帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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本話に一切出番がないけど折角作ったのでシルヴィアちゃんのイメージ画貼っときますね。えっ?こいつ最上型重巡だろ?……知らない子ですね。


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……贅沢言わないからこんなムチムチな女学生の従兄になってお小遣いあげたいだけの人生だった


第百六十六話 蝶の羽ばたきが都合の良い方向に進むと誰が言った?(出番ない方のイメージ画像あり)

「これはこれは……随分と賑やかな面子が参集された事だなぁ、えぇ?」

 

 宇宙暦792年九月三日、同盟標準時刻1100時の丁度五分前、自由惑星同盟軍の軍令における最高司令部……つまりスパルタ市中央に君臨する地上五五階地下八〇階建ての統合作戦本部ビル、その地下二六階に設けられた一室、暫定的に『三五三号作戦臨時司令部』と命名されたその部屋に入室した私は、そこに集う士官達の顔触れを見て嘆息した。

 

「それは此方の台詞なんだけど?本当、信じられない!何でこんな奴が将官に、しかもこの司令部に参集してくれているのかしら……!!?」

 

 集まる人の塊の中からかつかつと良く響く足音と共に現れ、心底苦々しげに声を上げたのは赤毛の勝ち気な女性軍人であった。恐らく同じく参集したのだろう姉が抱き着くのを引き離してやって来る。襟元の階級章が表す立場は自由惑星同盟軍宇宙軍大佐である。その姿を見て、今回ベアト達がこの場に呼ばれなくて幸いだと内心で思った。……まぁ、どうせ後々追加の参集で出くわす事になろうがね?

 

「やぁ、コープ大佐。上官にその言いようは無いんじゃないかな?ほら?品行方正なる同盟軍人なら上官に何をするべきか分かるだろう?」

 

 取り敢えず私は遠くで緊張感もなく妹の友達に挨拶するようににこにこと両手を振る姉の方のコープ大佐に礼をしてから、打って変わって意地悪な笑みを浮かべてコーデリア・ドリンカー・コープ大佐にそう嘯いた。

 

「うぐぐぐ……!!?」

 

 私の言葉に顔を真っ赤にして屈辱感に満ち満ちた唸り声を上げる妹の方のコープ。と、次の瞬間に彼女の背後から大柄な偉丈夫が姿を現す。

 

「ならばお前は先に私に敬礼をするべきではないか?ティルピッツ准将?」

「げっ!?ホーランド、お前もかよ!?」

 

 銀河帝国亡命政府軍幼年学校からの知り合いが現れれば呻き声を上げるのは私の方となる。身長一八八センチメートルの均整の取れた、厳つさこそあるものの美男子と言える顔立ちのウィレム・ホーランド、その軍服の襟元にある階級章は、彼が同盟軍宇宙軍准将である事、そして胸元の略章は彼が自由戦士勲章の受勲者である事を示していた。そして、彼が准将に昇進したのは私より一ヶ月前の事である。

 

「……ちっ、仕方ないな。ほらよ。これで満足か?」

 

 私は渋々といった態度でホーランドに敬礼をする。私がハイネセンの屋敷で遊んだり、フェザーン旅行に興じたり、ヘリヤ星系で大道芸を演じていたりしている間、武功を立てまくって宇宙暦784年度卒業組の中で最速で将官に昇進したこの男の実力は認めざるを得ない。

 

「それにしてもホーランド、お前まで呼ばれるとはな」

「それは此方の台詞だ。今回の作戦の司令官を考えれば貴様が参集されるのはかなり意外な事だな」

「本当よ、最悪だわ。あんたがいるだけで作戦の成功率が低下するのよ。というか私達を命の危機に晒す前にさっさと帰って欲しいものね。正直この瞬間にビルの直下で大地震が起きて全員生き埋めって事すら有り得そうで戦々恐々しているのよ、この気持ち分かる?」

 

 心底不愉快そうにホーランドに同調するコープである。私を見やる彼女のしかめっ面は、私に向けられる嫌悪感の高さを示していた。まぁ、裏は兎も角としても表の経歴だけですら私を遠ざけようとする理由が分かり過ぎるから笑えない。

 

「お、こりゃあ懐かしい顔触れじゃねぇか。お前達も呼ばれたのか?」

 

 私が誤魔化すようにコープ達から目を逸らしているとそんな叫び声が上がる。人垣を掻き分けて私達の所にやって来る人影。私はそれに見覚えがあった。

 

「スコット?お前も呼ばれているのか?」

 

 私は士官学校で知己のあるグレドヴィン・スコット中佐に意外そうに尋ねる。決して馬鹿ではなかったが極めて優秀とも言えない彼が此度の作戦に対して参集されたのは意外だった。……いや、それ言ったらそもそも私も席次的にあれだが。

 

「電子戦計画の参謀要員としてな。俺も驚いているよ。同期だと後ファンとコナリーの顔を見つけたわ。後方参謀と作戦参謀の所にいたのは見た。……あぁ、そういやマカドゥーは情報参謀様の首席副官としてドヤ顔してたな。それ以外にも何人かちらほらと見覚えある奴もいるぜ?」

 

 スコットの指差す方向を見れば、確かに幾人か士官学校で見知った顔が見つかる。その中で作戦参謀の一員として召集されたコナリー准将は手を振って友好的な態度を取ってくれたが、残りは此方を見つけると顰めっ面を浮かべるか絶望した表情を見せる。マカドゥー中佐に至ってはにっこりと塵を見る目で見てくれた。解せぬ。

 

「それにしても結構凄い面子が集められているな。後方部の元締めはセレブレッゼ中将か?マカドゥーの上司の情報部長はホーウッド少将、作戦部長は校長殿の懐刀で有名なマリネスク少将とは……随分と豪華な事だな」

 

 セレブレッゼ少将はロックウェル少将やキャゼルヌ大佐、ヤングブラッド准将と共に『次期後方勤務本部長の予約者』と称される後方支援の専門家、ホーウッド少将は第四次イゼルローン要塞攻防戦で総司令部後方部門のトップを担った人物であり参謀としてはその用心深さを、艦隊司令官としてはその勇猛さを高く評価されている人物だ。マリネスク少将は少なくとも表向きには二年前の一大反攻作戦『レコンキスタ』においてシトレ大将の右腕として様々な作戦を立案し一方的に帝国軍を撃滅する功績を上げた権謀術数の秀才と称されている。

 

 いや、それだけではない。液晶モニターにコンソールが壁一面に設けられ、その他三ダースはあろう長机の上には大量の資料に携帯端末、パソコン、その他事務作業用具が用意されていた。そんなこの部屋に集まる人員は士官だけでも百名近い。補佐や雑用のための下士官兵を含めれば一個中隊に届くかも知れない。その全員が同盟軍において最高クラスの人材である。しかも、今後作戦の具体化と共に追加の増員もある筈だ。

 

「事前にある程度話は聞いていたが、やはりこれは……」

「そうね。前線は久々に此方が優勢だそうだし、帝国軍は暫くは大規模な侵攻はないだろうから。そうなるとこれだけの人材を集める理由は一つしかないわ」

 

 六年前……宇宙暦785年に実施された第四次イゼルローン要塞攻防戦、それ自体は同盟軍の一方的敗北という訳ではなかった。戦死者数は第二次攻防戦を除けば歴代の戦いに比べて少なく、また殆んど偶然とは言え要塞駐留艦隊司令官ブランデンブルグ大将を戦死させた他、少なくない歴戦の帝国軍諸将を討ち取る事にも成功していたからだ。

 

 だが、それでも尚同盟軍が受けた損害は人的にも、物的にも、そして財政的にも無視出来ない規模であったのも事実。しかもエル・ファシル陥落以降同盟はその領土の奥深くまで帝国軍の侵略を許し、市民の避難に反撃、戦災地の復興と多くの財政的負担を背負う事となった。

 

 その後、先に触れた『レコンキスタ』の成功に続けて実施された国内の治安安定化作戦『パレード』、そしてアルレスハイム星系方面に進撃する帝国軍の撃破により、六年近く続いた同盟の軍事的負担は漸く解消する事が出来たのだ。

 

 本来ならばここで数年来の軍事行動によって受けた損失、そして国力の回復に全力を注ぎたいのが軍部の本音ではあるのだが……そうは問屋が卸さないのが実情だ。

 

「来年が選挙、となれば従うしかないのが辛い所ね」

 

 舌打ちしながらそうぼやくのはコープである。

 

 宇宙暦785年に成立した第二次マクドナルド政権は宇宙暦781年に成立した第一次政権の続投政権である。

 

 自由惑星同盟最高評議会議長は通常一任期を四年、最大二期八年まで継続する事を許可されている。

 

 とは言え、曲がりなりにも同盟は戦時国家である。当然ながら戦局によっては悠長に選挙を行う暇がない、という状況も少なくない。実際、同盟の選挙制度には様々な特例も存在する。

 

 一番多く利用されるのは一個艦隊以上の衝突する大規模会戦が選挙と前後する際に採決される『戦時政権臨時延長制度』であろう。選挙から一ヶ月前後以内に会戦が生じると予測される場合、選挙の必要性がある場合でも暫定的に最大四〇日間の政権の延長が許される。ダゴン星域会戦以降、平均して全国規模の選挙の四回に一回はこの制度が適用され、時の政権が帝国軍の侵攻に全力を挙げて対応してきたとされている。

 

 第二次マクドナルド政権が採決した制度は前述の『戦時政権臨時延長制度』の上位制度とも言うべきものである。『戦時政権緊急延長制度』は帝国軍ないしその他の軍事勢力によって同盟国土が大規模な侵略・占領を受けた際に宣告される法律である。

 

 主に人口百万人以上の居住する自由惑星同盟加盟惑星が不法占拠された際に宣言されるこの制度は、侵略行為への対処と国土回復のために時の政権に年単位での政権延長と問題対処のための権限拡大を認めている。その政府の権限拡大の内容は事実上の国家総動員体制への移行を意味する『全権委任法』の採決に次ぐもので、実際にダゴン星域会戦やコルネリアス帝の遠征時など、同盟の歴史で過去七回布告・発動された記録がある。

 

 宇宙暦788年八月に『戦時政権緊急延長制度』に基づき政権が強制的に延長された後、しかし政権支持率は下がり続けた。エル・ファシルに続き一ダースを超える有人惑星が陥落し、大量の難民が生まれ、経済と財政が打撃を受ければ当然の事だ。『レコンキスタ』の発動のために戦時国債の追加発行に加えて増税を行った事もあり、作戦が同盟軍の勝利に決した後も支持率の向上は一時的なものであった。それどころか、アルレスハイム方面における同盟軍の動きの鈍さは最終的には帝国軍の撃退に成功したものの一部の帝国系市民の不審を買った。

 

「前回の選挙はギリギリ中道かつ主戦派の国民平和連合が勝ったが今回はどうなるか分からないからな……」

 

 極右極左両野党共、前回の雪辱を果たすべく大規模なネガティブキャンペーンを開催中だ。幸い、増税に帝国軍による国土占領、軍事以外では幾つかの政権内や閣僚の失言に汚職と突き上げのネタには困らない。

 

 同盟軍としては和平を唱える極左にも、無謀で論外な外征を唱える極右にも勝利して欲しくないのが本音だ。現政権にはここ数年来の軍事作戦に必要な莫大な予算を議会で通して貰った借りがある。その借りを返すためにも一発支持率向上のために勝利してこい、というのが同盟軍首脳部の考えな訳だ。

 

「ヴォード元帥が考えそうな事だな。それともキングストン局長かワン国防委員長補佐官かな?」

「同意を求めるように此方を見ないで欲しいわね。別に私達が独断かつ積極的に推進している訳じゃないわよ」

 

 先述の三者が全員軍首脳かつ政治に近く、そして長征一万光年に関与した一族の出である事と長征派を繋げる事に不快そうな態度を取るコープ。実際、彼ら以外の者達がその椅子に座っていたとしても状況は大して変わらない筈だ。寧ろ彼らは皆そういう面においては自分達のイデオロギーに固執しない柔軟性のある『話せば分かる人物』である。

 

 まぁ、だからと言って折角コープに嫌みを言う機会を逃す手はないので一応釘は刺した訳であるが。

 

「そもそもそれなら……お喋りはここまでのようね。主催者方のお出座しよ」

 

 私に文句を言おうとした所でそれに気付いたコープが口喧嘩をするのを止めて小さく呟く。彼女の視線を追うように私やホーランドもその方向に振り向いた。

 

 部屋に入室して来た一団の中で最初に視界に映り込んだのは身長二メートルはあろう恰幅が良く屈強な黒人提督であった。厳めしさの中に優しさを称えるのは今年六月に退役したカーン元帥に代わり宇宙艦隊副司令長官に就任したシドニー・シトレ大将である。第三次イゼルローン要塞攻防戦に二年前の一大反攻作戦『レコンキスタ』、そして昨年行われた辺境安定化作戦『パレード』……大軍の運用経験が豊富な現在の同盟軍の中で五指に入る名将である。

 

 左右を固める人物も大物だ。シトレ大将の右側に控えるのは宇宙艦隊副参謀長にして本作戦の遠征軍参謀長を拝命したレ・デュック・ミン中将であり、宇宙暦784年に生じた第九次カキン星域会戦を勝利に導いた功労者だ。

 

 そしてシトレ大将の左側の人物は本作戦遠征軍副司令官にして第六艦隊司令官を兼任するラザール・ロボス中将である。艦隊運用の専門家であり、艦隊司令官・参謀・後方勤務の全てにおいて水準以上の能力を見せる万能の名将であり、本作戦の総司令官シトレ大将とは士官学校時代からのライバルである。元々ストレスからの過食により肥満気味だったが、ここ数年急激なダイエットに成功し最早往年のたるんだ頬は影も形もない。

 

「いや、それダイエットに成功したんじゃなくてストレスで窶れただけじゃないの……?」

 

 横からコープが疑念を口にするが無視する事にする。ストレスで窶れた?何の事かな?さっぱり分からねぇな。

 

 シトレ大将にロボス中将、レ中将……此度の参集をかけた三者、そしてその背後に控える佐官ないし尉位クラスの副官やら補佐官達が一斉に敬礼をした。

 

「総員、敬礼!」

 

 誰の命令か、殆んど自発的にかかった掛け声に合わせて我々もまたシトレ大将達に向けて直立不動の姿勢で上官に向けた敬礼をしていた。

 

「っ……!!」

 

 同時に、私はシトレ大将の傍に控えるその人物達を見つけ緊張と同時にある種の感動を覚える。元よりそこにいるだろう事は予測はしていたし、遠目で見た事はあるから今更ではあるが……それでも尚、私は内心で感動していた。

 

 一人は中尉だった。もつれた毛糸のような鉄灰色の髪をした快活で反骨精神の強そうな彼の名前はダスティ・アッテンボローという。士官学校において有害図書委員会等というクラブを違法に立ち上げる等、素行不良で有名であり、それによる大幅減点があっても尚その卒業時の席次は何と全五〇一八人中六八位、もし減点が無ければ確実に五位以内に食い込んでいたであろうと言われる秀才であり、同時にシトレ大将に直々に引き抜かれた次席副官である。

 

 今一人は眠たげな顔をした美男子にも見えない事もない青年士官だった。襟元にある階級章は彼が同盟宇宙軍少佐である事を示しており、胸元の自由戦士勲章を始めとしたきらびやかな勲章の数々は彼が過去に残した功績を象徴している。無論、その実態から見てその事実を認める事に苦悩する者も多いが……。

 

 シトレ大将の秘蔵っ子にしてマリネスク少将の知恵袋と称され、そして何よりもエル・ファシルの英雄!二年前の『レコンキスタ』では第八艦隊司令部作戦課参謀、昨年の『パレード』においては総司令部にて後方参謀に任じられたその人物の名前はヤン・ウェンリーと言う。本作戦においては遠征軍司令部参謀長補佐の地位にある。恐らくは此度の作戦が終了すればこれまでの功績とシトレ大将、マリネスク少将の後押しもあり昇進する事であろう。

 

「うむ、諸君楽にしてくれたまえ。……本日は良くぞ集まってくれた」

 

 私が何とも言えぬ感動に震えていると、シトレ大将は敬礼していた腕を下ろし、参集された我々を労るように賑やかにそう口にする。周囲が既に敬礼を終えたのに気付き私は若干遅れて手を下ろした。私を待っていたのか、偶然か、私が敬礼を止めたのと殆ど同時に黒人提督は会話を再開する。

 

「さて、ここに集められた諸君の中には疑問を持つ者もいるだろう。何故この顔ぶれなのか、とな」

 

 集まる参謀達に向けてシトレ大将はまず彼等が内心で抱いていたであろう疑問を先に口にした。

 

 そうだ。私も口にはしないもののその疑問を抱いていたのは事実だ。集まる参謀やスタッフ達……彼等は確かに優秀であろう。だが、それ以上に注目に値するのは彼等の立場である。

 

 シトレ大将とロボス中将の立場の違いは言うまでもない。私とコープ、ホーランドが同じ司令部に配属というのも本来ならばかなり問題だ。マリネスク少将はフェザーン移民系、ホーウッド少将は同盟加盟国の中でもアルレスハイム星系政府に次いで特異な星の一つであるパルメレント出身、レ中将は名家とはいかぬまでも長征系の家系である。セレブレッゼ中将は旧銀河連邦植民地の一つであるカルミラの出身で長征系や帝国系と距離がある。

 

 別に別派閥や異郷出身者と仕事で組む事自体は決してあり得ない事ではない。だが……まるでモザイク画の如くここまで各派閥、出身者が入り交じるのは余りに特異過ぎる。防衛戦は兎も角、遠征ともなれば何処か一つは主導する派閥があり、その派閥を中心に司令部や実働部隊が選抜される筈なのだが……。

 

「まず最初に言わせてもらえば、今回の遠征につき、私は特定の集団を贔屓にする積もりはない。これは私個人の信条でもあるが、同時に君達の上司からも承諾を得ている事でもある。まずそれを覚えておきたまえ」

 

 幾人かの優秀ではあるが派閥意識の強すぎる士官に釘を刺すようにシトレ大将は言及する。釘を刺された者達は若干不愉快そうに視線を反らす。彼等もプロなので仕事に手抜きはしないであろうが、それでも変に派閥意識を持ち出して司令部の空気を険悪にする可能性もある。シトレ大将の言はそんな彼等の機先を制するものであった。

 

 シトレ大将達は歩き始める。向かう先は室内中央に設けられたソリビジョン投影機である。シトレ大将が直に投影機の操作パネルの前に来て操作を始める。

 

「……さて、本題に入るが、このような混沌としたメンバーを集めて一体何処を攻めるのか?多くの者達は察しがついていようが、改めてここに宣言するとしよう」

 

 そう言うと共に室内に投影されるのは真空に浮かぶ漆黒の球体であった。その姿に過去の遠征に参加した何人かは息を呑み、別の何人かは苦虫を噛む。

 

「イゼルローン要塞。過去四度に渡り我々はこの要塞の前に敗北を喫し、多くの屍の山を築いて来た。この中には過去の遠征でそれを間近に見てきた者も少なくないだろう」

 

 過去一九年、四回による遠征の総死者数は既に二五〇万人を超えていた。前線での小競り合いも含めれば要塞によって失われた同盟軍の兵力は倍近くなるかも知れない。その存在は長年に渡り同盟軍首脳部の悩みの種となっていた。

 

 シトレ大将の発言の前に重苦しい空気が広がる室内。しかし、その空気を打破したのもまた、シトレ大将であった。

 

「だが、それも過去形で終わらせる時が来た!」

 

 踵を返し此方を振り向くシトレ大将。力強く、高らかに声を上げる司令官に室内の全員が思わず視線を向ける。向けざるを得ないだけの存在感がこの黒人提督にはあった。彼は傍らに控えるロボス中将に手を向ける。

 

「前回の敗北以来、私は六年以上に渡り旧友たる彼、名将の誉れ高いロボス中将と研究を重ねて来た。そして、遂に我々はその方法を見付け出した!」

 

 次の瞬間、背後に映る要塞表面が次々と轟音と共に爆発する。巨大な要塞が打ち震え、紅蓮の炎に包まれる。

 

「我々は四個艦隊、六万隻の大軍を持ってイゼルローン要塞遠征に向かう!!情報収集目的の前回の遠征等とは違う!我々は総力を上げてあの要塞を陥落させるのだ!!」

 

 シトレ大将の発言に私を含めた全員が目を見開いた。六万隻!過去最大規模の要塞攻略作戦ですら五万隻に満たなかったというのに!それだけで軍首脳部が今回の遠征に注ぐ本気具合が分かろうものだ。

 

「もう理解してくれたと思う。これは同盟軍の派閥や柵を越えた一大作戦だ!そのために私は手ずからに司令部要員も、更には実働部隊も全て最高の人材で固める事にした。それが諸君らである!今こそ、我々は一丸となりあの漆黒の女王を口説き落とすのだ!!諸君っ!今こそ我々にその力を貸して欲しいっ!!」

 

 そこまで叫び、シトレ大将は改めて直立不動の姿勢を取り、腰を九〇度曲げて頭を下げる。現役の宇宙軍大将が、宇宙艦隊副司令長官がこのような態度を取る事に皆が衝撃を受けた。いや、礼をしているのは彼だけでない、両脇を固めるロボス中将とレ中将も同様だった。

 

「………!!」

 

 誰が始めた訳でもなかった。ただそれが当然の事と言うように私達もまた司令官達の誠意に応えるように頭を深々と下げていた。皆が厳粛な気持ちと胸の内に興奮を抱いていた。私もまた同様だった。

 

(あるいはそれが目的か……?)

 

 形式通りの言葉だけでは各派閥の敵愾心を完全に霧散させるのは困難だったのだろう。故にシトレ大将はこのようなある種劇場型のパフォーマンスをして見せたのかもしれない。皆の内にある軍人としてのプロ意識と功名心、愛国心に訴えかけ、同時に興奮を共有させて一時的にであれ皆の連帯感を高める……恐らくこの想像は間違っていないだろう。

 

(無論、全員が全員では無かろうがな)

 

 ちらりと頭を上げればシトレ大将達の後ろで渋々と言った態度で頭を下げている二人組の姿が見えた。中尉の方がにやけ顔で小さく何かを囁き、少佐の方がその発言に肩を竦める。どうやら、こんな状況でも良くも悪くも彼らは彼らであるらしい。

 

(緊張感がないというべきか、それとも芯が強いというべきか……まぁ、だからこそ心強いとも言えるのだろうがねぇ)

 

 どちらにしろ、賽は投げられたのだ。ならば、後はやれる事をやるだけである。

 

 私は皆と共に頭を上げながら、そう覚悟を決めたのだった……。

 

 

 

 

「……とまぁ、格好をつけて見たものの、やる事は地味だよなぁ」

 

 あの後、シトレ大将及び遠征軍司令部各部の部長らの指示に従い我々は各々の課ないし班に別れて作業を開始した。私の役割は遠征軍司令部航海部に二人配属される副部長の一人である。因みにもう一人はと言えば……。

 

「そろそろ交代だな。お前も休むといい」

 

 数時間に渡り配属されたスタッフ達と遠征軍航海計画を作成中の私に休憩を終えたウィレム・ホーランド准将が呼び掛けたのはその日の昼過ぎの事であった。

 

 周囲のスタッフ達は明らかにほっとした顔を浮かべる。私の酷い経歴はどうやら皆知っているらしく作業中も何が起こるのか気が気でなかったのかも知れない。あるいはこの数時間の間に既に私と彼の能力差を把握しているからかも知れないが……。

 

「おうよ。じゃあお前さんが必死に私の溜め込んだ仕事をしてくれている間、暫く休ませてもらうぞ?」

「あぁ、そうしろ。休む事も立派な仕事だ。詰め込み過ぎると作業効率が落ちるからな」

 

 私の嫌味を少し含んだ冗談に、しかしホーランドは特に気にも留めずにそう答えた。

 

「えぇぇ………」

「何だ、その声は。お前は私に何を期待していた?」

 

 明らかに不愉快そうな顔をする私に引き気味に尋ねるホーランド。いや、だってよう?

 

「もう少し愉快な反応してくれても良いと思うんだがなぁ」

「何が愉快な反応だ。基準が分からん」

「いや、なぁ?」

 

 私の苦々しげな態度に肩をすくめるホーランド。

 

「やれやれ、貴様は変わらんな。いつまで経っても子供みたいにふざけおって」

「小さい頃の純粋な心を忘れていないだけだよ」

「ピーターパンでもあるまいし。お前も曲がりなりにも将官だぞ?もっとしっかりしろ」

 

 困ったように、呆れたように、そして小さく笑うホーランド。その事に私は内心衝撃を受けた。

 

「……お前、随分と柔らかくなってるな?」

「ん?」

「いんや、一人言だよ。んじゃ私は行くわ」

 

 雑談ばかりしていても周囲に迷惑となるので私は手を振ってさっさとその場を去る事にする。

 

 広い遠征軍司令部室、そしてそこで作業をする人々の間を私は抜けて一角に設けられた休憩スペースへと向かう。そして……。

 

「げ、またいた」

「あんたねぇ、一々人を見てゴキブリに出会したみたいな態度取らないでくれるかしら?」

 

 休憩スペースに置かれた自動販売機からアイスティーを取ったコープ大佐(妹)が不愉快そうに宣う。お前さんも人を見て毛虫見たみたいな顔するからお互い様だろうが。

 

「あんたは見られて当然よ。お付きの女二人に手を出したばかりかフェザーンで少女誘拐?加えていたいけな年下の婚約者を虐めるのが趣味とか女の敵よ」

「最初以外冤罪だ」

「最初の時点で極刑よ」

 

 言い訳に対して速攻で説得力しかない反論を言い捨てられる。おう、せやな。

 

「噂の出所は予想がつくから後で情報処理課の所へ締めに行くとして……まぁ、久し振りの再会だからもう少し建設的なお話でもしようぜ?」

「私は会話すらしたくないのだけれど?」

「おい、私の心に痛覚が無いとでも思ってる?私の心って硝子製なんだけど?」

「粉々に砕けろ」

「もう粉々だよ」

 

 涙目になりながら私は自動販売機にホットミルクティーを注文、カップを取るとソファーに座り携帯端末を操作しながら中身を飲み始める。そして、彼女がアイスティーに口をつけた瞬間を見計らい私は反撃の言葉を口にする。

 

「そんで?昨日の晩餐会は楽しかったかいっ?」

「ぶほっ……!!?げほっ、げほっ!?あんたねぇ………!!」

 

 淑女にあるまじき勢いで盛大に噎せ返りながら私を憎々しそうに睨み付けるコープ。よっしゃ、これですっきりした!

 

「情報の出所は大体予想はつくわ。後で締めに行ってやる……!!」

 

 可哀想に。スコットはどうやら格闘戦訓練を連戦する羽目になりそうだった。あいつ、陸戦技能雑魚だったからなぁ。こりゃああいつ死んだな。

 

「余り照れ隠ししなくても良いんだぜ?私もあいつとは結構付き合いが古いんだ。お前さんの事は嫌いだがあいつが満足してるなら別にちょっかいなんざかけねぇよ」

「腐敗した門閥貴族の言葉なんて信用出来ないわよ。屑が」

 

 ジト目で此方を睨みながらハンカチで口元を拭いていくコープ。そして、思い出したようにコップを口元につけて呟く。

 

「……あいつもあいつで鈍過ぎるのよ。全く、頭でっかちで呆れるわ」

 

 ぶつぶつと恨みがましく不満を呟いていくコープ。まるで呪詛である。怖っ!

 

「あいつ頭悪くない癖に、そういう所ははっきり言わないと気づけないからなぁ。しかも普段は自分の感情をはっきり口にしないと来ている」

 

 幼少期の環境のせいだろうか?ホーランドは他者が自身に向ける敵意や悪意には敏感だが好意や友好は理解出来ない……というよりかは懐疑的な側面があった。そして同時に弱味や本音を見せるのを嫌がる面があるように思われた。私が理解する限りでは彼が強気に出ている時のそれは寧ろ虚勢であり、拒絶であり、緊張している時であるように思われた。

 

(あの時はどうだったんだろうな……?)

 

 私が知る限り、原作での彼は明らかに高慢であり、傲慢であり、尊大だった。当然ながら軍人である以上、上官……同階級であれば先任者が上位に来るのが基本であり、それに逆らうなぞ本来ならば有り得ない事だ。ましてや私が知る限り彼は理性的であるし、数倍の敵に一人で立ち向かうなぞ用兵の邪道だという事も承知している筈だった。ならば何故………。

 

「……?何よ、急に黙りこんじゃって」

「あ?いや、晩飯何にしようかなって思ってな」

「何それ?呆れたものねぇ。本当に何であんたみたいなのが准将なんかになっているのよ」

 

 思い出したように苦々しげに言い捨てる同期生。

 

「酷いなぁ。私だって結構修羅場を潜って来ているんだ……ぞ……!?」

 

 肩を竦めてそう弁明しながら、時間潰しのために携帯端末のタッチパネルをスクロールさせていた私は偶然その記事が視界に留まったと同時にコープに向けて紡ぐ言葉を止めていた。

 

 ……帝国軍の発行する公式官報のそれをフェザーンのミリタリー系出版社が転載・翻訳し独自の分析と言及を加えていたその記事は、それ自体は同盟と帝国の前線における小競り合いとしては余りに良くある内容であるために極々小さく目立たないものであった。

 

 だが同時に私は殆んど直感的にそれの重要性を理解していた。そして同時に焦燥感と絶望が襲いかかる。 

 

「……ティルピッツ?」 

 

 急速に顔を青くしていた私に気付いて怪訝そうにコープは私の名を呼んだ。しかし、私はそれに反応する余裕がなかった。震える手で私は記事をタッチしてその内容に目を走らせる。

 

 記事の内容は長年同盟と帝国が争奪戦を繰り返す砂漠の惑星アクタヴにおける戦闘を報告していた。帝国軍の報道部曰く、アクタヴにおいて帝国宇宙軍陸戦隊の旅団駐屯地が同盟地上軍の奇襲攻撃を撃破、返す刀でオアシス地帯に建設されていた同盟軍基地を陥落させた、というものだ。

 

 フェザーンの出版社や専門家によると、現地や関係者から漏れ出る情報から見て帝国軍が大規模な電子戦で同盟軍に勝利した可能性があると推測しており、それが事実とすれば長年言われ続けて来た同盟軍のソフトウェア面における優勢が崩れる切っ掛けになり得るとして帝国軍の電子戦技術に何らかのブレイクスルーがあったのではと注目しているそうだ。

 

 一方、これに関して取材を受けた同盟軍の広報部関係者はその説を強く否定し、本戦闘における敗因について最新機材の初期不良が原因として一局地戦における敗北に過ぎず、既に不良原因についてのシステムアップグレードは完了していると発言したと記されていた。

 

 実際同盟軍公式サイトの官報にアクセスすればほぼ似たような内容の報告を見つける事が出来た。同盟マスコミがこの記事に殆んど関心を示さないのは決して報道管制が敷かれている訳ではなく、実際に戦闘の規模としては細やかで、大した事ではないからだ。

 

 それは確かにこの時点では同盟政府にとっても、同盟軍にとっても然程大きな事件ではないだろう。だが、私にはそれがこの国が破局に向かう小さな、しかし最初の一歩である事に気付いていた。

 

 私は恐怖に打ち震えながら、息を呑む。大理石の床に携帯端末が落ちる音が響いた。それは同時に私の足元が罅割れ、崩れ落ちる音のようにも思われた………。

 

 

 

 

 

 

 

 爆発は一個分隊の憲兵達の命を一瞬で刈り取った。砂丘に隠れていた赤毛の忠臣は手に持っていたロケットランチャーで彼らの乗車していた戦闘装甲車を鉄の棺に作り変えた。

 

「なっ……!?馬鹿なっ……!?ぐっ……!!?」

 

 そして、その事実に驚愕した時には手遅れだった。彼らが拘束し、今正に殺害しようと電磁手錠で拘束し、頭部にブラスターライフルを向けていた金髪の少年はその隙を見逃さず咄嗟に身を翻した。一人の憲兵の頭部に足技を叩きつける。射殺しようとしたもう一人の憲兵が撃ったのは結果的には少年に盾にされた同僚だった。

 

「なっ……!?がっ……!?」

 

 味方を撃った事に動揺したのが命取りだった。ロケットランチャーを捨て去り、ハンドブラスターを抜いていた伏兵はもう一人の憲兵の額を正確に撃ち抜いた。

 

「この糞餓鬼……ぐっ!?」

 

 憲兵少佐は腰のハンドブラスターを引き抜こうとしたが遅かった。盾にされた憲兵の死体ごと突入してくる殺害対象。そのまま押し倒され、身体を拘束される。

 

「ラインハルト様っ……!!」

「キルヒアイスっ!早く銃と鍵をっ!!」

 

 駆け寄って来る赤毛の少年は主君の声に従い直ぐにハンドブラスターを抜いた憲兵少佐の手を思いっきり踏み潰した。バキッ!と骨の潰れる音と憲兵少佐の悲鳴が響く。

 

 しかしそんな事を気にせず、赤毛の家臣は憲兵少佐の懐に手を突っ込んだ。手繰り寄せるのは電磁キーである。

 

「ありました……!今解除致しますっ!!」

 

 電磁キーで主君の手錠を解除する准尉。金髪の少年は親友に優しげに微笑み、しかし直ぐに険しい顔立ちを浮かべて憲兵少佐のハンドブラスターを拾い上げる。

 

「最早これまでだっ!降伏しろっ!」

 

 夜明け前の砂漠、その一角で金髪の少尉と赤毛の准尉は彼らの命を狙った憲兵少佐にハンドブラスターの銃口を向けた。最早勝負は決まっていた。

 

「…………」

 

 激痛に苦悶の表情を浮かべる憲兵少佐は周囲を見渡し、そして最早どうしようもない事を理解する。そして、彼は自身が生かされている理由を直ぐに察した。

 

 ……もし仮に降伏したとしても自身の寿命が少し伸びるだけであろう、それどころか家族や主君にまで類が及ぶ事も良く知っていた。

 

 故に、彼は苦渋の表情を浮かべ『最終手段』を実行した。

 

「っ……!!不味い!毒かっ!!」

 

 二人が漸く追い詰めた憲兵少佐は、しかし奥歯に仕込んだ神経毒を使い自殺を図った。息が出来ないかのように苦しみだし、泡を吹き、白目を剥く男。二人の少年が飛び掛かり毒を吐かせようとしたのは結果として無駄な行いだった。その時には全てが終わっていた。

 

「糞っ……!!」

 

 蘇生を諦め、少年達は憲兵少佐をその場に放置する。砂漠の砂に沈む下手人達。恐らくは時間をかけて彼らの死体は灼熱の光に照らされ干からび、残る肉は砂漠に住まう獣達に消費される事になるだろう。

 

 特に二度に渡り自分達を暗殺しようと企み、あまつさえ姉の事を卑しい売春婦の如く貶める言葉を吐いたこの男にはお似合いの最期だと人間離れした美貌を誇る金髪の少年は心から思った。すぐ傍に控える赤毛の親友も同意見であろうとも彼は確信していた。無論、可能であったなら彼の口から此度の全ての事情を法廷で吐かせたかったのたが……。

 

 荒涼とした砂漠の地平線から太陽の光がゆっくりと浮かび上がり、漆黒の空を青紫色に染めていく。銀河帝国軍宇宙軍少尉の砂漠陸戦用の軍装に身を包む少年の髪が太陽の光に照らされ幻想的に輝く。夜明けの砂漠に佇む少年とその従者……それは最早神聖な宗教画の一場面にすら思われた。少なくともそれを目にした大佐にはそう思えた。

 

「……砲声が止みましたね。恐らくは反乱軍の基地が陥落したものと思われます」

「意外と早かったな、キルヒアイス。ふん、お陰で俺達が手柄を立てる機会が無くなってしまった。こんな奴らの相手をしていたせいでな」

 

 糸の切れたマリオネットのように砂漠に倒れる死体を一瞥する美少年。その瞳には怒気が宿り、相手に対する底知れない憎悪と軽蔑の意思が垣間見られた。

 

「ラインハルト様……」

「……分かっているよ、キルヒアイス。こんな奴の事なぞいつまでも構っている暇なんかない。俺達には一分一秒だって惜しいんだからな」

 

 髪を一撫でし、小さく鼻を鳴らしてから金髪の少年は踵を返す。そして向かうのは事の一部始終を目にして、関わっていた『彼』の下だ。

 

 憲兵少佐達と共に来た第二一八独立機械化歩兵旅団の司令官マーテル大佐は疲れきった目で自身の元へと歩いて来る二人の若者を見やる。

 

 恐らく自分は彼らに殺されるのだろう、その事を理解していても最早彼にはそれに抗うだけの気力は残っていなかった。

 

 全てが狂ったのはどこなのだろうか?彼らを確実に始末するために自らこの場に赴いた事からか、それとも最初の任務で彼らが戻って来た事か?いや宮廷から派遣されたというあの憲兵の口車に乗せられた時かも知れないし、もっと以前……カプチェランカで生き残ってしまった事が理由かも知れない。

 

 六年前……カプチェランカでのあの戦いは本当なら直ぐに終わる戦いの筈だったのだ。最大限に見積もっても精々一個小隊かそこらの反乱軍、対して此方は完全武装の一個連隊、負ける筈がなかった。しかし……。

 

 廃墟で戦う反乱軍は彼らの予想を上回る程に頑強に抵抗した。あまつさえ、空から攻撃機による爆撃にへリボーンしてくる地上部隊……連隊長は捕囚となり、連隊は半数以上の損失を出しながら惨めに逃げる事となった。

 

 相手の中に亡命した名家の者がいたとは言え、僅か数名の反乱軍相手に、しかも指揮官まで捕らえられたとなれば帝国軍はその名誉を大いに傷つけられる事となった。

 

 しかも捕囚となった連隊長の実家は最早寵愛が別の者に移ったとは言え神聖不可侵なる銀河皇帝のお気に入りの寵妃の家の家臣をそのルーツに持つ。下手に責任を追及すれば藪蛇にもなろう。

 

 ともなれば責任を追及されたのは捕囚となった連隊長の下にいた者達だ。

 

 帝国地上軍第一五四七歩兵連隊の生き残り達は殆ど見せしめに近い形で最前線をたらい回しにされた。六年に渡り懲罰部隊として最前線に立たされ続けた彼らは他の似たような境遇の兵士達と共に地獄の日々を送り続けた。祖国に、故郷に戻る事も、家族と手紙のやり取りをする事すらも許されず、危険な任務を押し付けられ続けた連隊の生き残りは最早十人に一人しかいない。

 

 運良く地獄の戦場を生き残り続け、的確な指示で功績を上げ、同じように地獄に立たされる兵士達の信頼を勝ち取り、遂に大佐にまで昇進したマーテルは、だが既に限界であった。

 

 日々故郷や家族の事を思い死に絶える兵士達、補給はいつも後回し、危険は常に最優先……旅団長として四〇〇〇人以上の部下を率いる彼も人間だ。家族の下に、故郷に戻りたい。兵士達が一人、また一人と死ぬ度に彼の精神は恐怖と責任感に追い詰められ、苦しめられる。

 

 そこにやって来たのが目の前の金髪と赤毛の幼年学校を卒業したばかりの少年達であり、彼の下に宮廷からの使者として来た憲兵隊だ。

 

『いと貴きお方』から派遣されたという憲兵隊はマーテルに取引を持ち掛けた。着任したばかりの二人の少年を戦死に追い込む事と引き換えに彼と彼の部下達を祖国に返す……その約束が本当に履行されるかも分からない。全てが終わった後、口封じされるかも知れない。それでもこの話を持ち掛けられた時点で、その事実を知ってしまった時点で、彼には最早選択肢はなかった。

 

 だから砂漠のど真ん中で枯れ死ぬように少年達を偵察任務に放り出したし、彼らが生き残ったばかりか攻め込んで来た反乱軍の動きを封じた後には彼らの提案に乗って反乱軍の基地に攻めこみそのどさくさに彼らを殺害しようとした。結果はこの通りである。余りにも呆気なく、鮮やかに彼と憲兵少佐の企みは砕かれた。そして、断罪の時は既に目の前まで来ていた。

 

「……マーテル大佐、この一件に対して貴官の言い分を聞こうか?」

 

 ハンドブラスターを向ける少年達を見つめながら諦念の表情を浮かべるマーテル大佐は小さく答える。

 

「……部下達はこの事について何も知らない。全ては憲兵隊と私だけで計画した事だ。彼らに対して大逆罪を提訴するのだけはどうか止めて欲しい」

 

 折角地獄のような戦いの日々を続けて久方ぶりの勝利なのだ。そこに部隊丸ごと大逆罪を押し付けられたらどうなるか……彼らが軍籍を剥奪され処刑されるだけではない。連座制の下に最低でも彼らの三等親までが処断されるだろう。それだけは避なければならない。それ故に大佐は憲兵少佐からの命令に部下を一人も巻き込まなかったのだ。

 

「ほぅ、命乞いはしないというのか?皇帝の寵妃の弟を暗殺しようとしたのだ。法廷ではまず極刑は免れまい。いや、簡単に死ぬ事も出来まい。凄まじい拷問を受けた上で人間としての尊厳を奪われるだろう。それでも良いと?」

 

 嘲るように宣う金髪の美少年。三十近く年の離れた子供のその言葉に、しかしマーテル大佐は怒りを覚える事はなかった。彼には既にそのような感情を抱ける程の気力は無かったし、何よりも彼は自身の部隊長としての義務を忘れてはいなかった。

 

「…………」

 

 沈黙するマーテル大佐を暫く見つめ続けてから、小さく溜め息をつく金髪の少年。彼は傍らに控える赤毛の親友に視線を向けて呼び掛ける。

 

「だそうだ。キルヒアイス。どう思う?」

「ラインハルト様のお考えの通りにするのが正解かと。残念ながらあの憲兵少佐は自殺してしまいました。物的な証拠も残されていないとなると追及は難しいでしょう」

 

 折角金髪の少年が自ら囮となって会話内容を録音させていたというのに憲兵少佐は用心深く、自分達の命を狙ったのが誰なのかもはっきり口にせず、その証拠も残さなかった。無論、マーテル大佐にも具体的な黒幕が知らされていないのは既に把握済みだ。

 

「ここで追及したとしても、全ての罪は大佐やその部下に押し付けられるでしょう。それでは却って黒幕に警戒感を与えるだけです」

 

 今回はたかが子供二人と思っていたであろうが……今度はより狡猾な手段を取られる事になろう。下手すれば直接姉が害される可能性もある。それは避けたい。

 

「……そうだな。それに無関係な者達を貴族共の生け贄にしたくはない。彼らも犠牲者だ」

 

 金髪の少尉は沈痛な表情を浮かべて呟く。

 

 この旅団に着任して以来、帝国軍の腐敗と理不尽は嫌になるほど目にした。不利になって後退した者、貴族の不興を買った者、上官の不正を告発した者……そんな彼らが最前線で死ぬ事を期待されて集められ、そして酷い状態で戦う事を強いられる。彼らは明らかに帝国の理不尽で不公平な社会の犠牲者だった。

 

 そして納得したような表情でマーテル大佐の方を振り向く美神の化身。その表情は到底幼年学校を卒業して数ヶ月の新米士官なぞではなかった。一瞬、マーテル大佐は目の前の少年が純白の元帥服を纏い数百万の将兵を率いる姿を幻視した。

 

「マーテル大佐、貴官には二つの道がある。一つは此度の事を全て忘れる事だ。憲兵達は戦闘中に行方不明になった。私達は軍功を挙げ昇進と共に転任、それで貴官は最早この件に関して無関係となるだろう」

 

 若い少尉の口にしている事は大佐も理解していた。最前線での事、憲兵達が行方不明になろうが珍しくはない。しかも宮廷に蔓延る隠謀家達が注視しているのはあくまでも目の前の少年達であり、その姉である。たかが一大佐の事なぞいつまでも気になぞしないだろう。

 

 それで良い。それで面倒な宮廷の都合から解放される。だが、それからは……?

 

「だが、それから続くのは昨日までの日々と同じ地獄だ。死なせるためだけに最前線で戦わされる終わりのない日々だ。貴官はそれで良いのか?」

「っ……!!」

 

 金髪の少年達は目の前の上官について部隊に着任してから既に調べ尽くしていた。部下思いであり、優秀な地上軍の指揮官だ。そうでなければ今日まで彼は生きていまい。だが、だからこそ彼が帝国と帝国軍により理不尽な処遇に追いやられている事も事実であった。

 

「マーテル大佐、もし貴官にまだその意志があるのなら私達……いや、俺達と共に来て欲しい。今はまだ俺達は一隻の軍艦も指揮出来ない子供だ。だが十年後、いや五年後には俺達は必ずや誰にも文句を言わせない立場に上り詰める。そして貴官達のような理不尽な処遇を受ける者達が生まれないようにする積もりだ」

 

 故に、共にその理想のために手を貸せ、と宣う新米少尉。

 

「私は……」

 

 たかが成人もしていない下級貴族の孺子の戯れ言……そうマーテル大佐はそれを嘲る事は出来なかった。それだけ若者の言葉に説得力が有りすぎた事もあるが、彼自身その提案に魅力を感じてしまったからだ。

 

 そして、金髪の少年士官が追い討ちをかけるようにマーテル大佐に手を差し出した。

 

「大佐、まだ貴官に指揮官としての責任感があるのなら、名誉を取り戻す機会を掴みたいのなら、そしてこの国の理不尽に怒り、変えようという意志があるのなら……今すぐにこの手を取れ!!」

 

 少年の言葉と殆ど同時の事であった。地平線から浮かび上がる恒星の光が少年士官を輝かしく、黄金のように照らし出したのは。

 

 マーテル大佐はそこに間違いなく英雄の姿を見た。そして目の前の少尉がただの誇大妄想や大言壮語を吐く愚か者ではなく、まさしく口にした事を成し遂げるであろう希代の傑物である事を、この時殆ど本能的に察した。同時に胸の内に眠っていた抑圧されていた屈辱と怒りを思い出す。社会の理不尽に苦しめられてきた不満を思い出す。

 

 故に彼は、次の瞬間二回り以上年下で、五も階級が下の少年に対して一切の躊躇も、葛藤もなくひざまづく事が出来た。そして平民出身である筈の彼は、まるで本物の騎士のように恭しく礼をし、自らの主君と定めた少年の手を取った。

 

 同時に少年は……銀河帝国軍宇宙軍少尉ラインハルト・フォン・ミューゼルは小さく笑みを浮かべその忠誠を受け入れた。

 

 それは希代の英雄が、その傘下に後に地上戦の名手と称される将軍を手に入れた瞬間であった。

 

 宇宙暦791年、帝国暦482年八月二八日銀河標準時刻0850分、後世に『常勝の天才』と称される英雄はここに、銀河の歴史に最初の一歩を書き記した。

 

 伝説が、遂にその幕を開けたのである。

 




補足説明
本作世界線では原作に比べてエル・ファシル戦が早期に終わり、アルレスハイムが本土戦・焦土戦をしていないので同盟政府の財政及び与党の支持率は(比較的)安定しております

次いでに金髪がカプチェランカに行ってないのはB夫人(夫人のガワは藤崎版+道原版共に滅びちゃう系執事装備)の実家の部下であるヘルダーが主人公のせいで捕虜になったのも一因です。

 ……尚、態態憲兵送らなくとも最初の予定通りカプチェランカに赴任させれば普通に基地陥落(単独偵察任務がないので)から捕虜ないし戦死させる事が出来た模様。金髪の小僧の死亡フラグをへし折っちゃうどころか原作にはいない強化版マーテル=サン加入フラグまで提供しちゃうシュザンナちゃんは本当にうっかり屋さんだな!

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