帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

194 / 199
ノイエ、今週から劇場分のテレビ放送とか最高かよ!

追記
投稿日一日間違えとる……感想返しは今日か明日にはやるので勘弁してください
後、フリー画像サイトから幾つか風景画像を借用して過去の話に張り付けました、過去話見返しか作者の画像まとめから御確認下さいませ


第百八十六話 企業会議でのプレゼンは事前準備が大切

 血を血で洗う要塞内部での戦いが帝国軍の後退によって一旦小康状態に入った頃、翻って要塞外部での戦いは再度激しさを増していた。より正確には苛烈な戦いに向けた兆候が始まっていた。

 

『ファントム・ツー、スリー!其方に行ったぞ!』

『了解した、必ず仕留める……!』

『此方第三八独立空戦隊第二中隊!ヤバイ、敵艦隊のキルゾーンに誘導された!対空砲が……ぎゃっ!!?』

『此方ガンマ中隊、敵雷撃艇群確認。デブリに紛れて艦隊に迫る気だ……!』

『行かせるな!手の空いている空戦隊は至急五-九-六宙域に急行せよ!』

 

 要塞主砲の射程内で単座式戦闘艇群は激しいドッグファイトを繰り広げる。さしものイゼルローン要塞とてたかが単座式戦闘艇相手に要塞主砲を撃ち込む訳には行かず、彼らは乱戦状態の宙域を縦横無尽に飛び回る。

 

 イゼルローン要塞の前面における乱戦は苛烈の一言だった。既に艦隊はおろか分艦隊や戦隊単位での戦いにすらなっていない。最大でも数十隻単位の群、あるいは隊や分隊、個艦単位での戦いが中心となり、敵味方がモザイク画のように混ざり合い、艦首だけでなく側面や上方、下方、背後に備わった副砲まで乱射する。そして、単座式戦闘艇にとってそういう戦場こそが最も能力を活用しえる戦況である。

 

 所謂宇宙戦闘機自体は起源を辿れば一三日戦争以前に存在した北方連合国家航空宇宙軍、三大陸合衆国宇宙ロケット軍の双方において配備が始まり、以来今日に至るまでその系譜は連綿と受け継がれている。

 

 とは言え、特に宇宙艦艇の交戦距離の長大化に伴い、次第に航続距離の短い宇宙戦闘機とそれを運用する宇宙空母はそのコストに比べて能力の見合わない存在となり、銀河連邦末期から銀河帝国初期になれば艦隊決戦戦力としては殆んど期待されないものとなった。無論、要塞等に揚陸する際の陸戦隊の支援、拠点周辺の哨戒任務等の後方支援戦力としては尚も重宝されたが。

 

 宇宙暦750年代、自由惑星同盟軍宇宙軍大将にして730年マフィアの後継者として未来の同盟軍指導者の一人となる事を嘱望されていたアリー・マホメド・ジャムナ大将が宇宙戦闘機の新しい可能性を切り開いた。

 

 初の近代的艦隊決戦型宇宙戦闘機『メビウス』は、そのサイズの大きさと性能から宇宙戦闘機を改めて単座式戦闘艇と類別された。旧来の宇宙戦闘機を越える対艦攻撃性能と機動力、そしてそれを活用した戦術によって損耗が凄まじいペースで増大する乱戦において人的資源の損耗を最小化出来るという事実を示し、第二次ティアマト会戦以来国防意識が低下して志願兵不足に陥っていた同盟軍の需要に完全にマッチした。

 

 即ち、西暦時代の第二次世界大戦以来続く航空部隊を遠方打撃戦力とする考えを捨て去り、寧ろ艦隊同士の近距離砲撃戦における近接打撃戦力としたのである。これにより同盟軍は近距離戦における不利をカバーすると共に艦隊の総合・瞬間火力を大幅に向上させる事に成功した。

 

 第一世代型単座式戦闘艇『メビウス』は旧来の艦隊決戦における接近戦の常識を変えたが創成期の機体の常として性能面での不安から比較的早期に退役し、その後第二世代型の『カタフラクト』、第三世代型の『グラディエーター』と新型が配備、そして現行における同盟軍の最新の単座式戦闘艇が第四世代型単座式戦闘艇『スパルタニアン』である。

 

 スパルタニアンはその先祖が期待されたように、宇宙艦艇のエネルギー中和磁場の内側に入り込めば低出力レーザー機銃やレーザー水爆による対艦攻撃を実施する。無論、帝国軍もやられてばかりではなく、同じく単座式戦闘艇ワルキューレを発進させる。彼方此方で互いの背後に回ろうとしてスパルタニアンとワルキューレが踊るように飛び交い続ける。

 

『おい、あれを見ろ!』

『なんだ?スパルタニアンじゃねぇ……グラディエーターか?』

 

 ワルキューレのパイロット達はスパルタニアンに交じって戦場を駆けるグラディエーターの姿を見つける。今となっては急速に第一線から姿を消しつつある、スパルタニアンよりも一回り大柄でのっぺりとした機体……。

 

『はっ!鴨だな。あれから落とすぞ……!』

 

 ワルキューレの一機が編隊から離脱してグラディエーターに接近する。対艦火力でスパルタニアンを上回る代わりに空戦における機動力でワルキューレに圧倒的に劣るグラディエーターでは勝敗は既に見えているかのように思われた。だが……。

 

『おいおい、手柄が欲しいからってがっつき過ぎ…だ…っ!!?待て!そいつから今すぐ離れろ!!それは……!』

 

 編隊を組んでいたワルキューレ乗りが功績欲しさに突出する同僚にそう冷やかしを口にしようとして……次の瞬間、ワルキューレの光学カメラからの望遠映像が全天周囲モニターに映りこんだと同時に彼は殆んど悲鳴に近い声で仲間に逃げるように叫ぶ。しかし、それは既に遅かった。

 

『えっ?あれは……』

 

 同僚の無線通信はそこで突如途切れた。同時にモニターでその造形から鈍亀と揶揄されるグラディエーターがどうみても無茶な機動でワルキューレの横合いに捻りこむように回り、劣化ウラン弾で文字通りバラバラに吹き飛ばしたのを確認する。火球となって爆発するワルキューレ……。

 

『馬鹿な!あんな動き、鈍亀で……!!?』

『突っ込んで来やがった!散開しろ……!!』

 

 次の瞬間、ブースターを全開にして突っ込んで来るグラディエーターに、ワルキューレ隊は慌てて散開する。しかし、すれ違い様に一機のワルキューレが機銃を正面から受けて爆散した。

 

『ノイマイヤー!?』

『あの一瞬のすれ違い様にやったのかよ……!?』

『おい、見ろ!あの機体のエンブレムは……!!』

 

 この瞬間、ワルキューレのパイロット達はようやく全員がグラディエーターに塗装されているエンブレムを確認した。五四の数字は同盟軍の最精鋭空戦隊の一つ第五四独立空戦隊所属機体である事を意味していた。エースクラスのパイロットのみで編成されたその部隊は、本来ならば帝国の飛空騎士達にとっても死力を尽くして討ち取るに値する獲物である筈だ。だが、『奴』だけは例外であった。

 

『酒瓶にとぐろを巻く大蛇……!』

『逃げろ!「エース殺し」だっ……!!』

 

 一斉に逃げようとするパイロット達、しかしもう手遅れだった。次の瞬間必死に逃げ出そうとする彼らの目の前に無骨な単座式戦闘艇の姿が映りこみ、それが彼らの見た最後の光景だった。

 

『もう、隊長!突出し過ぎです!もう少し後退してください……!!』

『ばーろぅ、折角血路を開いてやってるんだぞ?さぁさぁひよっこ共、俺の開けてやった穴に続きな。にしても歯応えがある奴がいねぇなぁ』

 

 キャンベル少佐の指摘に対してマクガイア大佐は到底大佐とは思えない、下士官のような軽い口調で答える。そんな事を口にしている内に無謀にも襲いかかってきたワルキューレを更に一機撃墜する。

 

「ちぃ、旧式の、しかもカスタムもしていないグラディエーターであの動き……化け物かよ……!?」

 

 キャンベル少佐を先頭として編隊を組む飛行隊の一角を担うオリビエ・ポプラン曹長は顔を歪ませて舌打ちする。

 

 それもそうだ。グラディエーターは重武装と引き換えに空戦能力を相当犠牲にした機体だ。余りに空戦能力のリソースを削りすぎたせいで、帝国軍単座式戦闘艇との戦闘は三機以上で行うべしと同盟軍単座式戦闘艇戦闘教本にも念押しされた程だ。

 

 ましてや帝国軍の主力単座式戦闘艇がグレイプニールからより機動力と旋回能力に優れたワルキューレに移行してからはその空戦能力に絶望的な差が生じている。スパルタニアンならその加速性で対抗は可能であるとしても、グラディエーターで挑むなぞ自殺行為に等しい。そもそも同盟軍と帝国軍の単座式戦闘艇は似て非なるもの、同じ兵器カテゴリーに分類するのは不適当とすら言われている代物だ。同盟軍単座式戦闘艇は格闘戦の出来る対艦攻撃機、帝国軍単座式戦闘艇は対艦攻撃も出来る格闘戦機とも形容されていた。

 

 ましてやスパルタニアンの配備が進んでも尚、旧式のグラディエーターに乗り続けるマクガイア大佐の行為は本来ならば余りに無謀なものである。間接的な自殺行為と言って良い。にも拘らずこのイゼルローン要塞攻防戦の戦端が開かれて以来、大佐の駆るグラディエーターは既に二隻の駆逐艦と大型戦闘艇一隻、ワルキューレ一〇隻を危なげもなく撃破していた。しかもその全てが単独でである。……これは傲慢でも自惚れでもない。単に僚機と連携しようにも大佐の飛行技術に着いて来れる友軍パイロットが殆どいないせいであった。

 

 一騎打ちで何十という帝国軍のエースを虐殺して来たが故に「エース殺し」と称されるマクガイア大佐は、恐らくは同盟軍に所属する十数万ものパイロット達の頂点に君臨する存在だ。その実力差は理解していたが……実際にその戦いぶりを目にすると理不尽としか言えない程の格の違いを見せつけられる。

 

『はぁ、各機編隊を維持しながら突入するわよ。隊長のやり方なんか見習わないでね?互いにカバーをするのを忘れないでよ?』

 

 空戦隊長の暴挙に対して、何処か慣れてしまったようにキャンベル少佐は部下達に命じる。部下達も皆最低でも単独撃墜数一〇機以上のエースパイロットとは言え油断は出来ない。どのような勇者とて流れ弾や不運で死ぬ事は十分有り得る。故に個の力ではなく、部隊単位で互いにサポートしながら戦うのは当然の事であった。マクガイア大佐のような人物は例外中の例外である。

 

(尤も、その分一網打尽にされる可能性もあるがな)

 

 ポプラン曹長の脳裏に浮かぶのはほんの一日にも満たぬ程前にイゼルローン要塞が行った暴挙の記憶である。何千という艦艇が敵味方構わず光の渦に呑み込まれる光景……第五四独立空戦隊とその母艦たる『ホウショウ』が無事だったのは偶然でしかない。

 

 味方撃ちに備えて第二〇一独立戦隊司令部が艦隊を広く散開させた上で微速前進させてなければ今頃第五四独立空戦隊は母艦たる『ホウショウ』ごと要塞主砲によって空戦の機会すら与えられずに原子に還元されていただろう。実際、第二〇一独立戦隊に所属していた不運な数隻の空母は『雷神の槌』を避けきれずに内在していた数百ものスパルタニアンとそのパイロットと共に纏めて消し飛んでいた。

 

『さぁ、行くわよ。……全機出力全開、吶喊……!』

 

 キャンベル少佐の掛け声と共にスパルタニアンの編隊は一斉にバーニアを全開にして巡航速度から最大出力まで加速して敵陣に突撃した。大柄な機体サイズにより高出力のエンジンを搭載したスパルタニアンは、直線移動においてはワルキューレでは絶対追いつけない高速を誇る。故にその速力を活かして敵陣に一撃離脱攻撃を仕掛けるのはスパルタニアンの設計段階から想定されていた戦術である。ましてや第五四独立空戦隊所属の空戦型スパルタニアンは全機エンジンをカスタムチェーンされて出力が三〇パーセント以上向上していた。

 

「ぐっ……!!Gが……殺し切れねぇ!!」

 

 スパルタニアンにも簡易の重力制御・慣性制御装置はあるし、人的資源不足解決のために戦闘支援・補助AIの搭載等パイロットの負担をなるべく抑えるように設計されている。パイロットスーツも同様だ。それでも特別改造されたエース専用機の最大出力の前では無いよりマシ程度のものでしかないようだった。

 

 機体がそのまま分解してしまうのではないかとすら思える激しい震動が操縦席を揺らし、同じく強烈なGがポプラン曹長の身体を操縦席に叩きつけ、内臓と脳を震わせる。思わず失神してしまいそうになるが、パイロットスーツに搭載されたAIが圧力の調整を行い負担を軽減し、身体に軽微な電流を流して遠のく意識を半ば無理矢理覚醒させる。

 

『接触まで五秒!全機、武装の安全装置を解除しなさい!』

 

 同じように激しくGが襲い掛かっているにもかかわらずはっきりとした声でキャンベル少佐がカウントダウンを行う。ポプラン曹長もまた歯を食いしばってタッチパネルを操作して武装の安全装置を解除する。

 

『四……三……二……一……全機発砲!!』

 

 迎撃に出る帝国軍の数隻の巡航艦と十数機のワルキューレのビームの雨を掻い潜り、スパルタニアン部隊は擦れ違い様に低出力レーザーと劣化ウラン弾をばら撒く。

 

「……!?やったのか!?」

 

 次の瞬間、殆ど狙いもつけずに弾薬をばら撒いたポプラン曹長が背後を振り向くと、そこにあったのは各所から爆炎を上げながら爆沈していく巡航艦と火球と化したワルキューレ部隊であった。レーダーを見る。モニターに映る友軍機体は一機も減っていなかった。

 

「マジかよ。あの一瞬、しかもこの震動の中でだぞ……?」

 

 自らの腕にそれなりに自信を抱いていたポプラン曹長が思わず呟く。自分ですら碌に狙いをつけられない状況で、しかもあの激しい迎撃を軽々と抜けてとは……!

 

『やられた子はいないわね!?ウォーミングアップはこれで終わりよ!次はあの戦艦隊を狙うわ。行くわよ……!』

 

 キャンベル少佐がマクガイア大佐程ではないにしろ十分無謀な軌道を取って大量の防空砲を乱射する帝国軍の戦艦部隊に向けて突入する。一歩遅れて編隊各機は少佐に続いていく。

 

「ちぃ……!糞ったれめ、やってやるよ……!!」

 

 気絶しそうなGに耐えながらポプラン曹長は操縦桿を激しく倒して僚機達の跡を追った………。

 

 

 

 

 

「空戦部隊の戦果は上々です。この分でしたら此方の散開陣形が整うまでに道は開けるでしょう」

 

 遠征軍及び第八艦隊旗艦『ヘクトル』艦橋で参謀長レ中将は報告する。戦況モニターは遠征軍総司令部の望むように推移していた。

 

 第四・八艦隊及びその他独立部隊は狭いイゼルローン回廊の限界まで艦列を広げて突入準備に入る。要塞主砲の狙い撃ちを避けるためであるが、当然単座式戦闘艇や大型戦闘艇の対艦攻撃においては通常密集しつつ相互に火点をカバーするのが定石、散開陣形は脆弱だ。

 

 故に同盟軍は露払いに単座式戦闘艇を大規模に投入した。帝国軍のワルキューレや大型戦闘艇を排除してから同盟軍は要塞に突撃する事になるだろう。

 

「要塞内部からの通信は回復していないか?」

「残念ながら揚陸した二部隊、共に軍港ごと司令部が生き埋めになりましたからな。大出力の通信機器はほぼ喪失したと見るべきでしょう。別動隊揚陸部隊に同行していた護衛部隊、ミサイル艦部隊は帝国軍の一個戦隊と応戦中なので要塞内部との連絡を取り合う余裕もありますまい」

 

 後は要塞内に取り残された陸戦部隊がイゼルローン要塞の通信室を占拠する位しか連絡を取る手段はないだろう。

 

「これまでも経験が無い訳ではないが……危機の友軍と連絡を取れんのは中々歯痒いものがあるな」

 

 渋い表情で腕を組むシドニー・シトレ大将。情報も状況も不十分で、時間もない。何が正解かも確信を持てないそんな中で選択を強いられ、待つ事を強いられる。幾千幾万の兵士の運命を背負いながら……それは太古の昔より軍隊という特殊な人間集団を率いて来た指揮官が経験してきた苦悩そのものであった。

 

「制宙権確立は0400時までには完了すると思われます。艦隊の陣形もそれまでには完成すると想定されます。後はそれまで内部の友軍が持たせられるのを期待するしかありません。出来れば要塞主砲の発射の妨害をしていれば良いのですが……」

「うむ……余り期待は出来ないがな」

 

 レ中将の言葉に頷くシトレ大将。その声は少し弱弱しく倦怠気味に思えた。いや、実際戦端が開かれて以来一日半以上、その間シトレ大将は睡眠も食事も碌にしていなかったのだからそれも当然だった。

 

「……司令官、僭越ながら暫し休憩を取るべきかと。これからが本番です。それまでに少しでも体力の回復を御願いします。幸い二時間程は戦況に大きな変化はないかと」

「……休憩、か」

「お気持ちはわかりますが、司令官には責任があります。その事をお忘れなきよう」

 

 若干嫌がる表情を浮かべるシトレ大将に、淡々と迫撃を仕掛けるレ中将。実際疲労困憊のシトレ大将がこの場に残るのはただの感傷でしかなかった。

 

「いや、分かっている。それでは少しの間私は休ませて貰おうかな?食堂はまだディナーをやっているかな?」

「この戦闘が始まって以来、交代しつつ二四時間営業ですよ」

「料理人への夜勤手当てが必要だな」

 

 冗談気味に疲れた笑みを浮かべてシトレ大将は踵を返す。その後ろ姿をレ中将以下の艦橋要員は敬礼して見送る。

 

 首席副官ランドール少佐が先導する形で艦橋に設けられたエレベーターに乗りこもうとした所で、シトレ大将は開いたエレベーターから現れた人物に一瞬シトレ大将は足踏みした。

 

「これは、ヤン少佐にアッテンボロー中尉か。交代かね?にしては少々疲れ気味だが……」

 

 同じくエレベーターで鉢合わせした士官学校時代の教え子達にシトレ大将は声をかけて尋ねる。参謀も副官も定期的に交代で休息を取っている筈だが、二人の表情は余り優れているようには見えなかったからだ。

 

「総司令官殿、丁度良い所で会えました!先輩……いえ、ヤン少佐が今後の戦闘に対する作戦の提案資料を作成した所でして、総司令官殿にもどうか御一考いただけないか話していたんです!」

 

 何処か無気力げなヤン少佐とは打って変わり元気はつらつ、とまではいかずとも精力的に資料ファイルを差し出す次席副官。しかしファイルはシトレ大将の下に届く前に首席副官ランドール少佐によって止められる。

 

「アッテンボロー中尉、司令官殿はこれより休憩に入る。このような時に緊急ではないような資料を差し出すな。そも、その話によればその資料はヤン少佐が中心になって作成したものだろう?」

 

 若干目を細めてランドール少佐が眠たげな東洋人に詰問する。ヤン少佐はぼんやりとした表情で「その通りです」と肯定の返答を行う。

 

「ならば直接総司令官に直訴するよりもしかるべき部署があるだろう?作戦部長たるマリネスク少将の下に提出はしていないのかね?少将殿のお気に入りである少佐の作戦であればそう無碍にはしない筈だが?」

「……提案しましたが、想定が非現実的・非合理的過ぎるとの指摘を受けました」

 

 アッテンボロー中尉が何か口にする前にヤン少佐が報告する。同時に首席副官は鼻白む。マリネスク少将は部下を罵ったり嘲るような人物ではない。そんな少将をしてそう言わせる作戦内容ともなれば読む前から色眼鏡がかかろうというものだ。いや、そもそも……。

 

「そのような内容を態々司令官閣下に御見せしようとは、随分と自信があるようだなヤン少佐。それ程までに職務への意欲があるのなら常日頃から精励して欲しいものだが」

 

 首席副官の口調に何処か嫌味を含む言い方になるのは仕方ない事だ。いつも艦橋や作戦室でぼんやりと何を考えているのか分からない表情で一言も話さず、それどころか足を組んで昼寝している光景すら時たま見られる。そのくせ口を開けば場の空気を凍らせたり白けさせるともなれば、幾らエル・ファシルの英雄であり自由戦士勲章の持ち主であろうとも好意だけを向けられる筈もなかった。

 

 ランドール少佐の指摘にヤン少佐は怒りこそなかったが困ったような表情を浮かべる。しかしそれが逆に見る者に対して他人事のように考えているという印象を与えた。傍らであちゃー、という表情を見せる次席副官。

 

「……ランドール少佐、ヤン少佐を詰めるのはそこまでにしたまえ。これで彼も懲りただろう」

 

 仕方なさそうに助け舟を出したのはシトレ大将であった。

 

「閣下!」

「ランドール少佐の言い分は分かるがここで長話をしても仕方あるまい?それに、ヤン少佐の目元を見給え。隈があるだろう?どうやら休憩時間を使ってまで作成していたらしいな」

 

 そう言ってシトレ大将はヤン少佐の目の下に薄っすらと隈が出来ているのを指摘する。

 

「……ヤン少佐。意欲は買おう。君の作戦を採用するかは兎も角、その情熱は認める。無論、実際に作戦を採用するかはマリネスク少将以下他の参謀達の意見を聞いた上での事になるだろうがな」

 

 そう微笑みながらアッテンボロー中尉からファイルを受け取るシトレ大将。

 

「食事と仮眠の後に、ウォーミングアップ代わりに読ませて貰おう。それで構わないかな?」

「………元々私に、閣下に直々に立案した作戦を提出する権限はありません。閣下の都合のつく御時間で結構です」

 

 渋々と言った口調でエル・ファシルの英雄は承諾する。その態度に首席副官は再度不快な表情を浮かべるが、シトレ大将はそれを諌めてエレベーターに乗り込む。

 

「それではヤン少佐、アッテンボロー中尉、今回の戦いはもう少し続きそうだが、君達の奮闘に期待する。頑張りたまえよ?」

 

 最後にもう一度、労うように微笑みながらシトレ大将は敬礼し……次の瞬間にエレベーターの自動扉は閉まる。二人の元生徒はそれを同じく敬礼で応じて、数秒後には頭部に掲げていた手を下ろす。

 

「……これは間に合わないかもなぁ」

 

 ベレー帽を外して頭を掻きながら、まるで他人事か別の世界の事であるかのようにヤン・ウェンリー作戦参謀補佐官は小さく嘆息をした……。

 

 

 

 

 

 

「若様、どうしてもお考え直しは頂けませんか?」

 

 片手に即興で作り上げた作戦ファイルを手にして第七七地上軍団司令部に向かう私に対して、ベアトは懇願するように尋ねる。そこには明らかな焦燥感が見てとれた。それは私がこの五回目の要塞攻略戦の来るだろう末路を回避するための作戦を決定してから何度もかけられた言葉であった。

 

「既に答えは出した筈だぞ?作戦を立てたのは私だ。その尻拭いは必要だろう?」

「でしたら作戦の提案のみをして、若様はこのまま要塞より離脱をすれば……」

「逃げようとする参謀の言葉を信用する奴がいるか?」

 

 私は即座に反論する。ジェニングス准将は直接指揮するだけで五万人を超える兵士達の命を預かっている。司令部が半壊した第一五五地上軍団やその他部隊の兵士を含めれば十数万に及ぼう。それだけの兵士に対して責任を持つ指揮官がどうして自分一人だけ逃げだそうとする参謀の意見具申を信用しようか?

 

「そもそもこの段階におけるイゼルローン要塞の自爆は軍事的には悪手だ。貴族であるなら兎も角、職業軍人としては有り得ない選択肢だ。その上で私が脱出しようとすればまず意見は通らないだろうな」

 

 ましてや、外に控える六万隻の大軍を見殺しにする訳には行かない。外の亡命政府軍が内部の状況をどこまで把握しているか怪しいし、仮に答えに行き着いていたとしても取れる選択肢は多くあるまい。同盟軍に意見したとしても正気を疑われるだけであろうし、意見を信用したとして、では内部に閉じ込められた十数万もの兵士を見殺しには出来ない。

 

「だからこそ、中にいる我々が動くしかない。そして、そのためには私が逃げる訳にもいかないだろう?」

「ですが、あの男の提案は余りに危険過ぎます。せめて司令部にて指揮を……!!」

 

 ベアトは私が採用した作戦に反発する。当然だろう、彼女からすればあの作戦は内容的に認められるものではない。とは言え作戦が効果的なのは事実であり、残り少ない時間内に選べる選択肢としては最善ではないにしろベターな選択肢である事は間違いなかった。

 

「私が負けると思うか?」

「若様……!!」

 

 私の意地悪な質問に非難がましい視線を向けてくる従士。非難がましく、しかし心から心配した表情……。

 

「……悪いな。流石に性格の悪い質問だったな」

 

 ベアトの立場からすれば到底否定の言葉を口に出来ない質問、それを基に従士の反対を黙らせよう等と……私も大概傲慢な門閥貴族である事が良く分かるな。

 

『御言葉ながら、若様の御命を有象無象の雑兵共と天秤にかけるなぞ……』

 

 宮廷帝国語で紡がれた言葉は、内容が内容だけに到底同盟軍兵士には聞かせられないものであった。だからこそ宮廷帝国語によって発言したとも言える。帝国公用語なら兎も角、宮廷帝国語を理解する兵士なぞ殆んどいない。

 

『ベアト、気持ちは理解するがな。一つ勘違いをしているぞ?』

 

 恐縮する従士に対して、私も宮廷帝国語を口ずさむ。そして、彼女の認識を修正する。

 

『勘違い、でしょうか?』

『あぁ、勘違いさ。私と天秤にかけるのは兵士達じゃない』

『……?では何と、でしょうか?』

 

 私の言葉に困惑するベアト。その表情は年相応の、いや子供のように幼く見えた。

 

『このイゼルローン要塞と、かな?』

 

 私は背後のベアトを振り向くと不敵な微笑を浮かべてそう答えてやった。それは誇張でなければ嘘でもない。私の口にした言葉は完全なる事実であった。

 

 唖然とした、それでいて目を丸くするベアト。その姿に私は悪戯っ子のようにニヤリと口元を歪め、再び足を進めた。既に目的の部屋は目の前だった。

 

(問題は、私の進言する不合理な貴族の理論を理解してくれるか、だがな……?)

 

 そう、誠意を見せて作戦を進言しても、完成度の高く効果的な作戦を立てても、そこに司令官や他の幹部が明確に納得出来る理論がなければ作戦は直ぐに退けられてしまう。寧ろ、そちらの方こそ私の心配であった。

 

「つまり、私の舌先三寸次第、って事かな?」

 

 私は小さく呟き、しかし次の瞬間には内心の心配を振り払って、第七七地上軍団の臨時司令部の置かれた部屋の扉を開いてその先へと足を進めたのだった……。

 

 

 

 

 

「ラインハルト様、敵が動き始めました。目標は通信室と、ここの要塞主砲送電ケーブルの整備用ゲートに対してです」

 

 要塞を貫くように設けられた要塞主砲の送電ケーブルは分厚い三重の装甲が施され、また保守整備のために直に近付くには幾つかある専用のゲートからしか不可能な構造となっていた。ラインハルト・フォン・ミューゼル少佐率いる特設陸戦隊がそんなゲートが設けられたR-10ブロックに展開を始めた頃、ジークフリード・キルヒアイス中尉からその報告が届いた。

 

 0430時、イゼルローン要塞の戦術データリンクシステムを介して要塞防衛司令部から要塞内部に駐留する全ての帝国軍部隊に対して命令が伝達された。即ち、同盟軍の活動の再開とその攻撃目標である。

 

「想定内の内容だな。まぁ、元より選択肢なぞ多くはないが、実際に想定通りの内容だと面白みもないものだな」

 

 R-10ブロックの管制室、そこでは要塞外壁やブロック内に設けられたカメラからの映像が多数のモニターに写し出されていた。ブロック自体は何千とあるとは言え、それでも一つのブロックが最低でも戦艦十隻分の広さがある。

 

 そんな広大な空間の隔壁や空気の循環、通信を管轄する管制室の室長の椅子にラインハルト・フォン・ミューゼル少佐は座り込んで答える。足を組み、頬杖をして、悠々とまるで玉座のように安い椅子に座るが、本人の華やかさもあって見る者によってはまるで皇帝が玉座に鎮座しているようにも思えただろう。逃げ去ったこのブロックの本来の管理責任者も階級は少佐であるが、恐らくはここまで堂々と座りこみ、荘厳な雰囲気を醸し出す事は出来まい。

 

「攻め込んで来るとしたらゲートのあるこのブロックは候補の一つだな。いや、寧ろ最優先かも知れんぞ?何せこのブロックの防衛機構はまだ復旧していないからな」

 

 同盟軍による爆雷や無人艦艇特攻による被害の抑制のため、浮遊砲台や軍港要員を除いた外壁ブロックの兵士の多くに一度避難するように要塞防衛司令部は命令していた。

 

 無論、同盟軍の揚陸部隊が乗り込んで来てからは次々と避難させた兵士達を再度呼び戻して迎撃させていたが……揚陸地点から直線距離にして四キロも距離があるR-10ブロックは前線で一人でも多くの兵士が必要とされたため呼び戻しが後回しにされていた。しかも撤収前に同盟軍に活用されぬようにシステムのシャットダウンをしていたために、その復旧作業が必要でブロックの管理機能は未だ完全に稼働していなかった。実際、管制室のモニターには未だ復旧していないモニターも多く、二ダースに及ぶ特設陸戦隊の兵士がオペレーターとしてシステム復旧に勤しんでいた。

 

「ラインハルト様が仰るとまるで待ち望んでいるように聞こえますよ?」

「酷い言い様だな、キルヒアイス?実際送電ケーブルを切断するなら整備ゲートのあるブロックを制圧するしかないだろう?そして、奴らがどこまで要塞の内部構造の情報を知っているか分からないが、狙うとすれば状況的にこのブロックが一番だ」

 

 整備ゲートがあるブロックでは一番外側であり援軍を呼びにくく、しかも管理システムが一度落とされているためにその復旧まで無人防衛システムや換気システムは稼働しない。攻める側からすれば格好の獲物だろう。

 

「戦力としてはE-プラス一〇二ブロックの第四予備中央通信室の方面に推定三個師団、送電ケーブルの設けられた方面に推定八個師団規模の戦力が進撃を始めている模様です」

 

 それは第四七宇宙港に揚陸し、残存すると思われる戦力の殆んどであった。

 

「総力戦という訳か。まぁ戦力の逐次投入は悪手だからな。……第二宇宙港に乗り上げた同盟軍はどうだ?彼方もまだ二万前後の戦力が残されていた筈だが?そちらが話題に出ないとはどういう事だ?」

 

 揚陸した同盟軍の戦力と武器弾薬、燃料、食料は限られている。通信室と送電ケーブル、双方共に得ようというのは戦力分散の憚りを免れないが、同時に双方とも必要なのはミューゼル少佐も理解していたので大目に見る事は出来た。 

 

 しかし、恐らくは精鋭が重点的に配属された別動隊所属の陸戦隊残存戦力二万人……それが出てこないのは金髪の少年にとっては不可思議でしかなかった。

 

「散発的な戦闘こそ生じているようですが、そちらについては明確な目標があるようには見受けられません。恐らくは本隊との連携が取れていないのかと」

 

 考えられる可能性としては通信手段がない事だろうか。意思疎通の手段がなければ遠く離れた部隊間での協力は不可能である。軍港が破壊された際にそれらの装備を粗方失ったのかも知れない。

 

「本来ならば何としても通信を回復して連携するべきだが……時間に限りがあるとすればそれも仕方無いという事か。だが………」

 

 そこまで口にして、しかし同盟軍の動きを訝しむ若い少佐は次の瞬間その思考を中断させられる。オペレーターが敵兵の姿を確認したためだ。同時に遠くから響く爆音と共に管制室が僅かに揺れる。

 

「第六五三通路より敵重装甲兵部隊確認!偵察を兼ねた先遣部隊と思われます!」

 

 オペレーターの報告と共に管制室のモニターの一つが切り替わる。故意に電灯の消えた通路を進むクリーム色の重装甲服を着こんだ一団が突き進む。降りた隔壁を爆薬で破砕しつつ、ゼッフル粒子対策のためであろう火薬式のライフルを手にしているのが暗視装置付きの監視カメラで確認出来る。

 

「来たな。動かせる隔壁を全て封鎖しろ。無人防衛システム起動、どうせ直ぐにでも突破されるだろうが時間稼ぎにはなろう。その間にバリケードを張って迎撃準備をさせろ」

 

 ミューゼル少佐は独創性はないものの常識的な指示を出す。オペレーターはその命令に従い、コンソールを操作していく。

 

「思ったよりもここまで到達するのが早いですね」

「前線の部隊が無能……という訳ではないな。前線の陸戦部隊は俺達と違って本職の部隊だ。幾らなんでも秒殺された訳ではあるまい」

「報告によれば第四七宇宙港から揚陸した部隊は侵攻速度が異様に早かったそうです。監視カメラ等の映像から推測する限り、各所の裏道や非公式通路を利用しているらしいと防衛司令部は結論を出しております」

「愚かな事だ。大枚を叩いて要塞を建設して、その要塞の管理も出来ていないとはな」

 

 嘲笑するように金髪の少年は嘯く。彼からすればどれだけハードウェアが優秀でも持ち主がそれを十全に扱い切れなければ宝の持ち腐れでしかない。帝国軍は難攻不落の要塞を持て余しているように思えて仕方無かった。

 

「反乱軍、無人防衛システムの迎撃網と接触!戦闘が開始されました……!」

 

 オペレーターの報告。管制室の監視モニターに映し出される映像は無人防衛システムと同盟軍の戦闘が始まった事を告げていた……。

 

 

 

 

 

 

 イゼルローン要塞の無人防衛システムは多重に構成されている。それは侵入者を撃退するためだけではなく、内部の反乱分子を制圧するためでもある。

 

 要塞各所に無数に設置された監視カメラに対人レーダー、熱探知機に金属探知機、音響センサーが要塞内部の敵味方の位置を探知して、要塞の管理AIとデータリンクシステムによってそれらのデータが一元化されて整理される。無論、余りに広大過ぎる要塞の内部空間のお陰でそれも完全とは言えないのだが……。

 

 そして、データリンクシステムによって侵入者、あるいは反乱分子と認識された人物に対して無人防衛システムは殺傷・非殺傷兵器による無力化を実施する。隔壁で封じ込めた上での催涙ガスや睡眠ガス、煙幕の注入や環境管理システムによる極端な室温の高温化ないし冷却化が行われる。

 

 隊列を並べて進む敵兵に対して固定式CIWSによる銃撃が浴びせられる。本来ならば暴動鎮圧用の放水銃やゴム弾銃も序でとばかりにまた襲いかかった。あるいは武装ドローンが投入され、敵兵を誘導して落とし穴に追い込む。水道の一部を解放して大量の冷水が濁流となって通路に流れ込み、強力な潤滑剤が床に撒き散らされて進軍を阻む。

 

 ゼッフル粒子が蒔かれれば冷兵器の出番だ。壁に埋め込まれるようにして巧妙に隠された銃口から超硬度鋼製の矢が高速で発射される。一見すればゲームのように滑稽に思えるが通路を埋め尽くす程巨大な鉄球が天井から現れて転がってくれば、侵入者達は慌てて道を引き返すしか選択肢はなかった。

 

 どれも凶悪な防衛機構であったが、それだけであった。所詮は無人防衛システムである。一つ一つ同盟軍は手慣れたように処理していく。人間程に柔軟性がなく、多くが固定式である以上、無人防衛システムは面倒な存在であっても時間稼ぎ以上のものではなかった。

 

 だからこそ、同盟軍の足は眼前に敵兵が現れた時、漸く止まった。

 

 軽装甲服を着こんだ帝国軍の陸戦兵はゼッフル粒子の充満するが故にボウガンを構えて一斉に発射した。物陰に隠れた同盟軍もまた火薬銃とボウガンで応戦する。

 

 延々と続くかに見えた銃撃戦は突如として終わりを告げる。

 

「っ……!?」

 

 帝国軍の軽装甲兵達は横合いの壁が吹き飛ぶのを確認した。瓦礫と化した建材が彼らを襲い、数名の兵士が人体を引き裂かれて絶命する。生き残った者も次の瞬間には鈍い発砲音と共にその命を刈り取られていく……。

 

「隊長、脅威の排除を確認!」

「此方も脅威の排除に成功しました!」

 

 火薬式の大型ショットガンを手にした兵士達が口にする言葉はフェザーン方言の帝国語であった。手慣れた、それでいて同盟式とも帝国式とも違う兵士の所作。

 

「よし、よくやった。この調子でさっさと進むとしよう。どうです?私の部下は結構使えるでしょう?今なら一人当たり月三〇〇〇ディナールで雇えますよ?無論、別枠で衣食住と交通費、雑費が必要ですがね」

「だからお前さん、機会があり次第売り込みかけるの止めない?」

 

 小銃に毒ガスや催涙ガス対策のフルフェイスマスクをしたフェルナー中佐の言葉に即座に私は切り返す。同じようにフルフェイスマスクを備えるが、私の方は顔に装着せずに首にかけた状態で、下に防弾着を着こんだだけの宇宙軍士官の軍装だった。首元にはスカーフ代わりの手編みマフラーを巻いて、胸元では元々遠征軍司令部に詰めていた事もあって幾つかの勲章が輝いていた。

 

(こりゃあ、良く目立つな)

 

 今更ながらそんな事を考えながら、私は拳銃片手に未だに粉塵の舞う瓦礫の山をゆっくりと降りていく。まぁ、仕方無いだろう、ある意味これも作戦だ。

 

「若様、御伏せ下さい!」

 

 傍らのベアトの声に答えて私が首を下げれば同時に銃声。爆発による粉塵に紛れて突撃してきたのだろう敵兵は銃剣付きの小銃を構えた状態で仰け反って私の目の前で倒れこむ。ベアトの手にする自動小銃によって頭部を撃ち抜かれたらしい。この距離とは言え動く目標にヘッドショットとは恐れいる。

 

「ベアト、ご苦労だ。良く気付けたな?」

「動きが素人なので直ぐに気づけました。それよりも……!」

 

 心底不愉快そうにベアトはフェルナー中佐を睨み付ける。

 

「若様の傍らに控えながら貴方は何をしているのですか……!大言壮語に妄言ばかり口にして、自分の仕事すら出来ないのですか!?」

 

 視線だけでも人を殺せそうな形相の従士に対して不敵に、余裕綽々と冷笑を浮かべる傭兵。

 

「別に我々はまだ伯世子様に直接雇用された訳ではないのですがね?だからこそこのように売り込みをかけている訳で……寧ろ、ここまで無料サービスしているだけでも高く評価して欲しいのですがねぇ?」

 

 そう嘯くフェルナー中佐。私はその時に気付いた。彼の片手に硝煙のたなびいた拳銃が握られていた事を。

 

「……心臓を一撃か」

 

 私は倒れた敵兵の死体を観察して呟く。大口径の大型火薬式拳銃は近距離であったのもあって臨時陸戦隊の着込む防弾着を貫通して心臓を射抜いているようだった。

 

「どうやらほぼ同時に発砲したせいでしょうね。銃声か重なってしまいました。お陰様でご主人様の護衛態勢に不安を抱かせてしまったようですね。申し訳ありません」

 

 フェルナー中佐はまるで根っからのフェザーン人のような形式だけ整えた空虚な謝罪の言葉を嘯く。

 

「っ……!!」

「ベアト、それにテレジアもステイだ。……だから中佐、人の従士で遊ばないでくれないか?」

 

 たかが自治領民で逃亡兵で傭兵の分際の男の言葉に神経を逆撫でさせられるベアト、そしてその背後のテレジアであった。不良士官殿も食い詰め士官殿も何だかんだあっても帝国騎士でそれなりに付き合いも関わりもあるからなぁ。同じような食えない相手でも条件が違うとなるとここまで態度が変わるか。取り敢えず待ての指示を出して落ち着かせる。

 

(いや、それだけが理由ではないのだろうが……)

 

 寧ろ、これでも相当怒りを抑えていると言えるかも知れない。何せ……。

 

「っ……!!新手だな!」

 

 そこで私は思考を一旦中断させた。通路の奥から次々と響く駆け足の音と火薬銃の銃撃音に私達は爆破した壁の中に身を伏せる。ひゅんひゅん、と頭上から空を切る音が鳴り響いてきた。……増援の投入が早いな。どうやら向こうの指揮官は中々判断力が良いらしい。だが……。

 

「伯世子!」

「分かっている!時間の余裕もないからな!各隊!着剣しろ!」

 

 フェルナー中佐の声に答えた後、私は傭兵部隊と同盟軍の先遣部隊に同時に叫ぶ。傭兵達は淡々と、同盟軍の兵士達は指揮系統からして命令権のない私の指示に困惑の表情を向けるが肩を並べる傭兵達の動きに流されるように、そして事態を理解した先遣偵察隊の指揮官ウィリアム・ミレット少佐の命令を受けて同じく小銃の筒先に細長い軍用ナイフを装着し始める。

 

「敵の防衛線はまだ完成していない!一気に撃破して前進する!機関銃は援護に回れ!それ以外は私に続け……!!」

 

 そういうとほぼ同時に私は拳銃片手に瓦礫の山から飛び出した。その直ぐ後ろをフェルナー中佐以下の傭兵部隊が銃剣突撃しながら駆け出す。ベアトとテレジアには後方で支援攻撃を行うように厳命した。

 

 拳銃を発砲して駆け出す私に続いて叫び声を上げながら傭兵達は銃撃しながら刺突し、銃床で敵兵を殴り殺す。そこに遅れじと同盟軍が参戦すれば迎撃に来た臨時陸戦隊はあっという間に蹴散らされた。

 

「良い物を持っているな。貰うぞ?」

「っ!?」

 

 恐らくは下級貴族なのだろう敵兵の指揮官を射殺した後、その腰元に下げたサーベルを拝借する。炭素クリスタル製の刃は良く研がれていて切れ味は良さそうだ。……戦斧に比べたら耐久性は低そうだが。

 

「命が惜しければ失せるが良い雑兵共!私を誰と心得る!ティルピッツ伯爵家の長男にして自由惑星同盟軍宇宙軍准将ヴォルター・フォン・ティルピッツであるぞ!貴様らなぞでは相手にならん!」

 

 そこまで言って、一旦深呼吸して私は傲慢な笑みを浮かべる。

 

「無論、迎え撃とうというなら相手になってやるぞ?尤も、たかだか雑兵共では歯応えはないがな……!!」

 

 内心の緊張を抑えながら私は堂々もそう宣言する。正直な話、知るかとばかりに機関銃撃って来られたら慌てて物影に隠れていただろう。同盟軍の兵士達に至っては何でこの准将名乗りなんか挙げてるんだ?なんて視線を向けていた。……本当、何でこんな事してるんだろうな、私。

 

 無論、精神的には小物な私が意味もなくこんな危険で愚かな事はしない。ちゃんとそれなりの狙いはあった。

 

「伯爵家だと?」

「奴隷共が何を戯言を……!!」

「いや待て!あの顔立ちと家名は聞いた事あるぞ……!?」

 

 私の宣言に動揺し始める帝国兵。そうだ、そのまま動揺していてくれよ?

 

「全軍!伯世子様と伯爵家の栄光がために!総員、突撃せよ……!!」

 

 何処か態とらしく、それでいて芝居がかったように大仰にフェルナー中佐が叫ぶ。同時に傭兵達が再度閧の声を上げて伯爵家を賛美しながら突撃を敢行した。無論、彼らが真に賛美するのは伯爵家ではなくて同盟ディナールかフェザーン・マルクであろうが……兎も角もこのパフォーマンスは同盟人には理解出来ない程効果的であった。

 

 動揺していた兵士達は傭兵達の突撃を前に一気に潰走し始めた。装甲擲弾兵ならまた違っただろうが臨時陸戦隊の練度ならば今の滑稽なアピールだけで十分に士気を下げ、動揺を誘う事が出来た。帝国人は、特に平民階級はどれだけ表で貴族を嘲り嘲笑しようとも、その裏側には五〇〇年かけて醸造されてきた高位の者に対する理屈ではない恐怖の感情が確かにあるのだ。後はちょっとした演出をしてやればこの通りである。無論、そう多用出来る手ではないが……時間が金剛石よりも貴重な今の局面では馬鹿馬鹿しくてもやるしかなかった。

 

「いえいえ、中々様になってますよ伯世子殿?正に傲慢で自信満々の門閥貴族です」

「おい、それ誉めてないだろ?」

 

 傍らで耳打ちするフェルナー中佐に苦々しい顔で吐き捨てて、次いで直ぐ傍の壁に設けられていた埋め込み式の監視カメラに気付くと、私は敢えて不敵な笑みを浮かべた後手元の拳銃の銃口をカメラの前に向けて、引き金を引いていた……。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。