帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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第二十一話 学歴社会は弱肉強食

同盟軍士官学校において三大研究科と呼ばれる物がある。

 

 唯でさえエリートばかり贅沢に取り揃えた士官学校生徒を、さらに振るいにかけた文字通りエリート中のエリートだけが加入出来る研究科である。それに入れば将来の将官は約束されたも同然、宇宙艦隊司令長官、後方勤務本部長、統合参謀本部長の三聖職に至っては歴代長官の9割は三大研究科出身と来ている。

 

 1つは言わずと知れた戦略研究科だ。文字通り戦略を研究する科であり、国家の兵力、軍事予算、経済動向、政治動向、人口増減、外交関係、技術開発……様々な情報から同盟軍に可能な選択、取るべきドクトリンについて研究、さらには帝国側の予測される対抗策を推測し、それへの対応策まで研究する科である。研究科の花形であり、彼らの作るレポートは同盟軍の最高指導部の方針にすら影響を与える。

 

 2つ目は統合兵站システム研究科である。同盟軍の兵站体制全般についての評価、一層の効率化を追求する研究科であり、同盟軍の後方支援系の研究科の最高位である。兵站と言っても様々な分野があり、通常ならばこれらは細分化、専門化して研究されている。統合兵站システム研究科はそれら専門化、細分化された各後方支援の研究・ノウハウをすり合わせ、統合する事で一元化された兵站組織の概念を組み立てていく。近年の卒業者では第1方面軍補給科燃料部門部長トーマス・セレブレッゼ中佐、在学者ではアレックス・キャゼルヌ2年生が有名だ。

 

 3つ目が、艦隊運用統合研究科である。戦術面における宇宙艦隊の運用……航海や通信、戦列、陣形変更、砲戦、航空戦、揚陸戦等の実戦における戦闘及びそれに付随する各分野について研究、それによる次世代の艦隊の運用と戦闘について開拓する事を目的とした研究科である。

 

「まぁ、そんな所入るのなんて無理ですわ」

 

 私は、学生獲得のために勧誘活動をする上級生たちを尻目に廊下を歩きながら、各研究科の紹介パンフレットを投げ捨ててぼやく。所詮席次1000位台の私には縁の無い事だ。この3つの中で一番格下の艦隊運用統合研究科ですら最低でも学年の上位300位台でなければ十中八九門前払いだ。ヤンが学年平均の順位で戦略研究科に入れたのは奇跡だ。それだけ研究科の教授達がワイドボーンを高く評価し、それを破ったヤンの指揮能力を高く買っていたと言う事なのだろう。

 

「順位の問題でしたら仕方ありません。非常に……非常に不満ですが、若様に相応しく、実力を正当に評価して頂ける研究科を探しましょう」

 

 傍に控えるベアトが心底不満そうに、苦渋に満ちた顔で答える。当初は先ほどの三大研究科に所属する事を勧めていたベアトだが、私が丸3時間説明する事でようやく納得してくれた。いや、多分正当に評価しても駄目だと思うよ?

 

 尚、ベアトには艦隊運用統合研究科から招待状が来た。順位的にはぎりぎり合格点を下回る席次だがなぜか来た。多分士官学校学生の中では珍しい女子だったからだろう。今期学生の中で女子は全体の6%、300名にも満たない(下士官兵士にはそれなりの女性もいるが基本後方勤務や星系警備隊所属だ。やっぱり婚期を逃しやすいのと地元志望がネックなのだろうか?)。その中でもベアトの上の席次となると10名もいない訳だ。後、身内の身で言うのもなんだが結構な美人さんだ。男ばかりの研究科に華が欲しいのだろう。私が行けないから行くつもり無いらしいけど。

 

 実際、笑える話だが研究科紹介ホームページに女子学生がいるだけで学生収穫率はかなりアップする。何年か前に統合兵站システム研究科に相当な美人が入った事があるらしいが、彼女が所属している間研究科に申し込む学生数が例年の2割増しになったらしい。おかげで残り二つの研究科を抑え優秀な学生の確保に成功していた。こんなエピソードを聞くと、やっぱり男所帯だと辛いんだろうなぁ、等と思う。

 

 あ、因みに戦史研究科あったよ?相当不人気な研究科だ。150近くある科の中でも予算・人員共に最下位に近い。別に戦史を軽視している訳では無いんだ。唯、似たような研究科が後5,6個くらいあってね。戦史研究科はその中で相当やる気が無い研究科なんだよ。良く言えば学生の自由を重んじる伝統があると言えるが、実態は学生が戦史以外の分野でもかなり趣味に走った研究ばかりしている。対してほかの戦史関係の研究科はガチガチの規則と軍事に集中した研究ばかりしているガチの集団だ。

 

科の廃止も納得だ。似たような物が他にもあり、その中で一番下だからなぁ。さらに言えば他の歴史関係の研究科があるのにヤンがそちらに行かないのも納得だ。魔術師の気風には到底合わんだろう。

 

 私としては戦史研究科に行くのは無しだ。まぁ、元よりそんな三下の研究科に行くのを同胞が許すとは思えん。それに下手に首を突っ込んで魔術師が入学しなくなったら私の死亡フラグが確定する。魔術師無しで金髪の小僧とバトるのはマジで勘弁願いたい。

 

「と、なるとどこの研究科に行くかだよなぁ……」

 

 150近い数の研究科の中で私が行けそうで、出来れば生き残るのに役立ちそうな物といえば……。

 

「陸戦技能研究科に、空戦戦術研究科、海上戦闘研究科、惑星気候分析科……どれもなぁ」

 

今一つ士官になった後に役立つイメージが想像出来ん。

 

……いや、待て待て。よく考えろ。最大の目的は金髪の小僧を仕止めて同盟の、故郷と一族朗党の終了を回避する事だ。

 

 そうなると帝国領土侵攻作戦以前にラインハルトを殺らなきゃならん。蛇は卵のうちに殺らんとね?それまでに仕止められる機会といえば……初陣のカプチェランカ、アルトミュール星系での戦闘、へーシュリッヒ・エンチェンの単独任務、第6次イゼルローン要塞攻略戦前哨戦の包囲、第4次ティアマト星域会戦の艦隊横断辺りか……。無論私の記憶違いやバタフライエフェクトもあり得る。OVAオリジナルの内容が起きるか、等の問題もあるが、これくらいが小僧を討ち取るチャンスだろう。

 

 最初のカプチェランカ以外は宇宙戦だ。そしてカプチェランカは同盟軍基地が壊滅するので現地に行って介入はリスクが高すぎる。そうなると艦隊指揮官か参謀として役立つ研究科が良かろう。金髪の小僧相手に通用しないとしても、奴が台頭する前に艦隊にある程度影響力が与えられる立場に立つのには役立つ。

 

「そうなると……航海技術研究科に砲術技能研究科、通信技術研究科辺りかね、私でも行けそうな所は」

 

 どれも成績中堅層が多数在籍する大手研究科だ。順位1000位台ならば門前払いされる事はあるまい。……まぁ半分ズルして取った成績だけど。

 

「私は若様の行かれる場所でしたらどこでも構いませんが……」

「うーん、私としては勿体ないとも思うんだけどねぇ」

 

 艦隊運用統合研究科から招待されているなんて他所様が聞けば羨ましいの一言だ。出身の研究科によって昇進や人事異動に大きな影響がある事を考えれば是非とも行くべきなのだがなぁ……。

 

「しかし、若様から離れて行動となるといざ何かあった際に御守り出来なくなります」

 

 深刻そうに語るベアト。いやいや、何かって何がだよ。ここは士官学校だぞ?テロや襲撃なんてねぇよ?まぁ虐めはあるだろうが。去年も帝国系の新入生が虐めの対象になってちょっとした事件沙汰になった(尤も昔に比べて相当穏当になったが)。

 

「おいおい、私も子供じゃ無いぞ?何時までもベアトにおんぶに抱っこと言う訳には行かんさ」

 

それにベアトのキャリアの足を引っ張りたく無いしなぁ……。

 

「ですが……」

「いやいや、打算的な理由もあってな。いざという時に優秀な参謀なり相談役がいればこっちとしては大助かりだからな。それが信頼出来る奴ならなお良しだ」

「………なるほど。若様の御考えは分かりました。……そう仰るのならまずは検討させてもらいます」

 

 まだ納得し切れない、と言った様子だが私の意見が道理に合うために検討、と言う形で答えるベアト。門閥貴族に生まれると忠誠心過剰な部下の扱いが手慣れてくるようになるよなぁ。下手に思いやりの言葉かけるより、命令形か、自分のためにと頼み込む方が良い。

 

「おう、よくよく検討しておけ。さて、では私は……」

 

ベアトと話しつつも思案していていた私は宣伝の置き看板を見て足を止める。

 

「丁度良く、だな」

 

私は希望する研究科を決心する。

 

 看板にはこう記されていた。『艦隊運動理論研究科 新入生歓迎致します 研究科室長エドウィン・フィッシャー少佐』と。

 

 

 

 

 

 生きた航路図の事、エドウィン・フィッシャー宇宙軍少佐はこの年51歳、現在同盟軍士官学校航海科教官、個人講義としては3年生向けの「長距離航行における分散進撃理論」を指導している。

 

 出身は惑星ネプティス、元々は民間の客船会社の航海長であったらしいが予備役士官であった事もあり第4次ファイアザート星域会戦における大消耗戦後の予備役動員で3年任期の後方の輸送艦隊に配属された。その後元の会社が経営難に陥った事、航海士としての長年の経験を買われた事によって軍に残る事になり地方での輸送任務や海賊掃討、国境哨戒任務で少しずつ功績を積み重ね昇進を果たした。

 

 その間にこれまでの船乗りとしての経験を基に幾つかの論文を執筆、その内容を評価され同盟軍士官学校の教官の末席に名を連ねる事になった。

 

 尤も、生来の地味さに加え、講義も軍歴も華の無いために今一つ有名とはいえない。紳士的で物静かな人物だが軍人というよりも民間船の船長のようだ、ともっぱらの評判だ。

 

 直接この目で見ればその評価は極めて適切であった事が分かる。髭を蓄えた品の良さげな初老の紳士。研究室も英国風の穏やかなインテリアを為された部屋であったが、軍人の書斎、と言われても違和感がある。

 

「ふむ、私の研究科に関心があると言ってもらえるのは嬉しいものだよ。名前は……ティルピッツ一年生か。余り誇れる物の無い研究科だが、どうぞ気が済むまで見てくれると嬉しい」

 

 クラシックな椅子に座り、優し気に微笑むジェントルマン。確かに軍人というよりは豪華客船の船長に近い雰囲気だ。軍服よりもスーツや白い船長服が似合いそうだ。

 

「はい。フィッシャー教官、それでは見学させて頂きます」

 

私は敬礼して答え、研究所を見せてもらう。

 

 所属する学生は30名程度、成績は300位台から3000位代程度と幅広い。これは研究科としては質量共に平均的なものだ。予算も際立って額が多い訳でも少ない訳でもない。研究科も教官同様地味だ。

 

 学生の受け入れは年中可能、成績による制限は無い。研究科によっては入学後1か月以内といった期限や席次のボーダーを決めている所も少なくない事を思えば良心的、悪く言えば競争性の無い研究科といえるだろう。

 

 丁度、上級生達が立体シミュレーターで仮想空間内での艦隊の陣形変更を実施し、その手順を評価している所だった。

 

「この手順だと正面からの攻撃を受けると艦列に穴が開きかねない。やはり戦艦群を前に押し出した方が良いんじゃないか?」

 

 学生の一人が神妙な表情で意見する。立体ホログラムを見れば敵艦隊の砲火を受けて自軍艦隊の隊列は乱れ切っていた。巡航艦を前に出していたらしいが陣形変更の際の敵砲火を受け止めきれずに最前列は崩壊しつつあった。

 

「だがなぁ……戦艦を前に出すと火力と防御は問題無いが足がなぁ。小回りが利かんし陣形再編の後隙をついて後退出来んぞ?」

「やっぱり中距離砲戦中の陣形変更はリスクが高すぎる。一旦遠距離砲撃戦の位置まで下がるべきじゃないか?」

 

それに対して反対意見と代案を出す学生達。

 

「待て待て、大事な事を忘れるな。このシミュレーションは防衛戦なんだ。これ以上の後退は後方支援基地の危機を招く」

「あー、そうだったな。これ以上後退は厳しいか?」

「おいおい、しゃきっとしろよ。ほれ、新入生が見てやがる。御眼鏡に適うよう努力しろよ?」

 

上級生の一人が顎で私を指す。数人の上級生がこちらを振り向いたので会釈しておく。

 

「やば、ここでヘタレたら先輩の沽券に関わるぞ?」

「貴方、失うような沽券あったの?」

「ほれほれ、真面目にやるぞ?まず、前提条件を変えるべきじゃないか?この攻撃を正面から受け止めるのではなく受け流すんだ」

 

和気あいあいと研究を続ける学生達。

 

「どうかね?御感想は?」

 

横から尋ねる室長。

 

「とても良い雰囲気と感じます」

 

 それは偽りの無い本音だった。学生の雰囲気は良好、上下の関係も円満そうだった。成績による差別も無さそうだ。何よりも生徒の中には帝国訛りや銀河連邦訛りの強い生徒もいた。つまり出自に偏りが少ないと言う事だ。いや、マジで中には同じ出自の奴だけで固まっているのまであるんですよ。

 

「そうですね。これまで見た中ではかなり志望度が高いですね」

 

正直な話、もうここに所属する事は決めていた。

 

 私には参謀として獅子帝に勝てる能力は無い。同時に、艦隊戦において陣形の崩壊は部隊の破滅を意味する。そうなると私の生存率を上げるために必要な技能は艦隊運動の技能だ。その点で原作でこの教官の右に出る者はいない。原作に出てこない人物を含めても最高水準に近い。何より凡庸だが堅実、基本に忠実な指導で定評があるところが私の能力的に非常にマッチしていた。

 

この数日後、私は艦隊運動理論研究科に入室志望書を送った。志望書は問題無く受理された。

 

 








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