帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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新アニメ第三話視聴、最大の見せ場は最初の歴史パート。大帝陛下の覇気と気品に溢れた御姿に亡命政府市民達も大満足です。


第二十八話 やられたらやり返す、倍返しだ

 遠い、遠い昔の朧気な記憶……恐らく、その頃は幸福であった。

 

 暖かい暖炉に、楓の木で出来たベッド、羽毛の布団にくるまれて、少年は夢心地だった。

 

 朝、日が登り野鳥が囀る頃、着飾ったラッパ手達が街を周り音楽を奏でて人々を起こす。大昔、偉大なる大帝陛下が不健全な生活を送る臣民を哀れみ、正しい生活を指導するために始めた事だ。朝早くと夜に音楽が流れる。人々はその音楽に従って起き上がり、そして帰宅してベッドに潜り込むのだ。

 

 だが、夏は兎も角冬は難敵だった。どれだけ毛布を被ろうとも、いや寧ろだからこそ暖かな布団から飛び出すのは至難の技だった。

 

 けれども、早く出なければならない。特に彼の家族は直ぐ様ベッドから出なければならない義務があったのだ。遅いと鞭で尻を叩かれる。

 

 嫌だなぁ、とは思うが仕方の無い事なのだ。近所の友人達とは違うのだ。自分達は皆の見本にならないといけないのだ。それが我が家が大昔に皇帝陛下に与えられた役割だから、と聞いていた。

 

 だが、冬の寒さはなかなか手強い。ちょっと足をふとんから出すと冷たい空気にすぐに引っ込めてしまう。

 

 ううん、と呻く。困った。早く起きないといけないのに……。また尻を叩かれたくない。そんな事に合うくらいなら巨大なフェンリル狼に丸飲みされた方がずっとマシだ。だってお爺さんは怖い位に的確に痛い場所を叩いてくるのだから……。

 

 この世の終わりのように再び呻く。と、軋む音と共に扉が開く。

 

 ビクッと震える少年。もう来たの?顔を真っ青にする。

 

「あらあら、まだおねむなのかしら?仕方ない子ねぇ」

 

しかし、その優しい声を聞いて少年は安堵する。

 

「ムッター、まだ寒いよ……」

 

 毛布を抱えてようやく起き上がる。毛布の隙間からちょこっと顔を出すとそこには優しげな女性がいた。

 

 薄い紅茶色のふわりとした長髪に青紫の瞳、上品で、しかし何処か儚い雰囲気を醸し出す女性は、微笑みながら少年を抱き締める。

 

「仕方ない子ねぇ。ほら、ぎゅーってしてあげるから立ちましょう?」

 

 そういって強く抱き締めながら少年を持ち上げる女性。仄かな香水の香りがした。甘い、優しげな香りだった。

 

 そして、ちょん、と床に足がつく。ひんやりとした冷たさに身震いがした。

 

 見上げるとくすくす、と笑いを堪える女性に、少年は機嫌を悪くする。

 

 ぷいっ、とそのまま去ろうとして彼女は慌てて少年を引き留めた。

 

「あらあら、ご免なさい。そんなに怒らないで?ほら、スリッパよ。ちゃんと履いて、足が冷えないようにね?」

 

毛皮のついたスリッパを履かせる女性。

 

「さぁ、もういいですよ?……おはよう、ワルター?」

 

 

 

 

 

「………朝、か」

 

 目覚まし時計を殴りつけて黙らせたシェーンコップは目を見開くと小さく呟いた。

 

……ワルター・フォン・シェーンコップの朝は早い。

 

 明朝0700時起床。築50年の歴史を刻む古臭……趣深い室内にはベッドと木製のデスク、同じく木製の本棚には科目やサイズ事に華麗に纏められた参考書が収納されている。床を見れば骨董品を中古と値切って買い取ったキャリーバックが置かれていた。

 

 カーテンと窓を開く。仄かに暖かい恒星バーラトからの日光が室内を照らす、だが同時に未だ残る冬の寒さが襲いかかり彼は僅かに身震いする。

 

 だったら窓を開けなければいいのに、とも思うが彼は毎日殆ど日課のようにこの換気を実行していた。いや、してしまうのだ。バーデンに住んでいた頃、布団にくるまり朝の寒さから立て籠っていた時、厳しい祖父が必ず自分を引き摺り出して臭いが籠ると言って窓を開けていた。

 

 ベッドから起き上がると共にシェーンコップは洗顔と洗口を冷たい水で行う。鏡を見ながら剃刀でうっすらと生える髯を剃る。だらしない姿をする事を祖父は許さなかった。

 

 身嗜みを整えたら軽く運動を行う。ジャージに着替えると僅かに霧がかった市内をランニングするのだ。

 

 約4キロ……それが故郷……正確にはこちら側の宇宙に来てからの彼の朝の習慣だった。

 

 冷えた空気が顔を乾燥させる。体は内側から火照り、呼吸は次第に荒くなる。口の中は鉄の味がした。

 

 軍人を目指して……いや、それは違った。確かに今ではその意味合いもあるが彼は元々軍人を目指してなぞいなかった。体を鍛えるのはそれこそ物心つく前からの習慣であった。

 

 息切れするほど走った所で彼はジョギングに切り替えてゆっくりと歩み始める。日が登り暖かくなる。ジャージのチャックを下ろし、スポーツドリンクを飲みながら行きつけの店で朝食を取るつもりだった。

 

 0900時……安っぽい、庶民風のダイナーレストランのカウンターに座るとそこでシェーンコップはようやく表情を柔らかくする。

 

「おや、また来たのかいワルターの坊や」

「当然ですよ、御婦人。この店はこの街一番のアップルパイがありますからな」

 

 年期の入った皺の目立つ店長に恭しく礼をして答えるシェーンコップ。

 

「煽てたって何も……いや、精々フライドポテトが出てくる位だよ?」

 

 そういってがさつに油からすくいだした湯気の出るホクホクのフライドポテトを安いプラスチック製の皿に載せテーブルに置く。

 

「いやいやマダムの施し恐れ入りますよ。貧乏な苦学生の身にとっては正に女神の恩寵でございます」

 

 きざっぽい言葉で感謝の言葉を口にする学生に店長は肩を竦めて口を開く。

 

「全く口ばかり旨い子だねぇ。ほら、注文は?サービスばかりだとウチは潰れちゃうんだから」

 

そういって笑って注文を催促する店長。

 

「そうですなぁ。……シリアル、ミルクとドライフルーツ入りを一つ。それにオムレツ……添え物は適当に。後デザートにアップルパイ、ミルクティーも頂けますかな?」

 

乱雑に書かれたメニュー表を見て不良学生は注文する。

 

 注文が来るまでの間行うべき事は一つだ。フライドポテトを片手でつまみながら物理学の参考書を片手で読み耽る。7つある陸戦軍専科学校の中でも最難関校として知られるテルヌーゼン陸戦軍専科学校に合格するのは容易ではない。

 

「いいのかい、坊や。お前さん士官学校に合格したんだろう?わざわざそれを蹴って軍専科学校を受験なんて物好きな事よねぇ?」

 

 ミルクティーをカウンターに出した後、フライパンで卵を焼き、挽き肉と刻んだ野菜を入れながら店長はぼやく。

 

 下士官養成機関たる軍専科学校とはいえ、決して同盟社会で軽視されるものではない。陸戦のほか航空、通信、航海、機関、法務、医務、経理等各分野に特化した下士官は高度に分業化の為された現代軍隊において兵卒と同等近い数とそれを遥かに凌ぐ専門知識を要求される。

 

 まして下士官になるには専科学校を卒業する以外には兵卒から兵長に昇進して改めて下士官教育を受ける必要があるが兵卒の大半を占める徴兵組は任期制であることもあって滅多にそこまで昇進しないし、兵学校卒業生は昇進自体は難しくないが積極的に前線に投入される彼らの内どれだけが生きて兵長になるのかを考えれば下士官になることの困難が分かろうものだ。

 

「いやね、確かに合格はしたのですがね、あのお利口さんばかりの空気が妙に鼻につきましてな。人間、自分の身の丈にあった所に行くのが一番だと気づかされましたよ」

 

 そう苦笑する不良学生。その笑みは不敵に見えたが見る者にはほろ苦い感情があることを察したことだろう。

 

 シェーンコップとて内心では決して軽い考えで諦めていたわけでは無かった。飄々とした表面を取り繕うのは生来のものでは無かった。この外面は天涯孤独の身となってから被った仮面に過ぎない。

 

「……ハイネセンまで来て、あんな虚飾に彩られた場所で暮らすのは御免ですよ」

 

苦虫を噛みしめるようにそう吐き捨てる。

 

「……ほら、出来たよ。御食べな」

 

 乱雑にアルミ製の皿に具入りオムレツを入れると、これまた大雑把にとベーコン、ザワークラフト、ベイクドポテトを添えてカウンターに置く。続いて業務用のシリアルを硝子製の皿に流し込み、ドライフルーツとミルクを注ぎ、スプーンを突き刺し置いた。

 

「お、これはまた美味そうですな」

 

 大量生産された業務用食材でがさつに作られた料理、何十年にも渡って職業軍人を目指して学問に励む苦学生の胃袋と財布を支えてきたメニューである。塩味と砂糖、香辛料で強く味付けしたそれは繊細な味付けからは程遠い。

 

 だが、だからこそ彼には好みであった。ハイネセンまで来て、なぜ嫌な故郷の味と二人三脚しないといけないのか?

 

「……にしては、結構美味そうにポテト食うよな?」

「……伯爵様、どうしてここにおられるので?」

 

 したり顔しながらキッチンでコックの服装をする門閥貴族様にシェーンコップは憮然とした表情で呟いた。

 

 

 

 

 

「いやぁ、窓から出ても、換気口から抜けようとしても、塀を登っても普通に先回りするんだよな。で、思った訳よ。もう、これ引き連れたまま行こうってな。」

 

「外にテイクアウトしたフライドポテト片手に見張る奴らが2ダースいる理由は分かりました。で、なんで私の前でコックのコスプレをしておいでで?」

 

 シェーンコップは少し不快そうな表情でオムレツをフォークでつつく。

 

「二点理由が御座います。一点目は若様がこのような店にいるなどと言う事衆目に晒される事を防ぐ目的です。もう一点が貴方様から受けた恥辱を返すのは伯爵家の名誉のため当然です」

 

 尤も、態々若様が着られる必要性は低いのですが……、と淡々と続ける従士。彼女からすればいっそ夜に後ろから闇討ちすればいいのに、等と真顔で考えていた。と、いうか意見していた。私が「受けた恥は同じ方法で報復してこそ意味があるのだ」と偉そうに、そしてこじつけながら演説すると目を輝かせて賛同してくれたけど。目には目を歯には歯を、という考えが普通に肯定される帝国の法曹界と道徳は最高にクールだ(の割に身分毎に処罰が違う事を当然視出来るのは謎だ)。

 

「子供ですかな?態々それだけのためにこんな事を……御婦人も人が悪い。私を裏切ったのですかな」

「いやぁねぇ。坊やは小生意気で可愛いけど、あれだけテイクアウトしてもらったらそう悪い事は出来ないからねぇ」

 

意地の悪い笑みを浮かべる店長。肩を竦める不良学生。

 

「これは参りましたな。まさか包囲殲滅陣を敷かれるとは。伯爵殿、貴方暇人ですかな?」

 

 心底呆れた表情でシェーンコップは尋ねる。ベアトはその態度が気に入らないのか目を細めるが私は手を上げ許すように命じる。

 

「なかなか辛辣だなぁ。傷つくぞ?これでも結構……いや、かなり忙しい人間なんだけどな」

 

 貴族……というだけで忙しいのだ。まして出来の宜しくない私は一層大変なのだ。暇そうだったり遊んでいるように見えるのは気のせいだ。……気のせいだって言ってるだろ!

 

「……まぁそう必死に訴えるのでしたらそういう事にしておきましょう。それで?伯爵様はまた性懲りもなく私を引き留めに来たのですかな?」

「まぁ、そんな所だ。女々しいかな?」

 

カウンターで向き合う私は頬杖をしながら尋ねる。

 

「と、いうよりも高慢といえますな。ここは自由惑星同盟ですぞ?自由・自主・自尊・自律を国是とする民主主義国家です。私がどこに行こうと自由だし、それを引き留める権利は貴方には無い筈だ。そうでしょう?」

 

 試すような挑発的な口調でシェーンコップは私を見据える。

 

「無礼ですよ……!」

 

ベアトがきっ、と睨みつける。

 

「ベアト、いいから下がっていてくれ。いや、その通りだ。私には貴方に命令する権利なんてない」

 

 私の態度を見て、笑みを浮かべるとオムレツを完食してミルクティーを手に取る不良学生。

 

「貴方の従士殿は御顔は宜しいが少々怖い所がありますな。……そこまで分かっていてなぜここに?」

 

ミルクティーを一口飲むとそう尋ねるシェーンコップ。

 

「それでも来ないといけないのが私の辛い立場、て所かな?貴族も大変でね。……そんなに士官学校の険悪な空気が嫌いかね?」

「……調べましたか?」

「まぁ、そこの従士に頼めばこのくらいの話題なら仕入れてくれますので……」

 

私は複雑な表情で答える。

 

 士官学校試験の結果発表の日の事だ。悠々と試験に合格したシェーンコップはそのまま手続きを終えて帰途につこうとしていた。だが、その途中の学校敷地内で少女が複数の学生に絡まれている所を目撃した。少なくとも仲の良い雰囲気では無かった事もあり駆けよれば絡んでいた学生は士官学校の上級生らしかった。一方、絡まれて縮こまる少女はシェーンコップと同じ亡命者系の試験合格者だったらしい。

 

 知り合いから天然……というよりどんくさいと以前から有名だったらしいその少女は士官学校への入学により舞い上がってしまったようだった。子供のようにはしゃいでアプフェルショーレ(帝国の大人気炭酸飲料、アップルジュースの炭酸水割りの事だ)片手にスキップして……案の定コケてペットボトルの中身をぶちまけた。

 

 それだけならまぁ、笑い話で済んだのだろうがその中身が近くを通りがかっていた上級生の頭に盛大にかかった事と彼らが所謂同盟の「良い所の坊ちゃん」だった事が一層自体を複雑にした。

 

 咄嗟に謝ればまだ良かったのだろうがこの少女、見事に(本人は真面目なつもりだったのだろうが)慌てて対応を何度も間違えて相手をキレさせてしまったらしい。しかも亡命者の子孫という事に気付かれたのが止めであった。

 

そうした状況で来た不良学生を上級生達が歓迎する筈もない。そして……。

 

「騎士道精神発揮したわけ、でいいかな?」

 

3歳年上の上級生4名をのした訳だ。

 

「……騎士道精神なぞと言われるとは不愉快ですな。唯ああいった家の格を誇るだけしかしない輩は嫌いでしてな。後、女性に対しては紳士らしく丁重に扱うべき、と指導するべきと思い至っただけですよ」

 

 デザートのアップルパイを齧りながら私を不快な目で睨みつける。家の格を、ね。私も同じ穴の貉扱いなんだろうなぁ……。

 

「それで、貴方が紳士として彼らを指導したわけですか。そして結果は……」

 

 教官達が駆け付けた所で事情を訴えた不良学生。だが、結局全てはうやむやになった。教育された学生達は怪我をしていたし、一対多数で余り誇らしくない結果、しかも亡命者の少女に絡んでいた事情から決して不良学生が弾劾される理由はない。だが学生達は決して無能な輩では無かったし、家の問題もある。双方共に処分する訳には行かなかったらしい。少なくとも駆け付けた教官達は双方不問にする事で落とし前をつけた。

 

 甘い、或いは日和見的な対応だが、仕方ない面もあった。片方のみ処分すると大概処分された方の派閥が抗議なり騒動を起こすなりするのは珍しくないのだ。その意味では同盟の民度は帝国の貴族社会と良い勝負だ。

 

「別にそれについてそこまで失望はしてませんよ。彼のリューネブルク伯爵の事件がありますからな」

「しかし、不愉快だ、と?」

「……柵だらけの学校より、行儀が多少悪くても自分らしくいられる所が好みでしてな」

 

最後のパイを口に放り込み、ミルクティーで流し込む。

 

「マダム、丁度置いておきますよ」

 

 カウンターに96ディナール置くとそのまま出て行こうとするシェーンコップ。

 

「おい、まだ話は……」

「終わりましたよ、従士殿。私はあそこには行きません」

 

 ベアトの抗議にそう答える不良学生。まぁ、そうだよなあ。

 

「……まだ諦める訳には行かないから何度か御邪魔するぞ?」

「どうぞ、御勝手に」

 

 ぶっきら棒に答えるシェーンコップ。そのまま新品になったばかりの扉のドアノブに手をかける。

 

「……後、これだけ言っていいか?」

「……なんですかな?」

「……大事な同胞を助けてくれた事を感謝する。……ありがとう」

 

 私は会釈しながら感謝の意を告げる。臣民の規範にして保護者たる門閥貴族として、同胞を危機から救ってくれた事に感謝するのは当然の義務だ。

 

「……まぁ、貰える感謝は貰って置きましょう。どこぞの宗教ですと徳を積めば来世への貯蓄になるらしいですからな」

 

皮肉気に冷笑を浮かべシェーンコップは出ていく。

 

「……無礼な者です。金を積んで成り上がったのとは違い、由緒ある血筋とはいえたかが帝国騎士が伯爵家にあのような態度……」

 

 心の底から侮蔑するような態度で扉を睨みつけるベアト。

 

「はぁ……振られたな。どうするべきかね。これ……?」

 

 魔術師様さぁ、マジどうやってあれを御していたのかね?

 

私は小さく溜息をついた……。

 

 

 

 

 店の周囲をフライドポテト片手に屯する学生達を一瞥しながら不良学生はふと呟いた。

 

「ありがとう、ね」

 

 鼻持ちならない上級生を黙らした後、怯える同胞を連れてお仲間の下に連れて来た時の事を思い出す。

 

 事情を聴いた合格者の代表は少女を怒鳴った。面倒なトラブルを起こしやがって、と詰った。そして心底困った表情をしていた。

 

 その態度に憮然として半泣きの少女を庇った。まずは同胞の無事を喜ぶべきだろうに。そして理由を尋ねた。被害を受けた同胞に向ける態度とは到底思えなかったから。

 

 その代表は答える。その少女は合格者の中で最下位の成績で合格した者だったらしい。期待されていない半分数合わせのために派遣された者だったそうだ。しかも一応帝国騎士階級であったとはいえ3代も歴史が無い、しかも出自は帝国騎士の階級が投げ売りされていたオトフリート5世の時代に金で買った小金持ちの平民である。そんな人物がハイネセンファミリーとトラブルを起こしたのだ。

 

 後で亡命政府や士官学校亡命者親睦会の幹部……門閥貴族が相手側と面倒な交渉をする事になる筈だ。

 

 大貴族様の御手を煩わしやがって、同じ帝国騎士でも大帝時代からの歴史を持つ血筋を引く代表の学生は蔑みと敵意を持って少女を睨みつけていた。周囲の他の者達もその態度は同様だった。

 

 好意的だった、と言う訳では無い。寧ろ嫌いだった。だが……シェーンコップが軍人を目指したのは心の何処かに騎士としての誇りが残っていたからだ。祖父のその厳しい躾から身に染みた帝国騎士としての感性を不良学生は半分嫌いながらも残りの半分は幻想を抱いていた。

 

 騎士として、貴族として臣民の規範となり、帝室に忠義を捧げ、同胞の盾として生きる……自嘲しつつもそこに一抹の憧れがあった事は否定出来ない。そしての受付で今日の飯のために郷土臣民兵団(ランドヴェ―ア)に宮仕えしていた頃、新聞でその記事に目を通したのだ。

 

 リューネブルク伯爵の起こした小さな事件に半分不貞寝していた不良学生の守護天使が目覚めた。その日その日をただ惰性に生きていた彼はそこに一抹の期待を寄せて似合わない位に勤勉に学習した。

 

そして、ようやく合格して……現実に幻滅した。

 

 士官学校にあるのは……そこを支配するのは仮初の名誉と虚飾に塗れた栄華だ。何が自由の戦士達の家か。士官学校にあるのは唯の醜い差別と縄張り争いだ。そしてそこに一角を占める亡命者の社会は文字通りの階級社会であり、上の者のために下の者が犠牲になる社会だ。上の者が、高貴なる貴族が下の者を守るなんて幻想と建前に過ぎない事を理解した。

 

 代表が不良学生の家名からすぐに出自を理解し好意的に接した時、すぐに士官学校を辞退する事を決めた。ここは自分の求める物はない。いや……自分の追い求めた物それ自体が元から無かったのか?

 

「……民主主義も、貴族の義務も、何も信用出来ないのですよ」

 

 したくても、出来ないのだ。全ては建前に過ぎない。現実は非情で醜悪だ。

 

「伯爵様、貴方はどう思いますかね?貴方は貴族の現実に幻滅していないのですかな?」

 

 どれだけ臣民の規範たれ、と口にしようとそれを果たしている者がどれだけいるか?

 

「………なかなか、尽くすに足りる社会も、国も、人もいないものですな」

 

 この頃、ワルター・フォン・シェーンコップは民主主義にも貴族の誇りにも、全てに諦観を抱きつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




不良中年を書くのがムズイ







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