帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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多分今年最後の投稿です


第百六十話 本当はイヴに投稿したかったけど忙しくて無理だったんだぜ!

「き、教授!こんな遅くまで残っているなんて珍しいですねっ!き…今日は残業ですか!?」

「やぁ、カウフ君。いや、生徒達のレポートの評価が長引いてね。そういう君は論文の作成かい?」

 

 フェザーン科学アカデミーの食堂で肉うどん定食を食べていた自然学地質学科教授ミゲル・ボルジェス・デ・アランテス・エ・オリベイラ氏は、トレーにボルシチとフォルシュマーク、ピロシキと言ったフェザーン料理を載せて偶然通りがかった同僚に呼びかけられ、笑顔で返答した。

 

 カザーニ街に鎮座し、多くの政治家・法律家・企業経営者を輩出するフェザーン商科大学と対を成すのが多くの技術者・科学者を輩出するオムスク街のフェザーン科学アカデミーである。元々は第二代フェザーン自治領主クラウス・フォン・ヴィッテンボルクが軌道エレベーター建設のために各分野の科学者・技術者を育成する目的で設立したこの大学は、今では銀河で最も最先端の科学理論と技術を学ぶ事の出来る名門大学となっている。

 

 尤も、多くのフェザーン人は技術や理化学方面の学問への関心が薄く、金儲けのためにフェザーン商科大学に進む者が多いために、多くの教授や生徒は同盟や帝国からのヘッドハンティングや留学生が占めてはいるが……。

 

 昨年発表した論文がフェザーン学会で認められてこのアカデミーの教授職に就任したミゲル・ボルジェス・デ・アランテス・エ・オリベイラ教授は、特に理由もなく親睦を深める目的から目の前の同年代の女性助教授に食事を共にしないかと誘う。

 

「え!?え…えぇ!!構いませんとも!そ、そそ…そうだ!教授、あ、今作成している論文があるんですが……出来れば後ほど読んでもらえませんか?来月の学会で発表したいんですが……正直初めてなもので不安で……えっとやっぱりお忙しいですかね……?」

 

 植物学を専門とする小柄で赤毛の可愛いらしいフェザーン娘……半世紀近く前の伝説のフェザーン商人バランタイン・カウフの孫娘にしてフェザーンの大手不動産会社ラビット・ハウス社役員たるドナート・カウフの三女カリーナは慌てた口調で、そして顔を僅かに赤く、次いで青くしておずおずと不安げに尋ねる。

 

「?それ位なら構わないよ。とは言っても私の専門は惑星開発だからね。確かに植物学との関係はあるけど……余りちゃんとしたアドバイスは出来ないよ?」

 

 見るからにお坊ちゃん育ちだと分かるオリベイラ教授は優し気な笑みを浮かべ申し訳無さそうに答える。その温もりに満ち満ちた表情をオリベイラ一族を良く知る同盟政財界の有力者達が見れば目を見開くだろう、到底同じ血を引いているとは思うまい。

 

「だ、大丈夫ですっ!ち、ちょっと助言を頂ければ結構ですので!!」

 

 少々上がり気味に叫ぶ助教授。そんな年下の同僚に若干驚きつつも、教授は包容力に溢れた微笑みを浮かべて答える。

 

「そうかい?だったらいいんだけど。……助教授も余り根を詰め過ぎないでいいよ?発表は毎年あるんだからね、無理して体調を崩す方が問題だ。うーん……」

 

 そういって緊張する助教授に顔を近づける教授。

 

「ふぇ…!?」

「うん、やっぱり顔が赤いね。熱があるかも知れないなぁ……」

 

 教授の顔を直視して、一層顔を赤らめ上気させるカウフ助教授。そのままうぅぅ……と小動物のようぬ呻き声を上げる。その仕草は自然体であり、男の庇護欲を誘うものであったが……残念ながら目の前の天然な側面がある教授には効果は然程期待出来なかった。

 

「大丈夫かい?薬でも用意しようか?」

「い、いいえ……その心配は……あっ、そのでしたら……えっと……膝枕を……」

 

 心底心配そうに尋ねる教授に、女性助教授は混乱する脳細胞を全力で回転させ、そのチャンスを掴もうと御願いをしようとして……。

 

『こらー!大学内での不純異性交際は御法度だよー!!』

「ひゃあっ!?」

「うわっ!?」

 

 横合いから現れた巨大な影が叫んだ機械音で合成された幼い子供の声に二人は驚いて跳び跳ねた。

 

『もー、ミゲルさんはそーやってすぐに雌猫達に隙を見せるんだからー。駄目だよ?その気もないのに周囲の女の子を勘違いさせちゃー』

 

 巨大な影は巨大な蜘蛛のようなロボットだった。四本足にロボットアームの手をフリフリして感情を表現する大型ホバーバイク程の大きさを誇るそれは、銀河帝国軍の思考戦車型の旧式地上用ドローンから武装と装甲を撤去し、塗装を青くしてプログラミングを改良したものだった。本来ならば無機質な機械音で最低限の会話が精々の筈のそれは流暢に、人間らしい言葉でお喋りする。

 

 帝国とフェザーンで電子工学・機械工学の博士号を持つリヒター博士が独自にプログラミングした試作学習AIを搭載したこのドローンは、愛称を『シュヌッフィ』と名付けられ、大学内の教授や職員、学生から可愛がられているマスコット的存在だ。因みにミゲルはこの大学に来て直ぐこのドローンと遭遇した際に天然オイルを上げて以来、かなり懐かれていた。

 

「おいおい『シュヌッフィ』、心外だなぁ。余り助教授をからかうものじゃないよ?まるで私があくどいホストか何かみたいな言い草じゃないか。それよりも何の用だい?今日の天然オイルは注いであげた筈だけど……」

『いやだなぁー、ミゲルさん!そんなの博士の御夜食、いえ朝御飯のために決まってるじゃないですかー!博士ー、食堂着きましたよー?』

 

 そんな子供がはしゃぐような機械音と同時に蜘蛛型ドローンの丁度腹部に当たる部分がパカンと開く。元々は同行する歩兵部隊への補給用武器弾薬を積載する空間だったそこから現れたのは小柄な、いや小さな白衣姿の女の子だった。

 

「お前、はしゃぎ過ぎ……やっぱりこれ失敗作……」

 

 金糸の長髪に金銀妖瞳の眠たげな瞳を浮かべる仏頂面の彼女は、銀河帝国から科学技術研究交流を名目にこの大学の教授に就任したイングリート嬢であった。

 

 その実家は元々銀河連邦の名門政治家一族に連なり、ハッサン・エル・サイドの孫に当たるヘクマティアルが初代当主を務めた権門四七家にして宮中一三家でもあるリヒター家であり、血統上は現帝国財務省銀行局局長でもあるリヒター伯爵家当主オイゲンの次男の子、リヒター伯の孫娘に当たる。端的に言えば大貴族のお嬢様だ。

 

「リヒター博士、その様子ですとまた昼夜逆転の生活をしているんですか?余りやり過ぎるとまた病気になりますよ?」

「……その時はまた介護してもらう」

 

 明らかに起きたばかりに見えるドローンの上に乗っかった幼い博士の言に呆れた表情を浮かべるオリベイラ教授。この異例の若さ、いや幼さを誇る博士は同時に帝国宮廷における異端児であり、問題児であり、変わり者である事をオリベイラ教授は理解していた。

 

『嫌だなぁミゲルさん!そもそもこの大学にいる教授連中なんて奇人変人の巣窟じゃないですかぁ!帝国や同盟の学会から鬼才奇才の掃き溜め扱いされている事位御存じでしょう?その点、博士の変人具合なんて可愛いものですよぅ!』

 

 ボディをフリフリと動かして指摘するドローン。銀河帝国も自由惑星同盟も長く続く戦争の結果研究内容・方針の合理化が推進され、所謂社会経済・軍事に転用出来る研究に優先的に予算が重点配分されるようになって久しい。そのため本当に知的好奇心・探求心を重視した研究を行うのは極めて難しくなっている。それこそ羽振りの良い門閥貴族のパトロンを得るか、このフェザーン科学アカデミーのような場所でなければ不可能だ。

 

 それ故帝国・同盟問わず国家の科学研究方針から反発した、あるいは世間や学会とは思考回路や価値観がかなりズレたりした者が自由な研究を求めてこの大学に流れ着き、帝国や同盟の公的機関であれば呆れて予算も出ない研究に豪勢な資金を使い邁進している一面があった。そして両国学会ではそんなフェザーン学会の特徴に嘲笑と羨望の双方の意味を込めて『狂科学園(マッドサイエンス・パーク)』等と呼ぶ事も少なくない。

 

 目の前のお喋りなドローンの上でぐったりと倒れる幼女もその例に漏れない。門閥貴族の名家出身の癖に宝石にも花にもドレスにも大して興味を持たず、機械いじりばかり楽し気に行い十歳で博士号まで得てしまったこの貴族令嬢は、当然帝国の社交界では許容される存在ではない。源流を帝国議会の共和派議員に持つリベラルな風潮の強いリヒター伯爵家でなければ人格を矯正されていただろうし、そんなリヒター伯爵家ですら流石に手元に置くのは憚りフェザーンのこの大学に科学技術研究交流を名目に遠ざけてしまった。無論、本人は大して気にしていないようであるが。

 

「……朝眠い。今ご飯食べてる?ランチ?」

 

 腹を子供らしくぐー、と鳴らした博士は食事中の教授と助教授を見やり、その無表情の顔を傾げる。

 

「いや、これは何方かと言えば夜食だね。太るし余り健康に良くはないけど……今日は少し寝るのが遅くなりそうだからね」

 

 オリベイラ教授はははは、と困った笑い声を漏らす。対面の助教授は「明日は食べる量減らそう……」等とカロリーの高い目の前の注文済みのフェザーン料理を見ながら小さく呟いていた。

 

「そう……教授、あーんして」

「えぇ、流石にそれは困るなぁ……」

 

 幼女博士が愛らしく口を開けて強請るが流石に色々と疎い教授もこれには抵抗感を見せる。

 

『博士ー、ミゲルさん駄目だってー、間接キス作戦失敗だねー、次はどうするー?』

「煩い、失敗作」

 

 アハハ、と無邪気な笑い声を鳴らすドローンをこつんと叩き、無表情な顔を不機嫌そうに歪める博士。叩かれたドローンは痛覚なぞ無い筈だが『痛ーい!』としょんぼりする仕草を浮かべる。

 

「こらこら、『シュヌッフィ』に当たっちゃ駄目だよ博士。何か注文あるならまだ厨房は開いているから注文しにいったらどうだい?」

 

 そう指差す先には数名の教授達が並ぶ食堂の厨房、奇人変人も多いのでこの大学の食堂は深夜営業も当然である。

 

「うん、分かった。抱っこ」

 

 ドローンの上から当然のように眠たげ表情で手を伸ばす博士。それは子供が抱っこしてと言っているような仕草だった。いや、実際彼女はそう要求していた。

 

「いや、『シュヌッフィ』に乗っているからそのまま行けば良いんじゃないかな?」

「やー」

 

 オリベイラ教授の言に年相応の声で駄々を捏ねる幼女な博士。

 

「博士、何でしたら私が御連れ致しましょうか?教授は仕事で忙しく疲れていますから」

『カウフさんは黙っていてよー、折角博士がアタック中なのにー!人の恋路を邪魔する雌猫はフルフルに食われて死んでしまえって諺知らないのー?』

「失敗作、黙らないとデータ削除するわよ……?」

『あーうー……』

 

 貼り付けた笑みを浮かべ提案する助教授に、プンプンとその行動に口を尖らせるドローン、そしてそんなドローンを叱りつけた博士はジーと助教授を無表情に睨み付ける。それに対して張り合うように助教授も同じく笑みを称えて(序でに博士よりはある)胸を張って答える。

 

「え、えっと二人とも……何をそんなに剣呑な雰囲気なのかな……?」

 

 明らかに不穏な空気を察して恐る恐る尋ねる教授。因みに自身が元凶である事に気付いてはいなかった。

 

『もー、ミゲルさんは本当に天然誑しだよねー!この前だって確か同盟の人的資源委員会から来たお姉さんをナチュラルに口説いてたよねー?本当、モテモテだよねー?よっ!女誑し!』

「ち、ちょっとその話もっと聞かせて下さいっ!?」

「……記憶データ、早く開示して?」

 

 助教授と博士が同時にドローンと教授の方を向き、圧力のある眼光を向ける。ドローンは『ひゃー、怖いよミゲルさーん』とハンドアームを頭を守るように乗せ教授に助けを求める。

 

「え、えっと……二人共、『シュヌッフィ』が怖がっているから落ち着こう……?」 

「き、教授こそ!毎回毎回顔を合わせた人を勘違いさせる言動は止めて下さい!!本当っ!教授は何でいつもいつも人を勘違いさせるんですかっ!?」

「その通り、私は寛大だけどどこの馬の骨とも知れない賎民の雌に性病を移されたら大変。やっぱり教授を守るために私と同棲するべき。ね?同棲しよ?」

 

 良く状況が理解出来ず、取り敢えず自分に良く甘えるドローンを擁護すると助教授と博士の矛先が当人に向けられる。助教授は顔を赤くして必死な形相で、博士は無表情で有無を言わさぬ圧力を持って教授に迫る。その態度に、しかし色々と無自覚な教授は困惑を深めるばかりだ。

 

 因みに周囲で食事する教授や博士が舌打ちしながら「糞、見せつけてんじゃねぇぞ。リア充氏ね」とか「急いで嫌われスイッチ作らなくちゃ!」とか「ふふ、分かってねぇな。本当の愛は男同士でしか成立しねぇ、だろミゲル君?」等と好き勝手に戯れ言を口にするが教授自身は目の前の二人の事で手一杯で碌に聞いていなかった。

 

 取り敢えず物凄い剣幕で此方を睨む二人を宥めようと教授は口を開く。その次の瞬間であった。震動と共に食堂の電灯がチカチカと点滅したのは。

 

「きゃっ……地震!?」

「いや、この揺れは違う」

 

 カウフ助教授がよろめきながら叫ぶのを、地質学に造形が深い教授は即座に否定する。そもそもセントラルシティは地震が発生するような不安定な土地にまで開発の手を伸ばしてはいない。

 

「『シュヌッフィ』」

『うーん……あ、今ソーシャルネットワークに投稿されたよ博士。三ブロック先の水素エネルギー発電所で爆発だって。あ、別の人が動画サイトにリアルタイム動画投稿し始めた!』

 

 背後からニョキニョキと通信アンテナを出したドローンが通信衛星を利用してネットワーク内部で該当する情報を検索・分析して場にいる人々に伝える。

 

『ううん……?』

「どうしたの……?」

 

 頭を傾げるようにボディを傾けるドローンに対して幼い博士は怪訝な表情を浮かべる。

 

『何かねー、ほかの所でも事件が沢山起きてるみたいなのー、フルトン街で送電線が切断……ハルモネラ街で水道管破裂……あ、今通信回線が切れた!』

 

 恐らく中継の電波塔が何らかの理由でその機能を喪失したらしい。周囲の教授や大学職員達が電波圏外となった携帯端末や何の番組も放映しなくなったソリビジョンテレビをを見ながら不安げに相談を始める。

 

「こ、これって……テロ……ですよね?」

 

 少動物のように怯えながら植物学助教授は目の前の教授に尋ねる。彼女の脳裏にここ数日立て続けに発生した物騒な事件の報道が蘇る。元来争いごとに疎い『表街』の女性であり、ましてお嬢様でもある助教授のこのような事態に対する耐性は限りなく零に近かった。

 

「こういう時は余り勝手に動かない方が良いだろうね。幸い、警備員がいるから素直に命令に従おう」

 

 不安そうにする同僚に対してオリベイラ教授は安心させるように伝える。彼は何年か前に戦争の最前線で乗っている潜水艦ごと遭難した経験がある。そこで学んだのは、少なくとも正規の公的組織が側にある場合は自身で勝手に動いてはいけない、という事だ。情報も準備もなく不用意な行動を取れば自分だけでなく周囲の命すら危険に晒す事を彼は理解していた。

 

『うーん……』

「どうしたの……?」

 

 何やら考え事をするように唸るドローンに、その上に乗っかる開発者でもあるリヒター伯爵家の末裔は尋ねる。

 

『えっとねー、さっきネットが切断されるまでに集めた情報を纏めてたんだけどねー?これって多分陽動なんだよねー?』

 

 元々軍事用に製造され、旧式化した事で後備役装備として長らく帝国軍の倉庫に眠っていたドローンは、自身に搭載され未だ削除されていない古いタイプの戦術戦略理論と過去のデータ、そして先程まで収集したネットワーク情報を参照して現状の状況について仮説を立てる。

 

「陽動?」

『うん、だから安心していいと思うの。ここには危険はないだろうからね』

 

 呑気な口調で、しかし確信のある口ぶりでドローンはこの大学は安全であると主張する。

 

「『シュヌッフィ』、一応聞くけど……だったらどこが危険なんだい?」

 

 オリベイラ教授は念のために、これから何処が危険になるのかについてドローンに尋ねた。

 

『うん。多分ねー、僕の分析が正しいんなら、この攻撃の本命は自治領主府だと思うんだー』

 

 第二次ティアマト会戦の大敗による人的資源の不足から官営工廠にて製造されて以来三十年近くに渡り帝都オーディンに配備され、ミヒャールゼン提督暗殺事件における軍務省敷地封鎖に統帥本部で発生したカップ大佐反乱事件鎮圧、クレメンツ大公に対する三諸侯のクーデターにも実働部隊として出動した記憶のある警備ドローンは、自身の電子基盤に刻まれた経験と知識から子供を連想させる無邪気な声でそう答えて見せたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「これは陽動だ。乗せられるなっ!!」

 

 アトラス社から雇用されたセントラルシティ自治領主府政府省庁街の警備司令官に任じられた雇われ将軍は司令部要員全員に向けて叫ぶ。

 

 元自由惑星同盟軍地上軍大佐、その後外縁宙域の紛争地における客将、そしてアトラス社の傭兵部隊の指揮官として雇用され、一民間軍事会社の社内での階級とは言え将官にまで栄達したスコットウィル少将は、自治領主府ビルの一角に設けられた防衛司令部のソリビジョンマップに追加されていく都市インフラへの攻撃の印とそれによる被害と救援要求の連絡に対してそう判断し、それは事実正しい判断であった。

 

 フルトン街における送電線の爆発を皮切りにセントラルシティ各地で生じる破壊工作やテロは既に一〇件を超えていた。だがそれはあくまでも本命に向けて注意を逸らすための陽動に過ぎない。

 

 破壊工作が実施された地点自体は必ずしもフェザーンの『自治領主府』にとって重要な地域と言う訳ではない。少なくとも自治領主府所有の重要施設なぞなく、また武装警察軍や傭兵部隊の警備も薄い優先順位としては然程高くない場所ばかりである。

 

 テロや破壊工作において守備側を撹乱し、その予備戦力を封じて本命の警備を手薄にする事、そしてそのために周辺地域で嫌がらせの破壊工作を行う事は最早市街地戦において基本であると言って良い。ならばここで無闇に重要施設の防衛要員と手元の機動展開用の予備戦力を派遣する事は下策であろう。

 

「周辺部隊の派遣を急げ。消防及び警察軍と連携しつつ破壊されたインフラ復旧に取り掛かれ。それと、自治領主府及び重要施設の警備段階を最高レベルまで引き上げろ」

 

 警備司令官は当然のように副官に命令する。

 

「恐らく、そろそろ本命へのアプローチが始まる頃だぞ……」

 

 警備司令官がそう呟いたと同時にオペレーターが嵐のように報告を始めた。

 

「商務局より通信です!局ビルの庭先に砲弾の落着確認っ!!迫撃砲弾によるものと推定……!!」

「中央物流管制センターにおいても銃撃戦が発生!!正面ゲートに無人トラックが突入しました!!」

「航路局ビル敷地内に侵入者有り!!」

「自治領主府ビル西門にてセンサーが生命反応を感知しました!!西門に展開中の警備隊との無線通信断絶!!増援部隊が急行しております!」

「来たな……!!」

 

 最初の周辺地域における各種破壊工作の連続から一時間程経過した2000時、傭兵部隊が厳重に防備を固める重要施設に対して次々と敵対勢力の攻撃が開始される。

 

 尤も、敵対勢力の襲撃のタイミングや手法はプロのそれではあるが、対する防衛側も無能ではない。アトラス社が自治領主府省庁街に展開した警備部隊は市街地における対テロ・ゲリラ戦を念頭に練兵された精兵部隊である。しかも襲撃の規模を見る限り敵部隊の規模は数個小隊、最大限に見積もった所で一個中隊と言った所か。

 

「その程度の戦力で重厚な警備の敷かれた施設を襲撃しようとは、無謀な事だな」

 

 自治領主府省庁街及びその周辺街区に展開するアトラス社の傭兵部隊は凡そ二万名に及ぶ。総人口二〇億に及ぶ惑星の統治機構ともなるとその規模も大きくならざる得ず、無論省庁街の敷地も広大だ。それでも武装警察軍やその他企業の傭兵部隊、ドローン等も含めればその守りは鉄壁と言っても過言ではない。襲撃者達は巧妙に展開し、捕捉撃滅されないようにヒット・アンド・アウェイを仕掛けてはいるが、警備部隊はその全てを最小限の被害で撃退する事に成功していた。

 

「相手方の展開が素早過ぎますな。恐らくは隠し通路か何かを利用しております」

「となれば此度の襲撃、フェザーン内の有力者が関与していると見るべきでしょう」

 

 司令部内で参謀として会社に雇用された数名の士官が言及する。同盟や帝国、あるいはそれ以外の勢力で教育を受け、実戦の洗礼を幾たびも浴びて相応の実績と才覚を示してその職に就いた彼らは、襲撃者達が厳重に警戒網を掻い潜り突然攻撃を仕掛け、そして忽然とその場から消えていく状況からその答えを導き出し、それはほぼ事実であった。

 

「面倒ですな。大元を撃破出来ませんのでいつまで経っても埒が明かない」

「とは言え迫撃しようにも不用意に追い縋ればトラップで無用の犠牲が出ます」

「だがこのまま攻撃されるがままというのも……」

「ふむ……」

 

 戦況を確認しつつ参謀達は相談を続ける。彼らに命じられた使命は第一に自治領主府幹部を始めとした政府職員及び政府施設の保護である。そのための選択肢としては、一つにひたすらに防衛に徹する道があり、他方で積極的に脅威の殲滅を志向する道がある。アトラス社から自治領主府に派遣された彼ら傭兵達は、その二つの戦略方針の何方かを選ぶ必要に迫られていた。

 

 

 

 

 

「ですが、恐らくは積極攻勢の選択肢は取らないでしょう」

 

 懐中電灯片手に暗い地下通路を通り抜け、非公式の非常用階段を上りながらアントン・フェルナー中佐は答える。それは傭兵側目線での意見であった。

 

「所詮我々傭兵は給金のために働いていますからね。武器弾薬は豊富、敵は精鋭なれど寡兵、依頼自体は失敗を許されない類の物、と来れば当然の選択です」

 

 戦闘が長期化する程危険手当が支給され、弾薬の欠乏の心配はなく、敵勢力は少数精鋭故に僅かな隙を突かれる可能性があり、仮に何等かの理由で依頼主に被害が及んだ場合の事を考えればその選択は余りに当然のものであった。生憎とフェザーンの省庁街に展開するようなお行儀の良い部隊である、亡命政府軍に向け発送するような戦闘ジャンキーなぞまず有り得ないであろう。あるいは兵力の差を活かして敵側の物資と体力を消耗を狙う可能性もあろう。何方にしろ、彼らが安全牌を取る事は明白である。

 

「成程、それを逆手に取る訳か……」

 

 相手が即刻陽動に派遣した『ユージーン&クルップス社』の傭兵と同盟軍情報局の工作員を人海戦術で圧し潰さないのは此方にとっても都合が良かった。一〇〇名にも満たない軽装歩兵戦力である。全力で撃滅を図られたら数の差と火力の差で一気に決着がついてしまった事だろう。此方からすれば寧ろ相手が慎重姿勢でいてくれるお陰で寡兵で大軍の足止めが出来て万々歳である。

 

「とは言っても長くは持ちません。そもそも陽動部隊は軽装ですから継戦するのも限界がありますから」

 

 背後でそう言及するのはフェルナー中佐の副官であるヤーコプ・ハウプトマン大尉である。その背後には室内戦闘を前提とした迷彩服と軍装に身を包んだ傭兵が一個分隊続く。

 

 言ってしまえば単純明快かつ当然の事である。地上でフェザーン自治領主府の重要施設に襲撃をかけて警備部隊を挑発し続けている傭兵達もまた陽動に過ぎない。彼らが地上で大軍を引き付けてくれている間に私達はルビンスキー自治領主補佐官を始めほんの数名しか知り得ない緊急脱出用の地下通路からフェザーン自治領主府ビル内への侵入を試み、それは八割方成功しつつあった。地下通路、そして非常階段から自治領主府ビルを上り続け、我々は既に地上二五階の地点に到達していた。

 

「ここで非常用階段は終わりのようですね」

 

 地上二五階に辿り着き、周囲を懐中電灯で確認し、それ以上上る階段がない事を先頭で先行するフェルナー中佐が確認する。

 

「ああ、聞いていた通りだな。ここから先は裏技は無しって訳か」

 

 即ち、ここからは敵に絶対に遭遇しない安全なルートなぞ存在しないという訳だ。素晴らしいね。

 

「先に我々が突入します。依頼人に死なれたら困りますからね……行くぞ!」

 

 内心そもそも任務に着いて来る事に疑問すら抱いてそうな口ぶりでフェルナー中佐は数名の部下と共に隠し扉からビル内部に突入した。

 

 恐らく部署の部長クラス執務室であろう、何方かと言えば装飾目的の壁に埋めこむ形式の暖炉の薪入れがどうやら隠し通路への出入り口のようだった。執務室内の脅威の心配がない事を確認した中佐達が我々にハンドサインで後に続くように伝える。

 

「人気が少ない?どういう事だ……?」

 

 執務室の扉を僅かに開き数機の偵察用小型ドローンを送り出した中佐は、手元のタブレット端末を睨みつけると疑問を口にする。ドローンのカメラがとらえた執務室を出た廊下の映像は殆ど無人に近かった。全くの無人ではないが警備が少なすぎる。

 

「我々の存在がバレたか?それとも罠か?」

「下階の確認も行っておりますがどうやら二〇階までは傭兵と各治安機関の武装要員で固められているようです」

 

 ハウプトマン大尉が同じく下階の偵察に出したドローンが届ける映像を見て報告する。

 

「どう致しましょう?」

「どうするも何も、我々は雇われの身だ。全て依頼主の意向次第だよ。どう致しましょうか、大佐?」

 

 部下の質問に対して傭兵隊長は私に放り投げるように尋ねて来る。

 

「……中佐個人の意見?」

「罠としては少々まどろっこしい物ですね。態々ここまで侵入を許す必要はありません。地下通路で挟み撃ちすればそれだけで良いですからね。自治領主府内部まで引き込むのはリスクが高過ぎます。このビルを爆破して纏めて仕留めるのなら中途半端に人員は残さないのでその点は安心出来ますがね?」

「ふむ……では何故人気がないと思う?」

「自治領主の命令ではないのは確かでしょう。後は、合理的理由が見いだせないのでしたら合理的な内容ではない、と考えるべきでは?」

「つまりお手上げと?」

 

 肩を竦ませて無言で肯定の返答をする中佐。無責任にも思えるが、実際私も彼同様合理的な理由を見いだせていない。

 

「……考えても埒が明かないな。少々野蛮だがこの際考えるのは後回しにしよう。考えている間に自治領主と使者殿に死なれたら笑えない。……まだおっ死んではいないよな?」

 

 私は確認の質問をする。ここで既に死んでいたら全て無駄な上に我々が犯人役になってしまう。

 

「偵察ドローンが自治領主の入室中と思われる室内に潜入しました。網戸で侵入は不可能ですが自治領主の声帯データを確認、何らかの会話中の模様です」

 

 通気口を通りながら自治領主執務室のある地上三五階に侵入に成功したドローンが震動センサーでその声を拾った。声の方向に移動するドローンはしかし通気口内に設置された網戸でそれ以上進む事が不可能であったが、少なくとも過去の自治領主の演説等から採取された肉声の声帯データと拾ったそれのデータがほぼ一致したらしい。少なくともまだヴァルハラ送りにはされていないようだ。有難い限りである。

 

「ならば急ぐとしようかね?ここまで来たんだ、生きたまま保護したい」

 

 我々は進軍を再開する。途中で邪魔な位置に居る警備員を数名、リアクションを起こされる前にパラライザー銃で失神させる。スペンサー氏の息がかかっているかは不明であるが、もしかかっていたら面倒だ。無関係であれば不運であるが、暫しの間眠っていてもらう事にしよう。定時連絡があろうから拘束した上で無線機に応答する人員だけ残して我々は上階に向けて上る。

 

 侵入者が一気に上って来るのを警戒してか、エレベーターもエスカレーターも封鎖されていたので階段で地上二五階に上る。そしてそこで、恐らく先が大広間になっているであろう重厚で大きな扉が目の前に現れた。

 

「大佐、我々が先行します。ハウプトマン、大佐の警護を」

 

 そう副官に命令したフェルナー中佐は二名の部下とジェスチャーで意志疎通をした後、一気に扉を蹴り開けて銃器を構えながら広く薄暗い部屋の中に躍り込む。それは待ち伏せを警戒しての行動であった。尤も、どうやらそれは杞憂であったようだ。

 

「ここは……食堂か」

 

 ゆっくりと室内に入りながら、事前に黒狐から教えられた自治領主府ビルの内部構造を思い出して私は呟く。

 

 少なくとも公式的には地上四〇階地下二五階建てとなっているフェザーン自治領主府ビル、その地上二八階から三〇階までをぶち抜いたこの広いホールは、自治領主府ビル内で働く数千人の胃袋を満たす関係者専用食堂であるそうだ。壁は殆ど強化硝子製であり省庁街、更にはその先のネオンで彩られる繁華街を一望出来る。

 

 天井の一角には主に株価やニュースを伝える大型液晶ディスプレイが設置され、また各所の柱にも補助用の小型テレビが幾つも設けられているようだった。数百もの円形、ないし長方形のテーブルとその数倍の椅子が置かれており、部屋の中央には初代フェザーン自治領主レオポルド・ラープの原寸大の銅像があった。銅像はネオンの輝く繁華街の方向を向き敏腕商人を思わせる不敵な笑みを浮かべているようにも見えた。

 

「人影は今の所見えませんが……念のため暗視装置を装着しましょう」

 

 背を屈め周囲の警戒するフェルナー中佐の進言に従い我々は暗視装置を頭部に装着する。暗視装置のレンズ越しに周囲を見渡すが、やはり人影は見られない。その事に安堵し、私は構えるブラスターライフルの銃口をゆっくりと下げ……。

 

「大佐!上ですっ!」

「っ……!?」

 

 フェルナー中佐の叫び声に私は即座に視線を上方に向け、同時に驚愕に目を見開き身を翻した。私がいた床の大理石が乾いた金切り音と共に粉々に砕かれたのはそのほんの数秒後の事である。おい、沢山侵入者がいる中で何故私をピンポイントで狙ったし!?

 

『ギギ……ギ……ッ!!』

 

 天井に張り付いていたそれが足部の電磁式吸着機能を止め落下、空中でボディを回転させ、丁度食堂ホールのど真ん中に設けられていたレオポルド・ラープの銅像を圧し潰しながら着地する。激しい震動が室内に響き渡る。

 

 照明がついていない、全面ガラス式の壁から入る街のネオンと星の光だけが覗く薄暗い食堂ホールのど真ん中で、それは頭部の赤く光る目のような六つの多機能センサーを独立させ動かし周囲の状況を確認する。

 

 全身を黒塗りに塗装されたバス程の大きさのあるそれはAIを搭載した多脚戦車ドローンであった。背中に対地兼用の対空機関砲、蜘蛛の顎に当たる部分には二門の機関銃が備え付けられている。相手が室内で装甲車両や重火器を運用出来ない事、上空から侵入してくる航空機による襲撃を迎撃する目的からの装備と考えられた。

 

「糞っ!ハウプトマン……!!」

「承知しております……!!」

 

 殆ど即座に遮光機能付きのガスマスクを装着してグレネードランチャーから発煙弾をばら撒き始めるフェルナー中佐。ハウプトマン大尉や他の傭兵達も同様にマスクを装着した上で発煙弾と閃光発音筒を辺り一面に撃ち込んだ。私はその行為の意味する事を直ぐに理解する。

 

 発煙弾と閃光発音筒が広い食堂全体を煙と光と轟音で包み込んだ。その影響でドローンに装着された光学カメラ、熱探知センサー、金属探知センサー、震動探知センサー、音響探知センサー等と言った索敵装置は一時的に無力化される。私はその隙に倒れたテーブルの影に慌てて潜り込んだ。

 

『大佐、どうやら随分と面倒な物が現れましたね』

「らしいな。糞ったれが……!!」

 

 イヤホン型無線機から聞こえて来るフェルナー中佐の声に私は悪態をつく。此方は急ごしらえの上に地下の隠し通路から潜入せざるを得なかった。それ故に手持ちの重火器の量に限界があった。それでも相手も同じく室内のために条件は然程変わらないと思っていたのだが……まさかあんな物が控えていたとは!

 

『剣菱重工製の中型ドローンですね。まさか室内にあんなもの持ち込んで来るとは想定外です。あんなのが暴れれば被害も馬鹿にならない筈なんですがね……!」

 

 苦々し気にハウプトマン大尉が相手が何物か導き出し、同時にそれがこの場にいる事に疑問を呈する。

 

「んな事言ってもいるんだから仕方ないだろ?……ドローンの無力化は電子戦がセオリーではあるが……これはちょっと厳しいか?」

 

 無人兵器群は人的な被害なく軍事行動を行う事が出来る兵器ではあるが、残念ながらそれが通用するのは技術的に格下の勢力に対してのみである。

 

 西暦の二〇世紀末頃に最初期型の無人兵器が誕生して以来、今日に至るまであらゆる軍事組織において運用されて来たが、結局、技術的に同格の勢力同士の戦いとなった場合、電波妨害によって敵味方識別信号や司令部からの通信、データリンクは無意味と化すし、ハッキングやコンピュータウィルスによるプログラムの改竄、電源のシャットアウト、友軍に対する攻撃を行った事例は枚挙に暇がない。

 

 スタンドアローンにより外部からの一切の通信を断つ方法も考えられたが、敵味方識別信号無き場合における人工知能の敵味方判断能力や戦場における例外事例・緊急事例における柔軟な対処能力の欠如、データリンク遮断による友軍との連携能力の喪失、緊急時の即応的な機能停止命令発令の困難性、何よりも人工知能に対し高度過ぎる自由裁量権を委ねる事への危険性からその選択肢はすぐに放棄された。

 

 宇宙暦八世紀においてAIそのものは支援用インターフェースとして宇宙戦艦から水上艦艇、航空機、戦闘車両に幅広く利用されるものの、それはあくまでも有人兵器における兵士のサポート用、あるいは有人兵器との連携を前提としたものであり、完全に独立した無人兵器は実用化に成功していない。結局の所、戦場において最も信頼出来、敵味方の選別等の判断が出来る存在は人間である訳だ。

 

 とは言え、である。技術的に格下相手であれば無人兵器は今でも重宝される存在だ。流石に軍の高度な電子プログラムや通信技術をそこらのテロリストやゲリラ、宇宙海賊なぞが一方的にかつ短時間で無力化出来る筈もない。それ故にデータリンク等で司令部等から判断支援等を受ける半独立型の無人兵器は同盟・帝国双方で大量に配備され、主に後方での治安維持や警備任務、前線では局面にもよるが小規模戦闘や大規模戦闘での露払い、特攻同然の偵察任務、実弾使用演習における標的等にて運用されている。

 

 そして現状に話は立ち戻れば私の言いたい事は分かるだろう。ドローンが一番活用される任務の一つが軽武装・高度な電子戦能力を持たない対テロリスト・ゲリラ相手である。そして我々は当然ながら時間的にも持ち運べる重量的にもそのような事が可能な電子戦装備を保有していなかった。ましてや中型ドローンの装甲を撃ち抜ける程の重火力も殆ど有していない。

 

「無視して上の階に上る……のは少し難しそうだな」

 

 態態面倒な相手に挑む必要は本来ないのだが、今回の場合はその選択は困難だろう。次の階に向かう階段は何の遮蔽物もない螺旋階段である。階段に向かう前に挽き肉にされそうだし、上っている途中で良い的になりそうだ。

 

「後は引き返して別のルートに行くか……」

 

 一瞬そう考えるがこれも少し難しい。……おい、丁度私の居場所が入った扉とドローン挟んで反対側なんだけど?

 

『後は有線で直接内部をハッキングするかですか』

「間接部を集中攻撃か粘着弾で稼働不能にして動きを封じる案はどうだ?あるいはセンサーを破壊してしまうとか」

『前者については上部の機関砲は旋回式です。意味ありません。後者はセンサーは頭部のものがメインとは言え、サブセンサーは全身にあります。因みに目眩ましして逃げるのも駄目ですね。階段に上れば流石にセンサーに捕捉されそうです』

「合理的な反対理由の言及御苦労様だ。ファック!!」

 

 つまり選択肢は決まった訳である。

 

「どこに電子コネクタがあるか分かっているんだよな?」

『当然です。プログラムインストール用のコネクタが腹の下側にある筈です。下側からハッチを抉じ開けて直接プラグを差し込んでコンピュータウィルスを流し込めばいけるでしょう』

「簡単そうに言ってくれるな。因みにそのままドローンを乗っ取ったりは出来ないか?」

 

 苦笑を浮かべつつ物のついでに尋ねてみる。

 

『元々扉等の電子ロックを解除するためのものです。そこまでは流石に』

「だろうな。……さてさて、やるからには早く動くべきだな。作戦はもう考え付いたんだろう?」

 

 先程の震動や衝撃から下階の警備兵が登って来ている可能性があった。さっさとあのドローンを無力化して先に進むべきだった。

 

「たかがドローンでは味気ない獲物だが、一狩りするとしようかね?」

 

 フェルナー中佐の作戦を聞いた後、私はブラスターライフルを構えながらそう強がるように嘯いた。内心?勿論糞ファックだよ……!

 

 

 

 

 

 

 センサー類で恐らく隠れているのだろう、先程まで捕捉していた敵味方識別信号を放たない侵入者をドローンは捜索していた。全身に装備された各種カメラが三六〇度全体を警戒する。ドローンは人間と違い焦れたりしない。ただただ、予めインストールされた室内対人戦闘プログラムに従い敵が痺れを切らして行動を開始するのを待ち続ける。

 

 そして、遂にその時が来た。

 

『ギギギ……!!』

 

 周囲の柱や倒れたテーブルの影から幾つもの線条が現れる。それは白煙と共に強力な発光と爆音を発生させ、ドローンのセンサーとカメラの大半を無力化して見せる。

 

 カキーン!カキーン……!!

 

 全身から何かが弾ける音が響く。自身の全身に展開させたセンサー類から、自身が複数名による銃撃を受けている事をドローンのAIは確信する。

 

 銃撃を受ける方向から敵の推定展開位置を逆算、ドローンは顎部の二門の一二・七ミリ機関銃と上部に備えた三〇ミリのチェーンガンを周囲にばら蒔いた。瞬時に途切れる銃声音。

 

 敵を無力化、ないし牽制に成功したとAIは判断した。だが次の瞬間にはそれが間違いだと気付く。

 

 次の瞬間、放物線を描く弾頭は空中で爆発、同時に足元に何かが滑り込むように転がってくる。それが何かをAIが判別する前に爆発しドローンに向けて多数の鉄片が襲いかかった。

 

 幾つかのセンサーが無力化されたのをドローンは把握した。それは上部からの攻撃は小銃擲弾により、下方からは転がすように投げ込まれた破砕手榴弾によるものであった。

 

 ドローンは瞬時にプログラムに従い周囲一帯に弾薬をばら撒いた。センサー類の一部が無力化された以上、敵兵の近接攻撃を阻止する必要に迫られたのだ。銃撃が室内の支柱やテーブル、椅子、床材、観葉植物を粉砕する。

 

 粉塵の中で閃光が輝く。同時に頭部の射撃管制レーダーの一つが損傷する。ドローンは攻撃の方向に光学カメラを向けた。プログラムに標準装備されたコンピュータグラフィックモデルが粉塵の中で自身を狙撃した人影の姿を補正する。AIはすぐにそれが最初に自身が天井に張り付いていた際に銃撃し避けられた侵入者である事を認識した。

 

 プログラミングされた条件に基づき、AIはその人物の戦闘能力評価を上方修正し侵入者達の中での無力化優先度を上げる。高い脅威から優先的に撃破するのはドローンのAIに刻まれた基本プログラムだった。

 

「うわっ、やっべ!狙って来やがった……!」

 

 腹部上方の旋回式のチェーンガンを脅威対象に向ける。射撃管制レーダーは一部破損しているためそれ以外のセンサーで支援、発砲。

 

「ちぃ……!」

 

 横に向けて駆け出す人影。チェーンガンの銃撃はその人影の動きを追う。数秒後には銃撃は追いつき、人影を肉塊に変えるだろう。しかし……。

 

『ギ……!』

「危ねぇ!?」

 

 八四ミリクラスであろう無反動砲弾の直撃、それはしかし対戦車榴弾ではなかったようで、ドローンの装甲を撃ち抜く事は出来なかった。しかしその衝撃はセンサーの一部を破壊し、銃撃の照準を狂わせるには十分だった。センサーの死角から撃たれたのだとドローンはすぐに把握した。先程の目標は支柱かどこかにギリギリで隠れたようだった。

 

 光学カメラで捜索、煙幕が室内の半分近くを満たし、閃光発音筒による光が未だ眩い中、床に無反動砲が打ち捨てられているのを確認する。どうやら発射と同時にその場から撤退したのだろう。

 

『ギギギ……』

 

 ボディを動かしドローンは無反動砲の方向に向かう。そして周囲を警戒し先程射撃したと思われる人物を次の脅威対象に指定する。

 

 直後に煙幕の中から幾条もの閃光。ドローンは先程の狙撃から学習し、自身のセンサーを守るように体勢を動かす。そして銃撃が止まると同時に数倍の火力で報復を開始する。

 

 今の攻撃で少なくとも数名の侵入者を無力化したとドローンは確信した。銃撃が止み、反撃までのタイムラグを計算すれば人間の身体能力では退避不可能な筈だ。

 

 AIはしかし、すぐにその結論を取り消す。煙幕が次第に晴れていく中で光学カメラは人間及びその肉片に該当するものを確認出来なかったからだ。

 

 支柱等に括りつけられた小火器類、そしてそれらに施された細工から先程の銃撃が無人射撃装置によるものであるとドローンは気付く。

 

「それ、機械の癖に油断してるんじゃねぇぞ……!」

 

 その声に反応して頭部の向きを変えたと同時の事だった。目の前に向かって来る複数の物体、それが手榴弾と認識する時には既にそれらは炸裂していた。多数のメインカメラとセンサーが密集する頭部に看過出来ないレベルの被害を被る。

 

 各部の生き残るサブカメラとセンサーを使い状況を瞬時に把握、襲撃者は物陰から接近してきたのだろう事を察しをつける。射撃を行おうとするが……。

 

「流石にその面じゃあ無理だろう?」

 

 ノイズが混じる視界に映る敵兵が嘲るように笑う。射撃管制レーダーとセンサーの過半を喪失した今のドローンに正確な銃撃を行うのは不可能であり、また室内対人戦闘を前提に戦闘プログラムをインストールされているドローンは、今の状態で不用意な銃撃を行う事を条件設定で禁止されていた。

 

 故に即座にドローンは武装及び戦闘方法を変更して対応した。

 

「あ、やべ。逃げよ」

 

 傷がついた光学カメラが顔を引き攣らせて必死に逃げようとする敵兵を捕捉する。元来工作用に装備されたヒートバーナー付きの隠し腕を二本引き出したドローンはバーナーを発熱させながら突進する。

 

「此畜生が……!」

 

 必死に身を翻し質量攻撃を避ける敵兵。そのまま窓にぶつかるものの、頑丈に作られた厚い防弾硝子は大きく罅割れたが砕ける事は無かった。硝子からボディを後退させ、向きを変えるドローン。

 

「大佐、退避を……!」

 

 数名の敵兵が小火器で銃撃を加える。だがドローンの装甲には殆ど効果はなかった。そして、ドローンのAIは殆ど無意味な攻撃を加える雑兵よりも目の前の幾度も攻撃を回避し的確に索敵システムに損害を与えて来る対象を危険と判断していた。

 

 戦闘プログラムを変更、バーナーで確実に仕留める……!

 

 一歩ずつ進みながらヒートバーナーを構えるドローン。目の前の敵兵はブラスターライフルを乱射するがセンサーを守りつつ一歩、また一歩と接近する。

 

「おいおいおいおい、何でいつも狙いすまして襲って来るんだよ……!」

 

 ブラスターライフルが弾切れを起こしたのだろう、慌ててエネルギーパックを交換しようとする敵兵。そこを隠し腕で素早く銃身を掴みブラスターライフルを奪い取る。

 

 ミシッ……!

 

 ブラスターライフルをアームでへし折り確実に戦闘能力を奪うドローン。その音とライフルのひしゃげる有様に敵兵が苦笑いを浮かべるがドローンは特に気にする素振りは無かった。

 

 腰元からハンドブラスターを抜いて乱射する敵兵。だがブラスターライフルでも撃ち抜けない装甲が、ましてハンドブラスターで撃ち抜ける道理もない。

 ヒートバーナーを点火した隠し腕を敵兵の頭部に高速で殴りつける。

 

「っ……!?」

 

 ドローンの動きにギリギリ反応した敵兵は隠し腕の一撃を寸前で避ける。もし直撃していたら頭部が粉砕されていた事だろう。尤も、右耳を半分程削り取られたが。

 

 同時に床に倒れ顔を歪ませる敵兵。AIはその体勢から片足に何等かのダメージを受けている事を予想する。無論、だからといって手加減するなどと言う考えが無ければ憐れみも同情の心も機械にはない。唯々侵入者の無力化という命令に従いドローンはゆっくりと近づき敵兵の生命活動を停止させようと隠し腕を振るいあげる。

 

 そして殆ど悪足搔きに近い形でハンドブラスターを向ける敵兵に無機的に、感慨もなく、淡々と止めを刺そうとして……ドローンの電源は次の瞬間シャットダウンした。

 

 

 

 

 

「はぁはぁ……間に合ったのか?」

 

 目の前でドローンの光学カメラの赤い光が消え、その動きを停止させたのを確認して私は息切れしつつ呟いた。

 

「どうにか……ですね。痛たたた……大佐、御無事で?」

 

 滅茶苦茶に動くドローンの下腹部にしがみ付いていたために全身に打撲一歩手前の傷を受けたフェルナー中佐がよろめきながら尋ねる。

 

「無事な訳ねぇだろ……と文句を言う訳にもいかんな。お前さんのその有様ではな」

 

 応急キットの冷却スプレーで折角再生治療で治したのにまた千切れた耳を止血する。今更ながら私の耳って千切れる事多くない?

 

 ドローンのセンサーとカメラを無力化しつつ隙を見て(今回の場合は私が手榴弾でドローンのメインカメラとセンサーを損傷させたタイミングだ)、ドローンに肉薄したフェルナー中佐が気付かれないように内部プログラムにウィルスをインストールして機能を停止に追い込んだのだが……たかが無人兵器と馬鹿に出来ないな。ゲリラやテロリスト相手に有効な筈だ。電子戦能力が低い相手ならばやっぱり無人兵器は怖い相手だ。

 

 数名の傭兵がフェルナー中佐の容態を確認し、別の数名が私の元に来て治療を手伝いする。

 

「止血はしたから包帯をしてくれるだけで良い。足の傷は……痛みはあるが出血はしていないか、幸いだな。下から奴さんは来ていないか?」

 

 あれだけ派手に暴れれば確実に気付かれていそうであるが……。

 

「いえ、それが……」

 

 偵察ドローンのカメラ映像を確認する傭兵が怪訝な表情を浮かべていた。

 

「どうした……?」

「それが……此方で確認可能な限り下層の警備部隊に動きが見られません」

「何だと……?」

 

 傭兵からの返答に私が、そしてフェルナー中佐や他の傭兵達も不審そうな顔になる。これは明らかに不自然だった。

 

 だが、それについて議論をする時間は無かった。次の瞬間、暗い食堂の照明が一斉に点灯したからだ。

 

「っ……!?」

 

 傭兵達が私と中佐を囲むように円陣を作り周辺を警戒する。気付けば我々は室内を囲むように設けられた吹き抜け通路に展開する兵士達に銃口を向けられていた。

 

 警備兵に見つかった、そう思い苦虫を噛みしめる。だがそれはすぐに間違いだと気付いた。我々を見下ろす兵士達の出で立ちは明らかに傭兵のそれでは無かった。傭兵の出で立ちはあんなに華美ではない。

 

 パチパチパチ……そんな風に拍手の音が妙に印象的に室内に響き渡る。その音に導かれて私が視線を向け、同時に口元を自嘲気味に引き攣らせる。

 

「ははっ、真打ちの登場ってか?」

 

 吹き抜けの螺旋階段の上から加虐的な笑みを浮かべて此方を見下ろす端正な青年貴族を見やり私は吐き捨てるように呟く。何でこんな場所にカストロプ公爵家の御嫡男殿がおられるんですかねぇ?

 

 その出で立ちは狩猟に出るかのようにジャケットにベレー帽であり、この場における彼のその心境を明確に示していた。おいおいおい、私は狩りの獲物かよ……!

 

「素晴らしい、期待していたがここまでとは予想以上だよ。私としてはそこのドローンに挽肉にされるのではないかと思っていたが……まさか撃破するとは予想外だったな」

「そりゃあどうも。素晴らしいショーだと思ったんならチケット代を要求したいんだがね?」

 

 楽し気に宣う貴族の坊っちゃんに私は皮肉で返す。とは言え、面倒だな……。

 

(見た所2個小隊って所か……?)

 

 私は気付かれないように視線を泳がし、上層から此方を囲むように銃口を構えるカストロプ公爵家のだろう私兵達の人数を凡そ数え終える。そう言えば『裏街』でもこいついたな。何で態々御嫡男様がお出まししているんですかねぇ?

 

「いやいや、済まないが入園料は既に支払っていてね。残念ながら獲物に払う代金は無いよ」

「ここは狩猟園ですかね?ではそこのドローンはさしずめ追い込みのための勢子ですか?」

「御名答、理解が早くて助かるよ」

「高貴なる公爵家の御曹司様のお褒めの言葉、感謝感激で涙が出そうだね」

 

 本当、涙が出そうだ。序でにそのままベアトにでも泣きついて慰めてもらいたいものだ。

 

「くくく、そう皮肉を言わんでくれたまえ。……それと、裏でこそこそするなよ?もうお別れしようなぞ、寂しくなってつい卿らを射殺したくなってしまうではないか?」

「ちっ……!」

 

 加虐的な笑顔を浮かべる公世子の言葉に私は舌打ちする。私が密かにここから逃亡するための準備を傭兵達に命じていたのを気付かれたようだ。

 

「……何せ此方も諸事情がありましてね、出来れば御茶会や狩猟のご招待なら後ほど招待状をお送り下さい」

 

 まぁ招待状が来ても見なかった事にするけど。

 

「だからそう無碍にしてくれるなよ。まぁ、今を輝く伯世子殿も御忙しいだろうからな。仕方あるまい。だが……これならば少しは関心を示してくれるのではないかな?」

 

 そう言って心底残虐で、楽し気で、純粋な笑みを浮かべ公世子は背後に控えさせたそれを引っ張るように連れて来る。そしてそれが誰なのかを視認すると共に私は驚愕に目を見開き、次いで明らかな敵意の視線を目の前の青年貴族に向けていた。

 

「貴様……!!」

 

 私の視線の先では口を猿轡され手足を痛々し気に縛られた、ドレスに身を包んだ金髪の少女が晒されていたのだった……。

 




糞どうでも良い設定ですが教授は学園物ラノベのハーレム系主人公の素質があります、尚、主人公がいない原作時空ではカプチェランカで遭難死しております



おまけ
本作世界線の設定でルドルフ大帝を主人公にしたアニメを作った場合のOPEDを作者の脳内ストーリーと歌詞を見比べつつ適当にアニソンから選曲(ただの今年最後の投稿な事による悪ノリ)
内容はOVAに倣い全四期・110話構成を妄想、外伝も有り
・第一期 少年時代~士官学校卒業まで 
  OP Stand Up To The Victory
  ED 君の知らない物語

・第二期 軍人時代(少尉~大佐時代) 
  OP Survior 
  ED 名前の無い怪物

・第三期 軍人時代から首相時代まで
  OP 儚くも永久のカナシ 
  ED RE I AM

・第四期 終身執政官時代~ファルストロング死亡まで 
  OP カミイロアワセ
  ED All alone With You



前書きでも書きましたが多分今年最後の投稿になりますので聖夜と年越し、双方この場にてお伝えさせてもらいます
MerryChristmas!良いお年を!

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