帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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士官学校四年目は平穏無事に終わると思ったか?
第三十六話 お茶請けに菓子は鉄板


ティアマト星系に両軍は展開した。

 

 我が軍の戦力は4個艦隊5万2000隻、ティアマト星系第3惑星ウガルルム及び第4惑星ウリディンムに後方支援用の補給基地が置かれ、予備戦力も兼ねる第4艦隊の艦艇1万2000隻が惑星及び補給線の警備にあたる。衛星軌道では後方支援用の工作艦、病院艦、補給艦が展開、宇宙軍陸戦隊を始めとした地上部隊は惑星地上や衛星に駐留して強固な防空網を形成する。

 

 一方、敵艦隊は3個艦隊艦艇3万9000隻、ティアマト星系第7惑星クサリクに前線基地を、第8惑星ウシュムに拠点を設置した上でこちらに戦いを挑む。本来ならば補給線防衛のために十分な戦力を置きたいのだろうが、元々の戦力の差もあり正面戦力を必要以上に割く事は難しい。偵察部隊によれば各艦隊から抽出した5000隻が後方の危機に備える。当然ながら各艦隊からの混成部隊のため、連携の面で不安が残るだろう。

 

 両軍主力は、第5惑星ギルタブリル軌道上で会敵した。正確にいえばこちらが待ち構えていた。偵察用の小艦隊をばら撒いたために敵艦隊の進行ルートはほぼ把握していた。

 

 こちらの戦力は偵察のために3000隻を振り向けたため3個艦隊3万7000隻、敵もまた3個艦隊3万4000隻である。尤も、偵察艦隊は敵艦隊発見以降は最小限の数のみ残して再集結を始めている。こちらは横陣で待ち構え、敵艦隊は艦隊を出来得る限り正面から捕捉されず前進させるために長蛇の形で進む。

 

 中性子ビーム砲も届かない30光秒の位置から敵艦隊は陣形を横陣に変化させる。この距離からそれを阻止する事は出来ない。今はそれを見守る事のみだ。

 

 そして共に横陣のまま距離20光秒の位置でついに両軍は火蓋を切る。

 

「ファイエル!」

 

 私のこの命令と同時に前方に構える我が方の3艦隊、その前衛分艦隊の戦艦群と巡航艦群が一斉に中性子ビーム砲を撃ち出した。数万の光の束は漆黒の宇宙に消え……次の瞬間撃ち返された数万条のエネルギー波の光がこちらに襲い掛かる。

 

 尤も、艦艇の爆散する光は殆ど見る事は無かった。中性子ビーム砲が発射されて届くまで20秒程かかる。その間に高速で艦艇が移動する宇宙戦闘では対策は幾らでも可能だ。

 

 戦列を並べる艦隊の強固にして相互に補い合うように展開される中和磁場の鉄壁の前に99%の光線は霧散した。運悪く数隻の艦艇が装甲を貫かれ爆発するが、すぐさま後続の艦艇が戦列の穴を埋める。中和磁場の障壁を築く上で、戦列は欠かす事が出来ない。一旦戦列が綻べば、敵の砲火が集中してそこに展開する群は壊滅する。そしてそれは一気に戦隊の、分艦隊の、そして艦隊の崩壊にも繋がりかねない。故に迅速な戦列の修復は何よりも重要であった。

 

 戦闘は何の他愛もない長距離砲戦で開幕した。両艦隊共、相手の急接近を警戒しつつじわじわと距離を詰めていく。少しでも相手の不審な動きを察すると距離を取る。接近戦は相手の不意を付ければ圧倒的に有利だが、逆に相手の対応が万全だと懐に駆逐艦部隊が入り込む前に七面鳥撃ちになってしまう。

 

 長距離砲戦は4時間に渡り続く。その間に両艦隊とも殆ど損害は無い。中性子ビーム砲による砲戦では決着はなかなか着かないのだ。そして少なくない同盟と帝国の会戦がこの砲戦のみで終わるのである。同時に、後方では絶えず支援部隊との連携が行われる。前線と後方の間では物資と負傷者のやり取り、損傷艦艇の移送が実施される。

 

 尤も、今回は複数艦隊による大規模戦闘である。敵の侵攻目的は不明であるが、たかだか大砲の撃ち合いだけで戦いを終える訳が無い。艦隊を動かすにも莫大な物資と予算がいるのだから、唯のコケ脅しのためだけに火の車の予算を使う訳が無い。

 

 ……いや、帝国の場合はまぁ皇太子の誕生日とか皇帝即位記念で侵攻してくるような国ではあるが。

 

 逆にいえば、そういうイベント事で無い場合は不退転の決意で侵攻してきている訳ではある。同盟軍では帝国の軍事的な理由での侵攻と、国家行事としての侵攻をはっきりと区別して対応している事で有名だ。

 

 10光秒の距離までじわじわと両軍は接触しつつある。ここで双方共に前衛分艦隊のエネルギーが不足を来たし始める。そのため戦隊単位で連携しつつ次の分艦隊と前線の受け持ちを交代し始める。1時間程度かけて、砲火の中両軍は前衛部隊を完全に交代させた。

 

 同時に、中距離戦となったためにレーザー砲を装備する駆逐艦群が戦列に参加する。中和磁場の出力の低い駆逐艦は、大型艦の影からレーザー砲を漆黒の闇の中へと撃ち込む。遠くから見える敵艦隊の点、そして遠くから見える火球の数が明らかに増えていた。火力の急激な増大によって敵艦隊のあちこちで中和磁場の障壁が破られ始めている証左であった。

 

「戦列を整える。予備戦力を惜しまず空いた穴は迅速に埋めろ!突き崩されるぞ!」

 

 各戦線で発生する虫食い穴に次々と増援部隊を送り込む。同時に暴走して突出しようとする部隊には超高速通信、あるいは連絡艇を送り込みその手綱を握る。突出部位は火力の集中を受けやすい。

 

「よし、別動隊を動かす」

 

 ここで私は後方の第4艦隊より抽出した戦力5000隻に偵察としてばら撒いていた内の2000隻を合流させる。合流地点は第5惑星の主力の会敵している反対側である。

 

「別動隊は第5惑星の影から敵側面を突き、敵右翼を圧迫する。我が方主力は敵左翼に火力を集中させその動きを欺瞞する」

 

 左翼に攻撃を集中させれば自然敵軍もそちらに傾注せざる得ない。すると右翼への備えが疎かになる。無論敵軍も無能ではあるまい。だが、だからと言って攻撃の集中する左翼を見捨てる訳にもいかない。戦線の一か所の崩壊は全体に波及する。艦隊戦力の多さがここで優位に働く。元の手数が違うのだ。

 

 敵艦隊の動きは見事だ。元の手数が違うというのに、戦力を見事なタイミングで入れ替えていき左翼はなかなか突き崩せない。相当の艦隊運動の手練れであろう。それどころか、こちらの一部が攻撃に熱狂して突出すればこちらが後退させる前に反撃して叩き潰してくる。敵左翼に対して800隻を撃破したが、こちらの損失は1000隻に上る。

 

 尤も、敵左翼はじりじりと後退しつつある。火力の集中により対応する中和磁場のエネルギーに余裕が無いのだ。艦隊の細かい入れ替えに使う燃料、弾薬の消費、兵士の疲労がそこに加わる。敵左翼の補強のため敵は手薄な右翼から2個戦隊を移動させた。

 

「そこだ。一気に突撃しろ……!」

 

 第5惑星が戦域に最も接近したタイミングで私は別動隊に命令を発した。高速な巡航艦・駆逐艦を基幹とした別動隊は一気に手薄な敵右翼を突いた。

 

 敵右翼艦隊の1個戦隊が瞬時に溶けた。側面からの不意を突いた攻撃、しかも連動してこちらの左翼を担う第3艦隊が節約してきた弾薬を一気に投入したためだ。

 

 敵右翼の動きは鈍い。前方と側面からの同時攻撃である。片方の相手をすればもう片方への対応が出来ない。不用意に動けば陣形が崩壊する。

 

「別動隊、駆逐艦部隊突入!単座式戦闘艇も投入する。敵右翼を追い込め!」

 

 小柄で小回りの利く駆逐艦は混乱する敵右翼からの対空砲火をやすやすと避けながらミサイルを撃ち込む。それに気を取られている内に懐に入ると、電磁砲による一撃必殺の肉薄攻撃が行われる。実弾兵器の前には戦艦の中和磁場も意味が無い。艦艇の装甲は宇宙空間における戦闘に備えた特殊合金であるが、せいぜいが気休め程度の価値しかない。電磁砲の放つプラズマ化したウラン238弾を叩き込まれたが最後、装甲が飴のように溶け、艦の内部構造は文字通り挽肉のように破砕される。

 

 同時に、単座式戦闘艇も蜂のように群がりながら敵艦に襲いかかった。単座式戦闘艇は航続能力・防御性能は宇宙空間の戦闘では無に等しいが、近接戦で群がられたらたちまち脅威になる。流石に撃沈する艦艇はそうそう出てこないが、中破・大破する艦艇は数えきれない。損傷したそれら艦艇は砲戦においては良い的だ。

 

敵右翼艦隊はたちまちに崩壊していく。

 

「よし、こちら左翼第3艦隊突入、右翼を中央に押し込んでこのまま半包囲してやれ!」

 

私が最終的攻勢を命じたと同時に……状況は逆転する。

 

「なっ……!?」

 

 敵右翼に第3艦隊が躍り込むと同時に敵艦艇が次々と巨大な火球となり自爆する。レーザー水爆ミサイルを利用した爆発の前に肉薄していた第3艦隊と別動隊の艦艇や戦闘艇は次々と巻き込まれ道連れにされる。

 

「無人艦艇による自爆か……!不味い……!」

 

 敵右翼の数の少なさに気付く。3000、いや4000隻は少ない。この状況からするにその居所は……!

 

「中央第1艦隊、後退しろ!」

 

 同時に想定外の火力の滝が私の中央艦隊に叩き込まれる。敵は右翼から少しずつ戦力を中央に移動させていた。その上で自爆攻撃で第3艦隊と別動隊の動きを止め、油断して突出した中央の前衛分艦隊に襲い掛かったのだ。

 

 接近戦の出鼻を挫かれた。突出しようとしていた駆逐艦群は中性子ビーム砲の光の中に消えた。僅か5分余りの内に1個戦隊に匹敵する戦力が消滅したのだ。

 

 空いた穴を埋めようとするが遅い。敵艦隊の単座式戦闘艇が戦艦の懐に入りこむ。対艦ミサイルの雨を迎撃する戦艦の対空砲は急所に撃ち込まれるウラン238弾を迎撃出来ない。次々と爆沈する戦艦、中和磁場の壁はぼろぼろと崩れていく、既に前衛分艦隊は崩壊寸前だった。

 

「前衛分艦隊、群単位で固まって円陣を組め!中央残りの艦隊は後退しろ!距離を取るんだ!右翼第2艦隊、敵左翼・中央を牽制しろ!」

 

 前衛分艦隊は捨てるしかない。小部隊で固まり足止めをする。右翼第3艦隊と別動隊の混乱はまだ続いていた。彼らを捨てるのは痛い。多少の犠牲は諦めるとしても半分は持って帰りたい。

 

「まだだ。第2艦隊は大半が無事、第1艦隊も1個分艦隊を失っただけだ。後方の第4艦隊主力と合流すれば3万、右翼と別動隊を回収すれば少なくとも3万8000隻は残る。数はまだこちらが上だ。第4惑星軌道に防衛線を敷けば後方支援の面でも優位に立てる……!」

 

 損害から見れば後で社会的に首が飛ぶが、物理的に戦死するよりマシだろう。敵艦隊も相応の損失を生じさせている。まだこちらは負けていない……!

 

「なっ……!」

 

 後退する第1艦隊の背後から砲撃が襲い掛かる。奇襲に等しい攻撃の前にたちまち1個戦隊が撃破される。

 

「別動隊か……!?一体……ちっ、防御を捨てたか!」

 

 敵の後方警備艦隊5000隻の姿が無い事が偵察部隊から入る。恐らく捕捉されないように小惑星帯でも影にして大きく回り込んできたのだろう。

 

 第2艦隊は敵左翼に動きを止められている。第1艦隊は前後から挟撃、第3艦隊は混乱していて第4艦隊は増援に間に合わない。

 

 それでも延命策を打ち出す。第4艦隊来援と第3艦隊の立ち直りの時間さえ稼げばまだ勝ち筋があった。

 

 尤も、挟撃から辛うじて抜け出そうとした所で艦隊旗艦が十字砲火を受けて撃沈した。画面が真っ黒になり「YOU DIED」と赤文字が突きつけられる。

 

 戦闘開始からシミュレーション時間で38時間42分、現実時間で2時間14分で私は戦死した。

 

 

 

「ははは、少々慎重過ぎたな。数の上では優位なんだから損害を気にせず正面から叩き潰せば良かったんだよ。それに戦場も頂けない。補給線の負荷を考えて第5惑星を選んだんだろうが、距離がある分こっちも自由に動ける。あるいはこっちの後方基地を第4艦隊総出で叩いても良かったな」

 

 カートライト先輩……いや、少尉はいかにも賢しげに口を開く。

 

「そう言っても後方の遮断なんて簡単に行える物でも無いでしょう?」

 

 魔術師はワイドボーンの補給線を潰したが、別にそれ自体は独創的な物では無い。問題は補給線を絶つ、なんて事は口で言う程簡単では無いのだ。

 

 まず別動隊の動きを捕捉されてはならない。哨戒網に引っ掛かれば迎撃態勢を取られる。次に迅速に後方支援基地を破壊出来るか、だ。宇宙艦隊があれば後方支援基地を簡単に潰せる、という訳では無い。相手も警備艦隊があるし、地上部隊は攻撃衛星に対空レーザー砲、星間ミサイルを有しており、言う程簡単に攻略出来る訳では無いのだ。実際、原作のヴァンフリートで軌道爆撃では無く態々陸戦部隊を投入しているのは基地の防空能力が強固だったからだろう。陸戦隊で攻略しようにも足が遅い。

 

 え、ハイネセンはあっけなくやられた?あれは予算不足のせいだろう。お古の攻撃衛星が事故ったりしていたし、虎の子の「アルテミスの首飾り」はおじゃん、多分警備艦隊もバーミリオンに全て注いだのだろう。

 

 多分、魔術師様のヤバい所は敵に捕捉されずに別動隊を動かし、迅速に守備部隊を潰して補給線を叩いた事にある。恐らくワイドボーンに連絡も出せずに警備部隊は瞬殺されたのだろう。あるいは想定より早い日数で基地を陥落させられたのか。

 

「実際先輩にその手でやって返討ちに遭いましたし」

 

 別動隊で基地を襲ったら補足されていて後方から挟撃された事もある。補給線を絶てば勝てるなんて偉そうに言う奴には私が飛び膝蹴りしてやる。

 

「と、いうか先輩、卒業したのに研究科に入り浸って、暇人ですか?」

「おいおい、酷いなぁ。こちとら仕事帰りに寄ってやっているんだぞ?」

 

 現在、私は士官学校4年の最上級生の身、カートライト先輩に至っては任官済みだ。

 

 ハイネセン首都防衛軍宇宙艦隊第104戦隊司令部付の身だ。尤も半分研修生の立場で実戦なんてまだまだ先だろうが。

 

 それ自体は珍しいものでは無い。士官学校卒業生は少尉として任官するが、大半は1年後に中尉になるまで後方で研修を受ける。初っ端で前線に行く物好きは殆どいない。ラインハルト、お前が軍病院に配属されたのは多分特に理由は無いぞ……?

 

「それにしても随分と接戦だったじゃない。ティルピッツ君、後30分持たせていれば援軍が来てたから勝ってたわよ?」

 

 同じくハイネセン第3宇宙浅橋(第3艦隊船渠)管制隊司令部付のバネット少尉が携帯端末で戦闘記録を見返しながら指摘する。

 

「その30分が問題ですよ。補給線が切れて第1艦隊の中和磁場エネルギーは枯渇寸前でした」

 

 脱出しようにも素早い艦隊運動で次々逃げ場を塞いできやがった。流石はフィッシャー教官仕込みの艦隊運動、という事か。

 

「現実ではああいかないがね。群や個艦単位でも戦場で柔軟に動くなんて不可能だ。疲労や士気低下で部隊の動きは鈍くなるしな。シミュレーションの設定はかなり戦場を忠実に再現しているが、本物に比べたらまだまださ」

 

カートライト少尉が腕を組みながら答える。

 

「と、いう言も職場で教えてもらったのでしょう?」

 

実戦処女の癖に偉そうね、などと揶揄うバネット少尉。

 

「ほほほ、御二人共元気で何よりですよ。ささ、休憩といきましょう」

 

 フィッシャー教官が紅茶とケーキをテーブルに持ってくる。教官は教え子が訪ねると必ず茶会を催す。明らかに元教え子の何割かはこれ目当てで来ていると思う。

 

「この前ティルピッツ君が差し入れをしてくれた物ですよ。私も味見しましたがなかなかの物です。流石洗練に洗練を重ねた帝国式ですね」

 

ほほほ、と朗らかに微笑みながら説明する。

 

「あ、これゴールドフィールズの店の奴ですか!後輩君、でかした!」

 

 目を輝かせて私にウインクするバネット少尉。この人すげぇよな。毎回出てきたケーキの所在当ててくる。

 

 ハイネセンポリスの第7区画ゴールドフィールズは高級百貨店の軒を連ねる富裕層向けの商業街だ。その一角に開店する高級帝国風菓子店『ノイエユーハイム・ハイネセンポリス店』は、間違いなく同盟で3番目に美味な帝国菓子店だ(2位はヴォルムス本店、1位は新美泉宮の厨房である)。

 

 そもそもノイエユーハイム自体、元来帝国歴21年にオーディンで開店した洋菓子店だ。ルドルフ大帝に菓子を献上して以来、代々帝室や門閥貴族、富裕市民に最高の菓子を提供してきた。帝国歴102年には代々の功績が認められ菓子店の創始者の子孫である店長ハインリッヒ・ノイエユーハイムが帝国騎士ノイエユーハイム家当主に叙任され、以来一族で伝統の味を守ってきた。

 

 尚、この時の皇帝は灰色の皇帝事オトフリート1世であったが、叙任式の際本来ならば剣を下賜される所ケーキナイフを下賜された。ノイエユーハイム氏や周囲の尚書が顔を見合わせ困惑する中、顔色一つ変えないオトフリート1世に急かされ慌てて受け取ったらしい。戸惑う店長のその姿を見て皇帝は小さく、子供のように笑ったらしい。後にケーキナイフを作った職人が言うには、皇帝直々に足を運んで依頼したらしい。灰色の皇帝の生涯最初で最後の洒落であったのかも知れない。

 

 ダゴン星域会戦後、フリードリヒ3世の弟ユリウスは亡命する際行きがけの駄賃として幾つかの美術品や人間を盗難した(文字通り人間も盗難である)。その中には新無憂宮の宮廷画家や宮廷音楽隊の一部、著名な作家や詩人、そしてノイエユーハイム一族も盗難された物に含まれていた。

 

 同盟にて彼らは当初ユリウスを始めとした亡命皇族・貴族のためにパティシエとして働いていたが、後に亡命政府の外貨獲得・広報活動の一環として一部メニュー(帝室・貴族専用レシピ)を除いて同盟に支店を展開、同盟でも富裕層や芸能人に人気のある高級菓子店としての地位を確立している。

 

 今回の茶会の供は俗にビーネンシュティッヒと呼ばれるケーキだ。直訳で「蜂の一刺し」である。イーストを加えて焼き上げた生地に蜂蜜でキャラメリゼしたスライスアーモンドを敷く、濃厚な泡立てたバター入りクリームとカスタードが挟まれている。無論素材は全て合成食品なぞ無い、完全手作業で育てられたオーガニックである。

 

「これ高いんですよ!一切れ20ディナールはしますよ!?この前女優のイリアナさんが大好物にあげていましたし!」

 

 興奮気味にバネット少尉が説明する。喜んでくれて何よりです。……所詮は平民向けレシピである事は黙っておく。おう、帝室向けや門閥貴族向けの最高級レシピは極秘だよ?たかが同盟の平民共に売る訳無いよね?最高の職人達は宮廷の厨房から出ないよ?

 

「私としてはこの紅茶の方が素晴らしいですな」

 

 優雅に紅茶を含んで教官は答える。流石英国……いやネプティス紳士やでぇ。その味が分かりますか。

 

 私に言わせれば今回の真の主役は紅茶だ。いや正確には紅茶の茶葉だ。「アルト・ロンネフェルト」は帝室と門閥貴族(及び彼らから贈与された平民)のみが口に出来る茶葉だ。

 

 第3代皇帝リヒャルト1世の時代に生まれたこの茶葉は皇帝のお気に入りとなり、後に皇帝自身が下市民に飲ませる事を法的に禁じた。理由は平民は物の価値を知らずに間違ったやり方で紅茶を淹れるから、だそうだ。後に皇帝自ら貴族の屋敷に出向き、使用人達が正しい淹れ方をしているかガン見して監視したらしい。道楽を楽しんだ皇帝らしい。

 

 現在では産地は帝国の帝室御料地カルシュタインとアルレスハイム星系ヴォルムスのバルトバッフェル侯家の荘園のみだ。帝国においては皇帝の重要な収入源である。バルトバッフェル侯の荘園で栽培されているのは、リヒャルト1世と時の侯爵が紅茶の議論で盛り上がった仲だったからだ。亡命時に茶の木を丸まる持って亡命してきた。

 

 こっちはガチで特権階級のみが口に出来る代物だ。実家から送られてきたのをそのまま右から左に受け流した。教官に恩を売るのに絶好の代物だ。くくく、所詮シロン茶もアルーシャ茶も庶民の飲み物よ。本物の高級茶に平伏せ愚民共!

 

「俺甘いのが良いんだよなぁ」

「私はミルク入れようかしら」

「………」

 

 どばどば砂糖とミルクを紅茶に注ぐ先輩方。リヒャルト1世陛下が見たら泡を吐いて卒倒するだろう。……仕方ないね、これが民主主義だからね?

 

「まぁ、好みは人それぞれですからな」

 

 教官が苦笑いを浮かべる。悲しいかな、民主主義国家においては皇帝の好みに合わせる必要が無いからね?最高級の牛肉でステーキでは無くハンバーグを作れるのが同盟だ(帝国ではハンバーグはくず肉で作る下等な平民の食事だ)。

 

 最高級茶葉を使った繊細なティーが大味に変わっていくのを涙ながらに見ていると新たな訪問者が部屋の扉を開く。

 

「おお、良い匂いがしたと思えばこんな所で茶会とは粋な物ですな」

「来たな、集り騎士め」

 

 茶会が始まると共に研究所に訪問する不良学生に私は応戦する。

 

「お前さん、ここの研究科じゃ無い筈だよな?」

「無論、理解しております。しかし現実は少々想像を超える事がありましてな」

「で、要件は?」

 

 人を食った言い回しのバリトン調で騎士に私は尋ねる。

 

「従士殿が自身の研究で来れないので代わりに護衛して欲しいと泣く泣く頼まれましてな。こうして伯爵閣下の下に馳せ参じた訳で御座います。後、パン好きな先輩殿も御一緒ですよ」

 

 優美に礼をする騎士。尤も、その影に隠れて目を輝かせてケーキを見る少女と、サンドウィッチをパン屑を盛大に落としながら食べる青年がいるので全て台無しだ。

 

「高級ケーキ、高級ケーキ、高級ケーキ……!!」

 

 涎を垂らしながら呟く帝国騎士の少女。おう、お前さんの家庭じゃあ身分的にはいけても経済的にアレだよな?

 

「いやぁ、ここはいつも美味しい匂いがするねぇ」

 

 朗らかに同級生が口にする。おい、ほかに言う事あると思うんだ。

 

「ふむ、ティルピッツ君が良ければ招いても良いですがどうですか?」

 

 微笑みながらそう語る教官、私に許可を求める辺りやっぱりパルメレント紳士は出来てるでぇ。

 

「それはもちろんです、寧ろこちらから許可を求めるべき案件でした」

 

 私は目上の者に答えるように恭しく礼をする。不良騎士共め……。

 

「伯爵殿は御機嫌斜めのようですな」

「誰のせいじゃ」

 

すかさず突っ込みを入れる私。

 

「まぁまぁ、こちらとしても唯でカフェトリンケンに出ようなどと無礼な事はいいませんよ。まぁ、差し出せるのは旬で安かった巴旦杏のケーキ程度ですがどうぞ御容赦くださいな、先輩殿」

 

茶色い紙袋をテーブルに置いて返答する不良学生。

 

「私からは包だね。豆沙包子と桃包、ああ、後月餅もあるよ。実家でよく食べたものだなぁ」

 

 パン屋の二代目はほうほうと出来たてだろう点心を入れた包みを差し出す。

 

「止めい不良騎士め、背筋がむず痒くなるわ。後チュン、烏龍茶なら嬉しいが紅茶だぞ?」

 

持ってくれば何でもいいと思いやがって。

 

「が、まぁ差し入れがあるのならば宜しい。招待しよう、チュン、シェーンコップ帝国騎士、クロイツェル帝国騎士」

 

 偉そうに答えてやる。差し入れがあればどんなものであろうとも、訪問客を迎え入れるのが貴族の礼儀である。

 

「やった!シェーンコップさん、やりましたね!安物の巴旦杏のケーキで高級ケーキと紅茶が手に入りました!わらしべ王者です!」

「そうだろう?この伯爵はちょろいだろう?」

「おいこら、聞こえとるわ」

 

私は苦々し気に指摘してやる。

 

「いやぁ、この場合は海老で鯛を釣る、といった所じゃ無いのかな?」

「おい、よりによってそこを指摘するのかい」

 

せめて帝国騎士共を注意しろ。

 

 ……まぁ、最上級生になってこの扱いは私の徳の低さから来ているのは確実である。はぁ……。

 

時に宇宙暦783年8月の夏のある日の事であった。

 

 

 

 




前半は艦隊戦描写の練習、自信が無い。







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