帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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(肉体的に)痛そうなシーン多いです。


第三十四話 人道的というのは相対的なもの

 テルヌーゼン郊外トレオン街第16区は正確に言えばテルヌーゼン市には属していない。テルヌーゼン市行政は実質的にこの周辺を無視していた。

 

 テルヌーゼンの端の端、最外縁部の一角にあるこの街はスラム……俗に言う貧民街であった。街の住民の推定平均年収は約1万1000ディナール。同盟の平均年収が4万2000ディナール、テルヌーゼンの平均年収は同盟全体に比べ2割から3割前後高い数字である事を考えれば、貧民街という言葉は的を射ていると言ってよい。

 

 歴史的に言えばこの街は前世紀の遺物であった。同盟拡大期、首都星ハイネセンは空前の好景気にあった。飽くなき領土拡大……それは一方で未開地の開拓であり、もう一方で対外侵略であった……は、同盟政財界の投資を刺激した。俗に言う「狂乱の580年代」である。

 

 莫大な資本が開発に注ぎ込まれたが、同時に当時の同盟政界保守派は資本が対外向けばかりに注ぎ込まれる事に一種の危機感を抱いていた。

 

 辺境開発は一方で旧銀河連邦市民の土地の開発である事も意味していた。宇宙港や鉱山、発電所に長大な高速道路といったインフラは確かに移住した同胞のために建設された物だ。だが、惑星上には同胞を遥かに凌ぐ数の余所者が住んでいた。西暦時代のシリウス戦役前夜のように、バーラト星系を盟主とした長征系星系政府と旧銀河連邦系星系自治区の対立の機運は好景気の影で少しずつ深くなっていた。同盟政界の保守派から見れば、対外投資の拡大は敵対勢力を成長させるようなものであった。

 

 宇宙暦594年、同盟政府は、旧銀河連邦系星系自治区を締め上げる法律を可決した。「中核産業保護法」「辺境域開発安全基準法」「星間交易新法」……「国内投資推進法」もその一つであり、長征系星系への投資拡大を目指したこの法律は確かに当初の目的を果たした。

 

 だが、それは俗に土地バブルと呼ぶべきものであった。既に大半の開発を終えていた長征系星系経済内であぶれた資本は土地と箱物に流れた。不必要な建設物が次々と建設され、その一部が文字通り人の住まぬゴーストタウンと化していた。

 

 当然の事ながらバブルは実態が無いからバブルと呼ばれているのだ。602年にバブルが完全に崩壊した後、これらの都市は文字通り放棄された。二足三文で切り売りされてもまだ残り、管理人達も管理を放棄してしまった。あるいは所有者自身が忘れてしまった物もあるだろう。

 

 その後、放棄された街は貧民層や犯罪者が巣くうようになった。幾度かの同盟警察の摘発の結果一定の治安は維持されているものの、この手の街を根絶やしにするのは難しい。150年に渡る戦争が貧困層を増加させ、しかも街を潰せば住民は蜘蛛の子を散らすように散住してしまうだろう。態々他の自治体の治安悪化を促進させるくらいならば一か所に集めた方が良い。そんな判断から同盟各地に俗に悪所と呼ばれるスラム街が生まれ、同盟社会からあぶれた弱者が次第に流れ込むようになった。そして、その境界線には重武装の治安警察が警備……いや監視を行っていた。

 

 そんな街の一角にあるインぺリアル・ガーディアンビルは、名前倒れの廃ビルだ。築180年近い地上18階建て地下3階のビルは、元々ビジネスホテルになる予定だったらしい。当時としては破格の資金をかけて建設されたために、その後半ば管理を放棄された後も不法滞在する住民達の素人同然のメンテナンスで倒壊を免れるくらいに丈夫な造りとなっていた。このビルを建てた建設会社は誇っても良い。

 

尤も、今やその住民も追い出されたが。

 

 気難しい表情、短く刈り上げた茶髪の男はビルの最上階のテーブルでこれから始まるだろう狂宴を静かに、しかし今か今かと待ちわびていた。

 

「……もうすぐだ。もうすぐ全てが正される。我々は今こそあるべき姿に立ち返るべきなのだ」

 

 47名の同志と共にこの廃ビルを占拠したサジタリウス腕防衛委員会ハイネセン本部(同盟警察に追い出されたため実際にはマルドゥーク星系であるが、委員会は認めていない)の実働部隊たる民主主義防衛隊ハイネセン第8大隊長デニス・フレディー・アダムズ、この年36歳の彼はハイネセンに住むハイネセンファミリーの血を脈々と受け継ぐ中流家庭の生まれだった。

 

 彼の家は決して狭量な選民主義の家庭では無かった。尤も、彼自身は両親の顔は殆ど知らない。両親は幼い頃にアッシュビー暴動に巻き込まれ帝国系の暴徒の襲撃を受け死亡していた。

 

 長征系家系の名士が社会貢献の名目に設立した孤児院で育ち、優秀な成績から長征系家系が進む私立学校に奨学金で入学する事が出来た。そこでも上位の成績を保った。ハイネセン少年フライングボール選手権でエースとして準優勝した経験もある。まず、順風満帆な人生を歩んでいた。

 

人生が狂ったのは士官学校の入試であった。

 

 彼は文字通り生まれてから長征系の思想にどっぷりと浸かった人生であった。節制と禁欲、勤勉にして文武両道、国家と民主主義への強い忠誠と帰属意識、模範的な長征系市民だった。彼は軍役に付く事に対して何ら抵抗も恐怖も感じていなかった。

 

 だが同時に唯の一兵卒として貢献する事では不足に感じていた。彼はより一層の国家の貢献のために士官学校を目指した。

 

 決して楽観視していたわけでは無い。日々勉学を怠る事は無かった。やれる限りの努力はしてきたつもりだ。

 

 だが……唯人が努力だけで入学出来る程士官学校は簡単では無い。様々な派閥・出自の名門が生まれながら最高の教育を受ける事で、あるいは秀才、いや天才と言える程飛びぬけた才覚を有する者がどうにか合格出来るのが士官学校だ。いや、そんな者達でも一浪二浪が珍しく無い。

 

 三回目の落第についに夢破れ、彼は志願兵として同盟軍に入隊した。

 

 兵学校での18か月の訓練後に二等兵として自由惑星同盟軍地上軍の歩兵師団に配属された彼は、1年後に規則に従い一等兵に昇格し、兵学校卒業者の常として2年目に上等兵に、3年目に品行公正な態度と成績、何よりも軍功により兵長に、と昇進を重ねた。実力と信望の両面から言ってまず文句の付けようが無い人物だった。将来的には下士官、そして士官になる事も可能だったかも知れない。

 

しかし、そこで再び彼の人生は狂った。

 

 同盟と帝国が係争を繰り広げるある熱帯の惑星での戦いで、彼は新任士官の補佐役となった。同年代の帝国系のその士官は、部下の命を軽視した命令を次々と下した。彼は制止しようとしたが無駄であった。

 

 あるいは、そこには帝国人と同盟人の兵士の命への価値観の差異、そして互いの出自に対する蟠りもあったのかも知れない。どちらにしろ、互いを理解する機会も、その関係を修復する時間も永遠に失われた。

 

 勢力圏境界線での哨戒中、部隊は帝国地上軍の重厚な罠と待ち伏せ攻撃を受け最終的に彼以外戦死した。生き残った彼も救援が来るまで抵抗したが、その後軍病院で両足と幾つかの内臓を人工物と交換する事になった。精神的にも俗にいうPTSDの影響を受け戦闘要員として不適格と判断され、彼は伍長への昇進の上で予備役に編入された。

 

 絶望した。これからだった軍人としての人生を絶たれたのだ。戦場でのトラウマもそれに拍車をかけた。精神カウンセリングを受けたが効果は殆ど無い。酒に逃げようにも、肝臓は人工のそれに交換されていた。傷痍軍人向けの無駄に高性能な人工肝臓のおかげで酔いたくても酔えない体だった。それでも傷痍軍人に与えられる年金は全て安酒に消えた。

 

 どうしようも無くなった彼の最後の就職先がサジタリウス腕防衛委員会の実働部門だった。元軍人としても長征系の教育を受けた身として彼の望む職場であった。更に相手は祖国に巣くう帝国人である。彼は退役の原因となった帝国系士官の姿が脳裏によぎった。

 

 彼にとって帝国人移民は祖国の文字通り寄生虫だった。あのような奴らが自分を押しのけて士官!?ましてあの無謀な指揮は何か!?まるで部下を家臣か奴隷のように扱うなぞ!あのような輩が同盟軍に巣くえば亡国の原因になろう。その排除は愛国者として当然に思えた。

 

「……ちっ、震えるな」

 

 舌打ちした後、禁断症状のように震え出す腕を押さえつける予備役伍長。

 

 委員会も期待外れの場所だった。保守化し、保身的な上層部の老人達は余所者に対する呪詛ばかり唱え、本気で闘争するつもりが無い。定期的に後援者のための小事件を起こしても、本気で闘争に、祖国防衛の戦いに身を投じるつもりが無いのだ。構成員の半分は信念も無く家族を食わせるためだけに活動しているような輩だ。中には徴兵逃れのために属している惰弱な臆病者までいる。

 

 嘆かわしい限りだ。憂国の志で闘争に明け暮れた創設者達が嘆き悲しむだろう。或るいは怒りのあまり墓から這い出て噛み殺しにかかるかも知れない。

 

「だが、それも今日中の事だ。全ての過ちは正される」

 

 脳の無い帝国の猪共を唆すのは簡単だ。少し挑発すればすぐに暴発してくれる。奴らはすぐにノアシティの老人共に殴り込みにかかるだろう。さすれば同胞と後援者への面子ために老人共も動かざる得ない。責任を取り老人共を退場させる事も出来るかも知れない。

 

「国父よ。御安心ください。我らは貴方方の建設したこの偉大な祖国を侵略者から必ずや死守して見せます」

 

 彼は黒い三角帽を胸にやり、壁に掲げられたアーレ・ハイネセンの肖像画に向け深々と祈りをささげるかの如く頭を下げる。肖像画に描かれた国父のその鋭い眼差しには、固い不退転の決意と溢れんばかりの情熱に満ち満ちているように彼には見えた。

 

 30秒ほどして頭を上げるとアダムズはハイネセン本部に留まる部下へ定時連絡を行おうと携帯端末を操作する。丁度その時であった。ビル全体が停電すると同時に衝撃に襲われたのは……。

 

 

 

 

 

 

 ビルの発見の後、為すべき事は情報収集であった。近隣の建物から望遠鏡やサーモグラフィー、衛星画像からビルに潜む愚か者共の人数と位置を推測する。またビルの構造資料をテルヌーゼン図書館や請け負った建設会社の記録資料から読み取る。無論、追い出された住民のポケットに100ディナール札を捻じ込んで内部の情報についても問いただしていた。

 

 そして、そこから人質の囚われている可能性の高いフロアを数か所選定する。

 

 問題は時間と襲撃方法であった。上層部で何等かの交渉が纏まったらしいが、取り敢えず現場に伝えられた命令は「真っ先に諸君が強襲して人質を救出と共に撤退、同時に委員会の実働部隊が名を騙る犯罪者の群れに制裁を加え、全てが終わった所で同盟警察が貧民街での暴動として処理する」というざっくりとした物であった。

 

 形としては最も危険な一番槍を押し付けられた形であるが、帝国人達は……当然の如く一切恐れなぞ持ち合わせていなかった。

 

「はぁ……!流石に少し無茶が過ぎるな……!」

 

 同盟軍の旧世代型のガスマスクと暗視装置を装着し市街戦用デジタル迷彩服を着たシェーンコップはそう吐き捨てながらエレベータ補修シャフトをよじ登って現れる。

 

 地下水道から潜入した1個小隊は壊れて放棄されていたエレベータ補修シャフトから登り、ビルの電源を切断すると同時に人質のいる可能性の高い5階と8階、及び11階にスタングレネードと催涙ガスを投げ込みながら突入した。さらに言えば、同時に別動隊が門前にロケット弾を撃ち込むと共に自動車を突入させて陽動作戦を実施している。

 

「別動隊に意識が向いている内にいきましょう……!」

 

 同じようにガスマスクで顔を隠したライトナー大尉がパラライザー銃を構えながら先導する。全て時間との勝負であった。

 

 人質の捜索を開始すると共に11階メインフロアに黒一色の三角帽姿の戦闘員が2人躍り込んだ。

 

「くたばれルドルフ野郎っ!」

 

 ブラスターライフルを発砲する敵戦闘員。同時に突入部隊は一斉に物陰に隠れた。

 

「糞、思ったより正確な射撃だな」

「奴さん、多分こちらと同じようにガスマスクと暗視装置つけているな」

 

 レーザー光線の筋から身を隠しながら突入部隊の人員は冷静に同盟公用語で話し合う。

 

 ライトナーは手信号で命令を下す。同時に牽制役の数名の人員がパラライザー銃を発砲し始めた。

 

 俗に麻酔銃とも言われるパラライザー銃は、13日戦争以前からあるテーザー銃の末裔であり治安警察の装備する暴徒鎮圧用非殺傷兵器だ。銃口から強力な電気を相手の人体に流す事で相手の行動を封じる、形式上は人道的な武器だ。尤も、地球統一政府治安警察軍がシリウス戦役以前の植民星のデモや暴動の鎮圧に多用したせいで圧政者の象徴のように見られる事も多い。

 

 パラライザー銃の発砲。放出される電流を受ければ、死亡する事は無いが全身を焼くような痛みで10分は禄に動けなくなる。

 

 それを知る相手側もすぐに扉の影に隠れて応戦する。だが、それは陽動だ。暗闇に紛れ2名の戦闘員が身を屈め、足音も立てず、死角から黒帽子に駆け寄る。

 

 銃撃の一瞬の隙をついて死角から一気に襲い掛かる元装甲擲弾兵達。反撃の隙を与えず電磁警棒を腰から取り出しそのまま黒帽子達の顔を一気に殴りつける。一撃で十分であった。殺さない程度の手加減はしたが、金属製の高圧電流を帯びた警棒の打撃を受け一瞬にして2名の敵戦闘員は意識を刈り取られた。

 

「これは……なかなかやるな……」

 

 シェーンコップは人質を探すためにその場を離れながら呟いた。あの短時間で気配も気付かせずに一気に距離を詰めるのは簡単では無い筈だ。伯爵の護衛役達は少なくとも戦闘に限って言えば相当に手慣れていた。政治的な理由で今回帝国人達は殺傷行為を禁じられている事、そのハンデを一切意に介さない態度からも只者達では無い。

 

 先ほど黒帽子を処理した2名が9年前まで最盛期の「薔薇騎士連隊」に所属していた陸戦隊員である事を知るのは後の事だ。

 

尤も、そう言う不良学生も只者では無かったが。

 

 廊下を駆けると、一室から火薬式ライフルを構えた黒帽子が躍り出る。

 

「ちぃっ!」

 

 それに対して数メートル離れた位置にいたシェーンコップの行動は回避ではなく前進だった。

 

 相手にとっても予想外の鉢合わせだったらしい。一瞬怯んだ黒帽子は、すぐに銃口を構えるが、既に不良学生は相手の懐に潜り込んでいた。

 

 瞬時に相手の腹部に一撃を入れる。姿勢のバランスを失った所で足を蹴り上げて押さえ込む。火薬式銃が発砲されるがそれは天井に穴を開けただけだ。

 

 腕を圧迫され、引き金から手を放す。同時に顔面にジャブを受け、暗視装置を破壊される。不良学生は相手の腰に装着していた高電圧警棒の電源を付け、相手の首元にそっと触れさせた。

 

「あがっ……!?」

 

 そんな悲鳴と共に痙攣しつつ泡を口から吹き出して、意識を失う黒帽子。

 

 立ち上がると、不良学生は相手を一顧だせず再び走り始める。戦闘の開始から終了まで十秒と掛からなかった。

 

「あの餓鬼、やるな……」

 

戦闘を目撃した数名の元装甲擲弾兵が呟く。

 

 無論、素人である以上その動きは粗削りなものだ。自分達が同じ状況になっても同じように対処出来ただろう。そう、今の自分達ならば。

 

 実戦に出た事も無い十六の頃の自分達が果たして同じ対応が出来ただろうか?足を竦めるか、判断を誤り射線から逃げようとして負傷したか、あるいは仕留めきれずに逆撃を受けていたか……あそこまで完全に対応出来たと自信を持って断言出来たかといえば怪しいものだ。

 

「成程な。忌々しいが買われるだけの才覚はあるわけか」

 

 まだダイヤの原石だが磨けばなかなかの一品に仕上がりそうだ。部下達のそんな呟きを聞きつつ、ライトナー大尉は不良学生の下に駆け寄る。

 

「………」

 

 悠々とした表情のシェーンコップを見つめ、口を開く大尉。

 

「危なかったですな。ですから安全な指揮所で待機する事を勧めたのですが……」

 

 強情にも襲撃に参加するというから不良学生にだけブラスターを支給したがそれも使わずに肉弾戦をしてくるとは。どうにか対処出来たが、後数秒判断が遅かったら銃撃を受けていた筈だ。

 

「いやぁ、ひやひやしましたよ。ですが上手くやったでしょう?」

「貴方が負傷されたら我々の立場がありません」

 

心配、というより不快そうにライトナー大尉は言う。

 

「そちらからすれば御迷惑でしょうが……こればかりは勘弁願いたい。一方的に借りを作るのは苦手でしてな。それに安全な所に籠っていては囚われの姫君に失望されてしまいます」

 

 古来より姫君を助けるのは王子様本人ですからな、王族の癖に呆れたものです……仰々しく、冗談のようにそう答える不良学生に鼻を鳴らしてライトナーは任務の続きを続行する。

 

 フロア最奥の部屋にたどり着いた突入部隊は互いに目配せする。

 

「よし、いけっ!」

 

 ライトナーの命令に従い、数名が人質のいるであろうと予想される部屋に突入する。扉から滑り込ませるようにスタングレネードを投げ込み、その発光と共にした突入だ。

 

「ちぃっ……!」

 

 待ち構えていた戦闘員は、強い光の前に目元を覆う。暗視装置が自動で光量を調整するがそれでも網膜はすぐに慣れる事はない。

 

 突入部隊の先頭は、ブラスターを乱射する戦闘員に対して身を低くしながら接近、パラライザー銃の銃口から撃ち出される電流に小さな悲鳴を上げて人影は崩れ落ちる。

 

 同時に2名の隊員が、そしてその後ろからシェーンコップが続く。

 

 そして、その時だった。物陰に隠れていた黒帽子が戦斧を振り上げながらシェーンコップに後ろから襲い掛かったのは。

 

「死ねえぇぇ!!」

「はっ!?」

 

 完全に奇襲になった。後背からの、しかも近距離から戦斧の一撃を回避するのは不可能だ。シェーンコップの頭部は炭素クリスタルの一撃の前に潰れたトマトのように粉砕される……筈であった。

 

「まだまだですな。後背からの襲撃なぞありがちな事態です」

 

 戦斧を持つ腕を抑えつけ、首を絞め黒帽子を拘束しながらライトナーは淡々と語る。

 

「……助かりましたよ。感謝します」

 

 一瞬驚いた表情をしたシェーンコップは、しかしすぐに丁寧に礼をする。

 

「構いません。仕事です。それより……」

 

目元を細めて殺気を帯びる大尉。

 

「……駄目です。いません。恐らくここにいた筈ですが……」

 

 元倉庫室であったのだろう部屋の奥を探索した部下が答える。床を見れば開錠された電磁手錠が落ちていた。

 

「……だそうだ。とっとと居場所を吐け。それとも、話したくなるまで指の骨を折ろうか?」

 

 淡々と、冷たい口調で押さえつけた黒帽子に尋ねる大尉。

 

「ぐっ……この…侵略者めっ!貴様に祖国を乗っ取らせはせんぞ!我らここで死せども志は……」

 

 次の瞬間クッキーでも割ったような音と共に黒帽子の悲鳴が響く。

 

「駄目です。下の2班とも、人質を発見出来ていないそうです」

「そうか。だ、そうだ。吐く気になったか?」

 

 人間味の感じない声で尋ねる尋問者に、憎悪の視線を向け黒帽子は喚く。

 

「脅迫や拷問には屈したりせぬっ!我々の意思がこの程度で揺らぐものだと思うな!如何なる圧政者も最後は滅びるのだっ!我らはその時民主主義と正義のために命を捧げた殉教者として……アガがっ!?」

 

大尉は無感動に二本目の指を折る。

 

「生命活動さえしていれば問題無い。次は2本いく。早く吐く事だな」

「ふぐっ……この程度の苦行、偉大なる国父と我々の始祖の受けた苦しみの前で……ああああああああ!?」

 

大尉は、最後まで聞かずすぐさま間接を二本へし折った。

 

「呆れたものだな。奴隷の血を誇るなんて」

 

 大尉の部下の一人は嘲るように笑う。帝室や門閥の血筋を誇るのならそれは当たり前の事だ。だが怠惰で愚かな奴隷如きがその血を誇るとは笑止千万だ。国父アーレ・ハイネセンを頂点とした統率者達の指導に従うだけだった輩が、ただ乗りでその血を誇るとは!指導者層の子孫ならともかく、たかがその場にいただけの、羊飼いに導かれる臆病な羊がそんな事を口にした所で笑い話でしかない。

 

「痛みに慣れてますな。痛めつけても無駄です。殉教者に拷問は無意味と相場が決まってますからな」

 

 黒帽子の態度を見てシェーンコップは口を開く。ガスマスクの下の顔は顰め面だ。流石に彼も目の前で拷問が続くのを見たいような加虐的な性格ではない。

 

 恐らく従軍経験者なのだろう。奇襲の時の動きや拷問への耐性から見ると唯の不平屋ではあるまい。

 

「こういう場合は別の相手に聞くべきですな」

 

 その言葉の意味を理解したライトナーは首を振って部下に指示する。その意を解した部下達は、先ほどパラライザー銃で気絶させた黒帽子の腹を蹴り上げて強制的に気を取り戻させる。

 

 同時にライトナーはハンカチを拷問にかけた黒帽子の口にねじ込み口を聞けなくさせる。

 

「アッ……がっ……!?」

 

 意識を取り戻した方は事態が理解出来ずに混乱していた。ぴくぴくと体は痙攣している。その首元を持ち上げて部下が怒鳴りつける。

 

「よーし、起きたな!いいかこの糞オートミール野郎!今すぐその足りない脳で理解しろっ!さっきまでここにいた小娘がどこに持ってかれたかさっさと洗いざらい吐き出せ!でないとこいつの指を全部折ってお前の番になるぞ!?」

 

 いっそ楽し気な(無論演技だが)口調で尋問を開始する元装甲擲弾兵。

 

「あっ……ひっ……!?」

 

 口元から涎を垂らしながら黒帽子は理解したようだった。こっちはどうやら若そうな声をしていた。

 

 同僚の折れた指を目の前で見せられた若い黒帽子は動揺する。折られた方は何か言いたそうにするが口を縛られているために何も伝えられない。どちらにしろ中ばパニックになっている若い黒帽子の前では無意味であっただろうが。 

 

30秒足らずに答えは出た。

 

「ボスだっ……!ボスが……あの餓鬼を屋上まで連れて行った!」

 

 次の瞬間、電磁警棒で黒帽子達を気絶させると彼らは階段に向け駆け出した……。

 

 




パラライザー銃は「黄昏都市」(並行世界?)で存在が記述されている。決して「サイコパス」のあれがかっこいいと思ったからではない(真顔)







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