帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第百四話 料理系漫画は色々深読みし過ぎじゃね?

 宇宙暦788年8月20日0530時、ハイネセン南大陸最大の港街として栄えるルデディア市の港湾倉庫区画の一つに人影が集まっていた。

 

「首尾はどうなっている?」

「問題ない。このままトラックで移動してヌーベル・パレに向かう。途中の検問を逃れるルートはもう調べてある」

「後は……武器の確認か」

 

 鋭い眼光を称えた私服姿の男達は倉庫に安置されたコンテナの一つを開き、中から木箱を運び出す。

 

「ブラスターライフルに……こっちはハンドブラスターだな」

「こちらはロケット弾だ、気を付けろ」

 

 木箱を開けばそこには衝撃吸収材と共に詰め込まれた銃器の数々が姿を表す。大半は闇市で手に入る型落ち品や粗製品であるが良く見ればフェザーン製の最新式の物も含まれていた。外縁惑星や宇宙海賊、帝国や同盟の反体制派から挙げ句には自分達への敵対勢力にまで金次第で平気で武器を販売するフェザーン人武器商人の手によるものだろう。

 

 同盟の退役軍人や戦死者遺族などからなる反帝国極右過激派組織「人民裁判会議」の戦闘部隊は武器と共にハイネセン南大陸に水上貨物船で密航していた。彼らの目的はこのトゥーロン市から一三〇キロ離れたヌーベル・パレ市近郊にあるサンタントワーヌ捕虜収容所の襲撃である。

 

「よし、武器は揃っているな。後は計画通りに……」

 

 頭目らしき男がそう言い切る前に薄暗い倉庫が一気に照らされた。

 

「こちらは同盟警察である、武器密輸及び入管法違反、騒乱準備罪の現行犯で逮捕する!今すぐ両手を上げて降伏せよっ!お前達は包囲されている、抵抗は無駄だぞ……!」

 

 倉庫内のコンテナから次々と現れる駝鳥かラプトルを思わせる二足歩行型警備用ドローン(愛称スタンガ)がサーチライトで彼らを照らし出し、外からは放水銃を向ける装甲車やパトカーが倉庫を囲み防盾に警察用重装甲服を着た機動隊員を吐き出す。彼らはパラライザー銃や粘着弾銃、あるいはブラスターライフルを装備する者すらいた。数機のヘリコプターが空中を旋回して周辺を警戒する。

 

「同盟警察の機動隊……!!」

 

 過激派メンバーの一人が悲鳴を上げるように叫ぶ。宇宙海賊や大規模テロ、麻薬や武器の密輸に惑星間・多国間犯罪といった脅威度の高い犯罪を専門に扱う同盟警察は自由惑星同盟における警察官達にとってエリートの集まりであり、犯罪者達にとっては恐怖の対象である。ましてその装備や練度は同盟地上軍の第一線部隊にすら匹敵する同盟警察機動隊がこの場に現れるのは絶望以外の何者でもない。

 

 過激派メンバー達は誘い込まれたのだ。同盟警察は彼らを泳がし、メンバーの集結と犯罪の現行犯となった時点で包囲し一網打尽にする計画を立てていたのである。そして正にそれはこの場のメンバー達の拘束を以て果たされる事になるだろう。

 

『我々には同盟警察法第八条、及び一四条、一六条、二二条に則り発砲許可が降りております。怪我及び生命の危険がありますので抵抗せず、落ち着いて武器を降ろし両手を上げて下さい』

 

 地上警備ドローンがどこか気の抜ける声で丁寧に過激派メンバーに降伏を促す。同盟地上軍で運用される軍事用ドローンの同盟警察仕様は赤外線センサーと光学カメラ、音響センサーで過激派メンバーを確認して、装備するパラライザー銃と実弾機関銃の銃口を向ける。

 

「あ…ああ……」

 

 完全包囲下……それ以外に言い様は無かろう。十数名ばかりのメンバーではいくら相応の訓練と装備を有しているとは言え大隊規模の同盟警備機動隊の包囲網を突破するのは不可能だ。既に半数以上のメンバーは戦意を喪失しており武器も構えずに恐る恐る手を上げる。だが……。

 

「ひっ……ひぃっ……!!」

「おい、よせ!止めろ!」

 

 この絶望的な状況を前に恐慌状態に陥ったメンバーの一人が錯乱したように火薬式実弾銃を構えた。別のメンバーが制止する前に引き金が引かれ、乾いた銃声と共に撃ち出された銃弾は大口径機関銃弾を想定した地上警備ドローンの複合装甲を前に弾かれる。

 

 そして、ドローン達は装備された戦術AIの指示に従い装備するパラライザー銃の銃口を対象達に向け、次の瞬間銃口から青白い電撃が走ったのであった……。

 

 

 

 

 

 

 

「旦那様、本日は態態足を御運び頂けた事心より感謝致します」

「いえ、ケッテラー嬢からの食事の招待を頂けた事、心より光栄に思いますよ」

 

 ホテル・カプリコーンサウスハイネセンの三〇階に置かれたレストラン「テルミドール」の給仕にテーブルへと案内された私は室内に流れる音楽隊の演奏をBGMとしてグラティア嬢とそのような挨拶を交えた。

 

 貸切状態の高級レストランの丸テーブルでケッテラー伯爵家の令嬢と向かい合う形となる。自由惑星同盟軍の白い礼服に身を包んだ私は帽子を脱ぎ形式的な挨拶をして席に座ると本日の食事の誘いをした人物を改めて見やる。

 

 婚約者……グラティア・フォン・ケッテラー嬢は青々しい生地に銀糸を縫った肩出しドレスを当然のように着こなしていた。長い金髪を花を象ったリボンで纏め、紅玉のベンダントに真珠のイヤリングで飾り付ける。口元には血色の良さを冴えさせるように口紅が控えめに塗られ、細い首筋から小さな肩まで視線を移せば彼女の染み一つない白い肌が見えるだろう。大人びた凛とした表情を作るが良く良く見れば歳相応に、いや顔立ちからか思いのほか幼さも残る事に気付く。貴族の御令嬢と言う言葉が良く似合いそうだ(実際貴族の御令嬢な訳であるが)。   

 

 ……尤も、幼さと大人らしさが混じりあった美貌の作る笑みはどこか儀礼的で、その瞳はどこか冷たい。

 

「御手紙やお話から日々職務に精励されている事は存じております。その上、市民軍に属している場合は部下や使用人の数にも制限があるとお聞き致します。……ですのでせめて今日は御食事を以って旦那様をおもてなししようと思い御招待させて頂きました」  

 

 ホテルで指折りのソムリエが食前酒をグラスに注ぐ中、優美な宮廷帝国語でグラティア嬢は改めて説明する。

 

 事の発端は彼女が避暑地としてこのホテルに移ってから暫くして私の下に一通の手紙が送られた事だ。それは食事の誘いであり、私は当初その誘いを受けるか迷った。

 

 一応婚約した間柄なのでこのような会食自体は何ら可笑しいものではないし、私自身が彼女を嫌悪している訳でもない、だが問題は時期である。先日同盟警察の機動部隊がサンタントワーヌ捕虜収容所を襲撃しようとハイネセン南大陸に潜入した「人民裁判会議」メンバーを拘束した。同盟警察公安委員会に所属するヨブ・トリューニヒト議員の主導の下、同盟警察は既に二〇のテロ計画を実行前に摘発に成功していた。

 

 だが手紙を受け取った時点ではまだ過激派は拘束される直前であり、サンタントワーヌ捕虜収容所及び周辺都市では警戒体制が取られ到底どこかのレストランで呑気に食事出来る状況ではなかった。

 

 そこで彼女が提案したのがこの彼女自身が宿泊しているホテルでの食事会だ。周辺警備は万全、態態官舎にアルレスハイム民間警備会社の装甲車が護衛についたリムジンが出迎え(官舎街の警備員達が面倒そうな表情を浮かべていたのは内緒だ)私はこのハイネセン南大陸最高のホテルに訪問する事になった。

 

「グラティア嬢がそこまで私の事を考えてこの席を用意してくださったとは感激です。ところで、ハイネセンポリスからこの南大陸への移動となると随分と気候が変わりますが、お加減はいかがでしょうか?」

 

 大神と豊穣神の兄妹への形式的な祈りを捧げ、アルコール度数の低い食前酒を軽く口にした後、私は社交的な笑みを浮かべつつも心から心配してそう尋ねる。

 

 当然ながら北半球と南半球とでは季節が真逆だ。この時期のハイネセンポリスは夏で、ヌーベル・パレを含む南大陸は冬に入る前といった所だ。無論南大陸は冬と言ってもそこまで寒くなる訳ではないが、それでも蝉共が地中から飛び出して泣きわめくハイネセンポリスと比べれば寒さを感じるだろう。

 

 まして家族から離れての暮らしで、ここを避暑地としたのは間違いなく私がいるからだ。ストレスもあり油断したら体調を崩すかも知れない。

 

「お気遣いの御言葉恐縮です。ですが問題はありません。寒さと言ってもまだ秋の終わりです。本格的な冬はまだですし、ここでの生活に不自由もありません。それよりも捕虜収容所勤務は捕虜よりも待遇が宜しくない、という噂も御座います。旦那様こそ御体を御自愛下さいませ、もし必要であれば何なりと仰って頂ければ可能な限り御力添えをさせて頂きます」

 

 同じく祈りと共に食前酒に酔わない程度に口をつけてテーブルに戻した伯爵令嬢が労るように言葉を紡いだ。

 

 同盟軍の下級兵士よりも捕虜の待遇がマシだ、と言うのは流石に質の悪い冗談であるし、腐っても私は佐官であり相応の待遇は受けている(流石に保険まで使って贅沢しているボーデン大将達と比べる訳にはいかないが)。

 

 それでもそう彼女が口にしたのは婚約者としての価値の提示であろう。生活の不満があれば実家や相互扶助会に泣きつくよりも婚約者に泣き付いた方が避暑地にいる間は対応が早い。つまり今なら何を要望しても用意する、と言う意味だ。

 

 実際亡命貴族の同盟軍人は亡命軍と違い、多少の配慮はあろうとも基本的にはほかの同盟軍人と同じ待遇である。亡命貴族軍人からしてみれば、同盟軍人の生活は実家や領地の生活に比べると不便で不自由で貧しいので、相手によっては喜ばしい提案であろう。尤も私にとっては戦死の可能性が無く、大抵の事は従士に面倒を見てもらえるだけでも十分で、これと言って不満はない(その状態で私の評判が宮廷から見れば禁欲的な性格、同盟軍から見れば我が儘坊っちゃん扱いと真逆なのが笑えてくる)。

 

「そうですか、では何か困り事が起こりましたら(多分何もないけど)お手伝いをお願いします」

 

 私は社交辞令的に優しげに笑みを浮かべて答える。恐らくは実家から良く良く言い含められている筈でその苦労を労う意味もある。いらない、とここで言う訳にはいかないからな。

 

 そう会話をしているうちに給仕(多分レストランじゃなくてケッテラー家が用意した方)が最初の料理を運んで来た(明らかに会話の終わりを狙っての給仕だ)。私とグラティア嬢はテーブルの上で綺麗にたたまれていた純白のナプキンを広げて膝へとかける。

 

 最初に通されたのは卵とサーモンのテリーヌだった。テリーヌはフランス料理だって?それいったら野蛮なゲルマン料理で宮廷晩餐会なんか出来ないからね、仕方ないね。

 

「これは……卵はうちの物をお使いに?」

 

 一口口に含むとその濃厚な味わいに既視感を覚えすぐにその答えを導き出す。実家の荘園から実家の食卓に上げられる物と似た味がした。  

 

「はい、故郷の味が恋しいでしょう、と奥様から御贈り頂いた物で御座います」

「成る程、ではほかの料理にも?」

「私の実家やほかの領地の物も御座いますが、この後の料理にも旦那様の御領地の産物を使わせて頂いております」

 

 慇懃に答えるグラティア嬢。食事の席での序列や振る舞い等で態態遠回しに物事を伝えるのが貴族と言う生き物であり、当然食材もそのメッセージに含まれる。今回の場合は私の実家と令嬢の領地の食材を双方利用した料理を出す事で両家の調和と友好を意味し、それを我が家が認めている事を指し、私がそれを口にする事でその状況を飲む事を意味する。おい、調理した料理人に第六天魔王のシェフ混じっていないだろうな?

 

 前菜を軽く食べ終え、同じくティルピッツ家の荘園から収穫された小麦によるパン、その次にヴィシソワーズがスープとして来る。こちらは材料の馬鈴薯が恐らくケッテラー領の物であろう。ケッテラー伯爵領はコルネリアス帝の軌道爆撃で荒れ地が多いし、実家で採れる馬鈴薯とは微妙に味が違う。

 

「そう言えばグラティア嬢、こちらでの生活はどうでしょうか?ハイネセンポリスとはまた少し趣の違う街ですが、普段は如何様に御過ごしなのですか?」

 

 銀のスプーンで掬ったスープを幼少時より厳しく躾られた動作で流し込んだ後、私は思い出したように尋ねる。

 

「そうですね、この街の帝国人街は小さいので訪問するべき者も、面会するべき相手もそう多くは御座いません。この時分ですので外出も然程出来ませんが、足を運ぶとすれば劇場か美術館でしょうか?」

 

 暫し考える素振りをした後、落ち着いた表情で答える婚約者。リベラルなヌーベル・パレは反帝国右翼の思想の者は少ないが、同時にどっぷりと帝国文化に慣れ親しんだ者にとっても過ごし易いとは言い切れない。ヌーベル・パレの帝国人街の人口は十万程度でしかなく、顔を合わせて挨拶しないといけないのは帝国人街の町長フェルデン男爵以下ほんの数名だけだ。

 

 基本的に帝国貴族令嬢の一日は挨拶に御茶会と食事会、サロン、そしてパーティーだ。それはお遊びではなく、社交界を通じたコネ作りと派閥作りを通じた実家の支援でもある。情報交換をし、頼りに出来る友人を作り、渡りをつけるためのパイプでもある。貴族令嬢の情報網と友人関係は思いのほか馬鹿に出来ないものだ。

 

 そして美術や文芸、ファッションや宝石は貴族の御令嬢が単純に好きであるだけでなく、その家の格や権勢を示すものでもある。優秀な家庭教師から高い教養を受けるにも美しく着飾るにも基本的には財力が必要だ。

 

 即ちより教養があり、美しいドレスを着こなすのはその家がそれだけ豊かである事を周囲に知らしめ、力関係を誇示する事である(逆に粗末なドレスを着ればその家が没落しつつあると示す事になる)。また個々の令嬢の友人関係は実家のそれを反映し代弁するものであるために、その交遊関係の変遷が政争の状況を伝える役割も持つ。同じ色彩や形式のドレスや宝石を身につければ最初にそれをした者と同じ派閥である、と言うメッセージだ。

 

 言ってはなんだがこの街では宮廷やハイネセンポリスのような社交界は存在しない。やれる事と言えば一人で出来る事に限られる。さぞや彼女にとっては退屈であろう。

 

「申し訳ありません、この街は貴方が楽しめるような類いの物は少ない。さぞ暇をもて余す事でしょう」

「いえ、お気遣いいただき、ありがとうございます。確かに御茶会やサロンは滅多に出来ませんが、旦那様のお側におり、お顔を合わす事が出来れば私には十分で御座います」

 

 微笑みながら健気な言葉を口にするが、逆にわざとらしく思えるのは考えすぎ、と思うのは少々お花畑であろう。向こうの私への印象を考えれば精一杯愛想を振り撒いていると思うべきだ。

 

 魚料理が運ばれる。淡水魚を赤葡萄酒で煮込んだマトロットと言う料理だ。付け合わせにマッシュポテトとベーコンが添えられる。

 

「っ……これは……」

「余り馴染みが無いと存じますが鰻と言う淡水魚です。我が家の領地で養殖しておりまして脂が乗っており、小骨は多いですが煮込めば然程問題は御座いませんが……お気に召さなければお下げ致しましょうか?」

 

 丁寧に尋ねるグラティア嬢の声は、しかし微かに強張っていた。恐らくは普段普通に鰻を口にしているので同じ感覚で出してしまった事を失態と考えているのだろう。確かに帝国で代表的な鰻の食べ方は燻製であり、大抵は下町のパブでビール腹の平民が酒の肴として食べる物と言うイメージが強い。私がそんな物を出された事を不快に思っているとでも思ったのかも知れない。

 

 実際にはただ純粋な驚きであった。同盟でもどうやら鰻の蒲焼きや鰻重(そして悪名高きブリテン風ゼリー寄せ)等様々な鰻料理が長い戦乱の時代を生き残り伝えられているが、当然立場的に私がそれを口に出来る機会なぞ滅多にない。何度馬鈴薯とヴルストで我慢した事か……!正直このマトロットを口にした時、脂の良くのった鰻の味に感動していた。

 

「いえ、珍しい味でしたのでつい驚いてしまいまして、しかしこれは中々美味しいですね。赤葡萄酒は我が領地の761年物と言った所ですか?」

 

 内心で慌てつつ、私は態度を取り繕う。彼女を必要以上に追い詰めるのも気が引ける。……まぁ、料理を下げられたくないというのもあるがね。

 

「そ、そうですか……はい、シュレージエンの761年物だそうです。旦那様の領地の葡萄酒は味に深みがあり、宮廷でも良く利用されておりますればそれに肖らせて頂きました」

 

 給仕から何年産の物か確認した後にグラティア嬢はそう答える。我が家の基盤とするシュレージエン州産の赤葡萄酒は味が深く濃いので煮込み等の料理酒として良く使われている。

 

「やはりですか。いや、とても良い味です」

「そう言って頂けて光栄で御座います」

 

 心底安堵した表情を向ける婚約者。良くみれば側にいた給仕もどこか緊張がほどけた表情を浮かべる。うんそうだよね、ミスったら下手したらケジメ案件だもんね。

 

「続いて肉料理で御座います」

 

 魚料理の後に口直しにハイネセン南大陸産の西瓜のソルベを楽しんだ後、給仕が手押し車で運び込んで来たのは純白の皿に盛られたメインの子山羊のトマト煮である。付け合わせはトリュフとザワークラウトが添えられる。こういう食事会では大抵子山羊が生け贄にされる。仕方ないね、子山羊柔らかくて美味しいからね。

 

「そう言えば、旦那様の方はこちらではどのように御過ごしなのですか?」

 

 私が食事酒と共に子山羊肉を味わっているとグラティア嬢が私に尋ねた。

 

「そうですね、同盟軍人としては未だに一少佐の身の上ですからそう自由にできる時間がある訳ではありませんが……参事官補としての事務、それに一番の職務は社交ですね」

 

 苦笑いしながら私は答える。自分でも思うがこれは職務と言えるのだろうか?

 

「社交……収容所の方々との、と言う認識で宜しいでしょうか?」

 

 一瞬考えるような表情を浮かべ、すぐに捕囚の中に同じ門閥貴族が含まれる事実に思い至り答える。

 

「ええ、そうですね……名の知れた家で言えばヤノーシュ伯爵やクーデンホーフ子爵はフォルセティで捕囚となった後我らが正統なる帝室に忠誠を誓いました。今の私の仕事は同胞と交流し、説得して誠に忠誠を誓うべき血統が如何なる家かを知らしめる事なのです」

 

 というのは亡命政府の公式発表に基づいた説明だ。亡命政府の解釈では新無憂宮に住まう皇帝で正統なのは第二一代皇帝マクシミリアン・ヨーゼフ一世までであり、それ以降は「帝室を僣称する傍系一族より選出される偽帝」でしかない。公式の亡命政府の歴史認識では病弱なグスタフ一世は玉座に相応しくないし、身分卑しくより高貴な家柄の出である兄弟を軟禁したマクシミリアン・ヨーゼフ二世は帝位簒奪者であり、親征を行ったコルネリアス一世は帝室に弓を引いた逆賊だ。

 

 即ち第一八代皇帝フリードリヒ二世の次男の子ユリウスの血統こそが「正統なるゴールデンバウム朝銀河帝国皇帝の血統」であり、彼の血統を奉る亡命貴族こそが「ルドルフ大帝以来の伝統と義務を果たす帝室の藩屏」なのである。……まぁ、この解釈に至るまで亡命政府の貴族達と同盟政府の間で議論に議論を重ね、妥協に妥協を重ねたのだが。

 

 何せ同盟政府は元より、亡命貴族の間でも初期は共倒れしたヘルベルト大公派とリヒャルト大公派、そのほかの皇族派にダゴンの大敗で傾いた家に権力闘争の流れ弾を受けた家と様々な理由で亡命しており、中には対立する家同士まであった。ユリウスを旗印にして婚姻と養子縁組み、何よりも時間で対立を消し去る事に成功したとは言え、その原因たるオーディンやら帝位やらをどう解釈するかとなると議論も紛糾しよう。最終的には晴眼帝の血統が途絶えていることと元帥量産帝への共通の敵意が亡命政府の結束を促す上で丁度良かった。

 

 まぁ、長々と説明したがそんな訳で捕囚となった帝国の門閥貴族の捕虜の忠誠をオーディンの偽帝から正しき皇帝へと転向させる事は亡命政府の貴族の義務であるのだが……まぁ、実際転向してくれるかは難しいし、本当の任務は微妙に違う訳であるがそこまで説明する必要はないだろう。

 

「成る程、因みにどのような方々とお会いしているのでしょう?」

 

 私の職務に興味を持ったのかより深く尋ねるグラティア嬢。

 

「そうですね……」

 

 暫し考え、機密に触れぬ範囲……元より収容を知られている者の名前を幾等か挙げて、具体的な仕事についても語る。中には収容そのものが機密になっている者もいるのでそう言う人物については触れない。

 

「少々慎ましいですがサロンや食事会にも呼ばれます」

 

 慎ましいと言うが当然門閥貴族基準なので内心どこが慎ましいんだよとは思うがそこは突っ込まない。

 

 メインを食べ終わりサラダ、次いでアントルメにアプフェルシュトゥルーデル、フルーツにハイネセン南大陸の旬の果物が出される。特に好物であるアントルメが出されたのは、私の好みを調べたに違いない。

 

「もし……御都合がつくようであればで宜しいのですが、御願いを御聞きいただけますか?」

 

 私が温かいアプフェルシュトゥルーデルにフォークを刺し、ナイフを入れた時に常に下手に出るグラティア嬢が珍しく「御願い」と言う言葉を口にした。

 

「何でしょうか?グラティア嬢の御願いで御座いましたら断る道理なぞありませんよ、どうぞ遠慮なくお聞かせください」

 

 好物を前にしていた事もあり、つい良く考えずに私はそう答えてしまっていた。だが私はすぐにその選択を後悔する事になった。

 

「それでは……旦那様の職場に伺っても宜しいでしょうか?」

 

 控えめに、顔色を見るような口調での頼み……だが、その発言は私の食事の手を止めるに十分であった。  

 

「あっ……それは……」

「旦那様の勤務先で御座いますから婚約者として顔を出すのが礼儀かと存じまして……それに話を聞く限り同じ場所にいる以上はご挨拶申し上げるべき方もいらっしゃるようですので……」

「あー……うん、確かにな……」

 

 帝国でならば前線なら兎も角、後方勤務ならば妻が夫の職場に顔を出して上司に挨拶するのは感性として可笑しくない。それ以上に捕虜収容所には同じ門閥貴族がいる以上寧ろ挨拶は当然と言える。  

 

「御迷惑で御座いましたら無理にとは申しませんが……」

 

 私の困惑した表情を察してそう補足するグラティア嬢。私としては何処と無くよそよそしいこの婚約者を紹介する事に面倒臭さを感じるのは事実だった。特に捕囚たるボーデン大将以下の貴族階級相手なら兎も角、クライヴ准将以下の捕虜収容所の同盟軍人相手には気まずさがある。

 

だが……。

 

(断ると言うのもな……)

 

 そうでなくても色々と気を使わせて、迷惑をかけている相手だ。ここで断るというのもまた気が引ける。恐らくは彼女は彼女なりに挨拶に行く方が私の体面上良いと判断しての提案であろう。ここで邪険にするのは流石に冷たく思われそうだしなぁ……。

 

「ふむ……」

 

 ……過激派はこの前同盟警察に確保されたから危険はない、か。

 

「……分かりました。それでは都合もありますので即答は出来ませんが……大切なグラティア嬢の頼み、可能な限り早く返事が出来るように致しましょう」

「そ、そうですか……」

 

 私が難しい表情をしていたためか、彼女の表情は緊張した面持ちであったが最終的に私が笑みを浮かべてそう答えると安堵した表情を浮かべる。

 

(まぁ……どうにかなるか、な?)

 

 所長や警備主任の不愉快そうな表情が目に浮かぶがまぁ、我慢しようかね?

 

 食後の珈琲を口にしながら私はハイネセンポリスでの学校生活や相互扶助会でのサロンでの経験をグラティア嬢から聞く。

 

 彼女の口は食事会の最初に比べれば幾分か饒舌で、その表情もまた初期に比べて僅かながらに柔らかい。良く見れば体が若干赤らんでいるのが分かる。恐らくは葡萄酒のアルコールで酔いが回っているのだろう。伯爵令嬢はまだ一六になったばかりだ、この食事会でも余りアルコールを積極的に飲んではいなかったが、全く口をつけない訳にはいかないし料理に含まれる料理酒もある。どうやら食事会の最後になってそれが回ったらしかった。

 

「ほぅ、それでは普段は文芸サロンに?」

「はい、当初はハイネセンでの生活に不慣れな所もありましたがディアナ様の招待のお蔭もありまして今は良くしてもらっております。それに美術サロンのシルヴィア様にも良く面倒を見て貰っております」

 

 どうやらグラティア嬢はギムナジウムでは文学について学んでいたらしく、ハイネセンポリスの帝国系女学院でも文学部に所属し、文芸サロンを中心に顔を出しているらしい。当初は不慣れであったそうだが、年上のヴァイマール伯爵家とユトレヒト子爵家の令嬢の支えもあり、どうにか上手く社交界を渡っているそうだ。両家とも元はティルピッツ家の分家筋であり親戚だ。私も両令嬢ともに顔見知りである。実家からグラティア嬢をサポートするように言われているのは間違いないだろう。

 

「それは良かった。ハイネセンはヴォルムスとは違いますし、御友人とも別れる事になります。御不便も多かろうととても心配していたのですよ。私からも二人に礼を述べておきましょう」

 

 内心でディアナ嬢は兎も角シルヴィア嬢からは小遣いをせびられそうだ、と溜め息をつく。留学中のヴァイマール伯爵家の娘は悪い意味で同盟の文化に馴染み過ぎなのだ。行事ではちゃんと淑女を演じるが、普段の自堕落な生活(一般的同盟人女学生生活とも言う)を見れば両親が目眩を起こして卒倒する事間違いなしだ。

 

 食後の珈琲(カフェ・ブティクール)を終えて退席する頃には時間は深夜近くになり、冷たい風が吹いていた。

 

 グラティア嬢に付き添いの従士達、ホテルの支配人、そして護衛の見送りを受けながら私はホテルの一階まで降りる。既に入口では防弾装甲付きリムジンが停車して私が乗車するのを待っていた。視界の端を見れば寒空の下でカップ麺を啜っていたホテル雇用の警備員達が慌てて配置に戻るのが見える。可愛そうにこんな寒い中で夜中にずっと警備とは。

 

「それでは可能な限り早くいらして頂けるように善処させて頂きます。本日は素敵な食事の席、有難う御座いました」

 

 私は実家で幼少時から躾られた通りの所作で笑みを浮かべると、グラティア嬢の手を取り手袋越しに触れるだけの口付けをして謝意を述べる。

 

「……いえ、こちらこそ我が儘を御聞き下さり感謝致しますわ」

 

 少し疲れ気味な表情を取り繕い微笑むグラティア嬢。私は改めて礼を述べ、次いでホテルの支配人にも感謝の言葉を告げると帽子を被り身を翻し黒服の警備員が扉を開くリムジンに乗り込んだ。

 

 扉が閉まり、リムジンがゆっくりと走り出す。防弾硝子製の窓越しに伯爵令嬢に笑みを送り、その姿が見えなくなった後漸く私は首元のネクタイを緩めて肩の力を抜いた。

 

「ふぅ……」

「若様、お疲れ様で御座います」

 

 すぐ隣の席で私の外出に付き添って食事中ずっと車内待機していたノルドグレーン中尉が私にそう語りかけた。

 

「ああ、中尉こそ御苦労。ずっと車内で待っていたのだろう?職務の後すぐだからな、疲れただろう?」

 

 私は苦笑いを浮かべて尋ねる。夜中に軍務を終えて官舎に戻った後ベアトを置いてきてノルドグレーン中尉を護衛に連れて来た。因みにベアトは官舎に待機してもらっている。

 

「いえ、それよりも若様の方がお疲れでは?」

「否定はしないな」

 

 正直一挙一動に一々気を使わなければならないので神経を磨り減らすのは事実だ。しかも相手が相手だからなぁ……。

 

「暫しお休みになりますか?」

「……ああ、悪いが頼む」

 

 仕事の疲れと食事会のストレス、アルコールのトリプルコンボの前に流石に眠気を感じる。こうしている間にも一瞬意識が飛ぶ程だ。

 

 膝を差し出す中尉に甘えてそのまま横になって重い瞼をゆっくりと閉じる。……何か当然のように膝枕させている事に何故か色々手遅れな気がするが気にしない。

 

「子守唄でも歌いましょうか?」

「いや、流石にそれは無い」

 

 台詞だけ言えばからかわれているように思えるが、中尉の台詞に一切裏が無い事位は知っている。私がどう見られているのか分かろうものだ。

 

「まぁ…いい、か……それより……」

 

 官舎に帰ったら食事会の礼をしたためた手紙を送らなければな、などとぼんやりと考えつつ、温かく柔らかい膝に顔を埋め、そのまま私は意識を手放した……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 深夜、暗い捕虜収容所の一室で男が小さな照明をつけ、珈琲のマグカップを片手に書籍の頁を捲っていた。

 

 書籍を読み耽るのはハンス・シュミット銀河帝国宇宙軍大佐……いや、正確にはその身分を騙るヨハン・フォン・クロプシュトック大佐であった。粗末な部屋で、粗末な捕虜服、安物のソファーに腰掛け、インスタントの珈琲を口に含む。その待遇は大貴族と呼ばれる帝国の最上級階級を占める出自の者のそれと考えると恐ろしいまでに質素……いや、劣悪と言わざるを得ないが、彼自身はその事に関して大した不満なぞなかった。……それだけ彼が「門閥貴族」と言う階級(あるいは家業)に失望と幻滅を抱いていたからであろう。

 

「……やはり、考えられる真相はこれ位でしょうかね?」

 

 彼は書籍から目を離すと酸味の強いエリューセラ星系産の格安珈琲を一口流し込む。彼の読み耽る書籍はフェザーン企業が同盟側で翻訳した帝国の書籍であり、故シュタイエルマルク上級大将の自叙伝に若干の修正と補足を加えたものであった。

 

 難しい表情を浮かべ頭を暫し振り、彼は書籍を静かに閉じた。

 

「……大体話は繋がりますが………これだから貴族と言うものはうんざりしますね」

 

 エコニアに収監されるケーフェンヒラー大佐との議論と情報共有、そして彼が貴族社会に属していた頃知り得ていた知識と常識を加味して、ある程度その輪郭は見えてきていた。だが………。

 

「何て陰惨で偏執だ……いや、ある意味貴族らしいのかもしれませんが」

 

 陰気で、妄執的で、偏屈的な父の顔が脳裏に浮かぶ。もとより彼は父の存在から「貴族」という存在に幻想も理想も抱いてはいなかった。それは歳を重ね宮廷の闇……その一部を窺い知る度に肥大化していた。

 

 無論、だからといって彼はジークマイスター程に共和思想に感銘を覚える訳でもないし、何より一帝国騎士でしかなかった彼と違い曲がりなりにも領民と臣下を率いる身であり、全てを捨てるような無責任にもなれなかった。

 

 故に彼は他罰的で偏狭で、勇気もない父の代わりに軍人として家の名誉を回復するべく従軍したのだが……捕虜となってから彼のその意思は萎んでしまっていた。

 

 それだけ彼には今の時間が心地好いものであったのだ。元々社交界に出るよりも一人で学問に励むのを好む性格であり、学問を学ぶ上で同盟は帝国よりも遥かに好ましい。無駄な贅沢はいらない。貴族としての重責もない。何よりも………。

 

 本来ならば模範的捕虜として何年かしたから帰化申請でも出そうかと考えていた。だが……。

 

「どこにいっても逃げられない、と言うことなんでしょうかね?」

 

 この収容所に新しく赴任してきた参事官補の存在からして間違いなく自身の出自は発覚しているのだろう。問題はどこまでの事が、どれだけの者達に知られているかだ。

 

「………最悪、覚悟はしなければいけないかも知れませんね」

 

 彼をミヒャールゼン提督のように………彼は小さな照明だけが光る薄暗い室内で呟くようにそう口にしたのだった……。

 




フェザーンではきっと未来からタイムスリップした料理人が色々あってルドルフの料理人になる漫画とかありそう


……尚、本作におけるルドルフ専属の料理人は日系イースタンである

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