帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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本編を読む前に作者より読者の皆様にお伝えしたい事

「私は自らを器と規定している。二次創作需要から見捨てられた読者の願望、銀英伝二次創作を求める者達の趣向を受け止める、器だ。彼ら(感想欄の読者)がそれを望むなら、私はそれを受け入れる、この作品の主人公はそのためのものだ」


意訳:この展開は決して作者の趣味ではありません……嘘じゃないよ?


第百二十七話 作者は読者の総意の器という話

 エル・ファシル本星衛星軌道上における戦いは、端的に言えば一切面白みのない砲撃戦という形で推移していた。

 

 同盟軍側の司令官ヴォード元帥は元々事前の戦力や補給と言った戦略、あるいは政治という『戦場以外での戦い』を重視する提督であり、帝国軍側の司令官クラーゼン上級大将も奇計奇策を得意とせず、寧ろ調整型の人物であったのだからさもありなんである。12月18日から20日にかけて両軍は若干の駆け引きこそあったものの、基本的に愚直に正面から中性子ビームを撃ち込み合う戦いに終始する。

 

 統合作戦本部のエリート参謀や民間の軍事評論家、あるいはマニアからすれば華が無ければ面白みもない戦いとは言え、末端の兵士達からすれば命懸けである事は変わりなく、また戦隊以下の個々人や戦術レベルでは少なくない英雄が誕生し、あるいはその輝かしい戦歴に新たな一ページを加えていた。

 

 同盟軍の提督であれば第一〇艦隊第210戦隊司令官ドミトリー・ボロディン准将、第六艦隊第64戦隊司令官ドュルナー・フォン・ハーゼングレーバー准将、第四艦隊第七六六戦艦群司令官ライオネル・モートン大佐、第六艦隊第二六六〇巡航群司令官ルーマー・ガイズバーグ大佐等がまず勲章を授与されるに相応しい働きをしたと言えよう。正面決戦の中、少ない選択肢で最大限の技巧を凝らし彼らは帝国軍の戦列に強かな打撃を与える。

 

 個人戦の花形と言えば空戦隊である。『猛禽』ホルスト・フォン・ヴァイセンベルガー大佐率いる第六艦隊第131独立空戦隊所属のヘルムート・フォン・バルクホルン中佐、エミール・ヴォルフ少佐等は順調に撃墜スコアを伸ばしていく。『ダイハード』イワン・マルコフ少佐は当初の予想通りに無謀な操縦で乗機を三機大破させた代わりに四隻の駆逐艦と八機のワルキューレを屠って見せた。『不死身のオメガ11』はこの会戦中に六度撃墜されその合計被撃墜記録は一一一回に到達し尚且つ無傷の生存という超人的記録を打ち立てる事になる。

 

 古参だけでなく若手パイロットも戦果を挙げる。第一〇艦隊のサレ・アジス・シェイクリ軍曹やピアッツァ・ベッグホッパー曹長、第六艦隊のヴェーラー・ヒュース軍曹、第四艦隊第118独立空戦隊所属の『メビウス中隊』等は特に目を引く戦果を挙げ、将来のエースを期待される人材であると言えよう。

 

 個艦単位でも無論特筆すべき功績を挙げた艦艇も多い。第8-9-3戦区における乱戦で自艦の大破放棄と引き換えに戦神の如き戦果を挙げたフランク・ヨシカワ大尉の駆逐艦『ユウダチ』にミスター・バトルシップことニューロン・テイラー中佐の戦艦『ファラガット3号』、黒豹ベルナルド・マリノ少佐の駆逐艦『カラブリア55号』等がそれに当たる。

 

 生ける伝説に等しい幸運が与えられたのは戦艦『ヴォースパイト』であった。会戦の最初の砲撃で機関が被弾し以後三八時間に渡り最前線でエネルギー中和磁場すら展開出来ずに漂流する運命を辿った彼女は、しかし遂には戦死者ゼロで友軍に回収された。艦長たるニルソン中佐は乗り込む艦が必ず超常的なまでの強運と悪運に見舞われる事で知られている。

 

 とは言え、である。前述したが所詮は個人レベル、戦術レベルの功績に過ぎない。両軍合わせて七万隻近い艦艇が激突する本会戦においてそれらの功績は一見煌びやかではあっても戦局全体として見れば殆ど意味を為さない出来事であった。

 

 そんな戦局に変化を与えたのはエル・ファシル東大陸の一角で行われた余りにも小さな、しかし大局で考えた場合戦略面で極めて重要な戦闘が終結した時の事だった。

 

「……?参謀長、敵艦隊の動きが鈍くなっていないか?」

 

『アイアース』の艦橋にて昼食を終えシロン産の高級茶葉から抽出したアフタヌーンティーを楽しんでいたヴォード元帥は怪訝な表情を浮かべ指摘した。彼のその鋭利な戦術眼は帝国軍の動きに明らかな動揺が見られ、精細を欠いている事を見抜いていた。

 

「閣下、先程より敵の無線通信に怪情報が流れているとの事です」

 

 そのヴォード元帥の質問に答えるように通信主任参謀、情報主任参謀と某かの相談した後、総参謀長カルロス・ビロライネン大将は駆け寄り、密かにその内容を耳打ちする。

 

「……野戦軍司令部が遭難だと?」

 

 それはエル・ファシル東大陸にて同盟地上軍と最前線で激闘を繰り広げる帝国地上軍第九野戦軍司令部が突如としてその消息を絶ったという情報であった。

 

「あくまでも不確定情報です。未だ我が方の地上軍からはそのような情報を報告されておりません」

 

 ビロライネン大将はあくまでも不確定情報である事を強調する。戦場においては両軍共に偽装情報の流布や誤報告なぞ日常茶飯事だ。

 

 まして地上戦においても同盟軍が優勢とはいえ、流石に野戦軍司令部まで侵攻出来る程戦線は突出している訳でもないし潜入部隊の強襲としても成功したなら報告の一つでもあろうものだ。寧ろこの場でそのような同盟軍にとって都合の良過ぎる情報が伝わる事が作為を感じる。帝国軍はこちらが偽装情報に踊らされるのを待ち構えている……?

 

「……いや、違うな」

 

 暫し思考した後、ヴォード元帥はその可能性を否定する。内容としては余りに突飛過ぎるし、ここまで正面戦闘に傾注しておいて今更帝国軍が奇策に頼るとは元帥には思えなかったのだ。仮に奇計奇策の類としても元帥の明晰な脳細胞はその内容が思い付かなかった。

 

 故に、これは偽装情報の類いではないと元帥は判断した。

 

「……天祐だな」

 

 ヴォード元帥はその余り日に焼けていない色白の紳士然とした顔を意地悪く、そして悪どく歪ませ呟いた。

 

 この際情報の真偽なぞはどうでも良かった。帝国軍自体がその真相の判断がついていない、それこそが重要であった。

 

 即ち、帝国軍もまた第九野戦軍司令部の所在が掴めておらず、仮に本当に遭難していた場合、その作戦計画を抜本から見直さなければならない状態にあるのだ。今頃帝国軍総司令部も混乱の極みにあろう。ならば、この機会を見逃す手はない……!!

 

「予備の第三、第一〇戦闘団を投入する、各艦隊に通達!!全面攻勢に入るぞ……!!」

 

 ヴォード元帥は帝国軍司令部が混乱し、動揺しているこの機会に勝敗を決定づけるべく勝負に出た。即座にこれまで節制していた予備戦力と弾薬を惜しみ無く投入する事を決断する。

 

「欺瞞情報を流布しろ、第九野戦軍は最早崩壊した。地上戦はこちらの勝利に決まったとな!!」

 

 無論嘘っぱちだ。それでも良い。疑心暗鬼になった帝国軍は勝手にそれを信じてしまうだろう。少なくとも末端部隊は。

 

 敵の動揺につけこみ打撃を与え、戦局を優位に持っていくと共にその士気を挫くのがヴォード元帥の目論見だ。

 

 後は此方に急行している第一一艦隊が後方から退路を絶てば……いや、そう見せかけるだけで帝国軍は慌てて撤退するであろう。それで良い。どうせ現状の同盟軍の戦力では帝国軍の撃破は出来ても撃滅は難しい。撤退に至らしめるだけで軍事的戦果は十分であろう。元帥の政界進出のための政治的成果としてもまた同様だ。

 

「諸君、どうやら今年のクリスマスはゆっくりと過ごせそうだな?」

 

 その軽口に司令部に小さな笑いが起こる。上手くいけば22日までに第一一艦隊はこの宙域に到達する。そうすれば帝国軍は地上軍の撤退のために小競り合い程度は仕掛けるであろうが後退を始めるだろう、始めざるを得ない。そうすればこのエル・ファシルに集結している宇宙軍・地上軍合わせて一〇〇〇万の兵士達に落ち着いてクリスマスケーキとチキンを食べさせてやれる筈だ。ヴォード元帥としてもそれは兵士達、そして市民への良い宣伝材料となりえる。

 

 参謀達の笑いに釣られるように冷笑を浮かべ、元帥は新しく従卒に注がせた紅茶を口に含んだ。実に芳醇な味がした。勝利の味だと元帥は思った。

 

「……っ!元帥っ!地上部隊より連絡ですっ!!」

「……どうしたのかね?」

 

 慌てた声で叫ぶ通信オペレーターの通達に若干不快感を感じたが、元帥は紳士らしくそれを表情に出さず優雅に尋ねる。同盟政界に君臨するハイネセンファミリーの名門の生まれ、選ばれしエリートは何事にも動じないのだ。

 

「エル・ファシル揚陸軍司令部によりますと、先程帝国軍第九野戦軍司令部の降伏を確認、これを受諾した模様です」

「何……?」

「どうやら先日の帝国軍の奇襲により、司令部の統制を離れた逸れ部隊による模様です」

「……成る程、合点がいったな」

 

 オペレーターの報告に漸くパズルのピースが嵌まったように疑念を解消するヴォード元帥。

 

 逸れ部隊か、ならば確かにこちらも把握していない筈だ。恐らくはその部隊も相手が誰なのか把握しないまま降伏させたのだろう。想定外の戦場の摩擦とは良く言うがどうやら今回の摩擦は此方の追い風になりそうだ。

 

「宜しい、大手柄だな。して、その功績を挙げた部隊は?司令官の名前は?それだけの勲功を挙げたのだ、私直々に自由戦士勲章の候補に推薦せねばな」

 

 上機嫌で再度紅茶を口に流し込みながら元帥は尋ねる。恐らくは長征派部隊ではないだろうが自身の宣伝には使えるだろう。英雄と軍司令官のツーショット写真というものはマスコミやミーハーな市民達にはそれなりにウケるものだ。精々凱旋パレードで此方のためにこき使ってやろうではないか。

 

「はっ!部隊は……所属部隊はエルゴン星系警備隊第三〇五五独立警備大隊及び第七八宇宙軍陸戦連隊戦闘団、暫定司令官は……ヴォルター・フォン・ティルピッツ宇宙軍中佐との事です!」

 

 返答の連絡を口にするオペレーターよりその名前を聞いた元帥は同時にむせかえり、口に含んでいた熱い紅茶を艦橋内で勢い良く吹き出していた………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 12月20日1300時頃、戦況が激しく流動しつつはあるものの、エル・ファシル東大陸の一角ではそのような出来事とは何ら関わりなく激しい戦闘が続いていた。

 

 砲撃の嵐であった。帝国地上軍の主力戦車レーヴェの電磁砲は決して豆鉄砲ではなく、同盟地上軍の主力戦車と火力の面で言えばほぼ同レベルの水準を有する。

 

 それが約二個小隊、八両による包囲した状態での砲撃である。同士討ちを恐れて時間差をつけての攻撃ではあるが、距離にして二〇〇メートルも離れていない。そんな近距離からの砲撃の前には通常はどのような装甲車両ですらスクラップになるだろう。そう、通常であれば………。

 

 次の瞬間その化け物が空を切り裂くような爆音と共に電磁砲弾を吐き出した。プラズマ化した砲弾は正面のレーヴェの二五〇ミリに及ぶ複合装甲……それも耐熱・耐ビームコーティングを為されている……を即座に貫通、内部から乗員を焼き殺し砲塔は玩具のビックリ箱の如く真上に吹き飛んだ。

 

「糞っ!化け物め!あれだけ叩き込んでもまだ生きているのかよ……!?」

 

 その部隊を指揮していた帝国軍戦車部隊の小隊長は殆ど悲鳴に近い罵倒を吐き捨てた。彼にとってここまでの理不尽なぞない。

 

 一体何発の砲弾を叩き込んだ?何発の対戦車ミサイルを撃ち込んだ?何発の対戦車ライフル弾をお見舞いしてやった?にも関わらず何故あの化け物は生きている?ありとあらゆる疑念と罵倒の言葉が小隊長の脳内を支配していた。ここまで肉薄するのにこの戦車部隊は一個中隊の戦力、その半数以上を喪失していた。

 

 元々地上戦に重点を置き、かつ質の充実を図る上で様々な重戦車を運用する銀河帝国亡命政府軍の作り上げたコスト度外視の怪物が制式番号『Sd.Kfz.184』、その愛称をフェルディナンドと呼称される破格の重戦車である。

 

 その装甲は宇宙戦艦のスクラップから引き剥がした装甲を前面装甲に再利用していた。更に何重にも重ねて塗装された各種コーティングやソフトキル装備により凡そ考えうる限りにおいて最高レベルの防御能力を備えている。宇宙では駆逐艦の有する電磁砲でも口径は五十センチを超える。それを想定して形成される装甲板が精々一五〇ミリを超える訳がない戦車砲に耐えられない道理はなかった。

 

 より彼らにとって不運であったのが彼らの相対しているフェルディナンド重戦車が更に追加装甲を装備した指揮車両であった事であろう。既にフェルディナンドの表面は無数の砲弾跡で抉れているが、その実、本体は少なくとも戦闘可能な最低限度の電気系統を残していた。

 

 砲塔をゆっくりと軋ませながらフェルディナンドの防宙電磁高射砲を転用した主砲が次の目標に狙いをつける。サブの索敵・測量機器で照準を合わせたと思えば腹から来る轟音と共にまた一両のレーヴェが正面装甲を紙のように引き裂かれて爆散する。その姿を見れば流石にほかの帝国軍戦車は士気を打ち砕かれ、徐々に後退を始めていく。

 

「貴様らぁ!引くなっ!引くなと言っているだろうが!?軍法会議にかけら……」

 

 小隊長はそこから先の言葉を口に出来なかった。その前に小隊長の搭乗していたレーヴェは至近からフェルディナンドの主砲を食らい上部砲搭が後方に吹き飛ばされ、衝撃で本体は横転したためである。

 

 退却する帝国軍のレーヴェを更に一両次いでとばかりに吹き飛ばせば残る車両は我先に後退して逃げていく。彼らにはフェルディナンドの姿がまさしく鋼鉄の怪物に見えた事であろう。しかし……。

 

 ギギギッ……!!

 

 帝国地上軍が後退したのを見届けると、悲鳴をあげるように車体を構成する鋼鉄が歪み、軋む音が響き渡った。ゆっくりと萎れるようにフェルディナンドのその太く長大な砲が地面に向けて垂れ下がる。それは死に際の獣の今際の声を連想させた。

 

「ぐっ……中々、固いな。衝撃と熱にやられたか……?」

 

 度重なる砲撃による装甲への衝撃と熱により変形したハッチが厚い革手袋を装着した腕で無理矢理抉じ開けられる。最早煤だらけになってその華美さも見る影もない軍服、それを身に纏うフーゴ・フォン・ノルトフリート大佐は、そのまま身を乗り上げると夥しい数の鉄と有機物が燃焼する山地の中央でキセルを吹かし一服した。

 

「不甲斐ない奴らめ、また引き返したか」

 

 視界に見える限り次々と後退するのが見える帝国軍兵士を見ながら不機嫌そうに大佐は吐き捨てる。

 

 どうやら帝国軍は再度後退し部隊を再編成しているようであった。帝国軍の要塞への全面攻勢より二日、その間に生じた一〇回の攻撃により帝国軍は恐ろしい数の損耗と引き換えに大佐の装甲旅団を文字通り消滅させた。彼の乗車するフェルディナンドも既に一桁台にまで磨り減らされた数少ない生き残りであるのだが……。

 

「旦那様、申し訳御座いません。この分では復旧は不可能かと」

 

 車内で計器類の応急処置をしていた通信士兼整備士も務めていた奉公人の士族は無念そうに伝える。確実なだけで一一発を超える電磁砲弾に八発の対戦車ミサイル、一四発の対戦車ライフル弾、そして恐らくは二〇〇発を超える重機関砲弾を浴びせられたのだ。寧ろ乗員全員が大なり小なり負傷しつつも生存しているだけ奇跡であろう。フェルディナンドの乗員室は宇宙戦艦の救命ポッドを基にして作り出されており非常に頑健だった。

 

「そうか……仕方あるまい、本車は放棄する。各員武装して降車しろ、遺憾だが徒歩で要塞内に避難する」

 

 若干不機嫌そうな表情を浮かべ、大佐は命じる。スクラップとは言え、貴重な宇宙艦艇を材料に作り出されたフェルディナンド重戦車は生産性も最悪であり、亡命軍にとっても地上戦における虎の子であった。そんな貴重な一両の放棄は流石に大佐も思う所があるようだった。

 

「少し前に右側でルクレールを見た。まだ生きているのなら呼び出して護衛を頼……待て、誰か来ているな」

 

 ノルトフリート大佐は言葉を切り、土煙や黒煙により視界が不明瞭な中足音のする先を警戒する。車内装備のシュマイザー短機関銃を取り出しいつでも迎撃出来るように身構えるが………。

 

「……む、これはリューネブルク家の坊ちゃんではないか?このような場で見えるとは……どうしましたかな?」

 

 一個分隊程の重装甲服を身に纏った陸戦隊員を率いるリューネブルク中佐はノルトフリート大佐の言に特に不快感も持たずに人の好い笑みを浮かべ答える。

 

「御元気そうで何よりです、旅団長殿。いえ、此方も迫撃と友軍の収容を行っていた所ですよ」

 

 要塞内部に押し寄せた装甲擲弾兵を辛うじて押し返した薔薇の騎士達はその余勢を駆って迫撃と地上の味方の保護を行っていた。特に重戦車の場合は車両がズタボロになろうとも乗員は生存している場合も多い。彼らを回収するのは現状の戦力不足の状況では寧ろ当然であった。

 

「そうか、では我々も御同行させてもらうが宜しいかな、伯爵?」

「勿論です。どうぞ御同行下さいませ、旅団長」

 

 そのような会話が為されノルトフリート大佐以下五名の乗員が車内に備え付けられた短機関銃や私物の拳銃ないしハンドブラスターを手にリューネブルク中佐一行に同行する。

 

「私が手塩にかけてきた旅団もこれで全滅か……何とも空しいものだな」

 

 険しい山道を登りながらノルトフリート大佐はぼやく。その視界の先には敵味方の鉄屑と化した戦車の山が見える。亡命政府軍の機甲部隊、その中でも五指に入る練度を有していた第六五八装甲旅団も最早この世にはない。

 

「これは酷いな……折角陛下からお預かりした旅団、このような場所でそれを失った以上責任を取らんとならんな」

「そう気落ちなさらないで下さい、あれだけの敵を相手にここまで敢闘したのです。名誉こそあれ恥じるべき事ではありますまい。それに乗員の半数以上は生存しております。装備さえあればそう遠くない内に旅団再編も叶いましょう」

 

 リューネブルク中佐のその言葉は一面では事実である。万年人員不足の亡命軍にとっては装備なぞよりも人的資源は貴重だ。故に亡命軍の兵器はどれも堅牢であり、人員の生存率を優先して設計されている。

 

「……前方に人影在り……!!」

 

 先行するハインライン大尉が報告する。続くように銃声が響き渡った。

 

「敵兵ですっ……!装甲擲弾兵一個分隊と推定……!!」

「カウフマン、行くぞ……!大佐、援護を……!!」

 

 ハインライン大尉を含む陸兵の半数とノルトフリート大佐以下の戦車兵が銃火器で後方から支援し、リューネブルク中佐以下の人員が戦斧を構えて突入する。

 

「はぁっ……!」

 

 銃火を潜り抜けた副連隊長は先陣を切る装甲擲弾兵の一振りを余裕をもって回避しその喉元に反撃の斬撃を振るう。

 

「ひぐっ……!?」

 

 喉元を切り捨てられその先行した戦士は血を噴き出しながら即死した。続いて襲い掛かる二メートル近い豪傑の頭を狙ったであろう斬撃を懐に入る事で避けたリューネブルク中佐は脇腹に戦斧による一撃を与える。必要最低限の攻撃で敵を無力化したらその大柄な敵を盾にする事で無謀にも突進する三人目に死角から襲い掛かりその命を狩りとった。それは洗練され芸術の域にまで達した戦技の実演であった。

 

「見事で御座います、伯爵様……!」

 

 続くカウフマン少佐は主君の戦技を称えつつ襲いかかる敵兵の頭部を叩き潰す。主君に比べれば洗練されてはいないが、単純な力という意味ではカウフマン少佐はリューネブルク中佐を上回る。

 

 ハインライン大尉は手にする火薬銃による狙撃で重装甲服の関節部の隙間を狙い撃つ。狙撃猟兵の末裔に相応しく、その銃撃はブレずに狙いどころを射抜いた。

 

 数の差は殆ど無かったが装甲擲弾兵は一分もかからずに殲滅される。その戦果の半分以上が副連隊長とその従士二人によるものだった。

 

「流石副連隊長様だぜ、うちの所の坊ちゃんとは訳が違うな……!」

 

 口笛を吹きながらその戦いぶりを賞賛したのはリューネブルク中佐に随行していたビクトル・フォン・クラフト曹長であった。ティルピッツ伯爵家の従士家の分家筋から参加した彼から見ると、毎回過保護にも多数のお守りをつけられる名目上の主君よりも前線で共に戦うこの副連隊長の方にこそ好感を持つらしかった。

 

「油断するな、まだ来るぞ……!!」

 

 火薬銃を発砲しながらハインライン大尉が注意を喚起する。前方から推定二個分隊、後方から一個分隊程の敵兵が接近しているのを彼女は確認していた。

 

「不味い、包囲されます……!!」

「退路はないのか!?」

「右方向からも敵影です……!」

「馬鹿な……!」

 

流石にこう敵兵が現れると一瞬右往左往する陸兵達。

 

「仕方あるまい。岩場だ、迎撃しやすい岩場を背にして迎え撃つぞ……!」

 

 リューネブルク中佐の即座の判断に従い兵士達は応戦しつつ背後を取られないように岩場の物陰に移動する。

 

「ぐあッ……!?」

「ちぃ、気を付けろ!重機関砲がいやがる……!」

 

 陸兵の一人が大口径の機関砲弾により足を撃ち抜かれる。さしも重装甲服も火薬銃の防弾性能には限界があった。

 

負傷した味方を引きずるようにリューネブルク中佐達はどうにか岩場に辿り着く。

 

「これは……どうやら最悪を覚悟すべきだな、中佐」

 

 ノルトフリート大佐が忌々し気に接近してくる敵兵に短機関銃の弾をばら撒く。残念ながら短機関銃は瞬間火力こそ優れるが長期戦向きではない。

 

「御迷惑をおかけします、大佐殿」

 

 リューネブルク中佐の方はブラスターライフルを構えて物陰から狙撃してくる敵兵に対応する。

 

「構わん、それに戦死するにしてもこんな雑魚共に討たれてやるものか」

 

 最後の弾倉を装填して接近してくる装甲擲弾兵の牽制をする大佐。弾切れになると短機関銃を捨てて腰元のルガー実弾拳銃を引き抜く。

 

「うぐっ……!?」

「カウフマン……!」

 

 流れ弾であろう、機関銃弾がカウフマン少佐の利き手を撃ち抜いた。弾丸は重装甲服の炭素クリスタル装甲を打ち砕き、その下の断熱・防刃機能も有する結晶繊維を貫通し、耐衝撃用の緩衝材を抉って前腕筋を引き裂いた。血管こそ弾道が逸れたものの、筋繊維は少なくともこの場においては戦闘続行不可能なまでの損傷を受けた。

 

「カウフマン、下がれ!」

「ですが……!」

「今銃を撃っても狙いなぞ付けられんだろう!」

 

リューネブルク中佐は尚も戦闘を続行しようとする臣下を叱責する。

 

「そうよ、無駄弾を撃たないで頂戴。貴方、暇なら応急処置をしてやって!」

 

 ハインライン大尉が中佐に続いて同期であり同僚でもある幼馴染に下がるように呼びかけ、武装を喪失した部下の一人に治療を命じる。

 

「くっ……伯爵様、御武運をお祈り致します。ハインライン、悪いが伯爵を頼む」

「ああ、卿も無理をするなよ?」

「当然よ……!」

 

 リューネブルク中佐、ハインライン大尉がそれぞれカウフマン少佐の言葉に答える。若干後ろ髪を引かれつつもカウフマン少佐は応急処置のために下がる。

 

 陸戦隊の残す弾薬は急速に減じていった。既に二個小隊近い数を射殺しているにも関わらず敵兵の数は減るどころか増えていった。同時に損失も増え、陸兵二名と戦車兵一名が戦死し、残りの半数も負傷している。

 

「弾切れか……!」

 

 リューネブルク中佐が最後のエネルギーパックを消耗したブラスターライフルを地面に投げ捨てる。そして岩場に置いておいた戦斧を拾った。周囲を見れば残る兵士達も皆似たようなもので、戦斧以外には拳銃やコンバットナイフで迎撃準備をする。

 

「これはこれは、今更のようにご登場か」

 

 ノルトフリート大佐は兵士達と共に此方に向かってくる数両のパンツァーⅣ戦闘装甲車を視界に収める。宇宙暦789年、即ち今年に入り正式配備され始めた最新鋭の戦闘装甲車が投入されたのだ。

 

「フェルディナンドがあれば吹き飛ばしてやったのだがな」

「まだやりようはあるでしょう。肉薄して爆弾を投げつけてやりますよ」

 

 戦車兵達は肉弾戦の準備に入る。対戦車ミサイルも対戦車ライフルも手元にない以上、殆ど特攻に近くてもそれ以外の戦闘手段は無かった。

 

「各員、覚悟を決めろ……!迎撃用意……!」

 

 恐らく数秒後には来るであろう戦闘装甲車の攻撃と呼応する敵兵の突撃に身構える陸兵達。

 

「……!総員物陰で伏せろ!」

 

 だが、次の瞬間何かに気付いたリューネブルク中佐は叫んだ。一瞬困惑した陸兵達。だが思考とは別に体は殆ど反射的に命令に従う。

 

 ほんの数秒の事である。リューネブルク中佐を除く全員が物陰に伏せた。それを確認して急いで中佐も伏せる。

 

 次の瞬間、彼らの視界一面に業火の炎が吹き荒れた。

 

「なっ……!?」

 

 勇猛果敢にして冷静沈着なリューネブルク中佐ですら思わず絶句した。それ程までの衝撃であったのだ。

 

 それは正に破壊の嵐であった。怒りも憎しみも、恐怖も絶望すら等しく無意味にし、飲み込み、焼き払い、塵と化す地獄の黙示録であった。

 

「試射終了!次照準誤差修正を急げ……!!本射撃用意……!」

 

 丁度その瞬間、直上成層圏にて相対位置を固定していたリグリア遠征軍団の旗艦『ジグムント』艦橋にてオットー・フォン・シュリードリン准将は電磁砲による本格的な軌道爆撃を命じていた

 

 数日前よりその機会を窺っていたものの、帝国地上軍の防宙網と衛星軌道上における艦隊戦によりリグリア遠征軍団の宇宙部隊は高度を下げての軌道爆撃に二の足を踏んでいた。

 

 だがその艦隊戦が同盟軍優位に傾くと時を同じくして地上においても揚陸部隊司令部からの詳細な防宙網のデータを受け取る事に成功し、また帝国地上軍上層部の混乱と観測部隊からの座標連絡から遂に彼らは艦の高度を下げた四六七高地への支援攻撃実施に踏み込んだのであった。

 

 試射に続き、『ジグムント』及び麾下の揚陸艦艇と各種戦闘艦艇が近距離からの電磁砲とミサイルによって地上に容赦のない本格攻撃が開始された。

 

 それは正に攻撃される方からすれば悪夢であろう。これが防備を固めた要塞で待ち構えるのなら兎も角、天から降り注ぐ鋼鉄の嵐が狙うのは地表部から顔を出す野戦部隊である。簡易な塹壕程度ならあるが、その程度のものが一体何の役に立つというのか?

 

 次の瞬間山岳部を進撃していた軽歩兵達の真上をナパーム弾が襲い掛かった。紅蓮の炎が山岳の一角とそこに展開する帝国軍を、その侵攻の意思ごと飲みこんだ。あるいは別の山道から進出していた装甲車両の車列は瞬時に光の雨に包み込まれ全てを原子に還元された。次の攻勢のために集結していた帝国軍歩兵部隊を電磁砲が中隊単位で消し飛ばしていく。

 

「すげぇ……!」

「まるで地獄だな……」

 

 リューネブルク中佐に随伴していた幾人かの陸兵は感嘆したように呟いた。連隊規模はあろうかという人の群れが爆撃の炎に飲み込まれる様を見ればさもありなんである。

 

 それはどれ程続いたのであろうか?数分?それとも十数分?数十分?余りにも奇妙な時間感覚であった。唯一つだけ分かる事は、その嵐の後は異様なほどな静けさがその場を支配したという事である。軌道爆撃による無慈悲な破壊の後に残されたのは僅かな死臭と完全なる虚無だけであった。

 

「間に合いましたな……」

「……はい」

 

 双眼鏡越しに軌道爆撃の嵐を近隣の山地で観察していたワルター・フォン・シェーンコップ少佐はその終結を見届けると小さな溜息を吐き出し、同じくどこか緊張が解けたように傍に立つノルドグレーン中尉に声をかけた。ノルドグレーン中尉もまた肉眼で目の前で起きた爆撃に圧倒されたように若干放心気味に見える。

 

 いや、彼らを唯の観察者と表現するのは不適切であろう。この破壊と殺戮の嵐に彼らもまたその原因の一端を担っているのだから。

 

 此度の軌道爆撃の観測データを衛星軌道上の友軍に送信したのはシェーンコップ少佐達であった。この上等帝国騎士は雇用者の主命を受けて主人の用意した『戦力』と合流、その『戦力』の保有していた強力な通信機材で四六七高地を観測出来る地点から爆撃を誘導した。その結果が目の前の破壊である。僅か三〇分にも満たない間に防宙警戒をしていなかった帝国軍は二個師団に匹敵する戦力を喪失していた。

 

「それでは、後は我々の出番でしょうかな?」

 

 火薬銃を構えた第七八宇宙軍陸戦連隊戦闘団第二大隊長ヨルグ・フォン・ライトナー少佐が宮廷帝国語で尋ねる。その後方には同連隊戦闘団の精兵が突撃の機会を窺う。

 

 上等帝国騎士の雇用主の用意した『戦力』の正体がこの連隊戦闘団である。第一大隊こそ壊滅しているが残りの部隊は健在であり、強力な無線通信機器も保有していた。何よりも雇用主の命令に逆らう事はあり得ない。

 

 シャンプール騎兵の飛ばした鷹の足にはコピーされた帝国軍の情報とは別に紙媒体の簡潔な手紙も添えられていた。直筆の宮廷帝国語で、しかも宮廷の作法で書かれた手紙の命令に従い彼らはこの場所に移動した。

 

「ええ、御頼み致しますよ」

 

 シェーンコップ少佐は学生時代の事件で顔見知りになった従士に困った笑みを浮かべて下手に頼み込む。正確にはライトナー少佐と共にこの地に来たほかの士官達、と言った方が良いかも知れないが。連隊戦闘団の幹部からすれば主命であるため従わなければならないが、本音では主君の下に急行して保護しにいくべきではないか、という意見も根強かった。

 

「貴様ら、まだ気に食わないのか?我々は何も考えずに主命に従うだけだろうが。違うか、ああ?」

 

 何か入れ知恵したのではないか?と新参者の食客……そしてその傍に立つ従士に剣呑な視線を送る幾人か部下や同僚をライトナー少佐は先ほどとは打って変わって野卑な訛りのある帝国語で叱責する。宮廷帝国語は上品に過ぎて人を怒鳴りつけるに際して適切な言葉を見つけにくいのだ。

 

「……それでは我々はこれより要塞内部の友軍救助に向かわせて頂きます」

 

 ライトナー少佐はシェーンコップ少佐、そしてノルドグレーン中尉に敬礼して報告する。二人が答えるように返礼すると少佐は小さく頭を下げた後部隊の方を振り向く。

 

「護衛任務も碌に果たせない面汚しの無能共!名誉回復の機会だぞ!!慈悲深い若様からの主命である、賊軍共をぶっ殺して同胞達を救い出せ!!」

 

 その声で武器と軍旗を掲げて兵士達が応える。少佐を先頭にして部隊は前進を開始した。

 

「………」

「……御心配で?」

「えっ……は、はい……」

 

 どこか憂い気にするノルドグレーン中尉に気づき、シェーンコップ少佐が尋ねる。呼び掛けられるとは思ってなかったのか従士は僅かに驚きつつも質問に答える。

 

「杞憂なのは理解しているのですが……ゴトフリート少佐は私よりも戦技は有能で御座いますので」

 

 取り繕ったような笑みを浮かべる従士。

 

「……貴方も中々損なお方だ」

 

 帝国騎士は、それが無礼である事は理解しつつも言葉に憐れみを含まずにはいられなかった。誰が悪いかと言えば少なくとも彼女に罪はないだろうに、とシェーンコップは思った。彼女は否定するであろうが、寧ろ一番の責任は毎度毎度トラブルを引き寄せる………。

 

「良いのです。私はそれで……」

 

 そして何処か儚げに帝国騎士の方を見つめ、その考えを読んだように言葉を続ける。

 

「同盟人からすれば刷り込みか、洗脳とでも言う方がいるかも知れませんね。ですが、それでも私にとっては若様を責める事は出来ませんしその資格もありません」

 

 例えどのような暗君であろうとも、それに忠誠を誓う事が代々御恩を受けてきた臣下の務め、いや寧ろ暗君である程これまでの主家からの御恩のために支えなければならないのだ。まして暗君でもない主人を責めるなぞ有り得ない。第三者から奇妙に思えても彼女にとってはそれが唯一無二の事実であった。少なくともそれに納得していた。

 

「何度失敗しても御許しを頂いた身の上です、それどころか頂いた分を何も御返し出来ていません」

 

 ですので……、ノルドグレーン中尉は自身の両手を胸元に置き祈るように呟く。

 

「私は良いのです。ただ……傍に置いて頂けて、たまにで良いので此方に振り向いて名を呼んで頂けたら、命令をしていただければそれだけで………寧ろこのようなご無理までさせてしまうなんて……」

「………難儀なものですな」

 

 肩をすくめ、同情というよりかは困惑に近い表情を浮かべるシェーンコップ少佐。彼女がこの場にいるのは表向きは連絡役であるがその実、来るであろう彼女の主家や実家からの追及から避難して貰うためといえた。

 

 彼女の主君が命じた正式な命令は『第五〇一独立陸戦連隊戦闘団に連絡役として合流、次の連隊長ヴォルター・フォン・ティルピッツ宇宙軍中佐の命令があるまで同連隊副連隊長リューネブルク伯爵の下に留まり連絡役の任を務める事、尚この命令は敵軍の欺瞞情報対策に備え一時的にあらゆる上位司令部の指示に優先するものとする』である。言葉を修飾しているがようはリューネブルク伯爵家に匿われろ、という意味だ。

 

 リューネブルク伯爵以下の連隊幹部に対して救援部隊という借りを与える代わりにノルドグレーン中尉の身柄を預けた訳だ。彼女の主君が個人的にリューネブルク伯爵やリリエンフェルト男爵と親交があった事もこの要請をした理由だろう。

 

 本人からすれば単に善意……いや、自身のために部下が処罰される事を避けるためであり、自分のために行っている事であろうが、保護される従士からすれば自分が配慮されているように思えるらしかった。

 

(まぁ、私が首を突っ込む事ではないのでしょうが……下手に触れると藪蛇ですからな。アフターケアはお任せしましょう。ですので……)

「お怪我は為さらないで下さいよ?」

 

 そこから先を小さな声でシェーンコップは呟いた。視線の先ではライトナー少佐以下の兵士達が帝国軍の生き残り部隊と接触、戦闘に突入しつつあった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツィーテン公爵家は帝国貴族社会において異論なき名家であった。権門四七家が一つにして武門十八将家、その中でもリッテンハイム、バルトバッフェル、ケルトリング、シュリーター、ノウゼンの五侯爵家をも爵位では凌ぐ武門貴族の筆頭である。

 

 開祖であるハンス・ヨアヒム・フォン・ツィーテン公爵は元を正せばカストル星系の名士の家系であったというが、銀河連邦末期の混乱と戦乱により事業に失敗し一族は没落、殆ど生活のためにカストル星系軍に入隊して頭角を現し開祖ルドルフ大帝の目に留まり伯爵位を授けられた。

 

 だが物おじせず、言いたい事を気にせず口にする性格を疎まれたのか、ルドルフ大帝には然程好かれなかったという。寧ろツィーテン公を実の祖父のように慕ったのは孫にあたる後の公正帝ジギスムント一世であった。

 

 開祖ルドルフの死後勃発した反乱……いや、最早それは内戦と言える規模のものであった。流石の帝国首脳部もこの空前絶後の規模の反乱に驚愕し狼狽えたが、そんな中にあってジギスムント一世はノイエ・シュタウフェン侯に帝都防衛を、辺境討伐軍司令官としてリッテンハイム伯やエーレンベルク伯に反乱軍の討伐を命じる。そして最も重要な中央域鎮撫軍総司令官には既に隠居中であったツィーテン伯爵を招集してその任に就く事を命じた。

 

 長らく宮廷から距離を置き、領地経営や狩猟ばかりに興じていた老伯爵の抜擢に多くの者が不安を抱いたものの、それは全くの杞憂であった。三年はかかると思われた中央宙域の反乱鎮圧を僅か一年で達成し、帝都に凱旋した老伯爵の権威はこの時点で殆ど伝説の域に達していた。広大な領地の加増と勲章、公爵位への昇爵も誰も非難する事は出来なかった。それ程までに明らかな功績であったのだ。

 

 以来長らくツィーテン公爵家とそれに係累する一族は権勢を誇っていた。分家を含めると軍務尚書を輩出した回数は一二回、輩出した現役将官は八九名に上る。多くの武門貴族と婚姻関係にあり、その権勢は四〇〇〇を超える門閥貴族一門の中でも五本の指に入るものであった。

 

 その繁栄に陰りが差したのは主君コルネリアス二世不運帝の権威回復のための大遠征……その結果としての第二次ティアマト会戦の大敗である。多くの貴族達から敗戦の責任を追及され時の宇宙艦隊司令長官カール・エルンスト・フォン・ツィーテン元帥は辞任、所領や財産の少なくない量を戦死した臣下や部下の遺族への補償で手放した。その後はリッテンハイム侯爵家・エーレンベルク伯爵家、そのほか新興貴族や平民出身士官の台頭もあって公爵家はその勢力を縮小させた。

 

 とは言え、未だに複数個の惑星を領地に持ち、幾つもの分家と従士家、食客家を囲うツィーテン公爵家の宮中での立場は馬鹿に出来ない。少なくとも有象無象の伯爵家に比べれば遥かに権威を持つだろう。

 

 逆接的に言えばだからこそ没落気味とは言え、同盟軍にとっても帝国軍にとっても非常に扱いに困る存在であるのも確かだった。

 

「それでは丁重に御送り下さい!」

 

 私がそう同盟地上軍の特殊作戦用ステルスヘリのパイロットに注意を促したのは凡そ半日前の事だ。若干移動してどうにか同盟地上軍主力部隊と通信が取れる地点に辿り着くと、既に伝書鳩ならぬ伝書鷹からの情報で独自に司令部襲撃の用意をしていた同盟軍の特殊部隊はその任務を襲撃から輸送に変更した。

 

 そしてツィーテン大将以下二十数名の重要人物を数機のステルスヘリに分乗させてその場から撤収した。

 

 同盟地上軍は我々の撤収を命じた。元々敗残兵の集まりである。前線各地で帝国軍が混乱しそれにつけこむように同盟軍は進撃を続けていた。我々が無理をして戦闘をする必要性は皆無だった。故に部隊を幾つかに分割して帝国軍の警戒網を抜けつつ友軍との合流を目指す。

 

 流石に上層部も我々の功績に報いるためか部隊の一部を割いて帝国軍の陽動を行い、航空部隊による援護、また帝国軍の後方に潜入中であったレンジャー部隊が数個小隊合流して我々の護衛と誘導を行う。私だけに限れば特別手配の輸送機を用意出来るとも伝えられたが、これは断っておいた。残された帝国軍捕虜の監視と応対のために私は必要だった。

 

「第六地上軍所属の二個旅団、それに叔従母様の遠征軍団の主力が出迎えとは豪勢……いや当然なのか……?」

 

 段々自分でも常識は何なのか分からなくなりつつある。これはいけない兆候だ。そのうち無意識に貴族ムーヴしてヘイトを荒稼ぎしてしまいそうだ。

 

「……この分では合流は急いでも明日の昼頃だな」

 

 私は、自身の騎乗するトリウマに餌を与えながらぼやく。幾つか別れて味方との合流を目指すグループの内、私のグループはシャンプール騎兵は一〇〇余り、捕虜とした帝国兵の内司令部要員や士官のみを約二〇〇名、そしてベアトの連れて来た臣下や派遣されたレンジャー部隊合わせて一〇〇名、計四〇〇名の集団となり山岳部を進む。シャンプール騎兵は捕虜の監視を、レンジャー部隊は私の護衛と周辺警戒を受け持つ。分割したとはいえ、それなりに大所帯なのでその分進みも遅くなっている。尤もレンジャー部隊のおかげで戦闘力という意味では向上していると言えるが。

 

「敵兵の襲撃が無ければ良いのですが……」

 

 傍で轡を並べるベアトが懸念を口にする。まだこの辺りは敵か味方と言えば敵の勢力圏と言える。しかも自分達と同数近い捕虜を抱える身である。真夜中の奇襲なぞ受けたらどうなる事やら……。

 

「その時は捕虜の連行は諦めるしかないな。逃げよう。ツィーテン公爵以下、一番大事な捕虜達は既に空輸した。最悪逃がしてしまっても問題はない」

 

無論野戦軍の司令部に詰める者達である。見逃すのは惜しいが背に腹は代えられまい。

 

「その際は御守り致しますのでどうぞ御気にせず御避難下さいませ。ローデンドルフ閣下の遠征軍が近づいております。脇目もふらず馬を走らせれば明日の朝には合流は可能です」

 

ベアトが顔を緊張させて進言する。

 

「ん、あーまぁな。とは言え折角ここまで来たんだ。これ以上の襲撃は御免だな」

 

私は苦笑して答える。既に三回も襲撃を受けたのだ、四回目なぞ御免だ。

 

 私は冗談めかして語る。正直な話、後になっての事だがこんな事を口にした自分をぶん殴ってやりたいと思う。こういう時、大抵問題無く幕引きがされる筈ないじゃないか!

 

 次の瞬間、横合いから悲鳴が上がる。周辺警戒していたレンジャー部隊が森の奥で悲鳴をあげる声が響いた。絶叫と言っても良い。

 

 余りにも突然の事であったがために私達は一瞬立ち尽くしてしまった。だが、真っ先にレンジャー部隊が銃口を悲鳴の上がった方向に構える。続いてシャンプール騎兵達が身構え、私やベアトもそちらに視線を向ける。

 

「………」

 

 静寂が森の中を支配した。誰もが緊張しつつ最大限の警戒を行う。敵影を見つけ次第銃撃戦が開始される事になるだろう。

 

「………?」

 

 余りに長い静けさに私は疑念を抱いた。同じように数名の兵士達が怪訝な表情を浮かべる。奇襲にしては敵兵が襲い掛かってくるのが遅すぎた。

 

ザッ……。

 

僅かに草木が擦れる音がした。それは背後からだった。

 

「………」

 

 私や警戒心の強い数名の兵士達が咄嗟に振り向いた。思えば当然の事だった。これから奇襲を仕掛けようとする相手が警戒部隊のあのような悲鳴を許すとは思えなかった。即ち、それは囮……。

 

 騎乗していた私は比較的広い視野があり、それ故に気付く事が出来た。背後の森を背を屈めさせたトリウマに乗り這い寄る装甲擲弾兵の怪しい赤い鬼火の光を……。

 

「はは、流石に笑えねぇよ」

 

私は悲惨な笑みを浮かべた。どうやら試練はもう少し続きそうだった。

 

 次の瞬間、此方に気付いた装甲擲弾兵の騎兵部隊はトリウマを立たせ、戦斧を構えて騎乗突撃を仕掛けていた………。

 

 

 

 

 

 

 後に知った事であるが、それはツィーテン公爵以下の第九野戦軍司令部のメンバーを奪還するための襲撃であったそうだ。無論この時点で既に公爵達は空輸されていたので、この戦闘はその意味で何の益もない殺し合いであった。

 

 トリウマに乗った装甲擲弾兵の中隊が軍列に突撃する。周辺警戒についていたレンジャー部隊の兵士は踏み殺され、ハルバートの如く使われる戦斧で切り捨てられる。

 

 場は一気に混乱した。レンジャー部隊が最初に混乱から立ち直り迎撃し、次いでシャンプール騎兵達がサーベル騎兵銃を構えて騎馬戦を始める。捕虜達は混乱に乗じて同盟軍の武器を奪おうとし、或いは逃げようとして銃撃される。

 

「若様……!」

「これは不味いな、逃げるぞ……!?」

 

 瞬時にベアト以下生き残りの従士や奉公人数名が私を守るように取り囲む。そのままの陣形で我々はトリウマを走らせて逃亡を試みる。無論、余裕があれば味方の援護をしながらであるが。

 

 だが、あるいはそれが徒になったのかも知れない。流れ弾から私を守るためとはいえ、密集した騎兵隊は目立ち過ぎた。そこに貴人がいると周囲に伝える事にほかならない。故に『奴』が引き寄せられた。

 

「待て、そこの奴ら。逃がすと思うてか?」

 

 私達の退路を塞ぐように巨鳥ともいうべき通常よりも二回りは巨大なトリウマに騎乗した装甲擲弾兵が現れる。その声に私はさっと血の気が引かせた。

 

「おいおいおい、まさか……!?」

 

 私はその二メートルはあろうトリウマに乗る巨人の如き男を見て殆ど本能的に誰であるのかを理解していた。その男からは余りにも死臭が漂っていたからだ。恐らく私でなくても誰でも気付けたであろう、それ程までに死を濃縮させた気配………。

 

「ほう、貴様どこで見た記憶があるな?はて、どこであったか……」

 

 一方、当の石器時代の勇者はそのようなどこか呑気な言葉を口にする。しかし髑髏のヘルメットとドスの利いた獣のような声、何より全身から滲み出る殺気のせいで全く緊張は取れなかった。

 

 そして私の部下達はこの場で最も合理的な判断を選んで見せた。

 

「若様!早くお逃げを……!」

 

 ベアトを除く三名の臣下が悲壮な声で叫びながら私と化物の間に立ち塞がる。私は殆ど本能的に手綱を引き急いでトリウマの方向を変えていた。アレと戦うなぞ不可能である事を瞬時に理解していたからだ。あれだけは……どうやっても無理だ。

 

 正直、私の判断速度は特別に遅い訳では無かった筈だ。限りなく最善手を打ったと断言出来る。だが……。

 

「遅いわ!」

「!?」

 

 一瞬の事だった。一気に跳躍した巨鳥は臣下達との距離を詰める。対応の時間はなかった。銃口を向ける前に騎乗するトリウマごと巨大な戦斧で彼らは叩き潰された。

 

「若様!走ってください!!」

 

 その同僚達の末路を見たベアトは悲鳴に近い叫び声をあげて腰のハンドブラスターを構え発砲する。重装甲服相手にハンドブラスターの効果は限定的なので騎乗するトリウマを狙う。

 

 だが石器時代の勇者の選んだ巨鳥は正に名鳥であった。オフレッサーの手綱捌きに完璧に応えベアトが発砲した時には既に射線から逃れていた。そして次の瞬間には私の目の前にいて……。

 

「若様……!」

 

 戦斧が振り下ろされる瞬間、ベアトは彼女にとって最善の手段を選んだ。自身のトリウマで私のトリウマを押しのけ、ミンチメーカーと私の間に殆ど無理矢理潜り込んだのだ。そして当然ながら私の頭蓋骨を叩き潰す筈であった刃は金髪の従士に向けて……。

 

「ベアトッ……!!?」

 

 私は悲鳴をあげていた。私は死人のように顔を青くしてトリウマから倒れる彼女を抱き寄せる。

 

「だ、だいじょう…ぶ……ですっ……!この程度かすり…きず………はやく…にげ…て……っ!」

 

 苦悶の表情を浮かべる、弱弱しく呟く従士。その背中は左肩から右の脇腹の近くまで斜め様に斬り付けられており、軍服は真っ赤に染まっていた。致命傷になる程に傷は深くはない。内臓も動脈も無事だろう。だが決して軽傷ではなかった。寸前で体勢を変えて致命傷を受けないようにしたのだろう。私は一瞬安堵した。

 

「っ……!」

 

 だがそれは愚か過ぎた。まだ地獄は終わってなぞいない。ベアトの背中を斬った化物はまだ目の前にいるのだから。

 

 髑髏の重装甲服のヘルメット越しにこちらを睨みつけているのを私は感じた。そしてその意図も理解した。

 

(こいつ……!)

 

 私は石器時代の勇者の策略を察した。ベアトが庇うのすら奴は把握していたのだ。そして私が彼女を抱き寄せるのも。再び振り上げられる巨大な死神の鎌を連想させる戦斧、恐らくは私の動きを負傷したベアトで止め、次の一撃で纏めて肉塊にするつもりなのだろう。

 

 思考を支配する絶望、一瞬の逡巡、そして………私は、覚悟を決めた。

 

 次の瞬間、私は手綱を引っ張って騎乗するトリウマに指示を出していた。トリウマはその指示に従い鉤爪をもって怪物を背に乗せる巨鳥の足を引っ掻いた。突然の事に動転して暴れる巨鳥。同時に私はベアトを引っ張り抱き寄せる形で彼女のそれから自分のトリウマに乗せ換える。

 

 刹那の事であった、騎乗するトリウマが暴れた事で僅かに狙いが逸れ、時間がかかったミンチメーカーの一撃が降り注ぐ。

 

「…………!!!??」

 

 これまで感じた事のない焼けるような激痛に、しかし私はどうにか耐えきって見せた。トリウマの腹を蹴り、全速力で疾走する事を命じる。私の意図を汲んでくれる出来の良い白鳥は全力で跳躍。眼前の数名の装甲擲弾兵をひき殺し、踏み潰し、そのままこちらに向かっているであろう友軍の方角に向けて突き進む。

 

 視線に気付き、ちらりと私は後方を一瞬見遣った。石器時代の勇者はこちらを見つめていた。それは僅かの驚愕と敵意と称賛を含んだ視線だった。少なくとも私にはそう見えた。しかしそれも一瞬の事で周囲で銃撃してくるレンジャー部隊の兵士達に視線を移すと、彼は再び獰猛な獣のように暴れ回る。私もまた既に奴に関心なぞなく視線を胸元に抱いた付き人に向ける。

 

「うっ…ぐっ………わ…わか…さ……ま……?」

 

 抱き寄せられ、汗を流し荒い息を浮かべるベアトが震える声で、上目遣いで弱弱しく私を見つめる。

 

「……このまま走るぞ、多分……全力で走れば明日の早朝には叔従母様の下に着く筈だ……そうすれば安全だ。だから……もう少し頑張れるな?」

 

 私は痛みに耐え、体の右側は見せないようにしながらベアトにそう声をかける。相当痛いのだろう、ベアトは返事もせず、小さくこくりと頷くとそのまま私の胸元に顔を埋めて、目を瞑りながら激痛に耐える。

 

「……いい子だ」

 

 手綱を持ったまま左手でベアトの頭を暫くの間優しく撫でる。その後はやるべきことをやっていく。布で私は自身のその傷口を縛り止血、次いでベアトの背中に止血用冷却スプレーを軍服の上から振りかける。

 

 当然余りにも雑な応急処置であり、本来ならばもっと丁寧に治療するべきだろうが……騎乗中、しかもいつ背後から追っ手が来るか分からない状況で、何より私自身余裕が無かったのだ。許して欲しい。

 

 私は唯ひたすらにトリウマを走らせ続けた。良く出来たトリウマは可能な限り迅速に、しかし揺れないように走ってくれたので震動で痛みが酷くなるのは最小限に抑えられたと思う。この糞ったれな地上戦が終わったらガララワニの肉を御馳走してやろうと心に誓う。

 

 走る、走る、恒星エル・ファシルが地平線に消え、漆黒の闇の中を星々が空を照らし出しても、天空で幾万の人工の光が瞬き、消えようとも私は殆ど無心で、惰性でトリウマを走らせ続ける。そして……そして………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙暦789年12月22日0500時、リグリア遠征軍団の先遣部隊である第四三師団第四三偵察大隊第Ⅱ中隊第Ⅰ小隊所属のローマイヤー伍長は数名の部下と共に森林地帯をフェネック偵察車を降車して警戒する。

 

「分隊長、マジですか?あのミンチメーカーがいるってのは?」

「止めろ、今更確認するなよ」

 

 部下の心底嫌そうな口調の質問にローマイヤー伍長はそう答える。リグリア遠征軍団の合流予定であった部隊は『あの』ミンチメーカーの襲撃を受けたらしい。らしいというのは緊急通信を入れたレンジャー部隊からはそれっきり通信が切れてしまったからだ。

 

 上層部はこれに驚愕し、殆ど無謀な強行進軍を開始した。リグリア遠征軍団の第四三師団第四三偵察大隊第Ⅱ中隊第Ⅰ小隊はその最前衛として賊軍との接触を行う触覚の役割を担う。

 

 とは言え、上層部は兎も角、実際に相対する兵士達にとってミンチメーカーと出くわすとなれば嫌でも士気が下がる。既に一度正面からぶつかり、その恐ろしさは身に染みていた。とは言え、ローマイヤー伍長達のように嫌そうな態度を取るだけであるのはまだマシであった。これが同盟軍であれば脱走兵が続出するだろう。

 

「親族の坊ちゃんを御救いしろとの吾等が将軍殿下のご命令だ。やるしかあるまいさ。……おい、全員動くな」

 

 ローマイヤー伍長は遠くから聞こえたその物音にすぐさま表情を険しく変貌させ命令する。分隊の兵士達は同じくブラスターライフルを構えつつ周囲を警戒する。この変わり身の早さは彼らが相応に訓練を積んだ精兵である事を証明していた。

 

 少しずつ近づく足音、兵士達はブラスターライフルの照準を構える。まだ敗走した友軍の可能性もあるため発砲はしないが敵兵と認識次第一斉に銃撃する事になるだろう。

 

「……!全員、発砲中止」

 

ローマイヤー伍長の指示で全員が銃口を降ろす。

 

 彼らの眼前にいたのはトリウマに乗った士官だった。正確には騎乗するものと支えられている者、双方共同盟軍士官用野戦軍装に身を包んでいる。

 

「っ……!負傷しているのか!?衛生キットを用意しろっ!」

 

 ローマイヤー伍長は部下に指示してそのトリウマの下に駆け寄る。一瞬トリウマは威嚇するが騎乗し手綱を持つ方の士官が宥めると大人しくなる。

 

「銀河帝国亡命政府軍地上軍、第四三師団第四三偵察大隊第Ⅱ中隊第Ⅰ小隊所属のローマイヤー伍長です。官姓名をお聞かせいただいても宜しいでしょうか!?」

 

 ローマイヤー伍長は眼前で敬礼して尋ねる。軍人である以上、下の者はまず敬礼してから相手の立場を尋ねる必要があった。

 

「……亡命軍……か?帝国軍ではなく……?」

 

 泥や草木、そして血液で真っ赤に軍服を汚した騎乗者は暫く沈黙し、その後漸く気付いたように口を開く。

 

「はっ!賊軍ではなく、亡命政府軍であります!」

 

 若干不快感を含んだ口調で再度答える伍長。賊軍と栄えある亡命軍を同一視されるなぞもっての外だった。

 

「………ベア……少佐の治療を頼む」

 

 そんな伍長の不快感を気にせず、また自身の官姓名も口にせず騎乗する士官は口にする。

 

「……了解致しました。ですがその前に所属部隊を……」

 

 その言葉を言い切る前に騎乗する士官は左手で懐を探り、金時計を引っ張ると伍長の前に見せつける。その蓋には刻まれた家名を指す刻印があり………。

 

「……!本隊に連絡しろ!直ちにだ!!」

 

 ローマイヤー伍長は半分気を動転させて医療キットを運んできた部下に命令する。そして視線を件の士官に戻して報告する。

 

「ローデンドルフ閣下麾下の本隊は二〇キロ先にて進軍中で御座います!車両に乗車し安全な場所に御移動下さいませ……!」

 

 恭しく頭を下げ進言する伍長。既に伍長の額は緊張により汗で濡れていた。

 

「……ゴトフリート少佐を治療したい。車内で処置は出来るか?」

「……!了解致しました!早く運び出せ!」

 

ローマイヤー伍長の命令で部下達は虫の息状態の少佐を背負い、運び出す。

 

「さぁ!若様もどうぞお早く……!」

「ああ、そうだな……」

 

 伍長の申し出に従い、騎乗していたぼろぼろの貴人はトリウマを下りようとして動きを止める。そして、伍長の方を力なく見つめると若干自嘲を含んだ疲れ切った笑みを浮かべて頼み込む。

 

「……済まない伍長、これでは一人では下りられそうにない。悪いが補助を頼めるか?」

「はっ……?」

 

 その言葉に一瞬唖然として、しかし次の瞬間もたれかかるように同乗していた従士がいなくなったため、伍長は漸くその伯爵家公子の、その体の右側を視認した。

 

 軍服の右側は赤黒く染まっていた。ぽたぽたと滴る赤色が地面に斑点を作り出している事に今更のように気付いた。しかし何よりも注目するべきは………右腕の肘から下が失われていた。

 

 急激に伍長の表情から血の気が引き、顔の筋肉を引き攣らせる。しかし、そんな事は一切気にせずに件の中佐は虚ろな瞳で、再度疲れ切った声で、しかし優しく尋ねた。

 

「伍長……補助を、頼めるかね?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙暦789年12月22日2030時、衛星軌道上における艦隊戦は帝国軍の混乱と第一一艦隊の増援を受けた同盟宇宙軍の勝利で終結。続いて地上戦においても同盟軍優勢が続く中、サジタリウス腕討伐軍司令官クラーゼン上級大将は「当初の叛徒に対する制裁を完了したものとする」とし、占領地からの撤収を全軍に命令、帝国宇宙軍はエル・ファシルに展開する地上軍の撤収を支援しつつ遅滞戦闘を展開する。

 

 翌宇宙暦790年1月7日0900時、同盟軍は惑星エル・ファシル全域の奪還に成功。同日1500時、星都コルドルファン市旧星系政府首相府にてデイヴィッド・ヴォード元帥以下の同盟軍首脳部及びシャルル・ガムラン少将以下エル・ファシル星系警備隊首脳部による共同記者会見を開催、エル・ファシル星系の解放と今次作戦の同盟軍の勝利が宣言される。

 

 ここに約半年の期間と合計六八万名の戦死者を出した一大反攻作戦『レコンキスタ』は、同盟軍による全占領地奪還という形で終結したのであった………。

 




今章はここで終わり、一話幕間を入れて次の章に移ります




………やったぜ!(何がとは言わない)




補足:余りにも主人公への同情が多いので少しだけネタバラシすると次章は比較的主人公に優しい章だから安心してね?嘘じゃないよ?

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