帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第九話 多分アッシュビーは造船所の社員に嫌われていた

 夢を見た。物心がついた頃……正確には思考が纏まり自身が転生した事に気付いた頃の事だ。  

 

 当時の私を表すならそれは内気で無愛想な臆病者だろう。

 

 転生した私は恐怖し、怯えていた。この世界が何処なのかを理解したから。自身の立場に待ち受ける運命を理解したから。

 

 銀河帝国、ルドルフ大帝、自由惑星同盟……これらの単語が耳元に響き渡る。そして自身の置かれた世界を自覚する。

 

 絶望なんてものじゃない。無意味だ。無力だ。どうしようも無かった。

 

 同盟における亡命した門閥貴族の長男……それが何を意味するのか分からぬほど私も無能ではない。

 

 私は自身に待ち受ける過酷な運命を理解してしまった。由緒ある名門貴族?笑える。助かる見込みが一つもない。

 

 獅子帝が門閥貴族をどう遇するのかなぞ分かりきったことだ。いや、いっそ本物の門閥貴族ならまだ生存の道もあろう。

 

 だが、私の生まれたのは自由惑星同盟である。同盟の門閥貴族……しかも軍人の家系と来ている。ここまで盛られたら逆に笑えてくる。完全に私を殺す気としか思えない。

 

 彼の獅子帝に降る事すら許されない身だ。降った所でろくな目に合わない立場だろう。

 

 あるいは人材コレクターの獅子帝に自分の才覚を売り込む事が出来ればまだ希望もあったか。チートの一つもない只の一般人が獅子帝のお眼鏡に叶うかどうか考えるまでもない。

 

 故に私を支配したのは運命への諦観であり、無力感であり、無気力感であった。

 

 八方塞がり、それを変えるだけの才覚は無い。破滅を回避する手段はない。諦めずに抗うべきだ、等と第3者がみれば宣うだろうがそれは実際に私の立場に無く、ただの傍観者だから言える事だ。

 

 私の生まれたこの同盟の中の帝国は完全な保守社会であり身分社会であり年功社会だ。変わらぬ価値観、変わらぬ伝統、変わらぬ制度。まず、改革が許される筈が無ければ戦争を停める事なぞ論外だ。

 

 それに門閥貴族だからと言っても好きに出来る訳でもない。むしろ貴族であるが故柵により不自由な身の上だった。非才のこの身では貴族として指導される教養を身につけるだけで精一杯だ。その上貴族社会の硬直的文化を学べば学ぶだけ自身の無力さを一層理解するだけだった。

 

 貴族社会は血縁と伝統と慣習の支配する社会だ。敷かれたレールをひたすら進む事しか許されない。停滞と沈滞そのものだ。貴族はそのレールを先祖達と同様に進む事を求められる。変化を許さない。異分子は排斥される。変わらない事が貴族に求められる価値だから。その権威の源泉だから。

 

 立憲君主政を奉ずる私の故郷もその面ではオーディンの門閥貴族と変わらない。むしろ一面ではより厳しい。

 

 帝国に比べ国力で圧倒的に不利であるが故の門閥貴族、下級貴族、平民の三者の鋼鉄のごとき結束は、異端者の存在を許さない。其々が与えられた義務を果たす事が求められる。それが大帝と先祖の犠牲を背負う立場の者であれば尚更だ。

 

 だからこそ、私は全てを諦めた。唯、決められたレールを無感情に進み、そして最後、乗艦を爆沈させられるかギロチンにかけられる日まで貴族軍人としての役目を義務的に、機械的に遂行するだけ……そう、諦めていた。

 

 ある日の事、私はいつものように一人宛がわれた自室で玩具の山に囲まれていた。

 

 笑顔を見せず、人付き合いを嫌う当時の私に対して両親はしかし少なくとも物質的には過剰に愛情を注いでくれた証拠だ。

 

 尤も、両親には悪いが少しとして嬉しくは無かったが。

 

 どうせ皆死ぬのだ。長年に渡る伝統も慣習もそう遠く無い未来に消え去る。友も家臣も家族もどうせ皆いなくなる。

 

 ならば敢えて失う物を自身で増やしてどうする?失う苦しみが増えるだけではないか。

そんな考えが私の非社交的な性格を形作っていた。

 

 そんな私に父が駆け寄る。無感動に見上げる私に父は新しい付き人を紹介する。以前にも何人か任命されていたが皆、子供の癖に何も話さず、何も関心を示さない私に手を焼いて困惑していた。すまない事とは思うがどうせ私と親しくなっても死ぬ確率が高くなるだけだ。疎遠でいてもらった方が彼らのためだ。

 

 どうやら父は私のこれまでの臣下への態度から怖がっていると思っているらしい。今回はそれに配慮して同い年の女性を選んだらしい。よく見ると父の足下に隠れる女の子がちらちらとこちらを覗いていた。あぁ……面倒だ。今回はどのように距離を取ろうか?あからさまに嫌う態度を取ると相手の立場が悪くなる。

 

父の催促と共に少女が飛び出す。

 

 酷く緊張した面持ちで、しかし同時に期待するように目を輝かせて、彼女は目の前に立つ。

 

 スカートをつまみ上げ、腰を僅かに曲げて臣下の礼を表す会釈。

 

「ごとすりーとけのちょうじょ、べあとりくすでございますっ!!わかさまのおそばづかえとしてさんじよーいたしました!どうぞよしなにおねがいもーしあげます!」

 

 拙くも懸命に口上を垂れる従士に、しかし私は胡乱気に見やる。一方、私に意識して貰えたのがそれだけで嬉しいかのように屈託の無い純粋な笑みを浮かべる幼女。

 

その態度を見て私は顔を僅かにしかめる。

 

 それを幼いながらも認識した彼女は一瞬不安な表情を表し、次に私に駆け寄った。そして私の手をとり………。

 

 

 

 

 

 

 

「わ……ま……若……ぶ……です……」

 

 白濁とした意識が急速に戻る。輪郭のぼやけた視界はゆっくりとクリアになっていき、五感が四肢に戻ってくる。

 

「若様!?ご無事で御座いますか!!?御返事をっ!!」

 

私の網膜がよく知る従士の姿を映し出す。

 

「あっ……べ…アト……か?」

 

 未だにはっきりとしない意識を強引に覚醒させて私は従士の声に答える。

 

「……!!はいっ!従士ベアトリクスで御座います!」

 

 私の返答に必死の形相だった表情は安堵に包まれ、すぐに再び表情を引き締める。

 

「非礼を御許し下さい。事は緊急を要します。まずは御起立を」

 

 今更気付いたが彼女は私に覆い被さる体勢であった。素早く立ち上がり周辺警戒に移る従士。

 

「つ……何があった?確か私は……」

 

 地味に痛む体を持ち上げながらも私は記憶を辿る。同盟の補給基地に辿りついた後、そのまま再度リバースしそうになりベアトに支えられながら基地の医務室のベッドで呻き声を上げていた筈だ。

 

「そうだ……その後基地の緊急放送か何かがあった筈だ。そしてすぐに地震があって……つ!!」

 

ここに来てようやく私は周囲を観察する余裕が生まれた。

 

 大地震の直後の室内、そうとしか形容出来ない様相だった。医務室はあらゆる機材が散乱していた。本や資料、救命キットの中身はぶちまけられていた。机やベッドが信じられない事に巨人にでも投げ飛ばされたように横倒しになっていた。

 

「これは……ひぃ!!?」

 

 私は、情けない悲鳴を上げていた。机の下敷きになった同盟軍軍医を発見したからだ。いや軍医だった、か。頭から今も出血している姿は恐らく生きてはいまい。頭部陥没、といったところだろう。恐らく即死だっただろう事が救いか……。

 

 初めて死体を見た私は後ずさりして震える。今更ながら私は命の危機を感じていた。軍人になるのは最早抗いようはないにしてもまさか幼年学校から死体を見ることになるとは流石に考えてもいなかった。

 

「ベアト……一体全体これは……っ!!おい、大丈夫か!!?」

 

 情けない事にここに来て初めて私は彼女の怪我に気付いた。額から流れる血筋に私は驚きながら詰め寄る。一方、彼女は気にした様子は見せない。

 

「先ほどの振動で何かにぶつけたようです。傷は浅いので問題はございません」

 

むしろ心配させた事を申し訳なさそうにする従士。

 

「問題はって……いや、いい。それより治療が先決だ」

 

 彼女の態度で私は察した。恐らくあの地震の際に彼女は私を抱き締めて盾になったのだろう。怪我の原因は私だ。恐らく彼女は認めないだろうが……。この話は詰め寄るだけ時間の無駄だと知っているのでそれよりも治療の方が重要だ。

 

「若様、治療でしたら自分で……」

「いいから、一人ではやりにくいだろう?私の治療中の警戒頼むよ?」

 

彼女に私の望みを実行させるには合理的に語るに限る事はこれまでの経験で知っている。

 

「……了解です」

 

渋々ながら、ベアトは承諾して椅子に座りつつ周囲を警戒する。

 

「それではやりますか」

 

 死体を見ないようにしながら私は慣れた手つきで散乱した医療品から必要なものをかき集め、ベアトの治療を始める。自身の生存率を上げるため救護技術の講義は一際力を入れ学んでいた。おかげで学年4位の成績だ。

 

 消毒と、傷口への異物が無いかの確認……傷は深くない。この分だと縫う必要も、傷跡も残るまい。麻酔を塗るとガーゼで傷口を抑え、包帯で巻く。10分もかからずに治療は終わる。

 

「これで、終わりだな」

「若様、御手数をおかけして申し訳御座いません」

 

誇らしげに治療の終了を伝える私に恐縮しあがら礼をするベアト。

 

「気にするな。お前が傷物になると親父さんに合わす顔が無い」

 

 冗談半分で私は答える。ベアトの父にとって彼女は唯一の娘だ。歳の離れた息子2人に末っ子のベアト、彼女の父ゴトフリート大佐にとっては死んだ妻に似ている事もあり、一際可愛らしい子供の筈だ。それを預かっているだけあって責任は果たさなければなるまい。

 

「それよりも……一応記憶はあるが咄嗟の事で曖昧だ。知っている事を教えてくれないか?」

「はい、現状把握出来ている事はこの補給基地が敵性勢力の攻撃を受けた事、その結果この辺りの区画が重大な損傷を受けた事、また。少し前に途絶え気味のアナウンスでしたが恐らく敵性勢力の陸戦部隊が侵入しているだろう事です」

「それはまた……間の悪い」

 

 ベアトの正確な報告に感心しつつも、私は運命を呪う。これは本気で時の女神に嫌われていると思った方がよさそうだ。ラインハルト達ですらせめて幼年学校は卒業しているぞ?

 

「その拳銃は?」

 

ベアトの手に持つブラスターを見て指摘する。

 

「大変失礼ながら武器が無ければ若様を御守り出来ないと愚考致しました。医務室より銃器を探し、これを」

 

恐らく死んだ軍医の護身用だったのだろう同盟宇宙軍正式採用ブラスターを持って警戒するベアト。

 

「いや、いいさ。的確な行動だ。丸腰で戦うなんて無謀過ぎるからね」

 

私達は北斗神拳伝承者じゃない。己の肉体だけで銃に対抗出来る訳もない。

 

「それで、問題はこれからか。どうする?ここに留まって助けが来るのを待つか、それとも助けを探すか」

 

少ない情報でどう選択するか、それが生存の分かれ目だ。

 

「私としましては移動を具申します」

 

すぐに、はっきりとベアトは答える。

 

「理由は?」

「一つには敵勢力の存在です。正体不明ながら陸戦部隊の揚陸を行っている以上本施設の全体ないし一部の占拠が目的でしょう。アナウンスによれば隕石の衝突箇所に揚陸しているようです。基地の見取り図を確認しましたが本区画と4フロアしか離れていません。ここに留まるのは戦闘に巻き込まれる恐れがあります」

 

室内から探しだしたのだろうタッチパネル式の同盟軍汎用事務端末から基地見取り図を表示するベアト。

 

「次に空気の問題です。基地に侵入口が出来た以上空気の流出も始まっている筈です。エアロックが為されているとは思いますが戦闘による破壊もあり得ます。この場にいると空気の消失による窒息の可能性もあります」

 

そして最後に最大の理由もベアトは指摘する。

 

「最後に、この襲撃の目的がこの基地の占領である可能性があるためです。その場合、周到な準備が為された訳であり、基地の陥落の危険が付きまといます。そうなるとここに留まるより基地からの脱出を試みる方が良いかと」

 

ベアトの指摘に対して私は頷く。

 

「完璧だな。いやはや、私なんかよりよっぽどしっかりした理由だ。……そうだな。その方が良い。最悪を想定して動こう」

 

 私達はこうして基地脱出のための行動に移る。医務室から必要になり得る物資だけ頂戴し、廊下に警戒しながら出る。先頭がブラスターを構えたベアトで後ろで端末の地図を見るのが私だ。射撃の腕は情けないが彼女が上なのは客観的に明らかである。

 

廊下を進んでいく。気味の悪いくらいの静けさだ。

 

「人がいないな……」

 

避難したものもあるのだろうが、それを差し引いても静かすぎる。

 

「同盟軍の後方支援部門は人手不足なのは本当だな」

 

 オートメーション化を推し進めていても、国力でも人件費でもコストの嵩張る同盟軍の人手不足は深刻だ。正確には予算と専門技術を有する者が不足している。

 

 予算面でいえば馬鹿高い宇宙戦艦を何万隻も揃えなければならないのだ。普通に考えて駆逐艦ですら呆れる値段だ。戦闘の主力たる宇宙艦艇に予算の多くが重点的に配置されているためそれ以外の方面、とくに人件費が圧迫されているのが現状だ。ナンバーフリートですら宇宙艦艇の乗員は定員の7割前後で稼働させるオーバーワークだ。

 

 しかも、その人員の多くが専門技術が必要とされる。単純作業はあらゆる方面で機械化されているため必要なのは資格や技術を持つ軍人。そしてそんな軍人は1年2年では育たないし、それを取得出来る程度に能力が高ければ軍に入るより民間の大企業か公務員になる。同盟は民間も軍も人手不足というが正確にいえば専門知識・技能を有する者が常に不足していた。

 

 辺境、と言わぬまでも後方のこの補給基地も恐らくはかなり人員が削減されているのだろう、等と私は逡巡する。

 

「この通路を右折……糞、エアロックか」

 

 私は舌打ちする。安全な区画に入るための通路は特殊合金製の厚い扉に閉ざされていた。

 

「開けるのは……無理だな。」

 

 扉は自動開閉式、基地の異常に対応して自動でしまる。まだ兵士がいてもお構い無しのマキャベリズム精神に溢れた仕様だ。パスワード入力かハッキングすれば開ける事も可能だろうがどちらも今の私達には無理だ。

 

「仕方ない。迂回するしかないな」

 

来た道を一旦引き返す。

 

「まるで迷路だな……こうしていると昔を思い出す」

「昔……ですか?」

 

怪訝そうにベアトが答える。

 

「新美泉宮だよ。アレクセイとかくれんぼして遭難したこと事があっただろう?」

 

 7歳くらいの頃だ。二人揃って迷路のような宮廷を逃げ回り最終的には庭(狩猟場)で道が分からなくなった(大体私が調子に乗ったせいだ)。夕方になっても使用人一人見つからず堪り兼ねて狩猟用の小屋の一つに転がり込んで、そのまま飲まず食わずで二人で一枚の毛布を使い1日過ごした。

 

 次の日の朝、寝ぼけた自分達を泥まみれになりながら必死の形相で捜索していた近衛兵の一隊が発見して保護された。後から狩猟場の中の立ち入り禁止区域にいた事が分かった。母が泣きながら抱きつき、親戚一同から心配され、父に取り敢えず殴り飛ばされた。アレクセイは謝っていたがあれ明らかに私一人が悪い。

 

「確かに……そのような事も御座いましたね」

 

思い出したようにベアトは答え、小さく笑う。

 

「まさか、この年になってこんなところでまた迷路をするとは。ほんの48時間前には予想してなかったな」

 

肩をすくめて呆れ気味に笑う。

 

「仰る通りで御座いますね」

 

エアロックのかかった通路を通り過ぎながらベアトも同意する。

 

「全くだな。この道は……」

 

そう話していた次の瞬間だった。

 

 光が背後から注いだ。同時に衝撃と熱波が背後から襲いかかる。

 

「うおっ!?」

 

私とベアトは壁際に張り付き爆発の衝撃から身を守る。

 

「ちい……本当タイミングが悪いな!私はハードラックと踊っちまったか?」

 

キンキンと耳鳴りのする中、私は皮肉気に答える。

 

 爆風に包まれる通路にうっすらと浮かぶ人影……それをよく見るとよれよれの帝国軍歩兵のそれであった。その横の者は薄いシャツの私服、その奥にいる者は装甲擲弾兵の装甲服に同盟宇宙軍陸戦隊のヘルメット。

 

「こりゃ……ある意味予想通りだな」

 

なぁ、ラインハルト。お前さんは初めての戦場が地上戦だと言うことに腹立ててただろう?けど贅沢言うなよ?正規軍なだけ私よりはましさ。

 

私の初めての敵、それは無法者同然の宇宙海賊とのものだった。

 

 

 

 

 

 


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