帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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ノイエ版のエリザベートとザビーネ美人かよ!母親似だなぁ
エルウィンもショタ可愛い、流石美男美女の血を無理矢理五百年取り込み続けただけはあるぜ……

じゃけん、そんな罪深い黄金樹王朝は徹底的に根切りしないとな!(使命感)


第百八十七話 あるー日、要塞の中♪黄金獅子に、出会ーった♪

「……これは酷いな」

 

 外壁が崩落したイゼルローン要塞第二宇宙港に足を踏み入れた重装甲服の一団は、フルフェイスヘルメット越しにその惨状を目にすると同時に呟いた。

 

「完全に空気が抜けている。それにこの瓦礫……これではどれだけの生存者がいるのか……」

 

 第五〇一独立陸戦旅団の司令官であるヘルマン・フォン・リューネブルク大佐は呟く。

 

 第二宇宙港崩落、そして帝国軍の攻勢が止んだ事で余裕が出来たために彼らは第二宇宙港の友軍を救助すべく足を踏み入れたのだが……その必要が本当にあったのか怪しいものだった。

 

 上を見れば未だ両軍が砲撃戦を繰り広げ、爆発の光が輝く宇宙空間を見る事が出来た。要塞表面から流れて来たのだろう流体金属が足の脛まで満たし、軍港内にあった建物や施設が半壊状態となって流体金属の海から顔を覗かせる。

 

「生存者捜索のための無線通信には応答はありません」

「『ノルマンディー』との通信も試みていますが……この分では無事ではないかと」

 

 同じく重装甲服を着込み背中に大型の通信機を背負う兵士達が報告する。既に軍港が破壊されて二時間以上が経過していた。重傷者の多くがそのまま息を引き取った事だろう。軽傷でも宇宙服や装甲服を着てなければ真空の空間では直ぐに御陀仏であるし、着ていたとしても酸素が少なければ……。

 

「大佐!伏せて下さい……!!」

「っ……!?」

 

 周辺警戒をしていた兵士の一人が叫ぶ。同時にリューネブルク大佐達は殆ど反射的に身を伏せる。同時にすぐ近くで爆発が生じた。それは電磁砲によるものであった。

 

「ちぃ、生き残りは生き残りでも、そちらの方がお出ましか!」

 

 リューネブルク大佐が舌打ちする。彼らの目の前に現れたのは二両のパンツァーⅢ戦闘装甲車であった。全身ボロボロのそれは、恐らくは軍港の崩壊時に運良く生き残った帝国軍の軍港守備部隊のものであると思われた。

 

「対戦車ミサイルは……!?」

「い、今装填します……!!」

 

 リューネブルク大佐の命令に背中に対戦車ミサイルを背負っていた部下が叫ぶ。パニックになっているのかそれとも照準機が故障したのか、下手な砲撃を乱射する戦闘装甲車二両の攻撃を耐え凌ぎながらリューネブルク大佐達は反撃の機会を窺う。

 

「よし、照準を合わせました!発射しま……」

 

 そこまで言った瞬間であった。対戦車ミサイルを構えていた兵士のすぐ目の前に電磁砲が着弾した。瓦礫が吹き飛び、その衝撃によって兵士は地面に叩きつけられる。即死こそ免れたものの瓦礫や砲弾片が重装甲服に突き刺さり重傷だ。

 

「フレッグ!?くっ……!!」

 

 リューネブルク大佐は伏せながら負傷した部下の下に這いながら近付き、応急処置を開始する。重装甲服の上から麻酔を打ち、止血を図ろうとするが……。

 

「旅団長……!!」

「ぬっ……!!」

 

 別の部下の悲鳴にリューネブルク大佐は振り向く。既にすぐ目の前にまで近付いていた戦闘装甲車が急停止すると、その主砲を彼らに向ける。それはこれまでの乱射とは違い明確に此方を狙っていた。

 

「っ……!!」

 

 殆ど反射的にリューネブルク大佐は手元にあったブラスターライフルを構える。恐らくはその表面の対ビームコーティングで弾かれるであろうがそれでも何もせずに死ぬなぞ、彼の矜持が許さなかったのだ。

 

 数発の銃撃……虚しくも細い光の筋は戦闘装甲車に命中すると同時に屈折する。戦闘装甲車の砲門がゆっくりと光り出す。それは砲撃の合図だった。

 

「無念だ……」

 

 リューネブルク大佐が小さく呟いた次の瞬間であった。大佐達の頭上を一本の光条が駆け抜けたのは。

 

「っ……!?」

 

 戦闘装甲車の自動防衛システムがすかさずチャフとフレア、スモークを射出するが無意味だった。光弾は誘導式対戦車ミサイルではなく、無誘導のロケット弾であったからだ。

 

 最終加速したロケット弾が戦闘装甲車の砲搭に頭上から突き刺さると共に戦闘装甲車の装甲を融解させて貫通した。内部で高性能爆薬が炸裂して、戦闘装甲車は砲搭を上方に吹き飛ばしながら大破する。

 

「っ……!?」

 

 爆発による破片の四散に備えて流体金属に重装甲服を浸しながら伏せたリューネブルク大佐は、次いでロケット弾の発射された方向に慌てて首を向ける。

 

「大丈夫か、お前達!?今助けに来たぞ……!!」

 

 重装甲服内部に備えられた短距離無線通信機から響いたのは野太く荒々しい声。そしてそれが目の前に突如現れた……正確には両手にバズーカ砲を構え、更に背中にバズーカ砲を二門、計四門を装備してリューネブルク大佐達を見下ろすように瓦礫の上に君臨する宇宙服姿の大男のものであると気付いたリューネブルク大佐達は唖然とした表情でその姿を見やる。

 

 当の大男はそんな茫然とした味方の反応を気にせずに撃ち放ったバズーカ砲を捨てるともう片手に持つバズーカ砲を構える。発射。再度放たれるロケット弾は弧を描きながら彼に向けて照準を合わせようとしていたもう一両の戦闘装甲車に命中し、それを爆散させる。

 

「ふぅ、危ない所だったな」

 

 バズーカ砲を構えた男はニヤリと不敵な笑みを浮かべて嘯いた。

 

「……いやムーア閣下、貴方将官の立場で何をしているのですか?」

 

 立ち上がったリューネブルク大佐は、取り敢えず将官の癖にフルアーマー状態で装甲戦闘車二両を当然のように撃破した上官にそう疑念をぶつけたのだった。

 

 乗艦『ノルマンディー』が大破した後、生き埋めになった部下を救助しながら宇宙港の残存帝国軍相手に単身で無双を繰り広げて、戦闘車両だけでも九両を破壊したレオポルド・カイル・ムーア少将が二つ目の自由戦士勲章を授勲されるのはこの遠征を終えた後の事であった……。

 

 

 

「司令官閣下、反乱軍が動き始めました」

「うむ、各部隊に迎撃を命じよ」

 

 要塞防衛司令部では、内部で孤立した同盟軍の陸戦部隊が攻勢に出た事を確認していた。副官の報告にクライスト大将は当たり障りのない指示を命じる。

 

「第四七宇宙港に揚陸してきた輩ですな。目標は第三予備中央通信室、及びR-10ブロック……恐らくは要塞主砲の送電ケーブル補修ゲートでしょう。要塞主砲を移動させましょうか?」

 

 副官は尋ねる。反乱軍が必死に攻勢をかけようとも、最悪要塞主砲たる特殊浮遊砲台を移動させて別のケーブルから送電させるという手もなくはない。

 

「いや、止めておこう。あのブロックからカバー可能な仰角は前方では一番広大だからな。それに、下手に動かせばその隙に反乱軍の艦隊の突貫を招きかねん」

 

 移動に一〇分、再充電に一〇から一五分、要塞駐留艦隊が牽制の役割を果たせなくなりつつある中でその時間は長過ぎた。一発程度ならば撃てるだろうが、次発の発射の前に反乱軍は要塞主砲の死角に入り、肉薄してしまうだろう。そのリスクは大き過ぎる。

 

(尤も、送電線が切断されるならばそれはそれで構わんがな……)

 

 誰にも聞かれぬように、クライスト大将は内心で独白する。要塞防衛司令部に詰める多くの者達の考えとは裏腹に、クライスト大将にとってはこの攻防戦も所詮は余興に過ぎなかった。

 

「………」

 

 誰にも見られぬように、クライスト大将は手元の要塞防衛司令官のデスクに手を伸ばす。そしてデスクの端末を操作すればタッチパネルに幾つかの要塞防衛司令官としての権限が表示される。

 

 ……帝国軍の首脳部が何より恐れるのは同盟軍でも、辺境の反乱でもなく、自軍兵士の反乱である。特に実力主義の気風の強い前線部隊では士官や将官クラスでも門閥貴族階級以外の者が数多く在籍しているので一際敏感だ。。第二次ティアマト会戦の結果平民階級に対して軍の門戸がより広く開かれるようになってからは、それはより妄執的となっている。

 

 故にイゼルローン要塞の防衛司令官、要塞駐留艦隊司令官共に帝国に対する忠誠心の高い人物を優先的に任命しているし、要塞の防衛システムは兵士の反乱も想定している。いざとなれば司令官の一存で要塞全体に睡眠ガスを噴霧する事すら可能だ。というよりも態態そのためだけに通常とは別にガス噴霧用の換気口が設けられている程だ。

 

 そして、最悪要塞が反乱兵や同盟軍により占拠されそうになれば………銀河帝国最大にして有史上でも有数の巨大要塞建設に当たって、当然その事態も想定され、帝国軍は帝国軍らしい答えを設計段階から用意していた。それは即ち………。

 

(まだだ。まだその時ではない………!!)

 

 タッチパネルに映し出される文字列を凝視してクライスト大将は心の中で叫ぶ。タッチパネルに触れて、その後に出てくるパスワードを三つ入力、声帯と指紋、網膜認証を受けて最後に要塞防衛司令官が専用キーを回す事でそれは起動する。一度起動してしまえば、後は要塞中枢の動力炉での直接操作以外ではそれを阻止する事は不可能だ。

 

 直径数百メートルの動力炉の暴走は単に核爆発を誘発するだけではない。各所のサブ動力炉、更には要塞の巨大な慣性制御装置と重力操作装置も同時に狂い出す。それは恐らく人類が作り上げた人工的な爆発としては最も超新星爆発に迫るものになるだろう。

 

 爆発はまず大量の要塞の構成物を四方に四散させ、周辺艦艇を破壊する事になる。次いで、強力な引力が発生して生き残った周辺艦艇を呑み込む事になる。暴走した重力制御装置と慣性制御装置の影響である。

 

 重力兵器自体はシリウス戦役時代から開発されていたが、遂に戦争における主流兵器にならなかった。イゼルローン要塞クラスの巨大な重力制御・慣性制御装置を使うなら兎も角、ミサイルや宇宙艦艇クラスのそれでは大した破壊力を発揮しないばかりか、コストが無駄に嵩む上、宙域の空間が不安定になりかねないからだ。それならばレーザー水爆ミサイルの方が宇宙で使う分では安く、クリーンで、使い勝手が良い。効率的だった。

 

 ……無論、その論理は逆説的に、イゼルローン要塞に設けられた巨大でコストを度外視した重力制御・慣性制御装置を使う分には十分効果がある事を意味していた。

 

 超新星爆発の後、瞬間的に発生する極小の、しかし強力なブラックホールは何千、あるいは何万という艦艇を虚数の海にへと瞬間的かつ強制的に誘う事になる筈だ。無論、呑み込まれなくても強力な引力によって船体が損傷し、電子機器は狂う事になる。特に艦艇自体は耐えても内部の慣性制御装置や重力制御装置が狂えば中の人間が全滅する事だって有り得た。呑み込まれ切れなかった大量の残骸と空間異常が回廊を数ヵ月に渡って封鎖する事になろう。

 

 それは要塞の設計者達の冷徹な計算の下に調整された自爆方法であった。可能な限り敵に打撃を与えつつ、回廊を一時的に封鎖する事で要塞喪失後の国境防衛のための時間を稼ぐ……イゼルローン要塞はその身を犠牲にしても尚帝国本土を反乱軍から守護するであろう、というのはイゼルローン要塞の設計者の一人シグルト・フォン・クライスト設計技師が語った言葉である。

 

 半世紀の時を経て、その設計技師の孫に当たる男はそれを実行しようとしていた。尤も、その理由は帝国のためではなく自身の家の名誉のためであるが。

 

 全てはクライスト大将の狙い通りに進んでいた。同盟軍内外共に彼の想定通りに動いている。

 

 当然だろう。まさか彼らからすれば要塞が自爆するなぞ想定する筈がない。少なくとも今の段階で行うとは思っておるまい。軍事的に考えればその選択は早計過ぎるものであるためだ。軍人として考えればまだこの時点で要塞を守り切るのは不可能ではないと考えるだろう。

 

 帝国軍にとっては別の論理が働いた。より正確に言えばクライスト大将にのみその理論が働いた。他の幹部達は兎も角、クライスト大将にとっては余りにこの要塞攻防戦はあってはならない事が起こり過ぎた。帝国に送還された彼に待っているのは身の破滅……であるからこそ、その理論が働いた。

 

 帝国本土には、通信妨害の影響でイゼルローン要塞における攻防の正確な情報は殆ど入っていない。それは即ち、クライスト大将が味方ごと『雷神の槌』を発射した事も、それをしても尚要塞に大軍を揚陸された事も、軍港を崩壊させた事も殆ど把握されていない事を意味する。だからこそ彼には自爆する理由がある。

 

 口封じを兼ねた自爆はその全てを闇に葬る事になるだろう。残る結果はイゼルローン要塞が反乱軍と刺し違える形で自爆したという事実のみである。

 

 当然ながら同盟軍は自爆までの推移を盛大にプロパガンダするであろうが、元より帝国がそれを信じる事も、認める事もない。帝国は自爆した将兵全員を帝国のために殉じた英雄として取り扱うだろう。そうなればクライスト大将の行動を追及する事は不可能となる。

 

(そのためならば……!)

 

 そう、家と一族の名誉と命のためならばクライスト大将はそれを決断する事を厭わなかった。そのためならば自身のために帝国の巨大な国家資産を永遠に失わしめる事も、ましてや何十、何百万という味方を道連れにする事にすらも、一切の呵責がなかった。気にする積もりすら無かった。

 

 そして、恐らくはそれこそが帝国貴族という存在の救いがたく、傲慢な本質であったのだろう。

 

「では、増援を送りましょうか?要塞主砲はイゼルローン要塞防衛の要、万一にも封じられる訳にはいきません」

 

 副官がクライスト大将が何を考えているのか知るよしもなく進言する。その言葉にクライスト大将は副官を一瞥する。  

 

「……確かに戦力的にはケーブル狙いと見えるがな、しかしそれこそが陽動という可能性もあろう?今無闇矢鱈に予備戦力を動かす必要はなかろうて」

 

 副官の意見を直ぐ様切り捨てる要塞防衛司令官であるが、その実その言葉はただの言い訳であった。

 

 実際の所、彼からすれば要塞主砲が封じられようとも構わなかった。寧ろ、その方が外の艦隊の油断を誘う事が出来る。『雷神の槌』が封じられたと思って油断した所で自爆した方が道連れに出来る敵の数はより多くなるだろう。その意味では増援を送るなぞ下策である。

 

(ふっ、反乱軍も滑稽なものよな。どれだけ努力しようと所詮は自身の首を締めるだけだというに!)

 

 そして、小さく冷笑する。彼らは必死なのだろうが、それ故にその行いが却って自分達を破滅に導いている事に気付かぬとは……その姿は一周回って哀れみすら感じられた。

 

「ですが……」

「R-10ブロックに侵入者!一個大隊規模の戦力と思われます!」

 

 副官の言葉を遮ったのは防衛司令部のオペレーターからの報告だった。同時に動揺のざわめきが防衛司令部を包み込む。

 

「まさか、早すぎる」

「前線の部隊はどうした!?こんなに早く抜かれたのか……!?」

 

 困惑と不安を滲ませた言葉を次々と口にする防衛司令部要員。しかし、次の瞬間にはR-10ブロックで防衛戦を開始した臨時陸戦隊より通信が届きその疑念も氷解する。

 

「いえ、敵主力と相対する部隊は健在の模様です。恐らくは抜け道を使った少数の浸透部隊であろうと」

 

 その内容に防衛司令部の動揺は僅かに和らぎ、しかし直ぐに皆が緊張した面持ちとなる。

 

「一個大隊規模か。臨時陸戦隊で守り切れるのか?」

「防衛システムがあるとしてもあのブロックは管制室が復旧していない筈だ。十全な防衛は難しいだろう。一個連隊程増援を送るべきかな?」

 

 要塞幹部達が対応について話し合いを始める。そこに新たな通信が入る。臨時陸戦隊からの増援要請であるが、そこにカメラの記録映像が送付されていた。オペレーターがそれを要塞防衛司令部の正面スクリーンに映し出して再生を始めた。

 

『機関銃は援護に回れ!それ以外は私に続け……!!』

 

 叫び声から映像は始まっていた。陸戦服ではなく、宇宙軍艦艇要員の将官用平服を着こんだ若く顔立ちの整った青年が、まるで見せつけるかのように胸元に幾つもの勲章を輝かせながら先陣を切って突貫する。その立ち振舞いは到底帝国軍の良く知る同盟軍の高級士官のそれではなかった。寧ろそれよりも……。

 

「あっ、あれは……!?」

 

 ふと、一人の幹部がその紋章に気付いた。正確には金糸と銀糸を使ったそのマフラーに刻まれた紋章の由来と意味に気付いた。

 

『命が惜しければ失せるが良い雑兵共!私を誰と心得る!………』

 

 そして、続くように、サーベルを構えて青年士官が宮廷訛りの帝国公用語で名乗りを上げた数分後には、要塞防衛司令部の幹部達はR-10ブロックに三個師団相当の援軍を投入する事をクライスト大将に提案していた……。

   

 

 

 

 

「R-1013隔壁の破壊が確認されました!敵部隊、ケーブルの整備ゲートまで残り五〇〇メートルです……!!」

 

 R-10ブロックの管制室でオペレーターが叫ぶ。足止めのために活用した各種の防衛システムは次々と突破され、最早整備ゲートは目と鼻の先であった。  

 

「要塞の奴らめ、援軍を寄越す位ならばさっさと要塞砲の位置を動かせば良いものを。そうすればこのブロックを吹き飛ばせるというのに……無能共め」

 

 頬杖をつきながらラインハルト・フォン・ミューゼル少佐は心底不機嫌そうに舌打ちする。

 

 ミューゼル少佐からすれば敵の攻勢にいちいち此方が真面目に対応するのも馬鹿馬鹿しく思えた。いっそ、一度やったようにこのブロックも爆破して敵ごと埋めてしまった方が手っ取り早くも思えていた。

 

 無論、それは極端な提案である事は彼自身も理解していたが……上が約束した増援部隊の到着が遅ければ不快になってそんな意見も言いたくもなる。

 

「クライストめ。折角丁度良い獲物を教えてやったというのに……何をまごついているのだ?」

 

 侵入してきた同盟軍の先鋒を走る人影をモニター越しに一瞥した後、溜め息を吐く少年。正直な話、将官の癖にサーベルを手に先頭を突っ込む行いも、態態自らの存在を誇示するような装いも、そもそも戦闘中に名乗りをあげる行いの時点で意味不明であるが……今のクライスト大将にとって少しでもオーディンで言い訳を並べられる材料をくれてやったのは本来ならば援軍を求めての事である。

 

 ミューゼル少佐からすれば、曲がりなりにも陸戦の専門部隊相手に自身の臨時陸戦隊で長く持たせるのは難しい事を理解していた。撃退出来ない事はないが、そのためには少なくない損害を被る事になろう。彼は自身の兵に必要な犠牲を強いる事は覚悟していたが、適性外の分野で酷使して無駄に擂り潰す事を好んではいなかった。そして、そのための獲物だというのに……。

 

「……亡命貴族か。所詮はオーディンの馬鹿貴族と変わらんな。後先も考えず、目立ちたがる。周囲はさぞ手を焼かされているだろうな」

 

 銀河帝国亡命政府の存在自体は幼年学校で教えられていたミューゼル少佐であるが、実際にカメラ越しにその一員を知って見ると冷笑しか出来なかった。其ほどまでに滑稽で、しかも馬鹿馬鹿しい存在であったからだ。

 

 どれ程取り繕おうとも、自分達を着飾り、威勢の良い声を上げようとも、所詮は貴族共のエゴイズムな政争に破れた敗北者共の集まりに過ぎない。しかも奴隷と蔑んでいた者達に寄生して、自分達の正統性を見苦しく、そして恥ずかしげもなく叫ぶ姿は呆れるしかなかった。

 

「とは言え、曲がりなりにも自身が前に出るだけ宮廷の門閥貴族よりはマシではあるかも知れません。少なくとも、自分の身を危険に晒しているのですから」

 

 ミューゼル少佐の傍らに控える穏やかな赤毛の副官が僅かに苦笑して答える。とは言え、それは心からそのように考えているというよりかは一応弁護してみた、といった口調ではあったが。

 

「……キルヒアイス、前にも言ったがお前は教師に向いているな。下水の中にすら美点を見いだす事が出来るのはお前の称賛するべき点だが……そこまで無理矢理に擁護してやる義理もないぞ?」

 

 優しすぎる親友にミューゼル少佐は苦笑しながら指摘する。親友の在り方は客観的に見れば人として立派であるが、だからと言って万人に理解されるものでもない。度を過ぎれば周囲に疎まれるし、褒められた本人すら嫌味と思い込むだろう。実際、金髪の少年からすれば親友の評価は其ほどまでに甘過ぎた。

 

「……実際の所、只の世間知らずだけかも知れんぞ?門閥貴族という連中は何でも、それこそ成功すら苦労せずに得る事が出来る連中だ。それも自分の才能と努力ではなく、権力でな」

 

 門閥貴族は世間一般で言う無能揃いではない。寧ろ、平均以上の知識と肉体を有する者は決して少なくない。だが、それは彼らの努力が皆無である訳ではないにしろ、少なくなくとも平民達と比べて生まれながらに遺伝子や血筋が優秀であるからではなかった。

 

 ある意味ではそれこそが帝国の不公平であり、理不尽であった。才能がある平民や奴隷が劣悪な環境によって血反吐を吐いて自らを高めなければならないのと違い、門閥貴族は生まれながらにして完璧な環境を用意されている。それ故に才能がなくとも、血反吐を吐く程の苦労をしなくても相応の能力を得る事が出来るのだ。

 

 そしてそんな厚底靴を履いた上で、金と権力、人脈、人材を総動員すれば誰だって障害の少ない道を進めるし、簡単に成功出来るだろう。その横で遥かに才能があり、努力を重ねて来た平民を平然と踏み潰して。

 

「考えれば分かる事だ。サーベルと拳銃だけで突撃して、普通に考えれば生き残れる訳があるまい?奴の周囲を見てみろ。まるで大名行列みたいだと思わないか?」

 

 ミューゼル少佐は既に察知していた。成る程、幼少期からプロに指導されたのかも知れない。その動きやサーベルや拳銃を扱う技術、兵を鼓舞し、敵を動揺させる話術やパフォーマンスは良く良く訓練されているのか水準以上のものであるが……逆に言えばそれだけだ。

 

 そして、それだけで銃撃戦の最中に身を乗り出して先頭で突撃する者が生き残れる訳がない。猪突猛進に前に出る無謀な青年貴族を周囲の家臣達が必死にサポートしている事にミューゼル少佐は既に勘づいていた。

 

 同時に嘲る。だから門閥貴族共はつけ上がるのだ、と。そうやってお守りをしてやるから奴らは無駄に調子に乗り、愚かな蛮勇を神格化して、自らの失敗や過ちを認めないプライドの塊になってしまうのだ。そして偽りの成功に踊らされて自身の能力を見誤り、無謀で馬鹿げた行動を仕出かす……。

 

「……とは言え、思いのほか押し込まれているのも事実、か」

 

 そして、ミューゼル少佐は心底不本意そうに不満顔を浮かべた。問題はそんな愚かしい行動を相手に思いがけず戦線を押し込まれている事そのものであった。元より援軍の到来と防衛線構築のための時間稼ぎであるが……足止めに展開した部隊の動きが悪く、当初の予想よりも僅かながらに敵の進出速度は速かった。

 

「兵が動揺しているのか?……成る程、狙ってやったかは知らんが、不愉快ながら心理的効果は確かにあるようだな」

 

 そして少年は瞬時にその原因を特定した。同時に僅かに兵士達に失望する。彼らは最前線のイゼルローン要塞に配属されている以上、船乗りとしては十分一流であるし、臨時陸戦隊としても水準並みの働きはしてくれているが……それでも五〇〇年近くに渡り続く厳しい身分制度を完全に無視する事は難しいようだった。

 

「兵達が銃を撃つ事に、あるいは正確に狙い撃つ事に躊躇していますね」

「あぁ、当然だな。貴族を、それも大貴族を平民が撃つなぞ本来なら有り得ないからな。戦場とは言え咄嗟に躊躇してしまうようだな。嘆かわしい限りだ」

 

 ミューゼル少佐はその動きの悪さの本質を抉り出すように指摘する。結局平民は、少なくとも大多数の平民兵士は、口では兎も角心の奥底では貴族を恐れているのだ。貴族に逆らう事に、貴族に武器を向ける事に、貴族を傷つけ殺す事に。その末路を知るがために……そして、そんな事を何十世代も繰り返せば最早それは諦念に変わる。貴族達の行う理不尽と不条理を多くの平民達は最早災害に近いものと認識して、それに逆らう気概すら奪い取る。

 

(ならば、どうすれば良い?)

 

 そして、ミューゼル少佐は内心で独白する。五〇〇年に渡る愚民化政策に生まれた時から浸りきった彼らを、来るべき「その時」にどう率いるべきなのか……金髪の少年の脳裏にはその疑問が渦巻いていた。そして、直ぐに彼は物事の本質を理解し、そして何が必要なのかを殆ど直感的に導きだしていた。

 

「奴らの弱さを知らしめる、か」

「ラインハルト様?」

 

 ぽつりと、愉快げに、冷笑を含んだ小さな呟きは恐らくは意識したものではなかっただろう。赤毛の忠臣は傍らの主君の言葉に思わず首を捻って尋ねるが、当の本人は思考の海に沈み、既にその言葉は聞こえていなかった。そして、彼の頭蓋の中に渦巻く知恵の泉はこの状況を自分達の野望のために最大限有効活用できる方法を見つけ出していた。

 

 金髪の少年は勢い良く立ち上がった。そして管制室にいた駆逐隊副司令官に室内の指揮を一任すると、次の瞬間には傍らにあったブラスターライフルを掴み取りオペレーターに部隊の通信回線を開くように命じる。慌ててその命令に従ったオペレーターがコンソールを操作し終えると、金髪の少年は宣言した。

 

「第六四〇九駆逐隊臨時陸戦隊所属の全将兵に通達する、私は指揮官ラインハルト・フォン・ミューゼル少佐である」

 

 そこで一拍置いてからミューゼル少佐は再度口を開く。

 

「まず、司令官として私はお前達に事実を告げねばならない。真に不本意ながら、現状我らは敵の攻勢に対して劣勢下に置かれていると言わざるを得ない状況にある。それは要塞防衛司令部からの増援は編成も未だ完了せず、更には反乱軍の妄言により少なからず部隊が動揺しつつあるためである!」

 

 堂々と、現状を包み隠さずに断言する少年士官。その言葉にR-10ブロック各所に展開していた兵士達は通信機に耳を傾け、管制室に詰めていた者達は目の前の上官に視線を向ける。その表現は一様に不安を抱えていた。

 

「だが、気落ちする事はない。諸君の精強さは私が良く理解しているからである!ならば、後は正しい命令に迅速かつ正確に従う事だ、それだけで諸君らはこの戦いを勝利に導くであろう!」

 

 金髪の少年は端的に彼らに不足しているものを上げる。実際、それが改善されるだけで状況は一変しているだろう。それ程に同盟軍の先頭を走る亡命貴族に対する臨時陸戦隊の動揺は大きく、同時にそれくらいしか弱点がなかった。

 

「要塞主砲を守るこの防衛戦は此度の戦いの芻勢を決める重要なものとなる!生き残りたければ、そして勝利を掴みたければ悉く我が命令に従い、実行せよ!恐れる事は何物もありはない!お前達、恐れるべき何物もないぞ!お前達がこの大戦を勝利せしめるのだ!」

 

 まるで古き善き名門の武門貴族が戦いの直前に自身の軍勢に檄を飛ばすように宣言するミューゼル少佐。いや、実際何も知らぬ者がこの光景を見ればそう勘違いしただろう。その言葉遣い、口調、声の高低、内容……全てが兵士達を惹き付け、焚き付ける魅力に余りにも満ちていた。

 

「……無論、私はお前達に無理な命令だけをして安全な後方に控えるなぞという恥知らずな行いはしないぞ?これより、私は陣頭指揮をとって直接反乱軍を迎え撃つ!兵達が命を賭けて戦っている中でいつまでも尻で椅子を磨く訳にもいかないからな!」

 

 最後に大胆不敵に、それでいて悪餓鬼のように笑みを浮かべた美少年、一瞬場の兵士達はその姿、そして直前の口調との落差に唖然として、しかし直ぐに敬礼でその宣言に応えた。そこには明確な上官に対する敬意と信頼があった。

 

 駆逐隊を大軍から生き残らせて、部隊の風紀と待遇を改善し、既に一度揚陸してきた格上の敵陸戦隊を殆ど犠牲を出さずに撃破してみせたのだ。彼らは若すぎる上官を、しかし何年も共に戦ってきた上官のように深く信頼して敬服していた。故に管制室の兵士達は最大限の敬意を持って、同時に心配もして見送る。

 

 ミューゼル少佐もまた、それを理解して敬礼して答えるとさっと踵を返した。その背後についていくキルヒアイスは困ったような表情を滲ませる。

 

「ラインハルト様、いきなり過ぎます。一体何を考えて……まさか!」

 

 そこまで口にして、赤毛の家臣は親友の企みを察する。ミューゼル少佐はそんな友人に悪戯に成功した悪餓鬼のような表情を浮かべた。そして、嘯く。

 

「そのまさかさ。同盟に亡命しようとも貴族は貴族らしいからな。予行演習には丁度良いと思わないか?」

 

 幼年学校に入る前のやんちゃな子供時代を思わせる表情、そしてその話す内容にキルヒアイス中尉は一瞬言葉を失う。

 

「ラインハルト様……流石に無茶をし過ぎではありませんか?」

「おいおい、これくらいアクタヴでの戦いよりはマシだぞ?少なくとも武器は豊富だし、味方はいるからな」

 

 親友の困り顔に主君の方は快活で屈託のない笑みで応えて見せる。しかも、内容は其ほど間違ってもいないのだからある意味で質が悪い。

 

「実際問題、動揺した兵達を抑えるためには俺達が出張ってやらんとならんだろうさ。ここで防衛に失敗したら折角の昇進の予定がパーになってしまう。大貴族共の事だ、経歴に少しでも傷があればねちねちとそれを理由に俺達の出世を邪魔してきそうだ」

 

 法務局や人事局に勤める文官貴族は嫉妬深く、粘着質な者が少なくない。無駄に弁舌だけは上手いのでそれっぽい理由で昇進取り消しの理由をでっち上げて来ても可笑しくない。自分の失敗なら兎も角、そんな下らない事で栄達の足を引っ張られるのは御免だった。

 

「それは、そうかも知れませんが……」

「おいおい、そこまで心配するのか?俺だってお前程じゃないが白兵戦の成績は悪くないだろう?そんなに俺がドジだと思っているのか?」

 

 そして、次の瞬間には目を細め、声を低くして周囲を警戒しながら彼は一番の理由を呟く。

 

「それにだ、今回の戦いで思った以上に兵達が臆病だと言う事が分かった。将来の事を思えばこの戦いは良い予行演習になろう。違うか?」

「それは、そうですが………」

 

 主君の考えは分かる。分かるが……それでも赤毛の副官は渋い表情を浮かべる。彼の脳裏に過るのは主君の姉でもある女神の憂いを秘めた笑顔であった。キルヒアイスは彼女の表情を悲嘆に暮れさせたくなかった。

 

「……ふっ、安心しろ。俺も無茶はしないさ。それに……」

 

 そういって、少年は肩幅の広い親友の胸元を軽く叩く。軍服の上からでも分かる屈強な筋肉から乾いた良く響く音が鳴った。

 

「お前が俺のために努力している事は知っているさ。お前が傍らに居てくれれば安心だ、頼りにさせてくれよ?」

 

 そしてふっ、と小さく笑いながら要塞の通路を突き進む。その姿に数秒程呆気に取られた表情をする。

 

 次いで「ラインハルト様について行くのは本当に大変だな」と呟くと、赤毛の少年は大袈裟な口調でそれを受け入れて主君をからかった。金髪の主君がそれに優しい表情で苦笑したのは言うまでもなかった………。

 

 

 

 

 

「道は開けたぞ!進め……!!」

 

 隔壁の一つを爆薬で噴き飛ばし、粉塵の舞う中で数名の傭兵がサブマシンガンを抉じ開けた道にばら蒔く。そうやって牽制と制圧を終えれば私はサーベルを構えて突撃を先導した。

 

 足止めは殆どがドローンだけで構成されていた。それらを素早く無力化して我々は更なる前進を再開する。

 

「思いの外、抵抗が少ないな……!!」

「恐らくは戦力を集中させて、防衛線を敷くためでしょうね……!!隔壁もドローンも時間稼ぎですよ!どうやら相手の指揮官は相応に頭が切れるようです!」

 

 傍らで走るフェルナー中佐が叫ぶ。裏道や下水道から前線部隊の防衛線を素通りしてR-10ブロックにまで辿り着いたのは一個大隊強という少数に過ぎない。裏口自体が狭く大軍の行軍に適さない上に、流石に万単位の兵士が動けば索敵システムも異常に気付く。この数がバレずに動かせる最大数であった。

 

「おっと、噂をすればお出ましだな……!!」

 

 L字路を曲がった私は、次の瞬間身を翻して元の道に戻る。狭い道にバリケードを作って一個小隊程の軽装歩兵が待ち構えていたからだ。私が隠れたのと前後して銃撃音が鳴り響く。

 

「あっぶねぇ!!ギリギリじゃねぇかよ……!?」

「若様、伏せて下さい!」

 

 すぐ後ろについて来ていたベアトが数個の手榴弾をバリケードに投げ込み、私を衝撃や粉塵から守るように抱き締める。次の瞬間、弾けるような爆発音が数回響き渡る。

 

「よし、行け……!!」

 

 フェルナー中佐の命令に従い数名の傭兵がアサルトライフルの下部に設けたグレネードランチャーを発射、敵兵を沈黙させると近接戦用のショットガンを構えた別の傭兵の一隊が突入を開始する。

 

「ぐっ……げ、迎撃を……ぎゃっ!?」

「狙いなんかつけなくて良い……!!弾をばら蒔……がっ!?」

 

 小隊長らしき男が狙撃で仕留められる。次いで小隊の火力の要たる機関銃手をショットガンで沈黙させる。実に鮮やかな手腕だった。

 

「ま、待て!こ、降ふ……」

「悪いが捕虜を取る時間はないんでね」

 

 武器を捨てて降伏しようとする兵士達を傭兵達は迅速に始末した。白旗を上げていないし、最後まで降伏の意思を示す言葉を口にしていないので(させていないので)ギリギリ戦時条約違反ではない。そのやり様は実に手慣れていて、彼らがこれまでどのような任務を経験してきたかを推測させるに十分だった。

 

「容赦ないな」

「前の会社のお得意様は迅速な仕事をオーダーなさる事が多かったですからね」

 

 平然とそう語るフェルナー中佐。お得意様とは大体門閥貴族は帝国・フェザーン系大企業、仕事内容は待遇改善を求める労働者や税や年貢を減らすように直訴する領民の鎮圧である。外縁宙域での余り口に出来ない仕事もあったかも知れない。

 

「……ここで足止めが出てきたとなると、そろそろ本格的な防衛線が敷かれていると考えるべきだな」

 

 そして、恐らくは増援部隊も送られて来ているはずだ。名乗りまくっているので私の存在位もう要塞のお偉いさん方も把握している事であろう。元々八個師団を投入しているのだ、主攻が此方と判断して部隊の投入を初めていると考えてしかるべきだ。

 

(……だが、それはそれで好都合だがな)

 

 私は口元を歪めて、内心で呟いた。それは実に悪意に満ちた、門閥貴族の子弟らしい傲慢な笑みであった。

 

 尤も、その笑みも長くは持たなかった。何故ならば………。

 

「ゲートまでは後少しだ!敵は少数、このまま要塞砲を封じるぞ!!全軍、私に続、け………?」

 

 巨大な送電ケーブルが通り、それを整備するためのゲートのあるスタジアム大の大部屋に向けてサーベルを構えて突撃した私は次の瞬間にはその顔を強張らせて、紡ごうとしていた言葉が止まる。

 

 それは大部屋全体に敵兵がいた事が理由でも、彼らがバリケードを張って此方を待ち構えていた事が理由でもない。その程度の事は此方も想定していた。予め心の中で身構えていたからその程度で今更怖じ気付く事はなかった。

 

 問題は、そんな些事よりも遥かに深刻で、危険で、絶望的な現実であった。

 

「彼」の姿は多くの敵兵がいる中でも嫌な程良く目立ち、そして見る者の心を奪う程印象的であった。黄金色の髪の神々しい雰囲気を纏う端正な少年……それは私が一方的に良く知る、そしてこの状況下で絶対に会いたくない人物達であった。

 

「………ははは、何でここにいるんだよ?」

 

 私は顔を歪んだようにひきつらせて、震える声で、噛み殺したような声で呟いた。その姿を見た瞬間、全身の身体の血がさっと引いた錯覚を私は如実に感じ取っていた。

 

 ラインハルト・フォン・ミューゼル、戦神と美女神の寵愛を一身に受けた、英雄の中の英雄の姿が、そこにあった……。


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