帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第百十五話 正面玄関は無理なので裏口から御邪魔致します!

 宇宙暦789年9月30日0600時、旧銀河連邦の辺境植民地であり、自由惑星同盟加盟国シュリア星系政府の本星である第三惑星ウガリットに対する攻略作戦が行われた。

 

 同盟軍第六艦隊第四分艦隊及びシュリア星系警備隊宇宙部隊を中核とした三三〇〇隻は、同星に駐留する帝国軍二一〇〇隻を五時間の砲戦の末撃破した。

 

 艦隊戦に勝利した同盟軍は艦隊を衛星軌道に進出させる。帝国軍は衛星軌道上に戦闘艇部隊五〇〇隻を展開、軍事衛星群と地上の防宙部隊と連携して同盟軍の降下を阻止せんとする。

 

 同盟軍は焦らない。時間をかけて軍事衛星群と戦闘艇部隊を排除し、その後低周波ミサイルを中心とした軌道爆撃を実施する。爆撃は10月3日から7日にかけて行われ、その間に宇宙軍陸戦隊の特殊部隊として独立第五〇一陸戦連隊戦闘団が爆撃の雨に紛れて降下ポッドにて地上に降り立った。そして帝国軍地上部隊の観測部隊や防空陣地、通信基地を偵察ないし無力化した後、宇宙軍陸戦隊主力を乗せた強襲揚陸艦が突入、次いで地上軍及びシュリア星系警備隊地上部隊が続く。

 

 惑星ウガリットに駐留する帝国地上軍七万名は頑強に抵抗した。しかし四倍近い兵力差、しかも制宙権・制空権・制海権の全てを失い、どれ程綿密に築かれた陣地も軌道爆撃や航空爆撃、海上からの砲撃の前に無力化された。対して同盟軍は小隊レベルに至るまで潤沢な砲撃支援と航空支援を受ける事が出来た。質量両面による圧殺であった。

 

 帝国軍は急速にその戦力を減らし、10月12日までにウガリット北大陸の山岳地帯の一角を除いた全土が同盟軍により「解放」された。

 

 第七八陸戦連隊戦闘団がウガリットに降下したのは10月13日の事である。防空陣地は軒並無力化した上で護衛部隊と囮部隊を投入した上での揚陸艦による降下だ。

 

「今!今連隊が戦場に足を踏み入れました!見て下さい!連隊の先頭……!連隊の先頭は連隊長のティルピッツ中佐です!勇猛果敢にも敵が待ち構える戦場に最初に足を踏み入れました!」

「茶番かっ!」

 

 必死に報道する亡命政府御用達のテレビ局のリポーターに小さく私は突っ込みを入れる。勇猛果敢も糞もない。まるで激戦が続く戦場での揚陸に見せているが実際の所は完全にお膳立てされ安全を確保されてからの降下である。これ程酷い報道もない。

 

 私の連隊戦闘団はウガリット北大陸山岳地帯への攻勢に投入された。とは言えこれもパフォーマンスに過ぎない。徹底的に破壊された山岳地帯の陣地は敢えて占領していないだけであった。潜伏する帝国軍残存部隊三〇〇〇名は既に碌な装備も無く負傷者だらけだ。

 

 対して同盟軍の実施する最終的攻勢は『リグリア戦闘軍団』を中核に六万名で実施する。無論濃密な航空爆撃と砲撃支援を受けた上でだ。第七八陸戦連隊戦闘団はその中でも最も抵抗の小さいであろう区域から突撃した。

 

 鎧袖一触とはこの事であろう。攻勢は二時間で終わった。帝国軍は殆ど抵抗せず降伏した。戦闘とも呼べない。

 

『リグリア遠征軍団の激闘!第七八陸戦連隊戦闘団、連隊長を先頭に遠征軍団の先鋒として敵陣に突撃し占領!!』

 

 ノイエ・ヴェルト新聞電子版の一面にはリグリア遠征軍団首脳部の集合写真と拳銃を片手に連隊先頭で吶喊する第七八陸戦連隊戦闘団連隊長の雄姿が掲載される。

 

「いや、これ連隊長の雄姿というか連隊長の雄姿(笑)だよな?」

 

 中型陸戦揚陸艦『コルモラン10号』の艦橋に置かれたゲスト席に座る私は電子タブレットに掲載された新聞記事に突っ込みを入れる。勇姿どころか最初から最後までお膳立てされているんだけど?私、結局一発も銃弾撃ってないからね?連隊に先行する偵察隊が反攻しようとしていた敵兵全員処理しちゃってたからね?

 

「写真写りは中々ではないですか?」

「プロを雇っているからな。それに多分後で修正されてる」

 

 電子タブレットを覗いて私の写真写りに触れる『カルモラン10号』副長ファーレンハイト少佐に私は答える。見るからに綺麗に仕上がり過ぎだ。修正されてないと考える方が可笑しい。

 

「少佐、伯爵公子は休息中である。ご迷惑をおかけするでない」

「いや、構いませんよ艦長。話し相手が欲しかった所ですから。御構い無く」

 

 『コルモラン10号』艦長ダンネマン大佐がファーレンハイト少佐を叱責するが、私は問題ない事を伝える。

 

 宇宙暦789年11月1日、合計して四つの惑星攻防戦に(お飾りであるが)参戦した私は、連隊と共に『コルモラン10号』以下揚陸艦五隻に分乗して第六艦隊主力と合流するため航海していた。

 

 『コルモラン10号』以下の揚陸艦隊も当然のように伯爵家の方で手配した部隊である。

 

 特に『コルモラン10号』には第四次イゼルローン要塞攻防戦の最中に投降し、その後亡命政府に恭順した巡航艦『ロートミューラー』の乗員が少なからず含まれ、艦長ダンネマン大佐、副長ファーレンハイト少佐もそれに当たる。投降後、思想検査と再教育を半年間受け亡命軍宇宙艦隊に所属、戦功により忠誠心を信頼され昇進、此度は私の御守り役の一員として同盟軍第六艦隊第六陸戦隊の揚陸艦部隊に出向していた。

 

「艦長も悪いね、こんな雑務に付き合わせてしまって」

 

 私はダンネマン大佐を労うように声をかける。え?階級向こうが上じゃん?所詮は帝国騎士だからね、仕方無いね。

 

「いえ、伯爵家に受けた御恩が御座いますれば此度の任務の拝命、寧ろ恐縮の限りで御座います」

 

 艦長席からベレー帽を脱いで帝国風の礼を取るダンネマン大佐。亡命後の家族と財産の保護、食客としての雇い入れとほかの家族や部下の職場の斡旋という実益があるために、三十近く年下の中佐に対して躊躇なく下手に出る。その事実に若干の引け目はあるが……少なくとも外面的には私は堂々と、当然のようにその態度を受け入れる。

 

「それにしても……搦め手の方が凄いな」

 

 私は電子タブレットを置いて艦橋の戦況モニターを見つめる。超光速通信と無数の中継通信衛星及び通信工作艦艇によるデータリンクによりほぼリアルタイムで流れる戦況は、第4星間航路における輝かしい戦果を伝えていた。

 

 この方面に対して帝国軍は二個正規艦隊に一個戦闘艇艦隊、一個野戦軍を展開していた。戦力にして戦闘艦艇約三万隻に補助として大型戦闘艇が約一万隻、地上部隊は二〇〇万を越えているだろう。大軍と呼ぶに相応しい。

 

 だが第八艦隊はこの方面で多大な戦果を上げていた。10月5日の第二次シーラーズ会戦では帝国軍一個艦隊相手に陽動と情報操作による奇襲を加え僅か二時間で撃破、10月18日には帝国軍主力艦隊を誘因して別動隊による惑星アフラシアへの強襲作戦に成功、この方面における帝国軍の三番目に大規模な補給基地を壊滅させた。10月28日から始まっている第四次シャマシュ星域会戦では第一一艦隊と共にほぼ同数の帝国軍と激戦を繰り広げているが………。

 

「見事な火線の敷き方ですな」

 

 戦況モニターから伝わる第八艦隊の戦い方を見て白髪の副長が感想を述べる。第八艦隊は的確に火力を集中させて帝国軍の艦列を削り取り、その陣形を崩していく。

 

 多くの場合、砲撃はエネルギー中和磁場により無力化されるものだ。そんな中、帝国軍の艦列に生じた僅かな隙を突く鋭さ、そして火力を瞬時に集中させられる艦隊の練度は惚れ惚れする程だ。

 

「小手先の手ばかりの者と思ってましたが……不本意ながら実力は認めざるを得ないようです」

 

 ダンネマン大佐は少々不快げに第八艦隊の活躍を評する。「レコンキスタ」開始以降、この第四次シャマシュ星域会戦まで第八艦隊はペテン同然な奇計奇策ばかりを使っていた。そのため亡命政府系の者達にはシトレ中将の血筋も相まって卑怯者、という認識が醸造されつつあったが、流石にこの堂々たる戦いぶりを見るとその見解を撤回せざるを得ない。

 

 尤も、私から見ればこれまでの戦いこそシトレ中将らしくない戦いぶりに見えていた。あのような奇抜な策略ばかり使うのは寧ろ………。

 

「原作に記されてなかっただけか、それとも蝶の羽ばたきか……」

 

 私の脳裏に過るのは今年2月に第八艦隊司令部作戦課に配属された二一歳の参謀の姿である。

 

 此度の第八艦隊の活躍で勇名を馳せる作戦参謀マリネスク准将は確かに士官学校を優秀な成績で卒業したし、前線指揮でも後方勤務でもその才覚を発揮した優秀な将官だ。しかし、その経歴から見るに奇抜な計略を策謀するような人物でないのは明らかだ。

 

 寧ろその作戦内容は部分的にであれ、私はどこか既視感を感じるものであった。入念にして辛辣、相手の内心を探るように悪辣でそれでいてどこまでも理詰めで組まれた作戦。恐らく実際に作戦を企画立案しているのは………。

 

「流石英雄、か」

「?」

「いや、独り言さ」

 

食い詰め少佐の怪訝な表情を私はそう言って流す。

 

「それよりもこちらの心配だな……」

 

 搦め手も激戦であるが、こちらは更に激烈な戦いを続けている。この一ヶ月の間に第10星間航路では一万隻以上の艦隊同士の会戦が三回生じており、内一回を引き分け、二回勝利した。

 

 同時に各所の惑星で帝国地上軍三個野戦軍約六〇〇万との地上戦も起きており、この方面にて同盟軍は既に艦艇三五〇〇隻、地上軍二〇万名を失っていた。総司令部は戦略予備として待機させていた第四艦隊及び第五地上軍の投入を決定、帝国軍もまた各地からの戦力と予備をこの方面に展開、一大反攻作戦「レコンキスタ」は決戦に近づきつつあった。

 

「『リグリア遠征軍団』は前線後方に展開し予備戦力として待機せよ、か。何か罪悪感を感じるな」

 

 同盟軍主力は現在カナン星系に集結しつつある。三個艦隊艦艇四万二〇〇〇隻、地上軍の兵力は三個四七〇万である。

 

 エル・ファシル星系に集結する帝国軍は艦艇四万七〇〇〇隻と地上軍四五〇万前後と推定される。大量の補給物資も貯蔵し、強固な野戦陣地を構築していることであろう。これまでにない激戦が予想された。

 

『リグリア遠征軍団』はエル・ファシル地上戦において第五陣の降下部隊として設定されている。降下後は予備戦力として前線後方の警備に当たれとの事だ。尤も流石に独立第五〇一陸戦連隊戦闘団と第六五八装甲旅団は戦力として重要過ぎるため降下後に最前線部隊に一時的に貸し出される事になっているが……。

 

「まぁ、今回ばかりはその方が良いかも知れないが………」

 

 何せエル・ファシルに集結している帝国軍地上戦部隊は把握出来ているだけでも相当えぐい陣容だ。

 

 第一三猟兵師団『ライカンスロープ』は仕留めた敵兵の首を刈り取り、敢えて敵が見える場所に並べて晒し上げる事で有名だ。自治領や流刑地からの名誉帝国人からなるアスカリ部隊は無謀とも言える常識外れな戦いで同盟軍の度肝を抜く事で知られているし、名門士族家生まれのホト中将率いる第七装甲軍団は野戦機甲軍の虎の子である。荒唐無稽な噂ばかり先行する正体不明、実在すら怪しまれている「不可視の部隊」は多くの同盟地上軍兵士の不安を煽った。

 

 止めはあのオフレッサー大将直々に率いる装甲擲弾兵第三軍団が確認されている事だ。この事実が発覚した時エル・ファシル地上戦に投入される予定の同盟軍兵士の内二個師団に及ぶ数が脱走を試み、幾つかの連隊は一時的に部隊秩序が崩壊した。上官反抗罪により独房に叩き込まれた者は二〇〇〇名を超える。

 

『ここで銃殺刑にしてくれ!奴のいる星なんか行きたくない!』

 

 憲兵隊に取り押さえられ独房に突っ込まれる最中にこの台詞を口にしたのは兵学校を出たての新兵ではなく、軍歴三〇年の古参の軍曹であったという。オフレッサー一人により所属する小隊を壊滅させられ命からがら逃げのびた軍曹にとって、再び石器時代の勇者に出くわすぐらいなら銃殺刑の方がマシらしかった。

 

 正直一つあるだけで血の気が引きそうな部隊がごろごろ展開されているのが今のエル・ファシルである。完全に魔境だ。私はあんな奴らの相手なんかしたくもないし、死にたくもないので後方の連隊司令部で楽をさせてもらいたいね。

 

「オフレッサー大将ですか」

「ん?面識があるのか?」

 

複雑な表情を作る食い詰めに私は尋ねる。

 

「オーディンの士官学校の陸戦科教官でした」

「……良く生きてたな?」

「……私もそう思いますよ」

 

 疲れ切った遠くを見る目で微笑むファーレンハイト少佐。……おい、どんな指導されていたんだよ。

 

 私は若干表情を引き攣らせつつ、視線を戦況モニターに移す。第八艦隊の開けた戦列の穴に第一一艦隊が突撃するのが見えた。確か第一一艦隊の司令部参謀にコープが、駆逐隊司令官にホーランドが所属していた筈だ。コープは司令部だからまず問題無いとして、ホーランドは無事だろうか……?

 

「いや、私が心配するのは筋違いか」

 

 私より遥かに優秀なホーランドなら問題なかろう。人の心配よりまずは私自身の心配をすべきだ。後方での警備とは言え揚陸する前に主力艦隊が破れれば我々陸戦部隊は良い的である。まずは司令部が無事艦隊戦に勝ってくれるのを願おうか。

 

 そうして私は大神と戦神に此度の戦いの勝利を心の中で祈願した。

 

 尤も、後々考えればその願いは中途半端に叶えられた事を理解する事になるのだが、この時点ではその事を知る由も無かった………。

 

 

 

 

 

 

 宇宙暦789年11月10日0700時、同盟軍主力部隊はエル・ファシル星系への進出に成功、星系外縁部にて帝国軍哨戒部隊を撃破し、第九惑星第二・第四衛星、第七惑星駐留の帝国軍戦闘艇部隊及び地上軍を排除し、この三か所に橋頭堡を建設した。

 

 11月12日0650時、エル・ファシル星系の主星である第四惑星エル・ファシルより七〇光秒の距離にて両軍は相対した。同盟軍は総司令官デイヴィッド・ウォード元帥の指揮の下、右翼に第六艦隊、中央に第一〇艦隊、左翼に第四艦隊を展開する。三個艦隊の合計は三万四〇〇〇隻である。また各種独立部隊のほか亡命軍宇宙軍、エル・ファシル星系警備隊を始めとした星系警備隊義勇兵艦隊約五〇〇〇隻が司令部の予備戦力として、星系全体の哨戒及び後方基地・補給線警備に約三〇〇〇隻が投入される。

 

 帝国軍の総司令官はサジタリウス腕討伐軍司令官でもあるユリウス・フォン・クラーゼン上級大将であり、右翼にトゥルナイゼン中将率いる第四猟騎兵艦隊、中央にフォルゲン大将率いる第四重騎兵艦隊、左翼にシュリーター中将率いる第五軽騎兵艦隊が展開する。三個艦隊の合計は三万五〇〇〇隻前後、また後方にリュドヴィッツ中将の第三軽騎兵艦隊主力約八〇〇〇隻とグルーネンタール中将指揮下の大型戦闘艇部隊五〇〇〇隻が予備戦力として控える。また周辺哨戒に同じく二〇〇〇隻余りが展開していた。

 

『リグリア遠征軍団』はほかの宇宙軍陸戦隊及び地上軍と同様に、揚陸艦艇と護衛艦隊と共に総司令部の更に後方に控える。尤も、『リグリア遠征軍団』は兎も角他の陸戦部隊は周辺の小惑星帯や無人惑星に設けられた通信基地や観測基地を掃討する役目もあり暇ではない。

 

「ふむ。クラーゼンめ、漸く重い腰を上げたと見えるな。手間取らせてくれる」

 

 自由惑星同盟軍宇宙艦隊旗艦「アイアース」艦橋に副官と子飼いの参謀達を引き連れて入室したのは細身の中年紳士であった。四年前より宇宙艦隊司令長官に任命されたデイヴィッド・ウォード元帥である。色白の肌に堂々と胸を張り背筋を伸ばしたその姿は彼自身の育ちの良さと貴意の高さを証明しているように見えた。

 

 いや、実際この元帥は士官学校最下位卒業の前任者と全てが違っていた。ウォード家の先祖は流刑地にてハイネセンの代理役として現地の共和派と強制労働者の仲裁に奔走し、『長征一万光年』においては不満の噴出する船団をグエン・キム・ホアと共に曲がりなりにも纏め上げバーラト星系に到達した『交渉屋のウォード』である。

 

 以来歴代の先祖を辿れば初代第二艦隊司令官、第三代人的資源委員会委員長、ハイネセン記念大学第八代理事長、第一〇代国防委員会委員長、ケリム星系政府首相、何よりもダゴン星域会戦において第一艦隊を率い後に宇宙艦隊司令長官、統合作戦本部長、国防事務総局局長を歴任したネイスミス・ウォード元帥……ウォード家は煌びやかな経歴を持つ先祖達を二ダースは有しており、当然同盟建国以来の歴史を持つハイネセン・ファミリーの中でも名門に数えられる。

 

 本人も士官学校を一発合格し、当然の如く首席で卒業した。以来前線勤務と後方勤務を交互に勤めて宇宙暦785年に五〇歳と言う比較的若い年齢で宇宙軍実戦部隊の頂点たる宇宙艦隊司令長官の座に就いた。エリート中のエリートと呼ぶに相応しい経歴であるといえよう。長征派のサラブレッドだ。

 

 「アイアース」艦橋に配属される一〇〇名近い兵士達の敬礼に鷹揚な表情で返礼し、当然のように宇宙艦隊司令長官用の座席に腰がける元帥。すぐさまシロン産の最高級茶葉から作り出した紅茶を従卒がティーカップに注いで元帥に差し出した。小さく頷き受け皿事カップを受け取ると一口飲みその味を確認、満足した表情をしてスクリーンに視線を向ける。

 

「ビロライネン大将、状況はどうなっているのだね?」

 

 同じくハイネセン・ファミリーの名家出身であり前任者たるゴロドフ大将が統合作戦本部次長に転任したために代わりに宇宙艦隊総参謀長に栄転したカルロス・ビロライネン大将が進み出る。

 

「帝国軍はエル・ファシルに大規模な後方支援基地を設置しているのが確認されております。恐らく艦隊の補給もそこからと予測されます」

「ふむ、どれ程の戦力が控えている?」

「この方面に三個野戦軍相当の戦力を展開している事は既に把握されております。エル・ファシル本星にのみ限定すれば最低二個野戦軍、その他部隊も含めますと四〇〇万前後。偵察と内部スパイ等からの情報を照らし合わせる限り西大陸の山岳部を中心に三〇〇余りの陣地が設けられております」

 

 ビロライネン大将が淀みなく答える。同盟や亡命政府の有する情報部が紛れ込ませたスパイや内部協力者……特にコードネーム『シャルルマーニュ』からの情報により同盟軍はほぼ正確なエル・ファシルに展開する帝国地上部隊の配置を把握していた。

 

「ふむ、都市部には展開していないのだな?それは好都合だ」

 

 都市部に立て籠もられたら戦後のエル・ファシル星系政府への補償額の桁が一つ増えかねない。相手は的になる都市部に立て籠もるのを嫌がったのだろうが、同盟軍からすれば寧ろ都市への損害を気にしないで済むのでやりやすい。

 

「それではやはり……」

「うむ、予定通りに、だ」

 

 宇宙艦隊司令長官と総参謀長は此度の会戦の方針について最終確認をした。そこには僅かではあるが不穏な雰囲気があったが誰もその事は指摘しない。

 

 宇宙暦789年11月12日0900時、両軍は二〇光秒の距離に差し掛かると同時に砲撃を開始した。

 

「ファイア!」

「ファイエル!!」

 

 両軍の司令官の号令と共に数十万もの中性子ビームが互いに向け撃ち込まれる。

 

 光速で進む光の筋は丁度二十秒程置いて敵艦隊に到達した。最前衛に規則正しく配列された戦艦と巡航艦は砲撃の大半を回避し、残りも展開したエネルギー中和磁場で受け止めて無力化する。奇襲でもなければ最初の一撃で何百隻も撃沈されるなんて事はあり得ないのだ。

 

 約一時間に渡ってそんな平凡な砲撃戦が続く。両軍合わせて七万隻以上が明確な殺意を持って砲弾を撃ち込むものの損害は殆ど無かった。両軍合わせても撃沈艦艇は一〇〇〇隻余り、戦死者は一〇万名程度でしかないだろう。

 

「よし、仕掛けるぞ。全艦微速前進……!」

 

 中央を預かる第一〇艦隊司令官プラサード中将の命令に応え、最前衛を預かる副司令官ウランフ少将が二個分艦隊を率いて中和磁場の出力を全開にしつつ突出する。ミサイルを撃ち込み小型艦艇は戦艦の影から電磁砲を撃ち込む。

 

「焦るな、あれは挑発だ。ミサイルを迎撃しつつ正面の防備を固めよ」

 

 フォルゲン大将が冷静に命じる。艦隊の数を活かしてミサイル迎撃と同盟軍の牽制に分けてその双方を封殺してみせる。更に帝国軍の両翼がそれに連携するように長距離砲で支援すれば、同盟軍二個分艦隊は出鼻を挫かれて一旦後退する。

 

 だがすぐにアル・サレム少将率いる二個分艦隊が再び突出した。第四重騎兵艦隊最前列はその攻勢の前に僅かに崩れかけて後方の部隊と交代する。

 

 アル・サレム少将は再度攻撃が集中する前に素早く後退した。それに続くようにパウエル少将率いる一個分艦隊が一撃離脱攻撃を仕掛ける。それが終われば隊列を整えたウランフ少将が一個分艦隊が揺らいだ戦列に強かな一撃を加えてそのまま反撃を受ける前に悠々と後退して見せた。

 

 火力が集中する前に第一〇艦隊はヒットアンドアウェイを繰り返した。無論帝国軍艦艇の装甲と中和磁場は強固であり、数の面でも優位である。同盟軍の攻撃は効果が無い訳ではないが、その損害は微々たるものに過ぎなかった。

 

 神経質なクラーゼン上級大将と経験豊富なフォルゲン大将の敷いた陣形と指揮は同盟軍の攻撃を余裕を持って迎撃していたが、問題は下級将校であった。

 

「ええい、忌々しい叛徒共め!!」

 

 戦隊級以下の指揮官は何度も繰り返される同盟軍の攻撃に苛立ち始める。元々クラーゼン上級大将は攻勢型の提督ではなく、堅実……というよりかは、名将として知られつつも冷遇されるメルカッツ中将と同じく消極的な面のある司令官だ。彼がサジタリウス腕討伐軍司令官に起用されたのはリスクを避けて大軍を大敗させる危険な指揮をしない人物であるためだった。勇猛な諸将をその下に配属する事で前線の暴走を防ぎ、上手く手綱を取りつつ大軍で同盟領を削り取り圧力を加える……帝国軍の上層部の判断は攻勢に対しては目論み通りに進んでいたといえるだろう。

 

 だが防戦になるとそれが徒になりつつあった。当初クラーゼンは全面的な衝突を避けて、小競り合いをしつつ同盟軍の補給に負担をかけようと画策していた。だが少なくない諸将が占領地の放棄に難色を示していた。命令という事もあり暫くはそれに従っていたが流石に限界がある。

 

 エル・ファシル星系での決戦は帝国軍にとって妥協の結果だ。クラーゼンは寧ろエル・ファシル星系まで同盟軍に敢えて明け渡し、その上で反撃に移るつもりであった。有人惑星を奪還するのだ。同盟軍は世論からそれを易々と放棄出来ない、戦略の幅は大幅に狭まるだろう。

 

 しかし諸将は数十年ぶりに占領に成功した最初の有人惑星の放棄に難色を示した。それは彼らにとって昨年5月以来積み重ねて来た勝利を全て無意味にする事と同意であった。少なくとも兵士達やオーディンの宮廷はそう認識しても可笑しくない。士気も低下するだろう。

 

 末端の男爵家出身のクラーゼンでは流石に各所から噴出した不満を無視し続ける事は不可能だった。その妥協が要塞化された補給拠点エル・ファシルに支援された状況でのこの会戦であったのだが……それだけでは若手士官の不満が解消されるはずもない。追撃を許さない司令部に末端部隊は次第に怒りを露わにする。

 

 同盟軍の五度目の攻撃をあしらった時、前線部隊の一部がその勢いを駆り迫撃に移った。

 

「うぬ……」

 

 クラーゼン上級大将は停止を命令するがそう簡単にはいかない。艦隊主力から外れれば一気に通信妨害も酷くなる。後退命令は簡単に届かない。光通信は戦闘中は確認が困難であり、シャトルによる伝令にはタイムラグが生じる。

 

 しかも第一〇艦隊は如何にも苦戦している、といったように迫撃してくる寡兵の帝国軍により後退を重ねる。釣られるように同盟軍第四・第六艦隊も下がると今こそ反撃の時ではないか?と単艦、あるいは隊や群レベルで部隊が次々と突出を始めていた。

 

 この流れを止めるのは容易ではない。下手に止めれば寧ろ敵に反転攻勢の機会すら与える事になるだろう。ならば多少の危険は承知した上で全軍で攻撃に移るべきだ。

 

 そのような判断からクラーゼンは1600時に攻勢を命令した。艦隊を魚鱗の陣形に再編した上でじりじりと前進を開始する。

 

 同盟軍は後退せざるを得ない。クラーゼンは攻勢には否定的であったが、決めたからには仕事は完璧に全うするつもりであった。緻密に計算された戦列と火力の集中は幾度かの同盟軍の反撃を封じて見せた。前線の三提督達も暴走する末端部隊を掌握しつつ同盟軍に圧力を加える。同盟軍の最前列は少しずつ削られていった。

 

 だが、帝国軍は末端部隊の掌握と同盟軍の反撃への警戒……特に予備戦力の動向に意識を集中させているためにその事に気付かなかった。そう、予備戦力の更に後方にいる部隊の動きに………。

 

 日付が変わり11月13日0100時、事態は急転する。一進一退の艦隊戦が繰り広げられていた横で恒星を影に迂回運動に成功した陸戦部隊が惑星エル・ファシル衛星軌道にまで侵入に成功したのだ。衛星軌道の軍事衛星と警備艦隊は鎧袖一触で撃破され、深夜のエル・ファシル東大陸に対して殆ど奇襲に近い軌道爆撃を開始した。

 

「今だ!帝国軍の補給線を絶つぞ!陸戦隊降下!」

 

 後方基地でもあった惑星エル・ファシルの衛星軌道及び地上の占拠は帝国軍艦隊に大きな影響を与えるのは確実であった。ウォード元帥は艦艇数では劣勢である事を理解していたために補給線の遮断という最もオーソドックスな手段での解決を目指したのだ。

 

「帝国軍の防空設備が動く前に無力化せよ!」

 

 迂回した陸戦部隊はその声に合わせ軌道爆撃で防空陣地やレーダー基地、通信基地を排除しつつ闇夜に紛れ第四・第六・第一〇陸戦隊の主力部隊三〇万を揚陸させる。山岳部や平地、草原地帯や高原地帯、森林地帯、田園地帯、湿地帯、氷雪地帯……東大陸各所に一五〇〇隻もの揚陸艦が乗り上げ急いで兵士と軍用車両を吐き出し、航空機を発艦させる。

 

 瞬く間に降下ポイント(事前情報にて装甲擲弾兵団や機甲部隊は殆ど展開していない事は把握していた)に橋頭堡を作り上げると、星間ミサイルや対空レーザーにより若干の損害を出しつつも第三地上軍主力の降下が開始される。第五・第六地上軍主力もこれに続く予定だ。

 

 奇襲から始まったエル・ファシル地上戦により補給線を遮断された帝国艦隊は動揺し、浮ついた。そしてウォード元帥は軍政向けの人物ではあったが、その隙を見逃す程戦下手ではない。

 

「今だ。全面攻勢に移る。じゃが芋共を料理してやるのだ」

 

 従卒の注いだシロン産の紅茶を一口口にした後、意地の悪い不遜な笑みを浮かべウォード元帥は命令した。同時に前衛三艦隊はこれまで温存していた弾薬とエネルギーを使い一気に反撃に移る。

 

 帝国軍左翼が崩れた。ロボス中将の第六艦隊は第五軽騎兵艦隊の最左翼に攻撃を集中した。シュリーター中将が対応するように戦列をシフトした所で一気に艦隊の軌道を変更し第五軽騎兵艦隊右翼、第四重騎兵艦隊との間隙に突入し、分断した。

 

「単座式戦闘艇発進せよ!!駆逐艦前衛に進出!!」

 

 一気に近距離戦に持ち込まれる事を想定していなかった帝国軍は慌てて最前衛の戦艦を後退させ駆逐艦を前に押しだそうとする。だが鈍重な戦艦はその前に軽快に肉薄戦闘を仕掛ける駆逐艦の電磁砲やスパルタニアンによる急所部への一撃で火球と化す。

 

 中央の第一〇艦隊は第六艦隊を支援する。プラサード中将率いる主力は大型艦を全面に押し出して第四重騎兵艦隊の前衛に圧力を加え第六艦隊の迎撃を妨害する。そこに副司令官ウランフ少将の第二分艦隊がこれまで耐えてきたお返しとばかりに散開して帝国軍の砲火を潜り抜けて接近、主力が開けた隊列の穴に浸透してゼロ距離射撃でそれを拡大していった。

 

 同盟軍左翼を受け持つ第四艦隊は突撃せず隊列を伸ばした。司令部直属の予備戦力を編入して砲撃しつつ帝国軍右翼を中央に押し込み半包囲を試みる。第三分艦隊を率いるアレクサンドル・ビュコック少将は老練な用兵によって敵の反撃を封じつつ帝国軍を後退させていく。

 

 帝国軍は一瞬迷った。リュドヴィッツ中将の予備戦力はある。だがそれを右翼に送るべきか左翼に送るべきか判断しかねたのだ。

 

 左翼の第六艦隊の突入に対抗して正面からぶつけたとしよう。第六艦隊を半包囲下に置く事は出来るかも知れない。だが代わりに第四猟騎兵艦隊は半包囲された上で中央に押し込まれるだろう。団子状態になった第四重騎兵艦隊と第四猟騎兵艦隊は正面と右翼からの十字砲火を食らう事になる。

 

 では代わりに第四猟騎兵艦隊への援軍に投入したらどうか?その場合、分断された第五軽騎兵艦隊は本隊に合流する前に撃破される可能性が高かった。

 

 右翼を捨てるか、左翼を捨てるか、クラーゼン上級大将は選択を迫られる。

 

「全艦後退せよ!第三軽騎兵艦隊は殿となって追撃する反乱軍を迎え撃て!!」

 

 クラーゼンはしかし、その二者択一の決断をしなかった。ここでリスクを冒すよりも、補給に負荷がかかろうとも戦力を維持する選択肢を選んだのである。

 

 それは軍務省経理局長、統帥本部次長、軍務省次官と言った前線指揮よりも軍政に身を置く事の多かったクラーゼンの経験とそれにより醸造された価値観から来たものであった。

 

 仮にこれが後方勤務が少なく、前線勤務の多い司令官ならば肉を斬らせて骨を断つように相討ち狙いの正面からの消耗戦、あるいは敢えて前進しての混戦を選んだかも知れない。事実、この時艦隊司令部の幾人かの参謀はそれを進言したがクラーゼンは直ちに却下した。

 

 毎年の軍事支出と艦隊の被った損害の補填に必要な時間と経費を、想定される同盟軍への損害とを天秤にかけた時、彼はどうしても艦隊の保全にその天秤を傾いてしまうのであった。

 

 無論、それが必ずしも誤りとは言えない。言えないが……。

 

「……かかったな」

 

 ウォード元帥はクラーゼンのその行動に口元を吊り上げる。クラーゼンとほぼ同年代にあり、幾度も砲火を交えて来たウォード元帥にとってクラーゼンの行動は想定内のものであった。

 

 自らと同じく前線勤務よりも軍政・後方勤務に強いクラーゼンが莫大な損失を覚悟してまで反撃に出る可能性が低い事を彼は理解していた。そんな危険を冒すよりも戦力の保全を優先するだろう。

 

 事実この作戦が実施されて以来、帝国軍は既に幾度も会戦で敗北を喫していた。それでもなお損害を極限まで抑えこの会戦に四万隻を越える戦力を投入出来ているのはクラーゼンが戦力の維持を優先してきたが故だ。

 

「となると決着はエル・ファシルの地上戦次第、か」

 

 補給線を絶たれたクラーゼンは無理してまで艦隊決戦に固執しない筈だ。

 

 そもそも帝国軍は地上戦に対しては同盟軍よりも上手である。寧ろここからエル・ファシル星系の戦いは地上戦が主役となり、艦隊はその支援に徹するように帝国は持っていく筈だ。双方共に相手の艦隊が地上戦に介入しないように動く事になるだろう。

 

 そして、エル・ファシルの地上戦の勝敗はそのまま此度の会戦の勝敗に直結する事になるだろう。同盟領深く侵攻した帝国軍にとってエル・ファシルは重要な後方基地、それを喪失すれば補給に無理が生じる。無謀な戦いを続けずに撤退を選ぶであろう、少なくともクラーゼンならばそうする。

 

 同盟軍にとってもエル・ファシルは昨年帝国軍により占領された最初の有人惑星であり、未だに奪還の叶わない唯一の惑星でもある。それを取り戻す事が出来れば政治的にこれ以上の攻勢をかける必要はないし、その余力も残っていないだろう。

 

 そしてウォード元帥にとってもそれはある意味好都合だ。此度の作戦には亡命政府軍の地上部隊や帝国系の第六地上軍、旧銀河連邦植民地系の第五・第一〇地上軍、そして星系警備隊の地上部隊が多数参戦している。

 

「帝国の地上部隊と彼らが削りあってくれるのなら……こちらとしても好都合だからね」

 

 勝利すれば長征派の首魁の一人として大反攻作戦「レコンキスタ」を主導したウォードの立場は強化されるし、敗北したとしても実働部隊で打撃を受けるのは帰還派や統一派、旧銀河連邦植民地のローカル閥の部隊に過ぎない。どちらに流れても長征派には損は無かった。無論、無駄な戦死者を生産し同盟の軍事力を消耗させるつもりはないし、統一派に疎まれるので宇宙から出来る支援は全力で行いはするが………。

 

「まぁ、野蛮人同士重力の井戸の底で精々頑張ってくれたまえ」

 

 エル・ファシルに降下する何千という揚陸艦艇を一瞥してぽつりと呟いた後、ウォード元帥は気を引き締める。

 

 この戦いの勝敗が地上戦に委ねられたとは言え、宇宙艦隊も遊んでいる訳にはいかなかった。元帥は帝国艦隊の後退に合わせて直ちにエル・ファシル衛星軌道の完全確保と帝国軍の地上部隊支援を阻止するための妨害行動を指示するのだった。

 

 こうして、エル・ファシル星系を巡る戦いの序曲は終わり、第二幕が始まろうとしていた。後に一五〇年に渡る同盟と帝国の地上戦の中でも特に凄惨を極めた「エル・ファシル攻防戦」の開幕である………。


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