帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第百話 そして年が変わる前に作者は急いで投稿したのであった

 歴史的に同盟は多くの帝国国内の反体制組織を援助し、あるいはその設立に協力してきた。帝国外縁部で海賊活動を行う没落貴族による連合「流星旗軍」に共和主義貴族によるスパイ組織「フヴェズルング」、旧銀河連邦軍反ルドルフ派を源流とする「オリオン腕共和国予備軍」、多数の亡命希望者を密かに同盟に脱出させた「黄金鉄道」はその代表例だ。

 

 これらの組織は同盟の援助を受けたと言っても、正確には同盟の一勢力からの援助を受けてきたというのが正しいであろう。同盟も一枚岩ではなく、帝国国内のこれら反体制派もまた同じイデオロギーを持っているわけではない。「流星旗軍」や「フヴェズルング」なら亡命政府系寄り、「黄金鉄道」や「オリオン腕共和国予備軍」なら統一派が裏で協力しているとされる。

 

 その中でも螺旋迷宮な原作外伝でも触れられているが、宇宙暦730年代から750年代頃にかけて同盟と帝国の間で暗躍した組織がある。ジークマイスター男爵家の分家ゾーストフェルト=ジークマイスター上等帝国騎士家の長男マルティン・オットー・フォン・ジークマイスター同盟軍名誉中将を首魁とする反帝国共和主義地下組織、通称「ジークマイスター機関」である。

 

 宇宙暦788年時点では数多くある都市伝説の一つとされるこの組織は確かに実在した。そして数奇な運命を辿った組織でもある。

 

 本来は長征系等がバックについていた組織であり、熱烈な共和主義者であったジークマイスター帝国軍大将とその同志クリストフ・フォン・ミヒャールゼンから得た情報を基に長征派諸提督が功績を挙げる事で、人口の問題から衰微しつつあった長征派の勢力維持を図るために設立されたと伝えられる。

 

 しかし、亡命した後のジークマイスターは帝国系への風当たりや派閥闘争により、その社会体制が陰謀渦巻き階級差別の厳しい帝国と根本的に同一であると認識し失望した。そしてそんな憔悴しきった彼の目の前にある英雄達が登場した事により組織は大きくその存在意義を変質させた。

 

 長征系の名家中の名家の一つ、アッシュビー家の本家次男ブルース・アッシュビーは不遜で高慢な性格ではあったが、しかし決して人を出自と言う色眼鏡で判断する人物ではなかった。士官学校学生時代は長征系と旧銀河連邦系や帝国系との混血人と親交を結び(前者はファン・チューリンやフレデリック・ジャスパー、後者はウォリス・ウォーリックが挙げられる、世間では長征系の血を引いている事で有名だが混血である事は余り触れられていない)、少尉時代には帝国系の部下を庇うために五階級上の長征系の上官に平然と反発したと伝えられる。

 

 長征系のサラブレッドでありながら実力主義でほかの出自の者でも平然と取り立てる若き英雄に、ジークマイスターは同盟を理想の社会に、本当の意味で平等な社会を作り上げるための指導者として期待したらしい。長征系であるという理由で当時の長征系派閥の長老達を説得して見せて、機関はブルース・アッシュビーと協力を始めた。

 

 その後の事は歴史が伝える通りである。ドラゴニアやカキン、ビルザイト、ラクパート……そして第二次ティアマト会戦における同盟軍の勝利にジークマイスター機関は大きく貢献したとされる。だが、同時にブルース・アッシュビーの死が機関の命脈を断った。

 

 度々同盟の政治体制に対する問題発言を口にしていたアッシュビーに長征派は次第に不信感をつのらせていたし、そんな彼に肩入れしていた機関もまた嫌疑の対象であった。アッシュビーの死後、ジークマイスター機関はスポンサーからその予算や人的資源を大きく削られた。

 

 ジークマイスター自身も圧力をかけられたという。元々帝国貴族生まれであり差別されていた事に加え、アッシュビーへの全面協力が仇となったらしい。彼はそのまま統一派や亡命政府等に派閥替えする事も出来たかも知れないがそれをせず、失意のうちに745年に統合作戦本部情報部を去り、ハイネセンポリスより一〇〇キロ余り離れた農園の一室に隠遁、747年風邪が肺炎にまで悪化しそのまま六五歳で病死した。

 

 その後も暫く機関は存続したがジークマイスターの喪失に予算と人員の縮小、リューデリッツ帝国軍少将による反帝国スパイ網摘発等もありその組織は弱体化の一途を辿る。

 

 そして宇宙暦751年帝国暦442年10月15日の軍務省における大規模な人事発表の最中に発生した、帝国側における指導者ミヒャールゼン中将の暗殺は機関にとって致命的であった。

 

 その後も組織は細々と続いたが宇宙暦754年の「カップ大佐反乱事件」を機に組織はほぼ壊滅、数少ない生き残りは同盟やフェザーンに亡命、あるいは帝国内のほかの反体制派組織に合流する事となる………とここまで訳知り風に語って見せたが別に私が直接それを見た訳でも、物的証拠がある訳でもなく、全ては人伝に聞いた話に過ぎない。亡命政府の名門武門貴族の本家であるために私も全てではないにしろこの手の機密情報を大まかにではあるが知る事が出来るだけだ。  

 

 特にジークマイスターは貴族でありながら長征派に与した裏切者として有名で、聞くのは然程難しくはなかった。

 

『それでだ、卿ならばミヒャールゼン提督の暗殺実行犯について何か伝え聞いていないかね?』

「知りませんし伝えられません」

 

 超光速通信でタナトス星系第五惑星エコニアにあるエコニア捕虜収容所に収容されている人物にハンス・シュミット大佐(仮)の要望を伝えた所、いきなり持論と共にそう宣ってくれたその人物——男爵家の御老人に対し、私はそう即答する。

 

『カプチェランカの英雄がせせこましいのぅ、大貴族ならばその位その場で鷹揚に頷いても良かろうに』

「私はそんなこと知りませんし、知っていたとして口に出来る内容じゃありません」

 

 ケーフェンヒラー男爵家の次男に私は呆れるように言い返す。この御老人については亡命政府でも少し知られている。食えない老人である事もあるが、第二次ティアマト会戦以来ずっと辺境の捕虜収容所に留まり待遇の良い収容所に行く事も、そのまま亡命政府に所属する事もせずに、ひたすら部屋に閉じ籠って趣味に興じている事は噂に聞いていた。

 

 無論、それとは別に私はこの老人を一方的に見知っていた。エコニアの真の意味での支配者にして独力で「ジークマイスター機関」の真実に近付いた老貴族として、そして魔術師の短い時間であるが確かな知己となるだろう人物としてだ。

 

 原作にてこの御老人が調べて辿り着いた推論は完璧ではないにしろ、コネもなく、収容所という情報の限られた状況でという条件である事を考えれば上出来と言える代物である。そして、恐らくは私のような高位の亡命貴族がその事実を伝え聞いている事を十中八九理解しているであろう。

 

……そして私がそれを認めない事も。

 

 だから彼の言葉は元々期待していないが、念のために尋ねた、あるいはただの冗談の類であった。

 

「……それよりも英雄って何ですか?煽てなら効きませんが?」

『ふむ、それでは別の呼び名がいいかね?「イゼルローンの生還者」か?それとも「スヴァログの海賊退治屋」か?「シャンプールネゴシエーター」……ああ!「死神伯爵」がお好みかね?』

「最後のは多分忌み名ですよね?それも味方からの」

 

 噂によると私と仕事をすると通常より戦死率は三〇%、負傷率は七〇%上昇し、付属効果で昇進率は一〇〇%上昇する、という冗談か本気か分からない理由から一部で呼ばれ始めているとかいないとか……。いや、そこまでは酷くねぇよ。

 

「兎も角、私にそのような事を聞かれても困ります。知るわけないじゃないですかそんな事」

 

 これは嘘ではなく本当だ。ミヒャールゼン提督の暗殺実行犯の正体は実際亡命政府も把握していない。暗殺の数ヶ月前から同盟情報部や亡命政府のエージェントが接触して同盟への亡命を勧めていたとも伝えられるが、ミヒャールゼン自身は優柔不断なのか決断せず、最終的には謎の死を遂げた。

 

 因みに、これについては単純に帝国の手によるものとは必ずしも言い切れない。帝国ならば態々暗殺事件なぞとして捜査する必要がないからだ。軍務省で門閥貴族でもある将官が暗殺されるなぞ帝国軍の威信に関わる事位誰でも分かるだろう。原作では幼年学校での事件を事故扱いしたのだからましてである。

 

 馬鹿正直に暗殺された、としなくても形式的には病気などを理由に予備役などにした上で急死なり病死なりと発表した方が余程体面としては良い。同盟情報部もミヒャールゼンの粛清は少なくともここ一年間は無いと判断していた。よってミヒャールゼンを暗殺したのは少なくとも帝国の上層部の総意ではないのは間違いなかった。

 

『……その様子では本当に知らないようだな』

 

 私の貴族的に取り繕った表情を暫し見定めたケーフェンヒラー大佐は急に真面目そうな表情で答える。

 

『……貴官は知らぬだろうし、興味も無いだろうが、私は帝国軍にいた頃ミヒャールゼン提督に良く世話になってな。あの人は本当に良い人だったし、当時の私の悩みを良く理解して、相談にも乗ってくれた恩人だった。……確かに聖人君子ではなかったにしろ私にとってはある種の恩人でな。せめて、どうしてあのような最期を遂げたのかを知りたいのだ』

 

 どこか憂いを秘めた瞳で独白するように語る老貴族。そこに私はこの老貴族の背景を思い出す。身分に釣り合った家同士の結婚、しかしこの老人は老人なりに妻を愛していたという。

 

 だが妻は権門四七家に当たる某伯爵家の血を引く青年建築家の下に駆け落ちし、離婚を迫ったという。男の家は慰謝料で離婚を迫ったというが……同じ門閥貴族になった身であるから分かる。その申し出を受けるなぞ論外だ。妻を寝とられた挙げ句金で買収されるなぞ宮廷では恥晒し以外の何物でもない。決闘を挑んでも良い位だ。

 

 ……それをしなかったのは恐らくは相手が自身ではなく腕の良い代理人で済まそうとでもしたのと、妻の心が帰って来る事はないと理解していたからか……何にしろ彼には決闘も離婚もあり得ず、まして伯爵家からの圧力があれば官僚としても栄達は叶わない。ならば実力主義の軍官僚になるしか道は無かったのだろう。軍人として死ねば名誉は守られるし、もし出世すれば再び妻が振り向いてくれると言う下心もあったかも知れない。

 

 ミヒャールゼンはそんな荒んだ時期の彼の上官であり、良くしてもらっていたという。きっと飄々と語る以上にこの老人にとっては助けになった人なのだろう。だからこそ、その死について知りたいのだ……私の想像であるが多分然程間違いはないだろう。

 

 ……ふと、幼く冷たい表情の婚約者の姿が脳裏によぎった。彼女は家同士の決めた取り決めをどう感じているのだろう?殆ど人質と同然の自身の存在価値をどう思っているのだろう?老貴族の妻の事を考えると不安を感じる。

 

『よってだ』

 

 私の内心の心の動きを知らぬであろう、改めてこちらを見た老貴族は、しかし先ほどとは打って変わってどこか愉快な表情をしていた。

 

『その人物はミヒャールゼン提督暗殺事件の研究をしているのだろう?ならば恐らくは何かトラブルの元になるであろうと評判の卿の提案であるが呑んでやろうと思う。序でにある要望に応じてくれれば探りも入れてやっても良いぞ?』

 

 どうせ何かの任務を帯びておるのだろう?と続ける。……バレてーら。そりゃあただの捕虜のご機嫌取りのために手間をかける看守なんかいないからな、当然そう考えるだろう。

 

「……どのような要望でしょうか?」

 

 私も先程までの一抹の不安を拭い払い恐る恐る尋ねる、と老貴族は暫し考える素振りをして、口を開いた。

 

『そうだな……近頃話題の美少女アイドルのアルバムを全種類そちらの財布で買って送り届けてくれるかね?いやぁ、子供と思って油断したが結構良い曲でなぁ!』 

 

 ケーフェンヒラー大佐は私の呆気に取られた表情を見て、ソリビジョンの中でいたずらっ子のような笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

 

 私が捕虜収容所で気楽な任務に従事している間にも前線の戦いが止む事はない。宇宙暦788年4月中旬頃には同盟軍はようやく帝国軍による占領地を奪還すべく攻勢を開始した。

 

 三個艦隊を基幹とした四万四〇〇〇隻に二個地上軍三〇〇万人以上による反攻に対して、帝国軍は小規模な迎撃こそするが基本的に戦線の縮小による戦力集中を意図しているようであり、作戦開始から一週間の間、同盟軍は殆ど戦闘らしい戦闘も行わずに四〇余りの星系の奪還に成功していた。

 

 第501独立陸戦連隊こと「薔薇の騎士連隊」もまたこの作戦に従軍する。前衛揚陸部隊の一つとして特に危険な任務につく事になっている。実力的に大丈夫だとは思うがシェーンコップ大尉にヴァーンシャッフェ大尉、ライトナー兄妹にリューネブルク少佐の安否に不安は残る。

 

 当然、ほかの部隊にも士官学校の同期生や先輩、教官や以前の赴任先の上官や同僚、部下が参加している。ホーランドとコープ(共に少佐)は第一一艦隊司令部所属で第4星間航路方面に出征しているし、デュドネイは大尉として第二戦闘団傘下の戦隊司令部のスタッフとして派兵予定だった。シミュレーションで戦った事のあるコナリーは少佐として第八艦隊第二分艦隊の司令部の作戦参謀スタッフであり、その分艦隊の参謀長は士官学校の教官の一人であるオスマン准将だ。コープとシミュレーションの際にチームを組んでいた者のうちマカドゥーはシャンプールの第二方面軍司令部情報部、スミルノフは第一一艦隊第三分艦隊砲術参謀、マスードは第三地上軍第三一一師団に所属している。カプチェランカ戦域軍勤務時の上官たるディアス少将は第五地上軍第二二遠征軍司令官である。私の知っている者達だけでこれだけの人数である。反攻作戦がどれだけ大規模であるのか分かろうものだ。

 

 ……そして恐らく苛烈な戦闘になるであろう事も容易に予測がついた。

 

「それに比べればここでの勤務はお気楽ではあるのだろうな」

 

 私はそう投げやりに口にすると固定端末のキーボードから手を離して、液晶画面から視線を外すように事務室の椅子に体重を乗せて事務の手を休める。捕虜収容所の事務室で私が先ほどまで手掛けていたのは民間団体の抗議文への返事である。

 

 フェザーン成立以降、基本的に同盟は「民主主義の良さを知らしめる」ために帝国軍捕虜を厚遇してきたのは知っての通りだ。しかし同時にそれが一部の市民の反発を受けているのもまた事実である。

 

 考えて見れば当然で市民からすれば同胞を殺してきた敵兵を何故自らの税金で養わなければならないのか?という意見が出てくるのは不思議ではない。

 

 特に帝国は同盟軍の捕虜を自然環境が厳しい不毛の惑星の矯正区に押し込め重労働を課したり、自給自足を命じ、少なくない捕虜が過労死や病死、事故死し、中には捕虜同士で物資を巡る争いすら起こる。帝国が捕虜をこのように劣悪な環境においているのに我々が捕虜を厚遇する必要はない、と一部の過激派は叫ぶ。このサンタントワーヌのような高級士官専用の捕虜収容所は尚更その存在を疑問視されるだろう、抗議文が来るのは毎日の事だ。

 

 しかし、これは二重の意味で誤りである。帝国による捕虜の待遇はこれでも(恐ろしい事に)フェザーン設立前に比べれば劇的に改善している方であるし、同盟も捕虜を厚遇するといっても度を越す程のものではない。部屋や食事は待遇は一般刑務所よりはマシというレベルであり、一応収容所でも多少の労務はあり、可能な限り捕虜を養うコストを削減しようと努力はしている。

 

 それに模範的な捕虜には監視装置付きとはいえ外出が許可され、最低賃金でのアルバイトとして地域の労働力としても活用されている。貴族階級の捕虜の待遇は以前言った通り保険あってのものだ。

 

 そして実際これらの努力もあって捕虜の中には実際に民主主義思想に目覚める者も極稀にだが生まれるし、同盟にそのまま帰化する者もいる。帝国に比べて人口が少ない同盟にとっては彼らもまた貴重な人的資源だ。

 

 このように同盟の捕虜の待遇は過激派の指摘する程に同盟の負担になっている訳ではない。ないのだが……。

 

「まぁ、説明して納得するなら苦労はないのだがなぁ……」

 

 この手の団体がまともに話を聞くかといえばそんな事は期待しない方が良い。

 

 長征派市民の貧困層や戦傷軍人からなる「サジタリウス腕防衛委員会」、対帝国戦争戦死者遺族・帝国系市民の犯罪被害者及びその遺族等からなる「人民裁判会議」、長引く戦争による社会保障削減と増税に反対する「正義派市民戦線」……これらの極右過激派組織の多くは感情と打算と政治的理由から反発しているのであり、元より話合いで相互理解をするつもりはない。こちらとしてはいつものように形式的に淡々と返答をして、いつものように彼方に黙殺されるだけである。不毛な事この上ないな。

 

「だから余りトラブルの種は蒔きたくはないのだが……」

 

 そこまで思い至ると溜め息が出る。ボーデン大将を筆頭に自治委員会の幹部連中は態々有害な共和主義思想が充満する捕虜収容所の外に出ようとしないから良いが、幹部以外……ここに収容されたばかりの若い貴族将校などは血の気が多いし、そうでなくてもナチュラルに帝国的思考の捕虜が外出許可をもらった後に自覚なくやらかす事もある。実際に私が赴任してから数件の警備と捕虜との乱闘とその倍の市民とのいさかい事が発生している。私としても捕虜達に外出の際の注意をしているが……。

 

「中々面倒な事だな……」

 

 ここ数年前線で激しい戦闘が続いているため、収容される捕虜も敵がい心の強い者が多い。ほんの数週間前まで殺し合いをし、同僚や上官や部下を失い、自身も程度は兎も角負傷している場合が多いのだ。ある意味では当たり前だ。

 

 うんざりした表情で私は肩を鳴らすとデスクの端末の電源を落とした。そろそろ昼過ぎ、前線なら兎も角こんな首都星の平和な捕虜収容所で休憩返上で働かなくてはいけない程の業務はない。返答文については昼食の後にゆっくりと作成すれば十分である。

 

「若様、お疲れ様で御座います」

「ああ、ご苦労」

 

 ふと、気づけばすぐ傍に薄いブロンド髪の士官がいるのを見つける。同じく自身の事務を終わらせたノルドグレーン中尉は私の肩に手を添え、揉みほぐし始めた。

 

「んっ……中尉はこの手のものが上手いな」

 

 絶妙に凝っている部分を程好い力でほぐしていく従士に私は称賛の言葉を口にする。耳掻きにしろ肩揉みにしろ、こういった方面におけるノルドグレーン中尉の技術は事務能力とは別に直接の軍務とは関係無いがリラックスする上で助かるのは確かであった。

 

「お褒めの御言葉恐縮で御座います。ギムナジウム等で良く指導されましたので」

「そうだったな、確か次席だったのだろう?」

 

 ギムナジウムの家庭科では調理や裁縫、家庭医学や栄養学、掃除等の家事等を学ぶ。その目的は使用人の育成であり、良妻賢母となるための指導のためである。その中で夫や主人のためにマッサージ等も学ぶ。同盟ではかなりステレオタイプな専業主婦製造施設として揶揄されるが、帝国社会ではギムナジウムの家庭科出身者は使用人としても、嫁の候補としても一般的に優良物件扱いされる。私個人としてもこれらの技能は何気に重宝していた。   

 

「若様、そこにいらっしゃいましたか」

 

 中尉のされるがままに肩を揉まれた状態のままでその場に留まり、眠気を感じた頃、私を呼び掛ける声に私は意識を取り戻す。  

 

「んんっ……ベアトか、どうした?」

 

 うとうととした意識を強制的に引き戻し、中尉に肩揉みを中止させて名残惜しくも至福の時間を終わらせる。

 

「若様、御休息中申し訳御座いません。書類の決裁中、御命令のあった監視対象に関する動きがありました」

 

 私の耳元で小さな声で報告するベアト。監視対象はシュミット大佐であり、その動きとなると……。

 

「分かった。……まずは場所を移してから話を聞こう」

 

私は事の重要さを理解して、ベアトにそう提案した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 件のハンス・シュミット大佐がこのサンタントワーヌ捕虜収容所に収監されたのは宇宙暦786年6月のポメラウス星域会戦の後の事であり以降収監期間は22カ月に及ぶ。基本的に物静かで他者との関わりの少ない学者肌の模範囚としてこの収容所では認識されている彼はGPS機能を有した監視装置付きとはいえ所定の手続きで外出も認可されていた。

 

 基本的に月一回程度の割合で外出し、期限通りの時間に収容所に帰還する彼だが、私がこの収容所に着任して以来行動にある変化があった。

 

「アイリーン・グラヴァー、帝国名をイレーネ・フォン・クライバー。年齢29、宇宙暦764年に6歳で父に連れられフェザーン経由で亡命、宇宙暦779年帰化申請受理、現在は大手ファッションブランド「ダイアナ」にてファッションデザイナーとして勤務、クラムホルム在住、政治的思想は鎖国派に近いがほぼ無し、亡命者相互扶助会にも不参加、か」 

 

 まだ人の少ない捕虜収容所の食堂でライヒの定食(ツヴィーベルズッペにザウアーブラーデン、黒パンにザワークラフト、マッシュポテト、パラチンタからなる)を口にしながら私はベアトの集めた情報を語る。

 

「こいつが大佐との面会を希望している訳だな?」

 

私の質問に頷いてザウアーブラーデンを切っていたベアトがフォークとナイフを止めて答える。

 

「どうやら目標がここに収監されて以来面識があるようです、本人曰く友人との事ですが……」

「今後の交渉において利用可能だ、と?」

「協力させる上で手札になり得ると考えます」

 

 従士は淡々と答えるが良く良く考えれば随分とぶっ飛んだ思考である。ようは人質にしたらどうか?と言っている訳だからな。

 

「出自は……帝国騎士で御座いますね。十四代続くそれなりの家系のようですが……おや、これは……」

 

ふと、資料を見てノルドグレーン中尉の口が止まる。

 

「ああ、気付いたか。これを見る限り以前に面識がある可能性は高い」

 

 私はツヴィーベルズッペ(オニオンスープ)をスプーンで口に流し込みながら彼女の略歴を説明する。

 

 彼女の生家とされるクライバー帝国騎士家の略歴を私は指差す。クライバー家は帝国に在住していた頃は食客として仕えていた事が記されている。クレメンツ大公の下で、だ。

 

 宇宙暦764年、クレメンツ大公はリヒャルト大公を追い落とした謀略が露見した事で自由惑星同盟への亡命を決心した。しかしフェザーンにたどり着く直前に宇宙船の事故により大公は死亡した。原因はフェザーン自治領との国境宙域で護衛のフェザーン傭兵部隊と追尾していた帝国航路警備警察の重武装巡視船が戦闘状態となる。

 

「その際、クルーザーにどちらかの流れ弾の電磁砲弾が命中した訳だ」

 

 ちぎった黒パンを口に放り込みながら私はその部分を強調する。実際に流れ弾であったかは今となっては闇の中である。クレメンツ大公の存在が目障りであった人物や勢力は当時幾つもあったのだから。

 

 兎も角もクルーザー自体は中破しつつもフェザーン自治領内に逃亡に成功、暫くの間フェザーンの警備艦隊及び緊急動員された傭兵部隊が帝国軍と一触即発の事態に陥り帝国はフェザーンへの武力行使まで検討する事になるが自治領主ワレンコフは同盟に急接近するほかフェザーン銀行に合法・非合法の莫大な資産を預ける貴族達の協力を得ることで帝国の侵攻に対抗、最終的には自治領側の賄賂と同盟軍の軍事行動により帝国軍は艦隊を後退させざるを得なかった。

 

「まぁ、この事件が現自治領主の親同盟政策に繋がるが……ここは置いておこう」

 

 その後、フェザーン側は帝国や同盟の特使やマスコミを招いて事態の説明を行う事になる。

 

 ぼろぼろのクルーザーがフェザーンの宇宙港に接続した後、フェザーンの航路局保安隊は船内に突入、乗員の生き残りからクレメンツ大公とその家族の死亡を伝えられる。実際にクレメンツ大公のほか遺体の残る家族数名より生体情報を確認してそれは証明された。

 

 帝国側は大公以下現存する家族の遺体を引き取り、残る乗員については帝国側の引き渡し要求を断りフェザーンないし同盟への亡命が認められる事になる。

 

 クレメンツ大公より取り立てられ八年間食客として仕えていたライナベルト・フォン・クライバー中佐もクルーザー内に乗船していたものの幸運にも生存、娘と共に自由惑星同盟に亡命したが亡命政府には参加せずハイネセン南大陸トロサで生活していたようだ。轢き逃げ事故で死亡したのは今から十年前の事である。

 

「クロプシュトック侯爵はクレメンツ大公派の主要支持者の一人でした。クレメンツ大公は派手好きで身内での祝宴やパーティーを良く開いていたと聞いております。ならば帝国にいた頃に面識があっても可笑しく御座いません」

 

 主だった料理を食べ終え、デザートのパラチンタに手を出す前にノルドグレーン中尉は二人が以前より知り合いであった可能性を指摘した。

 

 派手で贅沢好きであったクレメンツ大公は当時の倹約の奨励されてきた宮廷にあって華美な祝宴を何度も開き、気前良く困窮する下級貴族を援助してきた事で有名であった。

 

 そういう豪勢(単純とも言う)な性格や政治・経済感覚が保守的な長男リヒャルトの対抗馬として期待されていた訳であるが、仮に当時であれば大佐は十代に入る頃、クライバー嬢も5,6歳程である。面識があっても確かに可笑しくないであろう、という事を中尉はアプリコットジャムをパラチンタにかけながら口にする。

 

「彼女を通じて大佐の協力の仲介をしてもらう、という訳か?」

「効果があるか分かりませんがクライバー嬢の方に圧力をかけるのも良いかと」

 

 よしベアト、人が態々穏当な言葉に言い換えたのに物騒な方向に引き戻すなよ?何さらりと民間人に圧力かけるとか言っちゃうの?

 

「しかし一理御座います、こちらの帝国騎士は身寄りがなく、相互扶助会にも加入しておりません。つまり庇護者がいないのです。我ら亡命政府の権限を利用すれば彼女にこちらへの協力を強制する事は不可能ではないかと」

 

 淡々と民主国家の軍人とは思えない意見を進言するノルドグレーン中尉である。おう、だからやめーや。

 

「余り手荒な手段は駄目だ。身寄りが無いという事は裏を返せば守るべき家族も家名も無いという事だ。最悪こちらに悪感情を抱いてド田舎にでも逃げられたら取り返しがつかないし、新聞にでもすっぱ抜かれてみろ、スキャンダルになりかねんぞ?無しだ。あくまでも穏便にいくぞ」

 

 私は最後のザウアーブラーデンの切れ端をフォークで突き刺して口に含み終えるとナプキンで口元を拭きながら少し暴走気味の従士達に注意する。此度の任務が亡命政府に大きく寄与する任務であると考えているためであろうがタガを外し過ぎては困る。

 

 無論二人の興奮の理由は理解出来る。クロプシュトック侯爵家は権門四七家の一家でありその名声は現当主の醜態により地に落ちているが蓄えてる資産と保有する私兵の数は未だに魅力的である。来るべき(いつ来るか知れた事では無いが)帝国帰還においての各種工作や軍事進攻の点でその有用性は言うまでもない。原作でも相手が貴族軍の私兵の寄せ集めで司令官の貴族達がアレな上統制は取れなかったとはいえ、兵士の質と数は相当なものであった筈であり、それでも尚数か月にも渡って抵抗出来た事からもそれは明らかだ(OVAと小説・漫画で矛盾があるとか指摘してはいけない)。

 

「だが忘れるな、我々の現在の基盤はこの同盟だ。クロプシュトックをこちらに引き入れたとしてもイゼルローン要塞を陥し、その上でオリオン腕に大規模な派兵をしない限り同盟が我々のホームである事に変わりはない。取らぬ狸の皮算用、とでも言うのか?重ねて注意するが先のために今を捨てるような手段は無しだ、分かったな?」

 

 グラスの中のミネラルウォーターを飲み干すと、私は二人を見ながらそう説明する。私よりも余程頭の出来が良く、忠誠心も高い二人ならばこう言えばまず馬鹿な事はしない。

 

「少々浮かれておりました、どうぞ御許し下さい」

「はい、私も視野が狭くなっていたようです、謝罪致します」

 

 私の指摘によりベアトが、続くように中尉がそれぞれ自身の落ち度について姿勢を正し、顔を伏して謝罪の言葉を口にする。

 

「いや、一度の注意で改善してくれるなら構わん、自身の非を素直に認めるのは難しいしな。まぁ、つまりだ。我々としては彼女と大佐との詳しい関係を精査した上で接触し、その助力を仰ぐのが無難な訳だ。面会は認めてやれ。但し、内容は記録出来る筈だから録音を、それにこれまでの面会記録は無いのか?あるならば記録を漁り再生した方が良い」

「ではその記録の調査が目下の仕事と言うわけですね?」

 

中尉の言葉に私は頷き肯定する。

 

「面会はいつの予定だ?」

「一週間後です」

 

同じくナプキンで口元を拭き終えたベアトが答える。

 

「その回ではカメラとマイクで記録するだけで良い。不必要に警戒されたら困る。さて、ようやく方向性が見えてきた、と言うところかな……?」

 

 私の言葉に二人は首を縦に振る。我々は今後の方針について細部を詰める。兎に角は大佐と女性の周辺聞き込みと記録の照合であろう。面会日までに可能な限り二人の関係について把握する事で同意する。

 

 だが、その行いは後に一時的に中断される事になる。それはある事件により捕虜収容所の警備体制や周辺住民対策が優先されたためだ。

 

 宇宙暦788年5月11日、サジタリウス腕全体に激震が走る事件が発生した。

 

 始まりは些細なものである。帝国との勢力圏に程近いエル・ファシル星系周辺にて発生した同盟軍と帝国軍の衝突、それ自体は良くある戦闘の一つに過ぎなかった。しかし同盟軍の敗退と、帝国軍によるエル・ファシル本星への侵攻、現地駐留軍司令部の逃亡、そしてその状況下にて市民三〇〇万人の脱出劇を演出したある若い士官は自由戦士勲章の授与と事実上の二階級特進によりその功績を称えられる事になる。

 

 それは「エル・ファシルの英雄」ヤン・ウェンリー、一人の若き英雄の誕生、そして一人の偉大な英雄の出発点となる事件……後世に「エル・ファシルの脱出劇」と呼ばれる事件の発生であった。




皆様良いお年を

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