帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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第三十一話 西部劇には夢が詰まっている

「蒙昧にして野蛮な帝国の全体主義者共に告げる。

 

 貴様らは祖国を蝕む寄生虫だ。この天の川銀河において民主主義の希望の灯を受け継ぐ銀河連邦の正当なる継承国家「自由惑星同盟」に巣くう悍ましい癌細胞だ。

 

 貴様らは銀河連邦の数百億に上る民主主義を奉ずる人民を虐殺した咎人の末裔であり、簒奪者ルドルフに尻尾を振って媚び売った犬であり、人類社会の裏切り者である。

 

 貴様らは、今やその侵略の魔の手をオリオン腕からこのサジタリウス腕にまで伸ばそうとしている。貴様らは圧政者から逃れたか弱い民衆の皮を被りながら1世紀半に渡りサジタリウス腕に雪崩こみ、偉大なる我ら先祖の切り開いた土地を奪い、偉大なる我ら先祖の築いた文化を破壊し、偉大なる我らの先祖の建設した国家を侵食している。

 

 これは正に専制政治による侵略行為であり、民主主義と人類の社会正義に対する挑戦に他ならない!

 

 まして今や同盟の守護神にして、共和政の擁護者であり、市民の盾たる自由惑星同盟軍にすら貴様らは蚕食しようと画策している。昨年、我らが同胞達を貴様らが暴行した事がその何よりの証左である!同盟を守護しようという愛国心と理想に燃える若人を傷つけ、骨を折り、歯を折る行為のどこが正当防衛であるというのか?これは正に貴様らによる同盟軍の乗っ取り計画の一部であり自由惑星同盟の簒奪の第一歩である!

 

実に……実に恐ろしい陰謀だ。

 

 だが、我々は反対勢力を文字通り血のローラーで挽肉に変えたルドルフとその犬共とは違う。寛容と赦しの精神を有する我らはお前達に贖罪の機会を与えよう。

 

我々は貴様達に三つの要求を宣言する。

 

 一つ、現在工作員として所属している自由惑星同盟軍及び同盟軍関連教育施設に所属する銀河帝国亡命政府構成員及びその支持者はただちに退職及び退学せよ。

 

 二つ、全ての門閥貴族階級の者は人民から搾取した全ての資産を民衆に返還せよ。即ち民衆の代行者たる自由惑星同盟政府に対して譲渡せよ。

 

 三つ、全ての亡命政府関連企業・組織は武装解除し、市民を暴力で威圧する私兵集団を解体せよ。

 

 以上三点が我々の求める正義の要求である。72時間以内にこの要求が入れられない場合、我々は対専制政治に対する正義の聖戦を開始する。その始めとして現在我々が捕虜としている人民を搾取してきた残虐な貴族の末裔を処刑する。また貴様らの魔の手の及んでいる同盟警察に通報した場合も同様である。

 

 最後に言わせてもらおう。……これは共和政と民主主義擁護のための自衛的行動であり、同盟憲章に基づく市民の自発的自衛権の行使に過ぎない。我らを唯の少数のテロリストと矮小化しようとしない方が良い。我らは偉大な指導者アーレ・ハイネセンの精神を引き継ぐ独裁体制への挑戦者であり、ルドルフとその子孫に抵抗するレジスタンスの先兵である。我らを幾ら殺そうとも、その暁には後に続く130億もの同盟市民が立ち上がり、独裁者とその子孫に正義の鉄槌が下る。その事を忘れるな……!

 

 

 

『なんと美しきか広大なるハイネセンの大地よ!琥珀色に輝く高原を見よ!

 荘厳な深紅の山々を見よ!果実をもたらす肥沃な大地を見よ!

 長征の民よ!長征の民よ!銀河の摂理は汝らに無限の恩恵を与えたもう!

 アルタイルから苦楽を共にせし同胞達との幸福!バーラトからダゴンへと広がりゆく我らの無限の開拓地!

 

 何と偉大なるか先人達の歩みよ!揺ぎ無き信念と熱情の偉業よ!

 広大な銀河に渡る自由への旅路よ!

 長征の民よ!長征の民よ!刻は優しく汝らの傷を癒したもう!

 汝らの魂は最早黄金樹の鎖に束縛される事無く!汝らの子らの自由は永久に同盟憲章に刻まれたのだ!

 

 何と美しいのだ!戦士達の自由への奮闘よ!

 自らの命を犠牲にして共和政を蛮族から守護する人々よ!

 そして銃弾の雨も!砲弾の嵐も厭わぬ信念よ!

 長征の民よ!長征の民よ!末永く汝の子らを祝福せよ!

 全ての犠牲は崇高なる使命のために!全ての収穫を神聖ならしめるまで!

 

 何と輝かしきか!愛国者の夢よ!

 苦難の開拓の果てに切り開かれし黄金色の麦畑!天に届かん銀色に輝く摩天楼!

 涙でも濁る事無き開拓の成果その輝きを見よ!

 長征の民よ!長征の民よ!銀河の摂理は汝らに無限の恩恵を与えたもう!

 アルタイルから苦楽を共にせし同胞達との幸福!バーラトからダゴンへと広がりゆく我らの無限の開拓地!』

 

 ……自由と民主主義万歳!専制政治に死を!黄金樹とその末裔共に永劫の災いあれ……!」

 

 

 

 約4分26秒のこの動画は、そして最後に薄暗い室内で黒い三角帽を被った委員会メンバー達が旧同盟国歌(宇宙暦557年から宇宙暦608年まで使用された「長征の民、自由への開拓」だ)を斉唱し終える所で終了した。

 

 ハイネセン亡命者相互扶助会にサジタリウス腕防衛委員会から送り付けられたデータチップに記録されていたこの動画を見た時、同団体副会長テンペルホーフ伯爵は怒りのあまり持っていた杖をへし折り、警備会社の代表取締役(ハイネセン駐留亡命軍司令官)ヘッセン子爵(准将)は淡々と警備会社(駐留軍)に総動員体制に移るように指示を出した。同席していた帝国騎士や従士階級の幹部は映像内に出てくる演説者に帝国語で罵倒の限りを尽くしていた。

 

 唯一人、静かに動画が終わるまでシルク製の高級ソファーに腰がけていたクレーフェ侯は深く溜息を吐くと、シュガーシロップのたっぷり注がれたレモンティーを飲んだ。そして、振り向くと、弛んだ贅肉が張り付けられた顔を微笑ませながらこう言った。

 

「ぶひっ……皆いいかね、一つ注意するよ?無関係な一般市民の犠牲は最小限に抑えるように。……残りは全員吊るせ」

 

 同時に、部屋にいた門閥貴族から下級貴族、平民から元農奴の職員までこの宣言と共に雄たけびを上げたのである……。

 

 

 

 

 

「おう、人質は端からガン無視か」

 

 私は士官学校の自室でベアトから相互扶助会の決定の報告を受け愕然する前に突っ込みを入れる。いや、分かっていたけれども……!

 

「一応聞くが同盟警察には……」

「横槍があると十分に報復出来ませんので……」

「まぁそうですよね、分かってたよ!」

 

優し気に微笑みながら答えてくれる従士に私はさらに突っ込む。

 

 元々帝国臣民刑法は厳罰主義的だ。麻薬の売買・利用だけでなく煙草・酒の密造密売、違法売春、強姦、暴行、殺人、贈賄、談合、不正蓄財、脱税等でも結構簡単に死刑判決が出る。流石に開祖ルドルフの在任中のように40年余りの間に10億人が処刑……なんて事は無いがそれでも相当な人命軽視だ。亡命政府の民法も帝国に比べるべくも無いが同盟に加盟する星系政府の中ではかなり重罰主義であると言われている。

 

 さらに言えば貴族達を始めとした上流階級は裁判で争うよりも私戦や決闘などで自身の名誉を自身で回復する事を奨励される気風が強い。あくまで法律とは自分達では名誉や財産を守れない惰弱な平民を保護するものである、と言う考えからである。貴族が法律で犯罪に問われない……帝国の貴族特権は元を辿れば貴族は法律ではなく独力で名誉を守れるだけの実力があるのだからその保護を受けず、その拘束も受ける必要は無い、という建前からだ。そんな訳で相手に対しての実力行使する精神的ハードルは一般的同盟人が考えるより遥かに低い。

 

 亡命政府はさすがに法律上の貴族特権も、決闘も公式に採用していないがそれでも非公式に貴族や平民の決闘はそれなりにあるし、同胞や組織への攻撃に対して報復する事にさほど抵抗感がある者はいない。いや、それどころか今回の場合開祖ルドルフ大帝や帝国貴族階級までも堂々と罵倒している上明らかに飲む事の出来ない要求をしていた。明らかな挑発行為である。亡命政府に帰属している者ならば亡命政府の名誉を守るため十中八九報復措置に賛成する事請け合いだ。

 

 そのためには当然同盟警察への通報なんか出来ない。絶対報復を止められるからだ。断じて人質のためではない。「反逆者に慈悲は不要、どれだけ人質を取ろうとも叛徒共は呵責無き攻撃で徹底的に掃討せよ」、は大帝陛下の残した有り難い遺訓である。

 

 えっ?後で逮捕される?知らんがな。例え後で牢屋にぶちこまれようとも成すべき事があるらしい。

 

 既にハイネセンの亡命者コミュニティは皆仲良く物騒なハイキングの準備にかかっている。ハイネセンの亡命政府系警備会社は系列の企業や施設から装備を集め始めていた。建設企業が建設用として保有していた追加装甲板(建材扱い)やロケット弾(建設物爆破処理用)がタクシー会社の保有する装甲車や病院のドクターヘリに装備される。亡命政府資本の化学工場からは塵焼却用に製造されているナパームが大量に輸送され始めていた。

 

 或るいは帝国人街では青年団や消防団、猟銃会の構成員が招集され始めている。自治体の消防署の人員は防火服扱いの重装甲服に火炎放射器を持ってスタンバイしていた。

 

 ……おう、こっちも相手を悪逆非道だなんて言えねぇな。

 

「残念ながら我々は学生として参加せずに若様を御守りするように命じられました。非常に残念です………本来ならば若様の指揮の下我々も出陣して匪賊共を駆除出来たものを。若様の勇壮な指揮を受けられ無い事が悔やまれます……」

 

 心の底から悲しそうにする従士。後ろに控える者達も心底悔しそうだ。いや、無理だからな?叛徒共を全員八つ裂きの刑にせよ、とか火刑に処せ、とか朝のナパームの香りは最高だぜ、なんて口にする立場とか嫌だからな?

 

 因みにこれ程本格的な動員は宇宙歴746年1月のアッシュビー暴動以来だ。前年の第二次ティアマト会戦で戦死したブルース・アッシュビーの国葬時に起きた暴動が記録上の最後の警備隊(事実上のハイネセン駐留軍)の本格動員である。

 

 資料によればブルース・アッシュビーの戦死が帝国系同盟軍人が帝国に旗艦ハードラックの座標をリークしたから、と言う真偽不明の流言が飛び交い国葬中にアッシュビー信仰者や軍国主義者、極右派閥の民衆や私兵軍団が帝国人街を襲ったらしい。

 

 これに対して亡命政府や地元コミュニティが自衛目的で警備隊や自警団を動員し市街地戦に発展した。最終的にハイネセン警察だけでは事態を収拾出来ず同盟地上軍の動員や、アルフレッド・ローザス中将やジョン・ドリンカー・コープ中将が暴徒達を事態収拾のための演説をする事によってどうにか事態は沈静化した。

 

 尤も、3日に渡る略奪や暴力の嵐により暴徒や帝国系市民、警備隊に同盟警察・同盟軍の死者は3000名に及び、70億ディナールの経済的損失が発生したが。

 

 それから34年ぶりの本格動員であるが……不安そうにするどころか下っ端までカチコミに行くのを今か今かと子供のように楽しみにしている姿はたまげたなぁ。

 

 寧ろあの時は邪魔が入って最後まで出来なかったから今回は根こそぎ行こうぜ!といった感じらしい。根こそぎと言うのは察していると思うが帝国では敵対相手を親戚一同まで刈り取ってやる、と言う意味だ。おい、本当に一般人大丈夫か?絶対纏めて薙ぎ払えする気だよな?族滅する気だよな?

 

「……おいおい、マジかよこれ」

 

 さて、現実から目を逸らすのはここまでだ。問題は御分かりの通り人質である。縄で縛られて動画に登場したその人物と言うのが……おいクロイツェル、お前前世で何やらかしたんだ?死神にでも憑りつかれているのか?

 

 映像が送りつけられる前日、朝早くに外出したローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェルがそのまま失踪した。

 

 恐らくは、シェーンコップに会いに行って途中で拉致されたのだろう。あの店は帝国人街の外だ。帝国人街ならば余所者がいればすぐに住民に警戒されるし、犯罪者が出たら大抵警察が来るまでの間に集団私刑にされる。攫うのなら街の外しかない。

 

 私としたら取り敢えず全力で彼女を救出しないといけない訳だ。理由?分かってるだろうが、下手したら最終決戦でユリアン心の支えいなくて死んじゃうかも知れないだろうが!バッドエンドしちまうだろうがっ!

 

 最悪の最悪、私としては金髪の小僧を仕留められなかったり、アムリッツァしちまった場合はもうシャーウッド組にでも紛れ込んでイゼルローンに逃げ込むしか生きる道が無い。魔術師が嫌な顔するかも知れんがガン無視する。私はロックウェルやリヒテンラーデと同じ道を歩みたくない。え?獅子帝なら私のような小物気にしない?その場合は絶対零度な義眼が危ないだろ?黄金樹絶対殺すマンが門閥貴族で帝室の血も流れている私を草刈りしないと思うか!?

 

 と、なるとユリアンが最後皇帝の下に辿り着いてくれないと困る。ヒロインいないと主人公パワー出せないだろうがっ!

 

 極めて自己保身と不純に満ち満ちた理由だが気にしてはいけない。誰だって命は惜しい。

 

 それに不良学生は……多分クロイツェルを結構気に入ってたからなぁ。見捨てたら私に死亡フラグ立ちそう。と、いうかあいつの命も危ない。さっき私の携帯端末にあいつ電話かけてきたからな?クロイツェルの事尋ねて来たからな?絶対探しているからな?

 

 このように、本来ならば今すぐ嵐が過ぎ去るまで布団にくるまり従士に泣きつきたいのだが、未来の族滅避けるためには自殺行為を覚悟して首を突っ込みにいくしかなさそうだ。突っ込んだ首がちゃんと繋がったまま帰れるか疑問だが……。

 

「それはそうと、ベアト。私の外出を止めようとする理由聞いていい?」

「若様、今学校の外に出るのは非常に危険です。お止め下さい」

 

 トイレの窓から逃亡しようとしていたら窓からベアトが出てきて真顔でそう答える。おう、さっきまでトイレの外で待っていたよな?移動速度可笑しくね?

 

 考えられる可能性は時間操作系能力者、空間移動系能力者、幻術系能力者の三つか……特に最後ならば厄介だ。奴自体が幻術で本体が別にいる可能性も……。

 

「いえ、若様。ベアトは幻術では無く、しかとここで若様を見守っております」

「監視の間違いじゃないのか?後心読むな」

 

 トイレの扉を開けてそちらから逃亡しようとするが見事に控えていた同僚達に確保された。お前達用意周到過ぎるわ。

 

「……さて、困ったな。これでは禄に動けんぞ」

 

 丁重に自室に連行された私はベッドに座り込んで困り果てる。灰色の軍帽を弄びながら私は状況を考察する。

 

 私の第一目標はクロイツェルとシェーンコップ保護ないし生存だ。第二に可能であればこの危険なハイキングを中止に追い込む事。

 

 問題点があるとすれば三点、一点目はクロイツェルがどこにいるのか、二点目がどうやって救出するのか、三点目は同胞の怒りをどう鎮めるか、だ。

 

 実の所、一点目と二点目に関しては手段が無い訳ではない。

 

 問題は………。

 

「怪しいよなぁ……」

 

 売られた喧嘩は買うのが流儀、名誉を汚されれば決闘や報復するのが当然、法治国家の意味知っている?な同胞の皆さんと違い、卑屈な私は疑問を抱いていた。

 

 「サジタリウス腕防衛委員会」は確かに過激な団体だ。思想的にも気違いじみている(我々が言えた義理ではないが)。

 

 だが、だからと言って少々今回の騒動は無謀過ぎないか?

 

 仮にも危険団体に指名されて170年にも渡り存続してきた狡猾な団体である。それがこんな直情的な犯行を犯すだろうか?要求にしても非現実的だ。最初から闘争するつもりとしか思えない。

 

 そもそも、誘拐するなら多少無茶してでも門閥貴族を拐うべきだったはずだ。歴史の浅い帝国騎士にどれ程の価値があるかなんて同盟建国以来散々誘拐事件を起こしてきた彼らが分からない筈無い。人質無視での報復なんて長年帝国人と笑顔で殴り合いしてきた彼らなら知っている筈だ。警備が厳しいとしてもその程度の人手を集められない程組織が弱体化している筈もあるまい。

 

 何か考えがあってこの騒動を起こしたと考えるべきだろう。互いに気に食わないとしても、それだけで行動するならばこれまでだって幾らでもその機会はあった。

 

「上も気付いているだろうが……」

 

 少なくともクレーフェ侯爵辺りはある程度その事も考えている筈だ。曲がりなりにもハイネセンの亡命者コミュニティを預かる身である。今更気付いた私と違い頭の回転が鈍い訳ではないだろう。

 

「直接動けない分、口と人を動かすしかないな。と、言う訳だからベアト、流石に電話はくれるよな?」

「はい、こちらにご用意しております」

 

 いつの間にか携帯端末を持って控えている従士。おい、さっきまで部屋にいなかったよな?忍者……いや、ニンジャかな?

 

「電話は許可か。まぁ、当然か」

 

 彼女達はあくまでも私の身の危険を慮って外出を止めているだけだ。つまり……私が危険なイベント事に首を突っ込む事については主人の意思なので不干渉と言う事だ。実行するのが、現場に立つのが私で無ければ、な。

 

「取り敢えず侯爵と……後はホラントの伝手を借りて、現場は……」

 

 後で恩賞をやらんといけないな……等と随分と貴族的な思考に染まった事を自覚しつつ私は根回しの必要な人物達に電話をかけ始めた。

 

 

 

 

 

 

「さて……これは少々困ったものだな」

 

 不良学生の事、ワルター・フォン・シェーンコップはそよ風の涼しい昼頃、テルヌーゼン郊外グリーンフィールド公園の一角にあるベンチに座り地図を左手に、右手に缶コーヒーを持って呟いた。

 

 彼は本来ならば期日の近づいてきた同盟軍テルヌーゼン陸戦専科学校試験に向け最後の追い込みをかけるべき時期ではある。で、ありながら今ここでそれを放り出して休憩している事実は決して自身の実力に自惚れているわけではない。

 

「やはりな。……全くあのお嬢さんは貧乏神か何かでも憑りついているのかね?」

 

若干呆れを含んだ声で不良学生は一人ごちる。

 

 別に彼女……ローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェルが店に来なかった事自体は構わない。別に来い、と頼んだわけではない。

 

 問題は携帯端末の履歴だ。朝に着信が一件、すぐに切れて留守電は無い。その後に電子メールもSNSも音沙汰無しである。

 

そこで訝しんだ。

 

 別に彼自身はさほどその手の物に関心がある訳ではない。だがクロイツェルは中毒、という訳では無いが日に2,3件ほど投稿するくらいには使用している。それが何ら音沙汰無し、そこでどこか不穏な物を感じた。

 

 次にしつこくストーカーしてくる伯爵に電話をかける。彼自身は彼女の事についてその時点では把握していないようであった。だが、会話から従士共が慌ただしくしている事は把握した。

 

役に立ちそうに無い伯爵との電話を切って考える。

 

 自分は何をしているのか?別に大して仲の良いわけでは無い学生の音信が不通であるだけでは無いか?あれは煩い貴族共の回し者だ。消え去ってむしろ気楽では無いか?

 

 そう考えそのまま放置しておこうと考えた。だが、どこか後ろ髪を引かれる感覚……いや、これはもっと根源的な物だ。虫の知らせ、あるいは動物的な本能あるいは直感と呼ぶべきもの……それは恐らく彼の軍事的指導者として、一人の戦士としての一種の才覚・超感覚の片鱗であっただろう……それが自身にその選択を選ばせた。

 

 結果的にこの不良学生は相当詳しく事態を把握していた。元々帝国騎士である。帝国人街での動員を知るのも、その事情を知るのも難しくない。ハイネセン警察相手には禄に口を聞かない住民達も同胞、しかも貴族様相手ならば結構簡単に事情を話してくれる。

 

 同時に、彼はほかの帝国系市民と違い連邦系市民とも親交がある。恐らく彼女が帝国人街では無くベルヴィル街、あるいはその周辺で消えたのはほぼ確定だろう。ダイナーレストランで顔見知りになっていた飲んだくれ達にそれとなく聞いて見れば……案の定、ここらの下町で見慣れない車が朝っぱらに目撃された。グレートロード社のハイネセン資本100%の悪趣味な車を乗り回す奴なぞここらの住民にはいない。

 

 車種は分かった。シリアルナンバーは不明確だが方角も分かった。と、なると拉致された時間帯と動画の送られた時間帯から逆算すると……。

 

「この辺りだな」

 

 テルヌーゼン市地図の一角に赤ペンで円を描く。人気の少ない郊外……無論、それでもかなり広い範囲だが。

 

「……呆れたな。まるで情報部にいるみたいだ」

 

 自分のやっている作業を客観的に見てそう自虐する。尤も実戦ではこの程度でどうにかなるほど敵も間抜けでは無かろう。無能な敵あらば150年も戦争していまい。

 

問題があるとすれば……。

 

「この範囲を一人で探すのはちと厳しいか」

 

 それなりに絞り込んだとはいえ相当な範囲だ。少なくとも今日明日で捜索出来るとは思えない。

 

「さてさて……どうするか」

 

 断片的情報では数日以内に哀れな生贄になると聞いている彼女をそれまでに見つけ出せるか、と聞かれたら肯定出来ない。むしろ、すぐに動いて良かった。一日でも動くのが遅ければどうにもならなかっただろう。

 

「御偉いさんに頼み込む、と言うのもな……」

 

 人質を考慮するほど門閥貴族が優しいなぞとはシェーンコップも思っていない。と、なると……。

 

「……人命とプライドの二者択一ですかな?」

 

 侯爵様に土下座でもすれば万に一つくらいは配慮してくれるか、等と考える。同時に自分の土下座がその程度の価値しかないのか、と考え苦笑する。

 

「元より、誇りでは飯は食えんからな」

 

 母は話によると零落れて乞食になるくらいならと毒をあおったと聞いている。尤も、他人は誰も称賛なぞしていないが。零落れた貴族が自暴自棄になって死んだだけだ。父は危険を承知で直訴して帰らず、同盟に亡命した祖父は頑固に孤高を保ち誰の助けも取らず呆気なく死んだ。軍人の兄も骨になって帰り、祖母もやぶ医者にかかるのを拒否して死んだ。所詮その程度のものだ。

 

 それでも一抹の抵抗感があるのは、やはり自分もあの家族の血縁なのだろうな、と思う。

 

「……仕方ないな。見捨てるのも寝覚めが悪いからな」

 

 分の悪い賭けだが仕方あるまい……缶コーヒーの中身を全て飲み干すと不良学生はぶっきら棒にそれを捨てる。すぐに缶は公園巡回中の掃除ドローンに回収される。

 

 御苦労な事だ、そんな事を考え立ち上がる。あの無駄に豪華な屋敷に行くのも気が引けるな、なぞと思いながら歩き始めようとする、と同時に不良学生は警戒を強めた。

 

「失礼、ワルター・フォン・シェーンコップ氏でよろしいか?」

「……ええ、そうですが?」

 

 シェーンコップは振り向く。そこには鋭い目つきの明らかに非好意的な男が佇みながら彼を睨んでいた。

 

「さてさて、鬼が出るか蛇が出るか……ですかな?」

 

 自分を遠くから取り囲む集団を見ながら不良学生は皮肉気味にそう呟いた。

 

 

 




前半の歌の元型は「America the Beautiful」美しい曲です。

最近帝国人がヴィンランド・サガみたいな戦闘狂の集団になってきた。まぁどんなに着飾ってもゲルマン人は文明国ローマから見たら蛮族だからね?








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