帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第八章 首都星の捕虜収容所勤務なら気楽に勤務出来るとおもったか?
第九十七話 ちょっと突っ込み所が多いけどどうせ最後で凍りつく


漆黒の宇宙の中で次々と光球が生じていた。

 

「第三分艦隊、エネルギー中和磁場出力四〇%に低下!砲火を避けるため二光秒下がります!」

「第五分艦隊第65戦隊損害率一五%に到達!これ以上の戦線維持は困難のため第61戦隊と交代します!」

「帝国軍中央艦隊、速力上昇……前進します!」

 

 第三艦隊旗艦「モンテローザ」艦橋内で端末を操作しながらオペレーター達が緊迫した表情で次々と報告を伝える。

 

 宇宙暦787年11月4日、シャンダルーア星系第七惑星周辺宙域にて同盟軍第三・第五艦隊及びその他独立部隊は帝国軍第四重騎兵艦隊及び第三・第六軽騎兵艦隊と激戦を繰り広げていた。

 

 同盟軍の総兵力三万一〇〇〇隻は第三艦隊・第五艦隊が長方形の陣形で並び後方にその他部隊が予備として展開する。対する帝国軍は三万八五〇〇隻であり三個艦隊が魚鱗の陣で横に並び同盟軍と正面からぶつかり合う。戦力的には帝国軍が有利、同盟側は地の利と補給の利があるものの帝国軍の激烈な砲火の前に損害こそ然程ではないもののその戦列を崩しつつあった。

 

「落ち着け!突撃する敵艦隊の先端に砲火を集中!ピンポイント攻撃で出鼻を挫くのだ、全艦火器管制システムのデータリンク接続!三……二……一………撃て!」

 

 ヴァンデグリフト中将の命令に従い第三艦隊は一斉に砲弾をばら蒔きながら突撃する第四重騎兵艦隊第二梯団、その先頭部隊を狙い撃ちする。圧倒的な火力の奔流を前に最前列にいた数十隻が瞬時に火球と化して、その後続の一〇〇隻近くが撃沈ないし大破して無力化される。

 

 だが相手は大型艦を中心にして大規模会戦を前提とした重騎兵編成の艦隊である。この程度の砲火に怯む事はない。直ちに報復の光条が第三艦隊を襲い最前列の十数隻が撃沈されてその陣形に亀裂が生じる。

 

 勇将として知られる帝国軍第四重騎兵艦隊司令官フォルゲン大将はこの機を逃さず一気に帝国軍の得意な近距離戦に持ち込もうとした。リュドヴィッツ中将の第三軽騎兵艦隊、カイト中将の第六軽騎兵艦隊がそれに続く。手数で勝る帝国軍は第五艦隊の砲火を無視し先に第三艦隊を中央突破して四散させ、その後に第五艦隊を殲滅する腹積もりのようだった。

 

「帝国軍は第三艦隊に注力している、その側面に砲撃を集中させ戦力を削るのだ」

 

 そう命じたのは第五艦隊司令官イェンシャン中将であった。第五艦隊の支援砲撃を受けた帝国軍右翼は少なからず犠牲を出すが絶対的多数はその強力な中和磁場により砲撃を受け止め、隊列に決定的な打撃を与える事は出来なかった。

 

 寧ろ打撃を受けるのは同盟軍である。帝国軍の三個艦隊は同盟軍第三艦隊に数倍する砲火を以て襲い掛かる。だがそこは老練な用兵家であるヴァンデグリフト中将である。第三艦隊は帝国軍の士気こそ高いが見境なく撃ち込まれる砲火に対しシステマチックに隊列を交代する。同盟軍の精鋭はその巧みな部隊展開により隊列の一部こそ崩しつつも辛うじてそれを受け止める事に成功するかに見えた。

 

「今だ!全艦斉射三連!」

 

 だが乱雑に撃ち込まれる砲撃は実は全て計画されたものであった。フォルゲン大将の命令と共に一斉に撃ち込まれた砲撃は先程のものとは打ってかわって極めて精密なものである。その余りの変わり映えにより同盟軍は直ぐ様対応するのは流石に困難だった。次の瞬間には前線で次々と艦艇が爆散する。

 

 帝国軍の先鋒が半ば無理矢理第三艦隊の隊列に躍り混む。駆逐艦がミサイルと電磁砲弾をばら蒔き、巡航艦がその穴を広げ、戦艦は後方からの支援砲撃を行う。あっという間に第三艦隊中央部は分断され、回避行動を行う旗艦「モンテローザ」にもその砲火は及ぶ。幾筋かの光条が「モンテローザ」の中和磁場の前に弾かれる。

 

「司令官……」

 

 戦況スクリーンを一瞥した後、艦隊参謀長ロウマン少将は険しい顔でヴァンデグリフト中将を見やる。ヴァンデグリフト中将は参謀長を見つめ同じく険しい顔で頷いた。

 

「うむ、どうやら……上手く作戦通りにいきそうだ」

 

 第三艦隊の中央を突破した帝国軍は第六戦闘団を中心とした予備部隊三五〇〇隻と激突する事になりその足が止まる。同時に中央突破された第三艦隊両翼が左右両側から襲い掛かり後方を第五艦隊が遮断する。

 

「馬鹿なっ!?何と素早い……!」

 

 第四重騎兵艦隊旗艦「ヴォルヴァ」艦橋内でフォルゲン大将は叫ぶ。中央突破に応じた側面ないし後方展開自体は決して突拍子もない作戦ではない。しかし問題は万単位の艦隊で乱れなく行えるかである。激しい砲火の中で秩序を乱さずに、かつ敵にそれを気付かれないように一見「分断させられた」ように見せる事は容易ではない。まして第五艦隊の後方展開とタイミングを合わせるなどと……。

 

 前後左右から一斉に砲火が襲いかかる。中和磁場の出力で勝る帝国軍艦艇も包囲下ではそれがいつまでも持つ訳ではない。

 

「正面から脱出するしかない!全艦速力全開!」

 

 フォルゲン大将の判断は正しいものだ。包囲下での方向変換は混乱を拡大させるだけであるし、艦隊主力の駆逐艦の火力は正面に偏重している、全火力を以て正面から包囲を食い破る他に道はない。

 

 それを理解するために第六戦闘団を中心とする正面の予備部隊は攻勢よりも寧ろ防御に回った。中和磁場を全開にした上で距離を詰められないように後退に後退を重ねる。

 

 最終的に帝国軍は第六戦闘団の一瞬の隙をついて急速前進、その後第三艦隊左翼と第六戦闘団の隙間より包囲網を脱出するが、第三軽騎兵艦隊副司令官兼第二梯団司令官フレートベルク少将、第四重騎兵艦隊第三梯団司令官レーリンガー少将などを失う事となった。

 

 更にその後、包囲網から脱出した帝国軍は後を追う同盟軍の迫撃により少なからず犠牲を出しつつもシャンダルーア星系より撤退を始め、それはどうにか成功する事になる。11月4日1905時、ここに第四次シャンダルーア星域会戦は同盟軍の勝利で終結する事となったのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙暦787年10月までの時点で自由惑星同盟軍は銀河帝国軍に対して劣勢に立たされていた。

 

 約二年前の第四次イゼルローン要塞遠征後、帝国軍はその報復のため一転して攻勢に転じた。特に遠征からすぐに実施されたダゴン星系への侵攻においては同盟軍は六〇〇〇隻の艦隊と二個遠征軍を以て防備を固めていたものの、メルカッツ中将、オフレッサー大将等の歴戦の名将達を前に半月余りで後退を余儀なくされた。

 

 786年2月頃には宇宙艦隊副司令長官クラーゼン上級大将を総司令官としたサジタリウス腕方面討伐軍が編成され四個艦隊・二個野戦軍相当の戦力が同盟領に雪崩れ込んだ。これに連動して同盟占領地の帝国軍残存部隊も後方で蠢動し始め、同盟軍は戦線を次第に下げざるを得ない状況に発展した。

 

 786年2月から787年10月までに同盟と帝国は戦隊規模の会戦を四六回、分艦隊規模の会戦を一一回、そして一個艦隊以上の大規模会戦を計三回実施した。786年6月のポメラウス星域会戦では同盟軍が勝利したものの786年12月の第四次ドラゴニア星域会戦では引き分け、787年4月の第三次シャマシュ星域会戦では敗北し第四艦隊旗艦アキレウスを喪失する事態にまで陥った。

 

 そして此度の第四次シャンダルーア星域会戦は同盟軍にとっては背水の陣とも言えるものであった。この会戦に敗北すれば帝国軍はエルファシルやカナンと言った有人星系に数十年ぶりに侵攻する事になっていたであろう。シャンプールでは最悪の事態に備え戒厳令が敷かれ、艦隊ローテーションに無理が出るのを承知で二個艦隊及び一個地上軍を展開、最前線の部隊を含めれば五個艦隊三個地上軍相当の戦力が動員されていた。

 

「これで侵攻は押し止められたな」

 

 第三艦隊旗艦「モンテローザ」の食堂にて上機嫌でカルボナーラスパゲッティ大盛の三皿目に手を付ける少しふくよかな軍人……ラザール・ロボス少将は口を開いた。此度の戦いでは帝国軍は三個艦隊を動員した。艦艇の損失は五五〇〇隻から五八〇〇隻と見られる。一方同盟軍は第三・第五艦隊を投入し損失は二二〇〇隻余り、まず文句なしの勝利と言えよう。帝国軍は想定外の損害と戦線拡大による補給不足に陥りつつある。これ以上の攻勢は不可能と言っていい。シャンプールの前線司令部は来年の三月頃には総反撃に移り帝国軍をイゼルローン要塞手前にまで押し返す予定である。

 

「これで少将の昇進もほぼ確定ですな、次は艦隊司令官ですかな?」

 

 航海課副課長コーネフ大佐がナシゴレン定食をレンゲで口に入れながら不敵な笑みで尋ねた。

 

 此度の勝因の一因が第三艦隊の巧緻を極めた艦隊運動とそれを活かした十字砲火にある事は誰もが認める事実であろう。無論艦隊司令官ヴァンデグリフト中将と艦隊参謀長ロウマン少将のタッグも称えられるべきではあるが実際に各部隊の展開を演出した航海課長ロボス少将の功績もまた軽視するべきものではない。

 

 同時に第三艦隊司令官ヴァンデグリフト中将の大将昇進と予備役総軍司令官内定、第六艦隊司令官グッゲンハイム中将の第一方面軍司令官転任、第四艦隊司令部の再編、第一二艦隊司令官エルステッド中将の引退などが重なり近いうちに正規艦隊司令部の大規模な人事異動が行われると見られていた。既に第三艦隊新司令官にルフェーブル少将を、第四艦隊司令官にグリーンヒル少将を昇進させ着任させるなどといった噂が漏れ聞こえている。

 

 大方此度の功績により昇進する事が予想されるロボス少将は第六艦隊司令官着任が有望視されていた。仮に実現すれば長年の希望が現実のものになる訳だ。

 

「うむ、だが他人事ではあるまいぞ?ヴォル坊もハイネセンに戻れば昇進であろう、二四歳で少佐だ。流石だな!」

 

 ここでロボス少将はこの場で食事を共にする私、つまり同盟宇宙軍所属ヴォルター・フォン・ティルピッツ大尉に話を振った。その口調は自身のそれよりも嬉しそうだ。

 

「ええ、そのようです。それにゴトフリート大尉とノルドグレーン少尉も昇進と内々の辞令を受けました。恐らく次の配置換えも決まっているようです」

 

 シュニッツェルをフォークで口に放り込みながら私は答えた。此度の会戦で私は特段の戦果を挙げた訳ではないが士官学校一〇〇〇位内での卒業という学歴とこれまでの功績分の積み重ねから昇進するに値する、と人事部が決定したらしく無事少佐に昇進する事が内示された。二四歳の少佐は士官学校最上位成績卒業組に匹敵する速度であり、叔父殿が喜ぶのも当然だ。尤もそのための功績が叔父殿の脂肪の消費によって為されていると思うと素直に喜べないが……。

 

「若様、御口が汚れております、どうぞ」

「え、ああ」

 

 そのような事を考えて若干顔を引き攣らせていると横合いからソプラノ調の心地よい声が響き、私の口元にナプキンが添えられる。視線を向ければそこには薄い金髪を持った女性が笑顔を浮かべていた。二年前よりこの第三艦隊司令部経理スタッフとして着任したテレジア・フォン・ノルドグレーン少尉だ。その美貌と器量の良さから着任して以来複数回の告白を受けそれを断っていたために唯でさえ集中気味であった私へのヘイトをこの二年間で一層強化してくれた。ほら、今も数名の同僚が憎々し気に私を睨んで「リア充なんて死ねばいいのに」なんて呟いている。

 

「っ……!殺気!?」

「よしよし、お前はいちいち反応するな」

 

 ノルドグレーン少尉の反対側に座るベアトが私に向けられる敵意を察してハンドブラスターを抜こうとしたので抑える。毎回過剰反応過ぎるわ……とはこれまで私に襲い掛かかった事件の数からして言えないが流石に味方撃ちは洒落にならないから止めてくれ。

 

 食堂で食事する際両脇で金髪美女従士が世話兼護衛でスタンバっているのは明らかにヘイトを溜める原因ではあるが今更外せないので仕方ない。悲しい事に不良学生やライトナーの兄が薔薇の騎士連隊に所属しているし、食い詰めは再教育と信頼を得るための功績作りで別の部署送り、もうしばらくはこの護衛体制は変わりそうになかった。

 

「?どうか致しましたか?」

「……いや、何でもないよ、ご苦労」

 

 私の心境を察してか首を傾げながら尋ねる少尉に、しかし私は労いの言葉をかけた。彼女達からすればそれが仕事なのだからここで文句を言っても仕方無い。

 

 私の返事に笑顔で少尉が返答する、同時に遠くから舌打ちが聞こえた。うん、気にしない。

 

 こうして私は帰還航海中、周囲から殺意を持って睨まれる中で食事を繰り返す事になった。おい、会戦中よりも今の方が辛いとかマジかよ!………マジだよ。

 

 さて、宇宙暦787年12月1日、そんな苦難の航海の末に惑星ハイネセンに帰還した私はそのまま軍都スパルタ市にて正式に少佐への昇進と第四次シャンダルーア星域会戦従軍章授与が為された。ほぼ同時刻、別室にてベアトとノルドグレーン少尉がそれぞれ従軍章と少佐・中尉への昇進が通達されている事であろう。

 

そして同時に次の赴任先についても提示される。

 

「捕虜収容所、ですか?」

 

 書類に目を通した後の私の疑問を含んだ声に統合作戦本部人事部のリバモア准将が頷いた。

 

「うむ、少佐にはハイネセン南大陸ヌーベル・パレ郊外のサンタントワーヌ捕虜収容所に着任してもらう。役職は参事官補、着任は12月4日付だ」

「了解致しました。ですが捕虜収容所でありますか……」

 

 敬礼して答えた私は、しかし歯切れの悪い口調で言い淀む。

 

 私だけなら兎も角、士官学校の上位卒業者であるベアト、それに亡命軍から移籍しているノルドグレーン中尉まで同じ捕虜収容所に異動する事が書類には記されていた。首都星に置かれた大規模かつ特殊性の高い捕虜収容所である。決して軽視出来る施設では無いが到底士官学校卒業者二名と亡命軍からの預かり士官を送り込む場所とも思えなかった。まさか帝国公用語が分かる通訳が不足している訳でもあるまい。しかもこの時期である、明らかに不自然な人事であった。

 

「問題はあるかね?」

「いえ、御座いません!」

 

 何はともあれ軍隊に於いては基本的に上官の命令には絶対服従である。まして軍規に違反するなら兎も角たかが赴任先に文句を言う事が許される訳がない。

 

「……察しの通り、此度の任務は唯の看守ではない」

 

 私の表情から疑問を汲み取ったのか、リバモア准将は手を組んで私の疑問に答える。

 

「少佐の赴任を命じたのは中央からの指示だ。少佐の出自を活かしてとある人物達を我々同盟の協力者に引き入れたいと考えている」

「とある人物、ですか?」

 

 リバモア准将は頷いて茶封筒をデスクから取り出し差し出す。私はそれを受け取り、准将の方を伺う。リバモア准将の許可を得ると茶封筒から資料を取り出し目を通した。

 

「これは……」

 

 一瞬、私は絶句するように口を開く。これは……ある意味大物だなぁ。

 

「この情報は事実なのですか?」

「ほぼ間違いない。各種の裏付けの結果十中八九、該当人物であろうと予想されている」

 

 資料を読み進めれば各種調査の結果も記されている。見る限りほぼ本人である事は間違い無い。

 

「成程………しかし、具体的にどのような形でこちらに引き入れるのです?」

 

 私はリバモア准将に尋ねる。協力者、と言っても同盟がどのような条件を提示するのかで交渉の仕方は変わってくる。

 

「そこを含めての調査だよ。協力の意思を示させ、そのための条件を聞き出す。そのために帝国社会・文化的に近しい価値観を共有する少佐の力量に期待したいと考えている、というのは表向きの理由だ」

 

 そこで准将は視線を細める。

 

「本件における貴官の推薦は国防事務総局からのものだ。話によれば貴官は貴族達の中では比較的『まとも』らしいな」

 

 僅かに嫌味を含んだリバモア准将の発言。それは本音が半分、こちらの反応を探るのが半分と言った意味合いが感じ取れた。それにしても……国防事務総局、か。

 

「この件、統合作戦本部情報部の耳には?」

「捕虜からの協力者のリクルート、とは伝えている。が……」

 

 本命の存在は知らせていない、と。

 

 私はリバモア准将を見やる。この人もある意味では苦労症かも知れない。統合作戦本部に身を置く立場で国防事務総局の口聞きをしないといけないとはね。

 

 統合作戦本部と国防事務総局は軍令と軍政の関係にある。より正確に言えば統合作戦本部は実戦部隊を管理し、対帝国戦争・国内治安維持・外縁領域等の防衛のための作戦立案・実施を行う部署であり、国防事務総局は文民からなる国防委員会の下で軍事戦略の策定と同盟軍の監督・管理を行う事になる。

 

 ……正直分かりにくい説明だろうから分かり易く砕けた言い方をするべきだろう。国防委員会が政治の都合に従い政治家や官僚達が軍部の方針を決め、国防事務総局はその助言や実際の事務を行い、統合作戦本部はそのガイドラインに従って作戦を策定し実戦部隊を指揮する訳だ。

 

 こう説明すれば国防事務総局からの指示であるという言葉の意味も分かるだろう。即ち統合作戦本部をパスして政治家連中が行いたい任務である、という事だ。そしてリバモア准将の発言などから加味して私に話を振った奴らが誰かは想像がつく。

 

 ………ヤングブラッドと統一派辺りだろうなぁ。あれか、士官学校での貸しを返せ!的な?

 

 ……まぁ真面目な話、対象が対象だからな。最低限交渉するまでに帝国にて高貴な立場に身を置く者である必要があり、尚且つ内容からして亡命政府が知ったら、それ以外の派閥も自分達のために利用しようと横槍入れてきそうな人物だ。統一派としてはどの立場として利用するとしても各派閥が群がって揉みくちゃにして欲しくはない筈だ。つまり貴族でありしかも亡命政府にいきなりチクらないまともに話が出来そうな人物として私に白羽の矢が立った訳だ。

 

「無論、国防事務総局からのサポートは為されるとの事だ。作戦に関する内容が漏れたとしても貴官に累が及ぶ事はない。満足いく結果を残した場合は昇進も確約しよう」

 

 貴重な手駒をここで使い潰したくないから、とは言わないが多分内心で口にしている事は間違いない。そして私がここで任務にノー、という事が出来る空気では……無いんだろうなぁ。

 

 結局の所この手の任務は白羽の矢が立った時点で逃げ道は最初から塞がれているのが御約束である。私は幾つかの質疑応答をして細部の確認を行うと恭しく敬礼をして任務を受理する事となった。

 

 部屋を出るとベアトとノルドグレーン中尉がソファーに座って会話していたらしいのを止めほぼ同時に直立不動の起立と完璧な動作で敬礼を行う。

 

「若様、御昇進心よりお祝い申し上げます」

 

 代表してベアトがそう祝辞を述べる。

 

「ああ、お前達も昇進おめでとう、次の赴任地については聞いているな?」

「サンタントワーヌ捕虜収容所、と御聞きしましたが……」

「ああ、その通りだ。この時期に前線勤務でないのは少し驚きではあるな」

 

 同盟軍による反攻作戦が数か月後にでも始まろうというこの時期である。表向きで見れば士官学校卒業の艦隊司令部スタッフ経験者を捕虜収容所勤務とは……まぁ後ろめたい任務だが生命の危機が無いだけマシと思うべきか。

 

 思えば第四次イゼルローン要塞攻防戦の後も艦隊司令部勤務なのに危険度マシマシな経験ばっかだったなぁ……ルンビーニでは無人防衛衛星の誤作動でミサイル撃ち込まれてシャトルが撃墜されかけたし、シャンプールでは現地の遊牧民に拉致されたし、スヴァログでは宇宙海賊と鉢合わせた。………良く二階級特進しなかったな私。

 

「若様……?大丈夫で御座いますか?何か体に不調でも……?」

 

 遠い目をしていた私の様子にノルドグレーン中尉が心配そうな表情で尋ねる。うん大丈夫、多分、きっと、恐らく………。

 

「ああ、大丈夫……だといいなぁ」

 

 流石に今この瞬間に統合作戦本部ビルがいきなり崩落するような事はない筈だ。もし崩落したら設計士は全員つるし上げてやる。

 

 ハイライトの消えた眼差しでそう嘆息する私をノルドグレーン中尉が心底心配そうに見やり提案する。

 

「僭越ながら、此度の出兵とシャトルの酔いで疲労が溜まっておられるようにも見えます。このままお帰りになるのも良いかと具申致します。幸い此度の業務はもうありませんし次の赴任まで余裕もありますので問題は御座いません」

 

 クレーフェ侯爵が主催する私を始めとした同胞の帰還と昇進を祝う祝賀会は明後日、次の赴任地に向かうのは同じハイネセン上のため飛行機で一日で済む。荷造りも軍人であるためにそこまでの物は無いし、いっその事現地で改めて購入しても良い。そのためこのまま自宅に帰って休息に一日を費やしても確かに問題は無かった。

 

 心底心配そうにこちらを見つめる中尉。しかし、少し悪い気もするが私はその申し出を断る。

 

「いや、少し寄りたい所がある。同じスパルタ市内だから問題は無いだろうが……来るかね?」

 

 最初から答えは分かりきっているが一応そう尋ねる。

 

「ベアトリクス・フォン・ゴトフリート少佐、若様に御同行をさせて頂きます」

「同じくテレジア・フォン・ノルドグレーン中尉、僭越ながら同じく御同行をお願い申し上げます」

 

 二人の女性士官はほぼ同時に優美な敬礼を行い、恭しくそう宣言した。まあ、放っておいたらいつ死ぬかも知れない主人だからね、仕方ないね。

 

「そうか、それでは……行こうか?」

 

 内心迷惑しているのだろうな、と考えながら二人にそう命じ、私は目的の場所に足を向けた。

 

「で、ここに遊びに来たのかい?」

「ちょっと、地味に辛辣過ぎない?」

 

 取り敢えず統合作戦本部資料部付に赴任しているパン屋の二代目のような顔でパンを頬張るチュン大尉に私は言い返した。というか資料整理しながら食っていいのか?パン屑資料に落ちているぞ?

 

 そんな私の突っ込みが耳に入っていないのかどこかぼんやりとした眠たそうな視線が私の後方に向いた。暫し逡巡した後に思い出したかのように笑顔を浮かべるチュン。

 

「やぁ、君が話に聞いていたノルドグレーン中尉かい?こんばんは。……そうか、噂は本当だったんだね」

「噂?」

 

 朗らかにノルドグレーン中尉と握手して挨拶した後沈痛そうな面持ちでそう語るチュンに私は何事かと尋ねる。

 

「ああ、結構統合作戦本部でも有名だよ、双子の金髪美女を侍らせて上官である親族の権力を笠に着て艦隊司令部で酒池肉林している貴族士官がいるらしいって」

「謂われ無き風評被害が私を襲うっ!?」

 

 取り敢えず私は叫んだ。資料室内のほかの職員が驚いたかのようにこちらを振り向くがこの際気にしない。

 

「大体スコット君が広めているよ」

「あいつ何処だ!?ぶっ殺してやる!」

「入れ違いになったね、ついさっき第四方面司令部行きの辞令が来たって言って軍事宇宙港に走っていったよ」

 

 苦笑いを浮かべながらチュンは答える。ちっ、勘が良い……っ!!

 

「というかおい、今確認したらあの野郎新しい動画上げているんだけど。つーかこれこの前の食堂のだよな?どこであいつ撮ってたの?ちょっと怖いんだけど」

 

 スコットに文句言うために携帯端末を確認してみれば「モンテローザ」の食堂で私がノルドグレーン中尉に口元をナプキンで拭かれている動画が同期のSNSに上げられていた。スコットの野郎、第三艦隊勤務ですらないのにどこから動画入手してきたの?

 

「スコットは毎回どこから持ってきたのか、こういう情報を集めるの得意だからねぇ」

 

 因みにこの前はコープとホーランドが繁華街を私服で回っている動画が流れていた。すぐに消去されてその後六日位皆が電話や電子メールで呼んでも返答が来なくなっていたが……(全員が死んだと確信していた)。どうやら生存していたが懲りていないらしい。

 

「全く、あいつそのうち殺されるぞ?それにしても……」

 

 私は控えるベアトとノルドグレーン中尉を見やり、その顔立ちを比較する。

 

「確かに双子にも見えない事もない、か?」

 

 母が従士家から態態似た者を探して来ただけあって実際従士二名は良く似ている。実際二人は遠縁らしく、髪の色が若干ノルドグレーン中尉が薄いほか細やかな点に違いがあるが見方によっては双子に、そうでなくとも姉妹には十分見る事が出来る(尚、理由は言わないが中尉の方が姉に見える事も付け足しておく)。

 

「確かに第三艦隊司令部でも双子か姉妹かと尋ねて来た人はいましたが……」

 

 苦笑いを浮かべるのはノルドグレーン中尉だ。実の姉がいる身としては複雑な気分のようだ。

 

「若様の御世話をする事のどこに問題があるのでしょうか?良く分かりませんが……」

 

 ベアトの方はその行いのどこが話題にされる要素があるのか疑問を浮かべていた。おう、まずそこからか。

 

 そんな事をしていると統合作戦本部憲兵隊所属のコリンズ少佐が眉間に皺を寄せながら部下と共にやってきた。え、煩い?いやだけどこれは……え、第三艦隊司令部憲兵隊から話は聞いている?部下を男子トイレに連れていってただろ?歩く風俗壊乱?いやそれは違っ……アッハイ!

 

 

 

 

 

 

 信じ難い事に同盟軍憲兵隊よりブラックリスト入りしている事実を知らされた私はコリンズ少佐の説得を諦めて資料室から撤退する事にした(決して少佐の後ろに「貴殺」とか書かれたメンポを付けていたり「黄金樹死すべし慈悲はない」とか呟くニンジ……憲兵がいたためではない)。

 

「で、騒ぎに乗じて来てみたが……まぁ後輩君は人生を楽しんでいるなぁ」

「それ皮肉ですか先輩殿?」

 

 従士達やチュンと半分逃げるように資料室を出てから昼食に向かっている途中、士官学校の先輩にあたる第二戦闘団司令部所属作戦参謀ダグラス・カートライト少佐に遭遇する事となった。

 

「いやいや、金髪の尽くす系別嬪さんを二人も侍らせていればそりゃ人生を楽しんでいると考えるさ」

「止めて下さい、これ以上根も葉もない噂を広げる加勢なんてしないで下さい」

「そうよ、余り後輩君を虐めない!」

 

 そう私に支援砲撃をするのはフロリーヌ・ド・バネット大尉だ。こちらはスパルタ市勤務ではなく辞令受け取りのためにこちらに寄っただけらしい。数日後にはマスジット星系警備隊司令部に向かう事になっているそうだ。

 

「少し揶揄っただけじゃないか?ほれ、前空いたぞ?」

 

 そう言ってカートライト少佐が促すと溜め息を吐きながらバネット大尉が前に出て注文する。

 

 二〇万以上の人員が勤務するスパルタ市の軍食堂は豪華であると評判であるが、特に統合作戦本部ビルに隣接するそれは同盟軍の食堂の中でも五本の指に入る味であると評判だ。

 

 各々が料理を注文してトレーで受けとると市内を一望出来るテーブル席の一角に座る。

 

「チュン、相変わらずだな……」

 

 ライヒを注文した(させられた)私は椅子に座ると同期のメニューを見て呟く。サンドイッチと厚切りトーストをセットで頼む変人はこいつ位のものだろう。

 

『同盟議会国防会議は混迷の色を深めています。ここ数年の国防費の増加により与党と野党の対立が深まるほか、与党内からも野党に同調する動きも出ています。ジョアン・レベロ議員は国防委員会に対して国防予算の仕分けを要求しております。レベロ議員の試算によれば人件費及び備品予算の削減、及び不要部署の廃止により最大六%の予算削減が可能と見ており、反戦市民連合を筆頭とした反戦派野党がこれに追従しております。一方与党主流派では来年6月までに790年代国防計画を纏めたい意向であり……』

 

 食事中、食堂に設けられたソリビジョンテレビからニュースが流れ始める。

 

「まだ終わらないのか、政治家先生は気楽なものだな、帝国軍の侵攻が止まった途端にこれだ」

 

 半分呆れ気味にカートライト少佐は語る。先日の第四次シャンダルーア星域会戦が勝利に終わるまでの間議会は軍に殆んど無制限と言えるほどに臨時補正予算を出して帝国軍の侵攻を阻止させた。議会からすれば主戦派からしても反戦派からしてみても帝国軍の侵攻は支持率に影響を与えるものだ。主戦派からすれば支持者が弱腰と批判するし、反戦派からすれば帝国軍の侵攻への不安感から主戦派への鞍替えがあり得る。

 

 だが同盟軍がシャンダルーアで帝国軍の侵攻を挫いた途端に議会の与野党対立が再燃したようで、お陰様で長期国防計画どころか来年度の国防費のめども不明瞭のようであり、上層部も毎日のように政治家と会合し、議会の会議映像を神妙な顔つきで凝視しているらしかった。

 

「いい気なものだ、政治屋共め」

 

 別のテーブルではニュースを見やりそう毒づく者もいた。戦局が好転した途端に政争を始め、結果として同盟は過去多くの軍事的好機を逃して来た前例がある。ダゴン星域会戦後の帝国中央領域遠征案、第二次ティアマト星域会戦後の大遠征案、イゼルローン要塞建設妨害のための七個艦隊による大攻勢案はいずれも政府の反対により廃案となり、結果として帝国を利する事になったという軍部の強硬派や極右政治団体の主張は根強い(尤も失敗の可能性が高い故に廃案となったものが多いのも事実だ)。

 

「まぁ、仕方ねえな。こちとら政府から給料貰っている立場だからな、オーナーの決定に従うのは社員の義務だからな」

 

 カートライト少佐は自虐気味にそう語り、強硬意見を煙に巻く。愛国心というよりは代々軍人だからという理由で同盟軍に入隊した少佐らしい言い草である。  

 

「その表現は不謹慎だけど、一応賛成しておくわ。中央宙域まで攻め込まれてまだ議会乱闘しているなら兎も角、何だかんだあっても議員も状況を見て政争をしているから最後はどうにかなるでしょうね」

 

 ジト目でカートライト少佐を睨んだ後、溜め息を吐きながら渋々と言う表情でバネット大尉は賛同した。

 

 星間連合国家たる同盟は惑星間や出自間、あるいは歴史的、経済的、文化的に少なくない問題を抱えるために諸惑星や団体を代表する議員達が集まる議会は激しい対立が生じるのが常であった。そしてそのような根深い対立があろうとも最終的には統一派を中心に落とし所を見つけ最終的な破綻は回避してきた。

 

 特にここ数十年は主要政党連合である「国民平和連合」がその調整の役割を担っていた。注目すべきは国民平和連合加盟政党自由共和党総裁ロイヤル・サンフォードであろう。当人は人格的な魅力も国民の熱狂的支持もなく、当然壮大な政治ビジョンも有していない。だが利害調整に関して言えば異様なほどの才覚を有している事で有名だ。

 

 事実、過去各党の対立による予算決議の停滞や最高評議会選出議員において同盟議会は何度も機能不全に陥りかけた、しかし最終的には彼の神がかりな交渉術と根回しによりそれを回避してきたのは万人の(不本意ながらも)認める所である。

 

「あの枯れ木の爺さんがねぇ……」

 

 正にソリビジョン上で原稿を読み上げるように議会演説をする初老の議員を見やりぼやく。弱々しく、心もとない姿のあの議員が同盟政界の重役である事は知っていてもそれを認めるのは難しい。

 

『さて、続いてのニュースはあの期待の新人アイドルのサジタリウス腕ツアーについてですっ!』

 

 詰まらない政治ニュースから一転してニュースキャスターは笑顔で宣言した。その言葉と同時にソリビジョンは次の瞬間切り替わり軍人風の衣装を着こなした可愛らしいヘーゼル色の髪と瞳の少女の姿に切り替わる。

 

 ……そして私は即座に真顔で携帯端末を取り出し動画記録モードに入る。

 

『私の歌を聴けー!!』

 

 その掛け声と共に愛らしい笑顔でウインクした美貌を向けるのは別名銀河の妖精シェリ……じゃなく、自由惑星同盟芸能界の誇る新進気鋭の美少女アイドル、フレデリカ・グリーンヒル嬢であった。同時に食堂で食事する軍人の幾人かが「フレデリカちゃーん!!」と叫び迷惑行為として憲兵に連行されていく(ロリコン死すべし慈悲はない!!などと聞こえるが気にしない)。

 

「あの娘は確か学校の解放日の時に見たことがあるねぇ、確かグリーンヒル閣下の娘さんだったっけ?」

 

 サンドイッチをぼろぼろパン屑を落としつつ頬張りながらチュンが尋ねる。

 

「ああ、あの糞生意気な小娘だよ」

 

 私は綺麗に映像が映るように慎重に映像を撮りながら憎々しげに答える。というか待て、一体どうすればこんなバタフライエフェクトが起きるの?何が起きていやがる?……いや私のせいだけどさぁ!

 

 以前グリーンヒル少将に聞いてみた所、私が士官学校の解放日のアイドルコンサートで便宜を図ったせいで小娘が何かに目覚めてしまったらしい。「わたしあいどるになる!」なんて言ってアイドルコンテストに出たらしい。

 

 ……おう。ロリデリカ、アイドルにスカウトされたってよ。

 

 母親の熱心な協力と事務所の有能さも手伝って気が付けば銀河の妖精になっていたらしい。ご免意味分かんない。というか説明してくれたグリーンヒル少将、死んだ目をしていたよ。

 

「あの娘本当可愛いわよねぇ、はつらつで無邪気そうで、前の勤務先でも結構ファンがいたのよ」

 

 バネット大尉は天真爛漫に歌う小娘を微笑ましそうに見やる。尤も私は他の人達程に普通に喜べない。

 

………おい、これどうするんだよ?

 

 いや、正直な話ミスグリーンヒルって実は原作で存在しなくても然程困る存在じゃない気がするけどね?作中で重要な役目を務めるのは査問会と戦艦強奪事件の後の連行時、後は魔術師死亡後のイゼルローン共和政府設立位のものだ。ぶっちゃけ同盟オワコン状態になるアムリッツァ以前にそこまで重要な役目を受け持つ事はない、そして重要な役目のうち前二つは最悪私が手を回せばどうにかなる……筈だ。最後の役目はぶっちゃけそこまで追い込まれた時点で半分詰みだし、最悪代役を出せば良い。つまりこの程度のバタフライエフェクトでは一切問題はないという事でQED。

 

『パルメレントでのコンサートは盛況だったそうですねぇ』

『はい、当初はこのままシャンプール、カナン、ジーランディア、エルファシルに巡興する予定でしたが帝国軍の侵攻の影響もあり、シャンプール方面のコンサートの予定が遅延したそうです。その分パルメレントスタジアムでの開演では臨時チケットが販売されたほか、軍部からも基地内コンサートの要望を受けたそうですから』

『あ、今映像が変わりましたね。観客が軍服……先ほど仰ってた基地内コンサートですね』

 

 映像が途中で変わりパルメレントの第三方面軍司令部集会所での演奏が映し出されキャスター達がそれを背景に感想を述べあう。

 

『今後は12月下旬頃にバンプール星系に、その後1月の終わりまでにはシャンプール星系に到達する予定のようです。これからも我々は彼女の活躍を追い、見守っていく所存です。……さて、CMの後は近年ブームの再燃しつつあるカッシナの天然蜂蜜についての特集です!』

 

 笑顔を浮かべるニュースキャスターの映像が消えると共に旅行会社のCMが流れる。ハイネセン北大陸のアルビカ氷河湖の観光ツアーの宣伝だ。

 

「人気があるのは良い事だけどね……まだ帝国軍の主力は温存されているからねぇ、何事も無ければ良いのだけれど」

 

 CMになると共に厚切りトーストにマーマレードを塗りたくりそれに齧りつきながらチュンが心配そうに呟く。

 

「未だ帝国軍は四万隻近い戦力を保持しておりますから……ですが先日のシャンダルーアでの敗北と補給不足によりその活動も不活発であると聞きます。一方、同盟軍は第三艦隊と第五艦隊を引き戻しておりますが第一〇艦隊の動員を開始しております。四個艦隊に地方部隊を含めれば多少の攻勢は問題になるものではないと思われますが……」

 

ノルドグレーン中尉が現在の戦況に基づき意見する。

 

「そもそも正規艦隊の数が足りないんだよなぁ」

「数年前にようやく第一二艦隊が戦力化したけど……今のままじゃローテーションが厳しいのよねぇ」

 

 カートライト少佐とバネット大尉がそれぞれそれに反応する。そもそも同盟の軌道戦力と言えば星間巡視隊や星系警備隊を除けば主に一二個の正規艦隊と司令部直属の八個の戦闘団、一五個の独立戦隊がその主力だ。一方帝国軍は一八個正規艦隊にイゼルローン要塞駐留艦隊、戦闘艇が主力の弓騎兵艦隊が六個艦隊、これに司令部直属一五個突撃梯団、場合によっては地方部隊である帝国クライスの一〇個胸甲騎兵艦隊(旧式艦艇による四〇〇〇隻から六〇〇〇隻からなる)に貴族の私兵艦隊まで顔を出す。

 

 それでも距離の暴虐と地の利、艦艇の艦隊戦性能により同盟と帝国の均衡は保たれてきた。問題はイゼルローン要塞である。これにより戦争の主導権を同盟は失い補給の利も半減した。国境の防備を固めると言ってもイゼルローン要塞に匹敵する補給能力と自衛能力を有する基地なり要塞を各地に設けるのは財政的に不可能、中途半端な基地と部隊を国境に広く展開するほかない。そうなれば手数と国境部隊の回復力の差から次第に押され始め、正規艦隊を動員すればローテーションに無理が生じ始める訳だ。

 

「最低でも一五個艦隊、それだけなければ余裕を持って帝国軍と対峙出来ないんだけどなぁ……」

 

 現実には財政的にも人的資源的にも今の同盟軍は国家の許容出来る最大規模の軍事力を保有している以上無理であろう。更に言えばこれは艦隊戦力のみでの話だ。地上軍も純軍事的には今の八個地上軍を一〇個地上軍に拡大したいというのが本音である。同盟軍としてはイゼルローン要塞は多くの犠牲を出すのも承知で陥落させなければならない存在であった。

 

 尤もそのために毎回大軍を送っては破れ、結果としてはより同盟軍のローテーションが厳しくなっているのが現実であるのも事実であった。

 

 少し遅めの昼食の後、先輩方二人と別れ、チュンに教えられたスパルタ市勤務の同期を幾人か冷やかし、その後は真面目に第六地上軍司令部や統合作戦本部情報部に顔を出し親族や同胞に挨拶に回る。それらが終われば夕刻を過ぎていた。

 

「地味に遠いんだよな……」

 

 ハイネセンポリス中心部から一〇〇キロ余り離れたスパルタ市からでは士官宿舎が集まるハイネセンポリス郊外のシルバーブリッジは最低でも一時間かかる。私が大尉時代に自宅にしていたのは帝国系下級士官の多い78番街で、無人タクシーで着いたのは0730時の事である。

 

「若様、到着致しました。起きて下さいませ」

「ん?あ…ああ、すまん、寝ていたか?」

 

 ベアトに肩を揺すられ、私は自分が寝ていた事に気付く。どうやらベアトにもたれ掛かっていたようだ。

 

「いえ、お構い無く」

 

 私が謝意を口にするとベアトが笑みを浮かべ返答、どうやらノルドグレーン中尉は周囲の安全を確認していたらしくそれを終えるとタクシーの扉を開き恭しく控える。

 

「うむ、ご苦労」

 

 私は中尉に礼を言うと無人タクシーを降りる。続いて降りたベアトが先行し自宅の扉を開く。因みにベアトと中尉は近くに家を借りているが、実際は付き人として家に待機している事も多かった。

 

 ………女性二名が自宅にいる事実に感覚が麻痺しているとか口にしてはいけない。

 

「もう遅いな……どうする?このまま家で夕食も手間取るかも知れん。このまま何処か車を寄越して食べるか?それとも注文するか……」

 

 自宅に入ってからこのまま従士達に食事を作らせるのも酷な話であると考え、そう口を開く。

 

「そうでございますね、でしたら……いえ、それはお止めになられるのが宜しいかと」

 

 私の案を吟味しようとしたベアトはしかし、次の瞬間それに気付くと小さな声で反対の声をあげる。同時に従士達は私の後方に控えるように起立した。

 

「?それはどういう………」

 

 疑問を口にしようとした次の瞬間、私は肩をすくませる。

 

「お帰りになられたのですか?」 

 

 その声に反応し、廊下の奥から見える小さな影に視線が向かうと共に私は顔を強ばらせた。

 

「げっ……!」

 

 私は思わず誰にも聞こえないくらい小さな声で呻き声を上げ、しかしすぐにそれを誤魔化し穏やかな微笑みを向けて尋ねる。

 

「……フロイライン、こちらにいらしていたのですか?」

「貴方様のお帰りをいち早く御迎えしたいと思い、僭越ながらお自宅に御訪問させて頂きました」

 

 優しげに尋ねると綺麗な、しかしどこか冷たく淡々とした返答が返る。

 

「それはそれは気遣わせてしまった……しかしフロイラインは明日も早い。このような時間になる前に一端お帰りになって、別日に改めて訪問しても宜しかったのですよ?」

 

 気遣い半分、言い訳半分に私はそう言い放つ。  

 

「いえ、此度の出兵で疲れていらっしゃるのは寧ろ貴方様の方で御座います。それに比べれば私のそれは取るに足る物では御座いません。それに将来の旦那様と為られる御方の帰りを待つのは武門の一族の出として寧ろ当然、御気遣いなぞ為される必要は御座いません」

 

 影はそう言って廊下の奥からこちらに向けて歩き始める。そしてシャンデリアの光で明るいリビングに入室すると共に侍女を控えさせた影の姿が照らし出された。

 

 小柄な体つきだった。緋色を基調としたフリルとレースが縫われたドレスはスカート部分は絨毯に完全についている。首元の光に注意を向ければそれがエメラルドの埋め込まれたチョーカーであると分かるだろう。

 

 鮮やかなウェーブのかかったブロンドの髪は艶があり、良く手入れされているのが分かった。海色の瞳はシャンデリアの光で美しく輝き、白い肌は白磁のようだった。

 

 だが、十分に美しいと言える顔立ちはまだ幼さを残し、口元は強く結ばれ、瞳からの感情は伺い知れず、どこか人形のような印象を感じさせた。

 

「此度の出兵における武功を心より御祝い申し上げます、旦那様。このグラティア、不肖の身なれど旦那様の御帰還を楽しみにお待ちしておりました」

 

 ケッテラー伯爵家の長女グラティア・フォン・ケッテラー嬢御年十五歳。政略と打算の末に選ばれた私の許嫁はドレスの裾を優雅に持ち上げ、完璧に形式を整えた宮廷帝国語で淡々とそう口にしたのだった。

 




ノイエ版の中の人のせいでロリデリカが副官からアイドルにジョブチェンジしたようです


許嫁さんは(大体主人公のせいで)地雷の塊です

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