帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第百八十二話 他人の家に上がる時はマナーを守ろう

 宇宙暦792年五月六日2130時の事であった。要塞防衛司令部は正面に展開する同盟軍の新たな動きを察知する。

 

「反乱軍に動き!揚陸部隊主力と思われる艦影見ゆ。数約一二〇〇隻、一〇〇隻から二〇〇隻程の小集団に分割して護衛部隊と共に前進してきております!」

「ぐぬっ……!小集団に別れて『雷神の槌』による掃滅を回避する積もりか……!!駐留艦隊の奴らは何をしている……!?こういう時のための艦隊だろうが!!」

 

 

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 戦端が開かれて以来ずっと要塞防衛司令部に詰め続け、現在進行形で別動隊の揚陸部隊迎撃の指揮に専念しているクライスト大将は疲労困憊の表情で、しかし唾を吐き散らかしながら怒鳴るように叫ぶ。度重なる失敗とストレスによってこの要塞攻防戦が始まってから急速に彼の風貌は老け込んでいるように思われた。

 

「し、しかし……!!駐留艦隊の動きは鈍く、しかも此方の要請も通信状況が悪いために届かないようでして………」

 

 オペレーターは動揺しながらも報告する。戦端が開かれて半日以上、圧倒的な数の同盟軍により平行追撃に持ち込まれた要塞駐留艦隊は部隊を交代させて休息を取らせる事にも苦慮していた。

 

 強力な後方支援機能のあるイゼルローン要塞も、それを活用出来なければ意味がない。同盟軍はその手数を活かして要塞駐留艦隊を拘束し、その交代と休息を阻止する事で兵士の疲労と弾薬と燃料の不足による戦闘効率の低下を狙っていた。無論、要塞駐留艦隊の動きが鈍いのはそれだけが原因ではないが……味方撃ちによる士気の低下、特に再度『雷神の槌』により揚陸部隊ごと自分達も吹き飛ばされるのではないかという不安が駐留艦隊各艦の揚陸部隊迎撃を消極的にさせていた。

 

「おのれ役立たず共め!こうなっては構わん!奴らの望み通り要塞主砲を使ってやる!『雷神の槌』発射態勢に移行せよ!!」

「目標はいかがいたしましょう?反乱軍の揚陸部隊は散開しておりますが……」

「第一宇宙港への軌道を取るものが最優先だ!!続いて主要港を目指すものを近い順に吹き飛ばしてやれば良い!!」

 

 クライスト大将の優先順位の判断自体は間違っていない。イゼルローン要塞は広大であり、その内部を迅速に制圧するためには多くの通路と繋がり、かつ比較的内部情報が入手しやすい主要宇宙港に揚陸するのが当然である。

 

「『雷神の槌』エネルギー充填完了!目標捕捉、第一宇宙港に向けて航路を取る反乱軍部隊、数二五〇隻余り!」

「エネルギー拡散率二五パーセントに設定、システムオールグリーン!主砲発射可能です!」

「ファイエル……!!」

 

 クライスト大将の宣言と共に黄金色の柱が宇宙に生まれる。射線内に展開していた乱戦中の同盟軍と帝国軍の艦艇はそれを避けようと迅速に回避行動を行うが、それでも三隻に一隻は間に合わずに光の渦に消えた。一〇〇〇隻近い艦艇を呑み込んだ白い光はそのままその先に展開していた揚陸部隊に直撃した。

 

「主砲命中!揚陸部隊の八六パーセントを撃破!」

 

 

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 要塞防衛司令部の巨大なスクリーンには爆散していく中小の揚陸艦艇とその護衛艦艇の姿が映りこむ。射程ギリギリの宙域に向けて撃ったために全滅させる事は叶わなかったが、それでも相当の打撃を与えた事は想像に難しくない。

 

「目標集団、後退していきます。しかし、その他の集団は尚も前進を止めません!!」

「馬鹿な!!?奴ら、『雷神の槌』が目に入らぬのか!?」

 

 オペレーターの報告に参謀の一人が驚愕するように叫ぶ。スクリーンには未だに複数の揚陸艦艇を中核とした集団が前進を続けていた。

 

「構わん!どいつもこいつも纏めて吹き飛ばしてくれる!要塞主砲再充填急げ!一〇〇パーセントでなくて良い!」

「り、了解!」

 

 クライスト大将の叫びに、怯みつつもオペレーター達は答える。しかし、その内心は複雑だ。何せこの混戦の中である。揚陸部隊を狙い撃ちするには『雷神の槌』は威力が高すぎる。故に揚陸部隊を要塞主砲で殲滅するという事は即ち、味方ごと吹き飛ばす事に他ならない。実際最初の砲撃では、そして先程の砲撃でも一度目より減ったとは言え巻き込まれた味方が少なくとも二〇〇隻は消し飛んだ筈であった。

 

 既に一回撃ったがために今回の二発目の味方撃ちの罪悪感は軽減された……かと言えばそうでもない。

 

 万一、最初の砲撃でこの戦いの雌雄が決していればオペレーター達も自身の行いを勝利のための已む無き手段と正当化出来たかも知れないが、現実は寧ろそれを逆手に取られただけである。ましてやこうしている間にも駐留艦隊からは部隊どころか個艦単位で殺気立った追及の通信が入って来るのだ。オペレーター達の動揺と葛藤は果てしない。

 

「つ、続いて揚陸艦集団が第四、第七、第八、第一六、第四七、四八宇宙港に向かう軌道で接近……!い、一斉に突撃してきます!」

「怯むなぁ!『雷神の鎚』は無敵だ!続いて最も接近している第七宇宙港を目指す集団を狙え……!!」

 

 クライスト大将の怒鳴り声を前にオペレーター達は必死の形相で要塞主砲発射の準備に入る。

 

「ファイエル……!」

 

 クライスト大将のその掛け声と共に第七宇宙港を目指して突進してきていた中小二〇〇隻余りの揚陸艦部隊はその九割が消し飛んだ。今回は周囲の同盟軍と帝国軍はその殆どが事前に退避していたがために巻き添えを食らったのは双方合わせても四〇〇隻に満たなかった。

 

 それでも残る揚陸艦部隊は他の集団が吹き飛んだにも拘らず前進を止めない。寧ろその隙に要塞に取りつこうとしているようにも思われた。その動揺すら見られない一糸乱れぬ動きは何処か無機質的で、あるいは軍隊蟻の行進のようにも思えた。

 

 

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「ぐぬぬ……!『雷神の鎚』、次発発射用意!奴らめ、まさかあれは無人艦を囮にしているのか……!?」

 

 余りにも犠牲を度外視した揚陸艦部隊の動きにクライスト大将は先程の無人艦突入作戦の記憶を思い出す。

 

「と、いいますと……?」

「恐らくはあの分割された揚陸艦は殆どが囮だ!恐らくは先程吹き飛ばした集団は無人艦に過ぎん、我らが『雷神の鎚』を撃ち、再充填の時間を使いあの中に交ざった本命が距離を詰めようとしているのだ!」

 

 クライスト大将は限りなく正解に近い答えを出していた。実際、先程吹き飛ばした二つの揚陸艦部隊は双方ともその護衛まで全て無人艦艇で構成されていた。

 

「奴らめ、考えおったな!見てみるが良い!要塞駐留艦隊の奴ら揚陸艦部隊から我先に離れていっておる!」

 

 要塞主砲が何を標的にしているのか、乱戦中の同盟・帝国艦隊共にこの時点で察していた。そしてその巻き添えになっては敵わぬと周囲で戦闘していたそれらの艦艇は我武者羅に突き進む揚陸艦部隊から逃げるように離れて行っていた。それはつまり、揚陸艦部隊は乱戦の影響……特に要塞駐留艦隊の迎撃を受けない事を意味していた。

 

 しかも、嫌らしい事に要塞側は殆どが無人艦艇の集団だとしても対応しない訳には行かなかった。それこそ先刻の無人艦特攻から考えて内部に液体ヘリウムとレーザー水爆ミサイルを満載していても可笑しくない。放置してそれらに突っ込まれては堪らないし、無人艦に偽装した本命にそのまま接岸される可能性もあった。本来ならばこうした手合いを処理するのは要塞駐留艦隊の仕事なのだが……そもそも圧倒的な数の暴力の前に対応能力が飽和しているし、そうでなくても敵(あるいは無人艦)諸共味方の要塞主砲で吹き飛ばされたがる者なぞいる訳がない。更に要塞と駐留艦隊間の通信は妨害と混乱で混沌としており殆ど意思疎通も出来ていない。故に要塞側は自ら対応せざるを得ないのだ。

 

「奴らめ、開けた道から一気に要塞に接近する積もりだ……!」

 

 クライスト大将の言を証明するように、同盟軍と帝国軍の両艦隊が慌てて退避する事で出来る空白宙域を快速性の高い小型揚陸艦を中心に幾つもの集団が要塞へ向けて一気に直進し、要塞への肉薄を図る。

 

「浮遊砲台とワルキューレに防衛線を張らせ……!?」

 

 要塞主砲の再充填に必要な時間、残る吶喊して来る揚陸艦の集団の数と速力から見て、その全てを殲滅する時間がないのは明らかであった。その上要塞駐留艦隊があてにならないとなれば後は浮遊砲台と戦闘艇で要塞への肉薄を阻止するしかなかったが、クライスト大将の命令は途中で要塞防衛司令部を襲う震動で阻止される。

 

「ぐおっ!?この震動は……!?」

「叛徒共の単座式戦闘艇による爆雷攻撃です……!浮遊砲台に損害多数!」

 

 タイミングを計ったように行われる同盟軍の単座式戦闘艇による攻勢。それはここまで数回に渡って行われた攻撃の中では参加機体数こそ少なかったが個々の技量と戦果は寧ろ優越していた。主力揚陸部隊を突入させるために事前に温存されていた精鋭部隊は正確無比な急降下爆撃で浮遊砲台と防空レーダーを破壊し、帝国軍の単座式戦闘艇ワルキューレを撃墜していく。

 

「ぐっ、小賢しい……!『雷神の鎚』第四射用意!」

 

 同時にクライスト大将は考える。残る揚陸艦集団の内、どれが本物でどれが偽物か。

 

(叛徒共にとって時間は敵、ならば迅速に部隊を降ろして要塞重要区画を制圧したい筈……!)

 

 帝国本土、そして恐らくは前線でも既にイゼルローン要塞を救援するための部隊編成が行われている筈、あるいは部分的には発進したかも知れない。ともなれば同盟軍の揚陸部隊も挟撃を恐れて短期決戦せざるを得ない。となれば……。

 

「第一宇宙港に向かうあの集団を撃滅する!要塞主砲発射用意!」

 

 幾つかある揚陸部隊の内、主要宇宙港に向かい、かつ小型・中型揚陸艦を主体とする集団が本隊の候補となるのは余りに当然の事であった。第一宇宙港を目指す一五〇隻余りの集団が第四射の目標となった。

 

 周辺の同盟・帝国軍艦隊もまた、クライスト大将と同様の答えに辿り着いたのだろう。要塞主砲が目映いばかりのエネルギーを放出して充電している間にその集団から必死に距離を取ろうとする。

 

 第四射がその揚陸部隊を吹き飛ばし、拡散率を七〇パーセントまで引き上げた第五射がもう少しで第八宇宙港に肉薄しようとしていた中型揚陸艦の集団を纏めて凪ぎ払う。

 

「要塞主砲第六射発射用意……!!」

 

 クライスト大将が次の目標に照準を合わせるように命じた瞬間、再び要塞を激しい振動が襲った。

 

「な、何事か……!?」

「こ、これは……!揚陸艦です!大型揚陸艦が一〇隻以上要塞外壁に……第四七宇宙港のゲートを破壊して反乱軍の大型揚陸艦が強行揚陸しています!!」

 

 オペレーターの叫び声に応じて要塞防衛司令部のスクリーンの一角が第四七宇宙港内部の監視カメラの映し出す光景をクライスト大将達に見せつける。巨大な揚陸艦が流体金属の『海』に突っ込んだかと思えば度重なる爆雷と無人艦攻撃で既に半壊気味であったゲートを、その巨体の質量で無理矢理突き破り、そのまま港内に停泊していた数隻の帝国軍駆逐艦と大型戦闘艇を圧し潰しながら港内に乗り上げる。揚陸艦の横腹から無数のハッチが下りたと思えばホバーバイクやランチに乗った重ないし軽装甲服に身を包んだ兵士達が次々と躍り出て、殆どいない港内の警備部隊の細やかな抵抗を火力と数で圧殺し、通路を駆けていく。

 

 

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「は、反乱軍の新手が要塞内部に侵入……!数、最低でも一〇万以上と推定……!」

「何ぃ!?」

「馬鹿な!?それ程の数が侵入を……!!?」

「何故だ!?たかが一〇隻かそこらの艦ではどれ程詰め込もうがそこまでの数は……」

「良く見ろ!あれは大型揚陸艦だ!詰め込めば師団規模の収容スペースはある……!」

「それより何故ここまで肉薄されても気付かなかった!?大型揚陸艦なぞ大柄で鈍足だろうが!?」

 

 要塞内部で叫ぶ主要幹部達の疑念は、軍事上の先入観と常識を逆用したものであった。囮を以て肉薄までの時間を稼ぎ、同時に本命に対する注意を逸らす……そこまでは要塞の主要幹部達とて想定はしていた。しかし、よりによって鈍足で逃げようのない大型揚陸艦を、ましてや第四七宇宙港などという戦略・戦術的にも価値の低い軍港に突っ込ませるなぞ……!

 

「兎も角迎撃しろ……!!近場の部隊を集めて主要通路の守りを固めるのだ。早くしろ……!!」 

 

 要塞陸戦隊司令官イーゼンブルク少将が叫ぶ。要塞防衛司令部は同盟軍の作戦と狙いの不可解さに混乱しつつも迎撃部隊を投入する。せざるを得なかった。幾ら部隊の展開と移動に時間と手間のかかる小港とは言え一〇万を超える陸兵に揚陸されたとなれば放置出来る訳がなかった。

 

 こうしてイゼルローン要塞内部における血で血を洗う戦いはより熾烈な第二線が形成される事になったのである。

 

 

 

 

 

 

「ぐおぉ……!?我ながら結構無茶苦茶な作戦を立てたものだな……!?」

 

 私、つまりヴォルター・フォン・ティルピッツ同盟宇宙軍准将は地震のように大揺れする大型揚陸艦の艦橋で支柱に身体を預けながら顔を引き攣らせて嘯いた。

 

 私の立てた作戦は揚陸戦においてある意味で平凡であり、基本中の基本であった。即ち、囮を使った欺瞞とそれによる本命の揚陸部隊と揚陸位置の偽装だ。

 

 一〇個用意した揚陸集団の全てが無人艦による囮であった。これ等を先行させて要塞防衛司令部の注意を逸らし、その迎撃に集中させる。これは同時に乱戦する敵味方の戦いから本命の揚陸部隊を守るためのものでもあった。そりゃあ、『雷神の槌』の目標になるような奴らの傍に来たい奴らなんていやしない。  

 

 要塞防衛司令部が一つ一つ揚陸部隊を吹き飛ばしている内に、本命の揚陸部隊が欺瞞しながら接近する。『雷神の槌』で吹き飛ばされた宙域は暫くの間はエネルギーの残滓と破壊された艦艇の残骸によって索敵の精度は低くなる。同時期に攻撃を始める単座式戦闘艇でレーダー施設を可能な限り破壊して更にその探知能力を限定せしめる。要塞の触覚代わりになり得る駐留艦隊と単座式戦闘艇も同盟軍主力との戦闘で完全に対応能力を飽和させられている。今のイゼルローン要塞は周辺の状態についてかなりその索敵能力を低下させていた。

 

 帝国軍からしてみれば元より探知は困難な所に、更に保険のために狙われる優先順位が低くなるように工夫を凝らした。万一捕捉されたとしても、鈍足な大型揚陸艦を使う事であからさまに囮の艦艇に見せかけた。あるいは十隻程度の小集団かつ護衛をつけない事で察知されにくくした、他の無人艦揚陸部隊を先行させる事でそちらへの対処に専念させた。要塞駐留艦隊と要塞防衛司令部ともに疲弊するタイミングを狙って作戦を実施する事で、疲労による思考の単純化、それによる人的ミスを誘発する事で察知されないように誘導した。

 

 だが、恐らく気取られなかった一番の理由は突入したのが防衛の優先度の低い第四七宇宙港であった事だろう。数個群しか収容出来ぬ小規模宇宙港なぞ本来ならば大規模な揚陸地点としては不適合、更に言えば重要区画に繋がる通路も限定されるが故に迎撃のための防衛線構築も然程手間はかからない。そのために要塞防衛司令部もこの港に対する警戒はかなり優先順位が低かったようで、肉薄も突入も私が想定したよりも遥かに容易に達成する事が出来た。

 

 ……なんて述べるとまるで全て私が考えたように見えるかも知れない。いや、実際は違うけどね?私一人でここまでの作戦を即興で考えるなんて不可能だからね?実際は揚陸部隊の作戦参謀や私と一緒に移動した遠征軍総司令部の参謀スタッフからの助言を受けて、更には過去に考案された作戦計画からも結構内容は流用している。この作戦の母体は結局本格的戦闘になる前に終結した第二次イゼルローン要塞攻防戦にて準備されていたものである。流石当時のエリート参謀方である。多少アレンジしているとは言えここまでスムーズに成功するとは驚きだ。

 

「問題はここからであるがな、准将。それで?其方の者達が例の案内役かね?」

 

 『アシュランド』艦橋で同じく激しい揺れを椅子に体を預けて凌いだゲイズ中将は、体のバランスを立て直すと私と、丁度艦橋に入橋して来た面子を一瞥して尋ねた。

 

「えぇ。ファーレンハイト中佐、フェルナー中佐、部隊の編成は?」

 

 私の質問に軽装甲服を着こんだ食客と傭兵は敬礼で答える。

 

「この周辺区画での勤務経験のある兵士を中心にイゼルローン要塞勤務経歴のある者を集め終えました。二人一組で約五〇組程度揃えております。即興ですが、大隊司令部レベルならばどうにか大半の部隊には配備可能かと」

 

 ファーレンハイト中佐は文字通り騎士らしく胸に手をやり礼をして恭しく答える。

 

「此方もイゼルローンに滞在経験のある部下を中心に幾らか人員を揃えました。私自身も此方に滞在した事があります。裏道の方も幾つか把握しているので多少は役立つかと」

 

 フェルナー中佐の方は不敵な笑みを浮かべて自身の付加価値を上げてセールストークするようにそう申し出る。

 

 私はその報告に頷いてゲイズ中将に向けて再度視線を向ける。

 

「可能な限りの手は打ちました。後は各部隊が案内役を信用してくれるかですが……まぁ、そこは亡命政府の立場を信用してもらうしかありませんね。亡命政府の一員として言わせて頂くならば、人員の調査と選出は厳正に行っておりますので御心配なさらないで下さい」

 

 どうせ、私の言葉なぞ半分以上信用されないんだろうと思いつつも、一応私はそう同胞のための弁明を行うのだった。

 

 

 

 

 

 普通であれば揚陸部隊にとっては悪手に思える第四七宇宙港を狙ったのは帝国軍の裏をかくのが目的であったが、同時にある程度は揚陸地点のデメリットを解消出来ると踏んだのも大きい。

 

 亡命政府軍、及び同盟軍より元投降帝国兵……それも比較的近年イゼルローン要塞の、それも第四八宇宙港周辺ブロックでの勤務経験のある兵士を中心に急いで引き抜き揚陸部隊に司令部単位で付属させたのは、彼らを広大かつ複雑な要塞内における道案内役として使えると踏んだからだ。

 

 原作でも触れられるように、イゼルローン要塞内部は余りに広大過ぎて使用されずに埃を被ったブロック、設計者や要塞防衛司令部すら把握しきれていない通路も珍しくない。それは要塞の中枢部や重要区画から離れれば離れる程その比率が高まる。要塞の定期的改修によって図らずも増築されるブロックや通路もあった。扱きに耐えかねて逃亡兵が隠れたり、逆に道に迷って遭難する兵士、あるいはそれらの迷宮化したブロックや通路を使って物資の横流しや各種の秘密の集会を開催している輩だって存在する。実際に数年前にはサイオキシン麻薬や密造酒を筆頭に、同盟軍捕虜から押収したアニメCD、アイドルソング、その他帝国国内法における御禁制品や不健全娯楽の裏バザールを要塞内で行っていた密入国フェザーン商人や帝国兵達が憲兵隊の一斉摘発で逮捕されるなんて事案もある位だ。

 

 そして、その手の非公式でマイナーな通路やブロックについては士官よりも下士官兵の方が余程知見がある。

 

「私も活用した経験がありますよ。老朽化と事故で廃棄された通路が倉庫と繋がってましてね。そこから医薬品や食料をせしめて横流しした経験があります。いやぁ、これが結構金になりましてね?正直アスカリの安い月給よりも割の良い副業でした」

「なぁ、お前さんがアスカリ時代に殿として捨てられたの、それバレたからじゃないのか……?」

 

 ほぼ完全に制圧された第四七宇宙港の港湾部に降りた私は、タブレット端末に映し出される要塞内部の地図に追加の通路を記入するフェルナー中佐に向けて疑問をぶつける。

 

 同盟軍からすれば投降兵、それも下士官兵を道案内に活用するのは構想されなかった訳ではないが、同時に積極的に考案された訳でもない。何だかんだ言っても投降兵を何処まで信用して良いのか怪しいし、どうせならば態態そんな裏口を活用するよりももっと確実に同盟軍が把握している第一宇宙港や第二宇宙港から繋がるメイン通路を使った方が遥かに情報面での信頼性が高い。

 

 そもそも要塞にここまで大規模な揚陸に成功したのは今回が初の事である。総司令部は当初味方撃ちの可能性は最小限と認識していたために第一宇宙港を初めとした主要宇宙港からの揚陸を前提とした揚陸計画作成にリソースの大半を注いでいた。故にこんな要塞の端の端のような場所の裏口活用なぞ殆んど議題にも上がっていなかったのが実情である。

 

 当然ながらこの状況においては第一宇宙港に向けて揚陸艦が突っ込めば味方が射線にいる事なぞ気にせずに要塞防衛司令部は『雷神の鎚』を叩き込むだろう。ともなれば道案内のために元投降兵の動員は必然であった。多くの投降兵を再教育して自軍に編入している亡命政府軍と亡命政府が同盟に貸しを作れる事、そういう建前で私がコネクションを活用して迅速に準備出来るのもこの手法を選んだ理由である。

 

「とは言え、これでも戦力不足か……」

 

 私は続々と要塞内部の通路を駆け抜ける装甲兵の列を遠目に見やりぼやく。流石に大々的に船団を組めば幾らズタボロになったイゼルローン要塞の防空網でも発見されてしまう。それ故に突入艦艇の数は絞るしかなかった。そして艦艇数を絞れば突入出来る戦力が限定されるのは必然である。

 

 航空機や水上艦艇類を輸送しない分スペースが空いたとは言え、それでも移送出来た兵力は凡そ一四万前後といった所だった。兵力があっても弾薬類がなければ意味がないので兵員よりも寧ろそちらの方を重点的に積載した。

 

「要塞内部の敵兵の半分が戦闘要員以外とは言えな……それでも数では劣るし、地の利は彼方にある。ともなれば此方が勝つにはやはり要塞主砲をどうにかするしかない」

 

 そして要塞主砲を確実に封じる手段は四つ、要塞防衛司令部の占拠、主砲管制室の占拠、要塞主砲にエネルギーを供給する動力炉の占拠、そしてその動力炉と要塞主砲を繋ぐ送電線の破壊である。

 

 この中で手段として論外なのは要塞防衛司令部の占拠であろう。平時ですら六重のセキュリティチェックがある上に、要塞防衛司令部は部屋としては半独立した構造を持っており、換気や温度調節は室内の設備のみで循環しているために通気口等は存在しない。緊急時には厚さ四メートルの隔壁が下りて司令部は完全に外部との繋がりが封じられる。司令部そのものが一つのシェルターになっているのでたかが戦車砲や爆弾ではまず部屋の壁を破壊出来ないだろう。真横にレーザー水爆を置く位しか手はない。

 

 動力炉の占拠はその次位には非現実的だ。要塞の文字通り中枢部までの道のりは遠すぎる上にそこに辿り着くまでにどれだけの防衛網が敷かれている事か……OVA?そりゃあ要塞システムを完全停止すれば防衛網の大半は無力化出来るからね、仕方ないね。いや、それでも限りなく無茶ではあるが……。

 

 主砲管制室の占拠は前述の二点よりはまだ現実的ではあるだろうが、それでも相当の困難を伴う事は事実である。最も実現性の高いのは送電線の破壊となるのだが……。

 

「現状の要塞主砲が接続している送電線は恐らく位置座標から見て第一二送電線でしょう。ここさえ断ち切れば別の送電線に移動して再充電を行うまでに二〇分から二五分は時間を使います。その間に要塞主砲射程ギリギリから肉薄するまで、全速力で行けば不可能ではありません」

 

 ファーレンハイト中佐がタブレット端末に映される地図を見て解説するが、私にとっては何らの励ましにはならなかった。

 

 少し説明させてもらおう。諸君は浮遊砲台とは何だと思っている?イゼルローン要塞の要塞砲?その返答では七〇点だ。より正確に言えば『イゼルローン要塞表面に貼り付けられた流体金属の海に平時は潜航・充電し有事には浮上する特殊環境用防空潜水艦』である。つまりはだ、浮遊砲台は広義における潜水艦であった。

 

 イゼルローン要塞から流体金属の『海』を剥ぎ取れば、全高数十メートルはある四重装甲の外壁に数千か所の『コンセント』が設けられているのが分かるだろう。平時の浮遊砲台は動力炉で発電される電力を要塞外壁のコンセントから受けてエネルギーを充電しつつ、人員や物資、空気の移送が実施される。そして有事となれば浮遊砲台はコンセントから引き抜かれて浮上して攻撃、弾切れ、エネルギー切れとなれば再び流体金属層に沈んでコンセントに接続して補給・修理等を受けるのだ。

 

『雷神の鎚』を放つ要塞主砲特殊砲台は流石に事前に充電したエネルギーだけで賄うのは不可能だし、それ以前に一発撃つ度に沈み込んで再充電する訳にはいかない。なので砲台が充電するために沈むのではなく、逆に要塞外壁に設けられた配線が伸びて砲台に繋がり動力炉からの莫大なエネルギーを直接受け取る方式となっている。

 

 故に『雷神の鎚』は一度充電を始めてしてしまえば砲台は一定範囲内から移動する事が出来ない。移動したいのならば配線を切り離し充電したエネルギーを全て霧散させなければならない。その上で再度要塞主砲を撃ちたければ移動した場所で浮遊砲台と要塞間の送電をし直さなければならなかった。

 

 とは言え、要塞外壁に設けられた要塞主砲用の特殊送電設備は全部でも三〇を超える程度である。無論、それでも要塞表面から角度と拡散率さえ調整すれば回廊の危険宙域の存在もあり『雷神の鎚』の死角となり得る要塞の周辺宙域は皆無。

 

「しかも各送電設備は全滅しないように独立して動力炉と繋がっていると来たものだ。どのような形で攻略しようとしても二重三重の対策が敷かれる。本当知れば知る程凄まじい要塞だよ、イゼルローンは」

 

 心底呆れた口調で私がぼやく。ハードウェアとしてはこれ程完璧な要塞は他にないだろう。そして国防上の脅威としても。四半世紀前に同盟軍にとって五本の指に入る悲惨な敗北に終わった第一次遠征以来、同盟軍が躍起になってこの要塞を落そうとする訳だ。

 

「ファーレンハイト中佐は以前この港に勤務していたんだったな?道案内役、期待するぞ?」

 

 第四次イゼルローン要塞攻防戦の際に引き抜いた食い詰め中佐であるが、以前他の食客共々私をトランプで鴨にしていた頃にその話は聞いていた。ダンネマン大佐の巡航艦はこの第四七宇宙港を母港としていた事、その事もあり要塞内部の秘密賭博等に参加していた中佐がこの辺りの抜け道に詳しい事を。

 

「いやはや、憲兵にビクビクしながらカードをしていたのが、こんな形で返って来るとは。人生とは分からないものですな」

「不満か?」

「いえ、非礼ながら若様の下で働くのは結構気に入っていましてね。シェーンコップ騎士の言葉を借りるならば、少なくとも退屈せずに済みそうで良い事です」

「おい、それ褒められているのか貶されているのか何方と解釈すれば良いんだ……?」

「若様の御気持ち次第ですよ」

 

 食い詰め騎士の言葉にげんなりする私である。というか、ちらほら思うけどお前さん不良騎士と結構仲良い?ちょくちょくカードしてたり飲んでたりするの見かけるんだけど?

 

「ああ、そうかい。じゃあ精々雇い止め受けないように給金分は働いてくれよ?功績を上げたら特別ボーナスも支給してやるからな」

「了解です、我が主君殿」

  

 私の半分投げやりな言葉に礼を以て応える食い詰め騎士殿。その所作は貧乏貴族と言われつつも帝国騎士としての矜持と教養に満ち満ちていた。強いて言えば最後に不敵な笑みを浮かべるのは止めて欲しかったがね?

 

「特別ボーナスですか。そう言うのならば私としても頑張り甲斐がありますね。具体的には月給何ヵ月分でしょうか?」

「そうだな。給金の……っておい、自然に会話に交じるな。……そもそもお前は我が家の従士でも食客でもなくね?何極自然な流れで報酬貰おうとしてるんだよ」

 

 私は当然のように報酬にありつこうとする傭兵に突っ込みを入れる。思わず脳内で給与計算しちまっただろうが。

 

 元帝国軍アスカリ兵にしてファザーン民間警備会社大手ユージーン&クルップス社元社員、そして今は再興したばかりのナウガルト子爵家食客として亡命政府軍の派遣軍に従軍するアントン・フェルナー銀河帝国亡命政府軍中佐は、少なくとも名義上は家主様が雇用主の筈である。褒美を求めるなり労働条件を変更したいのなら、彼を派遣軍に従軍させた彼女にでも言うべきだ。

 

「それこそ今更な御話でしょうに。我らが主君とその家を牛耳るのは貴方とその御実家なのですから」

 

 肩を竦めて含みのある笑みで宣う。中佐の言葉は悔しいがある意味真実を突いていた。

 

 ティルピッツ伯爵家が再興したばかりのナウガルト子爵家に援助を惜しみなく……いや、寧ろティルピッツ伯爵家が積極的に後援のスポンサーとなった理由は言うまでもない。ルドルフ大帝時代に任命された諸侯には及ばずともナウガルト家もまたそれなりに長い歴史を持つ家である。そして家臣団も土地も金も殆ど何もないのならば、ある意味でこれ程都合の良い小娘はおるまい。

 

 援助漬けにして、殆ど唯一ともいえる一族の生き残りの小娘を自分達の息のかかった男と結婚させ、そうして生まれた子供の教育と人間関係さえ管理すれば次代のナウガルト家当主はティルピッツ伯爵家を頼り、親しみ、半分身内のような血縁関係となるだろう。ティルピッツ伯爵家一門に与する貴族院議員の席を新たに一つ確保出来る訳である。

 

「私が決めた事じゃないのに責めないでくれない?どの道他の貴族にだって似たような事された可能性は高いだろう?それに……その程度の事で泣き出すようなタマじゃないだろう、お前さんの雇用主は?」

 

 私の指摘は責任逃れではない。実際の所、フェルナー中佐も彼の主君な少女もそこまで事態を嘆いてはいない事を私は良く知っていた。

 

 ティルピッツ伯爵家の後ろ盾が最終的にはナウガルト子爵家の間接支配と取り込みを目指したものだと言う事は普通の貴族からすれば腹だたしい事であろうが、生憎彼も彼の主君もそこまでナウガルト家の名前に拘りも幻想も抱いていなかった。その程度で金と人と土地が援助されるなら安いものだった。

 

 二人とも取り敢えず飢え死にしなければどうにかなる、という少し極端な現実主義者であったのが幸いした。何処からか話を聞き付けた幾人かのナウガルト家家臣団の生き残りやその子孫、親戚筋が帝国やフェザーン、同盟国内から(勝手に)参集してきて状況を嘆いていたが、この際は無視して良かろう。一応仕事はするので今のところ追い出す必要も無い。方針に力ずくで逆らうなら相応の対応は必要であろうが。

 

 領地経営が上手く行っているのも幸運だった。ティルピッツ伯爵家の治めるシュレージエン州は比較的開発されているとはいえ、それでも手付かずの土地は多い。州の中でもとりわけ不便な土地ではあるが……それでも酸素と水が豊富で宇宙用の防護装備がいらないだけ、有事の際の足止め要員としても想定されている宇宙鉱山を開発させられる他の新参亡命貴族より恵まれている。

 

 領民については少々グレーゾーンではあるが、フェザーンの『裏街』から『輸入』していた。帝国系不法移民を中心とした住民を、何を間違えたのか最近『裏街』の覇王への道を突き進んでいるブラウンシュヴァイク家の分家男爵から購入していた。男爵からすればただ同然の不法移民で外貨を稼げ、家主殿からすれば安い金で過酷で理不尽な労働に順応している領民が手に入るのだから、双方共に好都合であった。序でに言えばフェザーン自治領と亡命政府、同盟政府から見ても都合が良いので半分人身売買染みたこの貿易は黙認されていた。……名目上は移民と出稼ぎだから(震え声)。

 

 後は彼らが唯々諾々と新しい御領主様の指図を聞くかであるが……本当に宮廷しか知らない頭蓋の中がカスタードクリームな貴族令嬢なら兎も角、新生ナウガルト家当主の図太く小賢しい性格を思えばそこまで懸念はないであろう。我が家……特に祖母様からすれば少し上手く行きすぎて困惑している程であった。本音を言えばもう少し苦闘して伯爵家への依存を強めて欲しかったので、その意味では期待を裏切られた側面があったらしい。

 

「それでも流石に宮廷からの従軍要請に応えて来るのは予想外だったけどな?」

 

 雇い入れた傭兵と輸入した領民から雇用した私兵(治安維持というより雇用対策用)合わせて一八〇名……一個中隊の陸戦部隊はフェルナー中佐のようなイゼルローン要塞勤務経験から道案内役となった一部を除けば殆ど形式参加であるが、再興して一年少々の子爵家が宮廷のために派遣した戦力としては上出来であろう。

 

「お嬢様が言うには働かざる者食うべからず、だそうです。一応購入した領民が暴動なり略奪なりする事を想定していたそうですが……いやはや、カリスマか人徳か。皆意外とお利口さんで仕事熱心なお陰で私達も暇になってしまいましてね?このまま穀潰しする位なら働いてこいと従軍させられてしまいました」

 

 やれやれ、と自嘲するような笑い声をあげる傭兵。そりゃあどうも、御領地が平和で何よりだ。軍人が暇なのは喜ばしいぞ?

 

「……まぁ、雑談はここまでとした方が良いかな?そろそろお前さん達も行った方が良いだろうよ。折角軍団司令部に割り振ってやったんだ。出し惜しみせず情報を洗いざらい吐き出してくれや」

 

 私は皮肉たっぷりに宣う。とは言え、これは彼らの安全対策のためでもある。イゼルローン要塞に投入した揚陸部隊のうち、現在その主力たる第七七地上軍団及び第一五五地上軍団が宇宙港周辺ブロックの制圧を続けている。

 

 その中でファーレンハイト中佐が前者の、フェルナー中佐が後者の軍団司令部の案内役に割り当てられたのは階級の高さもあるが、私なりに安全に考慮しつつ大きな功績を挙げられるように配慮したからだ。末端の大隊司令部よりも軍団司令部の方が全体の戦局が良く掴めるし、大部隊の展開に影響を与えられる。私としても彼らが相応に功績を立ててくれれば間接的に功績となるので万々歳であった。

 

「では一仕事するとしましょうかな?」

「人使いの荒いお人な事ですねぇ。転職したのは失敗でしたかね……?」

 

 食い詰め殿と機会主義者殿が其々に敬礼して、二三言嘯いてその場を去る。その後ろ姿が彼方此方に走り回る兵士達の人垣によって見えなくなるのを確認すると、私は肩を竦めてベレー帽を脱いで顔を仰いだ。

 

「まぁ、軽口を叩いてみたものの……だな」

 

 正直ここから先はどうなるか私には全く判断がつかない。そもそも原作で正攻法でイゼルローン要塞が陥落した試しがない。同盟軍の長年の悲願であった大規模な要塞内部での陸戦が達成されても尚、戦局は予断を許さない。ここからでも小さな釦の掛け違いから同盟軍が大敗を喫する可能性は十分過ぎる程にあった。

 

 そしてより辛いのはここから先は全てが私の権限から外れる事だ。私は揚陸部隊の首脳でなければ部隊長、それどころか陸戦参謀ですらない。イゼルローン要塞に揚陸部隊を無事突っ込ませた時点で殆ど御役目御免なのだ。後は味方の勇戦を見守るだけしか仕事はない。まぁ、それはそれで安全ではあるが何とも言えぬ歯痒さがあるのも事実だ。いや、罪悪感と言うべきか……。

 

「実は参謀は向いていないのかねぇ?」

 

 命懸けの実戦部隊や責任のある司令官職よりも気楽な参謀職ではあるが、この状況に至っては却って何も出来ない立場である事に焦りを感じるのも事実だ。私は言い知れぬ妙な感覚に思わず頭を掻いて溜息を漏らす。

 

「若様、どうか致しましたか……?」

「何か御心配事でもありましたか?」

 

 私の焦燥感を感じ取ったのか、背後から困惑気味にそう尋ねて来たのは今回の作戦を立てる上で私と共に転任した参謀スタッフであり、付き人でもある従士二人である。

 

「……いや、単にストレスが溜まっているだけさ。全く、この際撤収でも良いから出来るだけ早く終わって欲しいものだよ。やっぱりいつまでも敵地に居座り続けるのは愉快じゃないな」

 

 私は二人を安心させるように冗談めかして、無責任気味にそう放言した。後になって私は後悔した。その冗談半分の不謹慎な発言が後に実現したからだ。それも、ある意味では最悪の形で………。

 

 

 

 

 

 

 イゼルローン要塞動力炉に続く第一一〇通路は死屍累々だった。敵味方の死体が散乱し、白磁色の通路は真っ赤に染まっていた。それは正に地獄絵図と呼ぶに相応しい。

 

「こりゃあ酷ぇな……」

 

 先行する第五〇一独立陸戦旅団のヴィクトル・フォン・クラフト准尉はその惨状に思わず顔をしかめる。

 

「随分と強行軍ですね。我々よりも先を行ってるとは……」

「その分抵抗も激しい筈さ。この通路の荒れようを見ればどれだけの激戦だったか馬鹿でも分かる」

「確か我々と一緒に揚陸したんでしたか?いくらなんでも損害も馬鹿にならないでしょう……まさか全滅するまで前に進む積もりでもないでしょうに」

 

 クラフト准尉の部下である小隊員達が口々に友軍の苛烈過ぎる強行軍に疑問を抱く。いくら今回のイゼルローン要塞攻略作戦が重要であるとしても、流石にここまで無茶な進軍は本来はあり得ない。薔薇の騎士達ですら補給の面から一時進軍を止めるべきか躊躇ったというのにここまで平然と、損害も気にせず突き進み続けるなぞ……まさかではあるが玉砕でもするつもりであろうか?

 

「……いいや、そのまさかかも知れないぞ。この分だとな」

「はい?」

 

 クラフト准尉が嫌な予感と共に渋い表情を浮かべて呟く。若い帝国騎士の部下がその呟きに首を傾げた瞬間であった。通路に金切り声のような悲鳴が響いた。

 

「っ……!?」

 

 思わず薔薇の騎士達は戦斧と銃器を構える。次の瞬間には通路の横合いの道から何かが飛び出して来た。

 

「装甲擲弾兵!!?」

 

 クラフト准尉の部下の一人が叫ぶ。同時に彼らは敵を前にして混乱し、困惑した。当然だ、勇猛で残虐で知られる装甲擲弾兵達が武器を捨てて雑兵のように逃げ散る姿なぞ滅多に見られないのだから。

 

「ひいぃぃぃ……!?ば、化け物!!ぎゃっ!?」

「や、止めてくれ!こ、降伏する!降ふ……ひぎぁ……!!?」

 

 床に転がり、命乞いを哀願する装甲擲弾兵達の願いに対して、それを追って来たベージュ色の重装甲服を着た兵士達の返答は戦斧の一撃であった。文字通り頭蓋骨を正面から叩き潰す無慈悲な殴打。深紅の粘液が通路の天井まで飛び散り聞く者に不愉快な気持ちを覚えさせる破砕音が鳴り響いた。

 

「……おやおや、これは驚きましたね。そこにいるのはクラフト家のヴィクトル君じゃありませんか?こんな所で会えるなんて奇遇ですねぇ」

 

 全身返り血塗れの重装甲兵がのほほんとした声を上げた。

 

 それは一見柔らかく、お淑やかで、甘い音色に聞こえた。先程までの残虐で残酷な所業を行った者と同一人物とは思えぬ物腰の柔らかそうな女性の声音。

 

 尤も、当のヴィクトルからすればそんな気安そうな声は何の意味も持たない。その声の主が、いや正確には彼女の一族がどれだけイカれているのかを彼は良く知っていたから。

 

 陸兵は少佐の階級章を装着した装甲服のヘルメットを掴みフェイスを上げる。琥珀色の瞳にベージュ色の髪を装甲服を着るために纏め上げているのはデメジエール家出身のエーデルハイトであった。ゴトフリート家に並ぶ位にはルドルフ主義と貴族主義をキメていた気狂い一族の一員はニコニコと友好的な笑みを浮かべるが、その程度ではクラフト准尉の警戒心は解けない。

 

「これはこれはエーデルハイトの姉御じゃないですか。驚きましたよ、まさかこんな奥地で出会すとは。どうですか調子は?」

「そこそこですね。あ、そうそう拳銃でもいいんですが何か飛び道具ありませんか?一応持てるだけ武器は持ってきてたのですが弾切れの上に殴打を繰り返していると折れてしまいまして……流石にそろそろ戦斧だけで暴れるのは辛くなって来た所なんですよ」

 

 微笑みながらびっちょりと血の滴る戦斧を見せる女性士官。明らかに肉片と脂のこびりついたそれは女性が持つべきものではない。

 

「……補給が滞っているのなら一旦進軍を停止すれば良いでしょうに」

 

 そこに現れるのは同じく全身血に濡れた重装甲兵の集団であった。その多くが装備を失い、満身創痍で、負傷兵も少なくない。まずはっきり言って部隊の交代が求められる程に消耗し、疲労困憊していた。

 

「デメジエール少佐、余りはしゃいで前に出るな。……ん?友軍?……お前さんはクラフト准尉か?という事は無線で連絡してきた薔薇の騎士の到着か。助かる、折角抉じ開けた血路だ、どうせならば有効活用して貰った方が良いからな」

 

 そう口を開いたのは彼らの先頭を進むヨルグ・フォン・ライトナー中佐は淡々と口を開く。恐らくは苛烈で熾烈な戦いを続けていただろうというのに、その口調は落ち着いていた。しかし、その物言いは何処か奇妙であった。

 

「ライトナー中佐、此方第五〇一独立陸戦旅団第二大隊第二中隊偵察隊指揮官クラフト准尉であります。通信を聞いて先遣隊兼伝令として参上しました」

「ああ、御苦労だ准尉。して、本隊の方は何時頃此方に来るのかね?」

「その件につきまして報告があります。第五〇一独立陸戦旅団第一大隊第一・第三中隊及び第二大隊第一中隊は現在隔壁及び敵防衛部隊との戦闘により本隊に対して孤立、さすれば近隣の友軍部隊との合流と再編を計画中であり、第七八陸戦連隊戦闘団に対しても合流、及びそのための戦線整理と一時後退を求めるとの事です……!」

 

 クラフト准尉は敬礼と共に報告する。そして同時に場の空気が変わった事を感じ取った。それも恐らくは宜しくない方向に。

 

「後退……後退ですか。武勲の誉高い薔薇の騎士達がそのような敗北主義的な行動を取ろう等というのは実に意外な事ですね」

 

 デメジエール少佐の皮肉気な言葉は先程同様朗らかで、しかしクラフト准尉はそこに激しい激情が隠れている事を嗅ぎ取った。クラフト准尉は殆ど反射的に近接白兵戦用の構えを取っていた。

 

「デメジエール少佐!見苦しい真似をするんじゃない!いや、済まんな。其方の事情は承知した。……貴重な精鋭部隊を無駄に消耗させる訳には行かんからな」

 

 剣呑な態度で何かをしようと動き出そうとしたデメジエール少佐とその部下達を殺気を込めた視線で無理矢理阻むライトナー中佐。じっと、デメジエール少佐は微笑みながらその声に一礼して一歩下がった。尤も、その瞳には一切の優しさも温かさもなかったが。

 

「………」

 

 クラフト准尉はそこで自分がぼんやりと脳裏に思い浮かべていた予測が正解かも知れない事に気付き小さく舌打ちした。

 

(これだから大貴族って奴は面倒なんだよなぁ……!)

 

 そして、クラフト准尉は説得の言葉を口にしようとするが……それは第七八陸戦連隊戦闘団に配属された通信士が僅かに焦燥を浮かべた表情でライトナー中佐の耳元で何事かを囁く。同時に苦い表情を浮かべるライトナー中佐。

 

「本当か?ちっ、賊軍共にも勘の良い奴がいるな。二個中隊増援に送ってやれ。敵は寡兵だ、突き崩せ……!」

 

 ライトナー中佐は若干不快気に命令する。そして再度クラフト准尉達の方向を見やった。

 

「了解した、と言いたい所ではあるがそれは難しい。我々は今第一一〇通路を前進している所だ。前進するにしても後退するにしてもこの通路から引く訳にはいかん。この大動脈路を賊軍共に明け渡せばそれこそ追撃を受けて全滅してしまう。動力炉の制圧を目指す我々にはその要請は到底受け入れられん」

 

 薔薇の騎士達同様に別動隊として揚陸し、そして亡命政府と伯爵家から無言の内に命令を受けている第七八陸戦連隊戦闘団にとって、クラフト准尉の要請に従う事は戦術的な理由、そしてそれ以上に誇りと名誉から受け入れる事は出来なかった。

 

「しかしながら……」

「其方と此方で事情が異なるのは承知済みだ。此方と歩調を合わせる必要はないと連絡する事だ、准尉。お前達にはこの遠征が失敗しようとも何らの責任もないのだからな」

 

 話はここまでとばかりに踵を返すライトナー中佐に、クラフト准尉は義務的に敬礼を返す事しか出来なかった。同時にもまた同情も禁じえなかった。

 

「無茶を言ってくれるものだな宮廷も。動力炉までとは一個連隊には荷が重すぎるだろうに」

 

 たった一度の失敗でまるで……いや、殆ど懲罰的に間接的殺人とも呼べる任務を負わせる亡命政府軍のやり方にクラフト准尉はうんざりする。それに唯々諾々と従う方も従う方ではあるが……。

 

「とは言え、実際問題不用意に後退も出来ないのは事実、か。となると上の判断を仰ぐ他ないかねぇ?」

 

 クラフト准尉は数名の部下を伝令として本隊に向けて送り返す。後退と結集を拒む第七八陸戦連隊戦闘団の目的と状況を伝えなければならなかった。

 

「連隊が壊滅する前に早く返事が来れば良いんだけどな……」

 

 クラフト准尉は肩を竦めて嘯く。相当苛烈な戦闘を続けているように見える連隊戦闘団は人員も物資も自分達よりも相当激しく消耗しているように思われた。居残るクラフト准尉からすればいつ敗走しても可笑しくない連隊戦闘団への加勢で消耗するのは御免であった。

 

 しかし、現実は上手くいくものではない。第一一〇通路と第一七通路を結ぶD-マイナス二七五ブロックで増援として投入された二個中隊を含む第七八陸戦連隊戦闘団前衛部隊が巧緻を極めた帝国軍の臨時陸戦隊に敗北したのはこの命令から僅か三〇分後の事であった。そしてこの戦闘を一つの切っ掛けとして、同盟軍揚陸部隊の別動隊組は攻勢から防戦に攻守の逆転を強いられる事となる……。




本作のイゼルローン要塞描写における補足説明

 イゼルローン要塞の巨大さについては外伝イゼルローン日誌等を参考に考察しました。実際に原作によると使用されていない区画も多く、帝国の工作員が密かに隠れていても可笑しくないと書かれております

 因みに本作イゼルローン要塞では直径六〇キロは四捨五入してかつ流体金属と外壁を差し引いた「要塞本体の大きさ」と設定しております。そのため本作イゼルローン要塞は実際は直径六〇キロよりも一回り位大きいと解釈しております

尚、イゼルローン要塞(本体)の体積は
4×30×30×30×3.14÷3=113040……即ち一一万三〇四〇立方キロメートルですが要塞収容可能艦艇二万隻を
・帝国軍戦艦(全長六七七メートル・全高一七九メートル・全幅二二八メートル)
・帝国軍巡航艦(全長五七六メートル・全高一四四メートル・全幅一四一メートル)
・帝国軍駆逐艦(全長一七〇メートル・全高四七メートル・全幅四四・五メートル)
(注・ニミッツ級原子力空母のサイズが全長三三三メートル・全高一二・五メートル・全幅七六・八メートル)

 として、ドックの余裕を見積もり全高・全高・全幅を全て一〇〇メートル+して、比率について戦艦・巡航艦・駆逐艦の数量を一:三:六で見積もり、立方体の計算方式(縦×横×高さ)で求めると要塞内部における宇宙艦艇に関わる(弾薬や燃料庫等付随施設は考えないとして)その体積は

戦艦=約一四二立方キロメートル
巡航艦=約二三九立法キロメートル
駆逐艦=約六九立方キロメートル
合計=四五〇立方キロメートル

要塞体積450(全艦艇体積)÷113040(要塞体積)=約0.004……んん?〇・四パーセント?……〇・四パーセント!?

……計算間違えた?

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