帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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第三十五話 人の金で食べる飯程美味いものは無い

「くっ……さっさと走れっ!こののろまめっ!!」

 

 ブラスターを向ける黒帽子の男に急かされ、クロイツェルは何日も動かしていなかった足を小鹿のように震わしながらも進める。

 

 寝ている間に地震が起きたかと思えば数分前に、手錠を外されそのまま黒帽子に腕を無理矢理引かれて階段を駆け上がらされていた。

 

 遠くに耳を澄ませば銃声らしき音が響き渡る。そして彼女は事態を察しして恐怖していた。

 

ついにこの時が来た……!

 

 ここがどこだか知らないが、どうやら同胞は遂にその握り拳を降り下ろす事にしたらしい。

 

 怖い……この人は分かっているのだろうか?きっと来た人達は自分の眉間に銃口を突きつけ脅しても気にも止めないだろうというのに。……脅迫したと同時に蜂の巣にされる事は確実だろうに。

 

そしてその際、多分自分も………。

 

「……!」

 

ぞわり、と鳥肌が立つ。

 

 自分の死がすぐそこにまで迫っている事を改めて自覚させられた。

 

「糞……帝国のハイエナ共め。ここを探り当てて来やがったか!だが……まだだ。まだ終わらん!」

「ボス!ここは食い止めます!早くお逃げ下さい!」

 

 屋上への出口から現れる黒帽子2人が登っていくクロイツェルとすれ違う形で階段を下る。その手には火薬式軽機関銃が掴まれていた。登ってくる復讐者達に応戦しにいくのだろう。

 

 屋上に出る。そこは闇と光の世界であった。大都市テルヌーゼンの辺境の辺境の貧民街であるために周囲の光は少なく外に出ると共に闇夜の空は美しい星々の輝きを余す事なく曝け出していた。2月の冷たい空気が肌に冷え込むように襲い掛かる。遠くを見ればテルヌーゼン中心街の高層ビル群がネオンの光で幻想的なシルエット薄っすらと生んでいた。

 

 そして、そんな中で銃声をBGMに屋上倉庫に安置された小型ヘリコプターの下まで引かれる自分の存在を、クロイツェルはどこか滑稽に思えていた。

 

 屋上倉庫にギリギリで収容されていた旧型の民間用ヘリに乗り込もうとした瞬間、殺気を感じたアダムズは身を伏せる。同時に先ほどまで頭部のあった空間にパラライザーの電光が通り過ぎた。

 

同時に手にするブラスターを屋上入り口に連射する。

 

「ちっ、勘の良い奴め……!」

 

 屋上階段に身を隠して元装甲擲弾兵の一人は舌打ちする。

 

 向かってきた黒帽子2名を催涙ガス弾と煙幕弾で無力化した第11階突入班は、しかしそこから動けずにいる。

 

 相手は一人、しかし断続的なブラスターの発砲の前に攻めあぐねる。本来ならば相手は一人である。ゼッフル粒子の込めた砲弾を撃ち込むなり、重火器で正面から面制圧、狙撃もあるし、いっそ戦闘ヘリで吹き飛ばしても良い。

 

 だが、人質の奪還を目標としている以上それは不可能であった。

 

「野外警戒班、そちらから狙撃出来るか!?」

 

 若い元装甲擲弾兵が無線機で周辺の建物から監視している友軍に連絡する。

 

『……駄目だ。ここからでは影になっている。それに風が強い。人質の安全は保障出来ん」

「糞、ニョルズめ……こんな時に風を吹かすな!」

 

風神に文句を言いながら隊員は銃撃が止むのを待つ。

 

 そしてブラスターの閃光が止むとと同時に突入しようとした彼らは……思わず怯んだ。

 

「なっ……!?」

「あの野郎、正気か?」

 

 彼らが見たのは、黒いローブを脱いだ今回の事件の首魁の姿であった。

 

但し、全身に爆薬を巻いていたが。

 

 ヘリの傍らで全身に高性能爆薬を巻いたアダムズは軍用ナイフ片手にクロイツェルを人質に取る。

 

「帝国の溝鼠共め……!撃てるものならば撃ってみろっ!この餓鬼と共にヴァルハラとやらで暴れまわってやる!」

 

 声を荒げてアダムズは答える。その表情は不敵に笑っていた。

 

「……降伏して人質を解放しろ。貴様に最早逃げ場は無い。今這い蹲って赦しを請えば寛大な処置を約束するぞ!」

 

 隊員の一人が降伏勧告をする。だが、それに対してアダムズは口元を吊り上げて笑う。

 

「はははは!降伏だと?笑わせるなよ!?誇りある同盟人は貴様ら圧政者に媚びなぞ売らんわっ!」

 

 そして、クロイツェルの首元に炭素クリスタル製の軍用ナイフを突き立てる。

 

「貴様らこそ、この嬢さんの胴体と頭が泣き別れしていいのなら来るが良い!人質を気にしないのがお前達のやり口だろう?」

 

嘲るようにそう投げかけるアダムズ。

 

「ふっ……やっぱり撃ってこないな」

 

 帝国人達の沈黙に確信したように呟く予備役伍長。どうやらこの小娘を怪我させる事に躊躇しているらしい。

 

「たかが成り上がりの騎士だと思ったがどうやら違うようだな、ええっ?どこぞのぼんぼん貴族の妾腹か?それともその歳で御手付きか?」

 

馬鹿にするようにアダムズはクロイツェルに尋ねる。

 

「し、知りませんよっ……!私はただの一般人ですっ……も、もう嫌だよぅ………」

 

 涙声で震えるように答える。実際彼女の精神は相当参っていた。時たま面倒な目に合うがそれでも命の危険に合うような経験なぞこれまで殆ど無い。正直十六そこらの一般家庭の少女にとってはここ数日の状況は余りに非日常的であり、絶望そのものであった。

 

「もう嫌だよぅ……誰か……お願いだから助けてよぅ……」

 

 一方、屋上出口に控える帝国人達は、判断に迷っていた。

 

「糞……時間が無い。早くしないと黒帽子共と警察がやってきやがる。あいつらが残っているからと言って俺らを纏めて殺りにきても可笑しく無い……!」

 

苦々し気に一人が吐き捨てる。

 

「上層部の結んだ協約だと後6……いや5分も無いぞっ!?」

 

 状況は緊迫していた。全身爆薬を纏って人質にナイフを突きつけていた。全身に電流が走るパラライザー銃の使用は不可能、狙撃用ブラスターライフルも封じられた。接近戦を行おうにも人質がいるし、自爆の危険がある。そして何より時間が無い。

 

「地上の陽動班は撤収を開始している模様……!5階、8階の突入班も撤収準備中です……!」

「こちらに増援を要請するか……?」

「いや、時間が無い。この際強硬突入して刺し違えてでも……!」

 

そこに怒鳴り声が響く。

 

「馬鹿者がっ……!優先順位を履き違えるな……!我々の任務はあらゆる犠牲を払ってでも人質を救出する事だ……!強行突入は人質の命が危ない……!」

 

ライトナー大尉が慌てる部下を叱責する。

 

「……背に腹は代えられませんな」

 

そこにそう呟いた者がいた。

 

「おい、何を……!」

 

 制止を振り切るように立ち上がり屋上に出る人影……それに反応してライトナー大尉が部下に戦闘準備を命じて後を追う。

 

「余り関心しませんな。紳士たる者、御令嬢に突きつけるのは刃物では無く花束にしたらどうですかな?」

 

飄々とそう語りながら屋上に出てくる人影。

 

「お前は………?」

 

 さも、訳あり顔で向かってくるが故に予備役伍長は警戒しながらそう尋ねた。

 

「いやねぇ、そう大した者ではありませんよ。シェーンコップ……ジギスムント1世帝の御世に貴族位に叙せられたシェーンコップ男爵家が分家ハイルブロン=シェーンコップ帝国騎士の当主、ワルター・フォン・シェーンコップ帝国騎士だ。……まぁ、どうぞ短い間ですがお見知りおき下さいな」

 

 ブラスターを構えながら慇懃無礼に、しかし流暢な同盟公用語で持ってシェーンコップは名乗りを挙げた。

 

 

 

 

 

僅かな場の沈黙……それは泣き声で破られた。

 

「し……シェーンコップさぁん……っ!!?」

 

 文字通り目元を赤く泣き腫らしながら、嗚咽交じりの声でクロイツェルはその帝国騎士の名を呼ぶ。

 

それに対して不良学生は、少々困った表情を浮かべる。

 

「フロイラインもなかなか難儀な星の下に生まれたものですなぁ。これでは赤ん坊同様少しでも目を離せませんな」

「私は赤ん坊じゃありませんっ!」

 

 泣き声交じりで、しかし怒るように反論するクロイツェル。その反応に少し驚くように目を見開くが、すぐに再び困ったものだ、と肩を竦める。

 

「これはこれは、とんだ失礼を。どうぞ御容赦下さい、フロイライン」

 

 少々茶化すように、しかし真摯に礼をするシェーンコップ。同時にライトナーが不良学生の傍に控える。

 

「はっ!帝国騎士様が御姫様を御救いに来たと言う訳か!なんとまぁ浪漫に溢れた事だ。時代錯誤の貴族主義者共め……!中世ごっこなら他所でやりやがれ!それとも騎士道物語宜しく決闘でもするかっ!?えぇ!?」

「ひっ……!」

 

 その言いような明らかに嘲りの感情があった。宇宙暦8世紀になってもちぐはぐな似非貴族を演じる銀河帝国貴族階級は彼にとっては滑稽なものだ。地球時代の欧州貴族の服装に黒色火薬式銃やサーベルで決闘する者共の神経なぞ理解する気も無い。仮に決闘を申し込まれれば彼は迷わずそんな馬鹿貴族に不意打ちでブラスターの光線を叩き込むだろう。

 

 ライトナーも含めて一層警戒しながらクロイツェルに引き寄せながら一層軍用ナイフを細い首元に近づけるアダムズ。ナイフの先端がか細い肌に触れ一条の血の筋が滴る。

 

「やれやれ、追い詰められたからと言ってそうかりかりしなくていいでしょうに」

 

 そんな強制労働者の末裔に憐れむような笑みを見せる不良学生。肩を竦めて同意を求めるようにライトナーにちらりと顔を向ける。一方、ライトナーは文字通り汚物でも見るかのように蔑みの目でアダムズを見据える。知る人が見ればそれが正に帝国貴族が農奴や奴隷を見る時と同じである事が分かった筈だ。

 

「そういう貴様は随分と余裕な事だな?」

「御隠れした祖父が言ってましてね。帝国貴族たる者、常に余裕を持って優雅たれ、貴婦人には恭しく手の甲に接吻して御挨拶を、手袋を投げつけられたら慇懃無礼に拾って差し上げろ、とね」

 

 茶化すように答えつつもシェーンコップはブラスターを構えたままアダムズから視線を外さない。

 

 一方、アダムズもそんな生意気な餓鬼から視線を外さない。

 

(……餓鬼の癖に隙が無い。視線を外したら……狙撃されかねん)

 

 今でこそ唯の暴力組織の一員であるがかつては同盟地上軍の兵士として五十近い戦闘を経験している。その経験と勘が目の前の帝国騎士は決して軽視出来ない存在である事を告げていた。

 

(……ちっ、警察共め。もっと早く来やがれ。こんな時に限って遅れやがって……!)

 

 アダムズは時間を味方につけていた。この騒ぎである。ハイネセン警察なり同盟警察なりが急行する筈だ。そうすれば帝国人共は道連れで捕まる、少なくとも目撃されれば亡命者コミュニティに捜査が入る。事態が周知されれば長征系市民と帝国系市民の対立は一層深くなる。対立の深刻化は彼とその同志達にとって望む所だ。

 

 そしてその考えは現実と多少の齟齬があっても間違いでは無い。時間以内に人質を連れて撤収しなければ委員会の完全武装の集団が一斉にビルにいる者全員に襲い掛かり、その後、同盟警察機動隊が私刑に処された者全員を暴徒や犯罪組織の内ゲバとして拘束する事になっていた。不良学生達はこれ以上ここに留まれば自分達もまたその私刑の対象になる。

 

 何せ、委員会側としては仮に現場で帝国人と会った場合末端を抑える自信が無い。というより、頭に血が登る末端構成員に対する表向きの出動理由が「組織を騙る便乗犯罪者への報復」だ。断じて帝国人との予定調和の事実なぞあってはならない。

 

「シェーンコップさん………」

 

 小動物のように怯えながらクロイツェルは目の前の帝国騎士に助けを呼ぶ。それに対してシェーンコップはどこか仕方ないとばかりに優し気に、そして申し訳なさそうな笑みを浮かべる。

 

「フロイライン……安心してくれ、と言っても安心は出来んか。済まんな。俺のせいで妙な事に巻き込んでしまった」

 

 最初の出会いのせいで目をつけさせてしまい、自分に会おうとしたために誘拐されてしまった。故意では無いが、標的にされた一因は自分にもある事を不良学生は十分自覚していた。

 

「……そ、そんな事は……無いです。シェーンコップさんのお蔭であの時……助かりました。だから……そんな事言わないで下さいっ……!あ、謝るなら……今度ご飯奢ってください。そ、それで許してあげますよ?」

 

 怯えながらもクロイツェルはその言を否定する。そして涙目でも気丈にそう茶化して見せる。過程はともあれ、彼女はシェーンコップに助けられた事を感謝していたし、彼を嫌うような理由は彼女には無かった。寧ろ彼女こそ天文学的な確率で自分の災難に巻き込んでしまった事に引け目を感じていた。だからこそ、相手の自責の念に対して否定する。

 

 ある意味では彼女も端くれであり自覚こそ無いものの彼女なりの貴族の誇りを持っていた、という事かも知れない。

 

「ぎゃあぎゃあ喋るな、小娘!ここはオペラ座じゃねぇぞ、演劇は他所でやれ……!」

 

 警告するように薄くクロイツェルの首にナイフを添えるアダムズ。すっと首に浅い切り傷をつける。クロイツェルは小さな悲鳴を上げて口を閉じる。

 

「……!!クロイツェル、必ず助ける。だから……動かないでくれるか?」

 

 子供を諭すように優しくそう尋ねるシェーンコップ。怯えつつも、しかしその言にクロイツェルは、小さく頭を振って肯定する。

 

 それを確認したシェーンコップは頷くと、険しい視線でブラスターに両手を添える。それは間違いなく狙撃の体勢であった。

 

「……!貴様っ!狙撃するつもりか!?こいつがどうなってもいいのかっ!?理由は知らんがそこの殺戮上等の帝国人共が傷つけるのを躊躇する人物だぞ!?」

 

 そう言ってアダムズはクロイツェルを自分の盾のようにする。これでは、アダムズだけを正確に狙撃するのは困難だった。さらに手に持つナイフを首のすぐ横に動かす。そこならばナイフを持つ腕を撃たれても手の中から落とす前に動脈を切り裂けるだろう。

 

 仮に狙撃の名手であろうとも、ブラスターで行う事を躊躇するだろう状況……。

 

「……シェーンコップ殿、狙撃ならば私が」

 

 狙撃の経験も豊富なライトナーの呼びかけにシェーンコップは視線のみで意思を伝える。

 

「……分かりました」

 

それだけ言ってライトナーは突入姿勢を取る。

 

「ちっ……!」

 

アダムズは集中して自身に来る狙撃に備える。

 

 闇夜の中での静寂………それは永遠に続くかに思えた。だが、実際はそれはほんの十秒程度の事でしか無かった。

 

青白い閃光が走った。

 

「うっ……!」

 

小さな悲鳴が上がる。

 

同時に足に狙撃を受けたクロイツェルが倒れ込む。

 

「おい……!ちぃっ……!?」

 

 人質が床にしゃがみ込んでアダムズの姿が射線上に晒される。

 

(狙いを外した!?いや、これは……!)

 

 すぐに目的を理解したアダムズは無理矢理にでもクロイツェルを立ち上がらせようとする。

 

(いや、駄目だ。それよりも自爆して全員道連れに……)

 

 アダムズは、急いで起爆のためのレバーを引こうとする。そこに両腕をブラスターの閃光が射抜いた。

 

「がっ……!?」

 

 同時にナイフを落すアダムズにライトナーが一気に距離を詰める。自爆を防ぐように両腕を抑えつける。同時に部下達もすぐさま駆け寄りアダムズを抑え工兵経験者が自爆ベルトを無力化していく。

 

シェーンコップは急いで倒れるクロイツェルの下に駆け寄る。迅速に手持ちのハンカチで傷口を止血する。

 

「……すまん。怪我をさせた」

 

心の底から心苦しそうに不良学生は謝罪する。

 

 一方、涙目のクロイツェルはしかし安堵の笑みを浮かべ答える。

 

「いえ、大丈夫ですよ。視線でどこを狙っていたか分かりましたから」

 

 シェーンコップは元から人質の足を狙っていた。急所を外し、掠れるように狙いをつけていたが。

 

 アダムズは自分を狙っていると思っていただろう。敢えて人質を狙う事で、立てなくなる人質の価値を失わせると共に動揺させる。そして生まれた隙で2撃目を発砲する。

 

「……怖く無かったか?外すかも知れなかった。それに殺されたかも知れない」

 

時間が無い苦肉の手段だった。賭けに近かった。

 

「確かに怖かったです。でも……」

「でも?」

「……信じてましたから。シェーンコップさんは私と違って本当に騎士様みたいですから」

 

 最初に会った時からそう思っていた。本来ならば面倒事だ。見て見ぬふりして良かった筈だ。だが、敢えて目の前の人物は自分を助けてくれた。

 

 その時に何度も泣きながら感謝した。だが、彼は不敵な笑みを浮かべ、ぶっきら棒にいった。

 

『気にするな。見て見ぬふりをするのは嫌だっただけだ。口煩い祖父に躾けられたからな。「栄光と勇気は結果に過ぎん。弱者のために、正義のために、貴婦人のために力を使った結果だ。必要な時に力を使わんのは悪であり卑怯者だ」とな。私は卑怯者になりたくは無いのでね』

 

 ある種古臭いが、それは古き良き時代の帝国騎士の姿に他ならない。門閥貴族や従士と違い権力に靡かず、独立独歩の精神で、自身の正しいと信じる信念に従う。歴史を紐解けば開祖ルドルフを始め皇帝にも異を唱えた者、門閥貴族にも屈しなかった者もいる。帝国では騎士を主人公にした浪漫小説は大衆の人気文学であった。

 

 当然今時そんな絵に描いたような帝国騎士なぞ絶滅危惧種だ。だからこそ逆に、クロイツェルにとってシェーンコップは正にまごう事無き騎士に他ならなかった。だからこそ、信頼していた。

 

「……随分と買い被られたものですな」

 

 困ったように苦笑するシェーンコップ。だが、そこにはどこか晴れ晴れとしたものがあった。

 

「失礼、そろそろ撤収致します。御急ぎを」

 

 ライトナーが傍に立って連絡する。既にビルの1階には委員会の武装車両が突入し、団員を次々と放出していた。

 

「分かりました。では御姫様、御無礼致します」

「はい?」

 

 そういうや早くシェーンコップは足を痛めたクロイツェルを、俗にいう御姫様抱っこする。そして周囲の装甲擲弾兵が茶化すように口笛を吹く中、一人、クロイツェルは顔を赤くしていた。

 

 

 

 

 一方、そのような事の行われているビルの数キロ離れた貧民街の街道にはモスグリーンに統一された装甲車両の列が進んでいた。

 

 同盟警察ハイネセン管区第13機動隊……首都のおける暴動やテロ対策のために設立された武装警察部隊、というのは建前であり、その実統一派の同盟警察に有する私設部隊の色合いの濃いこの部隊はハイネセンで起こる様々な政治的事件に対応し、時に同盟政治家達の意を汲んで処理する目的があった。そう、今回の暴動のように。

 

そんな車列の横を通り過ぎるように数台の車が走る。

 

 明らかに銃撃を受けていたと思われる車を見て、装甲車から乗り出した警官が口を開く。

 

「おい、そこの車列、止まれ」

 

命令口調での注意に車列は止まる。

 

「済まないが車の名義と身分証明を要求する。その車の痛みようはどういう訳か説明願いたい」

 

 圧迫するような警官に、先頭の車の窓がゆっくりと降りる。そして運転手は口を開く。

 

「あー、すみません!私アルレスハイム民間警備会社警備員のイングリーテ・フォン・レーヴェンハルトと言います!す、すみません。実は飲酒運転してましてぇ……あのぅ、もしかしてこれ、免許剥奪ですか?」

 

 にへら、と飲酒運転を誤魔化すように笑う女性に一瞬警官は驚く。が、すぐに気を取り戻す。

 

「わ、悪ふざけは止め給え。その傷は飲酒運転で出来るようなものでは無いだろう!?明らかにその傷は銃弾の……」

「お願いしますよぅ~!今非番なんです!見逃してください!ばれたら会社首になるんです!そ、そうだパンツ!私のパンツあげるので勘弁してください!」

 

 涙目で懇願する運転手。急いでパンツを脱ごうとし始める。

 

「お、おい、止めろ!そういう話をしているのではなくてだな……!?」

「上ですか!?上のブラなら満足なんですか変態性癖ポリスさんっ!?」

「誰が変態性癖じゃ!俺はノーマルだ!」

「……レストレイド巡査、何事かな?」

 

 慌てて突っ込みを入れる警官。騒がしく罵り合う場、そこに低い、しかし印象に残る声が響いた。

 

 歩いて装甲車に歩み寄る警部に慌てて若い警官は敬礼する。

 

「い、いえ警部、怪しい車を見つけたもので職務質問していた所でして……」

 

 若い、爽やかでハンサムな警部はちらりと銃弾の穴だらけの車を見やる。

 

「……これはこれは、随分と痛んでいる車ですね。中古でご購入で?」

「えへへへ、まぁ、いやぁ、確かにそれだけでは何ですが……飲酒運転でぶつけましてぇ」

 

 誤魔化すように頭を掻くレーヴェンハルト。へらへらと苦笑いを浮かべているが、警部にはその目の奥底が微塵も笑っていない事を理解していた。

 

「やれやれ、この近くで暴動が起きているそうです。いつまでも職務質問は危険です。私達は交通課では無いので今回だけは大目に見ましょう。運転は確かに楽しいでしょうが飲酒時は公共の安全のために自動運転の方にしてくださいよ?」

 

笑みを浮かべてそう指摘する警部。

 

「はい~、ごめんなさい~」

 

 頭を下げながら窓を閉めりレーヴェンハルト。銃弾痕だらけの車達は急いでその場を後にする。

 

「……レストレイド君、仕事熱心なのは結構、だがあの手の物には手を出さない方が良い」

 

 車の列が去った後、張り詰めたような笑みを浮かべて警部は抑揚の無い口調で部下に注意する。

 

「しかし……」

「君も、下手に首を突っ込んで人生を棒に振りたく無いだろう?」

 

その冷たい、凍えるような声に巡査は口を閉じる。

 

「……やれやれ、御上は我々にいつも後始末をさせて困ったものだ、全く。派閥で勝手にやって秩序を壊乱する………問題児ばかりだよ」

 

 貧民街の奥で鳴り響く物騒な音、それがする方向を見据えながら、同盟警察ハイネセン管区第13機動隊所属ヨブ・トリューニヒト警部は皮肉気に、そして侮蔑するように呟いた。

 

 

 

 

 

『テルヌーゼン郊外における暴動とそれに付随する犯罪組織による抗争は現在沈静化しております。同盟警察は現在47名の容疑者を拘束しており……』

 

 小汚い下町にあるダイナーレストラン「ボーダーレス」のカウンター席に座りながらヴォルター・フォン・ティルピッツは、即ち私はぼんやりと古いテレビの画面を見つめていた。

 

 数日前の誘拐事件の対応に追われ、なかなかここに来る事が出来なかった。どうにかクロイツェルの救出と市街地を舞台にした大宴会を阻止したが、根回しや後処理が大変だった。うん、互いの代表がね、電話越しに暴言ばっか言うの。それをね、密室で我々代理の学生間で穏当な言葉に翻訳しないといけないの。全部そのまま話したらパーティーが始まるからね?皆さんもっと穏当に御話出来ないの?

 

 ヤングブラット首席は快く仲介してくれたがコープの方は悪態ついていた。なぜ自分がこんな事しないといけないのか愚痴っていた。代わりに戦術シミュレーションの相手を3回させられ虐殺された。それを鼻で笑っていたホラントは48時間耐久戦闘をさせられていた。タッチ差でホラントに負けてさらに3回私が虐殺された。

 

「宜しかったのですか?あのまま行けば我々の勝利は確実でしたが……」

 

 恐る恐る控えるベアトが小さく尋ねる。確かに市街戦を実行していれば委員会が武器類を警察から隠すために移動させていた分有利だっただろう。

 

「言っただろう?首都星で今時荒事は危険過ぎる。それにあれで暫くは内ゲバだろうから十分だろうよ」

 

 クレーフェ侯も納得してくれた。昔ならいざ知らず。第2次ティアマト会戦以降の平和が随分と市民を左傾化させた。祖国滅亡の危機は遠のき、経済は活性化し、テロや暴動は忌避された。イゼルローン要塞建設から怪しくなっているが、少なくとも今の時期に荒事をこちらからするのは市民感情的に宜しくない。

 

 委員会の方も今回の件で内ゲバ中だ。血は流れないものの、組織内の権力闘争やら責任の所在やら御忙しい事だろう。暫くは平和……だといいなぁ。

 

「同盟警察の摘発もあるしな。一応の報復はしたのだから良しとしよう」

 

 尤も、パーティー回避の代わりに私の財布は大打撃だけど。

 

 各種工作費用やら斡旋やらで私の預金が半壊した。ヤングブラット首席の斡旋料はまだいい。おいコープさん、ちょっと工作費用の桁一つ多く無いですかね?叔父さんの金遣い荒くない?ちょっとキプリング街郊外の料亭から領収証が1ダース分来ているんだけど?

 

 ちょっと、根回しに予算いるの分かるけどさ、人の財布だからって豪勢に使い過ぎじゃね?

 

「はぁ……暫く節制しないとな」

 

 テーブル席を占拠している黒服組の注文が妙に普段より少ないと思うのは気のせいだと思う。

 

そんな事をしている内に目的の人物が入店する。

 

「おや、これはこれは伯爵様、御久し振りですな」

 

 慇懃無礼にそう尋ねる帝国騎士に私は手を振って答える。

 

「あ、伯爵様、失礼しますぅ……」

 

不良学生の影から小さく頭を下げるクロイツェル。

 

「……随分と仲の宜しい事で」

「少しでも目を離すと何に巻き込まれるか分からんですからな」

 

 クロイツェルが少しむすっとした表情になるが、不良騎士にエスコートされてすぐ機嫌を取り戻す。

 

「それにしても大変ですな。貴族様は」

 

カウンターに座ると共にシェーンコップは口を開く。

 

「何がかね?」

「たかだか帝国貴族一人のためにあちらこちらと、相当に赤字でしょうに。何故そんな事を?」

 

意地悪そうな笑みを浮かべて不良学生は聞いた。

 

「……もしかして今私試されている?」

「さあ、どうでしょうな?」

 

 いや、絶対試しているってこれ。試しているよね?気に入らなかったらアウトだよね?

 

「まぁ、色々あるんだけどね。単純に馬鹿騒ぎして欲しく無かったし、お前さんを置いておくと勝手に動いてヴァルハラ行きそうだし」

「私は死ぬ気はありませんが?」

「余り自分の実力を過信するなよ。私達は所詮餓鬼だからな。頼れる物には頼らんとな」

 

 そういうと少しむすっとした表情になる不良学生。やべ、怒ったかな?

 

 おどおどするクロイツェルに一瞬目をやり、再びシェーンコップに視線を戻す。

 

「それにお前さんに恩義があるのも事実だからな。同胞を二度も、まして今回は私の下請けをだ。余り私も好きでは無いが、貴族として下の者を保護する義務があるのでね。やれる事はしようと言う訳だ。……まぁ、ぶっちゃけ恩を押し売りしているのも事実だけど」

 

その発言に流石に不良学生も呆れる。

 

「本末転倒な話ですな。少しは建前と言う物もあるでしょうに」

「一応建前も言っただろう?それにお前さん、なんか嘘見破りそうだし」

 

曲者過ぎるんだよ、お前さんは。

 

「やれやれ、随分と高く買っているようですな」

 

物好きな事です、と続ける。

 

そして朝食のメニューを注文すると、こう答えた。

 

「食客」

「ん?」

「私は金欠でしてな。たまに飯を奢って頂けるなら、家臣は無理でも食客にくらいならなっても良いですよ?」

 

 不敵な笑みで答えるシェーンコップ。食客は、帝国において貴族が才有りと認めた平民や帝国騎士、特に軍人を一時的に雇用する時の形式の一つだ。恐らく原作ブラウンシュヴァイク家のシューマッハやフェルナーはこの形式で雇われていたと思われる。有期契約などで、従士のように永続では無く必要な時にだけ雇えるのが魅力だ。

 

「これはまた急な話だ。その心は?」

「フロイライン・クロイツェルに怪我をさせてしまいましてな。そういう時は贖罪として暫くお仕えしろ、と祖父に教え込まれたのですよ。となると、すぐトラブルに巻き込まれるフロイラインを御守りするには同じ士官学校に行くべき、と思った次第です。で、どうせなら少しでも付加価値を付けようという卑しい判断と言う訳ですな」

 

苦笑しながら答える不良学生。

 

「それで、私めの提案の賛否は如何に?」

承諾(Ja)

 

 こうして、帝国騎士ワルター・フォン・シェーンコップは自由惑星同盟軍士官学校に入学する事に決まったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、今金欠だから暫くの間は安い店にして」

「最後の最後に雰囲気をぶち壊すのは貴方らしいですな」

 




ようやく不良中年入学させられた……。
不良中年が簡単に靡いてくれないのが悪い(逆ギレ)
尚、現在までで最大の原作乖離は不良中年の漁色フラグがへし折れた事の模様

多分後7,8話で卒業出来る、筈……。







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