帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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UA100万超えに昨日気付きました、誠にありがとうございます

……筆休めに別作品に浮気してたのは許して下さい(上目遣い)



追記
2/9 0010時に少し内容修正しました


第百七話 UA百万超えを感謝しながら浮気していた事を宣言する

 通気用のダクトと言えば、ここを通って潜入するのがよくあるスパイ映画の御約束であろう。だが、実際の所はダクト内の各所に動物避けの柵や毒ガス対策の浄化用フィルターがあるので簡単にはいかないし、何より結構狭いので簡単に通る事は難しい。

 

 逆に言えば、時間をかけて、短距離かつルートを選ぶ事ができれば、通気用ダクトでの移動は不可能ではなかった。

 

「結果として汚れまみれだけどな………」

 

 私はダクトの一角で煤やら油に汚れた軍服を見てぼやく。ダクトから丁度真上の階まで上がるのにかけた時間は二〇分である。音を立てずに柵を外したり、ファンを止めたりで時間がかかった。

 

 尤も、トイレから廊下に出ようものなら数分で銃撃戦になっただろうから、どちらが良いかと言えば判断に困る。正直こうしている間にも同盟軍が短期決着を図り突入でもないかと期待してたりもしたのだが、残念ながら司令部は増援部隊が到着してから万全の体制で蜂起部隊を調理する事を決めたらしい。まぁ前線と違い敵の増援部隊なぞ無いからな。

 

問題は彼方さんが何かしらの要求を出していないのかだが………。

 

「若様、この通路からなら出られそうで御座います」

「んっ……ああ、分かった」

 

 私は手鏡でダクトから廊下の様子を伺っていたノルドグレーン中尉の言に向き直り、すぐに視線を逸らす。まぁ、目の前に良く引き締まり形の良い女性の臀部があればそうもなろう。中尉の方は私の反応の意味が分からず首を傾けているが………よくよく考えれば膝枕して貰ったり下着姿を見たりしているので今更なんだよなぁ。しかもこの状況で臀部が目の前にある程度で反応するのは馬鹿馬鹿しいのも確かだ。反応としては中尉が正しい。

 

「何でもない。中尉、先行してくれ」

「了解致しました」

 

 私の命令を受け、柵を静かに外した中尉が肩にブラスターライフルをかけたままでさっと廊下に降りる。着地の際の音は殆どない。自由惑星同盟軍制式採用の士官用軍靴に用いられる靴底素材が吸音材にもなる衝撃吸収材で製造されている事もあるが、それ以上に彼女の身のこなしによる所が大きい。豹のようにすらりと降りてブラスターライフルを構えて周辺警戒をする。そして手信号で私にも降下を求める。

 

 私は口を開かず頷き、同じように可能な限り静かに……だが流石に中尉に比べては下手だが……降りる。そして同じくハンドブラスターを構えながら周囲を警戒する。

 

「人影はないな……」

「恐らく大半は外なのでしょう」

 

 実際、後から知った事であるが、蜂起した囚人の三分の二以上は外でバリケードと野戦築城を行って捕虜収容所の警備部隊と睨み合いをしていたらしい。残る者も多くが一階や重要箇所、そして自治委員会本部に展開していた。流石に大規模蜂起とは言え二百名に満たない数では全体のカバーは困難であったらしい。尤も……。

 

「こちらにとっては好都合だ。……行くぞ?」

「了解致しました」

 

 背を若干屈めながら、私達は足音を出さないように廊下を進む。施設内の全ての場所に警備をつける事が出来ない以上、重要な場所のみに兵士は集中しているため、そこを外しながら移動を行う。まぁ、当然ながらそんなルートばかり通ってもいられないので……。

 

「若様……!」

「あぁ」

 

 廊下の曲がり角で我々は足を止める。ノルドグレーン中尉が手鏡をそっと出して物陰から曲がった先を見る。……いるな。二人、階段でブラスターライフルを装備か。火薬式でないのは幸いだ。

 

 囚人達は何事か会話をしていた。暫くすると彼らが後ろを向く。演技……ではないな。となれば……。

 

「行くぞ……!!」

 

 彼らの視界の影から気配を殺して接近すると、一気に近接格闘術で身体を押さえ込み、次いで口を腕で閉じさせ武器を奪う。射殺しないのは血が出るからだ。まぁそういう訳で……。

 

「ちょいと眠っておけ」

 

 私はそう語りながら絞め技で囚人の意識を刈り取る。横目で見れば中尉も上手くやったらしい。もう一人の囚人も意識を失っている。

 

 我々は彼らを縛り付けた後、囚人服を脱がせて、その後適当な独房に叩き込みパスワードで自動ロックをかける。襲撃を受けた棟では避難のために一時的に独房の鍵が自動で開くので、どの部屋にも人はいない。

 

 因みに、この捕虜収容所の独房は、昼間は内側から自由に出入りと施錠が可能だが、深夜は機械式のロックが自動でかかり看守以外は開く事の出来ない仕様だ。今回は特別コードでロックをかけたので、もう一度開けたいなら司令部からか、物理的に破壊するしかない。この二人は無力化したと見て良いだろう。

 

 続いて、囚人の持っていたブラスターライフルからエネルギーパックだけ抜き取る。銃の方は同じく適当な独房に投げ込みロックだ。

 

「さて……ここからが勝負所だな」

 

 同盟軍の方の動きが鈍いのだから仕方ない。そういう訳で、私達は覚悟を決めてその準備に入ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちぃっ……!」

 

 右手に包帯を巻いたベアトリクス・フォン・ゴトフリート少佐は薄暗い地下通路の影から左手でハンドブラスターによる銃撃戦を演じていた。

 

「やれやれ……これは困った事になったね」

「ああ、もう最悪!」

 

 ゴトフリート少佐の後ろに隠れるシュミット大佐とグラヴァーはそれぞれ衣服を汚した姿で、片方は困り果て、片方は悪態をついていた。

 

 彼ら彼女らがこのサンタントワーヌ捕虜収容所の緊急避難及び配線用地下通路で足止めを受けている理由は、凡そ半時間程前に遡る。

 

 ゴトフリート少佐が警備事務二号棟に足を踏み入れたのは1240時の事である。自身の主君からの命令に従い調査対象の面会の監視の任務についていた彼女は手続きと機材のチェックを行い、終了したのが1300時である。

 

『あーあー、どこの御貴族様か知らないけど大名行列とは……いや、これは比較的コンパクトなのかしら?』

 

 アイリーン・グラヴァーが捕虜収容所の検問所で手続きを受けていたのは丁度黒塗り車列を多数の憲兵隊が出迎えていた1330時頃の事だ。検問所の事務員は荷物の検査を終えると苦笑いしながら肩を竦めて彼女を敷地内に通す。

 

 面会場である警備事務二号棟の一室にシュミット大佐とグラヴァーが入室したのは1400時の事である。

 

 収容所において面会場を利用する場合、囚人により待遇が異なる。そもそも素行の悪い囚人は面会許可なぞ降りないし、そこから憲兵と仕切り、仕切りのみ、仕切り無し、仕切り無しの上で物品の持ち込みが許される場合、と言うように、複数の待遇差が定められていた。特に問題を起こしていない模範囚であるシュミット大佐の場合は一番規制の緩い仕切り無しの監視役無し、その上で検査ありとはいえ物品の持ち込みと交換・譲渡が許される立場にあった。

 

 当然こうなると、通常では監視役が面会に立ち会う事は出来ない。だがそれはあくまでも直接には、である。プライバシー権のある同盟とは言え公共の利益を理由として、半ば公然と面会場への盗聴器と監視カメラの設置が黙認されていた。ゴトフリート少佐が使ったのがこの手で、面会場の丁度真上の部屋で彼女はその面会に聞き耳を立てていたのだ。

 

とは言え現実は甘くない。

 

『大した情報は口にしませんね………』

 

 盗聴器越しに聞き耳を立てつつもゴトフリート少佐は呟く。実際、面会の席で彼らは彼女にとって然程価値ある情報を口にしなかった。書籍の返還やカフェのメニュー、ファッションや職場の愚痴等は民間の女性にはそれなりに感心を引く内容ではあったが、ゴトフリート少佐にとっては任務上興味を持つに値しないものでしかなかった。そのため、盗聴中の彼女にとってこの時間は正に暇以外の何物でもなかった。

 

『それにしても、この方が本当に彼のクロプシュトック侯爵家の末裔なのでしょうか?』

 

 クロプシュトック侯爵家はティルピッツ伯爵家とは違い武門の家柄ではなく、閣僚や尚書を輩出する宮中一二家の一つである。故に学者肌なのはまだ許容は出来る。だが、やはり今一つ高貴なる血族に連なることに疑問を持たざるを得ないのだ。

 

 そもそも本名を名乗らず平民の名前を騙る時点で先祖を侮辱する行為であるし、それ以降にしても小汚い部屋でよく平気で生活が出来るのものだと思えてしまう。まして帝国騎士階級から帰化した者なぞ相手によくもまぁあそこまで親しく話せるものだと感じていた。

 

『疑うつもりではありませんが………』

 

 自身の主人の言に疑念を抱く訳ではない、主君が黒と言えば白も黒になるのが彼女の価値観だった。だが、主人は兎も角としてその上が事実を把握しているとは限らないではないか?

 

『どこの誰かは知りませんが……若様に出鱈目を吹き込んだのではありませんか?』

 

 よって彼女の敵意と不満は主人にこの任務を与えた顔も見ていない上層部に向けられた。

 

 尤も、そのような不満があったとして盗聴される側が思わず何か情報を吐く訳ではない。ゴトフリート少佐の視点から見て詰まらない会話は更に暫くの間続く。

 

 そして彼らがそんな当たり障りのない談笑を終えたのが1530時の事だ。当初の予定通りに面会可能時間を最大まで使ったらしかった。

 

 幾つかの書籍を交換した上でグラヴァーは立ち上がる。同時にゴトフリート少佐も盗聴を終えて機材の片付けに取りかかろうとしていた。

 

 そして1545時の爆発が起きた。すぐにゴトフリート少佐は部屋を出て対象の大佐を保護しようとしていた。同時に主人に対して避難のための電話をかけようと懐から携帯端末を取り出す。

 

 あるいはそこが判断ミスであった。彼女は携帯端末を取り出したと同時に階段で鉢合わせる形で捕虜数名と遭遇した。

 

 発砲音と共にゴトフリート少佐は携帯端末を持つ手を撃ち抜かれた。もしかしたら手榴弾か何かだと思われたのかも知れない。結果として彼らの判断は誤りであった。

 

 右手を撃ち抜かれた隙に腰のハンドブラスターを引き抜き銃撃してきた者を射殺、次いでその死体を蹴り捨てる。階段を上っていた残り二名の囚人の上に死体が覆い被さり足が止まった所で階段の上から射殺した。尤もこの時に銃撃で携帯端末ががらくたになってしまった。

 

 その後、警備事務棟の一階でシュミット大佐に銃口を向けて脅迫していた囚人達を横合いから射殺し、そのまま大佐を連れて避難しようとしたのだが、大佐の方がグラヴァーの保護を提案し(とうより半ばごねて)、渋々と彼女は同じく囚人に連行されつつあった元帝国騎士の娘を回収した。だがその頃には地上からの避難は困難になりつつあり、ゴトフリート少佐は地下の緊急避難及び配線用通路からの逃亡を企てたのだが……。

 

「随分と準備が良い事ですね……!」

 

 見事に通路を封鎖していた囚人達との銃撃戦に入ったのがほんの一〇分程前の事だ。ゴトフリート少佐は手負いの上装備はハンドブラスター一丁のみ、対して相手は暗闇で分かりにくいがブラスターライフルに火薬式のアサルトライフル、しかも性能は決して良く無さそうではあるが暗視装置付きであり、弾薬もそれなりにありそうであった。もしかしたら防弾着もつけているかも知れない。少なくとも味方の同士討ちと言う事は向こう側から響く帝国公用語や宮廷帝国語から限りなく零である事は確かであった。

 

「しかも腕も悪くない……!」

 

 ゴトフリート少佐が反撃の発砲をするがすぐに相手側は物陰に隠れる。そして銃撃が止めば迅速に反撃に移る。その動きは素人ではない。彼女が知る由はないが、交戦していた者達はミュンツァー中佐の派閥の地上軍部隊出身の下士官達であった。多くの囚人がこの捕虜収容所で運動不足になる中で(敢えて運動不足にさせて反乱防止をしている面もあるが)、毎日厳しい自主練を行い現役時代と変わらない運動神経と練度を維持している士族や下級貴族達である。ゴトフリート少佐一人では荷が重すぎた。

 

「これだからさっさと避難しようと言ったのですよ!?」

「ちょっと!善良な一般市民を見捨てるとか貴方本当に同盟軍人!?」

 

 シュミット大佐の我儘に今更ながら文句を口にするゴトフリート少佐。すかさず善良にして不幸な同盟市民を自称するグラヴァーは同盟軍人としては不適切な言葉を吐く従士に突っ込みを入れる。ふざけている訳ではない。こんな事でもしてなければやってられないのだ。

 

「黙ってください!こっちはおかげで若様の下に行けないのですよ……!?ああ、タイミングが悪いっ!」

 

よりによって今日蜂起しなくても良いだろうに、と従士は毒づく。尤もそれについては半ば必然ではあるのだが……。

 

「あー、確かゴトフリート少佐だったね?ちょっと言いにくいのだが……」

「何でしょうか!?」

 

 後ろに隠れるシュミット大佐に少々乱暴な口調で尋ねるゴトフリート少佐。非礼ではあるが状況が状況であるので仕方ない。彼女に大佐へのある種の苛立ちがあるのも遠因であろう。

 

「いや、聞き取りにくいが……恐らく後ろから新手が迫っている。足音が聞こえるのだ」

「………っ!!?ちぃっ!!」

 

 耳を澄ませたゴトフリート少佐は遠くから聞こえる駆け足の音に舌打ちする。これが包囲網の外側であれば同盟軍の地上部隊の可能性もあり得たが、内側となれば十中八九、賊軍のものであろう。

 

「こうなれば仕方ありません。このルートからの脱出は諦めます、私の肩と服を掴んでください」

 

 従士は暗いので二人に逸れないように肩と軍服の端を掴むように命じた後、脳内に記憶したマップに従って通路を走る。因みになぜ態々こんな地下通路について記憶したかと言えば、万が一この捕虜収容所で事件が起きた際に自らの主人を逃すためのものであった。現実はそう想定したように行かないようではあるが……。

 

「すぐに追いかけて来る筈です、急いで下さい。後、足元は結構配線があるのでこけないように注意して下さい……!」

「それって少し矛盾しているような……」

「急ぎながら注意しろって事でしょうよ……!」

 

 従士の言に大佐と民間人はそれぞれどこか緊迫した空気に合わない言葉を紡ぐ。尤もゴトフリート少佐にはそれに文句を言う余裕は無かった。後ろから逃亡に気付いたのだろうこちらを追う足音が響き渡る。足元と視界が暗い中彼女達が追手から逃げきれるかは神のみぞ知る事であった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サンタントワーヌ捕虜収容所の対応は客観的に見て迅速であったと言える。状況把握と可能な限りの避難、上位司令部への救難要請と警備部隊による包囲網の形成は、類似の事例と比較しても素早い物であったと言えよう。

 

 一因として捕虜収容所の幹部の大半が司令部ビルに詰めていた事が挙げられよう。所長室の隣に設けられた応接間にて所長、副所長、警備主任、参事官は捕虜の蜂起の一報を聞いた。

 

「ごほんっ……あー、状況はどうなっている?」

 

 1600時頃にサンタントワーヌ捕虜収容所司令部に足を踏み入れたクライヴ准将は、第一声にまず司令部のスタッフ達にそう尋ねる。応接間でのアルコール入りティーパーティー中に伝令が突入して報告を受けた時口に入れていた菓子を吹き出した准将は、未だにむせて咳き込んでいた。

 

「はっ!蜂起した捕虜は最大で二〇〇名余り、東部の収監棟のE-2号、E-9号、E-10号棟及び警備事務二号棟を占拠、それらをバリケードで連結して防衛線を構築している模様です」

「武器の方は即製爆弾のほか旧式の銃器、警備隊より強奪したと思われるものが確認されております。しかし絶対数では不足しており、蜂起した捕虜全体には行き渡ってはいないものと思われます」

「確認中ではありますが現状十名から二十名余りの警備兵、軍属、民間人が人質の状況にあるものと考えられております」

「うむ……警備隊の被害状況は?」

 

 然程飲んでいる訳では無かったが念のために酔い覚ましとミネラルウォーターを飲み干した後、蜂起した捕虜が立て籠る収監棟をモニターで見る准将は続いて警備スタッフ達に尋ねる。

 

「現状、死亡者四名、負傷者三三名。またドローンと軍用車両にも損害が出ています。今のところ、軍属や一般市民の死傷者は確認されておりません」

「それは僥倖だな、その規模の武装した暴動と考えれば警備部隊の被害も比較的少ないか……」

「何を仰る、末端とは言え我が軍に死亡者が出ているのですぞ。到底軽視出来る被害ではありますまい。それにこれは反乱です、暴動などという軽い言葉は使わないで頂きたい」

 

 参事官ノーマン中佐の発言に若干不快げに返すのは警備主任ブレツェリ中佐である。その辺りは警備部隊と毎日顔を合わせる者と、政治屋としての立場が強い参事官としての価値観の違いと言えるだろう。

 

「そう突っ掛かるなブレツェリ中佐、ノーマン中佐も悪気があって言った訳ではなかろう」

 

 仲裁するように副所長ケインズ大佐が口を開く。この時期に友軍で仲違いをする暇はない。

 

「いえ、警備主任の前でうかつな発言でした。申し訳ない」

 

 ノーマン中佐も素直に謝罪する。彼もここで無駄に意地を張って不和を煽る事が得策でないことを理解していた。

 

「いえ、御理解頂けたら良いのです、それよりも……」

 

 ブレツェリ中佐もその謝罪を丁重に受け入れた後、モニターの方に視界を移す。

 

「包囲しているのは第二、第三中隊か?」

「はい、第一中隊は司令部の防衛とほかの区域の警備に、第四中隊は収容所周辺の封鎖を行っております」

 

 ブレツェリ中佐の質問に、司令部で指揮を代理していた警備隊副司令官か答える。サンタントワーヌ収容所警備隊は一個中隊を一二〇名とした四個中隊と、司令部直属憲兵小隊、防空小隊に、捕虜収容所内の情報セキュリティを担当する電子戦部隊等から編成されており、総数は六〇〇名に及ぶ戦力を有する上、ドローン部隊も含めればその戦力は更に増加する。また、兵士の大半は徴兵ではなく兵学校からの志願兵であり、しかも半数以上が憲兵コースで優秀な成績を修めた者達であった。つまるところ、実際の戦力は額面以上のものであるが……。

 

「駄目だな、うちの部隊だけで制圧は危険が大きい」

 

 副警備司令官より渡された資料を流し読みしつつブレツェリ中佐は断言する。

 

「やはりか」

 

ブレツェリ中佐にクライヴ准将は確認をする。

 

「はい、私の部下は無能ではありませんが、現状の戦力でこの規模の武装暴動となると……鎮圧する事こそ不可能ではないでしょうが、人質が多数となると犠牲は避けられません」

 

 六月に各種軍学校の卒業式があり、このサンタントワーヌ捕虜収容所にも多くの新兵が着任した。結果として仕方無い事ではあるが、警備部隊の練度は低下している。加えて、相手は只の平民ではなく大半が今や帝国軍でも貴重となった士族や武門貴族の出だ。戦闘に際する覚悟が違う。装備と数で圧倒出来ても犠牲は相応に出るし、何よりもそのような乱暴なやり方では人質の身が危ない。

 

「仲介役になりうる自治委員会の幹部メンバーの安否も不明と来ているしな……」

「というよりもこの騒動に関与している可能性すらある」

「しかも、よりによって人質になっている可能性のあるリストに彼らが載っている。下手に手を出したら我ら全員リストラだな」

 

 ノーマン中佐が安否不明であり、人質になっている可能性が高い者達のリストをデスクに置く。その中には面倒事を起こす参事官補や職場訪問中の伯爵令嬢様の名前まで連なっていた。幾人かはそのリストを読むだけで目眩すら感じていた。怪我どころか擦り傷一つで実家が文句をつけて来そうではないか。

 

「ブレツェリ中佐としては無理に我々だけで解決する必要はない、と?」

「彼らの目的が不明ですので何とも言えませんが……特に彼らが時刻を決めた要求をして来ないのでしたら、よりスマートにこの件を解決出来る部隊が来るまで時間稼ぎをするべきかと」

「ふむ……」

 

警備主任の意見に顎を押さえて熟考するクライヴ准将。

 

「それにしても奴ら何を考えているのでしょう?一体要求は?」

「愚かな奴らだ。こんな事が成功するとでも思っているのか………」

 

 ノーマン中佐とケインズ大佐が語り合う。彼らから見て此度の蜂起は中途半端でちぐはぐな印象があった。

 

 過去にも同盟軍の捕虜収容所で暴動や蜂起自体は幾度もあった。四万名もの捕虜が警備部隊一〇〇〇名を殺害した宇宙暦687年のバンドール捕虜収容所反乱。看守による貴族将校の暴行と殺害から生じた宇宙暦710年のエリューセラ捕虜蜂起事件。宇宙暦737年の帝国文化に無理解な所長が夕食に納豆を出した事によるポート・オハマ納豆暴動は特に同盟軍史に残る大規模なものだ。レーベン少佐以下二二名の囚人が貨物船に潜入してフェザーン経由で帝国への脱出に成功したケデリア捕虜収容所脱獄事件などと言うのも存在する。

 

 とは言え、これらは一部の例外事件に過ぎない。暴動や蜂起の大半は突発的で小規模な物であり、大半が一日足らずで鎮圧される。

 

 今回の蜂起はどこからか武器を仕入れている事と規模から見て、予め計画していたものであると考えるべきである。だがそれにしては要求の提示が遅い。人質を脅迫に使うのならすぐにでもするべきだ。これでは増援が来る時間を与えるだけである。下準備に対して実際の行動が異様なまでに稚拙であると言うほかない。

 

「狙いは分からんが我々のやるべき事は決まっている。即ちこの蜂起の鎮圧と人質救出だ。周辺の包囲を万全にせよ!ほかの捕虜に騒動が飛び火せぬように監視と緘口令を敷け!増援部隊の到着はまだか!?急がせろ!」

 

 クライヴ准将は叱責するようにオペレーターに増援部隊の位置と到着の催促を命じる。同時に来るべき鎮圧作戦に備えた部隊の再編と現状把握可能な情報を増援部隊に連絡する。

 

 特に参事官たるノーマン中佐は市民や周辺自治体への対応に追われる事になる。1620時にはマスコミに対して記者会見を行い自治体への協力と市民への理解を呼びかけ、次いで人質となった可能性の高い軍属や一般人の親族への対応を部下に指示していく。

 

「ソヴュール航空軍基地より発進した偵察ヘリ及び攻撃ヘリ、ただいま到着しました!」

「モルドヴァン陸上軍駐屯地より輸送ヘリにて移動中の第九特殊作戦グループの到着は十五分後の予定です!」

 

 捕虜収容所司令部では端末を操作するオペレーター達がようやく良い知らせを伝えたのは1700時の事である。所長に連絡する彼らの表情も少し緊張がほぐれて居るようにも見える。

 

「うむ、蜂起部隊を刺激しないように偵察ヘリと攻撃ヘリには距離を取るように伝えてくれ。警備主任、ジープとトラックの用意を。特殊作戦グループの到着を気取られたくない。少し離れた所で降りてもらって車で来てもらう」

 

 クライヴ准将の命令にブレツェリ中佐は敬礼で応えて移動手段の用意を部下達に指示する。

 

「人質救出の必要があるとは伝えたが……特殊作戦グループを投入とは、シャルマ少将も随分と大盤振る舞いですな」

 

 副所長ケインズ大佐が口を開く。同盟軍は宇宙軍・地上軍問わず、幾つもの特殊部隊を保有している。航空機や大気圏突入ポッドから対空砲火が飛び交う地上に降下する命知らずの空挺部隊に、水上軍の勇猛な海兵隊。珍しいところでは、各遠征軍に一個連隊ずつしか配備されていない、ゲリラ戦や浸透戦術に秀でたレインジャー部隊。山岳戦に限定すれば一騎当千と言われる「アルピーニ」は、同盟全域でも類を見ない大山岳地帯であるパルメレント北大陸の原住民達を中心として編成された部隊で、帝国の狂暴にして残虐な猟兵部隊と一世紀以上に渡りしのぎを削って来た歴史がある。帝国反体制派や外縁領域の親同盟派勢力に密かに軍事教練を行っているという地上軍総監部直属の「グリーン・ベレー」は、一人で一個中隊に匹敵する価値を持つと言われていた。彼の「薔薇の騎士連隊」を始めとした重装甲服を着用した宇宙軍陸戦隊は全員が宇宙要塞や係争惑星への揚陸戦闘を行う宙陸両用部隊であり、広義の意味での特殊部隊と言えるだろう。

 

 特殊作戦グループはそんな数ある同盟軍の特殊部隊の中でも指折りの部隊だ。同盟軍特殊作戦総軍の管理下で、陸海空は当然として砂漠に密林、海中から高原、宇宙空間に同盟の外縁領域においても各種の非対称戦に従事する。

 

 今回投入される第九特殊作戦グループの場合は増強中隊規模の兵力で編成され、大都市での市街地や宇宙港等での一般市民や人質がいる状態での戦闘を特に念頭に入れた部隊である。それ故にハイネセン各地に小隊単位で常時駐留していた。今回はその中から一個小隊が派遣される予定であった。

 

「いかなる混戦でも誤射をしない部隊、ですか」

 

 そう呟くのは警備主任のブレツェリ中佐だ。「一個師団に匹敵する一個連隊」、「一人が一個中隊」などと各特殊部隊は謳われるが決してそれは誇張ではなく、それは特殊作戦グループも同様だ。特に第九特殊作戦グループはその経歴から「いかなる混戦でも敵対者と市民を区別し、絶対に無辜の民間人を殺さない」と言われ畏怖と称賛を受けている。746年のアッシュビー暴動、760年のサンダーバード事件、779年のライガール星系における宇宙海賊掃討における人質救出作戦では人質に犠牲を出さずに現場を制圧した。

 

「とはいえ中の様子が分からんからな……」

 

 クライヴ准将は唸る。蜂起部隊に占領された地域は監視カメラの大半が破壊され、しかも自治委員会本部等の貴族捕虜達の部屋に至っては最初から設置されてもいない。サーモグラフィーや音響解析により、恐らくは人質の大半は自治委員会本部で確保されていると思われるが………。

 

「第九特殊作戦グループは現状の情報だけでも任務を全うして見せる、と答えていますが………」

 

 彼らからすればそう答えるしかないだろう。その返答を素直に信じる訳にはいかない。司令部の首脳部達の空気は重苦しくなる。

 

「ん……?」

 

 そんな中、端末を操作していたオペレーターが収容所のネットワークにアクセスしてきた端末に気付く。一応何等かの破壊工作ではないか端末のナンバーを調べ、その後幾つかのセキュリティシステムにかけた後、オペレーターはそれを開いた。

 

「……!所長、こちらを!!」

 

 端末からもたらされた情報ファイルを開いてその内容を確認した後、オペレーターは殆ど反射的にクライヴ准将に向けて叫んだ。それは人質のいる自治委員会本部の内部情報であった………。

 

 

 

 

 

 自治委員会本部の置かれたE-2号収監棟の四階、その入り口には二名の囚人が火薬式の実弾銃を持って警備を行っていた。

 

「糞っ……聞いたか?どうやらお目当ての人質が見つからないらしい」

「ああ、聞こえている。ヤバいな」

 

 部屋から出ていったミュンツァー中佐一行を見送った後、帝国公用語でそう語り合うのは下級士族出の下士官である。後ろでは無駄に重厚な扉越しに大佐の怒声が響く。

 

「にしても……本当に良いのか?」

「良いって……何がだよ?」

「決まっているだろ?この蜂起だよ!」

「はっ!反乱軍相手に何気を使っていやがる?」

「馬鹿!違うわ!伯爵様達に対してだよ!!」

 

 別に奴隷共の子孫からなる反乱軍に対して蜂起するなら望む所だ、だが問題は彼らが自治委員会の幹部の大半を人質同然としている事だ。

 

「糞ったれ!大佐め、土壇場になって自治委員会を人質にするなんて命令しやがって……!」

「気持ちは分かるが……もう後戻りは出来んぞ?このまま突き進むしかない」

 

 どうやら大佐は蜂起に際して一部を除いて自治委員会を人質にする事は伝えていないようであった。恐らく事前に伝えると幾人かが怖気づき、情報漏洩する可能性があると考えたのだろう。ある意味では名門士族の生まれらしい兵士達の心理を熟知したやり方である。参加した者達は最早後には引けない事も計算しているのだろう。

 

「だが……ん?あれは………?」

 

 ふとこちらに向かう人影に気付き、警備の囚人達は銃口を向ける、がその姿を見てすぐに銃を降ろした。

 

「済まない、捜索中に隠れていたのを見つけた。開けてくれ」

 

 ブラスターライフルを肩にかけた囚人が汚れた同盟軍服を着た女性の手を縄で縛り、流暢な帝国公用語でそう呼びかける。

 

「了解した、ボディチェックは必要か?」

「残念ながら上官達がもうしてるよ、銃や端末は回収済みさ」

「そりゃあ残念だな、結構美人なんだが……」

 

 拘束された女性軍人がこちらを睨むと肩を竦めて扉を開く兵士達。実際彼らも本当に卑猥な身体検査をするつもりは無かったが、この半分嵌められたような状況だ。冗談の一つも言いたくもなる。

 

 顔を下げて悔しそうに俯く女性軍人を連行しながら囚人が自治委員会本部の部屋に入っていく。それを見届けると警備の囚人達はすぐさま扉を閉めて警備に戻る。

 

 故に彼らは気付く事は無かった。自治委員会本部に入室した囚人と捕囚が僅かに口元を吊り上げた事に………。

 


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