無機質なコンクリートの上を男は歩く。この男はただの一般中年男性、最近歳で二段腹になったのを気にしてジョギングでも始めようかと考えているただの男だ。
月光の澄み渡る夜空の下、彼は深い溜息を吐く。溜息でも吐かなきゃ彼はやってられないのだ。彼の毎日は朝早く家を出て夜深く家に帰り泥のように深く眠る。その繰り返し、退職まで何十年もこの生活を繰り返さなければならない。その事実が彼の心を縛り付ける。疲れ果てた心を癒すのは酒とつまみ、時々風俗に行き女を抱くくらいだろうか。
あぁ……抱きてぇなぁ。女を犯して犯してやりてぇなぁ……でも金ないしなぁ。
頭の中で前に抱いたの女の裸体を思い出し、歪んだ笑みを浮かべる。前に抱いた女は当たりだった。顔も良ければ身体も良い。あんな安値の風俗にいるとは思えない逸品。
「……マジ? ありえなーい! 」
夜の街の喧騒の中、歳若い女の声が聞こえる。友人と話をしているのだろう。女性特有の甲高い声が彼の耳に響き思わず不快感で顔を歪める。
姿を見れば女子高生辺りの年齢、若さ特有の夜遊びと言ったものだろうか。
(社会を知らない糞ガキが……てめぇらは大人しく黙って股開いとけば良いんだよ糞、糞、糞)
人の多い大通りを避け、彼は人通りの少ない裏道へと道を変える。折角良い事を思い出したのに、と。先程の女性を見て苛立ちを隠せずにいたのだ。
裏道の街灯の支柱脇。苛立ちを隠さず歩く男の目の前に1人の少女が現れる。言葉もなくただそこで佇む彼女は、街灯に照らされ物言えぬ淫猥差を引き出していた。
「そこで……こんな夜更けに何をしているんだい? 」
思わず男は声を掛ける。それは彼女を心配しての事ではない、己の下半身の熱が彼女に話し掛けろと、そう脳に命令したのだ。
「……貴方を待ってた」
か細かな声が脳裏に響き渡り、ゴクリと唾を飲み込む。下半身の熱は全身へと行き渡り、脳が冷静な判断を取れなくなっていく。
「……2枚で良いよ」
瞬時に財布の中身を思い出し、男は少女の腕を握る。か細くも白い腕は男の握力で赤みを帯び始める。
「……がっつかないの。大丈夫。逃げないよ」
その言葉に冷静さを取り戻した男は少女の手を離す。すると少女はクスリと笑い蛇のように腕に絡みつく。肢体の感触に思わず鼻息を荒くし、男は少女を引き連れ近場のホテルへと足を進める。
「……どうせ私は逃げられないから」
あぁ……今日は運が良い。
「それで……今月の売上はどの程度だ? 」
「へいアニキ。今月はこの程度でさぁ」
明かりの付いていない部屋の中、2人の男の声が木霊する。彼等を簡単に言うならば悪人、行き場のなくなった女を集め身体を売らせる。所謂売春を強制し金を得ている者達だった。
「ひの…ふの…前の月よりえらい少なくなってねぇか? 」
札束を徐に数える男。この全ての金が他者を慰みものとして得たという事実、一体どれほどの女を使ったのか。考えるだけで普通の感性を持つ者なら忌避感を感じる代物だろう。だが、彼等にとっては仕事であり日常。故に何も感じない。
「あれでさぁアニキ。あの小娘の売れ行きがかなり悪くなってきまして」
その言葉にアニキと呼ばれた男は納得したように持っていた札束を置き話し始める。
「あぁ……あの家出のガキか。あのガキも壊れそうだし、そろそろ適当な所に売るか」
「そんならいつものおっさんの所で良いんじゃないっすか? あのおっさん男も女も高値で買い取ってくれますし」
彼等にとって何も変わらない日常の会話。だが、その内容は吐き気を催す邪悪と呼ばざるを得ない。
彼等は今、人間を売り捌く算段を始めているのだ。このままでは1人の少女の運命が完全に終わる。いや、彼等に捕まった時点で終わっていたのだろうか。
「そうだな……取り敢えず明日連絡して交渉が済み次第直ぐにでも」
そう男が結論をつけようとした瞬間、爆音と衝撃が2人を襲う。一体何が起きたのか、混乱する2人の耳に、少女の声が響き渡る。
「──んだァ! 一体何が起きやがった!? 」
「分かりやせん! ですが突然壁が壊れやして……」
「突然壁が壊れるかぁ! 」
「──正義を求める声が聞こえる」
崩壊した壁から1人の少女が姿を現す。闇夜に似合わない蒼天の色をした髪を束ね、頭に被った大きなゴーグルが月光でキラリと輝く。
「悪を倒せと私を呼ぶ! 」
「糞ッ! ヒーローがこの場所を嗅ぎつけたってのか!? 」
「違いやすアニキ! この女は無免許ヒーロー。ヴィラン『日本一ちゃん』」
日本一ちゃんと呼ばれた少女は、拳を強く握りしめ男達に一歩、また一歩と近づく。
「少女の声なき悲鳴が私に届いた! ならば私が成すべき事はただ一つ! 」
「やべぇっすアニキ! こいつに見付かった奴らは全員ボッコボコにされ、最後はお縄に」
「狼狽えるんじゃねぇゴンゾ! 所詮はガキ! しかも女だ! 」
怯えるゴンゾにアニキと呼ばれる男は激を飛ばすが、もう遅い。彼等の目の前に日本一ちゃんが立っているのだから。
「悪! 即! 成敗! 」
「「ギャァァァァッ! 」」
闇夜の中、2人の悲鳴が木霊する。この後騒ぎを聞きつけたヒーロー達によって男達は無事御用となった。そして彼等の慰みものとなっていた少女達は、残っていた書類やデータから無事、身柄を保護された。
後日、男達は警察の取り調べの中でこう語っている。
日本一ちゃんに見付かった。と
「愛と正義の名の下に。街は今日も平和ね! 」
「日本一ちゃーん! こっち向いてー! 」
「はーい! こんにちわー! 」
太陽の光が溢れんばかりに降り注ぐ昼時、日本一ちゃんは街を歩く。彼女が街を歩くと人々は彼女に手を振り、日本一ちゃんもそれに返事を返し溢れんばかりの笑顔見せ、手を振り返す。
「見付けたぞヴィラン日本一! 大人しくしろ! 」
「しまった! それじゃあ皆! またね! 」
無免許ヒーロー日本一ちゃんは今日も誰かの為に戦ったり奉仕活動をしたりしている。
それじゃあ俺、魔界ウォーズやる作業に戻るから……