帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第十三話 目覚めたら知らない天井はお約束

「目覚めたら知らない天井だった」

 

 某新世紀なロボットアニメのシチュエーションの中、私は目覚めた。

 

「……?」

 

 頭がぼんやりとして思考が纏まらない。私はどうしてここに………?

 

「………!そうか、確か海賊に撃たれて……」

 

 意識を失う前の最後の記憶を思い出す。確か私が気を失う直前に救援が到着した筈だ。と、なるとここは………。

 

「病院、か?」

 

 視線を動かすとお約束のように直ぐ真横にベッドサイドモニターがピッピッ、と私の血圧や心臓の鼓動をモニターしていた。

 

「誰か……痛っ……!?」

 

 起き上がろうとすると共に激痛が体を襲う。堪らず私は再び横になる。

 

「おいこら、未来の医療の癖に痛すぎだろが……!!」

 

 と、文句を言っても仕方無い。宇宙暦8世紀となると時間さえあれば手足が千切れようが内臓が零れようが大体どうにかなる(即死や手術不可能な状況が多い事は言ってはいけない)。それどころか場合によっては人体の器官を交換しないような、自然治癒に任せるような中途半端な怪我の方が長期入院しないといけない程だ。

 

 恐らく、人工細胞等も使わない、自然治癒に任せた処置が為されたのだろう。にしても麻酔が切れてるぞ。この野郎。

 

「ぐっ………はぁ、……こりゃ動けんな」

 

 あれから何日たった?ここはどこだ?皆はどうなった?様々な疑問が私の脳裏に過る。

 

「うっ……うん………?」

 

 意識が覚醒し、身体の感覚が戻り始めた所でようやく私はその感触に気付いた。

 

 左手に触れる温かさ。と、同時にそれが何かを想像をつける。

 

私は体の痛みに耐えながらそちらに首を動かす。

 

「……あぁ、やっぱりか」

 

 そこにいたのは、照明の光で金色の髪を鮮やかに輝かせる可愛らしい少女だった。椅子に座り、私の左手を握り締める従士は、しかし小さな吐息と共にベッドに上半身を倒すようにして深い眠りについていた。そこには普段の鋭い目付きと緊張感は感じられず年相応の子供の寝顔をしていた。

 

「大方……寝ずの番していて居眠り、といった所か」

 

 あれから何日たったかは不明だが、彼女も肉体的にも精神的にも相応に疲労していた筈だ。そんな中で多分、私がいつ目覚めてもいいようにずっと控えていたのだろう。そりゃ居眠りもしよう。私なら数時間も持つまい。

 

「要らぬ気遣い何だけどなぁ……」

 

 苦笑しつつ、私はその寝顔を拝見させてもらう。こう、見ると案外幼い顔立ちなのか……。大体私より先に起きて準備等をしてくれるので寝顔を見るのは本当に久し振りだ。最後に見たのは宮廷の狩猟場で遭難したときか……。深夜寝るときは私を必死に慰めていたが早朝に起きると寝言で寂しげに父親を呼んでいたのを覚えている。あの時の罪悪感といったら………!!

 

「……済まんな、いつも」

 

 主人として至らないために迷惑かけてばかりなのが情けない。

 

「ぐっ……あー、駄目だな。これは……」

 

疼くような痛みと共に疲労と睡魔が襲いかかる。

 

「もう一眠り……する、か………」

 

視界がぼやけ、意識が遠退く。

 

「若……様……?」

 

 小さな、音色のような声が響く。あぁ、起こしてしまったな。悪いな。だが……この分では……返事は………。

 

睡魔に敗北し、私は再び意識を失った。

 

 

 

「うふふふふ!!ここにいるのは意識の無い若様と私めのみ!即ちここでどんな事が起ころうとも知る者はいないと言う事!!ぐへへへへ……睡姦プレイと言うのも乙ですなぁ!!」

「………」

 

 目覚めると、目の前に涎を垂らした栗毛の女性がいた。

 

「では、さっそく……あれ、若様起きました?」

 

 私に手を伸ばそうとした所で私の瞼が開いている事に気付き彼女の表情は凍りつく。

 

「おう。イングリーテ、何しようとしてた?」

「いえ、随分と苦しそうでしたのでシーツを御変えしようと……」

 

目の前の女性は凍りついた表情で口だけを動かす。

 

「そうか。貞操の危機を感じたのは気のせいか?」

「はい、気のせいでございます」

 

爽やかな笑顔で堂々と宣う目の前の女。

 

「そうか。……命令だ、そこを動くな」

「はい?分かり……」

 

 次の瞬間私は無表情でピースした手で彼女の目を目潰しした。

 

響き渡る悲鳴が室内を満たした。

 

宇宙暦778年2月5日午後2時15分の事であった。

 

 

 

 

 

「若様……!?」

 

 悲鳴の声に反応して直ぐ様扉が開いて入室する人物がいた。

 

 一人は私の信頼する従士、もう一人は亡命軍の軍服を着た壮年の男性だった。

 

「うごごご……目が…目があぁ……!?」

 

 滅びの言葉を受けた後の某特務機関の大佐のごとき声を上げて床で悶絶する女性を見て、一瞬唖然とする二人。

 

「若様、これは……」

 

 壮年の軍人が室内の状況を見て困惑する。

 

「あ、そいつはそこに捨て置いていいから」

 

 私は淡々とそう言い放つ。当然だ。

 

「はぁ……」

 

 そう気の抜けた声を出した後、すぐに改まった彼は姿勢を正すとベレー帽を脱いで胸元に置き、恭しくひざまづく。

 

「若様、御命に別状無く何よりでございます。このゴドフリート、若様の危機に際して不出来な娘共々お役に立てなかった事深く反省しております。この上はどのような処罰も甘んじてお受け致す所存でございます」

 

 四〇歳前後の屈強な男性が心から誠意と悔恨を含んだ声で深々と謝罪する。隣を見れば同じように深々と沈痛そうな面持ちで頭を下げる従士の姿が映り込む。

 

 鋭い目付きと金髪、品格のある口髭……ルトガー・フォン・ゴドフリート亡命軍宇宙軍大佐はティルピッツ伯爵家の筆頭従士家の一つ、ゴドフリート家の当主でもある。父とは幼年学校・士官学校の同期であり随一の忠臣の一人だ。当然ながら私の従士の親父殿である。どうやら、今回の騒動で娘がいながら私が撃たれた事に対してかなり思い詰めているようだった。

 

 正直、父親と同じ程に年上の人物にこんな態度を取られるのは小市民な私には居心地が悪い事この上無い。だが、ここで簡単に赦すわけに行かないのが貴族社会と言うものである。

 

 そう易々と赦せば門閥貴族としての自身の立場を貶める事になる。それはひいては自身だけでなく家臣や領民の権利や誇りまで他家から軽く見られる事を意味する。

 

 流石に亡命政府の門閥貴族は皆親戚みたいなものであるためそんな事は無いが、オーディンだとその貴族は小心な臆病者として笑われる。いや、それだけならかなりましで下手すれば一族から家臣、オーディンの出稼ぎ領民まで周囲にたかられるそうだ。

 

 その上、家臣団の中でも失態を犯した者を簡単に赦すとほかの者との間に不公平が生じる。真面目に間違いを犯さずに働く者がやる気を無くす程度ならまだ良い。それが元で家臣団同士で対立や陰口が起きる事もあるのだ。

 

 実の所、主人の与える叱責や罰はある種けじめをつける行為であり、主人が既に対処したのでもうこれ以上誰もこの問題を掘り返すな、と言う意味を持っている。

 

 むしろ叱責や罰が無い方が家臣に取っては困る事で暗にお前は不必要だと言うメッセージであり、何時まで経っても他の者から(下手すれば何代も)その事で笑われ、機会あれば蒸し返される。

 

 ……いや、大体の門閥貴族家臣団の仲は(少なくとも亡命政府の門閥貴族では)ギスギスしてないしフレンドリーだよ?けど、オーディンではそれが普通の文化だからその伝統が続いているの、分かる?

 

 ちなみにその相手が同じ門閥貴族だと大昔は一族朗党領民まで巻き込んだ「名誉をかけた戦」……ようは私戦に発展し、どこかの段階で両家の親戚家が仲裁に入り停戦するそうです。我が家の場合ジギスムント2世の頃にヒルデスハイム伯爵家との私戦が有名だ。父が見せてくれた写真は見ていて引いたよ。

 

 まず、背景は炎上する屋敷。時のヒルデスハイム一族が縄で縛られ、その足元にはヒルデスハイム家の従士達の死体の山、その周囲にサーベルを持った当時のティルピッツ伯とブラスターライフルを抱えるその愉快な従士団が返り血まみれで笑顔浮かべているんだぜ?(ヒルデスハイム家の者を傷つけたり従士家の女子供は殺していないだけ当時としては寛容だったと聞いて更に戦慄した)

 

 この私戦文化に対して帝国政府は最初の内は門閥貴族の力を削ぐ意図もあり黙認していたそうだが、運悪く当時帝国を二分するほどの大貴族2家が遠戚の貴族達まで巻き込んだ大戦争を起こしかけたため慌てて帝国政府が仲裁、最終的に第11代皇帝リヒャルト2世の時代の布告により所謂一対一の決闘を持って私戦に替えるよう制度が出来たそうです。

 

 話しが逸れすぎたな。兎も角そう言う貴族文化があるためにここで私は寛大な態度を取ることが許されない、と言うわけだ。

 

「……悪いが目覚めたばかりで考えが纏まらん。ここはどこだ?あの後どうなった?」

 

取り敢えず状況把握に努める事にしよう。

 

「は、仰る通りでございます。申し訳御座いませぬ」

 

 深々と頭を下げ謝罪した後ゴドフリート大佐は説明を始める。

 

 どうやら同盟軍に救助された後、幼年学校の生徒は治療の必要のある者は治療を受け、亡命軍の救援部隊の到着と共に同盟軍の制止を無視して半ば無理矢理アルレスハイム星系に帰還したらしい。同盟軍の救援部隊が海賊艦隊の掃討を開始すると同時の事であったと言う。この間に両軍の間でどれだけの言い争いが起きたかはここでは割愛する。

 

 亡命政府は相当激怒した事だろう。よりによって幼年学校生徒が訪問中の失態、しかも皇族が殺される寸前だったのだからマジギレだっただろう事は想像に難しくない。

 

 この事については同盟政府からの全権代理権を受けた同盟議会特使が星系議会と新美泉宮の謁見の間で謝罪したためどうにか暴動寸前だった世論は沈静化したらしい。代わりに海賊への報復を求めるデモが星都で起きているらしいが。今は逮捕された海賊の裁判にアルレスハイム星系警察も関わる事を亡命政府はハイネセンに要求している所だと言う。

 

 余り騒いで欲しく無いんだけどなぁ……唯でさえ亡命者コミュニティは肩身が狭いし疎まれているんだから。……まぁ、無理だろうけど。

 

 私に関しては運良く、ブラスターのレーザーが血管や内臓を傷つける事が無かったのでそこまで大きい怪我ではないらしい。一週間もすれば退院出来るそうだ。

 

「そうか……報告ご苦労だ」

 

 ゴドフリート大佐に労いの言葉をかけた後、私は考える(ここは軍病院なので本来ならば階級として軍規に違反するが軍人ではなく私人としてこの場に大佐は参上……態々休暇をとったらしい……しているので問題無い)。

 

「ふむ……そうだな。ゴドフリート、貴方に対しては私が処断する立場にない。その場にいなかったからな。だが、子の監督責任はある」

「はっ……!」

「よって、貴公の沙汰は父が決める事だ。分かったな?」

「はっ!」

 

 続いて私はベアトを見る。こちらを見る目は不安に満ち満ちている。

 

「ベアトリクス、お前は私を守れなかったな?」

 

問いただすような質問。

 

「……はい、相違有りません。このベアトリクス、どのような罰を受けようと御怨み申し上げません」

 

深々と、自責の念がありありと分かる御辞儀。うん、知ってた。そんなに怖れなくていいから。別に怒って無いからな?あれ、明らかに私の責任だからな?

 

「罰、か。そうだな。余り無意味な罰を与えても仕方ない。ここは合理的に考え……そうだな。私の怪我が完治するまで介護を頼みたい。出来るな?」

 

 そんなとこらが落とし所だろう。私としても余り恨まれるような……というか後で気まずくなる罰なんてしたくない。

 

「はっ!ベアトリクス、誠心誠意介助をさせて頂きます!」

 

 心から決心するように完璧な礼して返答するベアト。いや、そこまで覚悟完了しなくていいからな?

 

 互いに普通に会話しているけどこれ、ほかの星の奴が見たら腰抜かすな。連座制とかマジかよ。

 

 しかもこれ法律ではない。互いに当然といった態度だけど、ようは私刑だからな?法律的に一切従う義務も無いからな?やべぇな、帝国的価値観。

 

「さて、この話は一旦此処までにしよう。さて……お前はどうしてここにいやがる?」

 

 私は未だに床でのたうち回る女性……イングリーテに向け声をかける。

 

 同時に飛び上がるように立ち上がると教養と品性を感じさせる動作で敬礼する。

 

 黒色のジャケットに金の飾緒、シャコー帽の出で立ちは近世の騎兵隊のようだ。

 

そして、堂々と宣う。

 

「イングリーテ・フォン・レーヴェンハルト亡命軍宇宙軍軍曹、若様のお目覚めまで、誠心誠意込めて警護しておりました!!」

 

 ティルピッツ伯爵家に代々仕える飛行士の末裔の一員は、いけしゃあしゃあとそう叫んで見せたのだった。

 




従士階級が黄金樹は終わりなんていえば即処刑は残当。
ブラウンシュヴァイク公がアンスバッハを即殺せず拘禁したのは帝国社会では寛容さを意味するというね。

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