帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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第十九話 パシリの焼きそばパンは様式美

 自由惑星同盟軍士官学校……惑星ハイネセン第2の都市テルヌーゼンに置かれたこの施設は同盟自治大学、ハイネセン記念大学に並ぶエリート学校であり、基本的にここを卒業すれば将来は安泰、と呼ばれるほどだ。

 

 同じく軍人教育施設である同盟軍予備役士官学校、幹部候補生養成学校、専科学校、兵学校、練兵所と併設されたこれらの総面積は訓練施設や生活寮等も合わせると3万平方キロメートルの面積となる。また、教官や警備、職員に学生向けの娯楽施設や飲食店の従業員、その家族の生活のため周辺市街地とインフラが整えられている。

 

 宇宙暦779年4月2日、桜吹雪が舞う中、士官学校多目的ホールに純白の礼服に着こなした新入生4670名が背筋を伸ばし、沈黙を守りながら席に座る。

 

 観客席を見れば多くの保護者が緊張した面持ちで生徒達を見据えていた。その中には軍服姿の者も少なくない。

 

 また、マスコミだろうか?ビデオカメラを構えたり電子端末で何やら作業をするものも少なくない。一世紀以上戦争を続けている国である。士官学校の入学式は市民にとってある種の話題の種だ。

 

 貴賓席を見れば、テルヌーゼン市市長を始め地元有力者や国防族政治家、軍の高官、軍需産業の上役も参列している。

 

 今は、学校長カイル・ヒース中将が挨拶を行っている。皆真面目に聞いているが私にとっては長々しい話と春の麗かな暖かさとのコンボで死ぬほど眠い。

 

話が終わったのか出席者が一斉に拍手するので私も適当に合わせて手を叩く。

 

「続いて、新入生代表からの答辞です!」

 

 同時に今期の新入生の最高得点合格者たるフロスト・ヤングブラット士官学校1年生が立ち上がり壇上に上がる。

 

 ダゴン星域会戦において国防委員長を務めた事もある「ハイネセンファミリー」の中でも名門中の名門に属するヤングブラット家の優等生ははつらつとした表情で当たり障りのない答辞を読み上げる。

 

「ふん……」

 

隣のホラントが不快感を隠さずに鼻息を荒げる。

 

「おいおい、そう怒りなさんなや。負けたんだから仕方ないだろう?」

「分かっている。別に怒ってなぞいない」

 

刺々しくそう答えるホラント。いや、怒ってるだろう。

 

 相当に自信があったのだろうが、残念、こいつ僅差で次席落ちした。

 

 席次1477位(山勘が当たったおかげだ。奇跡だ)の私より百倍恵まれている筈なのだが、上の奴の気持ちが分からん。

 

 ちなみにベアトは397位、相当上位だが、逆にあれだけ出来るベアトの上に400名近く上がいるというのも狂気だ。まぁ、女子であるのと私の世話のせい(特に後者)もあるのだろうが。原作のミス・グリーンヒルは化物かな?

 

「余り喧嘩売るなよ?戦略研究科で顔合わすだろうからな」

 

 同盟軍士官学校においては通常のカリキュラムとは別に特別授業がある。所謂大学のゼミのようなものだ。

 

 「戦略研究科」はその中でも特に最優秀の生徒だけが加入を許される三大研究科の一つだ。加入している生徒の大半が学年の席次100位以内、卒業者は優先的に宇宙艦隊司令本部や統合作戦本部、或いは国防委員会や常備艦隊の艦隊・分艦隊司令部などに配属される。彼のリン・パオとユースフ・トパロウル、ブルース・アッシュビーを筆頭とした730年マフィアもこの科の卒業生だ。

 

 原作に出てくる近年の卒業生ではシドニー・シトレ大佐、ラザール・ロボス大佐(去年昇進した)が、後は3か月前シヴァ星系での戦隊規模での遭遇戦において功績を挙げた情報参謀ジャック・リー・パエッタ少佐、先月の第3次フォルセティ星域会戦において第5艦隊第2分艦隊の作戦参謀として活躍したウジェーヌ・アップルトン少佐が話題に上がる。

 

 席次が第2位のホラントも当然ながら相手からオファーがかかる事だろう。そうなれば毎週主席様と顔を合わせるわけだ。馬鹿な事して退学処分にならなければ良いが。

 

 式典の終了後、我々はランダムに500名程ごとのクラスに別けられる。当然ながら5000名近い数で全員同じ授業受けるのは効率が悪すぎる。こういう風にある程度分けて、其々ローテーションしながら授業を受ける方が教官も生徒を指導しやすく効果的なのだ。さらにこの中から管理・報告のために50名単位の小隊、生活指導のために10名単位の分隊が結成される事になる。

 

 小隊、分隊は各自で結成可能ではあるがクラスは抽選だ。私は運良くベアトと同じクラスだが、ホラントははぐれた。まぁ、ホラントの奴は全く気にしていないが。

 

「まぁ、生き別れと言うわけじゃあ無いしな」

 

 クラスが別れてもそれほど会うのが困難と言う訳でもない。所詮は同じ学校内だ。

 

そして問題は……。

 

「各員、集合せよ!」   

 

 ベアトの号令と共に数十人の生徒達が集結し、整然と整列する。

 

その顔には見覚えがあった。

 

「あー、ですよね」

 

半数以上が亡命軍幼年学校生徒だった。つまりだ。

 

「ハイネセンに来ても特に変わらんという事か」

 

 私は溜め息をついた。おい、こんな事原作に書いて無かったぞ?

 

 

 

 

 学校という物もまた社会の一部だ。内部にはカーストと派閥がひしめき合う。まして同盟社会における階層や出自の対立は思ったよりも根深い。

 

 同盟軍士官学校も例外ではない。例えば「ハイネセンファミリー」と「旧連邦植民地」と「亡命者」という出自の区別、あるいはハイネセンやパラス、パルメレント、といった出身惑星による区別、あるいは軍人家系かそれ以外か、主戦派か非戦派か反戦派か、あるいは艦隊勤務や後方勤務といった親の軍での役職や科による区別……それらの派閥は主要なそれだけで二十近い。派閥内派閥を含めたら3倍近くなるだろう。それぞれの派閥が牽制し合い、身内で集まって身を守る。

 

 無論。フェザーン系や星間交易商人の血の濃い者、あるいは派閥色の薄い土地やコミュニティ出身の者も少なからず在籍しているし、教官達も連帯感と同胞意識を植え付けるように注意して指導している。それでも親から子に引き継がれるこういった価値観や社会意識を矯正するのは容易なものでは無い。

 

 帝国亡命者コミュニティの中でも保守的、帰還派出身の亡命軍幼年学校より入学した者は今年64名、そのうち私と同じクラスになったのは19名である。ここに他の惑星出身の帝国系保守移民家系から入学した者12名……それが集合した者達の正体だ。

 

「口が悪い奴が宮廷ごっことか言いそうだよなぁ……」

 

 そうはいっても実際問題派閥を作り、身を寄せ合って守らなければ下手すれば冗談では済まなくなる。1世紀半前、亡命者が士官学校や専科学校に入学をするようになった初期は絶好のいじめの的になり自殺者まで出して問題になった事もある。マスコミを騒がして逮捕者が出たどころか一部ネットユーザーが加害者の住所を晒して亡命者の自警団がその家を焼き討ちした。その頃に比べれば学校側も改善して相当マシになったものの軽視出来るものでも無い。

 

「さて、問題は残りをどう集めるかだな」

 

 50名で一個小隊だ。私とベアトを含めても最低後17名集める必要があるわけだ。

 

「ほかの同胞でまだグループに入っていない者を優先し、捜索致します」

 

 ベアトが傍らで礼をして答える。派閥色の薄い亡命者出身者、その次は親類に亡命者がいる者、それで駄目なら比較的関係の悪くない派閥と合併する形で組む事になる。全く平等な民主国家の士官学校と聞いて笑えて来るな。

 

 原作で魔術師様はこの事に触れていなかったが、多分気にしてなかったんだろうなぁ。こういう事にこだわる性格じゃあ無さそうだし。もしかしたらこう言った派閥色と無縁……というか無頓着な面も原作で評価されなかったり疎まれた理由かも知れない。良く気付かずに地雷踏み抜いていたんじゃ無かろうか?逆にいえばそんな状態であの昇進スピードと考えるとガチの英雄様だったと言えるかも知れん。

 

「あー、取り敢えず、組分けは一週間以内迄に出来ればいいらしいからまずは部屋に行こうか?」

 

私としては何時間も待機して少し疲れた。休みたい。

 

「はっ!各員行進だ!」

 

 ベアトの号令に従い無表情の生徒の集団が私を中央において(すぐ守れる体勢だ)行進を始める。

 

いや、だから……まぁいいや。

 

「まぁいいか。では、行こう……あ、ちょっと待て。小腹空いたな。あそこで少し買うぞ」

 

 学内の売店を指差し私は指示する。そこは、士官学校内に置かれた有名なベーカリーで彼のリン・パオもこのベーカリーのイギリスパンが好きだったらしい。

 

 小ネタだが、ダゴン星域会戦に先だって彼はこのベーカリーのイギリスパンを買い占め(学生達のブーイングをガン無視していたらしい)、決戦に際してトーストにしてバターとオーバーミディアムの目玉焼きとで食いまくりながら指揮を取ったという。

 

「はっ!ただちに購入致します。どれがよろしいでしょうか?」

 

敬礼しながらベアトが尋ねる。

 

「おう、焼きそばパン買ってこいや」

 

 ファン・チューリンが在学中毎日一人で買い占めていたと言われる海鮮焼きそばパンの入手を命じる。理由?一番和食に近いパンだからさ。いやマジ毎日ジャガイモと酢漬けキャベツは辛いんです。

 

「焼きそば……?り、了解致しました!」

 

 一瞬焼きそばの料理そのものが思い浮かばなかった(帝国人はせいぜいパスタくらいしか縁が無い)ベアトは、しかしすぐさま命令を実行する。ベーカリーに向け駆け足で向かい勢いよくベルを鳴らして入店する。

 

 そのまま決死の表情でベーカリーの棚を見回り、引き返してもう一度見回り、困惑した表情でベーカリーの店員(恰幅の良いおばさんだ)に慌てて何事かを尋ねる。

 

 店員は苦笑いを浮かべて店の外のテーブルに座る学生を指差す。

 

 同時に弾丸の如きスピードでそちらに向かい早口で何事か捲くし立てるベアト。一方学生(同じく新入生だろう)は背中しか見えないが何か返答したらしい。ベアトが何事かを言う。

 

 尚もその学生は何かを言い、それに対してベアトは財布から100ディナール札を数枚テーブルに叩きつける。どうやらあの学生が買い占めたらしい。よく見るとテーブルの上に焼きそばパンで埋まったバケットがある。

 

「て、あかんな。あれは……」

 

 新入生が穏やかな口調で何か言うのをベアトが怒りに顔を赤くして睨みつけ何か叫ぶ。

 

「おい、お前達、ここを動くな。命令があるまで手を出すな。分かったな?」

 

 命令口調でそう言って私はベアトの方に向かう。いやいや、焼きそばパン欲しいけどそんな情熱かけなくていいからね?

 

私が向かうとようやく話しがはっきり聞こえてきた。

 

「だから言っているだろう!そこのパンを2,3個でいい!1つ200ディナールで買うとっ!」

「値段の話では無いんだけどなぁ……。君が食べる訳ではないんだろう?本人が自身の金で、自分で買うべきじゃ無いのかなぁ?それではパシリだよ?」

「馬鹿なっ……!そんな失礼な事申せるかっ!」

 

あー。話が見えてきた。

 

「そこの、済まん。私が頼んだんだ」

 

私は駆け寄って答える。

 

「あ、本人登場か。いや、この娘、焼きそばパンに200ディナール払うなんて言ってね。パシリに会っているんじゃないかと思ってね」

「いやいや、そんな訳じゃないんだ。というかそんなに払うと言ったのか。そりゃあ疑うな」

 

 どこの世界に焼きそばパンに2万(日本円換算)払う奴がいるんだよ。必死過ぎだ。

 

「いやぁ、私も一人で買い占めちゃったからなぁ。あの郷里の英雄ファン提督の愛した焼きそばパンには憧れていたんだ」

 

 目を輝かせて新入生は語る。その口元は子供のようにソースで汚れている。

 

「ベアト、手間かけさせて済まないな」

「い、いえ。私は……っ!」

 

 慌ててベアトは頭を下げる。主人の手間を取らせた事に罪悪感を感じているようであった。

 

「気に病むなよ。それで、どうだ?そんだけ買っているんなら2,3個分けてくれねぇ?1個2ディナールで」

 

1ディナール硬貨数枚をテーブルにおいて頼み込む。

 

「いやいや、別に良いよ。君と……そこの美人さんにもタダで上げよう。パン好きに悪い人はいない」

 

 ニコニコと素手で焼きそばパンを持って差し出す新入生。

 

「悪いな。私はヴォルター、ヴォルター・フォン・ティルピッツ、こっちはベアトリクスだ」

 

 受け取った焼きそばパンをほおばりながら私は名前を口にする。

 

それに対して新入生も人当たりの良い笑顔で答える。

 

「そうか。私はチュン、チュン・ウー・チェンさ。名前はE式だから気をつけて欲しい。君達も新入生かい?」

 

 まさしく、パン屋の跡取りのような新入生は私にそう尋ねたのであった。

 

 

 

 

 

 

 








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