帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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第二十四話 安請け合いで頼まれ事してはいけない

 宇宙暦8世紀における宇宙戦闘の命は艦隊陣形である。

 

 その理由の説明する前に前提の知識がいる。それは、宇宙空間において艦隊同士の戦闘は遠距離・中距離・近距離の三段階の局面に大別出来る事だろう。

 

 全艦隊の1割に満たない戦艦と3割を占める巡航艦の主砲、中性子ビーム砲が主力となるのが遠距離戦である。此処での戦闘は実の所さほど損失は出ない。

 

 なんせ遠距離戦においては唯でさえ10~20光秒の距離で開始されているのだ。主砲の角度が1度ずれるだけで狙いはまず当たらない。それに宇宙船は双方とも凄まじい速度で動いているため未来位置の推定は難しい。それをコンピューターで計算しても相手もそれを察知して回避行動を取る。それらの条件を突破しても中和磁場によるシールドに弾かれる。シールドを無力化するまで狙い撃ちしようにも中和磁場の低下した艦艇は後方に下がってしまう。良く言われるのが中性子ビーム砲を1万発撃って1隻沈む、だ。

 

 さて、中距離に入ると同盟軍は帝国軍に対して優位に立つ。それは駆逐艦の性能差から来る。

 

 艦隊の6割近い数を占める駆逐艦、しかし同盟と帝国でその性能は違う。同盟軍のそれは主砲にレーザー砲を使用しており、出力はともかく中距離戦において戦列に参加可能だ。対して帝国軍の駆逐艦の兵装はレールガンとミサイルである。中距離戦に参加出来ない。ここで両軍の火力が一気に同盟軍に傾く。帝国艦隊は大型艦の利点である強力なエネルギー中和磁場で耐えるしかない。

 

 だが、近距離戦になるとその戦力の天秤は再び帝国軍に傾く。帝国軍の駆逐艦がその強力な瞬間火力を解放するからだ。いや、帝国軍艦艇は個艦単位でも実弾兵器が充実している。単座式戦闘艇の絶対数でも帝国側が優位だ。同盟軍が帝国に比べ空母の配備に熱心なのは、個々の艦艇の艦載機搭載数の差をカバーするためだ。この近距離戦で双方の損失が加速度的に増加する。

 

 単純に距離での勝敗を決めるのなら同盟軍はいかに中距離戦を維持するか、帝国軍は近距離戦に持ち込むか、であろう。

 

 ここで陣形が重要になる。戦闘距離の変化に対して火点の集中、あるいは各艦種戦線の交代、疲労した部隊の迅速な後退と予備部隊による前線維持……艦隊陣形の目的はいかに各艦を迅速に交代させられるか、敵のシールドを突き破る火力集中点を生み出せるか、といった点で重要なのだ。

 

「つまり、宇宙戦闘で大事なのは艦隊運動を持って戦闘の主導権を取り続ける事、と言うわけで……」

「おい、説明する時間があるならさっさと指示を出せ」

 

ホラントが冷たく言い捨てる。

 

 私の目の前では戦略シミュレーションの作る仮想戦場がある。そこでは私の艦隊が文字通り溶けていた。

 

「ふざけんなこの野郎!虐殺かっ!?虐殺なんだなこれ!?」

 

 持久戦に備えた重層な防御陣形を構築した私の艦隊はホラントの機動部隊に艦列の隙につけられ、内部から蹂躙されつつあった。戦艦が駆逐艦のゼロ距離射撃で大破し、空母が単座式戦闘挺の群れによって格納庫が吹き飛ばされる。モニターで自軍の艦船数を確認すれば物凄い速さで撃ち減らされているのが一目瞭然だ。

 

「ふざけんな!こんなのありか!?」

 

 ホラントの戦術自体はすぐ理解した。これは散兵戦術と各個撃破戦術の発展型だ。

 

 小型艦艇の小集団を一斉に多方向から突撃させることで敵火力を分散させるとともに相手が部隊を交代する前に接近戦に持ち込み前衛の大型艦艇を削り取っていく。

 

 同時に混戦に持ち込む事で帝国軍駆逐艦の強みである面制圧を不可能にするわけだ。レールガンとミサイルの一斉射は恐ろしいが同時に混戦では味方を巻き込みかねない。

 

 前衛大型艦艇と後方の小型艦艇をそれぞれ連携不可能にし、かつ各個撃破する、それが彼の作戦だ。

 

 同時にそれには艦隊迅速な展開と進撃が必要不可欠だ。そのため恐らくそのエネルギー消費率は通常のそれとは比較にならない。極めて短期決戦向きの戦法だった。だからこそ持久戦の構えを取ったが………。

 

「想定しても対応出来るかは別、か!!?」

 

 相手の動きに対応するための艦隊の移動、その際ほ一瞬の艦列の乱れを狙って襲いかかってくる。

 

「そっちがその気ならこちらとて……!」

 

 艦隊単位の抵抗はこの小賢しい敵艦隊には無意味だ。ならば……!

 

「各部隊、百隻単位の小集団に別れろ!密集して部隊単位で距離をとって牽制に撤するんだ!!」

 

 大艦隊で動けば中側から蹂躙されて出血死するだけだ。むしろ小部隊で密集して方陣を組み、相互に火点を補い合う事で防御に徹する。狙うは敵のエネルギー切れだ。エネルギー切れの艦艇は鈍足でシールドも張れない。そこまで耐えきれば後は総反撃だ。

 

 

 

「と、まだ逆転出来るかもと思っていた時期が私にもありました」

 

 宇宙暦780年1月27日の昼頃、エドウィン・フィッシャー少佐の研究所内で私は悟りを開いた表情をして円卓で塞ぎ混む。

 

 一年生年度末対抗戦略シミュレーション試験の3回戦にて学年次席ホラントと当たった私は完敗した。酷いや酷いや。旗艦・分艦隊旗艦全滅なんて酷いや。

 

「ふむ。後輩君が艦艇1万3000隻中4207隻撃沈、6798隻大破、戦隊以上指揮官30名中18名戦死か。一方、秀才ホラント君が同数の艦隊で艦艇の撃沈2107隻、大破3309隻、指揮官が6名戦死か……まぁ、残当だな」

 

 結果表を見てそう語るのは正面に座る先輩のダグラス・カートライト2年生だ。少し長めの赤毛に鋭く青く光る瞳、端正な顔立ちも相まってホストのようにも見えるがれっきとした士官学校学生だ。少々人をからかう所があるが後輩にはちょろ……案外優しい性格をしている。ちなみに席次589位という結構上位組だったりする。

 

「うー、せっかく2連勝したのになぁ。よりによって次席は無いですよ!?」

 

 いや、これまでの練習試合から見て上位300位以上になるとほぼ勝機ゼロですけどね!?

 

「ははは、ワロス」

「後輩がしょげているのに酷くないですか?」

「後輩の不幸で今日も飯が旨いぜ!」

「鬼悪魔!!」

 

半泣きで人の不幸が旨いといった表情の先輩を罵る。

 

「はいはい、カートライト、後輩を虐めない。ティルピッツ君、気にしなくていいわよ?そいつこの前の戦略シミュレーションで格下に惨敗したから八つ当たりしているだけよ?」

 

 湯気の上がるティーカップを2つ持ってやって来るのは黒髪のロングヘアーをした女性だった。

 

 同じく士官学校2年生のフロリーヌ・ド・バネットだ。学年席次1103位である。

 

 私とカートライト先輩の前に紅茶の入ったカップを置くとすぐ近くの席に腰を降ろす。

 

「あれは事故だよ!本当なら俺が勝ってたんだよ!」

「言い訳は無用、追撃にかまけて物資の残量を確認しないなんて……実戦に出たら5分で死ぬ奴のパターンよ?」

 

 肩を竦めて心底呆れたとばかりの表情をするバネット先輩。

 

「だってよう……」

「試験で良かったわね。実戦だと後悔する前にこの世とお別れよ?」

 

 ばっさりそう言い捨てられカートライト先輩はぐうの音も出ないようだった。

 

「ははは、まぁ、迫撃に夢中になって味方の状態に目がいかない、という事例は実際珍しくないですから、カートライト君はそう気落ちしなくて良いと思いますがね」

 

 そう言って微笑を浮かべ研究所の奥にある炊事場から出てくるのはロシアンティーのカップと紙箱を持った教官……つまりフィッシャー少佐だ。

 

「ティルピッツ君も、シミュレーションの推移は見せて貰いました。1、2回戦は私から見ても大変宜しいと思います。堅実な指揮でした。3回戦は運が悪かったですね。あの動きは私としてもなかなか対応は難しい」

「教官でもですか?」

 

カートライト先輩が尋ねる。

 

「お恥ずかしい事ですが。今はまだどうにか出来るでしょうが3年後には手に負えないでしょうね。流石学年次席です。ティルピッツ君は十分健闘したと思いますよ?」

「恐縮です」

 

私は苦笑いを浮かべて頭を下げる。

 

「さて、詳しい評価は後にするとして、今はアフタヌーンティーの時間を楽しみましょう」

 

 そういって紙箱を円卓の上に置く。カートライト先輩が遠慮を一切せずに中を開く。そこに入っているのはアライアンスと並び悪名高いイングリッシュ料理の中で数少ない例外であり、紅茶の供でもあるヴィクトリアスポンジケーキだ。

 

「これ、この前西校舎で開店したケーキ店のですか!?」

 

バネット二年生が笑顔で尋ねる。

 

「教官の特権ですよ。生徒の皆さんが講義中に買いに行けますから」

 

小さな笑い声をあげる紳士。

 

「頂いても!?」

「もちろんですとも。全員分購入しています。他の方が来るのはもう少しかかりそうですし先に頂きましょう」

「教官殿、皿を用意して参ります!」 

 

敬礼と共に台所の皿を取りに行くバネット先輩。

 

「たく、あいつ食い意地汚いなぁ」

 

ふざけるようにカートライトが毒づく。

 

「ははは、スイーツ好きとは淑女らしくて良い事ですよ。ブラスターや軍艦好きよりは、ね」

 

 そう言って教官は紅茶を一口口に含む。その発言はある意味では滑稽だ。何せここは士官学校であり彼は生徒に戦争を教える立場なのだから。あるいは元々客船の航海士であった事が教官の軍人感に影響を与えているのかも知れない。

 

「アルーシャのサフラン茶も良いものですね。これまでシロンのニューダージリンばかりでしたが飲まず嫌いは駄目ですな」

 

 教官は紅茶を優しく見つめながらそう言う。私とカートライト先輩は教官を見つめ、静かに沈黙する。

 

「お皿持って来ました!カートライト、ほらケーキナイフ渡すから切り分けて!」

 

バネット先輩がご機嫌そうに帰ってきた。

 

「え、俺か?かったるいなぁ」

 

 面倒臭そうにカートライト先輩がケーキナイフを受け取る。

 

「全員大きさ平等よ?ここは平等な民主国家なんだから!」

「それ関係無くね?」

 

 張り切ってケーキを見るバネット先輩にカートライト先輩が突っ込む。

 

「いいからさっさと切りましょうよ。大きさに不満があったらカートライト先輩の分を削ればいいんです。」

「後輩君、君天才!」

「いや、どこが!?」

 

ギャーギャーと切り方でもめる私達。

 

 私と先輩達が馬鹿騒ぎに興じてフィッシャー教官がそれを面白そうに見守る。それがこの研究所の日常であった。

 

 ようは、士官学校とは言え、私は私なりに平穏にこの生活を楽しんでいるということだ。

 

  

 

 

 

 アフタヌーンティーの後、雑談をしているとふと携帯端末からの呼び出しベルが鳴る。

 

「ん?教官、先輩方。すみません、呼び出しがあるので少し失礼致します」

 

 そう言って私は一旦席を外し、研究所の外で携帯端末の呼び掛けに出る。

 

携帯端末からホログラム映像が現れ……。

 

『ぶひっ……ヴォルター君、見てる?実は来週のリーゼちゃ』

「さて、戻るか」

 

 通信を切って私は研究所に戻ろうとする。醜いオークのような映像が一瞬見えたが気のせいだろう。

 

『ヴォルター君!れ、連絡を切らないでくれないかい!?私寂しくて死んじゃう!』

「豚は豚らしく家畜小屋に行きな。人類の言葉を話すなよ」

『酷くないかね!?』

 

 豚……ではなくクレーフェ侯爵の懇願に私は渋々会話をする。

 

「冗談はこの程度にして、侯爵様、何用で御座いましょう?失礼ながらコンサート等に行くほど私も暇ではないのですが?」

 

気を取り直し、要件を尋ねる。

 

『冗談ではなく本気だった気もするのだが……。ぶひ、実はの、頼み事があるのだが……』

「頼み事、でしょうか?」

 

 私は尋ねる。侯爵は私よりも身分が高く、財もある。何より立場的に学生の私よりも自由だ。わざわざ一学生に過ぎない私に頼む事はあり得るのか?

 

『おお、そうなのだよ。実はの。説得して欲しい人物がいての』

「説得、ですか?」

 

私は詳細を聞く。

 

 聞くところには、今年の同胞達の中から同盟軍士官学校入試試験合格者が発表されたらしい。そう言えば少し前に試験していたな。

 

 それで、だ。問題はアルレスハイム星系出身の合格者の中に入学辞退をしようとしている者がいるらしい。そいつを言いくるめて士官学校に放り込め、と言う訳だ。

 

「内容は分かりますがどうして私なのでしょうか?説得でしたら侯爵方が行った方が宜しいのでは?」

 

 権威に弱い帝国人に対して説得するならば爵位、年齢共に上の侯爵が行った方が遥かによい筈だが……。

 

「いやのう、その者が随分と性格に難があるのだよ。……私の部下達の言葉にも皮肉で返して来てなぁ」

 

聞く耳持たない、と。侯爵様相手に豪気なものだ。

 

「士官学校の校風が肌に合わん等と言ってな。困ったものだよ。よりによってあんな者が最優秀とはな」

 

 よりによって今期のアルレスハイム星系出身者で成績が最高らしい。

 

「成る程、校風が問題だから学生である私を、と言う訳ですか」

 

 強いていえばその中でも家柄の良い者の言葉なら無下に出来ないだろう(正確には本人ではなく家臣が使いとして行くわけだが)と言う訳だ。帝国人らしい考えだ。侯爵の使い相手にからかうような性格の人物に効果あるとは思えんが。

 

 それにしても亡命者とはいえ、大貴族の命令に従わないとは珍しい。私に頼むと言うことは共和派ではないのだろうが……。

 

「うーん、侯爵が頼まれるのでしたら私としても無下には出来ません。いいでしょう。資料を頂けますか?」

 

ここでわたしは自身の軽率さを後悔する。

 

「あ、これあかん奴だ」

 

私の表情はひきつる。

 

その生徒の氏名はこう記入されていた。

 

『ワルター・フォン・シェーンコップ 16歳 アルレスハイム星系ヴォルムス クロイツベルク州バーデン在住』

 

 

 

 

 

 

 








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