帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第百四十七話 職場で友人とあってもはしゃいではいけない

 宇宙暦790年時点において天の川銀河におけるオリオン腕とサジタリウス腕の間には危険な暗礁宙域(サルガッソー・スペース)が広がっており特殊装備を施した単艦であれば兎も角、纏まった数の宇宙艦艇が安全に両腕を行き来可能なのは二つの回廊に限定される。その一つがイゼルローン回廊であり、今一つがフェザーン回廊である。

 

 恒星フェザーンの有する四つの惑星、その恒星と同じ名を冠する第二惑星は同時に銀河帝国フェザーン自治領の首都星でもある。

 

 惑星フェザーンの歴史は銀河連邦中期にまで遡れる。正確な年代は不明であるが宇宙暦220年代から230年代頃には既にフロンティアの最外縁部の交易拠点であり、同時に宇宙海賊の根城であり、連邦中央宙域から賞金首として指名手配されるような犯罪者や諸事情から身分を偽る必要のあった者達が流れつく掃き溜めであった。

 

 『銀河恐慌』とその後の混乱により銀河連邦側が確認していたフェザーンに関する情報は宇宙暦272年を最後に途絶えている。しかし幸運な事に、バルバリア海賊団団長兼フェザーン大総統兼ガルト・ハダシュト星間航路帝国皇帝を自称したチュルガット・オルチとその子孫達の努力によって断片的ながらフェザーンの記録が後世に残されている。

 

 それによると、多くの旧銀河連邦最外縁部の植民地と同様に、当時のフェザーンもまた中央宙域との貿易が途絶えた事で経済的な混乱を来した。ほかの地域と違ったのは、彼らが不完全ながらも比較的早期に秩序を回復できた点であろう。破産して夜逃げしたとはいえ元はカストロプ・グループやギャラクシー・トレード・フェデレーションと肩を並べた大星間交易企業の元締めであったチュルガット・オルチ率いるバルバリア海賊団を筆頭に幾つかの宇宙海賊が連合し、フェザーン回廊及びそのオリオン・サジタリウス両腕の回廊周辺諸惑星の自治を行うようになった。

 

 これら海賊団幹部は意外にも高学歴者や知識人が多く、現状の危機について深い理解力を持っていた。現状のまま混乱が続けば辛うじて維持されている現在の技術文明は途絶えてしまうだろう。治安秩序を維持し、交易を保護しなければ自分達まで滅びる事になる。その恐怖が彼らを団結させた。

 

 フェザーン及びその周辺の人工天体、ドーム型都市、鉱山、漂流船団が統合される形でカルト・ハダシュト星間航路帝国が成立したのは宇宙暦290年の事である。事実上の『国軍』と化した宇宙海賊が航路と国土の保護を司り、その庇護下で各自治体は領域内、及びその外側の諸勢力と貿易と相互扶助を行う事で、じりじりと技術レベルを落としつつも恒星間航行技術を維持出来る程度の文明を守り抜くことに成功した。当時の銀河辺境部の諸勢力の中では彼らは最も成功した部類と言えるだろう。領域内の総人口は宇宙暦310年帝国暦1年の時点で四〇〇〇万に上っている。チュルガット・オルチが仮に銀河帝国と接触し恭順を示していればルドルフ大帝は彼に侯爵位でも授爵していた事であろう。

 

 その後の二世紀半余りの間、星間航路帝国は領域の拡張をせず……その余裕がなかった事もあるが……外部との接触は同じように群雄割拠する諸勢力との交易と稀に侵入してくる漂流船団化した宇宙海賊達との抗争に限定された。国内でも権力抗争や小規模紛争こそあったが全体としては治安は維持されていたと見て良い。

 

 異変が生じたのは宇宙暦560年代から570年代であるとされている。フェザーン回廊両岸から諸勢力からの難民が国内に流れ着き始めた。それは最初は少数であり、次第年月を経るごとに少しずつその数は増加し、遂には濁流となった。

 

 それはある意味時代の必然と言えた。サジタリウス腕において建国された自由惑星同盟はその拡大期に突入し周辺諸国の併呑を始めていた。ほぼ同時期、オリオン腕の銀河帝国においてはリンダーホーフ侯爵によってアウグスト二世流血帝が打倒、エーリッヒ二世止血帝の即位から始まる帝国の黄金時代『五賢帝時代』が幕を開けようとしていた。偶然とは言え両腕における大国がほぼ同時期にその勢力の拡張を開始し、それに押しやられる形で中小の辺境勢力が……正確にはその内の何割かが……当時周辺で最大の勢力を維持していた星間航路帝国に逃げ込んで来たのである。銀河史において『6世紀の大移動』と称される出来事だ。

 

 フェザーン回廊に雪崩れ込んだ難民人口はその後の混乱もあり不明瞭ではあるが最低でも五〇〇〇万、最大で二億近いのではないかとも言われている。当時の星間航路帝国の領域内総人口が五〇〇〇万に満たない事を思えばそれがどれだけ凄まじい混乱を招いたか想像に難くない。国内の治安は急速に悪化し、内戦に近い状況を生んだ。

 

 星間航路帝国は実質的に破綻した。混乱と抗争により幾つかの勢力に分裂したのだ。特にサジタリウス腕側にて海賊行為と交易に明け暮れていた漂流船団は宇宙暦590年代頃に同盟と接触、610年代頃までにその勢力に取り込まれた。

 

 オリオン腕側においてもほぼ同時期に外縁部の人工天体や鉱山都市、ドーム型都市が帝国の調査団と接触した事が帝国の公式記録に残されている。これら『服わぬ民』の半分が自治領として帝国行政に編入、もう半分が銀河皇帝への臣従と朝貢、保護契約を結ぶ事になる。宇宙暦622年には帝国政府の命を受けた辺境宣撫軍がフェザーンにまで進出、星間航路帝国を保護下に置き銀河帝国に臣従する事、帝国の名称を辺境総督府に変更する事等と引き換えに現地政府に対して軍事支援・経済支援を行い現地政府の政権維持に協力する事になる。この『銀河帝国麾下フェザーン星系辺境総督府』が後のフェザーン自治領主府に繋がる。

 

 この時期、帝国も同盟もフェザーン方面に対して実は高い関心を抱いていなかった。銀河連邦時代よりフロンティアの開発は寧ろイゼルローン回廊方面が主であり、フェザーン回廊方面はおまけのような物であったからだ。それ故フェザーンをド田舎のそこそこ勢力のある地方政権、程度の認識でしか二大大国とも考えておらず、その遠さから基本的に放置されていた。同盟に至っては存在こそ伝え聞いているが正確な座標も帝国に臣従している事すら把握していなかった。

 

 宇宙暦640年の同盟と帝国のファースト・コンタクトとダゴン星域会戦は一層両国の関心をフェザーンから逸らす事になった。その後、二大超大国が抗争を繰り広げる中、フェザーンには両国から少なくない数の難民が流れていき、コルネリアス一世元帥量産帝による大親征によってその流入人口は最盛期を迎えた。

 

 親征で国内に大打撃を受けた同盟と、莫大な戦費と人的資源を費やしながら得る物が無かった帝国。両国はこの頃にフェザーン回廊がイゼルローン回廊と同じく暗礁宙域の向こう側に繋がっている事実を把握した。しかし疲弊した二大超大国にとってはフェザーンからの敵国侵攻なぞ論外、寧ろこれ以上の戦火の拡大を避けたいのが実情であった。

 

 両国は戦火を抑える必要性を痛感した。また交易拡大による国内の財政・復興問題の解決を図り、親征により両国において多数生じた捕虜の交換や絶滅戦争染みた悲惨な戦闘の経験からの戦時条約終結のための外交窓口も求められた。

 

 そのために二大超大国は緩衝地帯にして交易・交渉を仲介する第三国の存在を必要とする事になる。幾つか挙げられた候補地の中で地理的に最も適正であり、かつ地球自治領出身の大商人レオポルド・ラープを始め複数のスポンサーを味方につけた事でフェザーンにその白羽の矢が立った。

 

 こうして宇宙暦682年帝国暦373年に、公式には銀河帝国皇帝から内政自治権を授けられた形でフェザーン自治領が成立した。ラープは帝国同盟問わず、それ所か外縁宙域すら巻き込んでオーディンからフェザーン、ハイネセンに繋がる長大な交易航路を整備、フェザーンそれ自体を経済特区として銀河中の企業の投資を呼び込む事に成功した。

 

 第二代自治領主ヴィッテンボルクはラープの路線を継承、フェザーンの仲介貿易を促進するための軌道エレベーター建設事業と造船事業に力を入れる。そのために特に外縁宙域から多数の低賃金労働者を『準市民』として移住させた。第三代自治領主ハミルトンは経済の多角化を促進し歓楽街や娯楽施設等の整備を促進、両国からの旅行者を招き入れると共に自治領存続のために政治家や貴族のための資金洗浄用秘密銀行や合弁会社設立を推進、また有事における『人質』の役割も兼ねて両国に対して『租界地』の租借を認めている。

 

 そして宇宙暦761年に第四代自治領主に就任したワレンコフ氏は勢力均衡を志向するフェザーン民族主義者として有名な人物である。尤も、宇宙暦764年帝国暦455年のクレメンツ大公の事故死とそれに伴う帝国の外交的圧力、それに乗じた同盟政府の親善外交攻勢の結果、実質的にフェザーンは三十年近くに渡り親同盟政策を推進している。

 

「幾ら皇族関係の事とは言え、帝国は外交的に重大なミスを犯したのだよ。フェザーン人の自尊心を余りにも無視した行動が元老院や独立商人の反発を生んだ。結果、ワレンコフは急速に帝国から距離を置く事になった。イゼルローン要塞建設事業における融資打ち切りや資材費の集団値上げはその一端だな」

 

 そしてその結果、当時のイゼルローン要塞建設総責任者リューデリッツ中将はイゼルローン要塞建設費用の飛躍的増加に苦しみ、最終的には時の皇帝オトフリート五世から死を賜る事になった。

 

「学長もその工作に協力をしていた事はお聞きしています。寧ろ学長の人脈が決定打だったとも」

「それは流石に買い被り過ぎだな。私は理論武装の構築に協力したに過ぎん。……人間の感情は予測出来んからな、ヤングブラッドとマカドゥーにその辺りは放り投げてしまったよ……あぁ、お前さんの同期ではなくてその祖父の事だぞ?」

 

 自由惑星同盟軍大佐フロスト・ヤングブラッドの祖父に当たるチャーリー・ヤングブラッド元国務委員長は現役時代にワレンコフ自治領主との粘り強い交渉の末にその政策転換に導いた事で知られている。

 

「民族主義者の扱いは一筋縄ではいかんな。元老院の輩も手強かったがそれでもまだ利権をちらつかせれば乗って来た。だがイデオロギー持ちの主義者は厄介だよ。どこに地雷があるか分からん」

 

 オリベイラ学長はそう言ってからソファーから若干ふらつきながら重い腰を上げる。居住性の良い公用クルーザーとは言え、七〇近い老人、それも軍人でもない一介の学者に一月半の船旅はそれなりに堪えるようであった。

 

「肩を御貸ししましょうか?」

「いらんいらん。人を要介護者と同じにするな。これ位問題無い」

 

 相変わらずの不機嫌そうな態度で私の勧めを却下し、学長は一足先にターミナルに向かう。その傍には黒服のシークレットサービス達が付き添っている。

 

「……さて、そろそろ私達も降りるとしようか?」

 

 私が手元のベレー帽を被り背後に控える同行者……従士達にそう呼びかけたのは単なる連絡以上に気難しい老人に向かう敵愾心を逸らす目的もあった。

 

「若様、しかしあの老人の態度は……」

「言わせておいたらいいさ。どうせ今回の任務だけの短い関係だ、それに下手に関係を拗れさせて上手くいく交渉を拗れさせたくない。分かるだろう?」

 

 私は非難がましい視線をオリベイラ学長の背に突き刺すテレジアをそう宥めすかす。私の言葉を理解していても、やはり不満はあるのか何とも言えない苦い表情を浮かべる。

 

「ベアトも、今回は少し甘く見てくれ。不本意だがあの老人の存在は今回の交渉の重要な鍵だ。そして今回の交渉は皇帝陛下と亡命政府のためにもなる」

「承知しております。若様の御随意のままに」

 

 テレジアの隣で此方を見つめるもう一人の従士は私の言葉に素直に、そして恭しく答えた。その態度にどこか怪訝そうな表情を浮かべ、テレジアはちらりと僅かに同僚に視線を移す。

 

「……我々も行くか」

 

 しおらしいその態度の理由は大体予想出来る。同時に私は決まりの悪さと気恥ずかしさが相まって、それを誤魔化すように踵を返し、そのまま歩み始める。背後からはっきりとした返事と共について来る足音が二人分響いた。

 

 宇宙暦790年9月17日1230時、自由惑星同盟政府国防委員会所属公用クルーザー『メイフラワー』はフェザーン自治領の玄関口でもある軌道エレベーター『頂きなき大樹』(アズ・エーギグ・エーレ・ファ)静止軌道第三宇宙港に入港した。

 

 

 

 

 

 軌道エレベーターという発想自体は西暦一八九五年にロマノフ朝ロシア帝国の物理学者にして文学者コンスタンチン・エドゥアルドヴィチ・ツィオルコフスキーが自著において触れている。建材面の課題はあったものの東西冷戦終結後アメリカ合衆国、及びその継承国家たる北方連合国家が建造に向けた研究・企画立案し、実際地上施設や衛星軌道において部分的に建造作業が行われていた。一三日戦争と九〇年戦争の戦禍で無意味と化したが。

 

 地球統一政府は早急な宇宙進出のために初の軌道エレベーターを建造した。半世紀近い計画の末、太陽光発電システムも併設した軌道エレベーターは『豆の木』(ビーン・ストーク)の名称で長年地球市民に親しまれた。

 

 軌道エレベーターが廃れたのはシリウス戦役における戦災による所が大きい。『豆の木』(ビーンストーク)を始め当時の人類圏にて運用されていた各惑星の軌道エレベーターはその大半が破壊され、倒壊した軌道エレベーターは地上に甚大な被害を与える事になり、生き残った数少ないそれも『銀河統一戦争』によって失われてしまった。

 

 損壊時の地上への被害、そして建造に必要な資材と資金の量、更には宇宙船技術の発達から大気圏脱出が容易になったため、その後七〇〇年余りに渡り軌道エレベーターは人類史から忘れ去られる事になる。

 

「第二代自治領主クラウス・フォン・ヴィッテンボルク氏が軌道エレベーターの建設を提案した際、両国の政府要人や投資家の多くは困惑したと記録しています。何故今更そのようなものを?と」

 

 ニコラス・ボルテック一等理事官は軌道エレベーターの貴賓用人員昇降機内で饒舌に説明する。背後の強化硝子の窓からは高度五万メートルのフェザーンの大地を映し出し、昇降機が凄まじい速度で地上に向けて下降している事実を内部の者に証明していた。

 

「しかし、その疑問もすぐに氷解しました。最後の軌道エレベーター喪失から七〇〇年経過した技術は、かつてより遥かに堅牢かつ低コストでのエレベーター建造に寄与しました。また当時は同盟・帝国間における和解運動が盛んになりつつあり、軌道エレベーター建設という歴史的事業への協力は両政府にとっても魅力的なものでありました」

 

 にこやかにニコラス・ボルテック一等理事官は軌道エレベーター建設事業の外交的成果を強調する。事実、これが当時の帝国政府の和平派と同盟政府要人が主戦派に怪しまれずに複数回面会する機会を作る事になり、その信頼関係醸造にも寄与したと言われる。

 

 無論、ボルテック一等理事官が口にしない賛同理由もある。幾ら材料や建設技術が発達したとはいえ、軌道エレベーターが倒壊すれば大惨事は必須だ。両国政府は有事……特にフェザーン占領……に際して軌道エレベーターの破壊をちらつかせる事で迅速に自治領主府やフェザーン市民の抵抗を封じようとしたとされている。

 

 まぁ、フェザーン人の方も抜け目なく、星内に両国の租界地を提供するにあたって軌道エレベーターの倒壊で確実に被害を受ける地域を選んだのだけどね。ひでぇ話だ。

 

「『フェザーン詣で』するのは初めてでね。何か此方で注意するべき事項はあるかな?」

 

 私はソファーに深く腰掛け、足を組み、頬杖をつきながら尊大に尋ねた。背後には従士が二人直立不動の体勢で控える。勲章をみっちり装着した白布の同盟軍礼装に身を包んでいても、その中身の態度は完全に門閥貴族のそれであった。無論、これは別に私の意志ではなく、事前に「横柄で貴族らしい態度をしておいてくれ」と指示されたからだ。

 

「そうですねぇ……このフェザーンにおいて手に入らぬものは理論上御座いません。伯世子様をおもてなしするため、御要望が御座いましたら自治領首府が可能な限り迅速に実現させて頂きます。注意事項も同盟の国内法とほぼルールは変わりません。強いて言えば、自治領主府としても使節団の安全確保に責任がありますので、治安が劣悪な『裏街』へのご訪問はお控え頂きたいと考えております」

 

 そこまで口にして此方の傍に寄る一等理事官。背後の従士達が警戒するが私が義手の手でそれを制止する。一等理事官は従士達に「唯の機密事項で御座います」と伝え、にやりと笑みを浮かべ耳元で囁く。

 

「時間と金銭さえご用意して頂ければ、同盟法では実現が出来ない娯楽や商品やサービスもご提供出来ますよ?同盟の資産家だけでなくオーディン宮廷の貴族紳士方からもレパートリーが多く素晴らしいサービスだと人気があります。どうぞ御一考下さいませ」

 

 わぉ、予め研修で聞いていたがマジで言って来やがった。守銭奴フェザーンの国家ぐるみの真っ黒営業ですよ、皆さん!!

 

「……そうだな、気が向いたら試させて貰うよ。君に言付ければ良いのかな?」

 

 私はその提案を撥ね付けず、寧ろ俗っぽい笑みを浮かべて興味がありそうに尋ねる。相手は他国の外交官である。ここで賢しくする必要はない。せいぜい付け込みやすそうな態度を見せて油断させた方が良かろう。

 

 まぁ、準備して貰うための追加費用なんて払う余裕もないんですけどね?ゴトフリート家ハイネセン別邸に遺棄された電波妨害装置二〇〇万ディナールですよ。形落ちとは言え軍用品は馬鹿みたいな値段がかかるわ。正直、今の銀行残高はかなり御寒い状況で、仮に特別サービスを受けたくても出来る状況ではない。

 

「はい、いつでもお待ちしております」

 

 私の経済的事情は兎も角、態度に対して満足そうな笑みを浮かべた後、ボルテックは再度距離を取ってフェザーンの観光名所の説明……お勧めのホテルやレストラン、カジノ、アミューズメント、バー等の娯楽施設……についての説明に入る。うーん、完全に私、議員らの付き添いで観光に来た道楽貴族に見られてるなぁ。多分美食・美酒・美女の三点セットで取り込む積もりなのだろう。

 

 ……私は宇宙港のターミナルでトリューニヒト議員やオリベイラ学長、その他の使節と引き離され個別に昇降機に乗せられた。使節団を分断して個別に攻略するのは自治領主府の常套手段だ。

 

 フェザーン人が巧妙なのは決して脅さない事であろう。外交官も後々脅されると分かっていればこんな安い手には乗らない。潜在的協力者として長期に渡り飼い慣らし、必要な時に機密情報を本人が罪悪感を抱いたり周囲に疑念を抱かれない範囲で提供させ、交渉の際には相手政府が一方的に不利にならないような妥協しうるギリギリの条件までしか譲歩させない。協力者に無理なく、良心の呵責を抱かせない、そして協力の見返りは十分に提供される……一応フェザーン勤務や訪問する政府要員には入念に事前教育が行われているが、こんな好条件ならば誘惑に負ける者もいるだろう。

 

 まぁ、引き際の良い者は三点セットを楽しみまくり要求をされる前にとんずらしたり、偽情報を暴露して逆用する猛者もいるというがね。

 

 貴賓用昇降室が地表……というよりも海上の巨大メガフロートに到着して、漸く私達はほかの使節と合流する事が出来た。彼らにも各々に理事官が甘い誘惑を囁いてくれた事だろう。裏切り者が出ない事を祈るばかりだ。

 

 メガフロートの一番ゲート(要人・外交使節用ゲート)を出れば黒塗りの要人輸送用高級地上車が数台と、護衛の装甲車が眼前に現れる。地上車は同盟政府のフェザーン高等弁務官事務所からのそれであり、装甲車はフェザーン警備隊のものだ。周辺は更にフェザーンの契約している民間軍事会社の傭兵が警戒している。

 

「悪いが二人は別の車両に乗ってくれ」

「了解致しました。お気をつけ下さいませ」

 

 トリューニヒト議員らと共に地上車に乗り込む私はベアト達にそう命じる。若干ベアトが心配そうにしたがすぐに敬礼で答え後方の車両に乗り込む。流石に二人では立場的に相乗りは難しい。

 

 理事官達が恭しく頭を下げる中、地上車は発車する。今日は同盟フェザーン高等弁務官事務所に行き休み、明日以降自治領主達との面会と根回しが行われる事になろう。

 

「フェザーンの役人達からの説明はどうだったかな?」

 

 真横の席に座る使節団団長が含み笑いを浮かべて尋ねる。本来ならば軌道エレベーターを降りる際にバラバラにされたためにボディチェックが必要であるが問題ない。衣服に無線機やら盗聴・盗撮用小型ドローンが付けられていようともこの地上車は三重の電波吸収素材に通信妨害装置付きである。リアルタイムで盗聴や盗撮される危険性は最小限だ。

 

「表のサービスなら全部彼方持ち、裏サービスも何でも御座れだそうです」

「私は最高級キャバクラ貸し切りを提案されたよ。接待役の美女も至れり尽くせりだそうだ」

「お受けしたのですか?」

「出立前に妻に変なサービス受けたら離婚すると言われていてね。義父も妻を溺愛しているし、娘も妻の味方だ。家庭内で集中攻撃を受けたくないね」

 

 肩を竦ませてトリューニヒト国防委員は残念そうに苦笑する。実際の所は不明であるがマスコミ媒体では議員は恐妻家であり家庭では妻に尻に敷かれていると言われている。

 

「私の方は案の定何も言われなかったな」

「先生は頭が切れすぎますからね、彼方も慎重になりますよ」

「本場の高級フェザーン・ラムやフェザーン・ウィスキーを飲めると思ったのだがな。肩透かしだよ」

 

 そう言いつつもオリベイラ学長は大して不満そうな表情を浮かべていない。彼なりの冗談なのかも知れないが然程笑えないので冗談のセンスは無いようだった。

 

「お孫さんに御会いになる時にアルコール臭を漂わせていては嫌がられますよ。フェザーンの酒は度数の高いものが多いそうですし今回ばかりは控えた方が良いでしょう。さて……」

 

 トリューニヒト議員は改まった態度を取り私の方を見る。私もまた議員の方を見て疑問の答えを聞こうとしていた。議員は私の正面の席に座る同盟軍少佐を紹介する。

 

「ティルピッツ大佐、此方情報局フェザーン支部から派遣されたラウル・バグダッシュ少佐だ。君の補佐を担当する事になっている」

「お初にお目にかかります。『フェザーン租界宇宙軍特別警備陸戦隊司令部付』ラウル・バグダッシュ宇宙軍少佐であります。フェザーン駐在の間、大佐のサポートをさせて頂きます。どうぞご遠慮なくお使い下さい」

 

 目の前の諜報員は国防委員の紹介を堂々と修正し慇懃に、しかしどこか無礼な最敬礼を行ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 フェザーンにおける同盟の政府関係機関は大別して三系統存在する。一つはフェザーン・帝国との外交窓口たる同盟弁務官事務所、今一つがフェザーン内に存在する同盟人コミュニティの居住する租界地の行政管理を行うフェザーン租界工部局、最後が同盟軍情報局フェザーン支部である。

 

 一つ目は原作で亜麻色髪のイゼルローン共和政府軍最高司令官様が着任した事のある任地だ。フェザーンのセントラル・シティにあり弁務官を頂点として首席補佐官以下の官僚十数名、そこに武官として准将ないし大佐がフェザーン首席駐在武官として任じられその下に佐官ないし尉官からなる武官六名、下士官からなる武官捕一五名で構成される。彼らはフェザーンの表の外交工作と諜報活動を司る。

 

 二つ目のフェザーン租界工部局は宇宙暦731年に設置されたものだ。フェザーンにて各種ビジネスを行う同盟人租界のインフラ整備や各種行政サービスの提供、対外ビジネス支援活動を行っている同盟のれっきとした行政区分である。選挙で選ばれた租界市長を筆頭に市民議会と行政組織、租界地の治安維持・防衛のための約二万八〇〇〇名のフェザーン租界宇宙軍特別警備陸戦隊が駐屯する。租界人口は約八〇〇万人。当然本国同様に全国選挙も実施され、同盟議会の議席すら用意されている。

 

 三つ目は当然ながら政府及び同盟軍の公開組織図には記述されていない。フェザーン自治領成立以来、この中立地帯における盗聴・誘拐・暗殺も含めた裏の諜報活動に長年従事しているのが同盟軍情報局フェザーン支部である。本部の所在、構成員数、組織図、責任者も不明。そもそも情報局自体幾つもの特務機関や分室を抱えており、味方にすら秘匿して単独活動している部隊ないしエージェントもいる。全容を知るのは同盟軍全体で十人もいないであろう。

 

 目の前で不敵な微笑を浮かべる口髭を生やした紳士ラウル・バグダッシュ少佐……諜報員の常として偽名だ……は当然三つ目に属している人物だ。一応公式記録には二番目のフェザーン租界宇宙軍特別警備陸戦隊司令部の事務員であるが。

 

 ……ここから先は私だけが知っている事だ。宇宙暦797年の救国軍事会議クーデターに参加、その後イゼルローン駐留艦隊に情報工作活動を仕掛け捕虜となる。帰順後ハイネセンでクーデターが帝国の工作活動である事を暴露した。同盟政府の降伏後はレンネンカンプ高等弁務官の外交的圧力に屈した同盟政府による魔術師謀殺を妨害、ヤン・イレギュラーズからエル・ファシル革命政府軍・イゼルローン共和政府軍の情報部門に籍を置き各種諜報活動に従事していた。原作においても最後まで生存していたと思われる。

 

(………多分、同一人物だよなぁ?)

 

 対面に座る諜報員を観察するように一瞥し私は考える。宇宙暦8世紀の技術を使えば今時赤の他人への変装も成形も難しくない。諜報活動で性別すら変更する事だって可能だ。指紋も虹彩も、声帯だって偽装出来よう。

 

 とは言え態々あの人物を狙いすまして変装する理由もない。寧ろ原作のあの顔自体が既に変装なり成形した後ホログラムで微調整したものである可能性も有り得た。即ち私が知っているバグダッシュの顔自体本人のものとは限らない。

 

「……?はて、大佐殿。私の顔に何か付いておりますかな?」

 

 流石諜報員だ。私の怪訝な視線に気付いたのだろう。紳士的に、しかし恐らくその眼の奥底では警戒するように尋ねる。不良士官との付き合いが長くて良かった。奴との付き合いが無ければ気付けなかった程の僅かな変化だった。

 

「いや……少佐はフェザーン勤務は長いのかな?」

「此方に来て三年目ですね。当初は戸惑いましたが今ではそれなりにフェザーン事情には通じていると自負しております」

「成る程、それは頼もしい」

 

 少なくともド素人よりは安心だ。

 

「とは言え、正直な話余り楽観視は出来ません。何せ我々が確認している限りにおいても既に一個小隊に上る帝国諜報員がフェザーンに入国しています」

「そりゃあまた……大盤振る舞いだな」

 

 諜報員の育成コストは当然高価だ。しかも帝国政府は公的には情報機関を保有していない事になっている。正確には幹部はいるが実働部隊は各諸侯家のハウンドからの出向だ。それ故横の繋がりが薄く、その癖代々幼少時代から洗脳教育を受けているので体制への忠誠心は狂信的だ。そのため帝国の諜報員は全体として同盟のそれよりも圧倒的に能力が高いとも言われている。

 

 無論、同盟側も様々な工夫を凝らす事でその個個人の技量差を埋めて互角の戦いになってはいるのだが……この情報が余り愉快なものでないのには変わりない。

 

「いえ、先程の発言と矛盾しますがそう悲観するものでもありませんよ。諜報員とは言え全員が同じ目的で入国した訳でも、まして一枚岩という訳でもありません」

 

 特にオーディンの宮廷で大貴族達が足を引っ張り合うのは日常茶飯事だ。此度の案件においても帝国宮廷内でアルレスハイム方面への戦力増強を進言した一派とそれ以外の一派との間で謀略が繰り広げられているという。うーん、この味方同士での潰し愛(誤字にあらず)……亡命貴族に生まれた今もハードだがオーディンに生まれても無事生き残れる気がしねえ。

 

「特に現状、宮廷では大きく派閥が四つに分裂しつつあります」

 

 バグダッシュ少佐は現状の帝国情勢について説明する。

 

「一つ目は皇帝フリードリヒ四世を支える長老方からなる旧守派ですね」

 

 即ち、国務尚書リヒテンラーデ候、軍務尚書エーレンベルグ元帥を中核とする派閥である。現状の権力体制……即ち自分達の利権やポストの維持を望む老人達と言う訳だ。因みにこの派閥は皇太子ルードヴィヒを次の皇帝として担ぎ上げている派閥でもある。

 

「二つ目はカストロプ公にオーテンロッゼ公、リトハルト侯……所謂地方一六爵家を中心とした分権派です」

 

 権門四七家のうち、地方一六爵家はほかの大貴族と違い爵位と領地を帝国から下賜されたと言うよりも追認されたと言える者達だ。彼らを始めとした地方貴族達は銀河連邦末期に地方で自立した国家を統治し、ルドルフ台頭後に戦う事なく臣従した者達である。それ故全体として領地は豊かで爵位は高く、帝国に対する帰属意識は……カルステン公爵家等極一部を除き……相対的に薄い。彼らが国政に関与するのは帝国の政策を通じて自領に利益を誘導するためのものだ。

 

「三つ目はブラウンシュヴァイク公やハルテンベルク伯、キールマンゼク伯等を代表とする統制派ですね」

 

 非武門貴族、特に文官貴族を中心とした彼らは内政重視派であり、その点では分権派と親和性があるが、同時に地方の統制も志向しておりその点では険悪だ。当然ながら軍部や老人とはポストや軍縮指針から敵対関係にある。

 

「四つ目リッテンハイム侯を盟主にシュリーター侯、ヒルデスハイム伯等が所属する革新派です」

 

 正確に言えば『新革新派』と言うべきかも知れない。ファルケンホルン元帥以下の地上軍の要職者がエル・ファシルの敗戦の責で多数予備役送りや左遷させられた後、その残党がリッテンハイム侯の傘下貴族や軍部の実戦派の一部と合流して再編された派閥だからだ。

 

「今年の三月頃にベルンカステル侯が病没して以来ブラウンシュヴァイク公とリッテンハイム侯の対立が表面化したのだったな」

 

 元々クレメンツ大公追放クーデターを主導しフリードリヒ四世の即位を主導した三諸侯は先代までは協調し合っていた。フリードリヒ四世の皇妃はベルンカステル侯爵家の者で、その娘二人はそれぞれブラウンシュヴァイク公爵家とリッテンハイム侯爵家の跡取りオットーとウィルヘルム三世に嫁いだ。先代ブラウンシュヴァイク公、先代リッテンハイム侯の死後は先代ベルンカステル侯が両家の先代当主の盟友として、そして義理の祖父として義孫達の手綱を引いていた。

 

「先代ベルンカステル侯が死去して以来、リッテンハイム侯は方針転換を行い派閥の強化を進めています。我々が把握する限り、既に統制派も無視出来ない規模となっているようです。まぁ、当然と言えば当然ですな。何方の娘が次の皇帝になるかですから」

 

 先代以来、武門貴族と文官貴族の仲介役の立場を維持していたリッテンハイム侯爵家であるが、先代ベルンカステル侯と言う重石が消えたと同時に次期皇帝レースのライバルたるブラウンシュヴァイク公に明確に対立姿勢を見せている。

 

 具体的には武門十八将家の中でもカイト家やカルテンボルン家等の衰退した家々、旧革新派や実戦派の内貴族系士官等を搔き集めて短期間の内に軍部に少なからぬ影響を持つまでとなっている。特に今年四月に装甲擲弾兵総監に就任したオフレッサー上級大将、それに長らく士官学校教官や諸侯家の私兵軍軍事顧問を務めていたシュターデン少将は前者はその獰猛さと軍功から、後者はその事務処理能力と教え子達の広い人脈から派閥入りを注目されていた。

 

「まぁ、他にも中立派閥や他の皇帝候補を立てる中小の派閥がありますがここでは気にしなくても良いでしょう。問題は此度のアルレスハイム星系侵攻をどの派閥が推進しているのかという事です」

「立案は分権派のカストロプ公、追認は旧守派だな?」

「軍事予算の縮小に宇宙軍重視、両者の思惑が重なった結果ですな」

 

 旧第九地上軍を始めとしたエル・ファシル攻防戦の敗残兵の少なからぬ数がそのままアルレスハイム方面の戦線に投入されたのは各方面からの情報収集から既に分かっている。

 

「皆で協力してパイを増やす……が理想ではあるが、宮廷闘争は基本零和ゲームだからな。誰かの得点が誰かの失点に繋がる。旧守派や分権派の計画を潰したい、あるいはケチをつけて足を引っ張りたい奴らも入国済みと言う訳か」

「何割かはそうでしょう。我々情報局からすれば彼らが潰し合ってくれれば万々歳なのですがね」

 

 肩を竦め、バグダッシュ少佐は国防委員と学長の方に視線を向ける。

 

「此方の上司からもまた話と護衛の派遣はあると思いますがどうぞご注意下さい。帝国軍務省からしても今回の交渉は失敗させたいでしょうから。油断しているとどのような妨害があるか分かりません。特にオリベイラ学長はお孫さんがフェザーンに駐在しているそうですね。常時護衛が本人にも気付かれないように派遣されております、最悪の事態はないと思いますが……」

「分かっている。孫も自分がどこの家の人間か分からぬ程愚か者でもあるまい。ある程度危険は承知だろう」

 

 オリベイラ学長は僅かに憂いを秘めた、しかし毅然とした表情で答える。フェザーンが安全安心なんて嘘っぱちだ。租界地の中なら兎も角、フェザーン『市民』の生活する表街ですら両国が間抜けにもやって来た相手国の要人子弟を誘拐する事があるのだ。唯の一市民がフェザーンに留学や旅行に行くのならばともかく、要人子弟が行くとなれば決して呑気な覚悟で行える事ではない。

 

「中立地帯とは良く言ったものだな」

 

 私は地上車の防弾硝子製の窓越しにフェザーンの景色を見ながら呆れ気味に呟く。

 

 メガフロートからフェザーン中央大陸にあるセントラル・シティに向かう鉄橋……そこから見えるのは沿岸地域に沿って天に聳え立つ緑化地域の高層ビル群からなる『表街』、そしてその足元にありフェンスで区切られた背徳と犯罪の充満する『裏街』、そして地平線の先にある荒涼とした内陸部の広大な砂漠地帯だった。それは正に銀河で最も繁栄する惑星の縮図であり、グロテスクな真の姿で………。

 

「自由と交易を国是とする商業中立国、か……」

 

 本当に……本当に良く言ったものだと私は思った。

 

 

 

 

「皆さん、長旅お疲れ様です。漸く到着しました」

 

 フェザーンセントラル・シティの一角を借用した自由惑星同盟高等弁務官事務所の入場ゲート前に地上車は辿り着く。フェザーン警備隊と同盟政府が雇った警備会社の傭兵、そして地上ドローンが周辺警戒を行いながら列を作る地上車の人員と車両を確認する。登録されている人物がいるか、部外者がいないか、爆発物等が地上車に仕掛けられていないかを確認してからゲートが開かれる。

 

 ちょっとしたホテルのような高等弁務官事務所に併設された駐車場の空き区画に地上車は停車する。駐車場周辺はフェンスと並木で囲まれており遠方からの侵入や狙撃を妨害するような配置だ。無論、建物本体も華美に見えてその実防弾硝子や鉄筋コンクリート、対ビームコーティング等が為されており有事の際に立て籠れるように設計されている。

 

「あれは………」

「ああ、亡命政府からの特使団の車だね。確か我々より半日早く到着しているのだったかい?」

 

 地上車から降車した私が既に駐車場に停車していた数台の黒塗り高級地上車を見つけるとトリューニヒト議員が説明し、バグダッシュ少佐に確認を取る。

 

「はい。彼方の代表としては国務尚書ハーン伯爵、軍部からは軍務省軍務局長ベーラ少将が出席しております。後帝室からも代理が出ているようです。確か……」

 

 そこまで言ってバグダッシュ少佐がど忘れした名前を思い出そうとして暫し考え込む。

 

 恐らくそれは偶然であっただろう、本当に何と無しに私は周囲に視線を向けているとふと高等弁務官事務所の正面入り口を何やら書記官と話し合いながら出て来る人影を見つけた。銀の釦に金糸の飾緒と肩章、胸元に輝く宝石をあしらった勲章と亡命政府軍士官学校首席卒業者に送られる腰元のサーベルは見る者に一目でその人物が相当の貴人である事を証明していた。

 

「あっ……」

 

 恐らく私とほぼ同時に彼方も此方の視線に気付いた。そして少々間の抜けた呟きも同様だった。端正な顔立ちに瞳を驚きに見開き、次いで笑みを浮かべて此方に駆け寄る若い亡命政府軍の将官。そして気付けば私の方も喜色を浮かべ彼の元に向かっていた。

 

「成程、君が同盟側の付き添いかい?」

 

 彼は好意しか含まれていない笑みを浮かべ、昔のように私に気さくに尋ねる。

 

「どうやらそのようらしいよ。それにしても随分と贅沢な軍装だ。似合い過ぎるのが妬ましいなアレクセイ!」

 

 銀河帝国亡命政府軍軍務省法務局副局長アレクセイ・フォン・ゴールデンバウム宇宙軍准将は鋼鉄の巨人のような表情を綻ばせて私の言葉を受け入れたのだった。

 




各媒体でバグダッシュの顔違い過ぎ問題=全員成形した同一人物説

恐らく世界線によっては妖艶系年上お姉さんにTSしたバグダッシュがユリアンを揶揄い遊ぶルートもある筈……!(願望)

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