を挙げた。他にもまだまだたくさんいる。

 元の世界に戻れなくてもいいかもしれない。

 菜々は初めてそう思った。

 

 やがて、マキが金魚草大使に選ばれた。

「ちょっと変わった味だけど疲れに効くなら欲しいかも」

 菜々は茄子にもらった金魚草のサプリを食べていた。唐瓜はかなり引いていた。

 マキは鬼灯に手を引かれていたが、菜々はもう気にならなかった。それよりも、若干青ざめているマキが心配だった。

「もう疲れてない?」

 茄子に尋ねられ、菜々は聞き返した。

「もう?」

「元気なさそうに見えたし、それを気づかれたくなさそうだったから、顔を隠せるあの着ぐるみ、勧めたんだけど……迷惑だった?」

 菜々はポカンとしたが、茄子がなんのことを言っているのか理解すると笑いかけた。

「もう大丈夫だよ。ありがとう」

 思えば、金魚草サプリを勧めてきたのも菜々の様子に気がついたからだったのだろう。

 茄子はぽやんとしているように見えて結構鋭いところがある。

 

 

 控え室で、アイドルってなんだろ……とマキが悩んでいる時、菜々は今までのことを記録していた。

 やがて、マキのマネージャーが席を外し、菜々が今までの出来事を記録し終わった時、菜々はマキに話しかけた。

 二人はすぐに万引き犯に対する恨みで意気投合し、電話番号を交換した。

 米花町では万引き犯が余計なことをしたせいで、事件が迷宮入りになりかけることなんてしょっちゅうなのだ。

 

 

 *

 

 

 金魚草フェスティバルに行ってから、菜々は地獄にまた行くようになった。

 自分の気持ちに素直になってから、鬼灯に会うのが楽しみになっていたのだ。

 彼女は山神のパーティの日、鬼灯が「矯正のしがいがありそうな人を見ると……燃える」と言っていたことを思い出し、自分に当てはまっていない、と落ち込んでいた。

 菜々は落ち込む自分を自嘲しつつ、これは本当に惚れているな、と再確認をしていた。

 もしも彼女がこの考えを口に出していたら、充分矯正のしがいがある性格をしているでしょ、とソラに突っ込まれただろう。

 学校が終わってすぐ、隔離校舎がある山から地獄に来て、図書室の本を読むためという建前で鬼灯に会いに来るのが菜々の日課となっていた。

 今では普通に話すことができる。これも茄子のおかげだ。

 今は意識されないだろうが、だんだん距離を縮めていって、将来告白できたらいいな。

 逆に今意識されたら困る。ロリコン確定だし。

 そんなことを考えていると閻魔庁の法廷の前に着いた。

 裁判中なので後で法廷に寄ることにして、図書室に向かう。

 最近は元の世界に戻る方法を調べたり考えたりすることがなくなった。

 関係のある資料が無さそうだというのが一番の理由だが、元の世界に戻れず、この世界で一生を終えるのもいいかもしれないという考えが浮かんで来た事も関係している。

 図書室にある鬼卒道士は全て読み終わったので、今度はハリー・ポッターシリーズを読んでみようか、と菜々が考えていると声をかけられた。

 その声は彼女がさっきまで考えていた人の声だった。

「鬼灯さん。今は裁判中なんじゃないですか?」

「今は第三補佐官の方が閻魔大王の補佐をしています」

 菜々は沙華の授業を思い出した。

 

 ──閻魔大王の補佐官は「五官」と呼ばれていて、名前の通り五人いるの。鬼灯様が有名なせいか、獄卒でも知らない人は結構いるわ。将来有望な人材が勉強のために補佐官になっているから入れ替わりが激しいのも理由の一つにあるけど。ただ、引き継ぎの問題で第二補佐官の人はしばらく変わっていないみたい。

 

「あっ! この前は会議に出席させてもらってありがとうございました」

 菜々はあわててお礼を言った。「無駄な地獄の撤廃と新しい地獄の導入について」という議題の会議に参加させてもらったばかりなのだ。

「いえいえ。菜々さんは有望な人材ですから。ずっとなにかをメモしていたような気はしますがそれは置いといて、地獄に部屋、欲しくないですか? ちょうどいい物置部屋があるんですよ。少し散らかっているので片づける必要がありますが」

 最近、地獄に現世に持っていけないものを置いておく場所が欲しいと思っていた菜々は話に乗った。

 

 

 

「少し散らかっている?」

 菜々は(くだん)の部屋を見て、鬼灯に聞き返した。

 鬼灯が上手い話を持ってきた時から疑ってはいたのでそこまで驚かなかったが、想像以上に物置小屋は汚かった。

 埃がたまっていて、蜘蛛の巣も多く、拷問道具がギュウギュウに詰められているため、人一人がやっと通れる通路があるだけだ。

「ここにあるものはもう使う予定がないので好きにしていいです」

 そう言い残し、鬼灯は執務室に戻って行った。

 なんでこの人のこと、好きになったんだろう。

 菜々は去っていく鬼灯の背中を見ながら自分に問いかけた。

 

 とりあえず、部屋の中のものを廊下に出していき、使えそうなものと使えなさそうなものに分けてみた。

 好きにしていいと言われたので、使えなさそうなものは捨て、要らないがまだ使えそうなものは烏頭に売りに行った。

 鉄製の物は溶かせばいくらでも使える。一つ百円で売ったら二千円ほど儲かった。

 

 

 

 数日で菜々は掃除を終わらせた。

 中古とはいえ、無料でいくつかの拷問道具が手に入ったのは大きい。

 それにしても、なんで鬼灯さんはこの部屋を使う許可をくれたんだろう。

 菜々は綺麗になった元物置部屋に座り込んで考えていた。

 夜遅くに地獄に来た場合、菜々はソラの部屋に泊まっている。

 閻魔殿から徒歩十五分なのでそこまで不便ではない。

 もしかして、十五分間とはいえ、夜道は危ないからだろうか。

 そうだったら嬉しいな、と思いながら菜々はソラの家に置かせてもらっていた荷物を運んでいた。

 

「えっ! あの部屋片づけられたの?」

 鬼灯は視察に行っていたので、閻魔に物置部屋を片付けたことを報告したら驚かれた。

「置いてあった呪いの(かま)のせいで、怪我人が続出したから片付けるのは無理かと思ってたんだけど」

「何ですか? それ」

 帰ってきた鬼灯が尋ねた。

「近づいた人を滅多斬(めったぎ)りにする呪いの(かま)だよ。相手を()るとすぐに隠れちゃうから捕まえることができなくてさ」

「ああ。だから『絶対に片付けられない物置部屋』って呼ばれていたんですね」

「知ってて私に片付けさせたんですか⁉︎」

 菜々は思わず突っ込んだ。

「呪いの品があるなら、私のコレクションに加えたいです。その(かま)、どこにありますか?」

「多分、それなら烏頭さんに売りました」

 

 技術課に行ってみると、(かま)に追われている烏頭が見えた。

 鬼灯が(かま)を回収し、菜々は上手いことはぐらかそうとしたが、烏頭に百円返すことになってしまった。

 その流れで、鬼灯の呪いの品コレクションを見せてもらってから菜々は家に帰った。

 

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