帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第百六十七話 日本人は会議下手って良く言われるよね!

 宇宙暦791年九月一八日1400時まで後一分程、スパルタ市統合作戦本部ビル下二六階、『三五三号作戦臨時司令部』の分室の一室で、三五三号作戦第三回作成会議が行われようとしていた。

 

 書類や飲料水入りのペットボトルが置かれた巨大な長テーブルの上座にて構えるのは本作戦の総司令官に任じられた宇宙艦隊副司令長官シドニー・シトレ大将、その左右の席を副司令官ラザール・ロボス中将、総参謀長レ・デュック・ミン中将が固め、その背後には総司令官首席副官及び次席副官、副司令官首席副官、総参謀長補佐官、総司令部最先任下士官、総司令部首席監察官が控える。

 

 シトレ大将らから僅かばかり離れて長テーブルの両翼に並ぶのが総司令部の各分野の参謀部長と副参謀達である。筆頭は副参謀長も兼務する作戦部長マリネスク少将だ。それに続いて情報・通信・後方・計画・人事・衛生・輸送・航海・砲術・航空・法務・会計・陸戦・憲兵の各部長は少将ないし准将、副参謀長は一名ないし二名であり准将ないし大佐が充てられている。私は航海部長ネイサン・クブルスリー少将の影に隠れるようにこの会議に出席していた。

 

 士官学校の同期ではホーランドが私のすぐ隣に控えており、コナリー准将とコープ(妹)が作戦副部長として、後方副部長のファン・スアン・ズン大佐がおり、それ以外にもこの場にいないだけで参謀やスタッフとして一ダース半程が総司令部に在籍している。輸送副部長の一人であるオーレリア・ドリンカー・コープ大佐は会議が始まろうとしているのにまるで街中で出くわしたかのように対面の席に座る妹にニコニコと手を振っており、コープは若干恥ずかし気に顔を赤らめながらかれこれ十分以上ガン無視していた。

 

 そんな事をしていると部屋の壁に掛けられていたデジタル時計が1359と照らされている数字を1400へと変えた。同時に室内に1400時、即ち午後二時丁度を知らす鐘の音が鳴り響く。内心、学校のチャイムのようだ等と場違いな事を思っていると、漸く主催者たるシトレ大将が会議の始まりを宣言した。

 

「諸君、ここ数日の職務御苦労。さて、私は時間を浪費するのは嫌いであるし、君達もそれは同様であろう?故に前置きは無しとして単刀直入に言おう。諸君からの報告や提案、そして我々の作成していた原案を併せて暫定的に決定した本作戦の目標及び作戦について一度諸君らに説明しようと思う。また、その中で疑問点や新たな提案があれば遠慮なく指摘してもらう事になる。ではまず総参謀長補佐官ヤン少佐、概論を頼む」

「はっ!」

 

 シトレ大将の命令により背後の席にいた若い東洋系士官が立ち上がる。

 

「あれか、エル・ファシルの英雄……」

「シトレ大将の秘蔵っ子か……」

「あのワイドボーンを破った生徒だろう」

「所詮まぐれではないか、実際アレ以降はワイドボーンに勝てなかったと聞いているぞ」

「だがエル・ファシルの撤退では大騒ぎだったではないか。それに二年前の『レコンキスタ』でもかなり活躍したと言う話も聞いているぞ……?」

 

 会議に出席している参謀達の幾人かが……特にシトレ大将と縁の薄い派閥出身者が……若干ざわつきながらエル・ファシルの英雄の姿を見て囁き合う。

 

 十年に一人の秀才と称され、現在第二艦隊司令部作戦参謀に名を連ねるマルコム・ワイドボーン少佐は長征派の名家の出身者であり、二十年後の宇宙艦隊総参謀長の有力候補である。一度だけとは言えそのワイドボーンを破った、というだけでも士官学校を優秀な成績で卒業した(私以外の)参列者達には注目に値する。ましてやエル・ファシルでの奇跡とそれによる自由戦士勲章の授章、『レコンキスタ』におけるマリネスク少将からの重宝、『パレード』では態態シトレ大将が名指し指名で総司令部の参謀に引き抜き、此度の作戦では総参謀長補佐官の任に任じられている。そうなればシトレ大将の御気に入りとして注目されるのも当然だ。

 

 因みにワイドボーン少佐はコープの従弟でもあるために、作戦副部長コープ大佐は特に従弟に恥をかかせた魔術師殿に非好意的な視線を向ける。尚、姉の方はいつも通りぽよぽよとした緊張感のない笑みを浮かべたままであった。

 

 参列者達の噂話や不躾な視線に総参謀長補佐官は、しかし一瞬頭を掻きそうになってそれを止め、面倒臭そうに小さな溜め息を吐くと手元の資料を手に口を開く。

 

「えー、まず最初に認識して頂きたい事は、本攻略戦は情報収集を目的とした六年前の第四回攻略戦とは全く性質を異としたものとなる事です」

 

 覇気のない、若干眠たげな表情でヤン少佐は説明を開始した。そんな表情でも彼の言葉は理路整然とした、聞く者にとってその意味を理解しやすい説明の仕方であった。それは彼の外面とは裏腹に、その知性は世間一般の平均以上である事を示していた。

 

「六万隻という戦力からも御理解頂けるでしょうが、本攻略戦は文字通りイゼルローン要塞の攻略、ないし要塞の無力化を念頭に置いたものです」

 

 ヤン少佐が席に設けられたコンソールを若干迷いながら操作すれば長テーブルの中央から立体戦略ソリビジョンが浮かび上がる。ソリビジョンはイゼルローン回廊及びその周辺星系を映し出していた。

 

「当然ながら本作戦が本腰を入れた要塞攻略のための一大作戦である以上、前回のように情報を公開する事も、ましてや情報を察知されて要塞の防衛戦力が増強される事も避けねばなりません。理想は第三回攻略作戦同様に完全な奇襲攻撃を仕掛ける事です。最低でも要塞から第一艦隊速力で一〇〇時間以内の距離までは気取られないようにする必要があります。この点に関しましては軍情報機関、及び総司令部の情報部及び通信部の防諜・陽動・偽装活動の努力に期待する事となります」

 

 その言葉に同盟軍情報部から出向しているマクファーソン准将、遠征軍司令部情報部長ホーウッド少将、同通信部長ガエナ准将が頷く。彼らが同盟軍の大規模軍事活動の存在を防諜、あるいはその時期と規模、目的の偽装が出来るかどうか、それがまず最初のターニングポイントだ。

 

「無論、艦隊の動きそのものはこの規模の遠征軍である以上、情報操作や電子戦のみでは隠蔽するのには限界があるのが現実です。そのため、艦隊の動きそのものを物理的に捕捉されないようにする必要があります」

 

 そのためには、第一に物理的に帝国軍の索敵網を破壊するという選択肢がある。実際、同盟軍の国境部隊は本作戦に先立ち帝国軍の通信基地・偵察衛星・哨戒部隊に対する破壊活動を行いその索敵能力を低下を図る事が決定している。

 

「また航海部の方では帝国軍の索敵網及び哨戒部隊の航路を逆算、帝国軍の最も警戒の薄い宙域を繋ぎつつ艦隊を航行させる進撃航路及び計画を作成して頂いております」

 

 破壊活動も、航路作成も、十年前に当時のヴォード大将を司令官とする第三回攻略作戦で実際に行われた策である。帝国軍の目と耳を完全に奪い、その上で慎重に慎重を期した回廊の危険宙域ギリギリを迂回した艦隊の隠密移動は帝国軍の不意を突いた。

 

 要塞司令部も、要塞駐留艦隊も、同盟艦隊が接近している事に気付けたのは戦端が開かれる僅か一〇四時間前の事であった。当然本国からの増援部隊なぞなく、要塞駐留艦隊も即応部隊以外は直ぐに発進する事も出来なかった。

 

 同盟軍は帝国軍の本国に向けた救援通信を妨害しつつ要塞に殺到した。碌な迎撃準備も出来なかった帝国軍は艦隊を小部隊単位で逐次投入する事を強いられ、要塞の浮遊砲台も、空戦隊もその能力を十全に発揮する前に殲滅される。散開した艦隊には要塞主砲『雷神の槌』は殆ど効果を発揮出来ず懐に入られ、陸戦隊が降下した。

 

 要塞表面の流体金属層が事前情報に比べ大幅に強化された事でその破壊に手間取った事、定時連絡の不通に疑念を持ったミュッケンベルガー中将が落伍艦が出るのを承知で艦隊を急行させなければこの時点で同盟軍は要塞を陥落させていたかも知れない。

 

「奇襲自体は定石として、問題は要塞自体をどう攻略するのかだな」

「艦砲では弾かれるからな。レーザー水爆ミサイルにしても相当量を短期間に叩きつけねばなるまい。しかもミサイルの射程は短い。下手すればミサイル艦部隊が要塞主砲で吹き飛ばされかねん」

 

 特に一発当たりの火力の高く射程距離の長い長距離ミサイルはしかし艦載量が少なく、命中まで時間がかかるため迎撃されやすい。だからと言って短距離ミサイルを大量に叩き込もうにもミサイルの射程は要塞主砲のそれよりも短い。不用意に接近しても消し飛ばされるのがオチだ。

 

「現在、同盟軍が認識しているイゼルローン要塞の攻略における課題は計三点あります。一つ、要塞駐留艦隊及び増援艦隊の無力化。二つ、要塞主砲『雷神の槌』の無力化。三つ、流体金属層及び要塞本体を覆う四重装甲の破壊です」

 

 参謀達が頭を抱える課題にヤン少佐が触れる。

 

 帝国の精鋭艦隊を無力化するには単純に考えれば大戦力で押し潰すのが一番だ。だが要塞主砲がそれを許さない。かといって少数精鋭でいこうにも要塞の防御力は生半可な火力では破る事が出来ないと来ている。イゼルローン要塞攻略はこれらの矛盾に満ちた課題を全て解決しなければならなかった。

 

「本作戦において過去最大の六万隻の艦艇を準備したのは、これら三点の課題を『同時平行』で解決するためです」

 

 ヤン少佐の言い方に作戦参謀達以外のメンバーが怪訝な表情を浮かべる。

 

「並行追撃か……!!」

 

 参謀の一人がその答えに辿り着く。同時に司令部の参謀達は困惑と動揺に囁き合い始める。

 

「並行追撃……確かにそれなら要塞主砲は使えんが……」

「無茶苦茶だっ!狭い回廊内で六万隻の並行追撃だと?タイミングを間違えたら却って的になるぞ……!?」

「それだけではない。混戦に持ち込むのならかなりの接近戦になる。近接戦兵装は帝国軍の方が充実している。此方の被害も馬鹿にならん……!」

「だからこその大兵力なのだろうが……実際にぶつかる実戦部隊からすれば不満が充満するだろうな」

 

 参謀達の意見は六対四といった所で賛同よりも不満と疑念が優勢だった。それだけ並行追撃はリスクの高い戦法であったのだ。

 

「その点については承知している。しかしそれ以外に手がないのが現実なのだ。幸い、副司令官のロボス閣下は艦隊運用の専門家、また司令部も艦隊運用の経験豊かな人材を多数取り揃えている。当然ながら実戦部隊もその点を留意して編成する積もりだ。決して不可能ではないというのが我々作戦部と航海部の見立てだ」

 

 作戦部長マリネスク少将が動揺する諸将に向けてそう答える。航海部長クブルスリー少将も同じく厳めしい表情で頷く。

 

 マリネスク少将もクブルスリー少将も共に知識と経験豊かな実戦派の提督である。その二人が断言すれば場の動揺は次第に収まり始める。無論、それでも尚幾人かの参謀は懐疑的な表情を浮かべていた。

 

 魔術師は見計らったように説明を再開する。

 

「……並行追撃自体は帝国軍が迎撃に出てこなければ不可能な選択肢です。ですが、この場合は恐らく駐留艦隊は迎撃に出るでしょう。今の要塞司令部の確執は深刻です」

 

 元より反乱防止のためにイゼルローン要塞には同列同階級の司令官が二人着任するという歪な指揮体系ではあったが、ここに来て両ポストの対立は激しさを増していたのである。

 

「原因は前回、第四回攻略作戦において要塞駐留艦隊司令官ブランデンブルグ大将、及びその他諸提督に多数の戦死者が発生した事が挙げられます」

 

 当時のブランシャール元帥の指揮する同盟軍の猛攻の前に、艦隊側は司令官を含む複数名の提督と多数の兵士が戦死したのに対して、要塞防衛部隊は司令官ミュッケンベルガー大将(当時)を含め、主要幹部、末端の兵士に至るまでほぼ無傷で戦いを乗り越える事となった。

 

 それだけでも艦隊と要塞、双方の司令部にわだかまりが生まれるのは当然であった。ましてや艦隊側はブランデンブルグ大将の死により迫撃の機会を失い。帝国艦隊は同盟軍を要塞主砲の射程内に押しこむ事に苦戦し、過去の遠征に比べて同盟軍に与えた被害は限定された。

 

 と、なれば要塞司令部では艦隊に対して折角の戦果拡大の機会をふいにしたという印象を受けるのは当然であったし、対して艦隊司令部からすれば要塞司令部は安全地帯で土竜のように立て籠っていただけの存在と感じたのは不思議な事ではなかった。

 

「現要塞防衛司令官グライスト大将、要塞駐留艦隊司令官ヴァルテンベルグ大将は両名共に実務経験豊かな第一線級の将官であるのは事実ですが、同時に六年前の第四次攻略作戦にも参加しております。当然ながら当時の戦いを知る立場という事もあり、その関係は過去の司令官達の中でも特に険悪、要塞と艦隊が連携しつつ我が方の並行追撃を阻止する事は難しいと予想されます」

 

 その説明に尚も懐疑的であった参謀達も光明を見たように表情を明るくする。並行追撃は確かにリスクある選択肢であるが、同時に帝国軍とて戦力差もあり、おいそれと大艦隊の肉薄を阻止出来る訳ではない。一時的に出来たとしても要塞側との連携がなければ咄嗟の要塞主砲の発射も困難だ。両司令官の確執は並行追撃の成功率を飛躍的に高める事になるだろう。

 

「そして一番重要な要塞表面の装甲の無力化です」

 

 そう、艦隊と要塞主砲を無力化しても、要塞そのものもまた規格外と言える程に強固なのだ。

 

 要塞本体の直径は約六〇キロ、その本体を覆うのは対ビーム用鏡面処理を施した超硬度鋼に結晶繊維、スーパーセラミックの四重複合装甲であり、その厚みだけで数十メートルに及ぶ。更にその上の流体金属層は重力制御装置で要塞表面に張り付く形で留まり、光学兵器は弾き返し、ミサイル等の実弾兵器に対してはその衝撃を減衰させる。しかも第四次攻略作戦の後、流体金属は更に注ぎ足されその深度は一五〇メートルにも及ぶ。その海の中に潜むのは大量の浮遊砲台に索敵レーダー、戦闘艇射出機である。当然その装甲を引き剥がしても内部は迷路のように広大で、無人防衛システムと要塞陸戦隊、装甲擲弾兵団が待ち構えている。

 

 特に問題なのは、要塞が完成して以降も改修をされ続け、その能力を向上させ続けている点だ。元々イゼルローン要塞は直径を九〇キロ、六重の複合装甲に守られ、艦艇五万隻を収容しつつ造船所で艦艇の修繕どころか建造能力を持ち、その上三つの要塞主砲を隙なく連続で撃ち続ける事が出来、ワープ能力すら持つ空前絶後の大要塞として完成させる積もりだったという。噂では将来、再度皇帝親征が行われれば、この要塞を総司令部にして何十万という帝国艦隊が同盟領に雪崩れ込む、なんて計画も夢想されたとか。

 

 その初期計画こそ同盟とフェザーンの妨害により予算超過して御破算したが、尚も帝国軍はイゼルローン要塞内部の多数の利用されていないフロアを活用し、また要塞の流体金属や浮遊砲台を追加をする事で少しでも初期計画に要塞の能力を近づけようと計画していた。時間を経るごとに要塞攻略が困難になっていくのも同盟軍が要塞の陥落に固執する理由だ。

 

「要塞の装甲を引き裂く上で最も重要なのは瞬間火力です。断続的な攻撃では流体金属の前にその打撃の殆どは吸収されてしまいます。そのために強力な火力を短時間に叩きつける必要があります。そのために我々が想定している手段は二点あります」

 

 ヤン少佐がコンソールに触れると張横のソリビジョンに投影される映像が変わる。それはシミュレーション映像のようであった。要塞表面から現れる浮遊砲台は接近する同盟軍の戦艦や巡航艦にビームの嵐を叩き込む。艦艇はエネルギー中和磁場を盾にその攻撃を凌ぎつつ出力を最大にして要塞に接近し……次の瞬間流体金属の海に突っ込み巨大な火球へと変わる。

 

「おお……!」

「これは……特攻?」

 

 参謀達はその爆発の威力に驚嘆し、同時に困惑する。シトレ大将が咳払いをして補足説明を行う。

 

「無論、今の攻撃を有人艦艇で行う訳にはいかん。今のは無人艦艇を突っ込ませた場合のシミュレーションだ」

「先程の映像は無人操縦の標準型戦艦、及び標準型巡航艦にレーザー水爆ミサイル及び液体ヘリウムを積載出来る限界かつ最も高威力になる比率で搭載して突入させた場合の被害計算を算出したものです」

 

 少しだけバツの悪そうにするシトレ大将に対して淡々とした態度でヤン少佐が続ける。その何処か冷たそうな表情に幾人かの参謀は眉を顰めるが、当の本人は気にしていないようだった。いや、別に本人は恐らく冷たい態度を取っている積もりはないのだろうが……社会に対して一歩引いているような厭世的な彼の纏う雰囲気は人によっては反感を買ってしまうのかも知れない。

 

「この無人艦突入戦術は、第四次攻略作戦における無人艦自爆による敵艦隊攪乱をヒントとしたものです。本戦術の利点は三点あり、まずミサイル等と違い中和磁場を展開出来るために迎撃されにくい点、ミサイルと違い艦載出来る炸薬量が多く、また艦艇そのものの質量と速度もあってその火力が極めて高い点、そして巨大質量の衝突であるために帝国軍将兵に対して心理的な圧力を与えられる点です」

「理論上、戦艦クラスであれば一〇隻、巡航艦クラスであれば一八隻から二〇隻を同一地点に叩き込めば流体金属及び四重装甲をほぼ完全に破壊出来ると思われる。現在想定している計画ではこれ等無人艦艇を二〇〇隻余り準備、内半数を大小の宇宙港出入り口、及び索敵レーダー等の設備の破壊に、残る半数を要塞内部侵入のための突破口確保に充てる次第である」

 

 無人艦艇の特攻の利点を挙げるヤン少佐、そしてこの作戦の具体的な運用をシトレ大将が答える。

 

「もう一点の作戦とは?」

 

 後方部長たるセレブレッゼ少将がそれについて尋ねた。輸送部長と共に全軍の補給に責任を持つ彼にとっても六万隻の艦隊の後方支援は初めての事であった。ましてや無人艦突入だけでも相当の負担であるのに、その上更にもう一つの作戦があるとなれば真っ先にその内容について尋ねるのは当然の事である。

 

「それについては私が説明しましょう」

 

 そう答えたのは同じくシトレ大将達の背後に控える軍人であった。プロアスリートを思わせる黄金比率の十二頭身、しかしその顔は決して悪い訳ではないが何処か陰気で神経質で、高慢さも感じられた。

 

 ロボス中将の首席副官、その官姓名をアンドリュー・フォーク大尉と言った。

 

 

 

 

 

 

「無人艦の突入は確かに有効な戦術であります。しかし同時に、その準備が大掛かりになり対応の時間的余裕を与えるのも事実。また要塞の制圧のために内部に揚陸したとして、当然のように帝国軍の陸戦部隊も展開している事でしょう。故にこの作戦と並行し、帝国軍の対応能力を飽和させるべくもう一つの作戦も計画しております」

 

 フォーク大尉はコンソールを操作してソリビジョンの映像を変更する。イゼルローン回廊に要塞、入り乱れる両軍の艦隊が映し出される。そして同盟軍主力の背後から回廊の危険宙域やデブリ帯を影に少数の艦隊が要塞背後に回り込む。

 

「同盟側出入り口において無人艦による突入を行うと共に、少数……想定としては八〇〇隻程のミサイル艦に強襲揚陸艦を一五〇隻、その護衛に巡航艦及び駆逐艦合わせて一〇〇隻程度、これが要塞の索敵網に掛からずに隠密に動かせる最大限の戦力でしょう。これを要塞の帝国側出入り口に回り込ませ、背後よりミサイルによる飽和攻撃を仕掛けます」

 

 浮遊砲台の大半は主戦場たる同盟側に展開しているために迎撃は最小限で済むと想定されていた。ミサイル艦の装備するミサイルは長距離・短距離合わせて一隻辺り四〇〇発、八〇〇隻のミサイル艦は約一五分の間に三二万発のミサイルを要塞表面に叩きつける事になる。当然ながら『雷神の槌』は同盟側に展開する大艦隊に向けているので、ミサイル艦部隊がミサイルを叩きつける間消し飛ばされる心配はない。

 

「本作戦の目的は要塞中枢部の制圧です。即ち揚陸作戦において帝国軍陸戦隊はその大半が同盟側に主力を展開しております。そのため正面からの揚陸作戦では要塞陥落までに相当の犠牲を払う可能性が高くなります。その対処として同盟側から揚陸するのとは別動隊が手薄な背後からミサイルによる飽和攻撃で要塞装甲を引き剥がし、特殊部隊を始めとした精鋭部隊が突入、要塞司令部及び要塞主砲管制室、要塞通信管制室、要塞宇宙港管制室、要塞換気管制室、要塞動力炉の最重要六施設を迅速に制圧します。これにより要塞内部の帝国軍の指揮系統及び通信網を破壊し、要塞内部の敵部隊から移動の自由を奪います」

 

 後は何が起きているか分からないであろう内部の帝国軍陸戦部隊を正面から揚陸した主力部隊で各個撃破していく、という訳だ。

 

「……本遠征に投入する地上部隊の規模は?」

「同盟側からは橋頭保確保のために先遣部隊として宇宙軍陸戦隊五個師団、後続として地上軍二個遠征軍を、別動隊は宇宙軍陸戦隊を中心に二個師団余りを想定しております。また後方の兵站確保や周辺宙域の監視等に二個遠征軍を必要とすると考えられますので、全体としては一一〇万から一二〇万の地上部隊を投入する試算となります」

 

 陸戦部長パーカー少将からの質問にしたり顔で答えるフォーク大尉。その数字に苦虫を噛むような顔を浮かべるのはパーカー少将ら陸戦参謀達だけでなく後方・輸送部の参謀達もだ。

 

「一二〇万、宇宙艦隊が動員するのは六万隻である事も考えれば後方支援要員も含めると最大で九〇〇万近い動員か……!食料に医薬品、弾薬の消費量は馬鹿にならんぞ」

「想定される負傷者の数も馬鹿になりませんねぇ。これは過労で倒れる医師が続出しそうだ」

「狭いイゼルローン回廊でそれだけの兵員を養う物資を輸送するとなると眩暈がしそうですわ。護衛は当然としてマンパワーは頂けるのでしょうね?」

 

 頭を抱えるのは後方部長セレブレッゼ少将だった。衛生部長ツクダ准将は嘆息の溜息を吐く。一方、若干不満気な表情で輸送部長リャン准将はシトレ大将に追加の人手の手配について尋ねた。

 

「無論、我々もその点については承知している。各艦隊の後方支援体制のみでは能力が不足するだろう事もな。後方勤務本部直轄の各独立支援部隊の貸し出しについて交渉する手筈になっている。諸君らにも最善の仕事は求めるが、物理的に不可能な職務を押し付ける積もりは毛頭ない」

「言質は頂きました。そう仰るのならば我々もプロとして職務を果たしましょう。無論、実際にリソースを頂けるのでしたら、ですが」

 

 尚も棘のある言い様で、しかし一応納得したようにリャン准将は承諾する。四十代の女性将官は凛々しく顔立ちも悪くないが、そのキツめの性格のせいで結婚も出来ず行き遅れた事で有名だった。無論、そんな話を本人の前でいえば命はないが。経費が……と青い顔で呟くのは経理部長ハブロブ准将であったが全員敢えて視線を逸らし無視した。

 

「……此度の遠征は同盟の国運を掛けた決戦です。故に我々軍人は国家の要求に答え万難を排して作戦を達成しなければなりません。例え困難とは言え、それに対して軍人である我々が不満を述べる事は御控えした方が良いかと愚考致しますが」

「餓鬼には聞いてないのよ。士官学校出て数年のぺーぺーは黙ってなさいな」

 

 後方部門の参謀達の態度にフォーク大尉が愛国心に燃える建前論を述べる。尤も、後方部門を代表してリャン准将に速攻で言い返されたが。数名の参謀が失笑を漏らす。フォーク大尉は士官学校首席にして戦略研究科でも優秀な成績を残した秀才ではあるが同盟軍の後方部門士官の中でもキャゼルヌ大佐等と共に毒舌家ランキングでベスト一〇以内に確実に加わる准将の前ではまだまだ小僧扱いらしかった。

 

「………」

「……フォーク大尉、説明御苦労、着席したまえ」

 

 幾人かの参謀達の嘲笑と不躾な視線に沈黙する首席副官に上司であるロボス中将は席に座るように命じる。フォーク大尉は僅かに身動ぎしつつもすぐに上官に頭を下げて椅子に座り込んだ。

 

「ヤン少佐、説明を続け給え」

「はっ、それでは続いて本作戦の兵站についてですが………」

 

 シトレ大将が若干溜息をついた後ヤン少佐に向けて説明の再開を求めた。ヤン少佐は一瞬沈黙したがすぐに本作戦の兵站・後方支援体制について言及を開始した………。

 

 

 

 

 

「ふむ、そろそろ時間か。諸君も意見は出し尽くしただろう。今回の会議はここまでとする。各員、此度の意見と提案、疑問に対して各々の部署で検証と評価を行って欲しい。次回の会議は……うむ、七日後を予定している。各員解散っ!」

 

 1530時、シトレ大将のその一声によって第三回会議は終了した。会議の参列者達は書類と携帯端末を纏めながら隣合う者達と議論を、あるいは雑談をして会議室を退出していく。横目で見ればコープが姉に纏わり付かれながらうんざりした表情で部屋を去る姿、魔術師様が自称革命家と部屋の隅で何か語り合う姿を確認出来た。

 

 私もまた書類を整えると、長々とした会議に疲れて一つ小さく欠伸をする。

 

 ……残念ながら私の事務処理能力や考察力は准将としてはかなり下であると言わざるを得ない。本来ならば上司たる航海部長殿と今回出た提案について議論するべきなのだろうが……それについては今クブルスリー少将とホーランドが生真面目に語り合っており私の出る幕ではない。

 

(いやまぁ、ある意味当然ではあるんだけどなぁ)

 

 そもそも私が今回の遠征に同行するのも半分箔付けみたいなものだ。クブルスリー少将もその事は重々承知しているから然程私に期待はしていないだろう。それは良い。良いのだが………。

 

(問題はなぁ……)

 

 此度の遠征計画、それに付随した個人的な課題に私は内心で陰鬱な気持ちとなる。うん、言いたい事は分かるよ?意見したり相談したりした方が良いと思うけどね?でも私だって好き勝手発言したり動く訳にもいかないからさぁ!

 

「はぁ……」

「ヴォル坊、どうかね?職務の方は順調かな?」

「おじ……ロボス閣下!」

 

 内心の悩みに小さく溜息をしていると語られた言葉に私は顔を上げる。気付けば此方が座る椅子の直ぐ傍にまで再従伯父殿が、即ちロボス中将が来ていた。私は一瞬私的な呼び方をしそうになって、慌てて軍務中である事を思い出して閣下呼びをしながら立ち上がり敬礼をする。

 

「そう畏まらんでも良かろうに。いつも通り気さくに話してくれて構わんぞ」

 

 ははは!と懐の深そうな笑い声を上げるロボス中将。その雰囲気は確かにあの肥満体で調子の良い親戚のおっさんであった。尤も、ガワは最早別人であったが。

 

 ……おう、どこのライザップだよ。ビフォーアフターしてるよ。匠の技だよ。ダイエットの神が降りてるよ。どう見ても骨格のレベルで変わってるよ。正直未だに一瞬誰か分からないレベルで痩せてるよっ!

 

 ここ数年の間に体重マイナス六二キロの超減量に成功したロボス中将の外見は、一言で言えば背が低めで肩幅の広い細マッチョである。余りにも変貌し過ぎたせいで軍の個人顔認証システムが本人と判定出来ず、認証データ書き換えのために統合作戦本部ビル出入口前で二時間も待ちぼうけを食らい、会議中に他の軍高官達から誰か分からずに困惑されまくり、未だに第六艦隊司令部の廊下で部下達に二度見されるという斜め上な理由でスパルタ市で話題となっている。明らかに無茶な減量を達成した理由は言うまでもない。

 

 正直な所、幾ら身内とは言えここまで来ると疎まれそうな気もするのだが、当のロボス中将は未だにフレンドリーな事に内心いたたまれない気持ちになる私である。いや、本当すみません……。

 

「いえ、流石にまだ周囲の人の目がありますので……」

 

 微笑むロボス中将に苦笑いを浮かべながら誤魔化すように私は答える。まぁ、特に貴方の背後の人の視線とかキツいですし、ねぇ……?

 

「おお、そうだった。坊にも紹介せんとな。彼は私の首席副官、フォーク君だ。先程の会議ではまぁ、経験がまだ少ないのであれだがとても優秀な人物だよ。私も随分と助かっている」

「アンドリュー・フォーク大尉であります。准将殿のお話はロボス閣下よりお聞きしております。どうぞお見知りおき願います」

 

 再従伯父殿の首席副官にして宇宙暦790年度士官学校卒業生総勢五四四八名の頂点に立つ青年士官は完璧に形式に則った、逆に言えばそこから一歩も逸脱しない姿勢と敬礼と態度で自己紹介をする。

 

「あぁ、ヴォルター・フォン・ティルピッツ准将だ。ロボス中将から以前一度御話は聞いている。閣下の首席副官ともなると相当な職務量だが、大過なくこなしているようで羨ましいよ。私が中将の補佐をしていた頃は大変だったからな」

 

 私は嫌悪感や敵意を向ける訳にもいかないので外向きの笑みを浮かべ友好的な態度を取った。全てが原作通りに進めば目の前の青年士官は同盟滅亡に大きく貢献した戦犯であるが、少なくともこの時点でそれを理由に彼に不当で無礼な態度を向けるのは人としても、世間体としても褒められる行為ではない。

 

 そう、彼は十中八九の確率で『あの』アンドリュー・フォークである。若手参謀達を纏め上げ、同盟政府に私的なルートで出征計画を持ち込みアムリッツァでの二〇〇〇万将兵喪失の一因となったアンドリュー・フォークである。その後もクーデターやらヤン暗殺やらで顔を出したあのアンドリュー・フォークだ。

 

 ……正直な話、原作の記述だけでもう好感度がマイナスに突き抜けそうな人物なのだが、これでも私では及びもつかぬ学年首席なのである。既に士官学校の教育と評価基準は馬鹿に出来ないものである事は重々承知しているし、実際にその能力は軍務で発揮されている。士官学校卒業して一年三か月で大尉と言う昇進速度は一部の可笑しい奴らを除けば普通に早いペースであり、ロボス中将自身も助けられている。

 

 若干気難しい所と鼻持ちならない部分、そしてほぼ今回が初めて直接会うというのに余り好かれていないようではあるが……だからと言って此方も敵意を剥き出しにするのも可笑しいし不審がられる。少なくとも今は様子見に徹するべきだった。

 

「いえ、この程度の事務大したものでは御座いませんので。准将殿こそ、お仕事がお忙しい事と存じます。どうぞ、ご無理を為さらず」

 

 小さく礼をするフォーク大尉の発言は、しかし聞く者が聞けば微妙に嫌味が含まれていた事に気付けたであろう。恐らくは六年前の第四次遠征の頃に再従伯父殿の下で行った仕事よりもフォーク大尉の仕事が数倍の量である事も、航海副部長たる私が職場で別にそこまで期待されていない事も重々理解しているであろう。その上で先程の言葉となれば当てつけと思われても仕方ない言い様であった。

 

「ふむ。坊、どうだね?実は私達は昼食を食べ損ねていてね。良ければ一緒に来ないかね?そんなに金額はしないが奢ってやるぞ?坊も大尉も期待の新鋭だ。親睦を深めるのも悪くは無かろう?」

 

 私とフォーク大尉の間に流れる微妙な緊張を察してかロボス中将が取り繕ったような笑みを浮かべて提案する。再従伯父殿からすれば私は身内であるし、フォーク大尉は青田買いした期待の新人だ。その仲が険悪になるのを望んでいないようであった。

 

「それは……」

「済まんが先約していてな。家族での食事会は別日にしてくれんか、ロボス?」

 

 私が自身でもどう答えるべきか困り果てていたその時であった。背後からの声に思わず私は振り返る。

 

 目の前にあったのは逞しく、恰幅の良い胸部であった。すぐにその巨大な影に気付き見上げれば自身よりも二〇センチ近く高身長な黒人提督の姿を視界に映し出す事が出来た。同時に私は一歩後ずさる。

 

「シトレ…大将……」

「別に校長先生と呼んでくれても構わんのだぞ、ティルピッツ准将?」

 

 にかっ、と歳と階級に似つかぬ悪餓鬼か悪戯っ子のような笑みを浮かべる宇宙艦隊副司令長官。その笑みだけでこの同盟軍現役将官の中でも五指に入るこの人物が魔術師や自称革命家の師に当たる人物であると確信出来た。

 

「シトレ、人の親戚に何用かね?」

 

 ロボス中将は会話を邪魔されたからか、派閥的な理由からか、明らかにシトレ大将に対して不愉快そうで警戒感に満ちた表情を浮かべる。一方、そんな視線を向けられたシトレ大将の方はどこ吹く風とばかりに笑みを崩さない。うん、やっぱり弟子達同様神経が図太いわ。

 

「おいおい、私は准将の士官学校時代の校長だぞ?ましてや今や総司令部の司令官と参謀という関係だ。何か問題があるのかね?」

「問題しかないわ!」

 

 楽し気に笑みを浮かべるシトレ大将、一方でロボス中将は腕を組んでそんな彼にむすっと顔を顰める。

 

「お、先輩あれ見て下さいよ。面白そうな見世物が始まりそうです。校長とロボス中将……さしずめ巨人(ギガース)土精(ドヴェルグ)の喧嘩と言った所ですかね?」

「いやぁ、何方かと言えば河馬と疣猪じゃないかなぁ。今のロボス中将、痩せて小さく見えるしね」

 

 相対するシトレ大将とロボス中将に部屋に残っていた幾人かの参謀が気付く。部屋の隅にいた魔術師と自称革命家に至っては呑気にそんな表現を述べる始末である。

 

 実際の所、総司令官と副司令官が睨み合う状況なぞ司令部の他の面子からして見れば洒落にならない事態だ。故に私はその収拾に動く。同時にこの機会を活かす事にした。

 

「ラザール叔父さん、御気持ちは嬉しいのですが……一緒に食事するのは別の日でも宜しいですか?」

 

 再従伯父殿に近づき、囁くような声でかつ下手に出ながら私は意見を述べる。

 

「ヴォル坊、しかし……」

「いえ、別に我慢してではありません。私としてもこの機会に接近してきたシトレの意図が気になりますしね。まぁ、他の蛙食い共に比べれば穏健だそうですし、流石にこのスパルタ市で殺されるなんて事はないでしょう」

 

 私の申し出に再従伯父殿は心配そうな表情を浮かべる。

 

「私もシトレが……奴がそんな小者とは思わん。だが危険性が無い訳でもあるまい?坊、お前には危険な目に良く遭わせてしまったからな。流石に安全だとは思うが……」

 

 心底不安そうに呟くロボス中将。うん、凄く分かる。いつも安全対策してもらっているのに変なトラブルに遭って本当すみません。

 

「いえ、それは此方の話です。いつも御迷惑をおかけしてすみません。なぁに、いざ何かあればそれはそれでシトレの失脚ネタの一つ位にはなりますよ。……それでは、次のお誘いのために良さそうな店でも探しておいて下さい」

 

 最後に冗談半分にそう宣い、踵を返した私はシトレ大将と正面で向き合う。

 

「司令官閣下の御申入れ、有難く承ります」

 

 敬礼して慇懃に、僅かに無礼に思えるように私は答える。遠目に私達を見ていた幾人かの参謀がそんな私の態度に鼻白む。

 

「ふっ、宜しい。時に生徒に飯を奢るのも教師の仕事だからな」

 

 ははは、と豪勢な笑い声をあげるシトレ大将。私の態度を一切気にした様子がないのは予想は出来ていたがやはり度量が広いとしか言えない。外野で独身主義者が「何だ、もう終わりですか?」等と詰まらなそうな言葉を吐いたのが僅かに聞こえた。マジで無責任な言葉言うの止めてくれませんかねぇ?

 

「ははは、では行こうかね准将っ!」

 

 どんっ、と力強く私の背中を叩き上げて催促をするシトレ大将閣下。その行為にロボス中将は再度顔をしかめるが私は小さく頭を下げてその場を誤魔化した。

 

 そのままシトレ大将はどうでも良さそうな雑談を語りながら私と共に歩き始める。あー、余り元気な声で話しかけないでくれませんかね?無駄に注目されますから。え?元より色々注目されてるから今更?さいですか。

 

 私は若干悟り顔でシトレ大将と共に会議室の出口に向かった。自分から申し出を受け入れた身であるが早くも後悔しそうになり、げんなりする。再従伯父殿の心配そうに私を見つめる視線が背中から感じられた。……うん、頑張ります。

 

 私は陰鬱な溜め息を吐くと、気を無理矢理奮い立たせて歩みを強くした。そうでもしないと精神的な疲労で腹痛がしそうだったから。

 

 ……そして、私はこの時点で気付かなかった。ロボス中将以外に二人の人物が……一人は無気力な視線で何と無しに、今一人は明確に敵意を向けて私の背中を見つめていた事を。

 

 

 

 

 

 

 同盟軍では明確に階級と身分によって待遇が変わる帝国軍と違い、機密保持の会議を兼ねる場合や帝国系部隊、情報部所属将校等、一部例外を除き、元帥も二等兵も同じメニューを同じ食堂で食べる。

 

 スパルタ市に勤務する同盟軍将兵は二〇万を超える。それ故に市内各地に、また統合作戦本部ビルにも幾つもの食堂が設けられている。以前捕虜収容所着任の辞令を受けた後に昼食を食べたビルのすぐ隣に建てられた食堂はその一つだ。

 

 統合作戦本部ビル一八階の食堂はメニューこそ他の所と大して変わらないが、出入口を憲兵隊が警備し、大人数が防音製の個室で食事が出来るために作戦会議を兼ねる将校達が良く利用する場所であった。

 

 以前何処かで見た事があるような気がする『貴殺』とかいう文字が刻まれるメンポを装備した憲兵の横をそーっと通り抜けて食堂に入る。ウェイターに案内された部屋に入ると私とシトレ大将はそれぞれ昼食を注文する。

 

「そうだ。このハンバーグ定食のライス大盛、アスプ風海鮮焼きそばは特盛でパルメレント海老チーズ焼きは三皿だ。ヴルスト盛り合わせに……カッシナハニートーストを四枚頼む。サラダはシーザーとチキンの両方貰おう。カッファー風野菜スープも貰おうか。デザートは帝国風チョコティラミスにパルメレント・ロイヤル・レアチーズケーキ。あぁ、それとこのカッシナ蜂蜜パイを四つに蜂蜜プリンも二つ貰おうかな」

「は、はぁ……」

 

 注文を受けるウェイターはシトレ大将の注文に笑みを浮かべた顔をひきつらせる。

 

「准将、君も遠慮せずに注文すると良い。私から誘ったのだ、ましてや元生徒となれば校長としては度量を見せねばならんからな」

 

 にっこりと白い歯を見せてそう申し出る黒人提督。私もまたウェイター程あからさまではないが乾いた笑いしか出てこなかった。

 

 メインは牛肉のザウアーブラーデン、スープにアイントプフを注文した。それ以外にはパンとサラダ、そしてシトレ大将同様に同じく帝国風チョコティラミスを頼む。大量のメニューではあるが食堂の料理人は手早いのか然程時間もかからずに料理の山はやって来た。

 

「ふむ、小食なのかね?軍人たるもの、身体のコンディションの維持は重要だぞ?過食はいかんが食べないのも問題だ。これも食べたまえ」

 

 そういってたっぷりと蜂蜜のかけられたカッシナ蜂蜜パイの載った皿を差し出すシトレ大将。いえ、どう見ても貴方が食べ過ぎなだけです。後布教は止めてくれませんかね?

 

 質実剛健を旨とするシトレ大将の信条は軍内の食事にも表れている。後方勤務本部兵糧調達部副部長時代と士官学校校長時代には軍内と士官学校内での食事内容やレーション構成に介入し、メニューと量の増強に寄与した。同時にカッシナ産の蜂蜜を利用したメニューをやたら考案した事で知られている。因みにシトレ大将の大好物はカッシナ特産の蜂蜜料理であり、彼が介入するまで軍内におけるカッシナ蜂蜜のメニューはほんの数種類しかなかった。

 

「ははは……」

 

 やんわりと拒絶の笑みを浮かべるがお構いなく蜂蜜パイと蜂蜜プリンを私の所に持って来る校長。うん、諦めるしかないね。……別に不味い訳ではないけどさぁ。

 

 げんなりとした私を差し置いて、シトレ大将はばくばくと料理を食べ始める。二メートルの肩幅の大きい黒人提督が豪快に料理を口に流し込んでいく姿は圧巻だ。ダイエット前のロボス中将の食べっぷりを思いだす。尚、シトレ大将は士官学校学生時代の校内大食い選手権で四年連続で一位に輝いた大食漢でも知られている。二位は当然ロボス中将で、卒業席次三位であったフェルナンデス中将は小食で二人に張り合おうとしていつも一回戦で吐いていた……というのはロボス中将から聞いた話だ。

 

 その食べっぷりに、私は声をかけるタイミングを逃す。元々この食事の誘いに乗ったのはシトレ大将の狙いを知るのと、やんわりと私が懸念している作戦の穴について触れたいと思っていたからなのだが……うーん、ここまで全力で食事されると中々言いにくいな……。

 

 攻撃は時機を見極める必要がある。タイミング外れの行動は無意味、それ故に私は暫くの間ちびちびと注文した料理を食べる事に専念した。あ、このアイントプフ素朴な味付けだけど美味しい。

 

 私は食べながら機会を狙っていたが、残念ながら人間というものは物事を客観的に見る事が難しいらしい。自身が考えていた事を何故他人が考えていないと思えるのだろうか?

 

 即ち、食事の中盤に私が気を緩めた僅かな隙にその口撃は放たれたのである。

 

「さて、准将には何か伝えたい事があるのではないかね?」

「えっ……?」

 

 バクバクと食事をしながら何とかしと言った口調でシトレ大将が口にした言葉は、しかし的確に私の意表を突いていた。渡された蜂蜜パイの甘さに僅かに辟易していた私は動揺で食事の手を止め、暫しの間沈黙する……。

 

「おや?違うのかな?会議中、准将が何度か発言したそうにしていたからな。結局口にしなかったのは様子を見るに余り周囲に知られたくない内容だと推測したのだが……私の考え過ぎだったかな?」

 

 首を僅かに傾げて能天気そうに発言の理由を説明する校長殿である。その態度に私は若干毒気を抜かれ、次いで目の前の人物が油断のならない、しかし他者に対して配慮の出来る頭の回る人物である事を理解する。

 

 ……いや、そもそも私なんかより遥かに優秀なのは当然なんですけどね?

 

「……いえ、その通りです。流石宇宙艦隊副司令官閣下です。敵いませんね」

「余り仰々しい呼び方をせんでも良い。他に見てる相手がいる訳でもあるまい。校長先生とでも呼んでくれても良いのだぞ?」

「流石にそれは遠慮したいのですが……」

 

 冗談とも言えないシトレ大将の言に苦笑いを浮かべる私であった。一方、当の校長殿はこれまた豪快に、気前の良い笑みを見せる。人好きのする笑みだ。この大将閣下は厳粛であり、厳格であり、生真面目であり、その癖に豪快で愉快な感性の豊かでメリハリのある人物だった。即ち、人間的魅力に溢れている性格だった。あるいはそんな人物だからこそ自称革命家や魔術師のような変わり者な性格の生徒にも慕われていたのかも知れない。

 

「ははは、済まん済まん。……ふむ、こう見るとやはり噂は当てにならんな。ラザールから聞いた通りだ」

「ロボス中将から……?」

「此方の話さ。それで?先の作戦について准将の思い浮かべた疑念とは何かね?私は君が無能ではない事を知っているし、帝国通である事も知っている。そんな君の懸念事項には私としても関心を持たざるを得なくてな」

 

 そこでシトレ大将は、その愉快な表情を引き締めて私に尋ねた。私はその豹変具合に息を飲む。成る程、やはり原作の英雄の一人である。物凄いオーラだ。

 

「はい、それは……」

 

 私はその意見について述べようとして、一瞬迷う。内容が内容であるし、何よりも発言するのが『亡命した門閥貴族』である私である。その印象の悪さはこの上ない。だからこそ私はあの会議で発言する事を躊躇ったのだ。内容は亡命政府や亡命貴族、あるいは亡命帝国人そのもののイメージを悪くしかねないものだ。しかし……。

 

(言った方が良いからな……)

 

 金髪の孺子の動きが原作から逸れた以上、今更原作沿いにするだけは然程意味がないし、何よりも今回の介入ポイントはアムリッツァやクーデター、バーミリオンに次ぐ位には重要なターニングポイントであるとも私は考えていた。それ故にこの事を言わない手はない。

 

 同時に、目の前の人物ならば恐らくは私がこのような発言をしたとしても私の出自も伏せて決して悪意的に解釈する事はないだろうと感じていた。あるいはそれは原作や校長時代の記憶による錯覚かバイアスがかかっていたのではないかとも後々考えたが……それでも私が自身の発言を口にする相手としては最善の人物であったのもまた事実だった。

 

「……此度の並行追撃作戦、果たして敵は本当に『雷神の槌』を射たぬという保証があると思いますか?」

 

 だからこそ、私はこの蝶の羽ばたきが嵐を起こす事を心から望み、そう口にしたのだった……。


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