帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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少し長くなりました。




第三十話 フラグは誰に立っているのか分からない

「貴方もなかなかまめな人ですなぁ。何度来ようと無駄足だというのに」

「いやいや、試合は最後の5分間が勝負って言葉があってな。諦めたらそこで試合終了なんだよ。諦めなければ希望は残るんだよ」

「薄紙のような希望ですな、子供向けテレビアニメの台詞を言われても説得力がありませんよ?」

「あの~、アップルパイおかわりいいですかぁ?」

「若様、お待ち下さい。毒がないか確認致します」

 

古臭い店内にて夕食を摂る貴族連中である。

 

 交渉からそろそろ一月が過ぎようとしていたとある一日、私は今日も勝算の薄い勧誘を続けながらカウンター席に座り、雑多な料理を食べていく。尚、座席にはじゃがいも料理と肉の腸詰めと珈琲ばかり注文する黒服にグラサンの集団が占拠しているが私達とは関係無い。きっと関係無い。……関係無いって言ってるだろ!

 

「全く、呆れ果てたものですよ。ここまで分かりやすいと逆に滑稽ですな」

「わざとだろう?威圧感凄いからな」

 

ひきつった表情で私は目をそらす。

 

 身長180センチメートル以上、体重75キログラム以上、体脂肪率7%以下が帝国地上軍三大精鋭たる装甲躑弾兵軍団加入の最低条件である。しかも恐らく実戦経験済み、死線を幾つも潜り抜けただろう盛り上がった筋肉体美を有する屈強な男達がダークスーツにサングラスをかけて黙々と食事をしていたらどうする?誰も怖くて近づかないよな?

 

「マダム、良いのですかな?正直これだけ威圧感があるとほかの客が来ないのでは無いのですか?」

 

営業妨害だ、と指摘する不良学生。

 

「まぁねぇ。ただその分あの大人数で料理注文してくれるからどっこいどっこいかねぇ?」

 

 肩を竦める店長。ガチすいません。ここに私が来るための最低条件なんです。

 

 懐にブラスターを仕込み、防弾盾に早変わりするアタッシュケースを装備した実戦経験豊富な地上軍の精鋭、装甲擲弾兵軍団出身の警備員2個小隊、これが私が余所者(帝国系人以外)の下町のレストランに滞在するための最低限の警備だ。

 

え、過保護だって?分かっとるわい!

 

「そんな事は御座いません。ティルピッツ伯爵家は帝国開闢以来の武門の名門十八将家の一角、そして今やバルトバッフェル、ケッテラーと並ぶ亡命軍の中核を担う家です。寧ろ少なすぎる程です」

 

 傍で控える従士が真顔で当然の事のように答える。おい、ナチュラルに心読むな。

 

 因みに十八将家は帝国を代表する武門の貴族家の事だ。

 

 帝国開闢時に18個ある宇宙艦隊の提督に任じられた軍人達はルドルフ大帝の軍人時代の最も信頼する部下達であり、後に帝国の武門の大名門として長らく帝国軍の首脳部を独占した。原作本編に出ている者ではリッテンハイム、エーレンベルク、ヒルデスハイムがそうであるし、ダゴン星域会戦のインゴルシュタット、ミュンツァー家、第2次ティアマト会戦に参加したツィーテンやシュリーター、カイト、カルテンボルン家もそうだ。

 

 尤も、お気づきだろうが権力闘争や当主の戦死で没落した家、ローエングラム、ゾンネンフェルス家のように血脈が途切れ断絶した家も少なくない。ティルピッツ伯爵家のように同盟に亡命して亡命軍の首脳部を構成する3家もある。成立から約5世紀、十八将家の内帝国で権勢を維持する家は半分程度だ。特に第2次ティアマト会戦おける「帝国軍務省の涙すべき40分」では十八将家やその従士家の優秀な将官・佐官が軒並みヴァルハラに旅立った。

 

 そのせいで知勇に優れた貴族軍人の枯渇した帝国軍は平民に対して将校の門徒を広げざる得ない事態に陥った。その上残った十八将家の中にも堕落している家もある。そりゃあイゼルローン要塞も作りたくなるわ。

 

「だからと言ってここは戦場ではありませんぞ?装甲躑弾兵まで投入して誰から守るつもりなのでしょうな?過保護は良くありませんぞ?」

 

 皮肉気に笑みを浮かべつつロシアンティーを口にする不良学生。

 

「貴方こそ、もう少し危機感でも持ったらどうですか?例の騒動で目をつけられているかも知れませんよ?それこそ襲撃するような暴徒なぞこのハイネセンには掃いて捨てる程いるではないですか?」

 

 くいっ、と首を振って指し示す先にあるのは店の古いテレビだ。電波が悪いのか少し映像が粗い。

 

『先日のミッドタウン街における騒乱の死者は計11名に登っております。ハイネセン警察は実行犯6名を逮捕、そのほか18名を指名手配中です。背後関係に極右政治団体「サジタリウス腕防衛委員会」が関与しているとされていますが同団体は捜査協力を拒否しており、ハイネセン警察は近くノアポリス及びマルドゥーク星系の同団体施設に対して同盟警察と協力した強制捜査を実施すると宣言しています……』

 

 原稿を読み上げる女性キャスターは深刻な表情でニュースの続報を流す。

 

「いや、まぁ……ねぇ?」

 

歯切れの悪い口調で私は答える。

 

 数日前、ハイネセン東大陸の地方都市ミッドタウン市にて市長が非長征系住民を寄生虫、などと非公式の場で発言した事が切っ掛けに市の連邦系・帝国系住民が小規模なデモ活動を行う事態となった。

 

 数千人に上ったデモ隊は市庁を囲んでシュプレコールを上げた。出自に関する差別発言を少なくとも公人が口にするのはタブーに等しい。

 

 何せ下手すれば多種多様な背景を持つ人々で構成される自由惑星同盟を分断しかねない。そのためそのような発言をする者は国家の統一と団結を阻害する者として徹底的に非難される。実際、過去の同盟の歴史を紐解けばこの手の出自差別発言をした公人は例え最高評議会議長ですら議会から解任させられるのだ。

 

そして、そのデモ活動中にデモ隊が武装集団による自動車の突入と発砲により犠牲者を出したのである。

 

 急行したハイネセン警察は数名の実行犯を拘束、その後の調査から実行部隊は自由惑星同盟極右過激派の中でも特に暴力的で危険とされる「サジタリウス腕防衛委員会」関係者であると結論づけた。

 

 原作の同盟の危険団体と言えば憂国騎士団がある。だが前に少し言ったが奴らは右翼の中ではかなり穏健派に類する。

 

 統一派……勢力としては中堅であるが古くから同盟政界に存在し、独特の立ち位置を持つこの派閥は多くの出自の者で構成される星間連合国家「自由惑星同盟」の統一に苦心してきた一派である。構成員の出自は様々であるが目的としては唯一つ、同盟内部の団結と帝国からの同盟体制の防衛である。帝国接触前のハイネセンファミリーと旧連邦系市民の内戦の危機、ダゴン星域会戦後の帝国系住民の流入と同化政策、コルネリアス帝の親征に対する挙国一致体制、この派閥は同盟滅亡の危機に際してあらゆる派閥との協力体制を(薄氷の上であるが)構築し、幾多の国難を乗り越えてきた勢力だ。

 

 憂国騎士団はそんな統一派を支持する支援団体(私兵部隊ともいう)である。国家分裂を煽る人物や団体に対しては左右問わず実力行使(現在の所殺人や傷害事件は出来得る限り避けているが)する事でその活動を妨害するという。髑髏のようなマスクは顔によって出自の区別がつかないように、声が聞き取りにくいために出自による言葉のアクセントを誤魔化すために、何よりもどのような出自であろうと人間は骨になれば同じである、という意味があるらしい。

 

 まぁ、こんな団体がある時点で民主国家としてどうよ?とは思うが大概ほかの派閥も多かれ少なかれ似た団体を持っているから対抗上必要らしい。実際ほかの派閥の私兵団体に比べたら規模も知名度も小さいし、歴史も浅く、前科も少ない(ほかの団体との比較で、であるが)。

 

 そして話題の「サジタリウス腕防衛委員会」はヤバい。憂国騎士団の百倍くらいヤバい。

 

 ハイネセンファミリーの中でも特に過激な一派が結成したこの組織は御題目こそ「同盟の平和と安寧と民主主義、社会正義を守るための教育を推進する非営利民間組織」と謳っているが、実の所は白色テロ団体みたいなものだ。

 

 そもそも、口の悪い言い方をすれば自由惑星同盟はアーレ・ハイネセンの長征組が内部分裂の危機を抑えるためにそのエネルギーを外に向ける、つまり旧連邦系植民地を侵略しながら拡大した国だ。

 

 まず建国神話からして半分嘘だ。40万の強制労働者が半世紀の時間と半数以上の犠牲の果てに建国した……と建前上は語られるが実は微妙に違う。

 

確かにバーラト星系に辿りついたのは16万人だ。だが、残りの24万人は別に全員が死んだ訳では無い。

 

 長征中に逸れた者はまだいい方で途中で指導層に反発して分離した船団、これ以上の旅に耐えられず近隣の惑星にスペースコロニーやシェルター都市を作ったグループもある。あくまで第一級居住可能惑星バーラト星系惑星ハイネセンに辿りついたのが16万人(最大のグループではあるが)であるに過ぎない。同盟建国時の帝国脱出組を合計すると推定総人口は何と48万人である。おい、逆に増えているぞ!?

 

 だからこそ国名がバーラト共和国では無く自由惑星同盟という国名なのだ。途中離脱した者達の入植した星系(フェニキア神話の神々の名が授けられた星系の事だ)とバーラト星系が同盟して結成したのが自由惑星同盟である。

 

 で、彼らが一つに纏まるための大義が必要だった。そのためには敵が必要だった。帝国という半分神話世界の存在ではなく明確な外敵が。

 

 「明白なる使命」の名の下に同盟は侵略的拡張を開始した。サジタリウス腕全域に民主主義の布教を開始する。

 

 その犠牲者になったのが銀河連邦末期から帝政初期の旧銀河連邦植民地や半分流浪の難民になった宇宙海賊……「蒙昧なる非文明人」である。同盟の拡大期、西暦時代程度にまで技術の低下していたこれらの諸勢力を民主主義による教化と帝国からの保護を理由として、かつての北方連合国家宇宙軍宜しく、天空の高みから軍事的に威圧し併呑、民主主義を唱えながら軍事力と技術力・経済力でハイネセンファミリーは彼らを支配していた。その時期に誕生したのが「サジタリウス腕防衛委員会」だ。

 

 専制政治の芽を摘み、自由と民主主義を布教し、サジタリウス腕を守護する……そんなお題目の名の下に同盟に逆らう旧銀河連邦植民地住民の反同盟デモの妨害や指導者の誘拐、殺害等を実行してきた危険組織だ。

 

 最終的にダゴン星域会戦の約30年前に統一派が長征派と旧銀河連邦植民地連合、星間交易商工組合等の諸勢力を説得して対立は一応表面上解消した。

 

 旧銀河連邦植民地は全て同盟正式加盟国に昇格、各星系政府は独自の自衛組織として星系警備隊を設立し、同盟議会の議席数・選挙法の改革、星間交易関税の引き下げ、各星系政府の協力による同盟警察の設立が行われ「サジタリウス腕防衛委員会」を始めとした15団体が反民主主義団体として同盟警察の監視対象となった。

 

 所謂「607年の妥協」である。これが無ければ同盟は帝国と遭遇する前にシリウス戦役の焼き直しをして崩壊していた可能性もある。

 

 危険団体指名から173年、「サジタリウス腕防衛委員会」はあの手この手でしぶとく組織の完全解体を潜り抜け(ハイネセンファミリーの一部過激派の支援があったからとも言われる)今でも健在だ。ゴキブリ並みの生命力だな。

 

 流石に拠点はハイネセンファミリーの牙城であるマルドゥーク星系に移動しているが今でも同盟の少なくない星系に支部がある。様々な人道支援や社会活動をしているがその裏で今回のような事件も起こす有様だ(末端の独走、或いは個人的犯行等と指導層は言っている)。

 

「あんな蛮族が今この星に潜んでいるのですよ!若様の身に何かあれば……」

 

 考えたくもない、といった表情を取るベアト。うん、多分「アルレスハイム民間警備サービス」(亡命軍のハイネセンでのダミー会社)の警備員が委員会のハイネセン支部にカチコミに行くと思う。予測では無い。確信だ。

 

「まぁ、大丈夫だろ。ミッドタウンもノアポリスも、テルヌーゼンからかなり離れている。ハイネセン警察がもう警備線を張っているからここまで来る事なんて無いだろうよ」

 

 昔はともかく今のハイネセン警察は一応公明正大だ。時代が進み惑星ハイネセンにおけるかつての先住民の聖域は多くの旧連邦市民や帝国系住民が流入した。先住民の中にも民主主義の名の下に行われたかつての圧政に反発する者も少なくない。結果、ハイネセンは多くの出自の血が混ざり一部地域を除いてはあからさまに過激派が余所者を私刑にしようという空気は薄まっている。そもそも今のハイネセン警察自体様々な出自の者が働いている。

 

 無論、帝国人街がある通り完全に壁が取り払われたわけでは無い、が少なくとも命を奪おうと考える者は滅多にはいない。

 

「ほう、それは結構な事ですな。そう言えばドラマで良くある展開を知っていますか?周囲を安心させる事を言う頼りがいのある者ほど真っ先に死亡するのですぞ?」

「止めて、フラグ立てないで!?」

 

そんな深淵を覗く瞳で見ないで!

 

「あの~シェーンコップさん、そのアップルパイ貰っていいですかぁ?」

 

 一人だけ空気を読めない娘が朗らかに尋ねる。と、いうかどこか頬を赤く染めてふらふらと語っていた。ソフトドリンクを飲んでいる癖に酔っていた。

 

「ん?そんなにここのパイが気に入りましたかな?良いですぞ、お嬢さんにお願いされたら断る訳にはいきませんからな」

 

 にやり、と笑みを浮かべ、まだ少し湯気の出るパイを皿ごと移動させる。

 

「えへへ、ありがとうございます~!」

 

 にへら、と笑みを零すのはローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェル同盟軍士官学校1年生(予定)。

 

「おい、と言うかお前餌付けされるなっ!何のためにここにいるっ!?」

「ほわっ!?そうでしたぁ!シェーンコップさん!どうか……」

「残念ですが入学する気は無いですぞ?」

「まだ言っても無いのにぃ!?」

 

最後まで言う前にノーを突き付けられるクロイツェル。

 

 以前、不良学生に助けられた彼女はまだ士官学校に入学していないために自由に動ける事からこの一週間の間援軍として不良学生を説得、ないし言いくるめるためのハニトラ要員として活動中だ。まぁ、戦力価値ゼロですがね。ノンアルコール飲料で酔えるだけならまだいいのだが、こいつ……もう餌付けされてやがる。

 

 ローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェル……長々とした名前であるが私はその名に聞き覚えがある。無論亡命貴族であるからでは無い。原作の人物としてだ。まぁ、名前自体は決して独特なものでは無いので本人と断言出来ないわけだが……。というかお前達この時期にもう会ってたのか?それとも地味に私のせいで変わったのか?いや、まぁこの程度で原作時系列に大した影響があるとは思えんが。

 

「ううう……お願いしますよぅ~。このままじゃあ、うちの家村八分ですよ、村八分。それどころか嫁入りも出来ませんよぅ?どうかお願いしますよぅ!」

 

酔いながら半泣きで子供のようにごねるクロイツェル。

 

「私なんかに言うよりそこの伯爵様におねだりした方が賢明ですぞ?ほら、上手く取り入れば遊んで暮らせる愛妾生活ですぞ?」

「う~、伯爵様~?」

「おい、簡単に言いくるめられるな!?それは孔明の罠だ!」

 

けっ、ハニトラ要員にも使えねぇ。

 

「その娘さんで攻略しようなぞと考えん事ですな。どう考えてもその手の事が出来るほど頭が回る娘ではありませんぞ?」

「すぐ酔うようではな……」

 

 ティーカップを持って不敵な笑みを浮かべ指摘する不良学生に私は肯定せざる得ない。

 

「あれぇ?シェーンコップさん、今私罵倒されました~?」

「いやいや、純粋無垢な美少女は見ているだけでも素晴らしいものですな、と言っただけですぞ?」

「え、そうですかぁ?うへへ、照れるなぁ~」

「おーい、即落ちしてんじゃねぇぞ。明らかに鼻で笑われているぞ?」

 

チョロインかよお前さんは。

 

「若様、大変失礼ながら……」

 

恭しく、耳元でベアトが報告する。

 

「ん、もう時間か。そろそろ帰らんと営門が閉まるな。済まんが今日は失礼するよ?次は……3日後に行けるかな?」

 

 時計の針を見れば士官学校営門が閉まる前だ。今から行かないと間に合わないだろう。飲みかけの紅茶をゆっくり飲み干すと紙ナプキンで口元を拭き取る。それが終わると共に背後から従士に恭しく外套を掛けられる。うーん、ここまで阿吽の呼吸になると自分も大分毒されている気がしてくるな。

 

「それはどうも、毎度毎度御苦労様で御座いますな。食事代は自費なのでしょう」

「まぁ、半分私的に動いてもらっているからね。当然だ」

 

 ベアトに指示を出して私の財布から100ディナール札数枚をカウンターの上に置かせる。私とベアト、黒服組、クロイツェルの食事代は今は私の自腹だ。当初は亡命政府の予算に計上されていたが流石にいつまでもそう言う訳には行くまい。そもそも貴族として家臣や私兵、領民に食事を奢るのは決して珍しい事ではない。大貴族としての権威を示すと言う意味で良くある事だ。

 

 どうせ禄に使わずに(使う時間も暇も無い)勝手に利子で増えている株式や債券があるのだ(実家からの小遣いだ)。たかが食事程度奢ってやってもいい。いざという時に肉壁にでもなるのだからこれ位はしてやらんとな。

 

「そこまで懐が深いのでしたら私の分も払ってくれても良いと思うのですがね?」

「ん、払って欲しいか?別にいいぞ?勝手に払うのは面子として宜しくないと思っただけだ。迷惑かけているしそれくらいはしてもいいぞ?」

 

 不良学生の分は勝手に払えば不愉快に思いそうな人物だから控えていた。

 

「いや、結構ですよ。貴方の家臣でも無いのに御恩を貰う訳には行かんでしょうからな」

 

 肩を竦め否定するシェーンコップ。彼は決して経済的に恵まれているわけでは無いが金や飯のために誰かの下に膝まづくような誇りの無い人物ではない。それが分かるから敢えて彼の分は払わない。

 

「うぇ~、もう出るんですかぁ?私まだ食べ終わって無いですよぅ?」

 

 瞼をうとうととさせながらフォークでベーコンやポテトをつつくクロイツェル。本当、こいつ炭酸飲料で何で酔えるんだ?

 

「やれやれですな。伯爵様、御安心ください。ここは紳士として後から自宅までお見送りして差し上げますぞ?」

「いや、お前に預けると彼女の貞操が危ない気がするのだが……」

「伯爵様、失礼ながら私はそんな好色魔ではありませんぞ?」

 

 心の底から心外だ、という表情を向ける帝国騎士。いや、お前鏡見ろ……という訳にもいかない。

 

 実際問題、今の不良学生は言う程に漁色家ではない。というかそんな暇なぞ無い。その日の食事のために働きながら苦学生をしていた身だ。女を口説く暇も予算も技術も無い。恐らく彼がそっちに目覚めるのは御乱行していたという19、20になってからなのだろう。成程、今は可愛い小僧と言う訳だ。今の所は。

 

……いつ覚醒するか分からんとか怖いわ。

 

「護衛をそちらに回しても良いが……」

「若様、今の護衛でも最低限の人数です。これ以上削るのは失礼ながら承服致しかねます」

 

 これ以上は何を仰ろうと許可出来ません、と答えるベアト。これを見ていたら獅子帝に冷笑されそうだ。あいつ皇帝になってから単独行動していた程だからな。あれはあれで駄目だと思うが。

 

「……分かった。一応言っておくがちゃんと無事に送り届けてくれ。頼むぞ?」

「分かってますとも。このワルター・フォン・シェーンコップ、淑女の御守り、謹んで承りましょうぞ」

 

 皮肉気に、ふざけたように大袈裟に答えて見せる帝国騎士。その態度にベアトは不快そうな表情を見せるが、堪えさせる。

 

「ああ、期待しているよ。同胞を救い出した腕っぷしを見込んで、ね」

 

 私は店を出る。同時にぞろぞろとテーブル席に座っていた逞しいお兄さん達が黙って立ち上がり後を追う。見る者が見れば滑稽な事この上無い。

 

「……彼処まで行くと最早コントですな」

「もう少し注文して欲しかったのだけどねぇ」

 

 不良学生と店長がそれを見ながらそれぞれ呟く。不良学生は冷笑しながらカウンターに置かれたジンジャーエールをあおった。

 

「……一応念を入れてもう一度いうが酔っているからってノリで喰うなよ?」

「伯爵様、いい加減、何でそこまで疑るか尋ねて良いですかな?」

 

 引き返してもう一度念押しする私に憮然として不良学生は突っ込みをいれた。

 

 

 

  

 

「そんな貴方にぃ……ぽプテ………なにぃ…さてはあんちだなおめぇー……」

「やれやれ……何の夢を見ているのだか」

 

 隣で完全に酔い潰れている(アルコールなぞ頼んでいないのだが)少女を見て呆れ果てた表情を浮かべるシェーンコップ。その癖残った料理を意地汚く食べ切った。自営業している貧乏貴族の身としては奢られた料理を完食しない道理なぞ無い。貴族の誇りなぞ最初から持っていないからこその所業である。 

 

「……全く、毎度毎度御婦人には御迷惑お掛けしまして、申し訳ありません」

 

 涎を垂らして眠りこけるクロイツェルから視線を店長に移すと肩を竦め謝罪する。

 

「いいのよいいのよ。どうせ普段来る客共も昼間からビール注文して騒ぐような連中なんだから。ほれ、さっきの御貴族様が退席したからってもう来た」

 

 鐘を鳴らして仕事帰りだろう土建屋や荷物運び……俗にブルーカラーに類する中年連中が入店する。入店早々安物のアドリアンビールを注文してきた。

 

 大ジョッキにビールを注ぎ、両手で2本ずつ、計4本をがさつに彼らの席に置く。がやがやとした注文をメモすると半分セクハラのような顧客の軽口を躱してカウンターの厨房に立つ。

 

「見事にコスパ重視の安物を狙ってきたね。もっと原価比率低いの注文してくればいいのに!」

 

 目敏く費用対効果の高い品ばかり狙って注文する男共に軽く毒を吐くと店長はせっせと手慣れたように調理を開始する。

 

「だからね、別に私は気にしていないのよ?それに……坊やも思いのほか楽しそうだしね?」

 

 大盛のミートソーススパゲティを大柄なフライパンで炒めながら店長は語る。

 

「……そう見えましたかな?」

 

少しだけ意外そうに不良学生は答える。

 

「そりゃあね。坊やは余り本音は口にしない方だろう?伯爵様に毒吐いている時は結構楽し気じゃあないかい?」

 

 大皿に山盛りのミートソーススパゲティを盛りつけ、横に揚げてしばらくしたフライドポテトを敷き詰めるように横に添える。申し訳程度に付けられたミニトマトが唯一の野菜だ。その間空いている手は次のフィッシュアンドチップスの製作に取り掛かっていた。

 

「……少し長居し過ぎましたな。そろそろ混むでしょうから子供は御暇すると致しましょう」

 

 財布から14ディナール34セントを出すと隣の少女を起こそうと摩る。

 

「んんん……眠いですよぅ……」

「起きないとここに置き去りですぞお嬢さん?私のような紳士はともかく、この店の客は御行儀の悪い者が多いのでセクハラされても知りませんぞ?」

「うう……しぇーんこっぴさん、しんしですからはこんでくださいよー?」

 

もう一度深い眠りにつく小娘。誰がシェーンコッピだ。

 

「やれやれ……これはセクハラに入れんで下さいよ?」

 

 心底困った表情でこの小娘を赤子のようにおんぶする事に決める不良学生。

 

「……思ったより軽いな」

 

もう少し重いかと思ったら以外な軽さだ。

 

「お、坊主、お持ち帰りかい?ははは、若い奴はいいなぁ!」

 

 料理も来ていないのにもう出来ている店の常連の中年共が揶揄い半分で尋ねる。シェーンコップも顔位は覚えていた。

 

困り顔でシェーンコップは軽口をあしらって店を出る。

 

「へへ……あんち~よいこだねんねしな~……」

「いや、お前さんがねんねしているからな?」

 

 相変わらず意味分からん寝言を漏らすクロイツェルに一人で突っ込みを入れる不良学生。

 

 そこで彼は自身が笑っている事に気付く。そして不機嫌な表情になる。どうやら自分も随分と毒されているらしい。

 

「……らしく無いな。俺としたことが」

 

 小さな溜息をついて呟く帝国騎士。成程、自分も少し楽しんでいるらしい。あの面子は随分と揶揄い甲斐がある。いや、正確には揶揄える程度に気を抜いているという訳か。

 

 シェーンコップとて相手を見て手加減はしている。下手に弄び過ぎれば冗談抜きで報復がある。そこを良く見定めなければ門閥貴族相手に話を誤魔化すなぞ不可能だ。彼はそこの見定めに自信があったし、そうで無ければ初期の使い相手に言い逃れるなぞ出来なかった。正確には五体満足ではいまい。

 

「少し、揶揄い過ぎたな、あれは」

 

 先ほどの伯爵相手は少しボーダーラインを踏み外した。ぼんぼんの貴族様が横の従士とテーブルの装甲擲弾兵を視線で止めて無ければ少し危なかったかも知れない。

 

ある意味では気が緩んでいたと言える。

 

「……気が緩んでいたのか。俺は」

 

 同時に苦笑する。思えば同盟に亡命してから気が緩んだのは久しぶりかも知れない。祖父の厳しい教育がみっちり身に染みて以来隙を見せた事なぞ無かった。

 

 隙を見せるな、恩を受けるな、頼み込むな、だったか。帝国で痛い目に合ってから随分と執着的にそう言っていた。元より帝国騎士は独立独歩の気質があるが、祖父は厳しく騎士として指導すると共に耳に蛸が出来るほどそう言ったものだった。

 

 クレーフェ侯の屋敷につくと共にその無駄に荘厳な門を警備する警備員(明らかに軍人の身のこなしだった)に事情を伝える。無線機で警備員が使用人を呼ぶ間に背中でぐっすり眠る少女を起こして立たせる。

 

『うー、シェーンコップさぁん……ありがと~ございます~』

 

 当然ながら同盟公用語を話す余裕が無いので下級貴族の使うアクセントの帝国語でクロイツェルは答える。

 

『気にするな。淑女をエスコートするのは紳士の務めですからな』

 

 それにシェーンコップも同じく帝国騎士階級の使う言葉で答える。

 

『それもありますけど~』

 

 危なげにふらふらしながら火照った顔でクロイツェルはシェーンコップを見据える。

 

『遅れちゃいましたけど~学校で助けてくれて~本当にありがと~ございます~』

 

 門から伝統的な貴族屋敷に勤めるメイド服を着た使用人達が出てきてクロイツェルの下に駆け寄る。

 

『明日も~一緒にご飯いいですか~?』

 

 両脇を支えられて連行されるクロイツェルはへらへら笑いながら尋ねる。

 

『……ああ、いいとも。好きなだけくればいいさ。お前さんを揶揄うのもそう悪くはない』

 

意地悪そうな笑みを浮かべシェーンコップは答える。

 

『うぇ~?酷いですよ~』

 

 そういいながら輸送される少女を見、使用人からの礼を帝国騎士らしく答えると踵を返して自宅への帰途につく。

 

「……御婦人の仰る通りで、確かに私は案外楽しんでますな」

 

 再び苦笑する。だが、どこか不快な気分はしなかった。調子の良い奴だ、と不良学生は思った。

 

 

 

 

 ………次の日、ローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェルは店に来る事は無かった。

 

 同日、ハイネセン亡命者相互扶助会本部に「サジタリウス腕防衛委員会」からのメッセージが届いた。

 

 

 

 




新作第4話、統合作戦本部ビルのデザインが前衛的。

何故か同盟の歴史が陰惨になった……。
ヤン家は星間交易商人(元宇宙海賊兼難民)、同盟建国期は被支配者側。そりゃあ同盟への帰属意識が無く軍隊を圧政者と思いますわ。

ヤン・タイロンのルドルフ論は独特の出自だからこそ出てきた考え。







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