帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
<< 前の話 次の話 >>

33 / 58
長いです。


第三十三話 人にお願いする時は態度に気をつけよう

 根回しをする、と言うのは口で言う程易い事では無い。自分の目的のために関係各所に自身の要求を伝え協力を得る・或るいは黙認してもらわないといけない。

 

 だが、当然ながら相手がそれを只で飲んでくれるかというとそんな甘くはいかない。只で譲ってくれるなんて思うのは都合が良すぎる。或いは自身の望みが相手の不利益になる事もある。情報を集め事態を把握し、それに合わせて上手く利害を調整して落しどころを見つけないといけない。

 

「そう言う訳です。豚やろ……侯爵殿、実の所何考えているのですか?」

『ぶひっ、今豚野郎って言おうとしたよね?絶対豚野郎って言おうとしたよね?』

 

侯爵の突っ込みを無視して私は話を進める。

 

「こちらの伝手で知る限り奴さんも混乱しているそうじゃないようですか?」

 

 同盟警察の乗り込みに備えて武装類や資産を見つからない場所に移送していた所でこの騒ぎだ。本来ならばあんな動画を送り込んで来る時点で闘争不可避の筈だ。それでありながら彼方の長老組がこのタイミングで困惑しているのは可笑しい。

 

「今回の騒ぎ自体少し不自然でしょう?人質にするならこれまでの経験則からして門閥貴族の屋敷にゼッフル粒子を貯め込んだダンプカーを突っ込ませる位するでしょうに。帝国騎士如き人質にしても逆効果です」

 

ようは彼方の長老組が知らない場所で少数の人員で実行された事を意味する。

 

「そもそも帝国騎士とはいえ士官学校入学予定の生徒が拉致されるのが怪しい。多かれ少なかれ護衛がいる筈ですよね?」

 

 士官学校に人員を送る理由は同盟軍内での発言力強化のため、ならば一応クロイツェルも保護対象だ。そして士官学校入学予定者で派閥色の強い者は特にそれぞれの派閥に保護されるものだ。友人同士で受験して合格者を不合格者が殺したとか、落ちた者が敵派閥の合格者を連続殺人したとか恐ろしい事件も今時は聞かないが大昔は本当にあった程だ。

 

『仕方ないじゃないか。あいつらの事件でほかに回す護衛を増やしたんだからね』

 

野太い声で侯爵は答える。

 

「そういう側面はあったでしょうね。けど期待はしていた、違いますか?」

 

 私は指摘する。今回の事件は明らかに雑だ。明らかに一部の独走だ。恐らく侯爵は今回の機会にサジタリウス腕防衛委員会をハイネセンから一掃したいのだろう。そのためにクロイツェルの警備を緩めていたのではないか?。平民ではなく貴族、されど下級貴族と言う同胞が怒りつつも宮廷的に捨てても問題無い立場、しかもハイネセンファミリーとのいざこざを起こした立場でもある。人選としては絶好だろう。

 

『う~ん、そう言ってもねぇ。こっちとしては売られた喧嘩を買っただけだしねぇ』

 

案外あっさりと犯行を認める侯爵。

 

「同盟警察はこちらにも容赦しませんよ?」

『それは相対的な物だよ。こちらの損失より彼方の損失の方が大きければ問題無い。マスコミにも手を回しているしねぇ』

 

 お抱えジャーナリストやら新聞社越しに擁護記事でも準備しているのだろう。少女を人質にしている、という事実は結構インパクトが大きい。

 

『そう悪い話ではないだろう?我らのさらなる繁栄のための障害物の処理じゃないか』

「言いたい事は分かりますよ。しかし、私としてはこの騒ぎを余り大事にしたくないんですよ」

 

 私は困り果てた顔で侯爵に話を続ける。ここからが問題だ。この動き出した騒ぎをどれだけ小さく出来るかだ。私一人のために止めるのは不可能に近い。

 

「ハイネセンでの闘争に勝利してもそれだけでは終わりませんよ?確かに昔に比べればかなり弱体化していますが彼方の支持者も少なく無いんですから。延々とテロや襲撃事件を続ける事になります」

『それは分かっているさ。だがこちらとて売られた喧嘩は高く買わんと示しがつかんよ。報復は我々がこちらでの立場を築くために取った伝統の手段の一つだ』

 

 亡命初期、反帝国機運の強い時代は、経済面や社会面の貢献といった平和的手段だけでは亡命者社会の同盟内での地位確立は難しかった。上手い具合に資産ばかり絞り取られるのがオチだ。

 

 特にコルネリアス帝の親征は旧連邦系市民にも帝国への一定の敵対意識を芽生えさせた。同盟全土で1億4000万名の死亡した惨禍に親族や友人を失わなかった者はいない。亡命者への襲撃は日常だった。亡命後同盟政府への配慮で控えられた報復活動は親征で一時的に弱体化した同盟警察の代わりに帝国系市民の生命と財産を守る事に寄与したし、そこからアルレスハイム星系以外に住む住民は警察より自警団を信頼している。

 

 寧ろ報復活動が無ければ多くの帝国人街の住民は不安を抱くだろう。亡命政府は臣民たる自分達を見捨てるのか、と。

 

『それに彼方も弁明の一つも無いしね』

 

 サジタリウス腕防衛委員会の幹部連中もこちらに弁明するぐらいなら徹底抗戦を選ぶだろう。何が悲しくて帝国人に命乞いしないといけないのか?

 

「しかし、報復後の問題から考えれば余り大事に出来ないでしょう?」

 

互いに面子もあるので引くつもりが皆無だからなぁ。

 

『だからといってもなぁ……』

「侯爵様の立場は理解しておりますよ。貴方から事態を鎮静化させる事は出来ないんでしょう?」

 

 第三者の仲介役がいるわけだが、問題は相互扶助会から統一派に働きかける訳にもいかない。侯爵の行動は記録に残る。何より侯爵は文官貴族だ。血の気が多い武官貴族が納得するか……。

 

「なので、私に少しの間時間を頂けませんか?私は今この星にいる武官貴族の中では最高位の権威があります。学生の身ですので動きは記録にも残りません。士官学校内ですから」

 

 士官学校は一応建前上大学の自治の観点から政治的に不干渉の場所だ。無論建前だが。少なくとも学生同士が会おうとも何ら問題はない(建前では)。

 

「こちらから仲介を受けながら彼方の親族と交渉したいのですが。無論、同胞の利益を第一と考えております。唯、将来的な禍根を取り除くためにどうか。それに私としても人質は個人的な用事に協力させている身です。一時的にとはいえ従えている以上私には保護する義務があります。どうぞ御一考下さい」

 

私は侯爵に頼み込む。

 

『……ヴォルター君、大丈夫かね?』

「勿論です」

『あいつらは信用出来ん。すぐに約束を反故にする輩だ。私の祖父は油断して奴らに吹き飛ばされた』

 

 侯爵の言うのはアッシュビー暴動の最初の日に交渉に赴いたクレーフェ侯フェルディナンドが待合室でゼッフル粒子の引火爆発で謀殺された件だ。

 

「御安心下さい。少なくとも信用出来る仲介人と話の分かる交渉相手を選んだつもりです。御気持ちは理解しますがどうぞ……どうぞ……!」

 

 電話越しに深々と頭を下げる。侯爵にとっては一族の敵討ちでもある。私の頼みを聞いてくれるか怪しいが……。

 

『………ふむ、身内の頼みを聞かん訳にもいかんなぁ』

 

 ここで私の出自が役立つ。亡命門閥貴族は1世紀半の間に婚姻に婚姻を重ね皆親戚だ。帝国貴族は血縁を大事にする。親族の仇を決して許さないが、同時に親族の頼みを袖にする事もしない。

 

仇討の機会はまた来るのだから今は引こう……そう侯爵は暗に伝えていた。

 

『奴らは72時間以内と要求している。残り……30時間か。その直前に我々は戦闘に入る。実動隊の準備も含めると……後20時間以内にいけるかね?」

 

神妙な口調で侯爵は尋ねる。

 

「……感謝致します。大神オーディンに誓い満足いく条件を引き出して見せましょう」

 

 心の底から謝意を示す。侯爵としてもこちらの我が儘に答え現場を抑えるのも一苦労だろうからね。

 

『うむ、一応期待させてもらおう。それはそうと今度のリーゼちゃんのサインか』

「あ、そういうのはいいので」

 

 私は答えに満足してにこやかに電話を切る。最後何か言っていた気がするが気にしてはいけない。

 

 さて、第一の関門はクリアだ。だが一番面倒な交渉がこれから控えている。

 

「若様、時間で御座います」

「ああ、分かった」

 

 従士の恭しい連絡に答え私は立ち上がる。正面を見る。立て鏡に映るのは白いシャツに灰色のスーツという士官学校学生服、そこに同色の軍帽姿の自分の姿だ。

 

「失礼致します。ネクタイの調整をさせて頂きます」

 

 僅かにズレたネクタイの歪みに目敏く気付いたベアトが慣れた手付きでそれを直す。

 

「御苦労、では……行くか」

 

 私が(一年生の分際で)堂々と士官学校庁舎の廊下を歩む。どこぞの白い塔な医療ドラマの如くベアト以下同郷の僚友(というより部下)が後に続く。ここは大学病院かな?

 

 時期は既に2月、期末試験も終わり春休暇に入り学生達が故郷に一時帰省し始める時期であったのが幸運である。学内の奴ら全体にこんな姿見せたくない。途中で会う学生や教官が少し引いているしね。

 

 正直恥ずかしさと気まずさがあるがそれらを噯(おくび)にも出さず、すれ違う度に上級生や教官に敬礼する。私に続き廊下の端によってベアト達も直立不動の敬礼をするが答える教官達は「なんじゃこれ?」な表情で困惑しながら通り過ぎていった。

 

 目的の場所に向かうまでに無駄な精神的消耗を受けながらようやくそこに辿り着く。士官学校西第3校舎第1多目的室が目標の場所だ。西第3校舎が選ばれたのは交渉上の仲介役の配慮だった。ここの庭には同盟拡大期の地上軍の英雄ロイド・ドリンカー・コープ将軍の原寸大銅像があり、同時に帝国系軍人で初の同盟軍将官に昇ったギュンター・フォン・バルトバッフェル中将の肖像画が校舎の正面入り口に置かれていた。仲介人としては交渉の席一つ設けるのにも神経を使っているようだった。ガチでごめんなさい。

 

 目的の部屋の前に来るとそこにはフェザーン系移民出身の上級生二人がいた。我々の姿を見ると半分呆れたような表情をしながら私に伝える。

 

「随行人は4名まで、武器の類は持たない事、残りの御供は右側の部屋で待機する事」

 

 恐らく「誠実な第三者」として仲介人からアルバイトで雇われた上級生は義務的に私に伝える。多分後で私に諸費用請求がある事だろう。ベアトに目配せすれば礼と共にすぐさま残り3名を決め、それ以外を右側の部屋に向かわせる。断じて左側の部屋に行ってはならない。

 

 全ての準備を終わらせると、上級生が扉を開いて私はようやく室内に入場した。

 

 白色基調のモダンな室内は、しかし窓が全て閉まり、鍵を掛けられ、カーテンが掛けられていた。

 

 室内には一台の円卓テーブルに三つの椅子に10名の人影があった。三つの椅子の内二つには既に人が座っていた。

 

「ああ、よく来てくれた。ティルピッツ君!済まないね。君の宿舎からは少し遠かっただろう?」

 

 椅子に座っていた気の優しそうな青年が立ち上がり、とても友好的に私に呼びかけながら駆け寄る。

 

「いえ、此度は私の我儘でこのような席を設けて頂けてありがとうございます、ヤングブラット大隊長」

 

 宇宙暦779年時士官学校入学生首席にして第1大隊大隊長、そして私の伝手であるフロスト・ヤングブラットに私は丁重に礼を述べる。

 

「ははは、気にしないでくれ。同じ同期の桜の頼み、それにホラントからの頼みだからね。同じ戦略研究科の好敵手からの頼みを無碍には出来ないさ」

「頼んでいない。話しただけだ」

 

 社交的な笑みを浮かべ答えるヤングブラットにすぐ後ろにいたホラントが心底心外そうな表情で答える。

 

「ホラント、心の友よっ!私は信じてたぞ!」

「お前、殴るぞ?」

 

 ガッツポーズしながらウインクして感謝の意を示すと中指を立たせて罵倒された。解せぬ。

 

「……ねぇ。貴方達、悪いけど茶番はそこまでにしてくれるかしら?私も暇じゃないのだけど?」

 

 未だに椅子に座り足を組む女子生徒は頬杖しながら私達を睨みつけると、不快そうに鼻を鳴らす。

 

 気の強そうな少女だった。少々小柄な体に可愛らしさに凛々しい表情は仮装すれば男装の麗人を思わせる。実際同級生の女子の人気が強いと聞いている。赤毛のポニーテールに翡翠を思わせる瞳が印象的な少女。

 

「ああ、ごめんよコープ。こっちが今回話し合いの場を所望したティルピッツ君だよ」

「話し合い?弁明と謝罪の場では無くて?」

 

嗜虐的な笑みを浮かべ少女は答える。

 

「おい、コープ……」

 

 ベアト達の剣呑な雰囲気を察してすぐさまヤングブラットが注意する。

 

「……はいはい、分かったわよ。確かヴォルター・フォン・ティルピッツ、で良かったわね?知ってると思うけど戦略研究科の1年コーデリア・ドリンカー・コープよ?帝国風に言えばこういえばいいかしら?どうぞ御見知りおきを、伯爵様?」

 

 皮肉と嘲りを含んだ口調でハイネセンファミリーの名門コープ家の末裔は挨拶した。

 

 

 

 

 コープ家と言えば730年マフィアの一員ジョン・ドリンカー・コープ提督が思い浮かぶだろう。

 

 彼の出自を遡ればアルタイル星系にてアーレ・ハイネセンと共に強制労働に従事していた「酔っ払いコープ」に辿り着く。機械や化学に強い彼は流刑地で自力でアルコール製造機を作り出して出来た酒をほかの者に売ったり、自分で消費していつでも酔っぱらっていたためこう呼ばれている。

 

 その知識からアーレ・ハイネセンの壮大な脱出計画の協力者として誘われ、それに答えて彼は後のイオン・ファゼカス号内の食糧製造機械やロケットエンジン開発に大きく貢献した。

 

 アルタイル星系脱出後、彼はアーレ・ハイネセン、グエン・キム・ホア等と共にこの流浪の船団の幹部として活躍した。

 

 彼自身は既にアルタイル星系脱出の時点で50近い年齢であり、長征の途上で老衰死したが彼の息子はそのリーダーシップを見込まれ船団の一部を統括する地位に就いた。

 

 だが、彼はアーレ・ハイネセンが現在のアルトミュール星系近辺(と推定されている)で事故死した後グエン・キム・ホア達と旅を続けるのを拒否、船団を離脱し後のティアマト星系に支持者2万人と共に移住した。

 

 後にティアマト星系第2惑星にドーム型都市を作り生活を送っていた彼らはバーラト星系に辿り着いた同胞と和解し自由惑星同盟を建国、第3惑星は最優先でテラフォーミングが行われた。

 

 以来コープ家は代々アーレ・ハイネセンと共に脱出を主導した英雄の血族として同盟政界、及びティアマト星系議会で強い権力を握る事になる。第5代最高評議会議長グレアム・ドリンカー・コープ、エリューセラ方面の旧銀河連邦植民地4星系を平定したロイド・ドリンカー・コープ将軍の例に見られるように同盟の拡大期……長征派にとっての黄金時代、旧銀河連邦植民地にとっての暗黒時代……には多くの有力者を輩出した。

 

 だが、コープ家について一番特筆すべき事は「コルネリアス帝の親征」による「屈辱の7月事件」だろう。

 

 宇宙暦669年7月、第1次ティアマト会戦にて同盟軍が第二惑星衛星軌道上で大敗を喫した。同盟軍の勝利を疑いもしていなかったティアマト星人は直後に大気圏から降下してきた帝国軍の苛烈な虐殺と略奪を受けた。

 

 「ダゴン虐殺事件」、「ヴァラーハ血の10か月」、「アルレスハイム星系の惨劇」等と並ぶこのジェノサイドによって当時2000万いたとされる人口の内最終的に700万人が死亡し、300万人が帝国領に拉致された。

 

 コープ家は辛うじて脱出に成功し、後に同じように避難に成功した星民と共に義勇軍を結成、同盟軍と共に帝国軍との徹底抗戦と故郷奪還を実施する。

 

 最終的に彼らはティアマトを奪還した。しかしこの親征により同盟政府は国境星系の放棄を決定、疎開命令により国境の複数の星系の住民が先祖代々開拓してきた故郷から追放される事になった。

 

 彼らの子孫の多くが疎開先で各々の共同体を作り出し、主戦派派閥の一角を築く事になった。俗に主戦派三大派閥の一つ長征系主戦派である(残り二つは全体主義統一系と我ら亡命系だ)。

 

 現在のコープ家は長征系主戦派の中でもティアマト閥の代表的な家であった。そして出自から当然サジタリウス腕防衛委員会の幹部に親族もいる。そしてその末裔が……。

 

「何かしら?じろじろ見ないでくれる?」

 

 目の前のコーデリア・ドリンカー・コープと言うわけだ。正確にはジョン・ドリンカー・コープの長男の5人兄弟の三女である。因みに以前統合兵站システム研究科にいた美人さんは彼女の姉であり、母方の家は同じくハイネセンファミリーの名門ルグランジュ家だ。世間は狭いなぁ。

 

「いやぁ、失礼。近くで見ると結構な美人だと思いまして」

 

 三者で円卓を囲んで座っている現状。取り敢えず相手の機先を制しに行く。尤も……。

 

「あらそう。ありがとう、聞き慣れているわ」

 

 はは、てめぇ照れるぐらいしやがれこのアマ。実際顔良し金有り成績良しだから口説かれまくってるんだろうけど。席次が24位(女子では最高だ)、戦略研究科在籍とか化物かな(未来の次席、ヤン夫人はやっぱりヤバい)?

 

「………」

 

 明らかにベアト以下の付き添いが氷点下に到達している冷たい視線でコーデリアを睨みつける。尤も彼方の同僚(という名の同郷の同胞出身者)が同じくらい冷たい視線でこちらを見てる。あれかな?同盟では7代前までの一族の仇を討つ義務があるのかな?同盟は古代国家だった……?

 

「コープ、止めてくれよ?折角場を用意した私の立場にもなってくれ」

 

 重苦しい空気にヤングブラット首席がコープを説得する。

 

「……貴方が言えた義理?裏切りのヤングブラット家が?」

 

 毒のある口調で指摘するコープ。ヤングブラット家はハダト星系の長征系の名門でありながら、ダゴン星域会戦に先立ち国防委員会の長老組の反対を抑えて、旧銀河連邦植民地に対して融和的だったリン・パオを迎撃艦隊司令官とする事を許可した人物だ。しかも戦後は長征派から統一派に鞍替えした正に裏切り者の家だった(同時にダゴンの英雄でもあるので無碍に出来ないが)。

 

「むっ……先祖が決めた事で私が決めた事じゃないだろう?同盟には連座制は無い筈だけど?」

「でも、そちらの伯爵様の所はそうでしょう?」

「いや、こっちも無いよ?」

「あら、そうなの……?」

 

 私の否定に心底意外そうに答えるコープ。帝国系コミュニティは閉鎖的だからね?訳の分からない風説も良く流れるし、勘違いしてる者も多い。流石に亡命政府には奴隷もいないし劣悪遺伝子排除法も無いよ?まぁ、住民の精神性は限りなく灰色に近い黒だけど気にしない。

 

「て、いうかそれだけ嫌っているのに何で招待に乗ったのですかね?」

「えっ?ホラントに呼ばれたから」

「えっ?」

 

思いがけない答えに私はホラントを見やる。

 

「……なんてこった。お前そんなに手が早かったのか?」

「おい、そろそろ本気で殴りたいんだが良いか?」

 

 はえーよホセ、まさかお前が不良中年やキラキラ星の高等生物の同類だったなんて……。

 

「あらあら、大変ねぇ」

「コープ、嫌がらせは止めろ。勝負ならば約束通りやってやる」

 

 意地悪そうな笑みを浮かべるコープに強面なホラントが睨みつけながら答える。

 

「コープは君との交渉の対価にホラントとの艦隊シミュレーションの再戦を望んでいるらしくてね」

 

 ヤングブラット首席が補足説明する。ああ、そういえばこの二人研究科で勝負して大変な事になっていたと聞いた事がある。連続50時間戦闘(リアルタイム時間でだ)で僅差でホラントが勝利した筈だ。もうあんな長時間のシミュレーションはごめんだ、と体重を4キロも減らしたホラントがうんざりしていた。

 

「帝国のじゃが芋野郎に負けたなんて末代までの恥よ。今度は潰す。そのためならばこんな糞みたいな交渉にも応じるわ」

 

 溝水のようなどす黒いオーラを背後に纏いながら笑みを浮かべるコープ。どんだけ根に持っているんだよ。

 

「ごほん、……そろそろ本題に行こうか?余り時間も無い」

 

 時計の針を見ながらヤングブラットが答える。実際時間的余裕はない。

 

「……そうね。確かに無駄な時間の浪費は御免よ。要件を仰ってくださらないかしら?」

 

見下すように尋ねるコープ。

 

「ああ、そうだな。私からの要望はそちらの騒動を起こした若手の委員会からの除名を望んでいる」

「無理」

 

即答だイエィ!

 

「私に言っても駄目よ。叔父さんにでも言いなさいな」

 

 彼女の叔父は元同盟軍少将、現在は委員会の常務の一人だ。

 

「そのためにこの場を設けているんだけどな。こっちが直接接触不可だからな」

 

 委員会関係の施設に入るのも命懸けだ。しかもこの時期だからな。下手に接触すれば寧ろ火に油が注がれる。

 

「話はこっちも叔父さんから聞いているわ。じゃが芋共が襲うかも知れないから士官学校から出るなってね。本当、帝国人は野蛮な奴らばかりね」

 

コープは、嫌味しかない言葉でなじる。

 

「そう言ってもな。殺ったり殺られたりはこれまで散々互いにやってきた事だからな。こちらばかり非難される謂れは無い」

「私がやった事じゃないわ」

「こっちも同意見だな。だが、ここにいる奴ら皆多かれ少なかれ責任背負う立場だ。せめて自分達が苦労する分、子孫には楽させた方が良いだろう?」

「……帝国のじゃがいも星人にしては真っ当な意見ね」

 

 その点に関してのみ互いに同意する。悲しいかな、自由の国と言っても人間出自や御先祖様の業から自由ではいられないのである。まぁ、御先祖様のお蔭で贅沢しているからね、仕方ないね。

 

「で、除名自体は可能でしょうか?」

 

私は改まって質問する。

 

「……不可能ではないでしょうね。爺さん連中の統制を外れているようだし、出身も然程良い所じゃないようだし」

 

 帝国貴族階級に序列があるように、ハイネセンファミリーの中にも席次がある。アーレ・ハイネセンの子孫は存在しないがグエン・キム・ホアの一族は同盟最高の名家であるし、脱出に際して指導的立場だった者や各恒星間探査船の船長等の一族は同盟政財界の盟主と言って良い立場だ。

 

 逆に長征一万光年に際して特に功績のないただ乗り組もいるのも事実だ。そう言う者に限って家の名前ばかり誇っていたりする。「607年の妥協」による各種制度的特権が失われると旧銀河連邦植民地や亡命者の成功者が現れるのと対照的に貧困層に落ちぶれた者もいる。

 

 そして、亡命者貴族が同胞の貧困層を保護するようにハイネセンファミリーでも同様の事が起きている。そして与えられる職場の中には荒事専門の所もある。現在の極右組織の中には飯を与えるためだけに存続している所もあるほどだ。

 

「だからと言ってもね、邪魔だからってホイホイ切り捨てる訳にはいかないわ。腐っても長征を共にした同胞、易々と見捨てたら今後のほかの同胞の危険にも繋がる……それくらいは理解しているでしょう?」

 

 彼方さんもある意味ではこちらと同じ状況、と言えるわけか。

 

 長征派が排他的な理由はある種の恐怖心からの物である、と言われる事がある。人口の精々一割に過ぎない彼らは旧銀河連邦系、帝国系に飲み込まれ、自分達の国家すら乗っ取られるのではないかと恐怖しているのだ。

 

 それこそ、特に連邦系市民は150年続く戦争に自分達は巻き込まれたと感じる者も少なくない。長征系市民の中には帝国とほかの市民が取引するのではないかと言う不信感があった。旧連邦系市民は、自分達長征系市民を帝国に売ってフェザーンのように形式的臣従をして平和を確保するのではないか……?帝国系にしても和解して皇帝が亡命貴族を臣下としてサジタリウス腕の地方領主とする、とでも言えばどうするか?

 

 かつてのコルネリアス帝の和平を拒否した一因でもある。帝国と和平した結果長征系以外の市民が帝国に靡いたらどうなるか?帝国の顔色を伺い自分達が迫害されるのではないか?外交的圧力を受けながら自分達の権利を少しずつ奪われる位ならば全国土が焦土と化し、全人民が死滅するまで徹底抗戦する方がマシだ。

 

 実際和平案に賛成した者は帝国への理解の薄い旧銀河連邦系に星間交易商人達だ。彼らが仮にコルネリアス帝から逃亡した奴隷の返却を要求してきたら彼らは自分達の安穏のためにハイネセンファミリーの末裔達を売り渡したかも知れない。

 

 その恐怖が長征系市民の選民思想と主戦論の根底である。彼らは他の出自に対する不信感と恐怖から身内で結束し、極度に排他的になった。それは長征系市民の過半数が統一派に流れた後寧ろ一層強固になったようだった。

 

「だが、そちらも選択肢は多く無い筈だ。こちらとしても馬鹿やった一部をパージしてくれればそちらだけに対処出来る。全面抗争なんて今時損だろう?」

 

 全面抗争の後にあるだろう同盟警察の介入を受ければ双方法的制裁を受ける事になる。今時抗争なんてするだけ赤字だ。だからこそアッシュビー暴動以降30年以上大規模抗争が無いのだから。

 

「悪いけど叔父さん達はそちらの言葉を信用出来ないのよ。散々これまで裏切られてきたじゃないの?」

「侯爵様達に尋ねても似たような返事が来そうだな」

 

 裏切りと言うより価値観とニュアンスによる擦れ違い、あるいは一部の独走だろうがな。本当良く同盟原作まで分裂しなかったな。それだけで腐敗しているらしい同盟政治家は結構有能じゃないのか?

 

「無論唯引けとは言わんさ。こっちは馬鹿共への制裁に一つ噛ませてくれればそれだけでどうにか臣民への言い訳が立つんだ。内容は幾らでも言い換えられるからな。いっそそちらの身内の処理に一人でも混ぜてくれれば同胞の仇は取った、と言える」

 

 委員会側からしても敵対相手に私刑にされるより名前の騙る余所者を自分達で制裁する形の方がマシな筈だ。

 

「あー、出来れば死者は出さないで欲しいんだけどなぁ。同盟警察の立場も考えて欲しいからね」

 

 ヤングブラット首席が要望する。統一派や同盟警察の面子も考慮して欲しいらしい。逆に言えば今回仲介を引き受けてくれたのは統一派の面子も理由だ。彼らからすれば首都星で市街戦なんて悪夢だろう。

 

難しい表情をするコープ。

 

「……一応聞くけど、私が交渉相手の理由を聞いても宜しいかしら?委員会に身内のある生徒ならほかにもいるわ。その中で私を選んだ理由は?」

 

こちらを見定めるように尋ねる。

 

「……無論同級生である事と成績上位生である事も理由だ。だが決定打は2点だ」

「2点?」

「ああ、1点目は出自だ。コープ家は今でも戸籍はティアマトだよな?」

「ええ、そうよ」

 

 今でも故地に戻る事を夢見てコープ家はハイネセン在住でありながら戸籍は頑なにティアマトに残している。各種の手続きが面倒なのに御苦労な事だ。

 

「私も、いや我々も回廊近いアルレスハイムだ。私達は互いに帝国の脅威に立ち向かうべき同志だ。お前さん達は我々を回廊の向こう側に追い出したいのは知っている。だが、思惑はともかくお互い目指すは帝国打倒だ。その大義のために協力出来る筈だ、と考えた」

「……もう一点は?」

 

しばしの逡巡の後、先を促すコープ。

 

「コープ家は大局的で信頼出来る家と考えた。そちらの爺さん……ジョン・ドリンカー・コープはアッシュビー暴動の際に自身の好悪を捨てて同盟のために同胞を救ってくれた。そこからコープ家は信頼と敬意に値する家と考え頼らせてもらいに来た、と言った所だ」

 

 ジョン・ドリンカー・コープは730年マフィアの中で最もアッシュビーに好意的だったと言われる。第2次ティアマト会戦直前の険悪な関係を後に彼は非常に後悔し、アッシュビーの戦死に最も衝撃を受けたと言われている。出自を合わせて帝国に対する敵愾心は人一倍のものだった筈だ。

 

 それでも彼は公私を分けて暴動の沈静化に貢献した。そんな先祖に敬意をこめて頼み込む。

 

「我らが同胞の恩人ジョン・ドリンカー・コープの血族であるコーデリア・ドリンカー・コープ氏に銀河帝国亡命政府武官貴族の名門ティルピッツ伯爵家の嫡男ヴォルター・フォン・ティルピッツとしてどうぞ、御頼み申し上げます」

 

 私は立ち上がると軍帽を脱いで胸元に添えながら頭を下げる。後ろのベアト達が緊張する。門閥貴族が帝室以外に出来る最大限の礼節を持って私は頼み込んだ。これで断られたら私としてはこれ以上立場的にどうしようもない。

 

「………ホラント」

 

室内に漂う沈黙を破ったのはコープの呼び声だった。

 

「貴方、幼年学校でこの伯爵と一緒だったそうね。彼は信用出来る、あるいは使える立場かしら?」

 

ようは恩を売る意味があるのか?という質問だった。

 

「……そうだな。俺個人としては気に入らんが家柄は問題無い。帝室の血も流れている。今は兎も角当主になった後ならば相応に権限があろう。立場としては恩を着せる価値はある」

 

しばし考え込んで……ホラントは口を再び開いた。

 

「……個人として頭は御世辞にも良い訳では無い。無能とは言わんが実力は俺やお前よりは落ちるな」

 

 背後のベアト達から有らん限りの殺気が流れる。落ち着け、ここで流血沙汰はガチであかん。

 

「……だが、人並みには義理堅い。貴族らしい不遜な性格では無い。少なくとも信頼はしなくても信用は出来る。故意に裏切る事はあるまい」

 

淡々とホラントは答えた。

 

「そう……」

 

そう短く言ってコープは再び黙り込む。

 

 再び沈黙が場を支配する。誰も口を開かない。不用意な言葉が聞ける状況でない事が分かっているからだ。

 

「……はぁ、まぁヤングブラット家の顔に泥塗るわけにもいかないわね」

 

その発言に場の緊張が一気にほぐれた。

 

「コープ、やってくれるかい?」

 

ヤングブラット首席が確認する。

 

「私はあくまで叔父さんにお願いするだけよ。それで駄目なら諦めて。もうそんなに時間は無いのよね?細かい条件はこれから詰めるとして取り敢えず一旦退室するわよ。叔父さんとの話をここで聞かせるわけにはいかないわ」

 

そう言って立ち上がるとコープはホラントを指差す。

 

「ホラント、勝負忘れないで。今度は屈服させる」

 

そういってから私の方を向いて口を開く。

 

「コープ家の一員としてティルピッツ伯爵家の祖父への敬意に謝意を示すわ。この恩、覚えておいて」

 

 軍帽を脱いで同じく頭を下げて礼をするとコープは後ろに連れた部下達と共に部屋を退出した。

 

「……はぁ、疲れたな」

 

 私は椅子にへたりこんで呟いた。精神的にごりごり削れる。お腹痛い。

 

 すんなり決まって幸運だ。恐らくこの場にいるのが直接虐殺や暴動を受けた世代でなかったためだろう。一つ上の世代ならさらに時間がかかったろうし、さらに一つ上なら血が流れていた。

 

「全く、なぜ俺がこんな事を……」

 

うんざりした表情でホラントが呟く。

 

「ホラント、ガチでありがとう。助かった」

 

 ヤングブラット首席、コープ双方に面識があるホラントがいなければ口下手な私では多分交渉の席を作る事も難しかった。

 

「ふん、とんだ茶番劇だ」

 

鼻を鳴らし不機嫌にするホラント。

 

「お前もしかしてツンデレ?」

「貴様、俺の事嫌いだろう?」

 

 私の指摘にホラントは舌打ちしながらそう答えたのだった。

 

 

 




交渉シーンに自信が無い……。







※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。