帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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漸く先週ヤンジャン銀英伝読めた……偉大なる大帝陛下の勇姿が見られる事、このランズベルク伯アルフレッド感嘆の極み

初代貴族も出来るイケメン揃い、尚五百年後……


第百十六話 これで校長の御言葉をコンプリートだ!

「彼」は緊張の中にあった。聞かされていた話が本当であればもうそろそろの筈であったからだ。

 

「反乱軍」より「解放」したエル・ファシル東大陸西部山岳地帯の一角、帝国軍第九野戦軍の司令部も設けられたフラウエンベルク要塞陣地の地下一四階にある事務室に用意された野戦軍経理部副部長のデスクで財務書類に目を通す「彼」は、しかし実際の所種類の数字なぞ殆ど頭に入ってはいなかった。今はそれどころではないのだから。

 

「…………」

 

 焦燥感に駆られた「彼」は思わず懐の懐中時計に手を伸ばす。銀の鎖が通された歯車機械で刻を刻むその金時計は「彼」が情報収集のために接近し、結果として熱病にかかったように「彼」に熱狂するようになったとある伯爵令嬢から贈られたものである。無論、「彼」も受け取った後徹底的に調べ盗聴器や発信機の類がない事は承知しているために身に着けていた。

 

 金時計の蓋を開く。秒針は刻一刻と時間の経過を伝え、現在時刻が真夜中の0058時……即ち0時58分である事を表していた。

 

「宇宙の方はどうなっているのかね?」

「はっ!どうせ後先考えずに弾を撃ってるだろうさ。俺達が後で出費を計算する事なんか気にせずにな」

 

 すぐ傍のデスクで自分と同じく書類と電卓を使い部隊の経理事務処理を行っていた部下達が語り合う。

 

 既に放送でサジタリウス腕討伐軍主力艦隊が同盟艦隊と戦端を開いた事は周知されていた。とは言え、艦艇数は僅かにではあるが帝国側が上回り、しかもこのエル・ファシルを始めとした後方拠点からの支援もあり、少なくとも短期間の内に勝負が決まるとはこの場の殆んどの者は考えてもいなかった。

 

「…………」

 

 再び金時計の時刻を確認する。現在時刻0059時、もうすぐだ。彼はこれからの行うべき行動を心の中で反芻していく。全ては自然に、怪しまれずに行わなければならない。

 

 既に自身が情報部や憲兵隊に嫌疑をかけられている事は把握している。下手すれば混乱に紛れて謀殺されるかも知れない……いや、間違いなく消される。だからこそこちらも怪しまれないように動き、合流しなければならない。

 

 ちらり、と脳裏に手元の金時計をプレゼントした婚約者の姿が思い浮かぶ。栗色のウェーブがかった髪に暗い黒真珠色の瞳、大人しく薄幸そうな彼女に近寄ったのはあくまでも利用するためだった。少なくとも最初の内は………。

 

 今更のように後悔と自責の念が胸を締め上げる。所詮利用した女でしかない。だがこうして前線に派遣されてから時間があれば思い浮かべるのはその利用した婚約者の姿だった。

 

 端的に言えば、「彼」は彼女を置いていく事に苦痛を感じ始めていたのだ。即ち利用していたつもりがいつしか自身がのめり込んでいた訳だ。

 

 何故ここまで自身が夢中になったのか、それは分からない。分からない方が良い。成功しようと失敗しようと、どの道「彼」は二度と生きて彼女の下に姿を現す事は出来やしないのだから。

 

(そうだ、覚悟を決めろ。もう後戻りなんて出来やしないのだから………)

 

 小さく息を吐き、「彼」は自身に言い聞かせる。最早どうにも出来ない所まで来てしまったのだ。毒を食らわば皿まで、とも言う。文字通り最後まで走りきるしかなかろう。

 

「例え……その先が断崖絶壁であろうとも、な」

 

 0100時、地下要塞を襲う震動と敵襲を知らせる空襲警報が事務室に鳴り響く中、「彼」……銀河帝国亡命政府の有する帝国内スパイ組織「フヴェズルング」のエージェント「シャルルマーニュ」は誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同盟軍の各正規艦隊に平均して一〇万名前後が付属する海兵隊的存在が宇宙軍陸戦隊である。全ての兵士が全地形・全環境に対応可能であり、小口径光学兵器を無効化する重装甲服を着て戦車や装甲車、大気圏内航空機、強襲揚陸艦を保有する。言わば宇宙軍の殴り込み部隊であると言えよう。

 

 実際、同盟軍設立初期の彼らは宇宙海兵隊と呼ばれており、宇宙海賊との艦内戦闘や旧銀河連邦植民地に対する揚陸作戦に幾度も投入、被支配者達からは侮蔑の意味を込めて『バーラトの尖兵共』と呼ばれていた歴史がある。宇宙陸戦隊と改名されたのは「607年の妥協」以後の事だ。

 

 11月13日0100時エル・ファシル揚陸部隊第一陣である第四・第六・第一〇宇宙軍陸戦隊に所属する三〇万は、対空電磁砲や星間ミサイルの迎撃で少なからざる損失を出しつつも惑星エル・ファシル東大陸に強行上陸し、現地の微弱な抵抗を排除。橋頭堡を確保した。

 

 続いて0600時、第三地上軍に所属する五個遠征軍一五八万名の兵士がエル・ファシル地表の帝国軍の抵抗を受けながらも第二陣として揚陸に成功する。地上軍は陸戦のプロである。陸戦隊よりも遥かに強力な機甲部隊と航空隊を保有し、水上艦艇までも保有する。彼らは陸戦隊の確保した拠「点」を面に拡大する役目を担う。

 

 11月14日0830時、エル・ファシル東大陸南部にて最初の大規模戦闘が発生する。第三地上軍所属第一六遠征軍は帝国地上軍第九野戦軍所属第四〇軍と激突したのだ。以降各所の戦線にて帝国軍との戦闘が次々と発生する事となる。同日1300時には東大陸衛星軌道の制宙権をほぼ完全に確保した事で第三陣である第六地上軍一六一万名が揚陸する。第六地上軍は第三地上軍と共に兵員約二〇〇万名と推定される第九野戦軍との攻防戦に投入される事になる。

 

 11月18日2000時に第五地上軍一五五万名がエル・ファシル北大陸に揚陸する。現地の第四野戦軍第一七・第一八軍を三日に渡る戦闘の末に後退させてカッサラ市・ガオ市を解放した後、水上軍がヌビア海峡、ゴンダール海峡を三度の海戦の末に確保。東大陸との海上交通路の確保に成功した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 11月29日0200時、戦闘が膠着状態となり、同盟軍は戦闘の長期化を確信、各種独立部隊及び星系警備隊地上部隊等四〇万を占領地等の警備及び予備戦力として降下させる事を正式決定、『リグリア遠征軍団』もその警備部隊の一員としてエル・ファシル東大陸西部に展開する事となった………。

 

 

 

 

「ここからでも砲撃音が響くな」

 

 天幕の中で椅子に座り紙媒体の新聞一面(エル・ファシル地上戦についてのニュースだった)を読んでいたヴォルター・フォン・ティルピッツ中佐こと私は呟く。

 

 耳をすませばこの天幕の中からでも腹から来るような砲兵部隊による支援砲撃の轟音を聞く事が出来る。ここから約一〇〇キロ西では数十万という兵士達が激戦を繰り広げている事であろう。

 

「連隊長殿、靴磨きが出来やした!」

 

 足下で田舎訛りの強い帝国公用語の声がする。目を向ければ私の軍靴を磨き終えた中年の軍曹が用具の片付けをしていた。

 

「うむ、ご苦労だ」

 

 元「ロートミューラー」配属であったからだろう、見覚えのある地方生まれの下士官に労いの言葉をかけ私は木製テーブルに新聞を置き、立ち上がる。

 

「若様、コートでございます」

「ああ、頼む」

 

 ノルドグレーン中尉に同盟軍冬季野戦用士官コートを着せてもらうと、更に護衛として控えていたベアトも伴い私は天幕の外に出る。 

 

「少し冷えるな……」

「本日の気温は昼間でも五度を超えないとの事です」

「そこまでか。そりゃあ酷いな」

 

ベアトの返答に私は若干驚く。前線と後方の連結点として無数の天幕が張られ、物資運搬用のトラックが停車するエル・ファシル東大陸西部の山間地帯は決して寒冷地ではないが、それでも息が白くなる程度には寒かった。

 

「おい、さっさと進め!先が詰まっているんだぞ!?」

「前線に輸送する弾薬の詰め込みは終わったか?1800時には出発するんだからな、早く終わらせろ!」

「整備班、荷物が来たぞ!サスペンションがイカれてやがる。今週中に全部修理してくれ!」

「野戦病院はどこだ?負傷者の搬送要請が来ているんだが……」

 

 陣地を歩けば車両と兵士が行き交い、そんな会話や言い争いがちらほらと耳に入ってくる。前線で激戦が続く今、この臨時駐屯地は今最も忙しい。曇天の空を見れば航空支援のための大気圏内戦闘機や爆撃機、あるいは軍用ヘリコプターの列が西に向かうのが見えた。私達のすぐ隣を青いビニール袋を乗せた担架が幾つも通り過ぎる。

 

「珈琲と……このベーコンマフィン二つ、チキンチーズマフィンもくれ」

「こっちはポークレタスマフィンを……四つにアップルパイだ」

「トリプルソーセージを一個小隊分くれ!!大至急だ!」

「へいへい了解だ、代金はクレジット?カード?軍票?」

 

 若い兵士が中心に群がりそんな会話が為されているのは先日開店したばかりのソルドナルド同盟軍野戦陣地店である。突貫工事の店舗に流行中の小賢しい銀河の妖精の歌を垂れ流している野戦病院ならぬ野戦ファストフード店だ。ある部隊なんて前線に向かう直前に戦車を店の前に駐車させてテイクアウトをかまして来る。

 

「良くやるよ」

 

 呑気に注文する同盟軍兵士にも呆れるが、それ以上に呆れるのは危険な戦場で平然と商売を始めるフェザーン企業である。この臨時駐屯地の更に後方では整備員や医者の派遣業者や保険会社の代理人やら逃亡斡旋業者なんてものが彷徨いている。信じがたい事に帝国軍の方でもフェザーンの各企業が傭兵の護衛つきで要塞内で商売しているとか。

 

「諸君、お早う」

 

 12月8日0800時、私は自身が就寝する天幕から同じく臨時に張られた連隊戦闘団司令部の天幕に顔を出す。

 

 私の挨拶と共に既に集合していた連隊幹部達が一斉にこちらを向き惚れ惚れする敬礼で出迎える。私と付き人もそれに返礼で返した。

 

「何か異常は?それと上位司令部からの伝達はあるかな?」

「気象隊によりますれば昼頃より雨が降り始める模様ですのでその備えが必要でしょう。また現在前線に第七装甲軍団が姿を現しているとの報告が上がっております。万一にも戦線が食い破られる事はあり得ませんし、破られたとしてここまで浸透する可能性は補給の関係から低いと思われますが、軍団司令部より注意するように連絡が来ております」

 

 第七八陸戦連隊戦闘団第二大隊長兼副連隊長を務めるヨルグ・フォン・ライトナー少佐が厳つい表情で報告する。

 

「任務については前日同様後背地の治安維持と残敵掃討に努めよとの連絡が来ております。第二・第三大隊及び偵察小隊、航空隊の一部を以て周辺の森林地帯の捜索活動に従事するのが良いかと」

 

 そう提案するのは連隊幕僚長のクラフト少佐である。眼鏡をかけた神経質そうなこの優男はクラフト従士家の本家筋の出の同盟軍士官だ。因みに分家筋には「薔薇の騎士連隊」所属の分隊長がいる。

 

「つまりいつも通り暇潰ししておけ、という訳か……」

 

私は僅かに苦い顔で誤魔化すような笑みを浮かべる。

 

 私が連隊長を務める第七八陸戦連隊戦闘団は四個大隊を中核としている。一個大隊が五〇〇名、そのほか主要部隊としては無人偵察機を運用する航空隊、迫撃砲を有する砲兵中隊、工兵中隊、戦車小隊が基幹となる。

 

 連隊戦闘団本部の下に後方支援中隊、衛生小隊、偵察小隊、電子戦小隊、憲兵分隊が置かれる。

 

 連隊戦闘団本部には連隊長と副官、連隊幕僚長、そして部隊の管理運用のために全四課が存在する。総務・人事を担当する第一課、情報収集・保全を担当する第二課、作戦・訓練計画・警備を担当する第三課、補給・整備・経理を担当する第四課である。多くの場合連隊幕僚長は四つの課の何れかの課長も兼任する。第七八連隊戦闘団クラフト少佐は連隊幕僚長であると共に第一課課長も兼務する。

 

 尚、ベアトは司令部直属の第一大隊の隊長を、ノルドグレーン中尉は連隊副官の立場でそれぞれ連隊戦闘団に所属している。言わなくても分かるだろうがコネ人事だ。

 

 連隊戦闘団全体で兵員三二五〇名、これは連隊戦闘団の定員から見た場合若干多い。装備も拳銃から戦車まで比較的最新式、補給物資は潤沢である。そして何よりも殆ど無傷だ。

 

 このエル・ファシル上陸以来前線では一〇〇万単位の兵士が戦闘に参加する中、熟練兵と最新装備と潤沢な物資を擁している第七八連隊戦闘団は一度も最前線に出ず残敵掃討に従事し続けている。エル・ファシル上陸以前の惑星も似たり寄ったりであり、損害は数名の戦死者と十数名の負傷者のみである。

 

 部隊としてはこれ程前線に投入するべき部隊も無かろう、しかし現実は前線から一歩下がった場所でいつまでも警備と訓練ばかりと来ている。これから前線に向かう部隊、前線での戦いを終え補給と補充を受けに後退する部隊からそろそろ白い目で見られ始めているのが辛い所だ。

 

「仰る事は分かりますがどうぞ自制下され。後方の警備も軍としての大切な任務でございます」

「んっ……いや、不満があるわけではないんだけれどな……」

 

 クラフト少佐が宥めるように呼び掛ける。私が前線に出たがっていると思ったらしい。

 

 いや、別に前線に出たい訳じゃないんだ。安全な後方警備は悪くない。だが周囲の視線がキツいんだ。しかも叔従母が事あるごとに面倒な発言を会議でするから余計にな………。まぁ、実際に取次やら謝罪に向かうカールシュタール准将に比べれば桁が一つ違う位楽ではあるが。

 

「分かった。少佐の言う通りにしよう。どの道ここではやれる事は少ない。第二・第三大隊は周辺の警備を、第四大隊は第一〇一八歩兵連隊と補給線の護衛任務に就いてくれ」

「はっ!」

「了解です!」

「承知致しました!」

 

 第二・第三・第四大隊長はそれぞれ敬礼で答える。無論、彼らは全員実家から送り込まれた士官である。

 

「第一大隊はその他部隊と共に本部警備、それに演習でもしておいて欲しい。可能性は低いが敵襲の際にはいの一番に迎撃する事になる。頼むぞ?」

「はいっ!了解致しました!」

 

 ベアトは寧ろ望む所と言わんばかりと言った表情で敬礼で答える。元気があるのは宜しいが私としてはそんな事がない事を望みたいんだけどね。

 

 因みにベアトの第一大隊は司令部直属のためにほかの大隊に比べて司令部警備の任務に就いている事が多い。お陰様でこの臨時駐屯地のほかの同盟軍部隊からは前線で貴重な戦力を愛人に渡して手元においていると言っている奴がいるとかいないとか………。毎度毎度私は赴任先で風評被害を受けるな。

 

 その後数点ほど注意点と報告が終わると結局、今日もまたこれと言って代わり映えのしない早朝会議を終える。

 

 早朝会議の後、連隊長を含んだ幹部は本部にて朝食を共にする……というのは帝国文化が各所に残る第六陸戦隊だけの事ではなく同盟軍でも案外ポピュラーな事だ。食事を通して信頼関係の醸成と情報の共有を図る意図がある。

 

 最前線ではないからちゃんと調理された温かい食事が今回も提供された。焼きたてのバケットと黒パンが籠で運ばれて来る。給仕により銀製の皿にヴルストとザワークラフト、マッシュポテト、サラダ、スクランブルエッグが盛られる。ヨーグルトと林檎、洋梨、桃、ドライフルーツが混ざったミューズリは栄養価のバランスが良く帝国系部隊では良く食べられる。鶏肉と玉葱のトマトスープは寒いこの時期にはとても有難い。

 

「珈琲と紅茶、どちらに致しましょう?」

「紅茶、マーマレードを入れてくれ」

「畏まりました」

 

 珈琲か紅茶が好みに合わせて従卒により注がれる。最後にナプキンを首元にかけられ、これで朝食の用意は出来上がりだ。

 

 従卒達が控え、テーブルに座る幹部達は祈りを捧げるために手を組む。宣言するのは連隊長であり主人である私の役目だ。

 

「豊穣を司りし兄妹神よ、貴方方の慈しみに感謝してこの実りを頂きます。大神よ、ここに用意された物を祝福し我ら信徒の今日の心と体と信仰を支える糧として下さい。我らの偉大なる主君にして父、大神より守護されし皇帝陛下のために」

 

 厳粛そうに皆で祈りを捧げるが……この祈りの言葉、どう考えてもどっかからパクって来てるよね?

 

 いや、私も生まれたばかりの頃はルドルフ中二病乙、と内心思ったがこればかりは似非ゲルマン趣味な大帝陛下に対しても擁護してやらねばならない。最後の一行以外は別に大帝陛下が考えた訳でもない。

 

「一三日戦争」とその後の「九〇年戦争」で宗教勢力が著しく衰退したのは事実ではあるが全滅したわけでもないし、完全に権威を失った訳でもない。そうでなければ銀河連邦末期に神秘主義やらカルト宗教が興隆しない。

 

 正確に言えばガチで信じる者が少なくなったというべきか。凡そ前世の一般的日本人程度の意識に落ち着いたと考えれば良い。取り敢えず初詣して頂きますと手を合わせて七五三をするノリだ。戒律はあっても真面目にやる者は少ない、と言った所か。

 

 オーディン教は「九〇年戦争」中に勃興した既存宗教の分派や新興宗教の一種である。後の地球統一政府を構成した列強諸国の一つであるユーロピア同盟にて発生した宗教だ。

 

 「一三日戦争」で欧州大陸の大半は熱核兵器で壊滅したが、中立国が多く、北方連合国家と三大陸合衆国の間でバランス外交を取っていたスカンディナビア半島を中心とした北部欧州地域は南半球には及ばぬものの比較的被害が少なく、「九〇年戦争」時代には温存された工業力・科学技術により欧州大陸の大半を勢力下に収めた。その中で既存のアブラハム宗教の権威失墜に北欧神話が混在して生まれたのがオーディン教の起源とされている。

 

 地球統一政府時代、多くの旧ユーロピア地域の市民が植民諸惑星に移民した。そしてシリウス戦役による地球秩序の崩壊、タウンゼントの暗殺によるシリウス政府の分裂……人類社会を統一する中央政府が事実上消滅すると植民諸惑星は次々に独自国家を建国し、人類圏統一のため、あるいは自国の権益確保のために一〇〇年近く続く戦国時代が始まる事になる。

 

 所謂「銀河統一戦争」時代である。プロキシマ通商同盟やテオリア連合国、スピカ星団連盟、レグルス=カペラ人民共和国と言った列強が相争った訳であるが、その中には共和政国家以外にも軍国主義国家、共産主義国家、寡頭制や君主制、宗教国家まで存在していた。

 

 列強国家プロキオン=オーディン教国は名前の通り旧ユーロピアからの移民が建国したオーディン教を信仰する教団国家であった。勇敢に戦えば討ち死にしようとも戦乙女によりヴァルハラに導かれる……教国軍の兵士はオーディン教の教義により勇猛である事で評判であり、教国は後には布教活動と軍事活動により『オーディン連合帝国』と呼称される宗教的大星間同盟の盟主となった。「銀河統一戦争」末期には人類圏の三割を支配し、テオリアやプロキシマと人類社会の支配権を懸けて幾度も大会戦を演じ、それは後世「ギャラクシー・ウォーズシリーズ」等の歴史・戦争映画の格好の題材にもなった。

 

 長く、激しい戦乱により教国も疲弊し、最終的には形骸化しつつも形式的には存続していた「汎人類評議会」の仲裁による銀河諸国間の停戦条約の締結を以て人類社会は「銀河連邦」の下に再編された。教国軍は初期の銀河連邦軍の主力の一角として反連邦勢力や宇宙海賊掃討に尽力した。その中で多くのプロキオン出身かつオーディン教徒の軍人家系が誕生する事になる。

 

 此処まで言えば予想がつくであろう、銀河連邦末期の軍人、ルドルフ・フォン・ゴールデンバウムは案の定プロキオン出身で両親がオーディン教徒である軍人家系の出である。

 

 ルドルフは腐敗した軍の綱紀粛正においてオーディン教の教えを実践した。歴史に伝わる教国軍の屈強さの一因はその教義にあったのだから決して可笑しくは無かった。捕虜になるな、逃げずに戦え、敵に怯えるな、それらの試練を乗り越えるためにルドルフの部下達の中にはオーディン教に帰依した者(させられた者)も多い。

 

 最終的に銀河帝国を建国したルドルフは一部のカルト宗教の弾圧こそしたが、基本的に信教の自由は保証した(国家革新同盟の大スポンサーでありゼウス教信者でもあったカストロプ・コンツェルン社長カストロプ氏等、同志の中には地元に根付いた宗教を信仰していた者もいたためだ)。

 

 だが国教として、また雑多な文化が乱立する人類の文化的統一や成立したばかりの帝国の宗教的権威付けのためにオーディン教を厚遇し(同時に圧力をかけ教団を乗っ取り)、五世紀かけて帝国臣民の大多数もオーディン教に帰依し、教皇庁は皇帝と体制の権威を支える宗教的支柱となった。

 

 無駄に前置きが長くなったな……似非ゲルマン宗教の食前の祈りが某アブラハム宗教ぽいのはそんな経緯がある。決して大帝陛下がパクった訳でなければ中二心を擽られて夜中に考えた訳ではない。……いや、爵位とか家紋とかは多分わくわくして夜中考えてたんだろうけど……。

 

 さて、祈りの後、厳粛に食事が始まる。銀のフォークとナイフ、スプーン………毒があれば分かるため、というが現実には反応しない毒物も多いので実用性が低いのだが、帝国系部隊の幹部は今でも銀製品で食事をするのを好む。パン切りナイフで切り取ったパンを受け取り惣菜と共に頂いていく。BGMに軍楽隊がクラシックを演奏するがこれでも帝国基準では戦場に合わせて質素倹約質実剛健と言われる水準であった。……質実剛健ってなんだっけ?

 

 1030時、朝食を終えて解散となり、私は副官のノルドグレーン中尉と本部所属の各課事務員と書類の処理を進めていく。先程命令した通り、ベアトは第一大隊の大隊長として本部の警備と訓練のため天幕にはいない。

 

「とは言えやる事は日用品や食料の補給要請を決済する事と訓練を認可する事位だからなぁ」

 

 ノルドグレーン中尉から受け取った物資の受領書に署名してデスクの端にある書類の束の一番上に乗せる。下っ端同士なら兎も角上の者同士での審査は宇宙暦8世紀でも紙である。電子記録はサイバー攻撃で一気に全部消える可能性もあるし偽装もやりやすいためだ。

 

「前線は膠着状態か。このままだと来年の初め位までは続きそうだな」

 

 三〇〇個も設けられた山岳部の地下要塞陣地は全て師団規模の部隊が広大な地下空間に詰めている。それ以外にも小さい物では蛸壺レベル、大きな物は連隊が籠る小陣地が周囲に築かれている。一つ一つ虱潰しにはしているが苦戦は必至だ。

 

 しかも浸透戦術で後方に入り込む猟兵部隊、待ち伏せ攻撃を行う野戦機甲軍、地下空間で待ち構えたり森林地帯や山岳地帯を走破して襲い掛かってくる装甲擲弾兵団は厄介な事この上無い。既にこのエル・ファシル地上戦の戦死者は五万名、負傷者は一一万名に上っている。

 

「やはり地上軍と陸戦隊の軌道爆撃だけでは火力が不足するなぁ」

「ですが同盟軍の限られたリソースと時間を考えますと艦隊戦の後に地上戦を行うよりも地上戦に集中する方が合理的で御座います」

「悲しいがその通りなんだよなぁ」

 

私は付き人の正論に嘆息する。

 

 原作を読んでいれば宇宙暦8世紀にもなって地上戦?などと思うだろう。しかし、現実にはこの時代でも地上戦は寧ろ欠くことの出来ないものだ。

 

 艦砲射撃も低周波ミサイル攻撃も地上を吹き飛ばす事は出来るが入念に構築された地下要塞を簡単に破壊する事は出来ない。まして防空・防宙部隊が展開し地下の大型核融合炉にて電力を供給されるエネルギー中和磁場のシールドを貫通するのは不可能ではないが手間がかかる。

 

 惑星を包囲して餓死を待つ手もあるがこれも簡単ではない。帝国軍は相当の補給物資を貯蔵しているだろうし、兵糧攻めに備えて蛋白質製造プラント等も運び込んでいるだろう。それこそ一年二年程度ならば耐える可能性が高い。ん?アムリッツァ?あれは想定外の人数を食わせる必要があったからね、仕方無いね。

 

 それに兵糧攻めはあくまでも周辺の制宙権を確保出来てかつ時間的余裕があってこそだ。残念ながら帝国宇宙艦隊主力は同盟艦隊により地上戦の支援が難しいとは言え健在、しかも同盟軍には予算の余裕はないし、エル・ファシル市民をいつまでも難民キャンプに放置するわけにもいかない。寧ろ艦隊を小競り合いで拘束して地上軍によりエル・ファシルを占領、補給線を断ち帝国軍の撤退を促す戦略は莫大な犠牲を出して艦隊を撃破してから地上戦をするよりも却って最終的な損失と出費が少なくなる可能性が高かった。

 

 こうして同盟軍上層部は帝国艦隊を誘引した上でのエル・ファシル本星強襲作戦を決断した。結局いつの時代も最後は歩兵が現地に降りなければならない訳だ。

 

(尤も、それだけではないかも知れないが………)

 

 此度の反攻作戦の総司令官は生粋の長征派であるウォード元帥である。統一派とのパイプもあり紳士然としているが、本音では同胞以外は食い物としか思っていないであろう人物だ。下種の勘繰りかも知れないが帝国地上軍と他派閥子飼いの部隊で潰し合って欲しいと思ってこの地上戦を推進したとしても驚きはない。

 

「まぁ、考えても仕方ないな」

 

 どの道地上戦自体は発生していただろうし、艦隊戦を優先していたとしてもそれはそれで犠牲が出たはずだ。それに、他派閥の潰し合いを意図していたとしても精々が細やかな嫌がらせ程度の意識であろう。どちらかというと本人が宇宙軍出身である事の方が影響は大きいかも知れない。

 

「確か1330時に軍団司令部と面会、会議だったな?」

 

 朝の事務仕事を特に問題なく終わらせた後にノルドグレーン中尉に注いでもらった珈琲で一服しながら私は尋ねる。

 

「はい、ジープと護衛の手配は致しました。そろそろ移動なさいますか?」

 

 私は腕時計を確認する。時計の針は1230時を指していた。

 

「そうだな。そうしよう」

「では……」

 

 連隊本部の人員に言付をした後、ノルドグレーン中尉に先導されて私は天幕の出入り口に向かう。だが……。

 

「………予報通り、雨で御座いますね」

 

 出る前に立ち止まると天幕の入口を覗きながらノルドグレーン中尉は確認するように答える。小雨はすぐに激しくなり、外の兵士達は慌てて雨具を着始め、あるいは近場の天幕等に逃げ込む。

 

「雨具がいるな」

「今取りに参ります」

 

 同じく外を覗く私に向け中尉がそう言って急いで天幕の奥に雨具を取りに戻る。

 

 その次の瞬間だった。突如空を切る音と共に衝撃が私を襲ったのは…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う……うん……?」

 

 私は雨で若干ぬかるんだ地面に倒れていた。恐らくすぐに意識は取り戻した筈だ。耳鳴りがして若干体が痛むが大きな怪我はない。

 

「何が……起きた………?」

 

 確か天幕で中尉が雨具を取りに行くのを待っていた筈だ。そしていきなり爆音と共に吹き飛ばされた筈だ。

 

 耳鳴りがどうにか収まり始める。そうするとドン、ドン、と何かが破裂する音が近くから響いて来るのが分かった。

 

この腹から来る爆音は………。

 

「これは………迫撃砲……!?」

 

 私は朦朧とする意識を必死に繋ぎ止めて立ち上がる。周囲を見渡せば呻き声をあげ立ち上がる連隊戦闘団本部人員や逆に全く動かない部下もいた。吹き飛ばされた天幕に宙を舞う書類、デスクや椅子が壊れ、散乱する。

 

「っ………!」

 

 空気を斬る音に私は地面に張り付くように倒れる。同時に然程遠くない場所で爆音が響き土砂が私の上に降り注ぐ。危なかった、迫撃砲弾は通常の火砲に比べれば射程も威力も低い。だがそれでも爆発時に無数の砲弾片が飛び散る。寧ろ直撃よりもそちらの方が危険で下手すれば重装甲服を着ていても人体が切断されかねない。

 

 私は砲撃がほかの場所を狙い出したのを確認してようやく立ち上がる。未だ生きている本部要員達に呼びかけ立ち上がらせる。数名かは私が言う前に同じ事をしており、更には拳銃を抜いていた。

 

「はぁ……はぁ……中尉!?ノルドグレーン中尉!!?」

 

 私は周囲を見渡しブロンドの副官がいない事に気付いてその名前を叫ぶ。するとどこからか女性の呻き声が聞こえてくる。

 

「うっ……」

「そこかっ!?そこだな、中尉!」

 

 私は少々たどたどしい足取りで声の方向に駆け寄ると崩れた天幕の布地と柱をどかす。そうすればすぐに地面に倒れた中尉の姿が視界に入って来た。

 

「中尉、大丈夫かっ!?」

 

 額の右側から血が流れているのを首元のスカーフを解いて血を拭き取る。

 

「わ……か…様?私は……御心配なく………」

「分かっている。止血するだけだ。目と耳は大丈夫か?」

「は、はい……視界は少し揺れますが………耳鳴りもマシになってきております……」

 

 どうやら爆風で体を少し痛めているのと弾片で額右側の皮膚を切ったようだがそれ以外は問題はないようだった。スカーフで傷口を縛り止血する。

 

「若様、御無事で御座いましたか……!」

 

 慌てて駆け寄って来たのはクラフト少佐だ。軽傷は負っているが問題はなさそうだ。

 

「ああ、大丈夫だ。怪我はない。そちらも無事で何よりだ。だが………」

 

 周囲を見れば相応に負傷者が、それに少数ながら死者も出ている。

 

「流れ弾……ではないな。これは」

 

 未だ同盟軍陣地のどこかに向け撃ち込まれている迫撃砲による砲撃音を聞いて私は自身の願望を否定する。射程の短い迫撃砲がこう何十発も流れ弾で撃ち込まれる筈もない。

 

 即ち考えられる事は敵による明確な攻撃。しかも射程の短い迫撃砲であり、しかもこれだけ撃ち込んできているとなると、一撃離脱のハラスメント攻撃ではなく事前砲撃に違いない。つまりここから先来るのは………!

 

「敵襲だっ!各部隊配置につけ!戦闘用意!歩兵部隊が突撃してく……る………」

 

 周囲に警戒と命令を伝えるためにそこまで口にして私の口は止まっていた。それを視認し、余りの戦慄に言葉を失っていたのだ。

 

 私の言葉が止まった事に周囲の部下やほかの同盟軍部隊の兵士も気付き、私が凝視する方向に視線を向け、凍りつく。

 

 丁度山間部のために同盟軍が天幕を張る盆地の周辺は切り立った小さな崖となっていた。

 

 雨が降り続き視界が悪くなった中でもしかし、その赤い光の反射は分かった。何千という赤い鬼火のような光が崖の先の森で光っていた。

 

 いや、それは鬼火なんかじゃあない。もっと赤黒く、残忍で恐ろしいものだ。そして良く見れば鬼火を称えるそれに骸骨のようなシルエットを見ることが出来ただろう。

 

 頭蓋骨のような重装甲服の頭部ヘルメット、威圧的なそのヘルメット越しでもその帝国最強最悪の戦士達は村を襲うヴァイキングの如く獰猛で狂暴である事は理解出来た。いや、戦士なんてものではない。獣だ。悍ましい笑い声を漏らす髑髏の集団……。

 

「装甲…擲…弾……兵…?」

 

 同盟軍兵士の一人が信じられない物を見たように辛うじて言葉を紡ぐ。そう、それは帝国軍において地上軍からも宇宙軍陸戦隊からも独立した兵科として同盟軍兵士達の恐怖の対象にもなっている野獣の群れの呼称であった。

 

 同盟軍の熟練兵の幾人かは慌てて武器を手に取ろうとする……がその意志もすぐに打ち砕かれた。崖の手元、装甲擲弾兵団の先頭に君臨するそのシルエットを見れば今度こそ、皆が抵抗の意志は霧散する。

 

 それは巨人であった。オーディン教の信徒であればまるでトロル、あるいは原初の巨人ユミルを連想したであろう、巨人の影。ヘルメットは着こんでいなかった。全長二メートルを超える巨躯は重装甲服の上からでも筋肉で盛り上がり、相当激しい鍛錬で鍛えに鍛え抜かれた事が分かるだろう。

 

 手にはまるで死神の鎌を連想させる巨大な炭素クリスタル製の両刃の戦斧があった。片手で悠々と持ち上げられているそれは、しかし全長一五〇センチ、重量にして九・五キロにも及ぶ金属の塊……その一撃を受ければ仮に二重に重装甲服を着こんだ所で肉塊になる事は間違い無かった。

 

 誰もがその薄暗い姿に瞠目し、戦慄し、恐怖する。そして願う。その先頭の人物が自身の脳裏によぎる人物でない事を。

 

 だがそんな願いを戦神が嘲笑うかの如く雷鳴が響いた。稲妻の輝きがその薄暗さで見えなかったその者の顔を皆に晒しだした。

 

「狂戦士」、あるいは「野人」と誰もが連想した事だろう。狂暴さと荒々しさに満ち満ちた彫りの深い顔は草食動物を狙う獅子のように残虐で獰猛な笑みを称えていた。

 

 ポニーテールのように一本に束ねられた黒髪は駿馬を思わせ、頬の痛々しい傷跡は印象的であり、その者が誰であるかを確信させるものだった。

 

 そう、間違いなく今我々を獲物を見るような目付きで見下ろす人物は、一切の疑い無く精鋭たる第三装甲擲弾兵軍団を先導する、悪名高き装甲擲弾兵団副総監オフレッサー大将であったのだった…………。




地味に帝国騎士の階位の設定を思い付いたので後付けしてみました。それに伴い各話を少し修正、十四話に説明を追加しました

帝国騎士階級の階位(尚、功績等で上昇有り)
・騎爵位  主に帝国開闢以来続く帝国騎士位、男爵家に匹敵する権威を持つ

・上等帝国騎士位 主に門閥貴族の分家の内男爵以下の家(例ジークマイスター家、シェーンコップ家、ダンネマン家(一等帝国騎士位より昇格))

・一等帝国騎士位 主に国家に対する功績による叙任(例ワイツ家、ロイエンタール家(二等帝国騎士位購入から事業拡大から昇格))

・二等帝国騎士位 主に金銭にて購入して叙任、最も多い帝国騎士位(例ファーレンハイト家・ミューゼル家・クロイツェル家)

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