帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

187 / 199
第百七十九話 慌ただしい時は一歩引いて考えるのが大切

 要塞防衛司令官エーヴァルト・フォン・クライスト大将は、短躯なれど広い肩幅に筋骨隆々な肉付きを持った巌窟を思わせる険しい表情に禿頭の男であった。その見かけだけでいえば地上軍の下士官か兵士上がりの叩き上げに見えるかも知れないが、実際の経歴は良くも悪くもかなりその外見からの印象を裏切るものであった。

 

 フォンの名称を頂く通り、大将は歴とした貴族階級である。しかしながら爵位を有する門閥貴族階級出身ではなく、帝国黎明期まで辿る事の出来る騎爵帝国騎士の家系である。更に言えば、武門貴族ですらなく、学術・技術畑の出身であった。

 

 銀河連邦が崩壊の一途を辿った宇宙暦三世紀末から四世紀初頭において、科学技術の多くが喪失の危機に陥った。産業革命以降、化学技術は複雑化・高度化を続け、専門化・分化していった。

 

 当然ながら超光速航行技術を始めとした宇宙船舶技術、それ以外にも惑星改造技術や遺伝子操作技術等も広範な理論と、膨大な技術を応用して作り出される高度な機械を用いなければ再現出来ぬものである。

 

 連邦末期においては中央宙域や一部の富裕な星系を除き科学技術に対する投資は減少し、また高度な専門教育機関どころか義務教育制度すら半ば崩壊していた。各種の専門技術を有する人材の供給は先細りし、技術レベル全般の衰退を促した。

 

 どうにか確保された技術者も、しかしその多くは十全に活用されなかった。銀河規模にグローバル化し、相互依存するようになった銀河経済において、治安の悪化から星間物流が停滞した。どれ程知識を蓄えていようとも、それを物質化出来なければ意味がない。宇宙船舶一隻を建造するのに数千の企業が供給する数十万の部品を求められて、数万もの工程が必要とされる。物にもよるが、その部品一つ、工程一つが欠ければ場合によってはそれだけで宇宙船舶も使いものにならなくなるのだ。そして、治安が悪化し星間物流が停滞すればその手の問題が銀河中で噴出する。

 

 その悪影響は、工業基盤が脆弱で農業や鉱業等第一次産業に依存していたフロンティアの星系、逆に高度に経済が発展してしまい金融サービス等第三次産業の比率の高かった星系において特に顕著だった。特に前者にとってそれは破滅的であった。数百の開拓惑星が放棄され、ほぼ同数の惑星が破綻して崩壊した。

 

 成立初期、予算と人材が慢性的に不足していた銀河帝国は、貴重な高度技術者・専門家を下級貴族として世襲化、あるいはギルド化する事で、安価で良質な人材の安定的供給を図ろうとした。幼少期から徒弟制で教育する事により一定量の人材を低コストで生産する……少なくともそれは混乱期にあった当時の銀河情勢に合致していたのは間違い無い。困難であろうと言われた最盛期の銀河連邦の科学水準を辛うじて維持し得たのだから。

 

 無論、それは当時の社会情勢での最適解であって、五〇〇年近く時代を経た宇宙暦八世紀においてはその国策が腐敗と利権の温床となっている面は否定出来なかった。

 

 ……兎も角も、そのような専門家一族の出であるクライストが銀河帝国軍人となったのは、やはり第二次ティアマト会戦の影響が大きいだろう。武門貴族や士族の多くが死滅した結果、他分野の貴族がその穴埋めに動員される事となった。

 

 銀河帝国地上軍工兵科の技術将校として動員されたクライストは比較的マシな方であっただろう。代々中央省庁の文官を務めながらいきなり最前線で歩兵部隊の指揮官や戦艦の艦長に捻じ込まれた貴族すらいる事を思えば、まだしも工学の専門家である分、工兵部隊の運用はその範疇内の職務であったのだから。同じような出自の貴族としては、二年前のエル・ファシル攻防戦にて叛徒の捕囚となったアントン・ヒルマー・フォン・シャフト技術中将等の例が存在する。

 

 宇宙軍と地上軍の縄張り争いの例もあり、銀河帝国においては宇宙要塞の司令官に地上軍出身者が就任する例は少なくない。その上で、イゼルローン要塞の反乱を考慮して要塞駐留艦隊司令官との関係は険悪である方が帝国軍上層部にとっては都合が良かった。

 

 当然ながら司令官の身分は最低限貴族階級であるべきであり、その上で要塞駐留艦隊司令官ヴァルテンベルク大将は武門貴族出身であるために同類の武門貴族以外であるのが良いだろう。その上で地上軍出身かつ、相応の管理能力を有し、尚且つ階級で不足ない人物、という半分消去法でクライスト大将は名誉ある要塞防衛司令官の地位に着任した。

 

 そして、案の定クライスト大将は、ヴァルテンベルク大将とは決して職務で互いの足を引っ張る事はなくとも私的には冷たい対立状態を保っていた。それはイゼルローン要塞という特殊な立地の反乱を警戒する帝国軍上層部、そして帝国政府にとって正に期待通りの状況であった。

 

 ……最前線と言う環境にありながら故意にそのような人事を行うのは、帝国軍がまたイゼルローン要塞というハードウェアに信仰に近い信頼を寄せている事の証左であり、同時にその信仰が決して張り子の虎でない事は過去幾度も行われ無残な失敗に終わった同盟軍の侵攻からも分かるだろう。

 

 そう、イゼルローン要塞は難攻不落の要塞である。銀河においてこれよりも頑強な宇宙要塞は少なくとも今現在において他にはないであろう。

 

 しかし、いやだからこそ帝国軍はその事を忘れていた。如何なるハードウェア、道具であろうとも、それを扱う人物に能力と意志がなければその実力を最大限に発揮出来ない事を。そして、その立場にある者達の間に軋轢がある以上、イゼルローン要塞が本当の意味で難攻不落とは成り得ないという事実を………。

 

 

 

 

「第三、及び第四防空砲兵大隊展開完了しました。第七防空砲兵大隊の展開まで後三〇分を要します」

「第四八警戒群、定時連絡の報告をせよ……」

「各要塞空戦隊、第一級警戒態勢を維持せよ。哨戒部隊の交代時間は……」

「各宇宙港に通達、駐留艦隊が近づきつつある。港務部はただちに損傷艦受け入れ準備に入られたし」

「装甲擲弾兵第一六師団、即応態勢に入りました。第七〇八警備大隊は第三通路に展開せよ……」

 

 イゼルローン要塞のほぼ中心部に存在する三重の隔壁で仕切られたその空間こそが、要塞の脳に当たる要塞防衛司令部である。華美な装飾に彩られた高等学校の体育館並みの空間には各種のオペレーターが百人以上詰め、要塞内部に犇めく五十万近い兵員を指揮統制していた。司令部の一段高い場所に設けられたデスクでは要塞の主要幹部が肩を並べて要塞防衛司令部に設置された巨大なスクリーンモニターに視線を集中させる。

 

「ふははっ、駐留艦隊の奴らめ、必死に逃げて来おるわ!だから私の言う通りにしておれば良かったのだ、間抜け共め!」

 

 要塞防衛司令部の仰々しい司令官席に腰かけるクライスト大将は巨大スクリーンモニターを見つめながら嘲りを含んだ笑みを浮かべた。クライスト大将は敵軍の戦力が四倍から五倍である情報を伝えられた時点で艦隊による前哨戦そのものに反対していた。

 

 反乱軍が『D線上のワルツダンス』を狙って来るのは過去の攻防戦から明らかであり、尚且つ圧倒的な戦力差がある以上、クライスト大将は要塞のすぐ傍に艦隊を展開させた上での籠城戦をするのが最善と判断していたのだ。過去の遠征と違い、同盟軍は勢力圏境界の帝国軍を撃滅して要塞に雪崩れ込んで来た訳でもない。過去の遠征のように反乱軍は長期間に渡る戦闘は困難、ならばこれまでのように艦隊を囮にして要塞主砲でこれを吹き飛ばさずとも時間稼ぎして反乱軍の兵站の限界と増援到着を待てば良い、という訳だ。それを……。

 

「全く、ヴァルテンベルクの猪め!此方が懇切丁寧に説明しても聞く耳を持たん!これだから武門貴族と言うのは厄介なのだ……!」

 

 クライスト大将は先日の作戦会議を思い浮かべると憮然とした表情で、傍らに控える従兵からブランデーの注がれたグラスをふんだくると呷るように一気飲みした。そしてデスクの上にグラスを叩きつけて深く息を吐き出す。それは内心の苛立ちを発散して冷静にこれから始まる戦闘の指揮を執るためのものであった。

 

 ……先日行われ、怒声の飛び交った作戦会議における意見の相違は、武門貴族とそれ以外の貴族の価値観の差異が如実に現れたと言えるだろう。帝国に仇なす反乱軍を見逃さず、徹底的に粉砕しようという意志が真っ先に出て来る武門貴族のヴァルテンベルク大将とは違い、クライスト大将は外見は兎も角その根っこの価値観は技術者のそれである。無理してまで反乱軍を撃滅せずともその侵略の意志と目的さえ阻止出来れば十分という意見であった。

 

 双方が重きを置いているものが違う以上、作戦会議が紛糾するのは当然の事である。最終的にはクライスト大将には艦隊指揮の権限もノウハウもなくヴァルテンベルク大将の出撃を止める術はなかったのだが……この分ではこの戦い以降要塞の実質的な頂点に君臨するのはクライスト大将の方になりそうであった。

 

「ふん、まぁ良い。駐留艦隊の奴等共、精々貴様らはそこで我々が反乱軍を殲滅する光景を指を咥えて見ているが良い。……主砲発射準備っ!」

「はっ!『雷神の鎚』発射用意……!」

 

 くわっ!と目を見開くように叫ぶクライスト大将。そしてその命令に答えるように通信士が要塞主砲管制室に向けて指示を発する。同時に要塞表面からは八つの特殊砲台が円を作るように浮き上がり、莫大なエネルギーを放出し始める。

 

「九七……九八……九九……要塞主砲のエネルギー充電完了!」

「っ……!?お待ち下さい!大変です!敵と味方の距離がありません!り、両軍入り乱れて混戦状態に陥りつつあります……!」

 

 通信士の一人が要塞防衛司令部にとって勝利の福音とも言うべき要塞主砲発射準備完了の知らせを、しかし直後に別の通信士が悲鳴に似た声でその事実を報告する。同時に要塞防衛司令部のスクリーンに映し出される展開図。プロでなくてもそこに映し出される帝国・同盟の両軍が陣形を乱して完全に混合されている状況を読み取れた筈だ。要塞防衛司令部に詰める士官や兵士達は動揺して騒めき始める。

 

「な、何ぃ!?馬鹿な、これでは『雷神の鎚』が撃てぬではないか……!?艦隊の連中は何をしておる!!?役立たず共め……!!」

 

 そして、動揺して慌てたのはクライスト大将もであった。要塞駐留艦隊が何故このような無様な状態で反乱軍を呼び込んだのか彼は理解出来なかった。

 

 ……ヴァルテンベルク大将からすれば要塞の戦力を当てにしていたのではあるが、クライスト大将からすれば唯の良い迷惑であった。無論、要塞駐留艦隊の壊滅は要塞にとっても軽視出来る事態ではないし、ヴァルテンベルク大将の選択は必ずしも誤りではない。だがそれでも本当に敵軍と混戦状態となったままで後退してくるなぞ……!

 

「おのれ、ヴァルテンベルクめ。ふざけた事をしてくれよって……!浮遊砲台に支援砲撃をさせろ!艦隊に距離を取らせねばどうにもならんわ!」

 

 怒りのあまり頭部に青筋を浮かべつつもクライスト大将は的確な命令を通達した。数千にも及ぶ浮遊砲台を集めて、要塞駐留艦隊に追い縋る反乱軍……第五艦隊だった……に向けて一斉に砲撃を放った。浮遊砲台は戦艦並みの口径があり、しかも要塞の核融合炉から莫大な電力を供給されている。それ故にその射程は長く、その速射性と破壊力も高い。要塞駐留艦隊の最後尾をつけていた第五艦隊はその砲火を前に、初撃で一〇〇隻近くの艦艇を撃沈又は大破させられた。止む無く第五艦隊は追撃を取り止めて、『雷神の鎚』射程ギリギリの線から長距離砲による要塞との砲撃戦に移る。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 ……そしてそれすら同盟軍にとっては想定の範囲内であった。

 

「第五艦隊に浮遊砲台の攻撃が集中しております!」

「構わん、作戦通りだ!第五艦隊は要塞に長距離攻撃をさせて此方への注意を逸らさせろ!」

 

 『ヘクトル』艦橋、通信士からの報告にレ中将は叫ぶ。帝国軍からすれば追撃してくる同盟軍の足を止めようとの砲撃であろうが……そもそも機動力で劣り大型艦の比率の大きい第五艦隊を肉薄攻撃要員とする積もりは更々なかった。要塞側が第五艦隊を攻撃したのは、彼ら自身が選んだというよりも同盟軍が彼らにとって真っ先に狙い易い宙域に展開させた事が理由だった。 

 

 つまり、ある意味で帝国軍は乗せられたのだ。クライスト大将は無能ではない。しかし地上軍かつ工兵科出身であるために艦隊戦のノウハウではその道の専門家に一歩譲る。同盟軍はそこまで計算に入れて各艦隊を展開させていたのだ。

 

「良いぞ!第五艦隊に注意が向いている今の内に第八艦隊も突入!このまま乱戦状態になって要塞に肉薄しろ……!」

 

 シドニー・シトレ大将の命令と同時に『ヘクトル』も前進し、要塞主砲『雷神の鎚』射程内にまで突入する。それは兵士達に安心して突撃をさせるためのポーズであり、また要塞からの通信妨害が激しくなる中前線部隊への連絡のための苦肉の策でもあった。無論、『雷神の鎚』が放たれても反転して全速力で離脱すればギリギリ脱出出来るよう座標に注意してはいるが……。

 

「はははは、此方の作戦が見事に図に当たりましたね!要塞の奴ら、主砲を撃てずにきっと泡食ってますよ!見て下さいあの慌てよう、碌に陣形も作れていません。あんな戦列では足止めも出来ませんよ!」

 

 司令官次席副官アッテンボロー中尉が心底愉快そうにスクリーンを見やる。丁度、要塞から大型戦闘艇が姿を現していた。雷撃艇やミサイル艇、砲艇等、一人ないし数名が乗艇する超光速航行能力を持たぬ艦艇群……二個戦隊一〇〇〇隻程度であろうか。要塞への肉薄を阻止するために出撃したのだろうが相当混乱しているようだ。統制が利いているとは思えぬグダグダな隊列であった。それこそ一個駆逐艦群が突撃でもすればそれだけで突破出来そうだ。

 

「このままいけば主砲を撃たれずに揚陸も出来そうですね」

 

 元々軍人嫌いではあるものの、それでもやはり数十年に渡り同盟軍を苦しめ続けたイゼルローン要塞を陥落出来そうともなれば感じるものがあるのだろう。アッテンボロー中尉の声には明らかな興奮の色があった。

 

「そうだと良いけどね」

 

 楽観的な空気が広がりつつある艦橋でその声は妙に良く響いた。アッテンボロー中尉以下、その声を聴いた数人が顔を強張らせて その声の主に視線を向ける。

 

「安心するのはまだ早いさ。本当に主砲を撃たないなんて保証は何処にもないからね。……余り愉快な想定ではないが楽観論は禁物さ」

 

 そこに冷や水をかけたのは次席副官のすぐ傍のデスクでぼんやりと座っている総参謀長補佐官ヤン・ウェンリー宇宙軍少佐であった。感情を読み取れない表情で静かに戦況モニターを見つめ続ける。

 

「確か先輩のシミュレーションでは二〇万から三〇万でしたか。けど、本当に有り得るのですか?いくら何でも味方ごと撃つなんて真似は……」

「その可能性について言及した高級将校が数名いたそうだからね。それも帝国通の顔触れが揃っているとなればそれを前提とするべきだろう」

「………」

 

 ぼんやりとした表情で冷徹な言葉を淡々と口にするヤン少佐。さしもアッテンボロー中尉もこれには言葉を失う。周囲の他の参謀スタッフ達も沈黙して重苦しく、不安げな雰囲気でスクリーンモニターに視線を向ける。そして、祈る。最悪の状況が発生しない事を。

 

 ……尤も、ヤン少佐が彼らの心情を聞けば困った表情を浮かべただろう。彼らの思う『最悪』は残念ながらこの魔術師にとっては少なくとも『最悪』ではなかった。

 

 とは言え、やはり魔術師は言及しない。したところで避けようもないのだから言っても仕方ない。それに、万一帝国軍がその選択をしたとしても、同盟軍にとっては遠征が五度目の失敗に陥るよりかはまだマシではあるのだ。

 

「……さて、そろそろ作戦は第三フェーズに移行かな?」

 

 腕時計の針と戦況モニターを見比べた後、ちらりとヤン少佐はシトレ大将の方を見やる。そのシトレ大将は参謀長レ中将、作戦参謀マリネスク少将と顔を合わせて頷いていた。そしてヤン少佐の想定通りにシトレ大将は宣言する。

 

「よし!各艦、空戦部隊を出撃させろ!駆逐艦部隊と共同して要塞周辺の制宙権を確保せよ……!」

 

 遂に同盟軍による要塞に向けた直接攻撃が始まった。

 

 

 

 

 

1230時頃、第八艦隊と共に前線に出て来ていた第二〇一独立戦隊にシトレ大将の無線通信が届けば、戦隊は事前の計画通りに行動を開始する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

『これより第四一二、四一三、六一〇駆逐艦群が敵戦闘艇部隊の戦列に穴を空ける。第一次攻撃部隊は要塞表面の防空レーダー及び浮遊砲台を爆撃せよ。訓練通りやれば糞餓鬼でも出来る簡単な任務だ、後続部隊に無駄な手間を取らせるなよ?』  

 

 戦隊航空参謀の通信を、スパルタニアンの操縦士達は操縦席に設けられた無線越しに聞いていた。その上で機器の状態の最終チェックを行いつつ不敵な笑みを浮かべる。そこにあるのは厳しい訓練によって培って来た明確な自信であった。

 

 整備員やドローンが機体から離れていく姿がスパルタニアンの光学カメラからの映像で確認出来た。親指を立てる整備班長にパイロット達が敬礼で応じれば、機体にシャッターが下りて減圧作業が開始される。そして次の瞬間にはスパルタニアンの操縦席から見える映像は漆黒の宇宙に変わっていた。彼方此方で敵味方の艦艇が砲撃の応酬をして、巨大な爆発の光が真っ暗な世界を美しく彩る……。

 

『さぁ、野郎共。気取った女神様の厚化粧をひっぺ返してやれ!スパルタニアン第一中隊出撃……ゴーッ!!』

 

 各航空母艦の管制官の宣言と共に爆装したスパルタニアンの群れが母艦から切り離され、同時にブースターを噴射して一気に彼らは流星のように飛び去った。初速ですら秒速数十キロという高速での発進によって母艦は一分もせずに豆粒よりも小さな光へと消えていった。軽く二〇〇〇はあろう、同盟軍単座式戦闘艇による第一次攻撃部隊は艦隊同士の火砲の雨を掻い潜り眼前にそれを収める。

 

『此方ブラヴォー中隊、要塞を視認!』

『チャーリー中隊も同じく!』

『ガンマ中隊も確認した!ちぃ、来たぞ!正面に敵大型戦闘艇部隊……!』

 

 要塞に向けて突入せんとする単座式戦闘艇部隊の前に立ちはだかるのは帝国軍要塞防衛司令部に所属する戦闘艇部隊である。ワルキューレには劣るものの駆逐艦以上の機動力によって即座に戦場の穴を埋めて防衛線を構築し得る彼らは、同時にスパルタニアンを遥かに超える大火力を有している。

 

『攻撃来ます!ぎゃ……!?』

 

 砲艇であれば四門の光子レーザー、ミサイル艇であれば八連装対空ミサイル、雷撃艇に至っては二四門の電磁投射砲を備えた大型戦闘艇部隊の一斉攻撃の前に、スパルタニアン達は乱数回避を行うものの不運な何機かは被弾して爆散する。

 

『ちぃ!マルコスが殺られた!?各機落ち着け!軍艦なら兎も角、スパルタニアンの機動力ならば早々当たらん!』

 

 想定よりも激しい砲火を前に動揺する各機を中隊長ないし大隊長達が落ち着かせるように叫ぶ。

 

『ですが隊長!此方の武装では射程が足りず反撃も出来ません!このままでは……うわっ!?』

 

 バーミリオン中隊に所属していたバーミリオン・セブンことネタニヤ・ポロンスキー軍曹が中隊長に向けて叫び、次の瞬間近接信管が作動したミサイルの断片を正面から食らってスクラップと化した。

 

『ポロンスキー!?ちぃ、あいつら、早く来い……!』

 

 部下の喪失に苦虫を噛みつつバーミリオン中隊の中隊長は『それ』を待つ。そして次の瞬間にはスパルタニアン部隊が待ちかねていた心強い味方が彼らの頭上から要塞に向けて突入した。

 

 正面斜め上から光子レーザー砲の雨が帝国軍大型戦闘艇部隊に降り注いだ。完全な奇襲を前に大型戦闘艇部隊は次々と爆散する。駆逐艦以上の軍艦と違い、彼女達に遠方からの流れ弾は兎も角射程内から放たれた艦砲を防ぐだけの出力のエネルギー中和磁場発生装置なぞ備えていなかったのだ。

 

 スパルタニアン部隊の掩護のために大型戦闘艇に向けて突進するのは同盟軍駆逐艦凡そ三個群である。主砲だけでなく側面の副砲、更にはミサイルも乱射して動揺する戦闘艇部隊を屠殺していく。

 

『よし、穴が開いたぞ!全機スラスター最大!一気に突き抜けろ……!!』

 

 友軍駆逐艦部隊が砲撃でこじ開けた穴に向けてスパルタニアン部隊は次々と突入する。この時点で二〇〇〇機の第一次攻撃部隊は一〇〇機近い損害を出していた。それは総司令部の作戦部と航空部の想定した損害の許容範囲内のものであった。

 

『見えた……!』

 

 第一次攻撃部隊の文字通り目の前に要塞のその強大な姿が映り込む。遠目からは完全な球体に見えた表面は、しかしスパルタニアンの光学カメラによる拡大映像からハイドロメタルによる『海』である事がその波立つ姿から確認する事が出来た。

 

『アルファからデルタ中隊、御先に行かして貰うぞ!』

『了解、諸君らの健闘を祈る!』

 

 真っ先に先陣を切っていた一〇〇〇機余りのスパルタニアンが要塞に向けて吶喊する。

 

『安全装置解除、各機急降下爆撃用意!』

『さぁ、行ってこい!自由と民主主義のために!』

『たっぷり食らいな、じゃが芋野郎共!!』

 

 スパルタニアンから次々切り離されるのは水中貫徹爆弾を改良して宇宙用に拵えたものである。イゼルローン要塞の流体金属層は光学兵器であればこれを反射し、ミサイルや電磁砲であればその衝撃を吸収してしまう。

 

 同盟軍の爆装型スパルタニアンがその解決のために選んだのは、一つに対潜水艦用に開発された深々海用特殊爆雷を宇宙用に改修してスパルタニアンに搭載する事、第二にイゼルローン要塞の質量と表面重力制御による引力を逆用した急降下爆撃であった。

 

 スパルタニアンは流体金属層の表面ギリギリまで急降下する事で速度を速めて爆弾を要塞に叩き込む。叩き込まれた爆弾はその造形から流体中での抗力を軽減するように設定されており、通常爆弾よりも遥かに流体金属層の奥深くまで突き進む事が出来た。そして内蔵されたソナーが要塞本体の四重装甲、その第一層の存在を感知すれば……。

 

「ぐおおっ……!?」

 

 途中で切り離しに失敗、あるいは突入角度を誤って最深部まで到着しなかったものもあれど、それでも八〇〇近い小型レーザー水爆爆弾が要塞表面第一層に到着し、爆発した。さしもの流体金属層もその衝撃を完全には封じきれなかったようで、その震動は要塞防衛司令部まで伝わる程であった。イゼルローン要塞着任以来初めて経験した震動を前に思わずクライスト大将は呻き声をあげる。しかし、彼も無能ではない。拳を握りしめすぐさま反撃の指示を言い放つ。

 

「おのれ反乱軍め、いい気になりおって!『雷神の鎚』が無くともこの要塞は無敵だと言う事を思い知らせてやれ!防空部隊、迎撃せよ……!!」

 

 その命令と同時に流体金属層から浮上した数百の浮遊砲台とミサイルランチャーが急降下爆撃を果たして無防備となったスパルタニアンに激しい報復を開始した。回避運動を取ろうとするも背後を取られて、かつ上昇中のために軌道は読みやすい。一〇〇機以上ものスパルタニアンが要塞の防空システムに撃墜されていく。

 

「ははは!落ちろ、卑しい奴隷共の玩具め!」

 

 浮遊砲台E-四三二の指揮官が嘲りの笑い声をあげながら兵士達に砲撃命令をする。内部には砲兵将校にして指揮官たる中尉以外に砲術士と観測員として下士官二名、防空警戒要員として兵士二名が詰める。戦艦に匹敵するエネルギーを帯びた光条が連射され瞬く間にスパルタニアン二機が撃墜される。

 

「次は四時方向、仰角五六度!アレを墜とすぞ……!」

 

 観測員の誘導に従い砲術士が砲の仰角を動かす。そして最高責任者たる中尉が砲撃命令を下そうとした直後の事であった。

 

「爆撃来ます……!」

 

 防空警戒要員の兵士がレーダー反応を探知して悲鳴をあげた時には手遅れだった。浮遊砲台E-四三二内部を激しい衝撃が襲い、次の瞬間には爆風が内部にいた者達全員の生命を奪い去った。

 

『へっ!油断は禁物だぞ?プレゼントはまだまだあるんだからな……!?』

 

 それは、要塞砲の反撃の瞬間を狙っていた残るスパルタニアン部隊が、流体金属層から顔を出した浮遊砲台に向けて爆撃を開始したためであった。此方は通常爆弾であり、スパルタニアン部隊が元より要塞側の反撃を想定していた事は間違い無い。浮遊砲台群はその罠にかかり次々と撃破されていく。

 

「ちぃぃ!!ワルキューレ部隊出撃せよ!煩い蝿共を叩き落とせ!」

 

 第四次攻防戦でもワルキューレ部隊を指揮・監督した要塞空戦隊司令官シュワルコフ少将が怒りに声を震わせながら叫ぶ。要塞の流体金属層から次々と現れたカタパルトデッキから射出されるのは特徴的なX翼……四枚の羽を持った純白の死の天使達である。次々と要塞表面に展開する銀河帝国宇宙軍航宙騎士団の単座式戦闘艇ワルキューレ……。

 

『地の利は此方にある!要塞砲と連携して袋叩きにしろ!』

『叛徒共の品のない戦闘艇なぞ恐るるに及ばん!我ら航宙騎士団の力、見せてやれ……!』

 

 戦乙女達は浮遊砲台群と連携して直線的で進路を予測しやすいスパルタニアンをその低出力レーザー砲で次々と撃墜していく。特に爆装型は動きが鈍重なために良い的であった。

 

『糞っ!舐めるな……!』

 

 スパルタニアンの操縦士達はバルカン砲と低出力レーザーを乱射して弾幕を張って対抗する。火力においてはスパルタニアンはワルキューレを圧倒していた。

 

 戦乙女達は得意の旋回能力を持ってトリッキーに動きスパルタニアン部隊の弾幕を回避していくが……直後に頭上から降り注いだ攻撃の前に次々と撃墜され、そのまま流体金属の『海』に機首から突っ込んでしまう。彼女らを襲ったのはスパルタニアン部隊の第二次攻撃部隊であった。此方は帝国軍がワルキューレ部隊を投入してくる事を見越しているのだろう。空戦型が占める比率が高かった。

 

『ええい、小賢しい!』

『何機来ようが皆殺しにしてやる……!』

 

 ワルキューレ部隊は機体を上昇させて第二次攻撃部隊と格闘戦に移る。帝国軍は浮遊砲台、同盟軍側は艦砲射撃の支援を受けつつ両軍の単座式戦闘艇部隊もまた艦隊同様入り乱れた乱戦状態に突入した……。

 

 

 

 

 

「敵は並行追撃作戦を成功させたようですね」

 

 ドッグに停泊する『エルムラントⅡ』の艦橋、そこで戦況を伝えるスクリーンモニターを一瞥しながら赤毛の中尉は艦長席の金髪の主君に向けて囁いた。

 

 要塞内での待機を命じられていた『エルムラントⅡ』以下第六四〇九駆逐隊所属の各艦艇であるが、同盟軍の並行追撃、更には爆雷攻撃が開始されるに及び、いつでもドックから発進出来るように命令が通達され、結果的に兵士達は酒精に顔を若干赤らめながらも緊張しつつ各々の部署で待機して発進の準備をしていた。尚、先日帝都オーディンから派遣されてきた謎の憲兵隊の一団は全員酔い潰れて要塞奥部の医務室に連行されている。

 

「みたいだな。要塞の連中の慌てふためく姿が目に見えるようだ」

 

 要塞側の浮遊砲台や単座式戦闘艇の必死の抵抗を見ながら、艦長席で足を組むミューゼル少佐は赤毛の副官の言葉に応じる。

 

「……にしても品の無い戦い方だ。戦略は理解出来る。しかしそのための戦術は随分と野蛮だ。要は物量による力押しじゃないか?」

 

 ミューゼル少佐は艦橋に僅かに漂う酒精の匂いに鼻白みながら、同盟軍の戦い方について副官に向け言い放つ。

 

「とは言え、物量を効率よく活かすのも司令官の手腕の見せ所です。此方の四倍から五倍の戦力、それを隠密裏に回廊まで進軍させ、しかもあの動きを見る限り指揮系統も殆ど混乱していないようです。敵司令官の手腕はかなりのものかと」

 

 イゼルローン要塞の強力な通信妨害を受けながら、回廊危険宙域に突っ込む事もなく並行追撃の態勢を維持しているのは流石というべきであろう。

 

「翻って我が軍の指揮系統は酷いものだ。あの様子だと艦隊と要塞で碌に意志疎通も出来ていないんじゃないか?」

 

 個別に見れば駐留艦隊と要塞の戦いは光る所もあるのだが、そこに連携している様子は贔屓目に見ても余り感じられない。同盟軍の妨害もあるのだろうが……それを考慮に入れてもその戦いぶりは褒められたものではなかった。

 

 呆れと失望を混合した溜息をつくミューゼル少佐、ほぼ同時にドックを唸るような震動が襲う。艦橋に詰める兵士達が動揺に互いの顔を見合わせる。

 

「……艦隊司令部に待機を命じられた時には腹が立ったが、これは寧ろ幸いかも知れないな」

 

 乱戦の中、流れ弾で乗艦が撃沈されていた可能性もある。実力及ばず死ぬのは仕方ないにしろ、流れ弾で不運の戦死なぞ彼は御免であった。

 

「キルヒアイス、お前ならここからどうする?」

 

 ミューゼル少佐が悪戯っ子に似た意地の悪い笑みを浮かべてここから先の敵の狙いを尋ねる。

 

「そうですね。現在の爆雷攻撃だけでは多少の損傷は与えられるでしょうが要塞の四重装甲を貫通するのは難しいかと。同盟軍もその事を想定していない筈はありません。となると……恐らくは無人艦艇に爆弾を詰め込み高速で叩きつける、等の攻撃で装甲を引き剥がそうとするのではないでしょうか?」

「随分と乱暴なやり方だな?……俺も同意見だ。ここまで艦隊が肉薄して、かつ制宙権確保に躍起になっている様子を見るにそんな所だろうな」

 

 そう言ってから、「流石キルヒアイスだな」とミューゼル少佐は目を細め、親友の若干癖のある赤毛に手を伸ばし気紛れに弄ぶ。そんな主君に対してキルヒアイスは少しだけ困り顔を浮かべつつも受け入れた。その光景は本人達は別に他意があった訳ではないにしろ下手に双方共顔立ちが整っているために何処か妖しく、退廃的な雰囲気も感じられた。

 

「だが……」

 

 暫し親友の髪で遊んでいたミューゼル少佐は、その言葉と共にその手を止め難しい表情を浮かべる。

 

「だが、少し引っ掛かるな。あの指揮からして敵軍の司令官の実力は凡そ分かる。であるならばあの戦力はこの作戦に比して少し戦力が過剰ではないか?」

 

 顎に手を置いて、険しい目つきで戦況モニターを睨みつけながらミューゼル少佐は疑念を浮かべる。自由惑星同盟とやらの反乱勢力が、決して財政的に豊かでない事は知っている。でありながらこの過剰戦力……敵の司令官の手腕ならばもう一万隻は少なくともこの作戦を成功させる事は十分に可能なように金髪の少年には思われたのだ。

 

「過剰な戦力……並行追撃……混戦……無人艦攻撃………まさか…………!!」

 

 次の瞬間、黄金色の少年は目を見開き、艦長席から立ち上がった。その表情には驚愕の色があった。

 

「艦長殿?」

「ラインハルト様、一体何が……」

 

 その変貌ぶりにキルヒアイス中尉を始めとした艦橋に詰める兵士達は一斉に上官に向けて視線を集める。

 

「至急駐留艦隊司令部、あるいは要塞防衛司令部に通信を!急げ、これは反乱軍の罠だ……!!」

 

 焦りながら叫ぶ指揮官に困惑しつつも通信士は直ぐに無線連絡をしようとする。しかし……。

 

「駄目です!駐留艦隊司令部との連絡はつきません!」

 

 同盟軍からの通信妨害と他の部隊との通信に対応を追われている駐留艦隊司令部にとって、たかだか一駆逐隊からの無線連絡を優先する事は不可能に近かった。

 

「っ……!要塞防衛司令部はどうか!」

「駄目です!彼方とは指揮系統が違います、此方からの通信は後回しにされてしまっています!!」

「くっ……!愚か者共め!」

 

 怒り狂ったような激しい形相を浮かべる少年。そして、切迫した口調でその命令を下す。

 

「本駆逐隊全将兵はただちに下船!陸戦の用意をせよ……!」

 

 それは今次遠征の趨勢を決める重要なターニングポイントであった。

 

 

 

 

 

『此方第七機動戦闘団前衛部隊!要塞表面に取り着きました!やったぞ……!』

『第四艦隊三分艦隊も同じく肉薄しつつあり!これより爆雷攻撃に移る……!!』

 

 1415時頃、同盟軍の最前衛部隊はイゼルローン要塞の一部表面への肉薄に成功する。浮遊砲台からの攻撃を防ぎつつ単座式戦闘艇部隊と共に制宙権の確保に成功、戦艦と巡航艦部隊の一部は機雷を改造した爆雷を流体金属層に向けて次々と投下し始める。要塞の各所で生じるハイドロメタルの水柱。

 

 同盟軍の爆雷攻撃を阻止せんと流体金属層より数隻の駆逐艦が浮上して電磁投射砲による砲撃が行われる。奇襲攻撃の前に何隻かの同盟軍巡航艦が轟沈するがそれだけの事であった。

 

『へへへ、頂きぃ!』

『沈め、専制政治の手先共め!』

 

 流体金属は液体金属であるがために重量と粘度があり、しかも要塞そのものが発生させている重力の存在から流体金属層より浮上する瞬間の艦艇はどうしても緩慢な動きとなる。そこを狙って雀蜂のように死角から襲い掛かったスパルタニアンの前にミサイルポッド等の急所を狙い撃ちされて大爆発を引き起こす帝国軍駆逐艦。一隻に至ってはレーザー水爆ミサイルに引火して流体金属層に船体を沈めた後核爆発を起こした。巨大な核爆弾と化した駆逐艦によって要塞が震えるように揺れる。そこに更にスパルタニアンや軍艦による爆雷攻撃が叩きつけられる。

 

「後一押しだ!もう一押しで要塞は落ちるぞ……!!」

 

 『ヘクトル』艦橋でアッテンボロー中尉が叫ぶ。その言葉はまだ要塞外壁が完全破壊されていなければ揚陸作戦も行われていない以上少々勇み足が過ぎるものではあったが、同時に決して誇張の類ではなかった。『ヘクトル』艦橋に詰める他の参謀スタッフ達もまた同じ意見であったからだ。

 

「いける……いけるぞ!?」

「単座式戦闘艇部隊、第三次攻撃部隊出撃!要塞表面の抵抗を完全に沈黙させろ!」

「第四次攻撃部隊も発進準備に入れ!ここからが最後の追い込みだぞ!揚陸部隊の護送するんだ!」

「揚陸部隊に前進を命令しろ!外壁を引き剥がしたら奴らの出番だぞ!」

「凄い!これはもしかして本当に……!?」

 

 『ヘクトル』のスクリーンに映し出される要塞表面の惨状を凝視して、普段は冷静沈着なエリート参謀達は興奮に顔を赤くして声を荒げる。若手だけならば兎も角、中堅やベテランまで興奮の色を隠せないようであった。同盟軍がこれ程までにイゼルローン要塞に打撃を与えたのは初めての事であったのだから。

 

「凄い迫力だな……」

 

 ヴォルター・フォン・ティルピッツ宇宙軍准将……即ち私もまた『ヘクトル』の艦橋から見える光景に圧倒される。艦橋のスクリーンからは四方八方で行われる砲撃戦が映し出されていた。圧倒的な戦力差もあり、同盟軍が優勢ではあるが要塞駐留艦隊も帝国軍の精鋭でありその抵抗は激しい。

 

「前衛第四艦隊の物資の損耗が想定以上です。これ以上前線に投入するのは厳しいかと……」

 

 傍らで控えるベアトがタブレット端末片手に意見具申する。開戦以来最前線で戦闘を続ける第四艦隊は、損害こそ想定範囲内であるが、それは弾薬と燃料をどか食いしての事であった。既に第四艦隊の戦闘効率は一五パーセントも低下している。

 

「第四艦隊の後退を具申するとしよう。第六艦隊はまだ余裕がある筈だから穴埋めに使える。……ロボス中将も功績を立てる機会だから了承してくれる筈だ」

 

 問題は『雷神の鎚』が発射される際真っ先に狙われそうな点であるが……第五艦隊は接近戦に向かず、総司令部の置かれた第八艦隊を更に前進させる訳にもいかない。第六艦隊が編制的にも一番最善である事を思えばそれ以外の選択肢はないであろう。

 

(……それにしても意外なのは亡命政府軍か。いつもならもっと血気盛んなのだけれどな)

 

 今回の要塞攻略作戦で派遣された亡命政府軍は過去最少の規模であり戦力温存を基本戦略としている事、司令官が(比較的)穏健なヴァイマール中将である事を差し引いても、要塞主砲射程範囲に一歩も足を踏み込まずに長距離砲撃に限定している姿は何処か違和感があった。まるで、何かを恐れている、いや困惑している……?

 

「……直ぐに提案内容の体裁を整えよう。ベアト、手伝ってくれ」

 

 何処か引っ掛かる所があるものの、いつまでも考えている時間は無かった。私はベアトと共に総司令部への意見具申の書類の作成に入る。

 

 私の提案はクブルスリー少将を通じて直ぐにシトレ大将に承諾された。シトレ大将も既に似たような考えを持っていたらしい。命令は迅速に実行される。そして、同時にこの艦隊の入れ替わりに紛れるように司令部が待機させていた『ソレ』も前進する。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「始まったな……」

 

 『ヘクトル』のすぐ隣を通り過ぎる戦艦と巡航艦の戦列を見て私は息を呑む。作戦は遂に第四フェーズに移ろうとしていた。同時に、それは原作同様の推移を辿るとすればあの惨劇が近い事も意味していた。

 

(本当ならば安全のために要塞主砲自体を破壊出来れば良かったのだが……)

 

 その案は私自身提出したものの……結果は散々たるものだった。要塞主砲は八つの特殊砲台を連動させて発射するものだ。その一つ一つが結構頑強に作られている上に、砲台自体には予備もあるので一つや二つ破壊しても意味がない。そもそもその程度の事は帝国軍も想定しているのでその周辺の防空態勢はかなり強固だった。少数で破壊しにいかせても全滅するだけだし、大軍で攻撃しても狙い撃ちにされる。

 

 そもそも並行追撃している以上撃たれる可能性は低いのに、そんな事すれば却って敵を追い詰めて要塞主砲発射という暴挙を寧ろ促しかねない……結果、要塞主砲破壊案は再三理由や方法を変えて提案したが、見事に総司令部から返却された。態々赤字マーカーで策戦案各所に大量の駄目出しを書き込まれた上で、である。

 

(あれは正直ショックだったなぁ。まぁ、戦略研究科出身の作戦参謀方からすれば、専門外の余所者は黙ってろという事かね?はぁ……)

 

 小さく溜息をつく私である。しかも駄目出し内容はかなり真面目に考察・分析したものなので文句の言い様もないのが泣けて来る。

 

「……ベアト、テレジア。唐突な質問で悪いが、お前達から見てこの乱戦状態で帝国軍が味方ごと『雷神の鎚』を撃つ可能性はどの位あると思う?」

 

 ふと、私は背後に控える従士二人に尋ねて見た。私が把握できていないだけで、原作と今回とで戦闘に変わっている場所があるかも知れない。そのために帝国的な価値観を持つ二人に聞いて見ようと言う訳だ。

 

「……敵方の状況が不明瞭なので確定は出来ませんが?」

「構わんよ。そこまで小難しく考えずに、二人はどう思うかを知りたい」

 

 私の言葉にベアトとテレジアは互いの顔を見合い、次いで何方が答えるのかを決めたらしく此方を再度見ればベアトが口を開く。

 

「それでは、私からお答えさせて頂きます。私としましては……」

 

 そして淡々と、当然のように口を開いたベアトの意見の内容に私はまず目を見開き、次いで驚愕し、絶句した。当然だった。何せ、彼女の説いた内容は………。

 

 

 

 

 

 

 

「敵艦、次々に要塞外壁に肉薄して来ています!」

「敵単座式戦闘艇、第三次攻撃部隊来ます!」

「爆雷攻撃開始されました!総員、衝撃に備え……くぅ!?」

 

 その声と同時に総司令部を震動が襲う。オペレーター達はデスクやすぐ傍の支柱に体を固定してそれを耐え凌ぐ。

 

「聖チュートン航宙騎士団、損耗率三〇パーセントを突破!」

「第五四二砲塔から五六七砲塔全壊!」

「E九ブロックに亀裂!流体金属層が侵入してきております!ダメージコントロール要員はただちに出動せよ!」

「第一一六警戒基地沈黙中……!」

 

 イゼルローン要塞防衛司令部では混乱が加速度的に拡大していた。同盟軍の度重なる攻撃とそれによる損害の前に総司令部に詰める兵士達は次第に平静を失っていた。

 

「慌てるな!この程度の被害、このイゼルローン要塞にとってはどうという事はない!要塞の重要区画は未だ傷一つついてはいないのだぞ……!」

 

 クライスト大将は声を枯らして兵士達を叱責する。その表情は怒りに満ちていた。

 

「要塞自体はまだまだ余裕がありますが……やはり兵士の動揺からか動きが鈍くなりますな」

 

 要塞防空軍司令官アルレンシュタイン少将が苦虫を噛む。浮遊砲台を始めとした要塞砲群の展開と対応の悪さは当の責任者にも明確に分かるものであった。イゼルローン要塞に詰める防空戦闘要員となれば経験豊かであり、厳しい訓練もこなしているので決して無能ではない。しかしそんな彼らですらこのような事態となれば平静ではいられないようであった。

 

 この時点においても要塞防衛司令部幹部達の間では心の片隅に何処か楽観的な空気があった。大量のレーザー水爆爆雷の前に各所で四重装甲に亀裂こそ入り、浸水こそ発生しているものの、その規模は全体としては決して深刻なものではなかった。これだけの攻撃を受けつつも要塞はその機能の大半を維持している。現場の末端の兵士達は兎も角、戦局全体を見ている将官クラスの者達ともなればこの夥しい損害が、しかし要塞全体から見れば取返しの付かない程の被害ではない事を正しく認識していた。

 

 しかし、次の瞬間にその楽観的な戦況も急転する。

 

「反乱軍の小艦隊要塞外壁に向けて前進……!!」

「浮遊砲台に迎撃させろ!第一六五から一九一砲台まで増援に送れ!」

 

 流体金属の水面下を移動する事で安全かつ隠密に移動する浮遊砲台が一斉に浮上して戦艦主砲クラスの中性子ビーム砲による奇襲攻撃を開始する。浮遊砲台の強みの一つは流体金属層の下を航行する事で奇襲的な攻撃が可能な事だ。

 

 案の定、奇襲砲撃によって前進してきた小艦隊の前衛数隻が成す術もなく撃沈される。同盟軍は人命を重視する、それ故に小艦隊ならば本来今の攻撃だけでも足を止めさせる事は十分に可能であった。しかし……。

 

「敵艦隊、尚も前進!続けて迎撃に移ります……!!」

 

 まるで先程の友軍艦艇の損失を意に介さないかのように最大戦速で突き進む同盟軍の小艦隊。オペレーターはそれに若干驚きつつも浮遊砲台に更なる攻撃を命じる。浮遊砲台、更には格納式ミサイルランチャーからの対艦ミサイルの雨が小艦隊を襲い、更に十数隻の艦艇を殲滅する。

 

 しかし、敵艦隊の足は止まらなかった。それどころか寧ろ小艦隊は加速していた。まるで要塞に正面からぶつかる積もりのような減速する気のない突進……この時点で漸くオペレーターはそれが要塞外壁への肉薄を目的としての行動ではない事に気付いた。

 

「敵艦、突入して来ます。これはまさか………!?敵艦艇内部に生体反応無し!無人艦による特攻です!!」

「なにぃぃ!!?」

 

 オペレーターの叫び声にクライスト大将は驚愕に目を見開く。直後要塞防衛司令部のメインスクリーンが高速で突っ込んで来る同盟軍の旧式巡航艦の姿を映し出していた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「うわぁぁぁ!!?」

 

 それが外壁に設けられた光学カメラからの映像である事を理解しつつも、スクリーンに映る軍艦の速度と迫力を前に多くの司令部要員が思わず悲鳴を上げて手で頭を守ろうとした。

 

 次の瞬間には大量のレーザー水爆ミサイルと液体ヘリウムを腹に抱えた同盟軍の無人艦艇が次々と要塞に衝突した。数万トンもの巨大な鉄塊が流体金属の『海』を質量と速度で力づくで貫通して、既に大量の爆雷で亀裂が入っていた要塞の四重装甲に衝突し爆発、その衝撃は装甲を突き破るのに十分過ぎた。要塞防衛司令部をこれまでにない規模の震動が襲う。

 

「ぐおおお!!?」

「後続艦、更に突っ込んで来ます!」

 

 オペレーターが声を上げると共にほぼ垂直で流体金属層に突っ込んだ全長三〇〇メートル超えの旧式巡航艦が巨大な火球と化す。一〇〇発近いレーザー水爆ミサイルと数十万トンの液体ヘリウムを満載した上での大爆発は爆心地の四重の装甲の第一層を完全に吹き飛ばし、第二層を引き剥がすように抉り取る。

 

「おのれ、叛徒共め!何と野蛮な……!」

「また来ました!次は二隻同時に……」

 

 オペレーターが悲鳴のような声を上げた直後二隻の戦艦が要塞外壁の同一地点で衝突と大爆発を起こした。数百発のレーザー水爆の一斉起爆で生まれた小太陽が数百万トンもの流体金属を一気に蒸発させ、要塞表層を文字通り焼き尽くす。凄まじい衝撃があらゆる攻撃を想定している筈の外壁を粉砕して、吹き飛ばす。

 

『C4ブロック完全破壊、生存者無し!』

『D2ブロック半壊。現状維持不可能、放棄の許可を乞う……!』

『C7ブロック応答なし、繰り返すC7ブロック応答なし……!』

『第一四二通路、倒壊により使用不能っ!』

『流体金属が浸入中、R9ブロックの兵員はただちに脱出せよ!』

『第九〇七砲台炎上中!爆発の危険あり、消火隊の出動求む!』

『G4ブロックより空気流出中、隔壁を緊急封鎖する!』

『B5ブロック応答せよ!B5ブロック応答せよ……!』

 

 要塞防衛司令部に次々と報告が上がる。その内容の幾つかは驚くべき事に難攻不落の筈のイゼルローン要塞の外壁が破壊され、要塞本体に被害が及んでいる事を意味していた。特にC4ブロックやB5ブロックの被害は凄まじく、軍艦の特攻により出来た巨大な穴から大量の空気と無機物と有機物が吸い出されていく。流体金属層の流入がそれを無理矢理閉ざしていくものの、それは同時に同ブロックを放棄せざるを得ない事も意味していた。

 

「ぬおぉぉ!!?馬鹿な!?イゼルローン要塞の四重装甲が破壊されているというのか……!?す、数十メートルもの厚みのある特殊装甲が!?」

 

 次々と送られてくる報告にクライスト大将は愕然とする。これ程甚大な被害はイゼルローン要塞が完成して以来初めての事であった。

 

「要塞工兵隊出動せよ!第三一一隔壁から三三〇隔壁までは封鎖する、各所の応急修理のために動かせるドローンを搔き集めろ!D2ブロックは放棄する、第八三防衛中隊残存戦力は外壁より撤退、急げ……!」

 

 要塞防衛司令副官兼要塞後方支援集団司令官シュトックハウゼン地上軍中将が叫ぶ。それは最早要塞防衛司令部は外壁を半ば放棄したも同然の内容であった。

 

(馬鹿な!?この要塞が……イゼルローン要塞が落ちる!!?よりにもよってこの私が司令官の任にある時にか!?そんな、そんな事があってたまるか……!!)

 

 次々と悲鳴のような報告が要塞防衛司令部に届く中、クライスト大将の頭の中では混乱と怒りと恐怖が渦巻いていた。確かに本当の意味で弱点の存在し得ない最強の要塞なぞ存在しない。しかし、だからといって何故自身が司令官の時にそれが起きなければならないのか?

 

 ましてや、要塞主砲が封じられているのが駐留艦隊の失態のせい(だけであると彼は確信していた)であるというのに……仮に要塞が陥落すれば落ち延びる事が出来ても要塞失陥の責任を本国で追及されるだろう。軍法会議に告発されれば騎爵帝国騎士とは言え死刑は免れまい。

 

 いや、それだけならば良い。軍人として銃殺刑か、貴族として毒を呷るならば名誉は守られるだろうがそんな保証はない。最悪一族まで連座して、騎士号剥奪から族滅まであり得た。国家予算を湯水の如く注いだイゼルローン要塞失陥はそれだけの失態であった。

 

『G2ブロック、放棄許可願います。G2ブロック放棄許可を……!』

『R9ブロックで爆発!当ブロックの兵員はただちに退避せよ!』

『第九二通路で換気ダクトが崩落!多数の人員が下敷きになった模様!至急救護班を……!』

「………っ!」

 

 直後に追加でもたらされた被害報告が遂にその選択を後押しした。クライスト大将の瞳の奥底に理知的な狂気の光が宿った事に気付いた者がどれだけいたであろうか?彼はこの瞬間、宮廷の様々な力学を計算し、損得勘定をした上で遂にその覚悟を決めた。

 

「『雷神の鎚』発射用意……!!」

 

 こうしてクライスト大将は要塞防衛司令部の要員達が驚愕に目を見開く中でその言葉を叫んだ。

 

 後世、歴代で最も悲惨で凄惨であったと伝わる第五次イゼルローン要塞攻防戦は、その中盤戦に差し掛かろうとしていた……。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。