帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第百十一話 貴族は恨みをいつまでも忘れないという話

 サンタントワーヌ捕虜収容所で発生した反乱事件から約二週間が経過しようとしていた。

 

 一時期世間を賑わせたハイネセンで発生した大事件も、既にパラス星系首相選挙やハイネセン記念スタジアムでの銀河の妖精によるコンサート決定、激化するヴォーバン・ラインにおける同盟軍と帝国軍の攻防戦、マーロヴィア星系における初の民主的な星系選挙の成功、プロフライングボール選手ジュリアス・ブラックの電撃離婚騒動と言った新たなニュースに押し流され風化しつつあり、実際に事件現場にほど近いクラムホルム市やヌーベル・パレ市においても既に事件なぞ無かったかのように日常を取り戻していた。

 

「……また寝過ごした」

 

 アイリーン・グラヴァーは目覚まし時計を殴りつけて黙らせるとそうぼやいた。

 

 ただちにトーストを焼き、フライパンにハムと溶き卵と牛乳とバターを投げ込む。歯磨きしながらフライパンを回し、程々に焼けると火を消して後は余熱に任せて洗面台に向かう。口と顔をすすいで適当に櫛で寝ぐせを整えると、再びリビングに向かいプレーン皿を取り出す。冷蔵庫に作り置きしているマッシュポテトと生野菜サラダ、フライパンのハムとスクランブルエッグ、そしてトースト二枚を乗せて、後はミルクを入れた珈琲で朝食を完成させる。

 

 若干寝ぼけた目付きでぼんやりとニュースを見ながら朝食を終えると服を着替えてバッグ片手に職場へと向かう。

 

 今日もまたモノレールの席取り合戦に敗れた彼女は目の前で鼾をかいて眠りこけるカツラの中年に飛び膝蹴りしたい気持ちを抑え、携帯端末をいじりながら時間を潰す。

 

 いつも通り駅構内とオフィス街を駆けて、ギリギリの時間帯となって彼女は職場に滑り込んだ。

 

「はぁ、まぁいつもの事だから今更だけど……とっとと席に着きなさい?」

「あはは、どうも……」

 

 フェザーン移民の上司に睨まれ、誤魔化すような笑みを浮かべてグラウァーは自分の席に逃げ込む。

 

「あ、負けました」

「昼にカフェラテ奢りなさい、後輩」

「貴方達、また私で賭けしてるの?」

 

 グラウァーは溜め息をついて何で遅刻しないのか愚痴る後輩と、自身と後輩に取り合わず作業を始める同僚をジト目で見て、しかし暫くして肩を竦めて自身の仕事を始める。

 

「あ、これこの前のデザインの修正点。どうかしら」

「あー、まぁいいんじゃないの?上から言われた点は注文通り変更出来ているし、帝国風な印象も結構消えてるしね。後輩君はどう見る?」

 

 グラウァーがバッグから取り出したスケッチを観賞して同僚がそう答え、後輩に話を振る。来年の冬服のデザインを作成していた後輩はそれに答えて覗きこむようにスケッチを見る。

 

「お、可愛いですね!先輩ってぐうたらなのに仕事のデザインは乙女チックなんですよね!」

「お前ぶん殴るぞ」

 

 グラウァーが笑顔で拳を見せつけると後輩はそそくさと同僚の後ろに逃げ込む。

 

「はいはい、貴方達馬鹿やらない!『時は金なり』よ、お給料貰っているんだからふざけるのは休憩時間にしなさい!」

 

 上司がそんなグラウァー達を横目で睨み付け、フェザーン人らしい諺で注意をすれば慌てて皆が仕事に戻る。

 

 とは言え、皆この完全実力主義の会社に勤める以上無能ではない。一度仕事に入れば時折ふざける事はあろうとも手は止まらずに給料分の仕事をして見せる。

 

「そうそう、今度映画館に行きませんか?今年も映画祭始まるじゃないですか!」

 

 朝の仕事を終えた昼休み、職場のあるオフィスビルの一階にあるカフェで小生意気な後輩が提案した。ヌーベル・パレ市で行われるサジタリウス映画祭の期間中は市内の映画館が軒並み半額となり、その一年で上映された全ての映画を鑑賞する事が出来る。

 

「そういうのは普通彼氏と行くものじゃないの……ていつもの事か」

 

 グラヴァーは呆れ顔で肩を竦める。自身は兎も角キャリアウーマンな同僚と空気の読めないウザキャラな後輩に男気なぞある訳ないのだ。おかげで毎年この面子で映画館に行かされる羽目になる。全く男気の無さがこちらまで移ったらどうするつもりなのか……。

 

「先輩ー、今滅茶苦茶内心でディスりませんでしたー?」

「おい、心を読まないでくれないかしら?」

 

 取り敢えずグラヴァーは後輩に突っ込みを入れる。その様子を観察していた同僚も溜息をつきつつ話に加わる。

 

「と言ってもここ一年で面白そうな映画って何があったかしら?」

 

三人が一様に考え込む。

 

「『荒野のハヤブサ飛行隊』?」

「えー、あれって元ネタはひと昔前の懐古主義映画ですよね?リアルより過ぎて余りエンターテインメントとしては合いませんよ?」

 

 同僚の提案に後輩が文句をつける。古き良き同盟建国期の開拓時代をモチーフにした作品は、歴史的考証は良く出来ているが純粋な娯楽映画としては少々力不足だ。

 

「あんたねぇ、じゃあ何が思いつくの?」

「うーん、じゃあ『伯爵令嬢様は告らせたい』と『五等分の寵姫』でどうでしょう!」

「おい、さらりとラブコメとホラーを混ぜるな」

 

後輩の提案に速攻でグラヴァーは突っ込みを入れる。

 

 双方とも実話を基にフェザーン人監督が製作し、フェザーンのホーリールード映画祭でもノミネートされた作品だ。前者は朴念仁で有名であったカール大公と後にその妻になるアデリア・フォン・エッシェンバッハによる恋愛模様を戯曲化した物で、後者は痴情の縺れによって最終的に寵姫達に「物理的に」五等分された、苦悩帝こと第一七代銀河帝国皇帝レオンハルト一世の実話である。

 

「むー、じゃあ先輩は何推しですか?」

 

 むすっと頬を膨らませて後輩が問い詰める。グラヴァーは少し難しそうに考え込み……。

 

「べす……ふ……と……」

 

 小さく呟かれた声に同僚と後輩は首を傾げ、もう一度答えるように頼む。

 

「……『べすてぃー・ふろいんとⅡ』」

 

 暫し葛藤するような素振りを見せた後、グラヴァーは顔を赤らめて答えた。それは子供向けアニメ映画であった。

 

「あー」

「あー」

 

 同僚と後輩が同時にどこか温かい目でグラヴァーを見つめる。

 

「止めてくれない?そんな目で見ないで悲しくなるわ」

 

 仕方ないのだ。毎日仕事で疲れて深夜までデザインを設計しているとテレビ画面の向こうからほんわかしたサーベルが「すごーい!」とか「たのしー!」とか言ってる姿は正直滅茶苦茶癒されるのだ。全て資本主義と同盟の自主やら自律を求める社会が悪いのだ、少なくともグラヴァーはそう信じた。

 

 ………尚、この後恥ずかしさを隠すために注文していたドーナツを口に入れて紅茶で流そうとしてむせたのは秘密である。

 

 

 

 

 

「じゃあ、私は先に帰りますね?」

 

 昼からの仕事を終え、少しだけ残業(当然給料は出る)をした後、グラヴァーは上司にそう連絡する。

 

「あ、先輩ずるい」

「さっさと仕事を終わらせない貴方が悪いの」

 

 グラヴァーは拗ねる後輩に意地悪な笑みを浮かべる。とは言え後輩よりも仕事量は若干多かったのだ、文句を言われる筋合いも無い。

 

「そう、御苦労様。カードの打刻はしておいて。……気を付けてね?」

 

 上司は最後に心配そうにそう付け加える。二週間前の事件もあってそれに巻き込まれた部下を心配してくれているようだった。それは会社のほかの上司や同僚、部下も同じであり、皆彼女の心を慮って敢えて事件には触れず、いつも通りにしつつも思いやりを持って接していた。

 

「……はい、お疲れ様でした!」

 

 グラヴァーもそれを理解するが故に無理をせず、気楽に、そして感謝してそう返事を返した。そのまま駅でリニアモノレールに乗って揺れ、それを降りると街灯が歩道を照らす夜中のクラムホルムの街を歩く。そして………。

 

「はぁ、………何かこんな状況、ちょっと前にもあったわね」

 

呆れたように溜息をつく。そして……。

 

「ええ、良いわよ?どうせもう言い逃れ出来る事でも無いのだし、ね?」

 

 夜道でグラヴァーが振り向いた先には以前会った時と同じ服装の亡命貴族の将校の姿があった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「支払い、まさか淑女にさせる訳じゃないわよね」

 

 喫茶店「ブリュメール」の窓に面していない奥まった席に座ったグラウァー氏は、周囲を警戒した後、思い切るように私に尋ねる。

 

「勿論ですとも。貴重な御時間を頂くのです、お好きな物をご注文下さい」

 

 同じように席に座り込んだ私はにこやかな笑みで答える。正直後で経費で立て替えしてもらうのが憂鬱だがそれを口にするわけにも行かなかった。

 

「じゃあこの珈琲にチョコレートティラミス、ピーチパイと……それにこの杏タルトを頂戴」

 

 メニュー表をざっと見てから堂々と注文をするグラウァー氏、私は同じく珈琲だけ注文する。そして注文を受けた店員が去り………。

 

「ヨハンの怪我はどう?」

 

 目の前の女性の纏う空気が僅かに変わったのを私は感じ取った。

 

 一見すると何も変わらないように見えるかも知れない。しかし、その低い口調とこちらを観察するような細く開かれる瞳、そしてその姿勢からは一般的な同盟社会人女性にはない何かを感じとる事が出来る。

 

「………御無事ですよ。銃撃は急所を外れていましたから、後遺症もありません。あと数日もすれば問題なく動けるようになるでしょう」

「そう、それは良かったわ……私を巻き込まないように危険を承知で説得しようとしてくれたのだもの。死なれては寝覚めが悪すぎるわ」

 

 一見すると淡々とした冷たい口調……しかし、そこに確かに温かみを感じさせるように口元を僅かに綻ばせるグラウァー氏。

 

「私の事は……ヨハンから聞いた訳ではないのでしょう?あの人は口を割る位なら自裁するような性格だから。貴方……いえ、貴方達は元から知っていたと考えて良いのかしら?」

 

グラウァー氏は私に対して冷笑を浮かべて尋ねる。

 

「………元々クレメンツ大公生存説が流れる程でしたからね、同盟政府も調査自体はしていましたよ。とは言え、御上の予想はフェザーン潜伏、自治領府が匿っている線を有力視していましたけどね」

 

 私は正直に答える事にする。彼女を余り不快にさせるべきではない。

 

 先程言った通り、クレメンツ大公生存説自体はそれなりに流布されていた噂だ。クレメンツ大公の遺体は損傷が激しく本人と完全に断定はしきれなかった。DNA自体は本人と一致したものの、数名の家族はそれすら確認が困難であった事も理由だろう。

 

 とは言え、この程度ならよくある噂以上の物ではない。同盟上層部も可能性について留意はしていても比較的優先順位が低かった。

 

 きっかけは、退職したあるフェザーン入国管理局員が口を滑らせた事である。

 

「『クレメンツ大公一家の死体を偽装した』。陰謀論なんて良くある話、しかも酒場で酔った勢いでの話です。本来ならば一笑に付されるか戯言扱いですが……」

「帝国の『ハウンド』が接触でもした?」

 

 頬杖をつき、意味深そうに口元をつり上げるグラヴァー氏の言葉に私は頷く。

 

 フェザーンは帝国と同盟の諜報戦の主戦場だ。高等弁務官事務所の監視や職員の尾行なぞ日常であり、工作員による暗殺や情報収集、その他の工作も当然行われている。最低でも月に一人は民間人に扮したスパイが川で死体となって浮いているのが恒例行事である。

 

 同盟の情報部は件の入国管理局員を特に重視していなかったが、その局員に帝国の「ハウンド」が接触した事で流れは変わった。

 

「高等弁務官事務所に局員が接触してきたそうです。亡命希望でね。同盟政府が本格的に動き出したのはそこからですよ」

 

 クルーザーに保管されていた貴金属と引き換えにクレメンツ大公一家の一人の死体を偽装した事を局員は語った。とは言え証拠は何処にもない。死体は帝国側に送還されたし、同盟への亡命の時点で同盟の入国管理局が検査を行っている。どうやってそれを擦り抜けるというのか?

 

 私とグラウァー氏は一旦沈黙する。店員が注文の品を持ってきたからだ。テーブルの上に珈琲とケーキが置かれ、店員が恭しく立ち去るとそこでグラウァー氏が口を重々しく開いた。

 

「………ジークマイスター機関、だったかしら?」

 

 グラヴァー氏は溜息を漏らすと湯気の立つ珈琲を一口含み、そして続ける。

 

「詳しい事は知らないわ、けど義父……クライバーが言うには、同盟に亡命した同志の伝手を使って入国時の検査を偽装したと聞いたわ」

「やはりですか」

 

 グラヴァー氏の言葉に私は然程驚かない。上層部でも想定の一つにおいていたからだ。

 

「貴方の母……ローゼンタール伯爵夫人、クレメンツ大公の寵姫となる前の名前をエミリア・フォン・ミヒャールゼンは父の人脈を受け継いでいた、上層部はそう見ています」

 

 オットー・フォン・ジークマイスターとクリストフ・フォン・ミヒャールゼンを指導者とした帝国史上最も危険な反国家的スパイ網の一つであるジークマイスター機関は、両者の喪失後、幾度かの憲兵隊や社会秩序維持局による弾圧を受けた末、最後は「カップ大佐反乱事件」により壊滅。数少ない残党は同盟ないしフェザーンに亡命するか、ほかの反帝国地下組織に合流した……と言うのが亡命政府や情報部が把握していた情報だ。

 

「現実には残党がミヒャールゼン提督の娘であり、クレメンツ大公の側室であった貴方の母の下に結集した」

「それは正確ではないわね。保護を願って落ち延びて来た、というべきよ」

 

義父が言うにはね、とグラヴァー氏は付け足す。

 

 組織再編のための結集にしろ、保護を受けに逃げて来たにしろ、兎も角もローゼンタール伯爵夫人の下にジークマイスター機関の残党が集まっていたのは事実であるわけか……。

 

「そして、貴方の母は彼らを利用した」

 

 宮廷における権力抗争にこの工作員達を活用し、伯爵夫人は数いるクレメンツ大公の寵姫の中でも正妻に匹敵する権威を手に入れた。あるいはクレメンツ大公自身がその有用性に目を止めて引き立てたのか………。

 

「義父が語るには母の下にいたジークマイスター機関の残党の一部は父を皇帝にして民主主義の布教を狙っていたようね。父自身影響を受けて同盟に対して融和的だったそうだし……立憲君主制でも目指していたのかもね」

 

 グラウァー氏は珈琲のカップをテーブルに置くと、彼女が伝え聞いた話を口にする。

 

 こうして彼らはクレメンツ大公を皇帝にするべく蠢動する。最大の功績はリヒャルト派の失脚であった。リヒャルト大公に弑逆の罪を擦り付けて自裁させ、その派閥も壊滅させる。

 

「しかし、そこで宮廷クーデター、ですか」

 

 帝国警察庁長官ブラウンシュヴァイク公爵、統帥本部総長リッテンハイム侯爵、社会秩序維持局局長ベルンカステル侯爵……その役職からして、恐らくはクレメンツ大公の背後で蠢いていた共和主義者の存在を把握していたと見て良かろう。

 

「そうでなければあの状況でクーデターなんて起こさないでしょうね。担ぎ上げるべき伯父様は本来ならば支持を受ける事なんてないでしょうし、オトフリートのお祖父様やその側近達がクーデターを許容なんてしないわ」

 

 そして恐らくジークマイスター機関のスパイ網からそれを察知したのだろうクレメンツ大公は同盟に亡命を決意した。

 

「表向きはリヒャルト伯父様の弑逆だけど実際はスパイ、それも飛び切りに恨みを買っている者と手を組んでいた。当然国内に残るなんて無理な話よ」

 

 宮廷闘争で同盟の後ろ楯を得る事自体は然程問題はない。サジタリウス腕も帝国の論理では帝国の辺境領であり、彼らを「利用」する事は奨励される事ではないとしても徹底的に否定するべき事でもない。

 

 だが、ジークマイスター機関は違う。彼らの活動は余りに多くの武門貴族や帝国国境の地方貴族、更には国政に関わる官僚貴族の怨みを買っている。帝国政府も体面からそうそう暴露するとは思えないが、もし知られればその時点で詰みだ。クロプシュトック侯爵等の支持者の下に逃げ込むのは暴露された時のリスクが高すぎた。

 

「そしてあの事故、と」

「あれがどこぞの手の者による暗殺か本当の事故なのかは知らないわ。少なくともブラウンシュヴァイクやベルンカステルはあの事故を謀略の道具にしたようだけど」

 

 グラウァー氏は声を潜めたまま冷笑する。

 

 ブラウンシュヴァイク公爵はクレメンツ大公死亡の責任についてファントムハイヴ、トランシー、ランドン家に追及し、オトフリート五世は最終的に彼らに当主の自裁や降爵、領地の一部没収等の罰を与えた。彼女から見た場合、彼らと役職が重なるブラウンシュヴァイクやベルンカステルがこの機に敵対者を引き摺り落としたように見える訳か。

 

「家族が皆死んだ中で私だけ生き残ったのは本当に偶然よ。侍女が……友人が盾になってくれなかったら死んでいたわ」

 

 ジークマイスター機関の残党であり、クレメンツ大公の食客でもあったクライバー帝国騎士の娘イレーネ(臣下が主君の子供と同じ名前を付ける事は往々にしてある事だ)は、彼女を守る形で死んだ。

 

「そして彼女に成り代わった訳ですか」

「……否定はしないけどその言い方は止して欲しいわね、実行したのは義父よ。当時の私は訳の分からぬままそれに従う事しか出来なかったわ」

 

 グラウァー氏は心底不愉快とでも言いたげな顔をして、説明する。

 

 クライバー帝国騎士は主君一家と娘の亡骸を確認した後、唯一生存していた彼女を保護するために最善の行動を取った。娘の亡骸を外面が分からない状態にし、次いでフェザーンの入国管理官を買収、同盟の入国管理官は機関の同志の協力を得て擦り抜ける。そして注目されないように、暗殺されないように亡命政府や帝国人街から距離を取って潜伏していたと……見上げた忠誠心だな。

 

「………彼には随分と悪い事をしたと思っているわ。自分の娘の亡骸を分からないように壊して、赤の他人の私のために人の嫌がる仕事をさせたのよ。……ええ、良い臣下であり、父だったわ。正直、本物の父より………」

 

 これまでの記憶を思い浮かべながら苦々しく、憮然とした表情を浮かべるグラヴァー氏。

 

「クロプシュトック大佐との出会いはどういう経緯で?」

 

 暫く彼女に心を整理させる時間を与えた後、私は話を進める。

 

「ええ、父が交通事故で死んだ後、私が移住したのは知ってるわよね?あれが本当の事故だったのかは兎も角、すぐに私は教えられていた通りに帰化申請してから逃げたわ。このヌーベル・パレの辺りは随分とリベラルだから工作員も潜入しにくいと思ってね。それで定職について……信じないかも知れないけど、本当に偶然よ?書店でアルバイトしていたヨハンとあったの」

 

 グラヴァー氏はそこでこれまでの影のあった表情を若干和らがせて、口元を綻ばせる。

 

「すぐに分かったわ。……貴方なら知っているでしょう?クロプシュトック侯爵家の事くらい。父に献金なり人を紹介するなり色々して即位後の領地への投資やら国務尚書の地位、それに娘の嫁ぎ先に選ぶ約束もしてもらったわ」

「……その娘が貴方という訳ですね?」

「正解」

 

 肩を竦めてグラヴァー氏はチョコレートティラミスに手を出し始める。

 

「風の便りでクロプシュトックの惨状は聞いていたわ。けどまさかヨハンがあんな場所にいるなんて思わなかったわよ。しかも平民の振りして捕虜になっているなんて想像もしてなかったわ」

 

 チョコレートティラミスをフォークで一口、育ちを感じさせる上品な動作で食べた後、彼女は話を続ける。

 

「街の喫茶店とかで色々話したわ。……とても楽しかったわよ?そりゃあこっちに来てから友人も出来たけど、本当の私の事なんて話せないもの。本当の意味で『私』として気を許せる時間なんてそうそう………」

 

暫し物思いに耽る素振りをし、彼女は言葉を更に紡ぐ。

 

「………正直、こんな事になるなんて考えてもなかったわ。ヨハンも家に未練は無いらしいから私を売る気は無いと言ってたわ。このまま模範的に過ごしていれば帰化出来るとも言ってたしね。そうしたら秘密のある者同士暮らしていって、貯金でも貯まれば田舎で余生を過ごしても良いかなって考えてもいたのよ?けど………」

 

鋭い視線で彼女は私を射ぬく。

 

「私も馬鹿じゃないわ。収容所のあの騒動が完全に不運が重なった結果と考える程頭の中は御花畑ではないわよ。それで、やっぱりあれはそういう事なの……?」

 

 彼女は嘘は言うな、とばかりにこちらを睨み付ける。その視線はただの一般市民が向けるにしては異様な程の迫力があり、こちらの内面を見透かすように感じられた。

 

「……半分程は、でしょうか?当初、貴方の命を狙っていたのは間違いありません。但しあの騒動自体は現場の暴走に近いものです」

 

 私は彼女に簡略的にあの騒動について説明をしていく。彼女は当初淡々と話を聞いていたが、蜂起部隊が捕虜収容所の穏健派を殺害する事を予定していた下りを聞いて僅かに動揺する。

 

「そう、当然その穏健派の中には……」

「ハンス・シュミット……いえ、クロプシュトック大佐も含まれていたでしょう。彼は収容所内では模範的であり、消極的とはいえ自治委員会の方針に賛同していましたから」

「そう……」

 

 グラウァー氏を騙る女性は複雑な面持ちでピーチパイに手を付ける。

 

 恐らく当初の計画では、まず彼女の存在を知るクロプシュトック大佐を、そして収容所を脱走した捕虜の犯行に見せかけて彼女も暗殺するつもりだったのだろう。その計画自体は中止されたが、現場の暴走により下手をすれば帝国側工作員の目標が偶然殺害される所であった。

 

 尤も、結果としてはそれが彼ら彼女らが自発的に保護を求める事態に繋がったのは幸運というべきか、悪運というべきか………。

 

「………それで?平民の血税をつぎ込んでただただ『保護』したい、と言う程貴方に代理を頼んだ輩は篤実でもないのでしょう?何が望みな訳?」

 

 品定めするような視線を向けるグラウァー氏を騙る女性。私はそれに対して嘘偽りなくスポンサーの要求を伝える。

 

「二つあります、一つは帝国国内の機関の残党との繋ぎ役として名前を貸して頂きたい」

 

 帝国国内のジークマイスター機関残党の少なくない数がクレメンツ大公の下に集まっており、その大公が同盟によって暗殺された疑惑がある以上、彼らは積極的に同盟と協力しようとはすまい。そこで、クレメンツ大公の娘である彼女を通じて独自に活動を続けているであろう彼らとの連携を取りたい、というのが上層部の意向だった。

 

「……次は?」

 

 当然それだけが要求である訳が無い事位、彼女も理解している。故に次の要求についても尋ねる。

 

「二つ、旧クレメンツ派の諸侯、彼らの少なからざる人数が現在のフリードリヒ四世の治世に………正確にはブラウンシュヴァイク公爵らの専横に不満を抱いております。彼らとのパイプ役、ひいては象徴となって頂きたい」

 

 クレメンツ大公の子供の中で恐らくは唯一の生存者が目の前の女性である。そしてその血は現在の帝国の政情において最大級の爆弾となり得る。

 

 現在の銀河帝国の帝位継承問題は混沌を極めている。帝国帝位継承法において、通常は皇帝の男子、男子が存在しない場合は兄弟かその男子が帝国枢密院の「推挙」により皇太子として定められ、オーディン教教皇庁の「祝福」に基づき聖俗両世界の最高権力者たる「全人類の支配者にして全宇宙の統治者、天界を統べる秩序と法則の保護者、神聖にして不可侵なる銀河帝国皇帝」に即位する事になる。

 

 現皇帝フリードリヒ四世は二八名の子供を作り内一五名は「流産」と「死産」で現世を去り、残り一三名の内七名は「事故死」ないし「病死」、「急死」、「自殺」によりヘルヘイムへと旅立った。

 

 成人した四名の内二名が男子で二名が女子である。女子二名はオトフリート五世の妹の子、フリードリヒ四世の従姉妹が母であり、権門四七家にしてクレメンツ大公を追放した宮廷クーデターの首謀者が一つベルンカステル侯爵家の血を引くアマーリエとクリスティーネである。それぞれが同じく宮廷クーデターを首謀したブラウンシュヴァイク公爵家、リッテンハイム侯爵家の次期当主(当時)に嫁ぎ娘を出産した。因みに両家の前当主の妻は第三〇代皇帝コルネリアス二世の皇后の子である。

 

 男子は二名は同盟、そして帝国においてすら時に混同される事がある。何せ共に下級貴族の寵姫を母としており、共に曰くつきの名前で知られる「ルードヴィヒ」の名前が付けられていたためだ。これはフリードリヒ四世自身が皇太子にするつもりは無いという意思表示であり、実際に生まれてすぐに臣籍降下が為されていた。関心が薄いために同一視される余り同盟の書籍においても誤解がよく生じている。

 

 ところが、宇宙暦783年、帝国暦476年に当時唯一臣籍降下せず皇太子の地位にあったレオンハルトが成人に達する直前に急死した。これを受けて、二人のルードヴィヒは暫定的にではあるが皇位継承者候補に復帰した。

 

 とは言え、ブラウンシュヴァイク家もリッテンハイム家も彼らを次期皇帝とするつもりは毛頭なかった。かつてのクロプシュトック侯爵ではないが両家とも二人のルードヴィヒを冷遇してきておりその溝は深く、その関係が改善される可能性は天文学的な物であった。

 

 宇宙暦784年帝国暦477年には片方のルードヴィヒ、母方の家名から「シュトラリッヒのルードヴィヒ」と呼ばれる方が「病死」した。一部では宮廷クーデターを起こした三家の手が疑われている。

 

 もう一人のルードヴィヒ、こちらも母方の家名から取って「ロンバルトのルードヴィヒ」と呼ばれる彼にも魔の手が伸び、二度に渡り事故に遭い負傷した。さらに、枢密院と教皇庁はそれぞれブラウンシュヴァイク、リッテンハイム家の政略によりその代理人と化していた。

 

 これらの流れが変わったのは、リヒテンラーデ侯爵とカストロプ公爵、カルステン公爵がルードヴィヒ皇太子の支持を始めたためだ。宮廷クーデター以来専横を重ねる三家への反発からの物と見られた。

 

「家名で劣り、しかも枢密院と教皇庁の支持を得られない皇太子、一方枢密院と教皇庁をそれぞれ支配する代わりに帝位を継ぐべき男子のいないブラウンシュヴァイクとリッテンハイム、しかも後者二名は潜在的な敵と来ている………。宮廷は今や三者鼎立状態と言う訳ね?」

 

 安定しているようで不安定な現在の宮廷の勢力図において「クレメンツ大公の娘」という存在がどれだけの影響を与えるか、分からぬ者はいまい。特にクロプシュトック侯爵家を筆頭とした旧クレメンツ派は当然ブラウンシュヴァイク家にもリッテンハイム家にも付けないし、だからといってフリードリヒ四世の息子にして下級貴族の血を引くルードヴィヒの風下に立つ事も許容出来ない者も多い。

 

「貴方を帝国に売って講和の供物にするつもりはありません。ですが貴方の存在があれば旧クレメンツ派の結集が可能だ。同盟軍の全面的な後ろ盾があれば貴方が帝位に就く事すら可能であると上層部は考えているようです」

 

 上層部の分析では、今後十年以内に帝国において歴史上最大規模となる内乱が勃発する可能性は約八〇%と想定しているそうだ。彼らにしてみれば、内乱で潰し合っている所に旧クレメンツ派と同盟軍の連合軍でオーディンに討ち入り、女帝を即位させる事が出来たら万々歳と言った所だろう。

 

「あら、アルレスハイムの皇帝は無視してもいいのかしら?特に貴方の立場からすれば許容しきれない事ではなくて?」

 

訝しむように目の前の女性は尋ねる。

 

「それも考えてはみましたがね、残念ながら亡命政府は帝国国内に持つ基盤に不安がありますし、やはり遠縁ですから」

 

 当然秘密裏に手を結ぶ諸侯やスパイ網こそあるが、クレメンツ派の残党に比べれば亡命政府がオリオン腕に持つ基盤には不安が残る。血統も正統ではあるが残る三候補に比べては血筋が遠く、その三者に勝る支持を得られるのか、と言えば亡命政府はブチ切れるだろうが同盟上層部は楽観視していない。

 

「無論、今回のスポンサーとて亡命政府を蔑ろにするつもりは無いのでしょうが……。まぁ、帝国史上初の女帝陛下の子にこちらの皇統の娘なり息子なりが嫁いでくれれば十分です。二、三代かけて皇統を乗っ取りますよ」

 

 実際、同盟上層部からすれば旧クレメンツ派と亡命政府双方の顔を立て、その軍事力と財力を利用出来るのが一番都合が良いのだ。その分市民の血税と流れる兵士の血が減るのだから。

 

「あら、そんな事口にして良いのかしら?万一に私が玉座に座ったとして、その後に起こるのは亡命政府(貴方達)クレメンツ派(私達)の内ゲバよ?」

「御冗談を。一般市民として一生を過ごそうとしていた貴方が今更権力闘争を、まして自分の血統への拘りなぞないでしょうに。それなら寧ろ禅譲の方があり得ますよ」

「ああ、確かに。その手もあるわね……」

 

 彼女は顎に手を添えて半分冗談で、しかし半分程本気で考える素振りを見せる。

 

「……ふふ、まぁ冗談はこの程度にするとして…………私が『嫌だ』と言ったら?」

 

 彼女は高慢に、不遜な態度で、こちらの対応を窺うように尋ねた。だが………。

 

「それは有り得ないでしょう?」

 

 私は一切の迷いなくそう答える。十何年も一般市民に紛れて生活する事が出来た彼女が現実を分かっていない筈も無い。このままではそう遠くない内に命を落とす事位理解している筈だ。まして……。

 

「あの条件は私のスポンサーが提示した妥協出来るギリギリの内容です。ほかの者達に確保された暁には貴方に提示される条件は厳しくなっても軽くなる事はあり得ません」

 

 長征派に確保されれば間違いなく外交の駒にされるか民主主義を奉じる「アイドル」にでもされるだろう。当然二十四時間監視された状態で、である。

 

 あるいは亡命政府に確保されたとしよう。間違いなく帝室の一員として政略結婚をさせられるだろう。そしてクレメンツ派を利用するための出汁にされるだろう。

 

 統一派の提示した条件は正直な話かなり穏当な物だ。本当ならもっと容赦なく利用しても良い。それこそ確保されているクロプシュトック大佐を人質として利用すればどのような要求も出来るのだ。統一派の要求は少なくとも彼女を(ほかの勢力に比べて)対等の交渉相手として扱っている。後ろ盾も頼れる人物もいない彼女を相手としているのなら破格の待遇ですらあろう。

 

「残念ながらこれ以上の値引き交渉は御断りですよ?」

「見抜かれたか……」

 

 そこで先程までの女王然とした表情はなりを潜め、小市民的に残念そうに溜め息をつく。そして杏のタルトを食べながら私に問う。

 

「……………ねぇ。少し話は変わるけど、私の祖父は誰に殺されたか知ってる?」

 

 それはクリストフ・フォン・ミヒャールゼン提督の暗殺事件の真相について尋ねたものだ。帝国の公式記録では犯人不明、同盟政府も少なくとも公式には暗殺を否定している。現在に至るまで下手人は不明であるが……。

 

「自殺、でしょうかね?」

 

 私は片手間ながらもクロプシュトック大佐やケーフェンヒラー大佐の手伝いの中で、そして私がこれまで直に感じ取った貴族と宮廷文化の中で薄々そう判断していた。

 

 ミヒャールゼン提督を殺害する……帝国政府にとって彼が裏切り者であったとしても態態軍務省内で殺害する理由なぞなく、同盟に到っては亡命なら兎も角暗殺する理由は少ない。……ならば有り得るとすれば自ら命を絶ったという結論しかない訳だ。

 

「……義父の話によれば当時ジークマイスター機関に潜入していた『ハウンド』がミヒャールゼン提督の機関との繋がりを示す証拠を極秘裏に入手したそうよ。それを基に祖父の摘発計画が水面下で進行しつつあった」

「だが、その前に死亡した」

 

 私は続けるように答える。結果的にミヒャールゼン提督の口が物理的に閉ざされたために機関との繋がりを示す証拠はしかし確信犯であったのか、それともただ利用されていただけなのか分からなくなった。

 

 いや、軍務省内で死体となったのだ。自裁するとしても態態軍務省でする必要は何処にもない。機関との繋がりを示す証拠は一部の者達だけで共有されていたから当時軍部でも宮廷でもミヒャールゼン提督は何者かに殺害された、と言う見方が支配的となった。より正確にはそう誘導された。

 

「……自裁を進めたのはシュタイエルマルク大将でしょうね」

「ええ、そうよ。彼が……大叔父様が祖父にそう進めたのよ」

 

 シュタイエルマルク大将からしてみればこれは妥協の産物であった。帝国軍を弱体化させ、多くの上官や同僚、部下、挙げ句は身内まで死なせる理由となったジークマイスター機関の暗躍……彼にとってはミヒャールゼンは今すぐにでも断頭台に送りつけたい人物であっただろう。

 

 しかし、現実にはそれは出来ない事だった。ミヒャールゼンの息子達は彼やブルッフ大将(当時)の愛娘を妻に娶っている。そしてミヒャールゼンが機関の構成員である事が判れば事は大逆罪に類する。最低限でも三等親までが連座で死刑となるたろう。当然彼の娘……いや、それどころか彼自身にすら影響が及びかねなかった。

 

 ブルッフ大将もシュタイエルマルク大将も第二次ティアマト会戦以降の帝国軍を支えた存在である。ミヒャールゼン提督の排除を目論むブラウンシュヴァイク公爵家やベルンカステル侯爵家は代々治安や防諜関係の部署で重きをなして来たから躊躇は無かろうが、軍部としてはそれでシュタイエルマルク大将やブルッフ大将を失う訳には行かなかったし、彼らも子供や自分達を現世から追放させる訳には行かなかった。

 

 その結果、彼らはミヒャールゼン提督に取引を持ち掛けた。彼が自殺……それも「共和主義者に暗殺された」形で死ぬ事と引き換えに彼の名誉と一族の生命を保証する取引だ。

 

 元々、ミヒャールゼン提督には共和思想への共感は無く、どちらかと言えば興味本位で機関を組織し後戻り出来なくなったような物である。そして彼は貴族と宮廷の文化に疑問はあろうとも結局は貴族家の当主であり、父親であった。親族のために彼はシュタイエルマルク大将の脅迫に近い提案を最終的に呑み、そして………。

 

 ブルッフ大将やシュタイエルマルク大将は軍務省で起きた事件であるために帝国警察や社会秩序維持局の介入を阻止し、憲兵隊を使い事件を自殺ではなく暗殺事件へとすり替えた。ミヒャールゼン提督は少なくとも表向きは「血を裏切った叛徒共の卑劣な協力者」ではなく「卑怯な共和主義者によって犠牲となった軍高官」として礼を持って丁寧に埋葬され、またその一族は一切の追求を受ける事は無かった……とは言え流石に一部の不興を買ったのだろう、後にブルッフ、シュタイエルマルクの両者は表向きは別の理由でではあるが元帥に昇進を許されずに軍を去る事になった。

 

「……多分ね、母が彼らと……ジークマイスター機関と協力したのは復讐のためよ」

 

 別に保護を求めても無視しても良かったのだ。大公の寵姫、その立場にあれば少なくとも大抵の望みは叶うのだ。合理的に考えればクレメンツ大公の寵愛を受けるためとはいえ態々危ない橋を渡る必要は無い。

 

 ならば有り得る理由は……復讐だ。自殺に追い込まれた父のための復讐だ。クレメンツ大公を皇帝にし、その寵愛を利用して父を自殺に追い込んだ者達に報復する、門閥貴族は一族の仇を許さない。復讐は高貴な血の欲する所であり、義務であるのだから……。

 

「何事も巡り巡るものよね?ははっ、傍から見たら私って祖父や両親の仇討をしようとしているように見えるのかしら?だったらブラウンシュヴァイクら(あいつら)が私を狙う理由も分かるわね、可愛い娘や息子に報復される前に根こそぎ刈り取らないといけないのだもの。本当………だから宮廷は嫌いなのよ」

 

最後の言葉は心底嫌悪するように冷たい言葉だった。

 

「………まぁいいわ。細かい所は貴方を代理に選んだ輩と詰めるとして、その案に乗って上げるわよ。それ以外に手立ても無さそうだしね?だけど……私は祖父とも、両親とも違うわ。私は別に興味本位でなければ信条でもまして仇討なんて詰まらない事のために協力する訳でもないわ。唯生きたいだけ、生きて……大事な人と一緒にいたいから、それだけのために私は協力するの。その辺りの事は、上にも良く言っておいてくれる?誤解されたくはないのよ」

 

 そこでようやく彼女はどこか疲れたような笑みを浮かべ私に頼み込んだ。

 

「……承知致しました」

「……ありがとう。ああ、ここの店美味しかったわ」

 

最後の一口を食べ終えると、彼女は私の恭しい礼に実に同盟人らしい気さくな笑みで礼を述べた。そしてこのやり取りから交渉が終わった事を理解したのだろう、ふと「ブリュメール」の店先に数台の車が停車した。そしてすぐに店内に黒服を着た屈強なエージェント達が入店する。

 

(中央委員会直属のSP……しかも特別捜査第一課!)

 

 私は彼らの挙動や出で立ちからそう推測する。最高評議会議長の身辺警護も行う護衛のプロ中のプロだ。

 

『失礼致します。御同行を願えますでしょうか?』

 

 彼らは、恐らく事前に研修を受けたのだろう、宮廷風の動作と宮廷帝国語による呼びかけでクレメンツ大公の唯一の娘にそう伝える。

 

『……イレーネ・フォン・ゴールデンバウムである。さっさと貴方達の飼い主の下に案内しなさい。私は逃げも隠れもしないわ』

 

 優美にして傲岸不遜な宮廷帝国語の声に、私は再び対面する女性へと目を向けた。そこにいるのは最早同盟市民ではなかった。出で立ちこそ安い洋服ではあるが、その誇りと意志の強さを秘めた目、洗練された振舞い、滲み出る品格は確かに彼女が五〇〇年に渡り人類社会を支配してきた黄金樹の末裔である事を証明していた。

 

 SP達に守られ店を去る女帝の背中を見やり、私は最敬礼でそれを見送った。それは彼女に対する称賛と尊敬と、そして謝罪を込めた物であった。

 

 この後、宇宙暦788年10月1日、私はサンタントワーヌ捕虜収容所で発生した蜂起鎮圧の際に果たした功績により中佐への昇進が伝えられたのであった………。

 




次の章は原作キャラによって主人公が過去最高レベルにズタボロにする予定ですので、皆さん楽しみにお待ち下さい(満面の笑み)

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