帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
<< 前の話 次の話 >>

38 / 98
第三十八話 士官学校が街に与える経済的影響について100文字以内に答えよ

 自由惑星同盟軍士官学校の大学解放……俗にオープンキャンパスと呼ばれる行事は毎年10月頃に実施される。

 

 元々設立当初の士官学校は周辺が無人の荒野であった。軍事教練を行う上で、当時自殺者が出る程に厳しかった同盟軍士官学校からの脱走者が出るのを防止するためである。

 

 尤も、宇宙暦567年頃になると監獄とすら称された士官学校の、その余りにも厳しい訓練が問題視され(当時は人口増加を奨励していたため自殺者が度々発生する士官学校の教育体制が批判されていた)、その規則が大幅に緩和される事になる。

 

 すると、門限制限こそあるもの学生の外出も許可されるようになった。尤も、当時周囲一体は完全な無人地帯であり、ネット関連のインフラも整備されておらず娯楽なぞ皆無に近かった。当時の記録によれば、学生の一番の楽しみは何と狩猟であったとされる。

 

 そこに目を付けた一部の政財界の有力者達が、政府から税制などの優遇を引き換えに学生用の各種の娯楽施設を営業し始めたのが後のテルヌーゼン市である。文字通りテルヌーゼンは軍学校のための街であった。

 

 さて、これまでと違い多くの軍人以外の人々が周囲に住み着き始めたわけだが、やはりガチガチの軍人の卵と、彼ら一般市民の関係の始まりはぎこちないものであった。

 

 学生達は規則が緩和されたとは言えこれまでの教育によりなかなか娑婆の空気に慣れず、市民もまた学生達を敬して遠する、といった状態であった。

 

 この事態を懸念した第5代同盟軍士官学校校長ヒューゴ・ビロライネン少将は、学生達と市民の交流と相互理解のために学校を解放する事を決定した。宇宙暦570年10月の事である。以来このイベントは200年以上の歴史と伝統、そして多くの利権を伴って現代まで続いている。

 

『な、訳なので余り帝国色の出し過ぎは保守系市民の反発があるので控えて欲しい。グスタフ3世陛下の肖像は大丈夫だと思うが、スーツ姿の物が良いと思う。大帝陛下の肖像画は真に遺憾ながら今回は控えた方が良いだろう。掲げるのならばせめて裏口の関係者以外立ち入り禁止の部屋に掲げるべきだ』

 

 宇宙暦783年10月4日、計4日間に渡り続く士官学校の開放日の1日目の早朝……というべきか怪しいが午前4時半頃、教官から特別許可を貰って私は学校敷地内で会場を組み立て中の同胞達に助言をしていた(帝国公用語で、だ)。教官達もこの大事なイベントでトラブルは避けたいらしい。給料に響くからね、仕方ないね。

 

『コンサート開始前の国歌・星歌については……』

『ああ、それについては星外営業ガイドラインに従ってくれればいい。帝国語での同盟国歌もなかなか観客にはウケが良いしな。但し星歌については第2星歌を歌え』

 

 帝国語での国歌斉唱はオペラのようだ、と評判だ。帝国人は、特に中流階級以上は皆讃美歌のように美しい声を出せる(というより如何に優美な声を出せるかで身分と御里が知れる)。貴族階級に至っては同盟人から演劇を歌いながら話しているのか?と言われる程だ。

 

 尚、アルレスハイム星系政府には星歌が2つあるが、コミュニティ外では第2星歌以外歌わない方が良い。第1星歌は帝国国歌だ。ルドルフ大帝への賛辞で満ち満ちている。穏当な内容(比較的)な第2星歌の方がお勧めだ。

 

『嫌がらせ行為があっても出来るだけ危害は加えるな。同盟軍の憲兵隊を多めに巡回させるように上が手を打ってある。ここは同盟軍の敷地だ。郷に入れば郷に従え、だ。まして憲兵隊の面子もある。同盟軍の鉄の軍規と同盟刑法に従って公明正大な判決が出るから、勝手に私刑にするなよ?』

 

 相互扶助会や亡命政府からの広報や会場スタッフに私は念を押して命じる。一応伯爵家の嫡男の私に従ってくれるだろうが、大帝陛下の侮辱なんか聞こえた日にはどうなる事か。ああ、唯でさえ年上ばかりに命令する立場で腹が痛いのに………。

 

『素晴らしい指導です、若様。粛々と命令していく御姿、正に指導者として、伯爵家の跡取りとして相応しい雄姿、このベアト、唯々感銘を受けるしか御座いません……!!』

 

 横に控えるベアトが目を輝かせて称賛の声を上げる。うん、お前の見ている世界一度見てみたい。

 

『はい、流石ティルピッツ様です。やはり武勇の誉高い伯爵家の直系です。私ではなかなか纏めきれません』

 

 広報部から派遣されたエーリッヒ・フォン・シュテッケル帝国騎士が同じく賛辞する。私がハイネセンに来て以来連絡役として良く顔を合わせる間柄だ。

 

『そう大層な物では無いさ。所詮家名に従ってくれるだけだ。私個人としては指導力なぞまだまだ未熟だよ』

 

 謙遜では無く事実だ。長年の経験から、取り敢えず私の身分ならば帝室か門閥貴族相手以外なら結構無茶な命令でも出来る事は良く良く知っている。尤も口は災いの元でもある。4歳の頃ぐれていて世話役の使用人に池に突っ込めと命令した時に存分に理解した。

 

『いえ、士官学校に在籍している事が何よりの証左です。士官たる者は何よりも指導力が大事だと父も常々仰っておりました』

 

 そう言って同盟軍士官学校校舎を見やり、少々複雑な笑みを浮かべるシュテッケル氏。彼は亡命二世だ。父は帝国軍少将だったが第2次ティアマト会戦で捕虜になり、その後亡命政府に帰化したと言う。父の影響で軍人を目指したらしいが同盟軍・亡命軍両士官学校に落選。仕方なく亡命軍の下士官として数年軍役について予備役、そして今のハイネセンの相互扶助会の事務員についていると聞いた。

 

 身分の事もあるが、その経歴から一層私に対する過大評価のバイアスがかかっている事は間違い無い。いや、それ多分教育環境と運の差だから。

 

『……そう言えば今回は芸能グループと楽団が参加するのだったかな?』

 

少々重くなった空気を和らげるため私は話を変える。

 

『はい、予定によれば単独歌手としてはリーゼロッテ・リンドグレーン氏とクリストフ・ホルヴェーク氏、グループとしてはノルンディーシルズ、楽隊は聖ニーベルンゲン宮廷第3楽団が参加予定です。ご興味が御有りでしたら到着してからよこしますが……』

『いや、芸能関係は余り興味がある訳では無いからな。唯楽隊の方は少し期待していたんだがな』

 

 宮廷第3楽団と呼ばれるように今回来る楽隊は亡命政府がスポンサーをする楽隊の中では2線級だ。いや、確かにプロなんだが歴史が浅いのだ。宮廷第3楽団は亡命政府が同盟での巡回興行用に作った新参の楽隊だ。

 

 対して宮廷第2楽団はアルレスハイム星系の観光の目玉の一つとして絢爛豪華なホールで毎週同盟中から来る富裕層相手に演奏している。

 

 そして、新無憂宮から拉致した音楽隊の子孫だけで構成される最高の宮廷第1楽団は新美泉宮の敷地から一歩も出る事なく帝室や門閥貴族のみ相手に5世紀かけて磨かれた技術を披露している。

 

『まぁ、来ないだろうなとは思っていたがね』

 

 新美泉宮自体はストレスが溜まるので余り好きでは無いが、第1楽団の音楽を始め芸術関係だけは流石に見事であった。オペラもクラシックも第1楽団はその技術の格が違うと思い知らされる。バレエ団やサーカス団もそうだが、5世紀にも渡り子々孫々、それこそ物心ついた頃から磨かれ続けてきた伝統と技術はそれ自体が芸術品である事を思い知らされる。

 

 ましてこっちは産まれてすぐから芸術への審美眼を(無理矢理)鍛えられたのだから一層その差が分かる。悲しいかな、現存する同盟の音楽団は一番古いのでも2世紀半の歴史も無い。しかも家業では無く法人団体なので、代々一族で技術を受け継ぐわけでは無い。悲しいが、亡命政府の有するそれに一歩劣る。まぁ、代わりにロックやらジャズやらは同盟のグループの方が圧倒的ではあるが。

 

 そう考えたら結構芸能関係は亡命帝国人には不利だよなぁ。帝国に歌手や女優はいてもアイドルはいない。亡命政府はアイドルの育成や指導の面では同盟芸能事務所に一歩譲るのかも知れない。まぁ、まずグループ名の時点で堅苦しいのが駄目だね。もっとはっちゃけてもいいのよ?

 

『申し訳御座いません。伝統によって宮廷第1楽団は宮廷から出る事も、演奏の録画も禁止で御座いますので』

 

 心底申し訳無さそうにシュテッケル氏は頭を下げ謝罪する。

 

『いや、こっちの我儘だ。気にするな。さて……一旦御暇するよ。私もまだ一介の学生だ。行進に参加しないといけなくてね』

 

 腕時計を見る。クラシックなぜんまい仕掛けの時計の針は既に次の予定の時間を告げていた。私はベアトと共に場を後にする事を伝える。学生だからね、イベント参加が必須なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 10月4日午前7時30分頃、全士官学校生徒は起床・朝礼・体操・食事を終え士官学校の集会広場に礼服で集合する。午前8時丁度軍楽隊の演奏と共に士官学校が市民に開放される事になる。

 

 最初に市民が見る事になるのはテルヌーゼン市中央街道を鮮やかな礼服に軍旗を掲げ、儀仗用のクラシックな銃を背負い、管楽器と打楽器でもって演奏しながら一糸乱れる行進する士官学校の生徒達だ。今年の行進参加者は4学年で合計1万7685名、彼らの行進する様は爽快の一言である。元々は学校開放を市民に伝えるために学生達が音楽を歌いながら街を回り始めたのが起源らしい。

 

 警官隊や憲兵隊が交通規制とテロの警備をする中、テルヌーゼンの住民は自宅の窓から手を振り、観光客は携帯端末を、本格的な者は専用カメラで学生達を撮影する。大手のテレビ放送局やネット動画配信会社は行進の中継を超光速通信で同盟全土に流していた。街道を沿うように出店される屋台を見ると、最早唯の祭りでは無かろうかと錯覚する。

 

 カメラのフラッシュの嵐の中、学生達は顔色一つ変えずに軍楽隊の音楽と共に大隊単位で別れて行進を続ける。テルヌーゼン市全域を分担して行進しないといけないのだ。これも市と各区長の利権の一つで、当然ながら行進を見る事が出来ない街に観光客が来ないのでそれを防ぐ目的がある。

 

 当然私も行進に参加していた。礼服に身を包み自由惑星同盟軍軍旗を掲げテルヌーゼンの帝国人街を進む。私が先導する隊列の割り当てが帝国人街である事、行進参加者の多くが帝国系の学生である事は偶然なぞではない。後、毎回思うけど住民の皆さん止めて、伯爵家や帝室の肖像画掲げて讃美歌歌い始めないで。

 

 まぁ、派閥色の強いほかの街でも似たような状態だろうけどね。

 

 行進を終え士官学校の敷地に整列する。そこから校長と国防委員長、市長が代わる代わる演壇から長々とご機嫌そうに演説をし、ようやく正式に学校の解放を宣言するのだ。

 

「毎年の事ながらこの一連の流れは地獄だな」

 

 士官学校内にあるベーカリーの客席で私はぼやく。ストレス溜まるような数キロの道のりを朝から行進、その後直立不動の体勢で長々とした、大して中身の無い演説を聞くのは苦痛以外の何物でもない。うんざりしながら焼き立てのブリオッシュに齧りつく。

 

「そうは言っても随分と平然とした顔じゃないか。そんなに疲れているようには見えないよ?」

 

 海鮮焼きそばパンを口にしながら相席するチュンが答える。彼の手元には山積みのパンとパン屑が散乱するトレーが置かれている。なぁ、マジでどうやったらそんなにパン屑落しながら食えるんだ?

 

「そりゃあ餓鬼の頃から演技するのには慣れている。あからさまに表情見せるだけでも面倒だからな」

 

 怒りや不快感を表に出すだけで周囲を困らせる立場だ。喜怒哀楽示すだけで、口を開くだけでも一苦労となれば常時笑顔を作れるようにもなる。

 

「さてさて、お、不良騎士の奴。やっているな」

 

 携帯端末を覗けば生中継で実施されている3学年の陸戦演習を見る事が出来る。学校内に設置された巨大な都市型演習場で3学年が2つのグループに分かれて公開演習を行っていた。4年の戦略シミュレーション大会、2年生の戦斧術トーナメントと並んでオープンキャンパス中の人気行事の一つだ。

 

 演習場内に設置された大量のカメラが演習する生徒達の雄姿を移す。演習場で実際に観戦している十数万人のほか、テレビ・ネットでもその様子は流れ十数億人が見ている事だろう。軍にとっては生徒達の雄姿は良い広報になり、生徒達は自分の才覚や将来性を売り込む事が出来、視聴者にとっては最高のレクリエーションである。余りに隔絶した人物に至ってはファンクラブが出来る程だ。ブルース・アッシュビーは2年時の戦斧術トーナメントで優勝してファンクラブが発足し、4年時の戦略シミュレーション大会で優勝した時にはファンクラブ会員が100万人超えだったという。やっぱ英雄って奴はヤバいな。

 

 さて、現在携帯端末の中で活躍するシェーンコップもまた、去年の戦斧術トーナメントでファンクラブが出来た手合いだ。まぁあの俳優顔とバリトンボイス、そして大会優勝の成績から考えたら妥当だ。

 

 未来の英雄様は学生時代から才気に溢れている。中隊長として部下に命令して次々と防衛線に襲い掛かる敵部隊を撃退し、それどころか自身で前線に出て訓練用戦斧や訓練用ブラスターで次々と敵を分隊単位で屠っている。やべぇ、もう単独キル数50超えているぞ?カメラの向こうの視聴者にもリップサービスを欠かさない。明らかにカメラ気にして戦っている。あ、今ウインクしやがった。

 

 ちなみに傍にいるクロイツェルは涙目で戦闘から隠れている。敵チームによって危機に陥ったクロイツェルを不良騎士が助けた時に至ってはネット掲示板が「リア充氏ね」「羨まけしからん」「俺もあんな青春したかった」と言った怨嗟と妬みのコメントで埋まった。

 

「私の時は彼女に守られているヘタレだったな」

 

 ベアトに守られていたから仕方ない。因みに2年次は4回戦で目の前のパン屋に一撃でノックアウトされた。

 

「あれマジで痛かったからな?」

 

 顎を摩りながら恨み節を言う。思い出すとまた痛くなりそう。

 

「そう言わないでくれよ。私だってあんなに綺麗に決まるなんて思って無かったんだからね」

 

 そう苦笑しながら私にクロワッサンを差し出すチュン。有難く頂き口に放り込む。

 

「さてさて、取り敢えずコンサートの方は今の所それぞれ距離を取って平和にやっているようで何よりだ」

 

 長征派や統一派の会場と距離を取っている。まぁ、ファン同士が遭遇して乱闘はごめんだろう。ちらほら見に行かないと何が起こるか分からんが。糞、豚侯爵め、面倒な事を考え付きやがって……。

 

「目下の課題は明日から始まる戦略シミュレーション大会だな。チュン、一応作戦は考えて来たか?」

「一応だけどね。後は他のチームメンバーの提案と合わせて形にするしかないね」

「頼りにしているぜ?「戦略論概説」が90点超えの奴はうちのチームだとお前とホラントだけだ」

 

 分艦隊指揮官役の内、ベアトは残念ながら戦術面は兎も角戦略面ではチュンとホラントに一歩及ばない。私とデュドネイは完全に防戦型だ。後方支援部隊指揮官役のスコットは参謀や艦隊指揮官の才は余り期待出来ない。陸戦隊指揮官役のヴァーンシャッフェは当然ながら艦隊戦の適性は皆無である。戦略研究科の化物共に対抗出来そうなのはこの二人だけだ。

 

「予選が雑魚ばかりで助かった。ホラント以外全員席次三桁台だからなぁ」

 

 それどころか私に至っては4年になってようやくぎりぎり3桁台に昇りつめた身だ。ほかの本選チームなんか全員席次二桁チームがちらほらいる。予選で上位グループ同士で潰し合ってくれて万々歳だ。

 

「若様、お待たせしました」

 

 暫しチュンと格上相手の戦略を語っていた所にベアトが残りのメンバーを連れてやってきた。

 

 ベアトとヴァーンシャッフェは貴族らしく優美に礼をする。臆病なデュドネイは長い前髪の隙間から私達を見つめると、ぼそぼそと何か言って小さく頭を下げた。スコットは挨拶もせずに延々と手鏡で自分の髪形やらを弄っていた、ナルシストめ。そんな彼らと私達を見渡しホラントは心底不愉快そうに鼻を鳴らした。

 

 ……まぁ少し……いや大分問題があるメンバーだけど、多分どうにかなる筈だ。多分。……大丈夫だよな?

 

 

 

 

 




恐ろしいまでに微妙なメンバーが集まった





※この小説はログインせずに感想を書き込むことが可能です。ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に
感想を投稿する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。