帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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今回は余り進まないかも
次辺りから漸く戦闘開始だと思います

謝罪として本当ならば前話の時に貼っとくべき婚約者の画像出しておきますね。尚、染色していない地毛バージョンです。


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此方は帽子付きです


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此方は髪切ってイメチェンした場合かな?


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こんな美少女を虐め抜いた上で安い指輪でその行為を帳消しにして愛人と高跳びする屑貴族がいるらしい


第百七十五話 四月は人事異動と入社の季節(前書き画像・後書き設定語りあり)

 銀河帝国軍は、少なくとも建前上はその存在意義を帝国の支配体制の護持と治安維持に重きを置いた組織体制である。少なくとも公式においては人類社会における唯一の統一政体に対する外敵は存在し得ず、技術的・練度的・戦力的に同規模の軍事勢力との正規戦闘の生じる余地はないとされているためだ。

 

 それ故に銀河帝国軍は、その編成や戦略・戦術、用兵思想、兵器運用、兵器開発体系を治安戦を念頭に置いたものとしている。帝国宇宙軍における正規一八個艦隊においてもその大半は正面からの艦隊戦よりも寧ろ広域における哨戒や警備、反乱勃発地域における揚陸戦闘等を主眼として編成され訓練を施されているし、個々の宇宙艦艇もまた同盟宇宙軍のそれとは違い設計段階から正規艦隊戦を然程重視していなかった。過去一五〇年に渡り国力面において劣る自由惑星同盟が銀河帝国と互角の戦いを演じる事が出来た一因である。

 

 そんな中で数少ない例外の一つが『有翼衝撃重騎兵艦隊』を正式名称とするイゼルローン要塞駐留艦隊であった。

 

 艦艇定数一万六〇〇〇隻、戦艦・空母等の大型艦の構成比率が高く、個々の艦艇の兵員充足率も他艦隊に比べて高い。提督から末端の兵士に至るまで熟練の実力者を重点的に配属し、その訓練は正規艦隊戦を想定した実戦的かつ苛烈なものとして知られている。多くの軍事評論家が銀河帝国軍において最も精強な艦隊はどれかと尋ねられれば『黒色槍騎兵艦隊』、『第一重騎兵艦隊』等と共に必ずその候補として名を挙げる艦隊の一つである。

 

 とは言え、そんな『有翼衝撃重騎兵艦隊』とて何も欠点が無い訳でもない。寧ろ、帝国軍の最精鋭艦隊の一角であるこの艦隊は、同時に帝国軍において最もその組織的欠点が浮き彫りになっている艦隊でもあった。

 

 その欠点とは、即ちは身分対立である。

 

 提督から末端の兵士まで実力主義で編成された『有翼衝撃重騎兵艦隊』は、しかしそれ故に部隊内部は様々な出自の者達が雑多に寄せ集められた艦隊でもある。高級将校の過半を占める門閥貴族に限っても古くからの武門貴族と文官貴族、地方貴族、そして新興貴族の間の静かな対立があるし、下級貴族に士族階級や富裕市民層、それどころか下層市民や農奴階級、奴隷階級から成り上がった高級士官も少なくない。『有翼衝撃重騎兵艦隊』は銀河帝国正規艦隊少尉以上の士官の内、平民階級以下出身者の比率が最も高い艦隊であり、将官に至っては准将以上の将官六三名中三四名が下級貴族以下の身分出身者で占められていた。この数字は他の艦隊と比べ異例中の異例である。

 

 そして同時に、この支配階級たる門閥貴族以外の者達が当然のように羽振りを利かせる艦隊がよりによって帝国の精鋭艦隊であり、帝国国境の最重要拠点たるイゼルローン要塞を守護する立場である事が、宮廷の警戒心を生んでいた。帝国本土防衛のために要塞に駐留する精鋭艦隊の存在は不可欠、しかしその精鋭艦隊が反乱を起こす可能性も決して低くはない事もまた事実であった。そして、一度イゼルローン要塞が陥落すればそれを奪還するには多大な犠牲と予算が必要となろう。

 

 故に、『有翼衝撃重騎兵艦隊』を抑えるために帝国軍は様々な安全弁を用意していた。要塞防御司令官と要塞駐留艦隊司令官の対立を長年黙認し続けて来たのはその一例である。また、反乱防止のために編成されている要塞及び駐留艦隊における艦内憲兵隊の数、及び査閲将校や法務将校の赴任数もまた他艦隊の群を抜いている。当然憲兵隊の部隊長や査閲将校、法務将校における門閥貴族出身者、特に文官貴族や地方貴族出の者の比率もまた他艦隊に類を見ない高さであった。少しでも反乱の嫌疑のある言動があれば査閲将校がそれを咎め、憲兵隊がその者を拘束し、法務将校が恣意的な軍法裁判を実施する事になろう。

 

 これ等の厳しい監視体制により、帝国軍はこの反乱予備軍とも言うべき艦隊を牽制し、督戦し続けて来た側面が確かにあった。

 

 その意味において、イゼルローン要塞駐留艦隊第Ⅲ悌団第八一八戦隊第二一〇駆逐群第六四〇九駆逐隊司令官兼駆逐艦エルムラントⅡ艦長に任命されたラインハルト・フォン・ミューゼル少佐はかなり幸運な部隊に配属されたと言える。

 

「ラインハルト・フォン・ミューゼル少佐及びジークフリート・キルヒアイス中尉、貴官らが第八一八戦隊、第二一〇駆逐群第六四〇九駆逐隊司令官兼駆逐隊旗艦エルムラントⅡ艦長及び同艦副長に着任した事をここに確認する。上官として、貴官らの活躍に期待するや切である」

 

 イゼルローン駐留艦隊第Ⅲ悌団第八一八戦隊司令部査閲部の次長であり、同時に戦隊副司令官として戦隊管理下の宇宙艦艇五九二隻の監督と綱紀粛正に責任を持つヘルムート・レンネンカンプ大佐は厳めしく、しかし決して尊大過ぎない態度で青年、いやまだ少年と言える年頃の部下の配属を確認した。

 

 レンネンカンプ大佐は三〇〇年一五代に渡り有望な士族階級として一族の男子の多くが軍人として帝国に奉仕してきたレンネンカンプ家の出世頭であり、典型的な軍国主義者であった。だが、それ故に合理主義者であり、公明正大な誇り高く、面倒見の良い武人である事もまた事実である。少なくとも査閲の名の下に難癖に近い追及を行うような人物ではない。その意味においては不当な処遇に処される事がないので幸いな事と言えよう。

 

「過分なご期待、恐縮の至りです。……それはそうと大佐殿。僭越ながら、この場合本来ならば戦隊司令官方に御挨拶に向かうのが手順であると記憶しておりますが……」

 

 一見初初しそうに、しかし見る者が見ればそこに嘲りの色が見えるような微笑を浮かべて彼は首を捻る。

 

「戦隊司令官どころか参謀長、査閲部長、直属の上司である第二一〇駆逐群司令官まで不在と言うのはどのような理由でしょうか?」

 

 そう、本来ならば此度の着任の挨拶を目の前の髭を蓄えた神経質な大佐にするのは奇妙な事であった。

 

 確かにレンネンカンプ大佐もまたこの金髪と赤毛の少年士官の上官ではある。しかし、同時に数多くいる上官の中で真っ先に彼に挨拶するべき必然性は何処にもなかった。いや、寧ろ戦隊司令部に挨拶に来て出迎えたのが副司令官兼査閲次長一人という状況は異様と言う他無かった。

 

「……戦隊司令部も暇ではない。日々の業務に会議と職務は幅広い。残念ながら主だった者達は日程が会わずに顔合わせが出来なかったようだな」

 

 真に残念な事だ、と髭を擦りながらレンネンカンプ大佐は呟く。尤も、そう嘯く彼の顔は若干気まずそうであったが。

 

「成る程、そのようですね。日々職務に精励される上官方の努力は、若造に過ぎない私には理解の出来ない世界なのでしょう」

「……貴官らも着任早々で疲れておろうな。そろそろ退室すると良かろう」

 

 大袈裟に、大仰にそう宣って見せるミューゼル少佐。レンネンカンプ大佐は、その部下の言葉に反応する事は無かった。ただ若干疲気味に瞠目し、次いで退室を促す。

 

 金髪の少佐はそれに応じて二、三言会話を終えると踵を返して淡々と、迅速に戦隊司令部執務室を出ていく。そして……呆れ気味にぼやいた。

 

「ふん。別に腐臭の漂う貴族共が俺に挨拶したくないのなら寧ろ此方からしても好都合な事ではあるがな。全く、こんな下らん事で嫌がらせしてくるとはまるで駄々っ子だな。そう思わないか、キルヒアイス?」

 

 にやり、と不敵な笑みを浮かべる主君であり親友である少年の言を、苦労性な赤毛の幼馴染みは苦笑を以て返した。この赤毛の少年は目の前の親友の神経の図太さを良く理解していたが、どうやらまだまだ評価を上方修正する必要があったようだった。

 

 二人共、レンネンカンプ大佐の言を元より真に受けてはいなかった。成る程、確かに戦隊司令部という役職は確かに暇では無かろう。しかし、同時に着任の挨拶に全員が全員欠席を決める程忙しない役職でもない事は明白であった。

 

 戦隊司令官バーベンベルク准将以下の戦隊幹部の大半が武門貴族であれ、文官貴族であれ、地方貴族であれ、皆が皆門閥貴族の係累か、あるいは帝国騎士であれ従士であれ少なくともそれなりの富を有する富裕な者達であった。そして、その皆が皆欠席し、只一人士族階級出身のレンネンカンプ大佐が顔を出した事実が何を意味するのかが分からぬ程金髪と赤毛の二人組は愚かではなかった。

 

「戦隊司令部にとって、我々は招かれざる客のようですね」

「はっ!別に此方から指名して参上した訳じゃあない。恨むなら軍務省の人事局長でも恨むが良いさ」

「あるいは、ラインハルト様とアンネローゼ様の命を狙う宮廷の陰謀、でしょうか?」

 

 険しい表情を浮かべる赤毛の親友の指摘に、金髪の少佐は意味深気に目を細める。

 

「ベーネミュンデ侯爵夫人か。あるいはそれ以外の大貴族の息がかかっているかも知れない訳か……」

 

 ラインハルトはこれまで自分達に降りかかった陰謀を思い起こす。

 

 砂漠の惑星アクタヴでの憲兵隊による暗殺は戦闘のどさくさに紛れて返り討ちにしたものの下手人は不明、先日の決闘騒ぎとその後の屋敷への襲撃はベーネミュンデ侯爵夫人のものである事は証拠はないものの暗殺者本人から確認する事が出来た。

 

「とは言えベーネミュンデ侯爵夫人、あるいは他の大貴族共が伸ばした悪意としては実に分かりやすいじゃないか?奴らがそんな端から俺達に警戒される手段を取るかな?」

 

 アクタヴでの暗殺は結局物的証拠は何一つ手に入らなかった。決闘にかこつけた暗殺は一歩間違えたら事故死の一言で片付けられていただろう。二個小隊に及ぶ腕利きの暗殺者達の襲撃は事前に情報が伝わらなければ死んでいたのは此方だ。

 

 どれも、僅かな釦の掛け違いで死んでいただろう。しかもその下手人の一人であるベーネミュンデ侯爵夫人の存在すら、推測出来たのは決闘騒ぎを起こした暗殺者の裏切りあってこそ。それがなければ五里霧中の中で見えない敵を警戒するしかなかった筈だ。

 

「大方、あれは単なる嫌がらせの類だろうな。ふっ、俺達の存在が鬱陶しくて顔も見たくないって訳さ。……俺だって姉上を裏で侮蔑している奴らなんか顔を見るだけで不快だから構わないがな」

 

 蔑みと敵意に満ち満ちた言葉を吐く金髪の主君。それが負け惜しみの言葉ではないことをキルヒアイスはこれまでの付き合いから良く良く理解していた。特に姉……あの天使のような美貌に慈愛の笑みを漂わせる姉アンネローゼの事となれば尚更の事である。

 

「……はぁ。それはそうと、戦隊司令部への挨拶は終わりましたからそろそろ部隊と艦の方にも顔を出した方が良いですね。確か第六四〇九駆逐隊所属の艦船は纏めて第三二宇宙港が停泊先であった筈です」

 

 僅かに呆れたような感情を込めた溜め息を吐き、キルヒアイスは提案した。確かに彼も自身が敬愛し、信愛するあの女神の事を正面で侮辱されれば怒り狂うだろう。

 

 しかし流石に目の前の親友であり主君である少年と違い、顔も見ておらず、直接何かされた訳でもない戦隊司令部の貴族達にそこまで殺伐とした敵意を向ける程、彼の気性は激しくもない。故に彼は親友に対してその言に安易に乗らずに建設的な意見を述べた。そして、それは親友の望んでいた言葉でもあった。

 

「……そうだな。いつまでもあんな奴らの事なんて気にする事もない。却って無視されたり放置された方が都合が良いかも知れないな。俺達が手柄を立てる邪魔をされないで済む」

 

 親友の言葉に漸く陽的な笑みを浮かべるラインハルト。ニヤリと口角を吊り上げる様は年相応なやんちゃで悪戯っ子な少年のようにも見えた。

 

「それじゃあ行こうか、キルヒアイス?同盟軍との戦いがいつあるか分からないからな!この前の駆逐艦の時同様兵士達に舐められる訳には行かない。戦いのない内に素直に命令に従うように躾けてやらないと!」

 

 思い立ったら吉日とばかりに踵を返して要塞内モノレールの備え付けられた方向に向かい始めるミューゼル少佐であった。まるで姉の焼いた玉葱パイを熱い内に食べに行こう、と言うような年相応の笑みを浮かべる。

 

 無論、これから親友が向かう先にあるのは玉葱パイではなく第六四〇九駆逐隊の入港している宇宙港であるのだが……旗艦エルムラントⅡを含む駆逐艦八隻にその乗員全一〇九七名の大半が先年配属された駆逐艦の乗員達同様親友と、その家臣のように付き添うキルヒアイスの事をアンネローゼの七光りで苦労もせずに昇進したお坊ちゃんとでも思っている事だろう。当然ながらそんな状況ではいざ実戦で命令に素直に従ってくれるか分かったものではない。

 

(言いたい事は分かるんだけど……もう少し言い方があるんじゃないかなぁ)

 

 初めて会話を交えたあの日以来、歯に衣着せぬ言い様で他者の敵意を受けやすかった親友でもある主君に内心で苦笑いを浮かべる。その尊大さは困った所ではあるが、同時に魅力であり、何よりも非才な自分が傍にいられる数少ない理由であるのも確かだった。

 

「おいキルヒアイス!何しているんだ?丁度モノレールが止まっているぞ、早く乗らないと行ってしまう!」

 

 少年時代のやんちゃぶりを思い出し、天使のような親友の背中を感慨深く見つめていると大声でそう呼びかけられる。巨大なイゼルローン要塞内部は複雑にして広大だ。歩いていては軍港まで辿り着くまで何時間もかかるし、下手したら道に迷って遭難しかねなかった。故に長距離移動をする際は要塞内に設けられたモノレールやエレベータを使うのが当然の事であるし、何百万人も詰め込まれる要塞内での人の移動も盛んで直ぐには次のモノレールが来る訳でもない。故に急かすのも分かるのだが……。

 

「ラインハルト様、余り大声で叫んでしまっては少佐としての威厳がありませんよ?」

 

 肩を竦めた後、笑いながらキルヒアイスは親友の後を追って駆け出した………。

 

 

 

 

 

 

 

 イゼルローン回廊同盟側出入口にそれは配備されていた。

 

 監視機能を備えた帝国宇宙軍の軍事衛星は各種のセンサーと光学カメラによる二四時間の警戒を実施していた。人力ではなく疲労を感じず、ましてはルーチンワークを気にしないAIだからこそ可能な事であった。仮に反乱軍の侵攻があれば多数の中継衛星を通じてイゼルローン要塞にまで瞬時にその情報を通達する事になるだろう。

 

 そして、軍事衛星はそれを察知した。反乱軍の勢力域方向より確認される無数の光源。それが近隣星系で生じた超新星爆発や恒星の光ではなく、宇宙艦艇の航行時に確認される放熱である事を軍事衛星内部に内蔵された各種機器と搭載AIは直ぐに理解した。軍事衛星のAIは直ちに収集・分析したデータを要塞に向けて送信を試みるが……それは果たされなかった。

 

 自身に向かってくる無数の青白いエネルギーの奔流、それが軍事衛星の光学カメラが見た最期の映像であった。そして、軍事衛星から送信される筈であった観測データは強力かつ複数種類が複合された妨害電波によりただのノイズとして塗り潰されてその意味合いを喪失していた。

 

 ……尤も、強力な通信妨害がなくても、どの道先行した特殊部隊により中継衛星も同時期に破壊ないしハッキングされていただろう。その意味では艦隊が急いで監視衛星を破壊する必要性は皆無であったのだが……何はともあれ、中性子ビームの束を浴びて爆散した監視衛星の設置されていた宙域を無数のモスグリーンの宇宙艦艇が通り過ぎていく。

 

 宇宙暦792年四月三〇日1400時時点において自由惑星同盟軍第五次イゼルローン要塞遠征軍は徹底的な隠密行動と情報封鎖により何重にも敷かれた帝国軍の警戒網をほぼ完全に気付かれずに突破し、浸透し、イゼルローン要塞まで通常航海で一〇〇時間という近距離にまで接近する事に成功していた。

 

 それは過去の遠征作戦の経験が十全に活かされたものと言えるだろう。特に過去四度行われた攻略作戦において最も成功に近づいた第三回遠征の経験は徹底的に研究され、分析され、それを更に磨き上げたのが此度の遠征の航海計画であった。

 

「今の所は上手く行ってはいるが……」

「油断は禁物です。要塞に接近すればするだけ捕捉される可能性は高まりますからな。欲を言えば、出来れば後二〇時間分は距離を稼ぎたいものです」

 

 第八艦隊旗艦にして宇宙艦隊総旗艦である『ヘクトル』艦橋で宇宙艦隊司令長官シドニー・シトレ大将と遠征軍参謀長レ・デュック・ミン中将が緊迫しながら言葉を交える。両者共に緊張しつつモニターを見つめていた。

 

 要塞駐留艦隊一万六〇〇〇隻とは言え、常時に、そして即応的にその全艦艇を投入出来る訳ではない。定期的な点検に最低限の哨戒任務があるし、同盟軍が今回の遠征のために前線各地で行っている陽動作戦によって幾分かの戦力は分遣されているであろう。同盟軍としては帝国軍に気付かれる前に一光秒でも接近する事で慌てて出港する艦隊の数を減らしたいのが本音であった。帝国本土からの増援を遅らせる目的もある。

 

「うむ……今回の作戦は長丁場にする訳にもいかんからな」

 

 作戦計画において、本次要塞攻略作戦は過去の遠征に比べて短期決戦を想定していた。

 

 その理由はやはり補給線の脆弱性故であろう。六万隻に及ぶ艦隊は過去の遠征に比べても比較にならない大軍であるが、同時にその大戦力故に消費する物資の量もまた比較にならない。しかも遠征軍は帝国軍の警戒網を掻い潜る形で進軍しているがためにその補給線は不安定であり、物資の七割以上は同行させた輸送艦隊が担う事になっている。後方勤務本部直属の実働支援部隊である第一輸送軍の大型輸送艦一八〇隻と補給艦六〇〇隻の存在は今回の遠征において欠かす事の出来ない重要な存在だ。

 

 同時に遠征を短期間の内に終わらせなければならないのは挟撃を防ぐためでもある。前線各地ではダース単位での陽動作戦が行われてはいるが、それとていつまでも誤魔化し切れるものではない。要塞の危機が発覚すれば戦線を放棄してでも帝国軍前線部隊は要塞に向けて急行する事だろう。

 

 幾ら六万隻の大軍とは言え、いや寧ろそれ程の大軍だからこそ挟撃されれば身動きが取れなくなってしまう危険性があった。後方の支援部隊や揚陸部隊が大打撃を受ける可能性もある。そうなれば作戦計画は根底から覆る。当然ながら帝国本土からも大軍が増援として派遣される事は間違いない。

 

 それ故に同盟軍は短期決戦を挑む必要に迫られていた。計画では帝国軍の哨戒網に捕捉されてから一週間以内に要塞を陥落させる事を目標とし、一〇日以内に陥落させる事が出来なければ例え戦局が優勢でも全速力で要塞から撤収する事を想定していた。この一〇日という数字は理論上引き返した帝国軍による挟撃と補給線の遮断を阻止出来るギリギリの日数であった。

 

「索敵部隊より暗号通信!第54独立空戦隊所属機が1-8-4宙域にて帝国軍哨戒部隊確認!!」

 

 シトレ大将が目前の困難に思いを馳せて苦い顔を浮かべていれば、『ヘクトル』艦橋の通信士が叫ぶように連絡する。艦隊の触覚として各所に散らせた単座式戦闘艇部隊が帝国軍の哨戒部隊を捕捉したらしい。

 

「此方の存在は気取られているか?」

「索敵部隊によれば通信量の増加等は確認されておりません。恐らくまだ捕捉はされていないかと」

 

 通信士と某かの会話した後、情報参謀ホーウッド少将がシトレ大将の質問に答える。仮にこんな奥地で索敵部隊が捕捉されたとしたら当然哨戒部隊内における通信量は瞬間的に増加する筈だ。それがないとすればまだ単座式戦闘艇はその索敵網に引っ掛かっていないと判断出来た。

 

「先程から進路変更ばかりか。流石イゼルローン要塞の警戒網だな。一光時進むのも簡単にはいかんか、想定以上の警戒体制だな」

「そろそろ捕捉される覚悟が要りますな」

「……ここ数日が勝負時か」

 

 総司令官用の座席に深く腰かけてシトレ大将は漆黒の宇宙の広がるモニターを見つめる。

 

「特務通報艦を要塞至近まで出すとしよう。少々危険だが要塞側の警戒体制の動向を探りたい。……総司令部の参謀達と各艦隊、空戦隊からの代表者に集まるように通達。戦端が開かれるのももうすぐだ。最終ミーティングで段取りを確認したい」

 

 総司令部要員達は緊張に顔を強張らせ、沈黙のままに敬礼で答えた。シトレ大将の提案に反対する者達は、皆無であった。決戦は、目前であった……。

 

 

 

 

 

 

 虚空の宇宙を一機の流星が進む。いや、それが流星ではないのはその光の機敏な機動で分かるだろう。

 

 つい数刻前に帝国軍哨戒部隊を捕捉し、その後四時間に渡りその背後を追尾して航路情報と通信を収集していた単座式戦闘艇スパルタニアンは、その任務を別機に交代して母艦に機首を向けていた。

 

 やがてスパルタニアンの光学カメラはその進行方向に無数の光源を観測し、それが密集して航行する同盟軍の大艦隊である事を確認する。スパルタニアンはそんな艦隊の一角を構成するその艦艇に向けてその速度を落としながら接近していく。

 

 無数に航行するモスグリーンの軍艦の中でもそれはその異彩と巨体から一際存在感を放っていた。

 

 ラザルス級宇宙航空母艦……ワシントン級、カサブランカ級、ホワンフー級に続く自由惑星同盟宇宙軍の最新鋭の艦隊決戦型宇宙航空母艦は、過去数十年に渡り同盟軍が蓄積した軍事ノウハウの結晶であった。

 

 全長九二八メートル、全幅二四一メートル、全高三七九メートル……一昔前の旗艦級戦艦と同等かそれ以上のサイズを誇る巨艦は、一隻で一個空戦隊を収容し、同時にその空戦隊に対して広大な戦域での指揮管制を行うだけの強力な通信・索敵能力、また高度な機体整備・補修能力と弾薬・燃料補給能力、更には操縦士に対する支援として高い居住性を有していた。常時実機での訓練が出来ない事も想定して艦内部に空戦シミュレーション室すら設置されている。

 

 空戦隊に対する支援能力だけでなく、その生存性に対してもかなりの工夫が施されている。半開放形式で単座式戦闘艇を艦載する設計は艦下方部に対する構造的脆弱性を有するが、同時に緊急時には瞬時の艦載機の発艦と脱出を可能としていた。

 

 また、艦載機の中には戦闘部隊とは別に複数の救命型スパルタニアンも事前に搭載されている。そのため轟沈でもしない限り、撃沈までのタイムラグの間に整備員を含む相当数の乗員が迅速に脱出出来るように配慮されていた。その他、艦内各所にはかなりの数の緊急用救命ポッドも設置されているし、応急処理用ドローンやダメージコントロール要員も戦隊旗艦レベルで充実している。前面装甲の厚さは旗艦級戦艦に匹敵する程であり、戦艦の主砲が直撃しても数発程度ならば耐えきって見せるだろう。

 

 その上、初期生産型はカンチェンジュンガ級、中期生産型以降はアイアース旗艦級戦艦の核融合炉をそのまま転用する事でその船体サイズに似合わぬ快速性能と強力なエネルギー中和磁場の展開を可能としていた。艦首の主砲は二五〇ミリ長距離中性子ビーム砲八門、側面及び後方に針鼠の如く並べられた副砲を兼ねる防空レーザー砲は一門一門が駆逐艦の主砲並みの火力であり、その総数は五五門。加えて一発で軍艦を大破させうる破壊力を秘めた大型対艦ミサイルのランチャーが全一六門、更に防空ミサイルを搭載したVLSも多数設けられている。

 

 重武装と言うに相応しいラザルス級のその火力は正面から一方的に戦艦を撃沈出来る程であるし、直掩防空隊と連携すれば理論上敵単座式戦闘艇の数個中隊程度であれば逆に撃滅出来る程の高度な防空能力を有していた。当然ながら、艦載する一個空戦隊の戦闘能力は適切に運用すれば瞬時に数個戦隊の艦艇を殲滅出来るだけの瞬間火力を秘めている。正にこの航空母艦は小さな要塞と称せよう。

 

 スパルタニアンは次第にラザルス級のその船体に塗られた白地の所属ナンバーが読み取れるまで接近していく。その番号を見る限り、件のスパルタニアンが帰還しようとしたのは第二〇一独立戦隊所属のラザルス級であるらしかった。

 

 第二〇一独立戦隊……所謂宇宙艦隊直轄の独立部隊の一つであるこの部隊は、航空母艦を中核とした編成であり、二八隻のラザルス級宇宙航空母艦とそれを護衛する巡航艦と駆逐艦合わせて一五六隻の計一八四隻の宇宙艦艇から構成されていた。

 

 自由惑星同盟軍単座式戦闘艇部隊は宇宙軍の便利屋だ。帝国軍よりも物量に劣る同盟軍は単座式戦闘艇をあらゆる任務に活用した。ワルキューレに比べて大柄であり、それ故に火力や航続距離、拡張性の高いスパルタニアンや、それ以前の世代であるグラディエーターやカタフラクトは、多少の改良や装備変更で対艦戦闘に防宙戦闘、偵察、哨戒、潜入工作、救命等多種多様な任務に運用される。

 

 第二〇一独立戦隊もまた旗下にある二八個独立空戦隊二四〇〇機の内凡そ三割をレーダー等に捉えられにくいステルス改修・秘匿通信改修を行い、遠征軍を中心に半径一〇光時の範囲を他の部隊と共にローテーション警戒、帝国軍哨戒部隊を捕捉次第密かにその後を追い、その航路と通信内容を探って遠征軍司令部に送信していた。

 

 第二〇一独立戦隊旗艦にして第五四独立空戦隊母艦に指定されたラザルス級航空母艦『ホウショウ』……正確には宇宙暦782年建造のラザルス級宇宙航空母艦前期型の九六番艦の底部に向けてスパルタニアンは非常にゆっくりと回り込んだ。この時点で操縦士は既に『子守唄』との別称で知られる艦載AIによる自動着艦状態に移行していた。

 

『管制よりワイヴァーン・イレヴンへ、第三八格納庫に着艦されたし』

「此方ワイヴァーン・イレヴン了解」

 

 機体識別ナンバーにワイヴァーン・イレヴン……即ち第五四独立空戦隊のワイヴァーン中隊の一一番機の称号を付与されたスパルタニアンは管制から誘導された格納庫に向かう。

 

 古来より航空機の母艦からの発着艦は極めて難しい作業と言われて来たがそれも過去の事、同盟宇宙軍の最新鋭単座式戦闘艇スパルタニアンは操縦士の負担を極限まで抑える設計となっており、AIが機体と母艦の相対距離を計算しスラスターで微調整しながら接近、操縦士がその補助と確認を取る形式だ。母艦が誘導レーザーを照射してスパルタニアンが指定された格納庫の真下に辿り着けばワイヤーが射出され機体を絡めとる。そして母艦に設けられたアームがスパルタニアンに伸びてを格納庫に収容しコックピットブロックの与圧が開始された。

 

「っ……!」

 

 操縦士は格納と与圧作業の開始と共に身体の重くなる感触に軽く苦虫を噛んだ。スパルタニアンが『ホウショウ』の発生させる人工重力の影響下に入った事を意味していた。パイロットスーツに埋め込まれたパイロットサポートAIが状況を理解して身体を若干強く締め付け、あるいは軽度の電気ショックで筋肉を刺激する。突然重力の影響を受けて身体が感覚異常や貧血等の症状が出るのを回避するための処置である。

 

 一〇分程度して身体が人工重力に慣れれば、漸くコックピットが解放された。既にスパルタニアンの周囲を数人の整備員とその数倍の数の各種整備ドローン(アストロメク・ドロイド)が取り囲み機体メンテナンスを開始していた。無論、恐らくは真空空間に開放されている機体の下半分でも既に同じように宇宙服を着た整備員とドローンに群がられている事であろう。

 

「サインを御願いします」

 

 まだ二十歳にもなっていないであろう、専科学校を卒業したての女性整備員が機体から降りた操縦士にタブレットを差し出す。整備に関する同意書らしかった。

 

「あいよ、お嬢ちゃん。操縦中左側のスラスターが少し動きが悪かった。悪いけど見てくれねぇかな?」

「り、了解です」

 

 タブレットにタッチペンでサインをし、それを返しつつウインクして可愛らしく頼み込む操縦士に整備員が若干困惑しつつ敬礼で返した。恐らくは自身が整備担当した箇所だったのだろう。

 

 少し慌てたように踵の返す整備員の背中をニヤニヤと一瞥した操縦士は倦怠感に肩を鳴らすと、近場を通りがかっていたドラム缶に似た胴体に三本足のCシリーズ軍用整備ドローンを避けてシャワーを浴びにヘルメットを取り外しながら歩き始めた。

 

「おやおやおや?女の尻ばかり追う餓鬼顔が漸くお帰りかい?どうだい?今回の警戒任務は流石に簡単だから泣き虫なお前さんでもヘマせずに済んだかね?」

 

 粘り気のあるその声に、ヘルメットを脱いで人参色の髪をたなびかせた若い操縦士……ワイヴァーン・イレヴンことオリビエ・ポプラン曹長はその幼さの残る愛嬌ある表情を心底不快気に歪めた。

 

「ええ、グリゴリー中尉。俺は中尉と違って幸運の女神様方に愛されているようでしてね。このように五体満足、鼻の骨も折れずに無事に任務を引き継ぎ帰投出来た次第ですよ!」

 

 嫌味に対して同じく嫌味で返すポプラン曹長である。目の前の上官が……イーサン・グリゴリー中尉と自分が絶対に分かり合えない性格である事を彼は知っていたから自重する気は一切無かった。

 

「っ……!!ポプラン家の、いや長征の裏切り者が粋がるんじゃねぇぞ……!?」

 

 士官学校を卒業して数年しか経ていない血気盛んな中尉は顔を歪めて叫ぶ。ポプランと同郷にして昔馴染みでもあった中尉は、しかし心から軽蔑するような視線をポプラン曹長に向けていた。

 

「はっ!二言目にはいつもそれですかい中尉殿?女口説く時もそんな台詞しか言えないからモテないんですよ。少女漫画でも読んでその壊滅的な恋愛センスを磨く事を小官はお勧めしますがね?」

「てめぇ……!撃墜数が俺より上だからって調子に乗っているんじゃねぇぞ!泣き虫の意気地なしのオリビエ・ポプランが!いつまでも女のスカートの下に隠れられると思うなよ!?」

 

 グリゴリー中尉が高圧的に怒鳴る。ポプラン曹長と同じ宇宙暦771年生まれの中尉は、しかしポプランが専科学校の航空科を一六歳で卒業して六年弱軍務に就いているのに対して士官学校を卒業して一年余りしか経過していない。それ故に二人のパイロットとしての軍歴には雲泥の差があった。そしてその口調を見るに中尉の敵意の何割かはそれに対する劣等感から来ているらしかった。

 

 尤も、それについては指摘するのも酷な話かも知れない。グリゴリー中尉も、実戦経験ではポプラン曹長に劣るとしても、その才能と実力は本物だ。彼もまたスカウトを受けて第五四独立空戦隊の末席に所属している事がそれを証明していた。

 

 本遠征に参加予定の第五四独立空戦隊と言えば同盟人で知らぬ者はいない銀河最強の空戦隊として呼び声の高い部隊の一つである。長征系を中心としたハイネセン・ファミリーがスポンサーを務めるこの空戦隊は、当然ながら予備を含めた一〇〇名近い操縦士の全員が戦闘艇単独撃墜数一〇機以上の戦果を有するエースパイロットであり、同時に全員が純血のハイネセン・ファミリーで構成されていた。

 

 空戦隊隊長には単独撃墜数四〇〇機以上、同盟・帝国軍両軍の歴代全エースパイロットの中で最強の個人空戦技能を有するハワード・マクガイア大佐が君臨し、実務面での実質的司令官を務める副隊長は同じく空戦隊指揮に類い稀な才能を持ち自身もまた戦闘艇単独撃墜数三一八機、撃沈艦艇四九隻を数える同盟軍歴代撃墜王ランキング第七位ローランド・シマダ中佐、その他単独撃墜数二〇〇機超えだけでも『シャンダルーアの餓狼』に『幻影蝶』、『アスターテの踊る死神』等八名、単独撃墜数一〇〇機超えは一九名……その全員が二つ名持ちであり同じエースパイロット達からも畏怖される化物共だった。グリゴリー中尉もまた士官学校卒業して以来一年少しの間に単独撃墜数一一機に共同撃墜数七機、駆逐艦二隻の撃沈の成果を上げており、その将来性から空戦隊司令部からのスカウトを受けた身である。

 

「糞がっ!そもそもてめぇみたいな恥知らずな前科持ちがこの部隊にいる事が可笑しいんだよ!!」

「はっ、それは此方の台詞って奴ですよ。……俺だって好きでこの戦隊に来た訳じゃねぇ」

 

 最後の部分は殆ど吐き捨てるような口調でポプラン曹長は呟いた。

 

 殆ど勘当同然でありながらも、一応戸籍上は地方とは言え長征派の名士にして代々続く厳格な軍人家系の血を引くオリビエ・ポプランもまた、二十歳前に単独撃墜数三〇機を越えた時点でこの多くのパイロットの憧れを集めるエース部隊のスカウトを受けた。受けたのだが……。

 

(やってられねぇな。これなら以前の部隊の方が一万倍マシだったぜ……)

 

 これまで自身が赴任してきた幾つかの部隊を思い返してポプラン曹長は内心でぼやいた。全部が全部良い部隊だった訳でもないし、嫌な同僚や上官がいなかった訳ではない。それでもこの空戦隊よりはずっとマシだ。

 

 誉れ高い第五四独立空戦隊にスカウトされたのを知って壮行会を開いてくれた前任の空戦隊には悪いが、ポプラン曹長にとってこの最強の空戦隊は部隊に漂う空気の時点で最悪だった。

 

 気分屋で陽気な空戦隊長やスカウトに来た幼馴染みの姉貴分は兎も角、それ以外の者達は自身がハイネセン・ファミリーの血筋である事を誇りにしている者が大半であったし、過半数はそれを理由に異常に誇り高く、排他的で、排外的で、差別的な性格の者達ばかりであった。その禁欲的で、息苦しく、ストイックな風潮は、彼にとっては昔の嫌な記憶を思い出させ、彼の気質には合わな過ぎた。

 

 ましてや、彼が家族から勘当同然となった落ちこぼれの厄介者である事も、昔に地元で仕出かした前科も既に知られている。その事もあって同僚達の彼を見る目は決して優しくはなかったし、居心地も良くなかった。正直な話、スカウトに来た姉貴分の面子が無ければ転任届を提出していた所だ。

 

「それこそ情けねえ話とは思わねぇか?天下の第五四独立空戦隊様がお前さんのようなぺーぺーを、ましてや女のスカートに隠れるオカマ野郎をスカウトしなきゃならねぇ位人材不足って情けねぇ事実をよ?」

「てめぇ、言わせておけば!!ぶち殺してやる……!!」

「はっ!それは此方の台詞だぜ……!?」

 

 ポプラン曹長は襟首を掴んで殴りかかろうとするグリゴリー中尉に吐き捨てた。同時に彼は上官の足を払い背負い投げの準備に入っていた。そして………。

 

「止めんか貴様らっ!!」

 

 殺気だった怒声が格納庫に響き渡った。その聞き覚えのある声にポプラン曹長もグリゴリー中尉も、更に言えばいつの間にか野次馬根性で二人の周囲に集まっていた他の操縦士や整備員達もその声の方向に視線を向ける。同時に渦中にある二人以外の野次馬達は慌てて姿勢を正して直立不動の体勢で敬礼する。

 

 元来反骨精神や我の強い者が多いエースパイロット達すら例外ではない。まるでそこらの二等兵のように緊張しての敬礼は、しかし野次馬達が道を開けて姿を現した者達を見れば彼ら空戦隊員達の態度は寧ろ当然の事であったかも知れなかった。

 

 真っ先にポプラン曹長達の視界に映りこんだのはこめかみに青筋を浮かべた神経質そうな茶髪の黄色人種系佐官であった。空戦隊副隊長シマダ中佐はこの騒ぎに対して完全に不快気な態度を見せていた。

 

「おやおや喧嘩かい?随分と楽しそうな集まりじゃないか。いやぁ、若いって良いよなぁ」

「戦隊長、余り不用意な発言は止めた方が良いかと思いますが。戦隊長はいつも良く考えずに発言なさりますね?」

「ははは!誉めるなよ!」

「……誉めておりませんよ?」

 

 そんなシマダ中佐の背後から現れるのは一人は四〇代になろうかどうかだろう、気が良さそうで楽天的な赤毛の長身男性士官であり、彼と会話を交える今一人は清廉でお淑やかそうな一見すれば二〇代にも見える黒い長髪の女性士官であった。

 

 前者は言わずと知れた銀河最強のエースパイロット第五四独立空戦隊空戦隊長ハワード・マクガイア大佐であり、同じく後者は全構成員が単独撃墜数一〇〇機以上のエースパイロットだけで編成された同空戦隊最強と称されるドラグーン中隊中隊長『シャンダルーアの餓狼』こと、ミルドレッド・キャンベル少佐であった。その技量こそ空戦隊長、副空戦隊長に一歩譲るが、単独撃墜数だけでも二二四機に登る正真正銘のエースパイロットであった。

 

「……っ!!?せ、戦隊長殿!た、大佐方にお恥ずかしい所お見せ致しまして申し訳御座いません……!!」

 

 グリゴリー中尉が慌てて、そして恐縮しながら敬礼する。尤も、小心者と嘲笑う訳にも行かないだろう。単座式戦闘艇に乗り込むパイロットであればこの豪華過ぎる面子を見れば誰でも萎縮しよう。いや、下手に実力があるからこそ彼らがどれだけの力量があるのかを明確に理解させられてしまい余計緊張するのかも知れない。無論、それだけが理由ではないが……。

 

「………」

 

 一方、ポプラン曹長は拗ねたような態度で押し黙る。グリゴリー中尉程に卑屈になる性格ではないが、それでも彼は未だに自身の技量が目の前の上官達の足下にどうにか食らいつけるかどうかという事実を厳粛に受け止めていた。更に言えば、彼にはこの三者の内の一人に絶対に強く出られない相手がいた。それ故に故意に煽る程ふざけた態度も取る積もりは流石になかった。

 

 それはそうとして、騒動を起こしたポプラン曹長達に対して、特に実質的な管理責任者であるシマダ中佐は怒り心頭と言った表情を浮かべる。

 

「全く!これだから我の強いパイロット共というのは……!!原因なぞ興味はないが下らん喧嘩は止めろ!人材を無駄遣いする積もりか……!!?野次馬根性出している貴様らもだ!!悠長に見とる暇があるなら仲裁しないか!!?」

「おいおい、そう怒鳴るなよ。皆萎縮するだろうが?喧嘩するなんて元気で宜しいじゃないか?……いやぁ、若い連中は羨ましいねぇ」

「他人事みたいに言わないでくれませんかね?本来ならば大佐が指導するべき案件ですよ……!?」

 

 楽天的にかつ楽しげに語るマクガイア大佐に、シマダ中佐は憮然とした表情で反論する。戦略眼や政治力、コネクションではなく文字通り個人的な武功と広報的な理由のみで大佐に昇進して見せるという極めて珍しく例外的な経歴を持つマクガイア空戦隊長に対して、事実上の実務を取り仕切るシマダ中佐は教条的な信念や拘りはないにしろ、余程官僚的かつ政治的な思考をしていた。

 

「言いたくはないがね、今回の遠征は悪い意味で注目されているんだぞ?何と各スポンサーの戦歴トップフォー空戦隊の揃い踏みだ!ヘマなんてしてられないし、ましてや実戦前にトラブルなんて起こされたら堪らん!!」

 

 帝国系、より正確には帰還派がスポンサーの第一三四独立空戦隊を初め、今回の遠征では第五四独立空戦隊に並ぶ実力者が揃う空戦隊が他にも幾つか動員されていた。それはイゼルローン要塞攻略のために派閥の壁を越えて精鋭部隊をかき集めたという側面があるがそれだけが理由でもない。

 

 イゼルローン要塞陥落後の功績の分け前比率は、当然のように攻略に際して動員した部隊の数と質に比例するだろう。それ故に本腰を入れての要塞攻略作戦のために、その後の政争のためにも各政治派閥もまたその切り札を切らざる得なかった。

 

 つまり、裏を返せば派遣された各部隊の活動はそのまま背後のスポンサー達による戦後の政治力学を左右する事になる訳だ。第五四独立空戦隊もまた長征派を筆頭としたハイネセン・ファミリー系からの後援を受けている以上軍功を挙げる事を期待されこそすれ、無様な姿を晒す事は許されない。下らない諍いで貴重なパイロットが使い物にならなくなる事も、公式記録に残る不祥事を起こさせる訳にもいかなかった。

 

「御気持ちは分かりますが落ち着いて下さいな。余り興奮すると頭の前線が後退しますよ?」

 

 キャンベル少佐は、うんざりとした表情で肩を竦めて指摘する。目の前の上官が政治的手腕も事務能力もからっきしな戦隊長の代わりを受け持ちそのストレスから抜け毛が増えている事を彼女は把握していた。

 

「っ……!!兎も角だ!貴様ら、戦端が開かれるまで数日あるかないかという今の時期に下らん騒動なんて起こしてくれるなよ……?無様な行いを見られたら延々と物笑いの種にされるぞ?暴れるならばこれから幾らでも出来るんだ、こんな所で闘争心を無駄遣いしてくれるな!…・・・返事はどうした!?」

「「り、了解です!」」

 

 キャンベル少佐の一言多い諫言に鼻白みながらも、気を取り直してシマダ中佐は怒鳴るように注意する。その迫力にグリゴリー中尉もポプラン曹長も慌てて大声で返答する。その表情はかなり緊張していた。

 

「……宜しい。諸君、各々の職務に戻り精励するように。大佐、ではシャトルに乗りましょう」

 

 尚も不満そうにしつつ、しかし腕時計を一瞥すると小さく溜息をつきながらシマダ中佐は周囲の者達に鋭い視線を向けてそう命じる。野次馬達はその視線に苦笑いを浮かべつつ誤魔化すようにそそくさと逃げていき、自身の職務に戻っていった。

 

「俺は愛機に乗り込んでも良いんだけどなぁ」

「我々が困るのですよ、遠征軍総司令部も困惑します。我儘は言わずに早く向かいましょう。……キャンベル少佐、どうした?早く来ないか?」

 

 直接自分の愛機である単座式戦闘艇で『ヘクトル』まで行きたがる上官を宥めて、シャトルの待機する格納庫に向かうシマダ中佐は共に同行予定のキャンベル少佐が足を止めているのに気付いて振り向くと非難するように尋ねる。

 

「あ、副隊長。直ぐに向かうので先に行って下さい。……自分は少し話が残っているので」

「……手短にしたまえよ?」

「了解です」

 

 シマダ中佐の言にウィンクしながら敬礼で答えるキャンベル少佐。その階級に似合わないおどけた態度に呆れ気味に首を振りながら副空戦隊長は児童を引率するかのように上司を連れてシャトル格納庫に向かっていく。その姿を一瞥し、キャンベル少佐は目の前の幼馴染にして弟分の青年二人に肩を竦める。

 

「全く、昔から良く喧嘩しているけれど、二人共大人なんだしもう少し仲良く出来ないかなぁ?今回は何方から始めたのかしらねぇ?」

「姉御!俺はやはり納得出来ません!何故こんな奴を俺らの部隊に……!!」

「イーサン、オリビエの実力は本物よ?貴方も一緒に転任試験を受けた時に見てたでしょ?」

 

 もう幾度目かのグリゴリー中尉の不満に対してキャンベル少佐が物分かりの悪い弟に姉が言い聞かせるように説明する。同郷で子供の頃家の近かった二人をスカウトしに来たのは彼女であるが、無論無条件で転任出来る訳でもない。第五四独立空戦隊への転任試験は厳しい要件をクリアしてスカウトされたパイロットの五人に四人が落第する位には厳しい。グリゴリー中尉とポプラン曹長がこの空戦隊に正式採用されたのはスカウトしたキャンベル少佐の目が正しかった事を証明していた。

 

「そういう問題じゃないですよ姉御!こいつは俺ら同胞の落ち零れの裏切り者だ!それを姉御だってこいつのせいで…!」

「イーサン、いつまでも昔の事をほじくり返すのは止めなさい!!女々しいわよ!!」

 

 グリゴリー中尉が口にしようとした言葉を、キャンベル少佐は鋭い口調で咎める。

 

「けど姉御!!こいつは……!!」

「イーサン!!」

「っ……!姉御はいつもそうだ!ポプランに甘すぎる!!そんなのだからこいつは付け上がるんだ……!!」

 

 グリゴリー中尉は苦虫を噛むとそう吐き捨てて憮然な態度でその場を立ち去ろうとする。

 

「イーサン!?何処に行くの!?」

「シミュレーション室ですよ!予約していたのを思い出しました。遅れる訳にも行きませんので失礼致します。では!」

 

 拗ねたような態度でグリゴリー中尉が言い訳染みた声でそう言い捨てて去る。その後ろ姿をキャンベル少佐は悲し気に見つめる。

 

「……キャンベル少佐。自分も帰投したばかりですので、そろそろ帰室しても良いでしょうか?」

 

 ポプラン曹長は気まずそうに幼馴染の上官に質問する。非常に義務的で、感情の籠らない言い様であった。

 

「……分かったわ。御疲れ様、ゆっくり休んでね」

 

 暫しの沈黙の後、寂し気に、同時に優しい表情を向けてキャンベル少佐は労いの言葉をかける。ポプラン曹長は憮然とした態度で敬礼すると、そのまま気まずそうに踵を返し、その場を立ち去る。

 

「……畜生。これだから調子が狂うんだよ」

 

 忌々しげにポプラン曹長は呟いた。恐らくは善意なのだろう。優しさなのだろう。それは分かっている。あの姉貴分はそういう性格だ。面倒見が良すぎる人間だ。だからこそ自分のような落ちこぼれの裏切り者のような存在相手でも見捨てないのだろう。

 

 それでも、いやだからこそ彼にとっては既に捨て去った過去に自分を引き戻すこの部隊が、この空気が、そして姉貴分の上官の存在そのものが不愉快であり、耐えられなかった。

 

「糞ったれ……!!」

 

 それが八つ当たりであり、不当な感情であり、ある意味で自業自得である事を理解しつつも、それでも尚オリビエ・ポプランは苦悩の表情でやり場のない怒りを吐き出していたのだった……。




原作の記述を入念に読んでいくとポプランの原作以前の人生って闇が深そう……。

話は変わって、ついでに同盟軍独立航空隊編成(捏造)の設定について少し触れます。

原作ドーリア会戦内で「ウイスキー、ウォッカ、ラム、アップルジャック」とポプランが中隊名を口にしているので一個空戦隊=四個中隊と仮定します。

また、最初期の空母ワシントン級では艦載機は一二機、ホワンフー級では八〇機前後だったそうです。またバーミリオン会戦でウォッカ中隊が一四機生存という台詞があります。そのため一個中隊=一二機~一六機、一個空戦隊=最大で八〇機と仮定しております。

また原作登場人物においてコールドウェル大尉が第二空戦隊副戦隊隊長、アップルジャック中隊にモランビル大尉がいるために中隊長=大尉以上、空戦隊長=少佐以上が確定します。

ですので戦闘部隊の基本的な編成としては
一個独立空戦隊(空戦隊長は大佐ないし中佐)
・司令部直轄部隊(エースパイロットによる遊撃隊・精鋭部隊二個小隊で構成された中隊編成六機~八機・少佐ないし大尉が隊長)
・第一中隊(中隊長・大尉・空戦編成)
・第二中隊(中隊長・大尉・空戦編成)
・第三中隊(中隊長・大尉・空戦編成)
・第四中隊(中隊長・大尉・爆装編成)

 となり、戦闘部隊としての単座式戦闘艇の定数は最低五六機~最大七二機とします。尚、空戦編成は文字通り敵戦闘艇との空戦を、爆装編成は原作では触れてませんが対艦攻撃を主体としているとしています。原作バーミリオン会戦で他部隊と比べても壊滅的被害を受けたアップルジャック中隊は第一空戦隊内の爆装編成部隊であり機動力が低かったのがその理由としています(そもそもアップルジャック中隊は空戦する積もりがなく、残る空戦編成三中隊が押し込まれてしまい已む無く空戦に持ち込まれたと解釈)。因みに帝国側では本作内でも触れてますが対艦戦闘は基本雷撃艇等に任せワルキューレは制空戦闘を主体としているとしています。映画版アスターテで同盟側の空母や戦艦を沈めていたワルキューレのパイロットは多分相当の手練れです。

 上記の編成に加えてホワンフー級ではここに予備機及び偵察機等が八機~二四機編入して満載、最大八〇機で一個空戦隊とします。ラザルス級では一〇〇機搭載可能ですがこれはホワンフー級では一個空戦隊を搭載すればそれ以上格納出来ず搭載機運用面での余裕がなかったために収容可能機体数を増やしただけであり、ラザルス級でも一個空戦隊の定数は変わりません。

 ラザルス級では独立空戦隊に当てられていない残る格納庫は
・母艦直属の護衛部隊専用格納庫
・運用中の格納庫が損傷した際のスペア
・他部隊の損傷機収容用の臨時格納庫
・救命型・工作活動型スパルタニアン等支援機を収容する格納庫

等に活用されていると本作では設定しております。また空戦隊には事務管理隊や整備部隊も編入されている(整備主任トダ大尉等)ので全体の編成としては

空戦隊司令部(空戦隊長は大佐ないし中佐)
 (支援部隊)
    ・総務部
    ・人事部
    ・装備部
    ・衛生部
    ・空戦隊付憲兵隊
  ・空戦隊整備群(群司令官は少佐ないし大尉)
    ・検査隊
    ・装備隊
    ・修理隊
    ・補給隊
 (実働部隊)
   ・司令部直轄部隊(エースパイロットによる遊撃隊・精鋭部隊二個小隊で構成された中隊編成六機~八機・少佐ないし大尉が隊長)
   ・第一中隊(中隊長・大尉・空戦編成)
   ・第二中隊(中隊長・大尉・空戦編成)
   ・第三中隊(中隊長・大尉・空戦編成)
   ・第四中隊(中隊長・大尉・爆装編成)
   ・空戦隊偵察小隊(小隊長・大尉ないし中尉)
   ・空戦隊電子戦分隊(分隊長・大尉ないし中尉)
   ・空戦隊予備隊

 で編成されていると設定致しております。

 また、現実的に考えた場合、一個艦隊の全ての単座式戦闘艇搭載可能艦にスパルタニアンが艦載されているのは非現実的ですので基本的に常時艦載しているのは宇宙空母(一個戦隊に二、三隻、一個艦隊で五〇~八〇隻)、艦隊・分艦隊・戦隊・群・隊旗艦までと仮定、それ以外の艦艇は必要に応じて艦隊司令部等から派遣される形式とします。結果的に、同盟宇宙軍一個艦隊のスパルタニアン定数は七〇〇〇~八〇〇〇機前後になる設定しております。

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