帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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戦況挿絵を作成しない代わりに今回は地図を作製して見ました。尚、同様の図表を第一話後書きのイラスト集最後に追加しました

自由惑星同盟・サジタリウス腕星図

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同盟・帝国星図(帝国側は制作途中)

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皆様の作品世界のイメージ補完となれば幸いです


第百八十一話 選択肢があるようでない状況は社会では良くある事

「醜悪なものだな。あれだけの暴挙を行って、結局はそれすらも利用されるとは」

 

 人類社会を大きく二分する二大超大国が乱戦を繰り広げるアルテナ星域、その一角に展開する巡航艦の艦長席で頬杖をついてそう嘯いたのは妖精のように美麗な男だった。

 

 蒼と黒の金銀妖瞳、戦女神の心すら一瞬で奪ってしまいそうな美貌、男なら誰もが羨む均整の取れた筋肉の引き締まった長身……多くの人々の思い描く理想の存在を思わせる男の名前はオスカー・フォン・ロイエンタールと言った。階級は宇宙軍中佐、銀河帝国宇宙艦隊の精鋭たる『有翼衝撃重騎兵艦隊』、その一角を占める第三一五戦隊第九九一巡航隊司令官である。

 

『全く、ひやひやしたものだ。まさか要塞の奴ら、俺達ごと同盟軍を吹き飛ばそう等と考えるとはな。お前の警告がなければ俺も危なかったぞ』

 

 第九九一巡航艦隊旗艦『エグスタット』のスクリーンの一角に映される蜂蜜色の髪をした青年士官が腕を組み不快気にぼやく。同じく第三一五戦隊所属の駆逐艦群の一つを率いるヴォルフガング・ミッターマイヤー中佐である。彼の駆逐艦群は乱戦の最中、親友からの助言を受けて半信半疑で要塞主砲の射線から事前に退避していたのだが……結果としてその判断は正しかったと言えるだろう。尚、彼らの上位部隊たる第三一五戦隊司令部は要塞主砲により消し飛んでおり、戦隊残存部隊は指揮系統が混乱して個々の部隊で判断して戦闘中である。

 

「奴ら帝国貴族にとって、末端の兵士なぞ幾らでも使い捨てに出来る消耗品に過ぎんからな。自分達の保身のためであればこれ位の所業、当然のようにして見せるだろうさ」

 

 ロイエンタール中佐の皮肉と冷笑を含んだ物言い、しかしながらその内容を唯の誹謗中傷と断ずる事は出来ない。少なくとも戸籍上の父方は金で騎士号を買った下級貴族であれその資産は下位の男爵に匹敵し、母方の家は実情は兎も角、名目上は大貴族であるマールバッハ伯爵家の生まれである。帝国貴族社会にどっぷりとは言わずともそれなりに浸かり、社交界にも顔を出す権利があるこの男は門閥貴族の独善的で歪んだ価値観を良く良く理解していた。

 

『それに付き合わされる方は堪ったものではないな。………それにしても貴族、か』

「?どうしたのだ、ミッターマイヤー?そんなげんなりとした表情をして。お前らしくもない」

『嫌な記憶を思い出した。エル・ファシルだ』

「……あぁ、エル・ファシルか」

 

 戦友の言葉に直ぐに合点がいくロイエンタール中佐。『貴族』という単語で一昔前まで二人が思い浮かべたのはオーディンの馬鹿貴族達であったが、今となっては二年半程前の戦場での酷い経験が真っ先に思い浮かぶ。

 

『楽な任務と思って舐めたのが悪かったな。最終的には失敗して、追われて、散々だった』

 

 そう言って溜息をつく小男。ズタボロの亡命貴族の青年がマジギレして乱入してきた兵士達を褒賞を餌にけしかけ、自分達を追わせまくったのは嫌な思い出だ。命からがらに逃げ切ったと思えばこれまで一進一退を繰り広げていたエル・ファシルの地上戦線が急速に崩壊して、その後何度迫撃を受けて死にかけた事か。エル・ファシルから撤収する帝国軍艦艇の最終便にどうにか合流出来たものの、一歩間違えればそのまま見捨てられて戦死か捕虜となっていた。

 

『嘘か真か。プロパガンダでは第九野戦軍を降伏させたのはあの中佐だったらしいじゃないか?だとすれば逃がした魚は大きかったな。確か大貴族の一人息子だったか?』

「あぁ、建国期から続く名門だそうだな。全く、宮廷闘争で惨めに負けて、共和主義者の国に逃げてまで貴族である事を誇るとは。……何度聞いても滑稽な話に思えるな」

 

 宮廷や士官学校で幾度か耳にした事がある銀河帝国亡命政府……主に宮廷闘争に敗れた門閥貴族が寄り集まり結成したそれは、帝国政府において名目上では共和主義者が建国した自由惑星同盟の『宗主国』であり、同盟国であり、帝国諸侯と私戦中の存在とされている。

 

 帝国政府の体面としては、曲りなりにも亡命した皇族と諸侯達が結成した亡命政府が奴隷達の国より下にあってはならず、また彼らとの戦いが反乱となっては族滅しなければならず、そうなると血統を辿れば未だ帝国に残る諸侯達にまで飛び火してしまうからだ。そして、同盟政府からしても帝国系移民の統制や帝国政府との交渉窓口の一つとして、亡命貴族の資産や人員、戦力等を合法的に利用するためにその存在を認めているとされている。

 

 そのような高度な政治的状況を利用する事で、亡命政府と亡命貴族達は専制主義と共和主義という二つのイデオロギーが血を血で洗う戦乱の時代で一世紀半に渡り特異過ぎる体制を維持してきた訳だが……ロイエンタールからすればその在り方は無様で愚かで、醜悪に思えた。

 

『随分と辛辣だな、ロイエンタール。確かに俺も馬鹿貴族共は好きになれんが……エル・ファシルで会ったあの男は実力は兎も角、覚悟はそれなりに賞賛に値する奴だと思うがな?見る限り部下の忠誠心も高いようだったしな』

「そうか。お前にはそう思えるか。ミッターマイヤー」

『お前にとっては違うのか?』

「違うな。アレも、根本的には変わらんよ。何も、な」

 

 戦友の比較的好意的な評価に対して、しかしロイエンタールは渋い表情を浮かべる。そこには亡命政府と亡命貴族という存在への明確な軽蔑の色が見えた。

 

(確かに血反吐を吐く程度には努力はしたように見えたが……だとしてもあの蛮勇も、ましてや部下の忠誠心も何の指標にもならんぞ、ミッターマイヤー?所詮、貴族は貴族。骨の髄まで奴らの精神は病んでいるのだからな)

 

 帝国の貴族階級そのものが封鎖的で排他的で、差別的で、常軌を逸した価値基準が支配している。特に古ければ古い貴族程。その醜悪さを敢えて口にはしないものの、その狂った世界は目の前の小柄な戦友のような善良で素朴で、勤勉な中流の平民階級出身者には想像も出来まい。

 

 そもそも門閥貴族にとって自分達以外の存在も同じ人間だという認識があるかすら怪しいものであった。究極的には平民なぞ、家畜位にしか考えていまい。例外こそあれ、大半の有能な門閥貴族達にとってそこに至るまでの努力の源は差別意識である事をロイエンタールは知っている。平民共に敗れる事を許せず、認めず、恐れる。それ故に彼らはそんな『卑しい血』を捻じ伏せるために自らを磨くのだ。

 

 それは誇りと呼ぶには歪んでいた。歪んだ選民意識と特権意識、それこそが彼らの力の源だ。だからこそ、貴族共は皆基本的に冷酷で冷淡で、高慢で尊大なのだ。それは有能でも無能でも変わらない。いや、ある意味では有能な方が余計質が悪いかも知れない。

 

 そして、そんな諸侯に侍る従士や奉公人も、主君達と同程度かそれ以上に狂った存在だ。元より箱庭の中に生まれ、代々に渡って思想教育を受けた彼らの忠誠心は信仰と呼んでも良い。有能だから、忠誠に値するから付き従うのではない。元よりそれ以外の生き方を知らぬから彼らは従うのだ。それこそどれ程理不尽でも、どれ程おぞましくとも、それしか知らぬ者にとっては地獄も地獄と認識出来ない。そして人間という存在は基本的に保守的で、変わる事を恐れる存在だ。

 

「だからこそ奴隷のように従い、犬のように尽くす訳だ。だからこそ、な………」

 

 小さく呟くロイエンタールの脳裏に思い起こされるのは、エル・ファシルで戦った従士の記憶である。それは一人は漆黒の森の中で自らの死を覚悟して自身を足止めした従士であり、今一人が主君と互いに信頼して、心から思い立っているように見えた金髪の女性士官で……。

 

「………」

 

 特に強く彼の記憶に残ったのは後者の方であった。最後まで自身の主君の命と名誉を守ろうとして命を懸けて、主君もまたそんな彼女を守ろうと怪我を顧みず、名誉すら諦めようとしていた。その光景は『貴族』と『女性』の双方を軽蔑していた彼にとって強く脳裏に焼き付いていた。

 

 戦友の妻のように清らかな心を持つ女性も存在する事は理屈では理解している。しかし、貴族社会の醜さと異質さを知る彼にとって、片方がどっぷりと特権に浸り切ったであろう大貴族の子弟で、今一人が同じく『貴族』たる従士の女性ともなれば話が違う。本来ならばそこに戦友とその妻のような繋がりなぞ有り得ぬ筈である。

 

 ……それが唯の主従関係でなければ、肉体だけの男女関係とも違う事を、彼は直感的に理解していた。その上でロイエンタールはその直感を無意識の内に否定し、彼の知る低俗な貴族の、そして男女の関係に貶める。

 

 それはあるいは一種の羨望であったかも知れないし、嫉妬であったかも知れない。そう、同じ貴族としての羨望、そして自分の得る事はないであろう女性との関係への嫉妬………。

 

「……ロイエンタール?」

「……それはそうと、困ったものだな。これでは要塞に一旦退却、という訳にもいかんな」

 

 普段とは何処か違う戦友の姿に庭師の息子が首を傾げて呼び掛ければ、呼び掛けられた帝国騎士の息子は不敵な笑みを浮かべ、そう語った。それは自身の心境を誤魔化すためでもあった。

 

「ん?あ、あぁ。全く困ったものだ。同盟軍の別動隊が揚陸を始めている。安全な要塞の中に逃げ込もうと思ったがこれでは要塞内も危険だな」

 

 ミッターマイヤー中佐は一瞬戦友の変貌に狐につままれたような表情を浮かべるが、直ぐに気を引き締めてその会話に答える。同時に『エグスタット』のスクリーンの一角に新たな映像が映し出される。そこに見えるのはズタズタに傷ついた要塞の表面に次々とモスグリーンの艦艇が取りつき、あるいは現在進行形で流体金属が流れ込む外壁の亀裂に沈む姿である。

 

「前方の戦局も悪化の一途を辿っている。元より戦力差が大きすぎるからな、完全に消耗戦に持ち込まれて駐留艦隊は削られ続けている有り様だ。しかも此方は此方で要塞表面に何隻も敵が取りつき始めている。揚陸部隊も前進を始めているからそう遠からず要塞内部でも第二戦線が構築されるだろう」

 

 難攻不落を誇るイゼルローン要塞もこうなればいつまで持つか……増援部隊を要請しているがそれとていつになったら来るものか。

 

『俺達に一個梯団でもあれば勝つのは無理でも時間稼ぎのしよう位はあるのだがな。今手持ちの戦力ではどうにもならん。ここに至っては戦力の温存しかないな』

「全くだ。どの道このような混戦、付き合っていても意味があるとは思えん。ここは他の奴らに任せて我々は一旦後退するのが吉だろうな」

 

 要塞駐留艦隊本隊がこうしている間にも混戦の中で無意味な出血を続けている。無論、それはヴァルテンベルク大将が無能であるという一言で片付けられるものではない。同盟軍もまた要塞駐留艦隊との混戦状態を維持しようと躍起になっている。

 

 ましてや圧倒的な戦力差ともなれば要塞駐留艦隊が主導権を奪われ続けるのも無理はない。

 

 だがそれはそれとして、この混戦に付き合う義理がないのもまた事実である。既に戦端が開かれて二〇時間以上が経過していた。各部隊単位で将兵の休息を摂っているとは言え、兵士達の疲労は確実に溜まっている。彼らに本格的な休息を行わせるためにもここは一旦戦場から離れるのが上策であろう。

 

 結論が出たならば後は実行するだけである。二人の中佐は互いの部隊を連携させてこの混戦状態からの離脱を試みる。途上、同盟軍の妨害行動が行われたが、それを二人は逆撃して同盟軍の一個戦隊を半壊させて旗艦を撃沈、司令部を全滅させる。そうして出来た混乱の間隙を縫って双方合わせて五〇隻に満たぬ小艦隊はイゼルローン要塞の裏側まで避難する事に成功した。

 

 当然の事ながらそれは両軍合わせて七万隻以上が入り乱れるこの会戦においては本当に細やかな勝利に過ぎず、その勝利に戦略的な意味はなく、戦術的にも殆んど戦局に寄与する事はなかった……。

 

 

 

 

 

「進め進め!帝国軍が態勢を立て直す前に一気に攻めろ……!」

 

 要塞外部にて両軍の艦隊が熾烈な砲撃戦が続く間、イゼルローン第二宇宙港地上部でもまた激しい戦闘が続いていた。上『空』を帝国軍の大気圏内戦闘機や戦闘ヘリコプターが飛び交い、同盟軍の宙陸両用戦闘艇と空中戦を繰り広げる。『地上』に目をやれば千隻もの同盟軍の揚陸艦が周囲の施設を圧し潰す形で無理矢理揚陸し、装備する対空レーザーで防空戦闘を行いつつ兵士と車両を吐き出す。艦船整備ドッグの各所では戦闘による黒煙が上がり、あるいは爆発の光が生じる。銃声と怒声は鳴りやむ気配すらなかった。

 

『よし、第二一二陸戦連隊は第五搬入ゲートに向かえ!そこが敵陸戦部隊のメイン通路だ、そこさえ抑えれば敵の増援はかなり絞れる……!』

『管制塔では激しい戦闘が継続中の模様!制圧までまだ時間がかかります……!』

『一個大隊を援軍に送るからさっさと陥落させろ!そこが健在だとドック内での戦闘が不利だ!如何なる犠牲を払ってでも落とせ……!』

『宇宙港Sエリアより連絡。……戦車部隊を確認!?さ、最低でも大隊規模の機甲部隊が進軍中の模様!』

『ちぃ……!動ける対戦車部隊を全て搔き集めろ!話には聞いていたが本当に機甲部隊まで編成されているのか、糞ったれ……!』

『此方Fブロック、こん畜生め!要塞の奴ら後方の隔壁を閉じやがった!手持ちの爆薬では破砕不可能、前方からは敵装甲擲弾兵が接近中!このままでは孤立する、至急揚陸艦に対地ミサイルによる支援攻撃求む……!』

 

 要塞の地下を突き進む兵士達が耳を澄ます無線機からは次々と味方の通信が流れ込んできていた。その内容はイゼルローン要塞に奇襲揚陸に成功した兵士達が決して一方的に善戦している訳ではない事実を伝えていた。

 

 巨大過ぎるイゼルローン要塞、そこに何十万という兵士が詰め込まれ、多量の銃火器に装備、それらに装填する豊富な弾薬、各種の無人防衛システム……地の利に火力の差、圧倒的な数、同盟軍が精兵を帝国軍の虚を突いて上陸させ、帝国軍の士気が落ちているとしても尚帝国軍の持つアドバンテージは崩れていなかった。同盟軍は現在進行形で要塞内に進軍し、ブロック単位で制圧空間を広げているものの、それも今だけの事であろう。

 

 帝国軍が大規模な防衛部隊を差し向け始めれば最終的に要塞から叩き出されるか、あるいは包囲されるか……全滅するか降伏するかの違いこそあれそれが愉快な事ではないのは言うまでもない。事実既に部分的にであれ部隊の一部が孤立し包囲されていた。

 

 故に同盟軍は帝国軍が未だ動揺し、混乱する今の内に短期決戦を図るのが最善ではあるのだが……。

 

「はぁ、はぁ……漸く全員黙らせたか。糞っ、二線どころか三線級の部隊相手に存外苦戦したな……!」

 

 鈍色の壁が続く通路で息切れしながら同盟地上軍の室内戦闘装備を装着した軽装歩兵が呟いた。多機能電子ゴーグルで目を覆い、口元には防毒マスク、黒色の鉄帽を被り身に着けるのは同色の防弾着に迷彩服を着こむ。前者は重装甲服と違い防御力こそ劣るが継戦能力と機動性を確保しつつも急所を守るために追加プレートが各所に仕込まれており、後者は難燃性と防刃性、防水性を兼ね備えた特殊繊維に更に熱探知を考慮したコーティングが為されている。手に持つのはG-44自動小銃、特殊作戦や対装甲擲弾兵戦闘において活用されるそれは重装甲服すら砕く大口径の実弾銃であり、弾丸の大型化による装填数の減少をケースレス化で補っていた。

 

 別動隊に随行した揚陸部隊の一つたる同盟地上軍所属、第三八歩兵連隊第一大隊所属の対装甲軽歩兵達は目前の抵抗を完全に排除すると前進を再開する。足元に転がるツナギを着た数十という死体、恐らく整備員を急遽動員したのだろう、帝国軍の臨時陸戦隊はしかし軽装であり火力も練度も劣悪、到底同盟地上軍の第一線部隊に本来ならば太刀打ち出来る筈もないのだが……やはり地の利は馬鹿に出来ないようで、格下の敵部隊を完全排除するのに彼らは三〇分もの時間を浪費してしまった。

 

「よし、情報が確かならこの先の通路を抜ければ整備工廠だ。行くぞ……!」

 

 小隊長達が命令して部隊単位で散りながら兵士達は廊下を進む。通路を抜ければその先に待ち構えるかなり広い空間に兵士達は出る事になった。

 

「此方第一小隊、クリア!」

「第二小隊同じく!」

「第三小隊先行せよ。警戒しつつ下のブロックに続く通路を捜索、確保せよ……!」

 

 広い空間に出て二個小隊が周辺警戒、次いで第三小隊が前進を開始して目標の通路の確保に向かう。

 

「凄い規模の設備だな、こりゃあ」

「全くだ。良くもこれだけの要塞を建設したものだぜ、馬鈴薯野郎共も」

 

 工廠を突き進みながらも、周囲の光景に同盟地上軍兵士達は驚嘆せざるを得ない。

 

 第二宇宙港の一つ下の空間に広がるのは燃料や弾薬を搬入する巨大な通路である。更にその隣には恐らく前線に送る大気圏内戦闘機や地上車両、水上艦艇の整備工廠であった。恐らくはここで整備を終えると積載量一〇万トンの巨大貨物用エレベーターで宇宙港まで運ばれて、そのまま輸送艦等に積まれて前線に送られるのだろう。

 

 全長四〇〇メートル余りの核融合炉搭載の水上航空母艦がドックに何十隻も並んでいる光景を横目に見る兵士達。宇宙艦艇ならば精々巡航艦より一回り大きいだけのサイズとは言え、宇宙と地上とではスケールの感覚が違う。これ程巨大な水上艦艇用ドックが重力のある宇宙要塞の中に完備されているなぞ同盟軍の常識からすればとんでもない事だ。

 

「本当に広すぎるな、この要塞は。……っ!新手が来たぞ!」

 

 その銃撃を前に第三小隊は咄嗟に隠れ、同時に小銃を構える。恐らくは蝿取蜘蛛をモデルにしたのだろう、成人男性より二回り程大きなドローンの集団である。四足の足でのしのしと床を進み、機械整備用の二本のマニュピレータを有するそれは元々整備部隊所属であったのだが、今では擲弾筒とチェーンガンを無理矢理固定してOSが戦闘用に書き換えられていた。カメラをぐるぐると回転させて、不慣れな動きで同盟軍兵士達の前に立ち塞がる。

 

 尚、当然ながらフェザーン在住の何処ぞの伯爵家の娘が所有する同型とは違い、態々無駄な会話機能と人間臭い感情表現機能なぞで貴重なデータ容量を無駄食いするような事はしていないので言葉を口にする事なく、カメラアイの発光による光通信で各機で情報交換を行っている。とは言え……。

 

「……動きは鈍い。間に合わせ物だな、データリンクも十全に出来ていない。鴨だ、とっとと仕留めるぞ……!」

 

 ドローンの鈍い動きと銃撃の命中率の低さから小隊長は口元を吊り上げる。元々戦闘用ドローンなぞ対ゲリラ戦や対テロ戦なら兎も角、正規戦では足止めにしかならない。ましてや整備員達が急造で拵えたものなぞ、小隊長が口にする通り、文字通り鴨でしかなかった。

 

「よし、行け……!」

 

 その掛け声と共に物陰に隠れて銃撃を凌いでいた兵士達は一瞬の銃撃の隙を突いて行動を開始する。一隊が反撃と牽制の銃撃を放つと同時に別の一隊は整備工廠の影から迂回して後方と側面から小銃擲弾とロケット弾を叩き込み、駄目押しの銃撃を開始する。

 

 ドローンは数こそいたものの戦闘用ではないために装甲なぞ無きに等しく、そのボディの旋回能力は低く、装備の射角も広くはない。それ故に死角から一気に火力を集中されてしまえばそれだけで三〇以上展開していたドローンは第一撃で半数近い数が戦闘不能に追い込まれた。

 

「よし、いけるぞ。このまま残敵を……ぎゃあっ!?」

「おい、どうした!?いきな…がっ!?」

 

 後背と背後から回って来た兵士達の声は次々と戦斧の振るわれる音と共に断末魔の悲鳴に変わり、そして二度と発せられる事は無かった。皆、戦斧の露に消え去った。

 

「ちぃ!装甲擲弾兵……!」

 

 小隊長が叫ぶ。恐らくは正面のドローンは囮であった。同盟軍の軽装歩兵達がドローンに注意が向いていた所に襲い掛かって来たのは髑髏の重装甲服に戦斧を構えた集団であった。一人が同盟軍兵士三人とも五人とも匹敵すると謳われる銀河帝国装甲擲弾兵……!

 

「弾幕を張れ!接近を許すな……!」

 

 第一撃を生き残った同盟地上軍の兵士達は巨大な防盾を構える装甲擲弾兵に向けて一斉に銃撃を浴びせる。幾ら小口径実弾銃や低出力ブラスターライフルの銃撃を無力化する重装甲服とは言え、それを想定したG-44の銃弾が命中すれば貫通は免れない。故に装甲擲弾兵達はその動きを封じられるのだが……。

 

「ぎゃ……!?」

 

 そのチェーンガンの銃声と同時に同盟地上軍兵士の一人の足が噴き飛ぶ。

 

「ちぃ!?ドローンが残っていたか……!?」

 

 スクラップの山と化したドローンの残骸、それを乗り越えながら手元に無理矢理装備されたチェーンガンを乱射する蜘蛛型ドローン。迂回した部隊が装甲擲弾兵によって半壊したためにドローンを全て仕とめ切れなかったらしい。

 

「不味い!挟撃される……!?」

 

 一瞬の隙を突いて防盾を投げ捨てた装甲擲弾兵が突入してくる。ドローンと装甲擲弾兵の連携攻撃を前に第三八歩兵連隊第一大隊対装甲歩兵部隊は瞬く間に敗走していった。

 

「進めぇ!思いあがった共和主義者共を良く良く躾けてやれ……!」

 

 装甲擲弾兵団の小隊長が叫ぶ。それに応えるように獰猛な掛け声と共に髑髏の集団は数十キロの重量の重装甲服を着こんだまま駆け出し逃げ出す同盟軍兵士を後ろから次々と切り伏せていく。

 

 逃げ惑う同盟軍兵士と追い縋る装甲擲弾兵……それは装甲擲弾兵の自尊心を満たすのに十分だった。

 

(そうだ奴隷共め、そうやって泣きじゃくりながら逃げ惑うが良い!)

 

 帝国軍の精鋭たる装甲擲弾兵は貴族か士族しかなれぬ聖職、帝国に楯突く逆賊を一切の容赦呵責なく嬲り殺す勇猛にして獰猛で、狂暴な戦士達である。それが逃亡奴隷共の子孫を一方的に追い立てる状況に装甲擲弾兵達は残虐に口元を吊り上げる。それは愉悦の笑みであった。

 

 逃げ惑う共和主義者達を追う狂戦士達の前に立ち塞がるようにフルフェイスヘルメットにクリーム色の重装甲服を着こんだ一団が現れる。同盟宇宙軍の重装甲陸戦隊である。

 

「うおぉぉぉ!!邪魔だぁ、どけえぇぇ!!」

 

 流血に酔うように装甲服を返り血で真っ赤に彩っていた先頭の装甲擲弾兵が前のめりに突撃しつつ斧を振り下ろす。渾身の一撃は奴隷共の頭を装甲服ごと打ち砕く……筈だった。

 

 ガキン、と金属の鳴り響く音が反響した。装甲擲弾兵の振り下ろした戦斧は同盟軍兵士の頭蓋を砕く事なく、兵士の構えた戦斧によりあっけない位簡単に防がれていた。

 

「ぐっ!!?こ、この………!?」

 

 装甲擲弾兵はヘルメットの下で目を見開き驚愕しつつも戦斧を再度振り上げようとする。そして、次の瞬間には……その首は転げ落ちていた。

 

 血を噴き出しながら頭部を失った装甲擲弾兵の躯は糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちる。その光景にこれまで殺戮に酔っていた他の狂戦士達は息を呑み、動揺し、狼狽える。先程まで怒声と悲鳴が鳴り響いていた通路を支配する静寂……そして、彼らは目の前の敵兵達の装甲服に刻まれた紋章に気付いた。

 

「おいおい、嘘だろ………」

「まさか、そんな……!?」

 

 赤薔薇に甲冑を着た騎士のエンブレム……それが何を意味するのか知らぬ装甲擲弾兵なぞいなかった。それは数少ない彼ら帝国軍の精鋭戦士と互角かそれ以上の技量を備えた同盟軍部隊の象徴であったから。

  

 一斉に戦斧を構えて疾走するように駆け出し始める同盟軍の陸兵達。装甲擲弾兵達はこれまでの勇猛ぶりは何処へやら、その迅速な動きに後退りして、怖じ気づく。彼らは戦う前から既に完全に気圧されていた。

 

「ひ!?ろ、ろ……『薔薇の騎士団』(ローゼンリッター)……!!」

 

 悲鳴を上げて叫んだ装甲擲弾兵が最期に見たのは戦斧を振り下ろす騎士達の姿だった。

 

 

 

 

 

「ふん、近頃は装甲擲弾兵の質も下がったものだな」

 

 整備工廠から更に一つ下のフロアまで続く通路までを血で塗装した薔薇の騎士達は呟く。味方からの救援要請に駆けつけて、そのまま逃げ散る装甲擲弾兵を追撃しつつ突き進み、ヴァーンシャッフェ大佐率いる大隊は眼前に現れる敵を次々と屠りながらイゼルローン要塞の第二八通路まで辿り着いていた。

 

「おやおや、これは参りましたな。まさか大佐殿が先に来ているとは。随分と急いで進んでいたのですがね?」

 

 その声にヴァーンシャッフェ大佐旗下の陸兵達は咄嗟に声の方向を振り向き身構える……が、横合いの通路から目の前に現れた戦士達が自分達と同じ薔薇の騎士である事に気付くと構えるブラスターライフルの銃口を下ろしてその先頭にいる声の主に敬礼した。

 

「……シェーンコップ中佐か。貴官にしては思ったよりも遅かったな。敵の排除に手間取ったか?」

 

 ヘルメットのフェイスを上げて、カイゼル髭を生やした大佐は友軍の先頭を歩く大隊長に尋ねる。大佐は地上に揚陸前に遠目に『ケイロン三号』が敵の多く展開する場所に乗り上げたのを確認していた。故に直ぐに旅団内でも屈指の戦技と指揮能力を持つ目の前の士官学校の後輩が自分よりも進軍が遅い理由に辿り着く事が出来た。

 

「ミスりましたね。まさか乗り上げていきなり装甲擲弾兵の一個大隊と鉢合わせするのは予想外でしたよ。……ですがそれは結構早めに処理したんですよ?問題はやはりこの迷宮のような要塞の構造です。内部構造はある程度把握出来ても彼方さんは好きに道を変更出来ますからな」

 

 元々は火災や空気流出のために設けられた要塞内部の数万という隔壁であるが、それは同時に揚陸してくる敵兵や反乱部隊の制圧にも効果を発揮する。大半の隔壁は最悪爆弾で破壊出来るとしても、特に重要な区画となるとそうはいかない。そして隔壁封鎖で孤立化させたり、罠を仕掛けたルートに誘導されてしまえば……シェーンコップ中佐の部隊はそれらを次々と突破して見せたが……。

 

「一応尋ねるが中佐の部隊の消耗はどれくらいかね?」

「兵員の損失は一割に満たぬ程度、しかし弾薬の消耗は結構厳しいですな。手持ちは四割方使い切りました」

 

 精鋭揃いの薔薇の騎士達とは言え、地の利が無ければ苦戦は避けられない。そして苦戦する中で人的被害を抑えるには必然的に武器弾薬の消耗は激しくならざるを得なかった。それはシェーンコップ中佐程の指揮官でも同様である。

 

「此方も兵士の損失は一割半と言った所だな。弾薬は半分近く消費してしまった」

「どうします?一応このままでも後二、三フロア下には行けるでしょうが。我々にとっては時間は敵です。時間が経つ程敵の迎撃は激しくなりますが……」

「それは理解している。しかし疲労して弾薬も無しに戦える道理もない。出来れば補給と人員補充のために後続が来るのを待ちたい所ではあるが……」

 

 ヴァーンシャッフェ大佐がそう答えた次の瞬間の事であった。けたたましい音と共に彼らの通り抜けた数十メートル後方の通路が分厚いチタンセラミック合金の耐ビームコーティング付きシャッターで封鎖されたのは。

 

「……残念ながらその希望は叶いそうにありませんな」

「……どうやらそのようだな」

 

 がっちりと閉じられた隔壁を神妙な、しかし何処かシリアスな笑いが漏れそうな表情で見つめるヴァーンシャッフェ大佐とシェーンコップ中佐。

 

 彼らの部隊の保持する火器と爆薬では恐らく厚さニメートルのシャッターを破壊するのは不可能。最早後方には下がれない。となれば道は一つのみである。

 

「前進するしかありませんな。なぁに、情報によればあの悪名高い挽肉製造機はいないらしいですのでまだマシでしょう」

 

 肩に戦斧を載せて苦笑を浮かべる不良騎士。正直余り愉快な状況ではないが……その情報があるだけで少しは気が楽になるというものだ。幾ら自分の白兵戦技に自信のある兵揃いの第五〇一独立陸戦旅団の戦士達でも流石にあの化物と出くわしたとなれば下手をしなくても皆殺しにされかねない。それが無いだけまだ希望はあろう。

 

「ふむ……仕方あるまい、か。元より決死の作戦、ここで怖気づく訳にもいかぬか」

 

 本隊の揚陸部隊があるとはいえ、それが計画通り揚陸出来るとは限らぬし、揚陸出来ても先行した別動隊は少なすぎる。本隊が揚陸出来た頃には壊滅している可能性は十分想定されていた事である。ましてやここで留まっていても相手に時間を与えるだけ、であるならば進み続けるのが最善の手であろう。無論、ヴァーンシャッフェ大佐も唯がむしゃらに突撃する程無策ではない。可能な限りの手段はとる。

 

「最悪出くわした敵から武器弾薬は拝借するとしよう。多少はそれで持つだろうからな。それと………一番先行している部隊はあるか?虎穴に入るのも味方は多い方が良かろう」

 

 小部隊で孤立して一つずつ包囲殲滅される訳にはいかない。せめて同じように突出している部隊があるならば彼らと合流した方が全体の継戦能力は上がるだろう。そしてそれは敵戦力を誘引し、他の味方の戦闘に有利に働く筈だ。

 

「少々お待ち下さい……これは……無線が繋がりました。位置は……二つ下のフロアからです!」

 

 ヴァーンシャッフェ大佐の言に従い背負い型の大型無線機で近場の友軍部隊の通信を探り出し、漸く見つけた通信士が報告する。

 

「二つ下とは……それはまた随分と先行してますな」

 

 二つ下のフロアという言葉にシェーンコップは目を見開いて僅かに瞠目する。自分達も相当他の部隊に比べて先行している筈なのだ。ましてや自分達よりも更に二つも下のフロアにで辿り着いている部隊がいるという事実は驚愕するのに十分過ぎる。

 

「部隊名は分かるか?連絡は?状況は?」

「試して見ます。………妨害電波で雑音が混じりますがどうにか意思疎通は出来そうです。そうだ、此方第五〇一独立陸戦旅団である。そちらの部隊番号は?……うむ、了解した。大佐、先行している部隊は第六宇宙軍陸戦隊所属、第七八陸戦連隊戦闘団です」

 

 通信士の述べた言葉に……いや、より正確には述べた部隊番号にヴァーンシャッフェ大佐とシェーンコップ中佐は同時に、そして互いに顔を見合わせた。そして双方はほぼ同じタイミングで渋い表情を浮かべた。それは気まずさと困惑の入り交じった何とも形容しがたい独特の表情であった……。

 

 

 

 

 

 

 遠征軍主力部隊に随行する同盟軍揚陸部隊本隊の戦力は地上軍二個遠征軍五二万名に宇宙軍陸戦隊五個師団六万名に及ぶ。当然ながら宇宙を生身で進軍するなぞ出来ないので彼らを運ぶために地上軍及び宇宙軍所属の約一九〇〇隻の各種揚陸艦艇が用意されている。

 

 同盟軍の保有する揚陸艦艇は三種類に分類出来る。即ち大中小の各型の揚陸艦だ。

 

 小型揚陸艦は原作の『薔薇の騎士』達が活用して金銀妖瞳やら獅子帝やらの乗艦に突っ込んだものがそれに当たる。駆逐艦よりも一回り小さいサイズの船体に五〇名を一個小隊とした重装甲兵部隊五個小隊=一個中隊及び支援部隊や中隊司令部要員等を乗せる事が出来るそれは小回りが利き、それ故に主力に先行して敵軍により陣地の築かれた惑星や要塞への強行揚陸、敵艦艇への強襲接続等に多用される。それ故に強襲揚陸艦とも称される。

 

 中型揚陸艦は小型揚陸艦に続いて揚陸する大隊から旅団規模の部隊を乗せる事が出来る巡航艦と戦艦の中間サイズの艦艇だ。積載量と武装、機動力のバランスが最もとれており、それ故に使い勝手が良く多くの戦場で活用される揚陸艦である。

 

 大型揚陸艦は師団単位の部隊を収容する全長一キロ近い巨艦である。中型揚陸艦でもある程度の戦車や自走砲、各種ヘリコプター等を格納は出来るが、大型揚陸艦ともなれば百機単位での大気圏内戦闘機に水上艦艇まで揚陸させる事が出来る。巡航ミサイルを収納したVLSや大口径電磁砲等、対地上支援火力も充実しており、また通信能力を活かした強力な司令部機能も保持する。その代わりに鈍重であり、艦隊戦ともなれば一応兵員保護のために自衛レベルの対艦用武装と装甲こそあるものの、精々が巡航艦に対応出来る程度でしかない。戦艦に出くわせば諦めるしかないだろう。

 

 尚、これ等より更に小型の小隊や分隊規模の兵士を揚陸させる揚陸艇もあるが此方は航続距離が短く、超光速航行も出来ない代物である。そのために輸送艦等に格納して戦域まで輸送しなければならない。

 

「揚陸部隊の内訳としては大型揚陸艦が一〇〇隻、中型が七〇〇隻に小型が一一〇〇隻ですか。中々の大所帯ですね」

 

 第五次イゼルローン要塞遠征軍、その後方に展開する主力揚陸部隊の旗艦である同盟地上軍第四三遠征軍所属の大型揚陸艦『アシュランド』艦橋に足を踏み入れた私は受け取ったタブレット端末に映し出された部隊編成表と戦力数に目をやり呟く。

 

 揚陸部隊の保有する艦艇数は一見すれば過剰に見えるだろう。宇宙軍陸戦隊と地上軍の遠征軍を合わせた兵力は五九万一六〇〇名、この数は本来ならば大型揚陸艦だけで収容してかつお釣りが来るレベルだ。

 

 尤も、大型揚陸艦で戦闘中に揚陸するなぞ自殺行為、多くの揚陸作戦においては小型ないし中型揚陸艦で敵の砲火の中護衛部隊と共に突撃、ある程度橋頭保を確保して安全を確認してから大兵力と指揮通信能力を兼ね備えた大型揚陸艦が降下するのがセオリーだ。当然ながらこの乱戦の中突っ切って大型揚陸艦でイゼルローン要塞に乗り上げるなぞ無謀行為過ぎる。元よりそんな選択肢なぞない。セオリー通りで行くならば実際に要塞に張り付くのは小型・中型揚陸艦の仕事となるだろう。

 

「護衛としては第八艦隊より二個戦隊が派遣されていますが………」

「その戦力では足りないかね?」

「いえ、今回に限っては一個分艦隊があっても取りつくのは簡単にはいかないでしょう」

 

 私同様、遠征軍総司令部より派遣されたパーカー少将は私に尋ねるので、私は宇宙軍の航海術の専門家として答える。残念ながら、既に事態は多少の護衛の過多は問題ではない段階に入っていた。

 

「只でさえ乱戦状態で何処から弾が飛んで来るか分かりません。ましてやあからさまに足の遅い揚陸艦を護衛を揃えて進出させても要塞主砲の的になるだけでしょう」

 

 それこそ、犠牲者のトレードオフとしては大量の兵士を詰めた揚陸艦相手ならば味方ごと吹き飛ばしても差し引き大きなプラスである。ボーナスステージと言っても良い。

 

「それではどうするというのかね?先行した別動隊は三万程度、特殊部隊や精兵を集めたとは言え数と地の利は敵にある以上、彼らだけで要塞の完全占拠は困難だ。補給も出来ない以上我々主力部隊が揚陸する他はない」

 

 私の発言に若干刺のある言い方で返答するのは揚陸部隊本隊の司令官であるダグラス・ゲイズ地上軍中将である。第五一遠征軍司令官、第八地上軍副司令官、第四方面軍司令官を歴任してきた歴戦の軍人であるが、残念ながら惑星降下作戦なら兎も角宇宙要塞への大規模揚陸作戦となると同盟軍人でも碌に経験した者はいない。そのために航海術と地上戦双方に一応知見のある私が揚陸部隊司令部に派遣されたのだが……中将からすればよりによって私のような奴が送り込まれて来るのは想定していなかったように見える。

 

「無論、先行した別動隊を見殺しには出来ません。とは言え、このまま何の策もなく突き進む訳にも行きません。リスクが高過ぎます」

「となれば古典的であるが陽動作戦を持って此方の本命の動きを誤魔化す他ないと思うが、どうだね?」

 

 私の説明に、パーカー少将が質問する。古来より、戦略レベルでの大規模揚陸作戦の肝は揚陸する地点を誤魔化し、可能な限りその抵抗を最小化して無傷で部隊を揚陸させる事にある。一三日戦争前の第一次世界大戦におけるガリポリ、第二次世界大戦のノルマンディーに沖縄、朝鮮戦争の仁川、地球統一政府航空宇宙軍が外惑星動乱において実施したカリスト=ガニメデ作戦、シリウス戦役におけるシリウス奇襲降下作戦にジュバ強襲、銀河統一戦争におけるカリカヴ要塞揚陸戦にバーナード星系制圧戦……その成否は兎も角、軍事史に残るどの大規模揚陸作戦においても揚陸する側は欺瞞や情報工作、陽動を活用する事で敵に対してその揚陸する地点を隠匿しようと試みてきた。今回もそれに倣うだけの事だ。

 

「別動隊が第二宇宙港に揚陸したように、揚陸部隊が侵入するならば要塞宇宙港に降下するのが定石です。見境なく要塞表面に降りても歩兵部隊が侵入する通路が無ければ意味有りませんから」

 

 その点、宇宙港に突っ込んでしまえばまだ部隊を降ろしやすい。敵部隊の迎撃を受けやすいとは言え、宇宙港の通路伝いに進めばほぼ確実に要塞中枢に辿り着ける。各種の諜報活動を行っているとはいえ同盟軍は要塞内部の構造を完全に把握している訳ではない。主要な施設と通路はある程度分かっても細々な部分となれば帝国軍ですらどれだけ正確に管理出来ているかも怪しい。抵抗が激しいからと言って隠し通路から迂回なぞ考えて逆に部隊規模で遭難、なんて事すら有り得る。外壁については既に爆雷や無人艦艇の突撃によって正面宇宙港の殆んどが相当の損傷を負っている。破壊するのは然程難しくはない。

 

「故に帝国軍からすれば第一宇宙港、あるいは第四、第七、第八宇宙港からの揚陸を警戒している事は想像に難しくありません」

 

 一万隻近くを格納出来る第一宇宙港を筆頭に残る三つの宇宙港も戦隊規模の収容設備を持ち、尚且つ要塞の同盟側前面に設けられている。同盟軍が揚陸するならばこれ程良い揚陸地点は本来ない。

 

「当然だな。問題は本来の要塞攻略の基本から今回の戦いは大きく逸脱している点かね?」

「ええ、本来ならば艦隊と要塞砲を無力化して、迎撃能力を奪うべきなのでしょうが……」

 

 ゲイズ中将の言葉に私は肯定の返事をする。残念ながら並行追撃作戦をしているために艦隊は完全に撃滅出来ていない。まぁ、そちらは敵艦隊も疲弊しているのでやり様によってはどうにか出来ない事もないが……問題は要塞砲だろう。主砲は頑強過ぎて、副砲たる浮遊砲台も数が多すぎて完全な無力化は不可能、更に言えば帝国軍は味方ごと要塞主砲を撃ちかねない。

 

「一見すると、犠牲を覚悟して突入するしかないように思えるが?」

「しかしそこで思考停止しては我々参謀の存在意義が問われるでしょう?御安心下さい。一応手は考えてあります」

 

 揚陸部隊司令部は私の若干自信のない物言いに半分は不安そうに、もう半分は怪訝な表情を見せる。そうは言っても仕方ない。私は何処ぞの魔術師と違って相手の思考を手に取るように推理出来る訳じゃない。

 

「……無論、私も作戦の押し売りをする積もりはありません。まずはご説明から始めましょう。その上で皆様が最終的な判断をしていただく事になります」

 

 そうは言うが、私は半分以上の確率で自身の提案か採用されるだろうと確信していた。揚陸部隊に限らず同盟軍遠征軍首脳部の大半は本気で要塞主砲による味方撃ちを想定していた訳ではない。ましてや歴戦の地上戦の専門家でも要塞攻略戦のノウハウは実例が少ないがためにそこまで豊かではない。何よりも私にはこの提案の賛同を得るための……余り頼りたくはないが……切り札があった。

 

(だからって、自信がないなら大量の人命がかかっているのに提案するなって話ではあるがね)

 

 とは言えシトレ大将から推薦されたのに何も提案しない訳にも行かないのが私の立場である。シトレ大将からすれば熟考して私を任命したのだろうが……私としては出来るなら辞退したかったのが本音であった。

 

(……まぁ、作戦の成否にかかわらず作戦の承認は司令官方の役目であり、参謀は提案した作戦に然程責任はないのは救いだ)

 

 責任追及されたら?……まぁ、魔術師宜しく頭を掻いて誤魔化すとしようかな?許されるかは知らないけれど。

 

「……では、説明を開始させて頂きます」

 

 周囲のお歴々方の様子を見た後、私は立体ソリビジョンを起動させてから、説明を開始したのだった。

 

 

 

 

 宇宙暦792年五月六日2100時、この遠征中、同盟軍イゼルローン要塞遠征軍総司令部の後方に待機し続けていた揚陸艦部隊は遂に前進を開始する。イゼルローン要塞占拠のための地上部隊を詰め込んだ船団は護衛部隊に守られながらゆっくりと要塞主砲射程内に侵入を開始した……。

 

 

 


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