トリップ先のあれやこれ(完結)   作:青菜

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第9話

 殺せんせーの触手を破壊する権限は、A組との賭けで勝ち取った沖縄の離島での合宿中に使うことが決まった。

 菜々がその事を地獄に報告したり、倉橋達と昆虫採集をしたりしていると八月になっていた。

 南の島での暗殺旅行まで、後一週間。

 E組の生徒達は、暗殺の訓練と計画の最終確認のために、旧校舎に集まっていた。

 作戦の細かい内容を確認した後、夏休みの特別講師として来たロヴロに、菜々は銃の撃ち方を教えてもらっていた。

 殺せんせーがエベレストにいる事は確認済みだ。烏間の部下である鶴田と鵜飼が見張っているので間違いない。

「なんで弾がそんな方向に行くんだ!」

 ロヴロは思わず突っ込んだ。

 菜々は空間計算に長けており、手先は正確だし動体視力のバランスが良い。

 実力は千葉と速水を足して2で割ったようなものだとロヴロは思っていた。

 菜々が銃を撃つ姿は完璧であり、どう考えても的の真ん中に弾が命中するはずだ。

 しかし、彼女が撃った弾は全てありえない方法に曲がり、必ず誰かに当たっている。

「やっぱりボール(イコール)人にぶつけるっていう本能のせいですよ」

 菜々の言葉を烏間が肯定する。

「加藤さんにボールーーというか球型のものは持たせないほうが良い。必ず人に当たる。特に岡島君に」

 菜々が投げたボールは、彼女があまりよく思っていない人間に当たる。

 この中では変態終末期である岡島が菜々の中で一番評価が低いのだ。

「でもこの子も触手を破壊する権利を持っているんだろう? ちゃんと破壊できるか?」

 なんつー本能だ、という突っ込みは飲み込んでロヴロは尋ねる。

「私はナイフを投げる予定です」

 菜々はナイフ投げには自信がある。

 その後、他の生徒達が銃で撃っていた的のど真ん中に、菜々が投げたナイフが突き刺さり、勢い余って通過したのを見て、ロヴロは何も言わなくなった。

 

 作戦に合格点を出したロヴロは個々の指導にまわっていた。

 新しい的のど真ん中に小さな穴が空く。不破が撃ったのだ。

「狙いが安定しただろう。人によっては立膝よりあぐらで撃つ方が向いている」

 アドバイスをしているロヴロを見て、渚は気になった事があった。

「ロヴロさん」

 渚が話しかけたのを見て、ナイフ投げの練習をしていた菜々は、彼に注目した。

「僕が知ってる殺し屋って、今のところビッチ先生とあなたしかいないんですが、ロヴロさんが知っている中で一番優れた殺し屋ってどんな人なんですか?」

 その質問を聞き、渚を観察した事によって、ロヴロは彼の才能を見抜いた。

 殺し屋の世界に興味があるのかと聞かれ、否定する渚。

 話し始めたロヴロの言葉を、一字一句聞き逃さないよう、菜々は耳をそば立てた。

「そうだな、俺が斡旋(あっせん)する殺し屋の中に()()はいない。最高の殺し屋。そう呼べるのは地球上でたった一人」

 誰の事なのか知っている菜々は、新しく出来た煮オレシリーズのいちじく味について考えてた。

 気になるが、わざわざ買いに行きたくない。

 数が少ないのか、売っている場所がほとんどないのだ。

 菜々が知っている限り、椚ヶ丘中学校の本校舎に置いてある自販機にしか置いていない。

 なぜそんな貴重な物が学校で売っているのか。

 菜々は防衛省から支払われている口止め料のおかげだと睨んでいた。

 夏休みに椚ヶ丘中学校の本校舎がリフォームされるらしい。

 とにかく、本校舎に行くとなると、いろいろとめんどくさそうなので、カルマにでも買ってきて貰おうかと菜々は考えた。

 脅す材料ならある。

 

 期末テストが帰って来たときに、カルマの様子がおかしかった事に彼女は疑問を持った。

 テストが返されてすぐ、カルマは教室から姿を消した。

「余裕で勝つ俺カッコいい」と思っていたのに、順位が思っていたよりも低かった事が原因だろうと菜々は考えていたが、すぐに彼は戻ってきた。

 憑き物が取れたような表情をして。

 これは何かあるなと思い、菜々は浄玻璃鏡で調べてみた。

 すると、殺せんせーに痛いところを突かれ、赤面していたではないか。

 菜々は迷わず写真を撮った。

 その写真をチラつかせて、カルマに奢らせようかと菜々が画策しているうちに、渚とロヴロの会話は進んでいた。

 

(いわ)く、“死神”と」

 菜々は考えを中断し、ロヴロの話に耳を傾ける。

「君達がこのまま殺しあぐねているのなら、いつかは奴が姿を現わすだろう。ひょっとすると今でも、じっと機会を(うかが)っているかもしれない」

 ロヴロの言葉を聞き、菜々は嫌な視線を感じた。

 監視カメラを仕掛けられているような気がする。

 後で殺せんせーに確認してもらおうと決めた彼女は、もう一度ロヴロを見る。

「では少年よ。君には必殺技を授けてやろう」

 渚を指して言うロヴロに菜々は思わず質問してしまった。

「なんで渚君が男だって分かったんですか⁉︎」

 彼はクラス替えがあってすぐ、男子用の制服を着ていたにも関わらず女に間違えられたのだ。

 渚もその事を思い出したらしく、遠い目をしていた。

「暗殺者ともなると、瞬時に相手の実力を判断しなくてはならない。相手の身体的特徴を瞬時に見抜く癖がついてしまってるんだ。この少年の体つきは男性のものだった。暗殺者の他に、武道を極めている人間にも同じ事が出来る」

 菜々は目を逸らした。渚は菜々が合気道を習っていた事も、それなりの実力者だった事も知っている。

「もしかして菜々ちゃん、僕が男だって初めから気づいてた?」

 渚が言っているのはクラス替えがあってすぐの出来事だ。

 

 中性的な顔立ちと長い髪のせいでよく女に間違えられていた渚は、クラス替えがあった時も女に間違えられた。

 その原因の一端が菜々である。

 やはり男であるという結論に皆が至った時、「男装してるんじゃない?」とかほざいてたのだ。

 

 渚が怒っている事に気がついた菜々は、話を逸らした。

「それでロヴロさん。必殺技ってなんですか?」

「ああ、必殺技と言っても必ず殺す技じゃない」

 ロヴロはそう言った後、その技を実際に使ってみせた。

 渚は尻餅をついてしまう。

 

 彼が立ち上がるとロヴロは話し始めた。

 そもそも訓練を受けた暗殺者が理想的な状態なら必ず殺せるのは当たり前。

 しかし、現実はそう上手くいかない。

 特にターゲットが手練れの時は、暗殺者に有利な状況を作らず、戦闘に持ち込まれる。

 戦闘に手こずれば増援が来るので一刻も早く殺さなければならない。

 そんな窮地に、必ず殺せる理想的な状況を作り出す事が出来るのがこの技だ。

 戦闘の常識から外れた行動を取る事で場を「戦闘」から「暗殺」に引き戻すための技――必ず殺す()()()技だ。

 

「少年よ。俺がさっきやった事を真似してみろ」

「ロヴロさん。私にもその必殺技、教えてもらえませんか?」

 またもやロヴロは話の腰を折られた。

「悪いが君からは暗殺の才能を感じない。第一、こんな事を知っても使う機会なんてないだろう」

 そう言われたが、菜々はロヴロを説得した。

「私が住んでいる町がヤバいんです。しょっちゅう犯罪が起こるのでいつも死と隣り合わせなんです。夜にコンビニに行って帰って来なかった人は後を絶たないし、事故物件ばっかだし。テレビをつければ殺人事件ばっかり流れて来るし。町の至る所に探偵の集合ビルや防犯標語、護身術道場とかの危ない表記があるし。そんなんだから引っ越したがる人多いけど、役所が認めてくれないし。『ストップ 人口減少』ってなんだ。人口減らしたくないんだったらもっと治安良くしろよ」

 途中から今まで溜めていた愚痴を言い始めた菜々を見て、ロヴロは彼女にも必殺技を教えることにした。

 

 

「ノーモーションで、最速で最も遠くで、最大の音量が鳴るようにだ」

 そう言われて渚と菜々は手を真っ直ぐ伸ばし、顔の前で手を叩いた。

 渚は上手く鳴らなかったが、菜々は完璧とまではいかないものの結構上手く鳴った。

 昔はよく練習していたからだ。

 変に思われたくないので倶生神が寝ている夜中にだが。

 しかし、どんな事があっても生者を観察していなければならない彼らにバッチリ見られていた事を彼女は知らない。

 これくらいの時期によくある事だと、気づいていながらスルーしていたのは倶生神なりの優しさだった。

 

 

「意外に上手く鳴らないだろう。日常でもまずやらない動きだからだ。だから常識はずれの行動となる。100%出来るように練習しておけ」

 そう言いながら手のひらを合わせるロヴロに渚は質問をする。

「……でもロヴロさん、これって……」

 ロヴロと同じように手のひらを合わせて尋ねる渚の写真を、菜々は撮りたくなった。

 どう見ても女の子だ。

 後で浄玻璃鏡を使わせてもらおうと心に刻む。

「そう。相撲で言う“猫だまし”だ」

 そう言って、ロヴロは渚の目の前で手を叩いて見せる。

「相撲の技術と無関係なはずのこの“音”はーーしかも大抵音の鳴り方が不完全にも関わらずーー敵の意識を一瞬だけ真っ白にして隙を作る」

 菜々もロヴロの言葉を真剣に聞く。

 いちじく味の煮オレの事は、頭の中から無くなっていた。

 他の生徒は何事だと彼らを見ている。

「ましてや君達がいるのは殺し合いの場‼︎ 負けたら即死の恐怖と緊張は相撲の比ではない‼︎ 極限まで過敏になった神経を、音の爆弾で破壊する‼︎」

 渚は、手を叩くならナイフを手放さなければならないと指摘するが、それが良いと返される。

 それも戦闘において常識外の事だからだ。

 手練れの敵なら相手の一挙一動をよく見ている。

 だからこそ虚を衝かれるのだ。

「手の叩き方は、体の中心で片手を真っ直ぐ敵に向け、その腹にもう片方の手をピッタリ当て、音の塊を発射する感覚で‼︎」

 何度も手を叩き、猫だましの練習をしている渚達に向かってロヴロはアドバイスをしていく。

 菜々はかなり上達してきた。

 幼い頃に練習していたのが大きいのだろう。

「タイミングはナイフの間合いのわずか外‼︎ 接近するほど敵の意識はナイフに集まる‼︎ その意識ごと、ナイフを空中に置くように捨て、そのままーー」

 

 

 しばらく経ち、菜々は猫だましが使えるようになった。

 今は猫だまししか使えないが、いつかはクラップスタナーを使えるようになる、と彼女は決意した。

 鬼になったため運動能力がかなり上がり、護身術を身につける必要は無くなっていたが、それとこれとは話が別だ。

 漫画に出てくる技を使えるようになりたいと思うのは菜々にとって普通の事だ。

 彼女は鬼になって運動能力が上がったんだから、ペガサス流星拳を使えるんじゃないかとこっそりと練習していた女である。

 しかし、音速を超えることを目標にしていたはずが、10分で諦めた。

 ペガサス流星拳は諦めたが、もうそろそろクラップスタナーくらいは使えるようになりたいと思っているのだ。

 

 

 *

 

 

 E組生徒は船に乗って沖縄の離島に向かっていた。

 菜々はぼんやりと海を見ながら鬼灯が言っていた事を思い出していた。

 有望だと思われていた殺し屋数名と連絡が取れなくなったらしい。

 彼らは鷹岡に雇われて、菜々達が行く離島でなんか企んでいるようだという事だ。

 すぐに浄玻璃鏡で調べてもらい、菜々は彼らの計画を知った。

 殺し屋がジュースに入れたのは毒薬だと言って、解毒剤が欲しければ渚と菜々、茅野だけでホテルまで来るようにと鷹岡が電話をかける。

 しかし、彼は解毒剤は渚と菜々の目の前で爆破するつもりのようだ。

 殺し屋達は毒薬を飲ませるつもりはないようなので、菜々は特に対策をしていない。

 それよりも気になる事があるのだ。

 鷹岡達が泊まっているホテルに鬼灯も泊まる予定らしい。

 なんでだよ、と菜々は突っ込みたかった。

 もしも殺せんせーの暗殺が成功した場合、亡者となった殺せんせーを捕まえる役が必要だという理由らしい。

 どうせ殺せないだろうと思っているはずなのに、なぜそんな事をするのか、菜々は疑問に思っていた。

 何か裏があるのではないかと思い始めた時、島が見えてきた。

 船で酔っている殺せんせーに向かってナイフを振り始め、菜々は思考を中断した。

 

 

 ホテルに着いてすぐ、ジュースを渡されたが、菜々は飲まなかった。

 ジュースを運んできたのは鬼灯に見せられた資料に載っていた、鷹岡に雇われた殺し屋の一人だ。

 鷹岡が彼女には毒を盛らないよう、命令しているらしいが念には念を入れたのだ。

 

 修学旅行の時と同じ班での行動で遊んでいるように見せかけ、殺せんせーと一緒にいる班以外のメンバーは計画通り暗殺できるかをチェックして回った。

 日が暮れる頃、殺せんせーは真っ黒になっていた。

 どちらが前でどちらが後ろなのか分からないくらいだ。

 食事は船で行い、殺せんせーを酔わせる。

 中村と片岡が上手いこと言って殺せんせーを脱皮させたりしながら食事が進んだ。

 余った食事は菜々が持参したタッパーに詰めた。

 

 食事が終わると、全員でホテルの離れにある水上パーティールームに移動した。

 渚にボディーチェックをされた後、殺せんせーは三村が編集した映像を見せられる事になった。

 ボディーチェックをするためにかなり近づいていた渚だったが、この状態では殺せんせーは殺せない。

 でもこの計画なら殺れるんじゃないか。全員がそう思っていた。

 完全防御形態の事を倶生神から聞いている菜々でさえ、そんな考えを持っていた。

 パーティールームが暗くなり、映像が流れ出す。

「3年E組が送るとある教師の生態」という題名がテレビ画面に映し出され、映像の制作に関わった人物の名前が出てくる。

 情報提供:潮田渚、加藤菜々。撮影:岡島大河、加藤菜々。ナレーション・編集:三村航輝。

 菜々は浄玻璃の鏡で調べた情報や映像も提供している。

 殺せんせーは、心に大きな傷を負うことになるはずだ。

 初めは、旧校舎の説明の映像が流れていた。

 

 触手を破壊する権限がある人以外は、しきりに小屋を出入りしている。

 位置と人数を明確にさせないためだろう。

 また、この小屋は周りが海だが、ホテルに続く一方向だけは近くが陸だ。

 そちらの方向の窓から千葉と速水の匂いを殺せんせーは嗅ぎとった。

 これから行われる暗殺の内容を予想したり、映像の出来栄えに感心したりしていた殺せんせーだが、いきなり顔を赤らめて叫んだ。

「にゅやああああ‼︎⁉︎」

 にやけながらエロ本の山に座り、エロ本を読んでいる姿が映されたのだ。

 菜々達が昆虫採集をしていた時に目撃した内容である。

『おわかり頂けただろうか? 最近のマイブームは熟女OL。全てこのタコが一人で集めたエロ本である』

 そんなナレーションが流れてきたため、慌てふためく殺せんせーを生徒達はニヤニヤして見つめる。

「違っ……ちょっと岡島君達。皆にはあれほど言うなと。だいたい菜々さんには要望通り、イタリアのジェラートを渡したじゃないですか!」

「何言ってるんですか、殺せんせー。私は一回本場のジェラートを食べてみたいと言っただけで、買ってきてくれたらこの事を黙ってるなんて一言も言ってませんよ! だいたい、生徒を買収しようとするなんて教師としてどうなんですか!」

 ここぞとばかりに文句を言う菜々。

 そんなやりとりをしているうちに、映像は流れていく。

 エロ本を読んでいる姿、女装してケーキバイキングに並ぶもバレる姿、大量にもらったポケットティッシュを唐揚げにして食べる姿。

 他にも酔いつぶれている姿や、胸が大きい女性の一覧を作っている姿などを一時間かけて見せられた殺せんせーは、すでに虫の息だった。

 

「死んだ。もう先生死にました。あんなの知られてもう生きていけません」

 そんな事を殺せんせーは言っていたが、彼が死んでも菜々は似たような事をするつもりだ。

『さて、秘蔵映像にお付き合い頂いたが、なにかお気付きでないだろうか、殺せんせー?』

 そんな音声を聞いて、殺せんせーは床全体が水に浸かっていることに気が付いた。

 誰も水なんて流す気配はなかったはずだ。

 ここまで考えて殺せんせーは一つの仮説に気がつく。

「俺らまだなんにもしてねぇぜ。誰かが小屋の柱を短くでもしたんだろ」

 立ち上がりながら言う寺坂。

 その言葉を聞いて、殺せんせーは自分の仮説が当たっている事を知った。

 生徒達が前もって小屋の支柱を短くしておいたため、満潮によって小屋の床が水浸しになっていたのだ。

 触手はかなり水を吸っている。

 一斉に銃を向ける教え子達を見て、殺せんせーは冷や汗をかいた。

 あれは汗なのか、それとも粘液なのか?

 菜々はどうでもいい事に気をとられそうになったが、すぐに思考を切り替える。

 スナイパーがいると思われる方向に注意をしている殺せんせー。

 銃声が響き渡る。

 全員が一発で触手を破壊出来たので、その場にいた生徒達に一瞬安堵の表情が浮かんだ。

 しかし、すぐに元の顔に戻る。本番はこれからだ。

 同時に八本の触手を失った殺せんせーは顔を歪めた。

 その瞬間、ミシミシという音が聞こえ始める。

 音はだんだんと大きくなっていき、最終的に小屋の壁が外された。

 壁には対先生用物質が仕込まれているだろうと考えていた殺せんせーは目を見開く。

 なにかを考える時間を与えず、今まで姿を消していた生徒達が空中に飛び上がる。

 水圧で空を飛ぶ道具であるフライボードに乗っているのだ。

 一瞬で殺せんせーの周りが取り囲まれた。水の檻の完成だ。

 菜々は邪魔にならないように端に寄っていた。

 どうあがいても弾を当ててしまう菜々にはしばらく出番がない。

 この時、参加できるかどうか、一週間前に行われた暗殺計画最終チェックで、ロヴロに稽古をつけてもらった上で尋ねてみたが許可が降りなかった。

 倉橋がイルカを誘導して水しぶきを上げさせたり、余った生徒達が離れたところからホースで水を撒く。

 殺せんせーが苦手な急激な環境変化を行ったのだ。

 弱った触手を混乱させ、反応速度をさらに落とす。

 混乱している殺せんせーの後ろから、今まで海の中に隠れていた律が出てくる。

 水中眼鏡をつけ、水着を着ていることから、ノリノリなのだろうと菜々は思った。

「射撃を開始します。照準・殺せんせーの周囲全周1m」

 律や小屋に待機していた生徒達は殺せんせーの周囲に向かって銃を撃つ。

 律の言葉からも分かるように、自分に当たる攻撃に敏感な殺せんせーを、一斉射撃では狙わない。

 目的は逃げ道を防ぐ事。

 陸の上には千葉と速水の匂いが染み込んだダミーが仕掛けてある。

 ターゲットの注意を陸に引きつけておいて、全く別の狙撃点を作り出す。

 気がつかれないうちに、ずっと水の中に潜って待機していた千葉と速水がとどめをさす予定だ。

 その前に、絶対に弾を当ててしまう菜々が撃ち、注意を逸らす。

 当たらなくても注意を引けるし、当たればラッキー。そんな理由からだ。

 

 菜々が一発、殺せんせーの心臓に向かって銃を撃つ。

 とっさに殺せんせーが避けた時、とどめの二人が引き金を引いた。

 菜々を警戒していた殺せんせーは反応が遅れた。

 そして、殺せんせーの全身が閃光と共に弾け飛んだ。

 

 

 殺せんせーが爆発して、後には何もないため、殺った手応えを感じた者がほとんどだった。

 爆発の衝撃により、殺せんせーの近くにいた生徒が吹き飛ばされた。

「や……殺ったのか⁉︎」

 誰かが叫んだ時、菜々は自分と一緒に吹き飛ばされたソラを回収していた。

「油断するな‼︎ 奴には再生能力もある。片岡さんが中心になって水面を見張れ‼︎」

 烏間の指示により、片岡が中心になって水面を見張る。

 逃げ場はどこにもなかったはずだが、菜々は殺せんせーがまだ生きていると確信していた。

 霊体が見当たらないのだ。

 完全防御形態だろうか、と沙華と天蓋に聞いた話を菜々が思い出していると、水面に泡が発見された。

 ぶくぶくと出てくる泡に全員が注目していると、不思議な球体が現れた。

 銃を構えていた生徒も思わず固まった。

 何あれ。そんな疑問を持ったのは菜々以外の全ての人だ。

 オレンジ色の殺せんせーの顔が入った、透明な球体が出てきたのだ。

「これぞ先生の奥の手。完全防御形態‼︎」

 そんな殺せんせーのセリフにより、衝撃が走る。

 暗殺は失敗したらしい。

 生徒達が落胆する中、殺せんせーが完全防御形態について説明し始める。

 外側の透明な部分は、高密度に凝縮されたエネルギーの結晶体で、水や対先生物質などのあらゆる攻撃を跳ね返す。

 その形態でずっといられたら殺せないが、二十四時間経つと形態を維持できなくなり、元に戻るそうだ。

 完全防御形態の説明をし終わった殺せんせーは、黄色と緑のしましま模様を浮かべていた。

 なめている証拠だ。

 一番怖いことは身動きが取れないこの状態でロケットに詰められ、宇宙の彼方(かなた)に飛ばされることだが、今現在、そんな事が出来るロケットは地球上に存在しない。

 そう言った殺せんせーを見て、ロケットはないが、ここは漫画の世界なんだし自分は鬼なんだから、頑張れば殺せんせーを宇宙まで投げれるんじゃないかと菜々は本気で思った。

 すぐにそれは無理だと思い直したが。

「チッ。何が無敵だよ。なんとかすりゃ壊せるだろ、こんなモン」

 全員が落胆している中、寺坂はそう言って完全防御形態を壊そうとレンチで殴った。

 しかし、殺せんせーは口笛を吹きながら、核爆弾でも傷一つつかないと言う。

 そのレンチどこから取り出したんだ、と突っ込む余裕がある者はいなかった。

「そっか〜。弱点無いんじゃ打つ手無いね」

 そう言いながら、カルマは茅野から自分のスマホを受け取った。

 カルマが、エロ本を拾い読みしている写真を殺せんせーに見せたり、ウミウシをくっつけたりしていると、烏間が殺せんせーを回収した。

「……とりあえず解散だ、皆。上層部とこいつの処分法を検討する」

 そう言いながら殺せんせーをビニール袋に入れる烏間。

 カルマと一緒に殺せんせーをイジるため、ソラにう◯こを持って来てもらおうとしていた菜々は、説得をやめた。

 ソラはホッとしたのと同時に、菜々の精神年齢は十歳の男子と同じくらいなんじゃないかと思い始めていた。

「ヌルフフ。対先生物質の中にでも封じ込めますか?」

 ニヤニヤと笑いながら言う殺せんせー。

「無駄ですよ。その場合はエネルギーの一部を爆散させて、さっきのように周囲を吹き飛ばしてしまいますから」

 打つ手なし。そう悟った烏間だったが、立場上何もしないわけにはいかない。

 上層部に指示を仰ぐため、殺せんせーを持って烏間は去っていった。

 運ばれている時、生徒達の様子に気がついた殺せんせーは先ほどの暗殺を褒めた。

「ですが、皆さんは誇って良い。世界中の軍隊でも先生を()()まで追い込めなかった。ひとえに皆さんの計画の素晴らしさです」

 しかし、皆の落胆は隠せなかった。

 E組生徒が誰からともなく帰路に着き始め、千葉と速水は海から上がった。

 しばらく無言が続く二人を見かねて、菜々は口を開いた。

「律、記録が取れてたら、詳しい事を教えてくれないかな?」

 律によると、殺せた確率は50パーセントだったらしい。

 結果を聞き、肩を落としながら立ち去る千葉と速水を見て、菜々は声をかけようとしたが、なんと言ったら良いのか分からなかった。

 

 

 *

 

 

 ホテルに着いた生徒のほとんどが、テラスにある椅子に座っていた。

 顔には疲労がありありと浮かんでいる。

 中村がへたり込んだり、岡島が大量に鼻血を出したりし始めた。

 命の危険がないとはいえ、こうなる事を知っていたのに何もしなかった罪悪感で菜々は押しつぶされそうになった。

 おかしいと気がついた烏間が、この島の病院の場所をフロント係の人物に尋ねたが、診療所にいる医者は別の島に帰っていると言われた。

 明日の十時にならないと医者が来ないと聞いて、烏間がどうするか考えようとした時、電話がかかってきた。

 

 電話をかけてきた相手は、生徒達の症状は自分の仕業だと言った。

 彼らに人工的に作り出したウィルスを盛ったとの事だ。

 一週間もあれば全身の細胞がグズグズになって死に至る。

 それが嫌なら、山頂にあるホテルまで生徒の中で一番背の低い男女と、警察関係者と知り合いの生徒で、殺せんせーを持ってくるようにと要求された。

 外部と連絡を取ったり、一時間以内に来なければ、即座に治療薬は破壊するという条件付きで。

 烏間が電話の内容を話すと、不破は考え込んだ。

「警察関係者と知り合いの生徒がいるなんてどうして分かったんだろう?」

 不破が考え込んでいるのを見て、おそらく、鷹岡の知り合いに自分の事を知っている刑事でもいたのだろうと菜々は思った。

 それにしても、なんで私が呼ばれたんだろう?

 菜々も不破と一緒に考え込んでいた。

 渚を呼んだのは逆恨みしているからだと簡単に想像が付くが、自分が呼ばれる理由が分からなかった。

「菜々の事も恨んでるんじゃない?」

 ソラに意見を求めてみると、そう返された。

 菜々は記憶の糸をたどってみる。

 鷹岡に何かしただろうか。

 せいぜい、「僕は中学生の男の娘に負けました」と書かれた紙を背中に貼ったり、渚に負けた直後、「どんな気持ち? ねえ、どんな気持ち?」と木の枝で突っつきながら尋ねただけだ。

「恨まれる理由なんてないでしょ」

 そう言った菜々を見て、ソラは呆れかえった。

 

 口喧嘩で負けた事がない園川が政府として問い合わせてみても、ホテル側は「プライバシー」を繰り返すだけだった。

 やはりか、と言う烏間の言葉に殺せんせーは反応した。

「やはり……?」

 烏間は普久間島が「伏魔島」として警察にマークされていると警視庁の知人から聞いた事があると話した。

「ほとんどのリゾートホテルは真っ当だが、離れた山頂のあのホテルだけは違う。南海の孤島という地理も手伝い、国内外のマフィア勢力や、それらと繋がる財界人らが出入りしていると聞く」

 私兵達の厳重な警備のもと、違法な商談やドラッグパーティーを連夜開いているらしい。

 また、政府の上層部ともパイプがあるため、警察も迂闊に手が出せない。

 そんな烏間の話を聞いた菜々は烏間の知人について少し気になったが、すぐにこれからの事を考えた。

 おそらく、動ける生徒全員でホテルに乗り込む事になるだろう。

 殺せんせーや烏間がいるし、E組の身体能力は高いので鷹岡の件は多分大丈夫だろう。

 問題は山頂のホテルに泊まっている鬼灯だ。

 もしもばったり出会ったらどうするか考えなくてはならない。

 ほんと、なんであの人来たんだろう。菜々は心の底からそう思った。

「ふーん。そんなホテルがこっちに味方するわけないね」

 カルマがそう言うと、吉田が皆の意見を代表して言った。

「どーするんスか⁉︎ このままじゃいっぱい死んじまう‼︎ こっ……殺されるためにこの島来たんじゃねーよ‼︎」

 吉田の後ろには、座り込んでいる彼と仲が良い狭間や村松がいる。

「落ち着いて、吉田君」

 体を上下させて息をしている原が話しかける。

「そんな簡単に死なない、死なない。じっくり対策考えてよ」

 苦しいはずなのに笑顔を作り、顔の前で手を振る原を見て、吉田は落ち着きを取り戻した。

 打つ手なしだとほとんどの者が思った時、殺せんせーが口を開いた。

「いい方法がありますよ」

 殺せんせーが指示した内容は菜々の予想通りだった。

 

 

 殺せんせーに言われた通り、看病に残した竹林と奥田以外の動ける生徒は汚れてもいい格好で、ホテルがある崖の下に集まった。

 正面玄関とホテルの敷地一帯には多くの警備が置かれているが、崖の近くには警備が置かれていないらしい。

 まず、侵入不可能な地形だからだ。

 幸い、崖を登ったところに通用口が一つある。

 そこまで説明した殺せんせーの言いたいことは明白だった。

 菜々の予想通り、動ける生徒全員で奇襲をかける事を殺せんせーは提案した。

 自分達と烏間の指揮次第だと言われたが、それは難しいと言うのが生徒達の意見の大半だった。

「そーよ、無理に決まってるわ‼︎ 第一この崖よ、この崖‼︎ ホテルにたどり着く前に転落死よ‼︎」

 そう言いながら崖を指すイリーナを見て、烏間は結論を出した。

 渚達に殺せんせーを渡しに行くよう頼もうと振り返ると、生徒達の姿はなかった。

 もしやと思って上を見上げると、崖を軽い身のこなしで登って行く教え子達が見えた。

 菜々もソラを肩に乗せて崖を登って行く。

 菜々はこんな事するよりも鬼灯に連絡して、ホテルに入れてもらえばいいんじゃないかと思ったが、彼がホテルにいる事を知っていた理由を聞かれるとめんどくさそうだと思い直した。

 

 未知のホテルで未知の敵と戦う訓練はしていないからと、指揮を頼む磯貝。

 きっちり落とし前をつけると息巻く生徒や、十五人の特殊部隊がいると説得する殺せんせーを見て、烏間は覚悟を決めた。

「注目‼︎ 目標、山頂ホテル最上階‼︎ 隠密潜入から奇襲への連続ミッション‼︎ ハンドサインや連携については訓練のものをそのまま使う‼︎ いつもと違うのは標的(ターゲット)のみ‼︎ 三分でマップを叩き込め‼︎ 19時(ヒトキュー)50分(ゴーマル)作戦開始‼︎」

 その言葉を聞いて菜々は立ち上がり、背筋を正した。

 手を握りしめた左腕を曲げて腰の後ろに、拳を作った右手を胸に当てる。

「ハッ!」

 そう掛け声を掛けるとソラにジト目で見られた。

 全員「おう‼︎」と叫んでガッツポーズをしているのだし、大して問題はないだろうと菜々は思ったがそうではないらしい。

 

 三分後、岡野や菜々を筆頭に、生徒達がひょいひょいと崖を登って行くのに対し、烏間以外の教師は動けないでいた。

 

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