帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第百十八話 風邪を引いた時に無理は良くない

『リグリア遠征軍団』が前線と第七八陸戦連隊戦闘団の状況を把握したのは12月8日1630時頃の事であった。

 

 帝国地上軍の反撃や後方の襲撃による打撃は同盟軍の指揮系統に混乱を与えた。しかし、同盟地上軍司令部の通信部門が必死の思いで全軍の通信網を整理・補強する事で漸く大多数の部隊が混乱から回復する事が出来たのだ。

 

 そして、第七八連隊戦闘団第二大隊との無線が軍団司令部に届き連隊本部の状況が知れたと同時に、軍団は現地の同盟軍の要請や制止を無視して正面で対峙していた二個装甲擲弾兵旅団を撃破し、そのままの勢いで星道三二三〇号線へと雪崩れ込んだ。1820時の事である。

 

 星道三二三〇号線の確保のため先行し、正面から第七八連隊戦闘団第一大隊を中核とした部隊と激戦を繰り広げていた第一三三装甲擲弾兵連隊は、消耗した中でカールシュタール准将率いる第一五地上軍団により背後から急襲を受け短時間の内に崩壊した。

 

 だが、それだけでは何の意味もない。『リグリア遠征軍団』の目的は第七八連隊戦闘団本部の救出……いや、連隊長の救出であり、帝国軍の一個装甲擲弾兵連隊を撃破した所で何の意味もないのだ。

 

 第一三三装甲擲弾兵連隊を殲滅したと同時に『リグリア遠征軍団』はその後方から迫る装甲擲弾兵団第三軍団所属の精鋭一個師団と対峙する事になった。

 

『奴隷の手先め、ぶっ殺してやる!!』

『くたばれ性病皇帝の犬が!!』

 

 両軍の兵士は帝国公用語で罵声を浴びせあいながら正面から激突した。『リグリア遠征軍団』兵士達は亡命軍地上部隊の中でも選りすぐりの精兵であり、装甲擲弾兵第三軍団はオフレッサー大将直属の狂戦士の群れであった。その戦闘は熟練の同盟軍兵士ですら参戦をたじろぐ程熾烈を極めた。

 

 そこに1930時にはオフレッサー大将率いる装甲擲弾兵二個師団と、ローデンドルフ少将率いる『北苑竜騎兵旅団』がそれぞれ到着した。そうなればいよいよ星道三二三〇号線は数百万の兵士が激突するエル・ファシルにおいても屈指の地獄と化した。

 

 両軍の兵士達が近距離で大口径火薬銃を撃ち合い、銃剣で互いを突き刺し合う。戦斧により肉塊となった人体が星道のコンクリートの辺り一面に広がる。軍用車両が泥を巻き込み、敵味方の死体を牽きながら爆走する。地面は文字通り血の池と化した。文字通り陣地一つ、一メートル進むのに血を血で洗う凄惨な戦いが繰り広げられる。

 

 空中では両軍の大気圏内戦闘機が狭い空域に密集して爆撃と空戦を繰り広げた。さらに、天気の影響や艦隊戦、地上の混戦等の理由が重なり宇宙空間からの軌道爆撃は封じられていた。

 

 この激戦に誘引されるように次第に周辺の帝国・同盟軍の小部隊や敗残兵が集結を始める。更に星道三二三〇号線がどちらの手に渡るか、その如何によっては前線の同盟地上軍数十万の命運を握る事が承知されると、両軍の上位司令部は本格的にこの地域に大軍の投入を開始した。それにより戦闘はより一層激烈に、そして拡大していく。

 

「そのような訳で我々の下には援軍は来ないそうだ」

「やれやれ、困りましたな。これは……」

 

 山岳地帯の地下壕内で「薔薇の騎士連隊」の副連隊長と大隊長は互いに顔を見合わせる。元々帝国軍が隠れていた地下要塞は現在激しい砲爆撃を受けていた。だが砲爆撃をしているのは同盟軍ではなく帝国軍だ。

 

「上で奮戦されているノルトフリート大佐によれば、推定装甲師団一個と歩兵師団三個が御待ちかねらしい」

「これはこれは大盤振る舞いですな」

 

 要塞の外にて固定砲台として奮戦している第六五八装甲旅団の観測が正しければ、この要塞陣地を取り戻すために帝国軍は六倍近い兵力で押し寄せてきている事になる。

 

「数を見誤った、という訳ではないのでしょうな」

「大佐もその部下も臆病からは程遠い。完全に、とはいかなくともほぼ正確な数字であろうよ」

 

 リューネブルク中佐の断定にシェーンコップ少佐は嘆息する。つまり状況は最悪と言う訳だ。

 

 四六七高地と称される旅団規模の要塞線を独立第五〇一陸戦連隊戦闘団と第六五八装甲旅団が占拠したのは二日前の事だ。激しい激戦の末攻略したこの要塞陣地は見晴らしがよく、空爆や軌道爆撃の観測拠点としても有効であり、同盟軍の第五四遠征軍司令部は彼らに四六七高地の死守を命じていた。

 

 無論、帝国軍の反撃に備え相応の部隊を援軍に送る事は約束していたが、その前に帝国軍の後方襲撃と前線での総反撃を受ける事になる。お蔭で増援部隊は約束の二割が到着したのみであり、それどころか周辺の友軍が蹴散らされてしまい、この要塞陣地は帝国軍により包囲される事となった。

 

 そして同盟軍がほかの戦線に拘束されている今を好機とばかりに帝国軍はこの要塞陣地奪還のために苛烈な攻撃を続けていた。要塞陣地はリリエンフェルト大佐とノルトフリート大佐を司令官として徹底抗戦の構えを取るが……。

 

「この分では二週間は踏ん張る必要がある。こちらは後方支援要員や敗残兵も集めても六〇〇〇名余り……さてさて、いつまで持つのやら、か」

 

 肩を竦めて苦笑いするリューネブルク中佐。絶望、というよりは困ったような表情を浮かべている。

 

「残業手当は出るのですかな?娘の養育費が必要なので仕事ならやりますが、サービス残業は嫌なのですがね?」

「安心したまえ、ちゃんと経理が計算して耳を揃えて払ってくれるさ」

「それは結構な事です」

 

 ははは、と二人は笑い合う。それは現実逃避というよりは本当に軽い冗談を言い合っているようであった。

 

「ヴァーンシャッフェ少佐より連絡です!第二大隊の防衛線に帝国軍二個連隊が突入!増援を請うとの事です」

 

 通信機と交信していた特技兵が報告する。その知らせに二人は頷き、シェーンコップ少佐は重装甲服のヘルメットを被る。

 

「武運を祈るぞ」

「御安心を、こんな所で死ぬつもりはありませんよ。まだ娘のお遊戯会の参観すらしていませんので!」

 

 リューネブルク中佐、そしてその傍に控えるカウフマン少佐とハインライン少佐が敬礼する。それに答えるようにシェーンコップ少佐もまた冗談を言いながら敬礼する。

 

「ワルター・フォン・シェーンコップ少佐、これより第四大隊を率いて第二大隊救援に向かいます!」

 

 凛としたバリトンボイスでそう伝え、帝国騎士は戦斧を手に要塞司令部壕より踵を返したのだった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ヴォルター?どこにいるのかしら、母の下にいらっしゃい?」

 

 確か伯爵家本邸の庭先で母が自身を呼ぶ慈愛に溢れた声に内心で呆れていたと思う。私は少なくとも世間一般的に見て決して物分かりが良い子供でも、好意的に見られる子供でもなく、寧ろ疎まれる程度には我儘で気難しく振舞っていたからだ。

 

 無視しても良かった。しかし母への罪悪感……自身の存在そのものとその行いに対するそれだ……から決局は無視しきれずに若干遠慮がちに私は母の下へと駆け寄る。

 

「ああ、私の可愛いヴォルター、ようやく見つけましたよ?さぁこちらにいらっしゃい?」

 

 大勢の侍女と護衛の騎士を当然のように引き連れ豪華絢爛な絹のドレスと宝石に身を包んだ母は、私の姿を目にすると共にその美術品のように繊細な美貌を綻ばせながら両手を広げて出迎える。

 

「母上……何かご用でしょうか?」

 

 無邪気で甘え盛りな同い歳の子供なら、あるいはその呼びかけに笑顔で従い母親の懐に抱き着くのかも知れない。だが上等な服を土で汚した私は気まずさと気恥ずかしさと後ろめたさから出迎える母に距離を取って伏し目がちによそよそしくそう尋ねた。

 

 だが、それもすぐに無駄になってしまった。私の態度に首を小さく傾げた後、すぐに女神のような優しい笑みを浮かべた。そして私が反応するよりも早く近寄って、土まみれの私を持ち上げて汚れも気にせずに抱きしめてしまう。

 

「あぅ……母上、服が汚れてしまいますよ?」

 

 確かせいぜい六歳かそこらであっただろう。私が大の大人に抵抗するなぞ不可能であった。

 

 ……いや、それこそフォークとナイフより重たい物なぞ極一部の例外を除いで持つ事のない母相手ならばあるいは暴れればその手から解放される事も出来たかも知れない。

 

「ふふふ、構わないわ。お洋服なんて汚れたら新しい物を仕立てれば良いのですもの。それよりもヴォルターを抱いてあげる方が大事でしょ?」

 

 しかし母のその愛情に満ち満ちた声と慈愛の笑みの前にそれをするのは辛い事だ。結局不満はあろうとも母の為すがままにするしかない。

 

「……それで何事なのですか?」

 

 歳が歳なので若干舌足らずの所があるものの、私は宮廷帝国語で母に呼び出しの理由を尋ねる。

 

「ふふふ、そうねぇ。プレゼント、と言った所かしらね?」

「?」

 

 私の頭を撫で上げてそう微笑む母に、しかし私は首を傾げる。プレゼントならばそれこそいつも貰っている。特に望んでなくても少しでもわたしが喜びそうと考えたらこの母は金銭なぞ気にせずに何でも私に買い与えるのだ。そんな母が今更もったいぶるように私に告げるなぞ……。

 

「さぁ、来なさい。……いいですかヴォルター、好きに使って構いませんがあくまで道具なのですからね?余り肩入れし過ぎてはいけませんよ?」

 

 その母の言葉と共に幾人かの人影がこちらへと来る。私より若干歳上の少年達は私を緊張気味に見上げ、恭しく口を開き………。

 

 

 

 

 

 

「んぁ………?」

「若様、お気付きになられましたか?」

 

 頭の中に広がる鈍痛と不快感から目覚めた私が最初に見たのは不安げにこちらを見下ろすベアトの姿だった。

 

「………ここは?」

「ハンヴィーの荷台で御座います。現在森林地帯の山道を行軍しております」

「山道………?行軍……?…………!!?」

 

 ベアトの説明に疑問を浮かべ、次の瞬間全てを思い出した私は慌てて寝袋から起き上がる。

 

「若様、御無理なさらないで下さい!まだお加減が戻られたとは言えません!!」

 

 ベアトは起き上がろうとする私を抑えて、再び寝かせるように進言する。

 

「だ、大隊は?部下達はど……うっ……」

 

 私は大隊がどうなったのか問い詰めようとするがすぐに目眩に襲われてベアトに促されるように再度横になる。

 

「ぐっ……気持ち悪いな……それに頭が痛い………」

「まだ休息が必要です、どうぞ御養生下さい」

 

 ベアトが私を上に薄めの毛布をかけて、甲斐甲斐しく労りの言葉をかける。私は呼吸を整え、思考を整理した後、改めて尋ねる。

 

「大隊は……どうなった?ここはどこだ?」

「まずこの場所についてお答えします。ここは東大陸西南部の山林地帯、周辺地理から見て恐らくはジャド山地近隣、シエラ市より南方五〇キロ地点と推定されます」

 

 アナログな紙媒体の地図を手にしてそう答えるベアト。端的に言えば大隊が戦闘していた星道から南に数十キロの地点と言えば良いだろう。

 

「本来ならば早期に友軍と合流したいのですが賊軍の電波妨害が酷く、無線も衛星通信も覚束無い有り様、しかも陸空より哨戒部隊が出ており味方との接触は困難な状態です」

「そうか……。大隊はどうなった?」

 

大体察しはついていたが私は一応尋ねる。

 

「若様の体調悪化により連隊幕僚長クラフト少佐が指揮を引き継ぎました。それに伴い若様及び連隊旗、機密の保護のため本部隊は大隊より分離、離脱を致しました」

 

 ベアトもまたクラフト少佐の指示に従い大隊指揮権を第一大隊副大隊長ビョルン・フォン・ライトナー大尉に継承させこの離脱部隊に随行する事になったという。

 

「大隊は当初の指示通り敵部隊の防衛線突破及び敵主力部隊の誘引による離脱部隊支援を継続するとの事です」

 

 大隊の離脱は不可能であるために離脱部隊の支援と友軍の到着に賭けて徹底抗戦を続ける、という事だ。

 

「……あれから、私が倒れてからどれ程が経過した?」

 

 従士からの報告を受け、現状を理解した上で私は重々しく尋ねる。ベアトはその質問に対して誤魔化す事なく正確に答えを口にした。

 

「一日半になります」

 

私はその答えに嘆息した………。

 

 

 

 

 

 夜中になり野営と共にハーフトラックの荷台に移動した私は改めて離脱部隊の陣容の説明を受けた。

 

 人員は私を含めた二三名、私と付き人二人、残りは本部の幹部である士官及び下士官六名、世話役兼連隊旗護衛の従兵一名、私の護衛の熟練陸戦兵六名、特殊技能兵五名、軍医二名の構成である。私の生存を最優先にしつつそれ以外にも付加価値の高い人員を選別したようだった。 

 

 車両はハンヴィーが二台にジープ一台、物資輸送用ハーフトラックが二台、小型半無限軌道式自動車(ケッテンクラート)が一台の構成である。更にハーフトラックには機動偵察用のホバーバイク(六八式機動偵察艇)が二機積まれていた。これはあの豪雨の中で離脱しても察知されないであろう最大限の装備と言える。

 

 物資は比較的余裕がある。食糧は切り詰めれば三週間分、燃料類も節約すれば食糧と同程度は持つ。武装は対人戦闘なら十分であろうが対空・対装甲用装備は少なく、対空戦闘・対装甲車両戦闘は不可能でないにしろ心許無い。

 

「幸い走行跡は雨で洗い流されていますし、森のお蔭で発見は簡単ではありませんが……」

 

 とは言え、いつまた帝国軍に接触するかは分からないとの事だ。

 

「案はあるのか?」

 

 冷え込む夜中、副官に介護される形で毛布にくるまり食事を摂りながら私は尋ねた。ハーフトラックの荷台に加熱式レーションの柔らかいライヒミルク(ミルク粥)の温かく甘い香りが充満し、舌を優しく楽しませる。

 

「賊軍の攻勢直前の情報に基づけばこの方面の賊軍部隊は決して多くはありませんし、戦略的価値も高くはありません。少数の我々が警戒網を突破するのは難しくはないでしょう」

 

 そう説明するのは連隊本部第二課要員であったヴァルグ・フォン・オルベック准尉である。ティルピッツ伯爵家に仕える従士家の中では小さい部類に当たるオルベック従士家分家の四〇代半ばの猟兵であった。此度の出征に応じて一時的に亡命軍から同盟軍に出向していた。

 

「……引き返す、という選択肢は無いよな?」

 

 弱弱しく尋ねる私に対して会議に参加していた部下達は少々困った顔で互いを見合わせる。

 

「……いや、いいんだ。どうせ間に合うまい。忘れてくれ。今必要な事はこの状況でどう味方の所に辿り着くか、だな?」

 

 私が前言撤回をすると僅かに安堵した表情をする部下達。私には分かった。彼らにとってそれは論外な事なのだ。ここであらゆる犠牲を払ってでも果たすべきは私を味方と合流させ生還させる事で、引き返すなぞ有り得ない事だ。

 

「現状無線は妨害と逆探知の可能性が高いので利用するべきではありません。基本的には直接の接触を志向するべきでしょう」

 

 そう提案するのは連隊本部第三課副課長のロベルト・フォン・クイルンハイム大尉だ。三〇代前半のこの大尉は連隊戦闘団の軍事作戦の作成・監督するべき重要な立場の人物であったため、私と共に大隊脱出のメンバーとして選ばれた。クイルンハイム家と言えばゴトフリート家やライトナー家に比べれば格が落ちるが、それでも一〇〇を超える伯爵家従士家の中では幾つかの分家を持つ中堅従士家で名が通っていた。

 

「都市部は軌道爆撃を恐れて賊軍は然程展開していないと聞いています。そちらのインフラを活用出来ないでしょうか?ある程度は賊軍により破壊されているとしても再利用出来る設備も多いのではないでしょうか?」

 

 少ししわがれた声で提案したのは六〇近い老境の少佐であった。第四課長フルドリッヒ・フォン・ノルドグレーン少佐はノルドグレーン従士家の分家筋に当たるフォルヒハイム=ノルドグレーン家の出であり、同盟軍専科学校経理科を卒業して以来、主に帝国系部隊の経理・補給事務に携わって来た人物だ。此度の脱出組の中で少佐階級はベアトを除けば彼が最高位である。

 

「とは言え全くいない訳でもないでしょう?少数とは言え狙撃猟兵が展開している可能性があります」

 

 クイルンハイム大尉がノルドグレーン少佐の意見に疑問を投げかける。

 

「しかしこのまま見境なく彷徨い歩く訳にもまいりますまい。データリンクも妨害電波で途切れているために敵味方の展開状況は不明です。不用意に動けば余計に発見されやすくなる。ならば都市部に移動するのも悪くないかと」

 

 オルベック准尉はノルドグレーン少佐の意見に賛同の意を示す。

 

「ゴトフリート少佐の御意見は?」

 

 クイルンハイム大尉は十歳近く年下の上官に尋ねる。単純に同盟軍士官学校出の少佐の意見を聞きたいと言う事もあるだろうが、主人であり指揮官でもある私に近い付き人の意向を問おうという狙いもあったかも知れない。

 

「私個人としてはノルドグレーン少佐の意見に賛同です。ですが若様の身の安全を考えれば危険性があるのも確か。少数の部隊でシエラ市に向かい友軍との連絡を取り本隊の収容を要請するのも一案と考えます」

 

 ベアトは部隊の分割を提案した。本隊は私を守るために留まり、少数の別動隊を友軍との連絡のために派遣すると言う訳だ。

 

「部隊の分割は危険では?発見される可能性も高くなるのではないでしょうか?」

 

ノルドグレーン少佐は不安げに尋ねる。

 

「どれ程の部隊で別動隊を編成するのかにもよりますな」

「私は猟兵出身です。陸兵と特技兵合わせて二、三名頂ければ私が行きますが……」

 

 クイルンハイム大尉、オルベック准尉がそれぞれそう答える。

 

「……若様、いかがいたしましょうか?」

 

 だんまりして部下達の意見に耳を傾けていた私を見て、ノルドグレーン中尉がそう尋ねる。

 

 一斉に場の部下達がこちらを見つめる。私の意思を確かめたいようだ。

 

「けほっ……それぞれの意見は聴かせてもらった。……分割案は悪くないがやはり我々は数が少ない。一個小隊に満たないのにこれ以上数を減らすのは得策とは言えないだろう」

 

 私は少し咳き込んだ後、ゆっくりとそう前置きを入れる。

 

「そして当然、無闇矢鱈に動き回るのは発見される可能性が高くなる。しかしいつまでも隠れていても物資を食い潰すばかりになりかねない」

「では……」

 

クイルンハイム大尉の呟きに私は頷く。

 

「やはりノルドグレーン少佐の提案の通り一度街に向かおう。仮にここに留まったとして近場に帝国軍が展開していたら軌道爆撃の巻き添えになる可能性もある。都市部に移動すれば少なくとも味方に誤爆される可能性は無い。それに都市部の近くに隠れていれば解放のために進軍する味方に遭遇出来るかも知れないしな」

 

 私の提案について部下達がそれぞれ意見を出し合う。とは言え基本的には肯定的な論調で会議は続き、多少の修正の末、我々はシエラ市への移動を決定する。

 

 会議が終わると各々が私に敬礼をして退出する。人員不足もあり、彼らの内幾人かは夜の警備に移る。ハーフトラックの荷台には私と副官のみとなる。

 

 私は残された食事をゆっくりと詰め込む。そして暫く休んだ後、私はノルドグレーン中尉に頼み少しだけ外に出た。

 

 外はかなり冷え込んでいた。副官が凍える私に二枚重ねでコートを着せる。

 

「ああ、ありがとう」

 

 礼を言った後、私は周囲を観察する。山道の外れに車両は周囲の空間ごと自然に溶け込むように偽装が為されていた。周囲にはセンサーが撒かれ、その内側にはトラップが据え付けられる。兵士達は車両の銃座や上で暗視装置を掛けて、消音装置を装備した機関銃等を構えて警戒する。三交替で朝まで警備をするらしい。

 

 空は曇天で、お蔭で衛星軌道上から我々を視認するのは難しいように思われた。ぬかるんだ泥が少し前まで豪雨が降り注いでいたことを証明してる。残念ながら暫くは曇りと雨が続き、晴れる事は無いだろうという。

 

「……暗いな」

 

 照明は出来るだけ外に漏れないようにしており、星空の光も雲で遮られ、森の中は文字通り闇に支配されていた。獣の遠吠えと虫の鳴き声、そして僅かに遠くから砲撃音が響き渡る。

 

「病み上がりですので御体に触ります。安全のためにもそろそろお戻り下さいませ」

 

 すぐ傍らで護衛として控えるノルドグレーン中尉が小声で、しかし恭しく進言する。

 

「……私は警備をしなくて良いかな?」

 

 私は寒い夜中文句一つ言わずに、寧ろどこか使命感に燃えているように見える警備の兵士達を見て副官に耳打ちする。彼らが敗残兵となっても尚士気が旺盛に見える理由は予想がついていた。

 

「部下の仕事を奪うのは宜しくないかと。それに若様は指揮官、そのような雑事に構うよりも体力の回復を優先した方が良いでしょう」

 

 労るように副官が答えるが、それは私を慮っての事であろう。実際の所、仮に私が二等兵であろうと病み上がりでなかろうとも、私に仕事をさせる積もりなぞないように思われた。

 

 連隊の多くが伯爵家所縁の人材を取り揃えていた。士官下士官の半数近くが従士に食客、奉公人の一族の血縁者であり、兵士はシュレージエン州出身や親戚が縁のある者、それ以外も大半が帝国系、特に帰還派や帝政派で固めていた。

 

 当然ながら子飼いの兵士の伯爵家への忠誠心や帰属意識は高い。しかも内実は兎も角地元では私は皇族の血と伯爵家の血の流れるサラブレッドの血統、顔はこれまでの先祖の所業のお蔭で外面だけは良い。実際はかけ離れているが新聞や官報の活字の上では士官学校出のエリートであり、前線で何度も軍功を上げ勲章を手にした中佐殿である。崇拝の対象としても、忠誠心の対象としても申し分ない。

 

 そして見方を歪めれば、そんな偉大な主君に不運が重なり苦難を味わう事になっているように見せかける事も出来る。こうして惨めな敗残兵と変わり果てようとも主家の嫡男の護衛という任務に就いた事により彼らのロマンチシズムやら騎士道精神やらを刺激し、却って士気は上がっているようにも思えた。

 

「忠誠心、ね……」

 

 忠誠心はある種の自己陶酔に過ぎない、というのは誰の台詞であったか。麻薬のように効いている間は甘美なものであろうが、醒めた瞬間残るのはボロボロに傷ついた自身の体だけである。

 

「……中尉はクラフト少佐について知っている事があるか?」

 

 私はふと、副官に尋ねる。彼女の姉の事を思えば随分と酷な質問であるだろう。彼女の姉と似たような人物の事について問うのだから。

 

「……余りお気になさる必要はないかと存じますが」

「配慮は不要だ。中尉とて思う所はあるのだろう?」

「……畏れ多い事で御座います。全ては若気の至りです」

 

 気まずそうに中尉は頭を下げる。彼女としては私に対して抱いていた不満について気負いがあるらしかった。尤も、彼女の姉に対するアフターケアについては私の方にこそ責任があるので気にする必要なぞないのだが……。

 

「いえ、大恩ある伯爵家に対して不満を持ち、あまつさえ若様の御厚意を蔑ろにしたのです。それらを不問にして頂いている身、寛大な処遇に感謝致しております」

 

 深々と頭を下げて副官は謝意を伝える。本来ならば社交辞令程度に認識するべきなのだろうが、その口調から見て私の自惚れでなければ恐らく心の底からそのように考えている様子だった。

 

「そう思うなら知っている範囲で良い。連隊幕僚長の事について教えてくれ」

「私も然程詳しい訳ではありませんが……」

 

 伝え聞く話では最初期に見繕われた付き人候補の一人であったらしい。クラフト従士家本家の次男として付き人として送り込まれたという。

 

 次男、という通り彼の上に兄と姉がいるが、こちらは最初から候補に外れていた。元々は父の兄、つまり戦死した伯父の作るであろう息子や死産・流産した母の子供とタイミングを合わせて家臣団も子作りしており、私が産まれた時には年齢がかなり離れてしまったためだ。当時の伯爵家や家臣団では付き人候補を見繕うのに相当苦労していた、というのは前に聞いた事がある。

 

「尤も、その多くを突き返して随分と迷惑をかけた訳だが……それで、続きがあるだろう?」

「若様の御意見に従い送り返された後……その、随分と叱責を受けたとは聞いております」

「……まぁ、クラフト家だからな」

 

 ゴトフリート、クラフト、デメジエール、エクヴァルト………この辺りの家名を聞けば少なくとも伯爵家所縁の人々が聞けばその共通点に察しがつく。これらの一族は伯爵家の従士家の中でも保守的かつ教条的な……悪く言えばクレイジーな血族だ。

 

 これらの一族に共通するのは創始者が忠誠心を見込まれて従士に選ばれた事である。

 

 従士階級は、門閥貴族達が治安維持や行政のための人材を確保するために創り出した下級貴族である事は以前触れた事だ。その中でも様々な出自の者がいる事もまた触れた事だろう。

 

 従士階級の出自は大きく分ければ三つに分類出来ると言われる。最も代表的なのが旧銀河連邦の軍人や官僚の中でスカウトされた者達であろう。伯爵家でいえば銀河連邦地上軍下士官由来のライトナー家、銀河連邦宇宙軍第八方面航空隊司令官が初代のレーヴェンハルト家、中央から追放された旧銀河連邦警察のキャリアエリートが興したノルドグレーン家がそうだ。彼らはその技術や知識を見込まれて従士階級を与えられた。

 

 次に代表的なのが現地採用組である。即ち大帝陛下により(無理矢理)下賜された(荒廃した世紀末状態の)領地の運営をする中での人材不足を鑑み、現地の自治組織や自警団、挙句には帰順した傭兵団や宇宙海賊の一部もその代表を従士として臣下としていた。伯爵家家令を歴任するゴッドホープ従士家は大帝陛下により下賜された惑星に初代当主が出向いた時に真っ先に恭順した現地自治組織の代表であるし、オルベック准尉の一族は傭兵団と化した旧銀河連邦軍の辺境部隊が売り込みをかけたのが後に従士に取り立てられた切っ掛けだ。

 

 スカウト組や現地採用組は今でこそ長い年月と血縁により伯爵家に対して強い忠誠心と帰属意識を持っているが、流石に帝政初期からそうであった訳ではない。前者は雇用契約の延長のようなものであり、後者に至っては長い物には巻かれろという意識であって、面従腹背や裏切りを行う者も決して珍しくはなかった。

 

 結果として三番目の従士家が成立する。即ち、門閥貴族達に忠誠を捧げるがために成立した家々である。

 

 代表例にして筆頭のゴトフリート家を見ればそれがどういう基準で定められたか分かろうものだ。ゴトフリート家始祖のヘルガはカルト教団の少年兵から伯爵家の私兵軍に所属し、その忠誠心と技量で当主直属の護衛になった。多くの場合、天涯孤独で身よりの無い者、後ろ盾・後見人のいない者、何等かの理由で帝政やルドルフ、各門閥貴族に陶酔している者から選び出され、護衛や毒見、辺境やほかの従士の監視・牽制、汚れ仕事への従事に活用された。

 

 無論、全ての従士家を完全にこの三つに分ける事も出来ない。ノルドグレーンの初代はスカウトであるが同時にその忠誠心を見込まれ監視や汚れ仕事にも従事したし、現地採用組のゴッドホープ家の初代は見捨てられた開拓地をその手腕で長年維持し、その行政能力を買われて積極的にスカウトされた一面もある。完全に分ける事が出来ない家も多い。何より五世紀も経った今ではこれらの区分で差異がつけられる事もない。

 

 それでも、その引き立て理由が今でも各家に影響を与えているのは事実だ。ライトナー家の者は皆陸戦技能と陸戦指揮を以て奉公し、ゴッドホープ家の者は行政官や秘書、管理者になる者が多い。

 

 ゴトフリート家、クラフト家、デメジエール家……先程挙げた一族は今でも自分達の最大の役割は主家に絶対の忠誠心を捧げる事であると信じているようであった。帝政初期から中期のティルピッツ家の者達の盾艦要員、付き人、毒見、侍女、護衛、妾等の半数以上がこれらの一族の出、あるいはその血が流れている者であった。ここまで言えばどれだけ気狂いか分かろうものだ。

 

「一応、中尉の姉の時と同じく手紙は送った筈なのだけどな」

「恐らく承知はしていたでしょうが、それでも思う所はあったのでしょう」

 

 同じような出自のゴトフリート家の娘は許されたのだ、一族としての蟠りはあっただろう。あるいは同じような一族の筆頭である分ほかの家よりはマシに思った可能性もあるが……こればかりは分からない。

 

「……悪い事をしたな」

 

土壇場まで思い出す事も出来なかった。

 

「重ねて申し上げますが、余りお気に病むのは宜しく御座いません。今は御身の御安全を優先して下さいませ」

 

 恭しくノルドグレーン中尉は具申する。まぁ、それこそ私が死んだら後始末が出来ないばかりか自裁しないといけない者がダース単位で発生しかねない。まずは生き残る事を優先しなければなるまい。

 

「我が身を、か………」

 

 理屈では理解出来るがやはり自身の立場を考えると忸怩たる思いが強くなるのも事実だ。家名や血統だけのために大勢を自分のお守りにして、生命を懸けさせる、正気では到底やってられない事だ。士官として部下を死地に送るだけでも責任が重いのに、その上主人としての責任まであるとなると胃が痛くなる。しかも前者は兎も角後者は逃げられない。

 

「……やはりそろそろ御戻り下さいませ、この寒さです、御体に障ります」

「……ああ、そうだな」

 

 一際冷たい風が吹くと私は中尉の勧めに従いハーフトラックに戻る。少なくとも病み上がりである今だけは暖かい毛布の中で眠り、この何とも言えない重責と苦しみから逃避したかった………。

 


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