帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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第四十一話 世の中知らない事が幸せな事もある

「おーい、チュン。悪いけどさぁ、1個戦隊でいいから援軍回してくれない?」

 

私は強請るようにチュンに無線越しで頼み込む。

 

『うーん、こっちは少し難しそうだねぇ。デュドネイ君はどうだい?』

 

 片手に持つハムサンドを一口食べた後、苦笑いを浮かべながらチェンは別のチームメンバーに呼びかける。

 

『……無理……今でも戦線……崩壊寸前…だから……寧ろ……早く…助けて』

 

 途切れ途切れに最前線を担うデュドネイ4年生は答える。

 

 シミュレーターの画面に視線を移す。そこでは熾烈な戦いが繰り広げられていた。

 

 指定戦域はファイアザート星系である。彼のファイアザート星域会戦においてブルース・アッシュビーの栄光の舞台となった星系だ。過去1個艦隊規模以上の会戦は4回、分艦隊規模の戦闘は12回、戦隊規模の戦闘31回、それ以下の戦闘は数えきれない回数が発生している(尚獅子帝の口にした329回の不毛な戦いというのは、1個艦隊以上の戦力同士の戦闘のみを指す)。

 

 さて、この星系はこれといった特徴の無い平凡な星系だ。主星ファイアザートはありふれた恒星であり、その周囲を回る8つの惑星に総勢64個の衛星が伴われ、小惑星群が2箇所存在する。これと言って通信を阻害するような宇宙嵐は無いし、独特な宇宙潮流も無い。即ちこの星系は正面からの艦隊戦に適した星系であると共に、地の利といったものが余り存在しない星系でもある。

 

 それはつまり、戦闘面において小細工を行うのが難しい星系であった。

 

 そのため相手チームとの戦闘は文字通りの正面からの殴り合いになる。

 

 ファイアザート星系第3惑星第2衛星軌道における戦闘にて、デュドネイ4年生の指揮する第5分艦隊は損耗率が既に4割に達していた。尤も、2倍近い敵艦隊に対してシミュレーション時間内で18時間後の状態である事を考えると、寧ろ善戦していると言ってよい。ぼろぼろの分艦隊は、しかし中性子ビームの雨の中で綱渡り気味に部隊と戦列を再編して決定的な敗北を喫するまでの時間を可能な限り先延ばししていた。相手の接近戦の試みを3度に渡り阻止し、辛うじて組織的抵抗能力を維持する。

 

 完全にミスった。デュドネイの才覚を逆手に取られた。敵艦隊の攻勢にデュドネイは耐えたが、私とチュンは思わず後退せざる負えなかった。結果として、そこに無理矢理巡航艦群と駆逐艦群に回り込まれデュドネイは分断された。

 

 それを体勢を立て直した私とチュンの艦隊が救援しようとするのだが、相手の艦隊司令官率いる第1分艦隊の前にその試みは阻止される。他の分艦隊から戦力を補強したのだろう4000隻の艦隊は、私とチュンの艦隊合わせて5000隻によるデュドネイの救援の動きを完全に阻止していた。

 

 敵第1分艦隊指揮官にして艦隊司令官たるエドモンド・コナリー4年生は、席次にして学年12位の超の付くエリートだ。現在の戦略研究科在学生においても5本の指に入る英才であり、的確な分析能力と迅速な問題処理能力に定評がある。

 

 恐ろしいまでの能力だ。寡兵でありながら素早い判断で部隊を動かし状況は完全に均衡している。正面からぶつかれば軽やかに流され、手数で攻めれば全てを最小限の動きで対処される。意識を逸らしてからの別動隊での奇襲は4度失敗した。

 

 コナリー4年生の作戦は合理的であった。私のチームの要は攻めのホラントと守りのデュドネイだ。圧倒的に戦略・戦術面で格上の相手に対して、守勢に関してのみ異様に強いデュドネイを押し立てつつ私やチュンが支援する。後方の警備と予備戦力としてベアトを置いて、後はホラントが独自に暴れてもらう仕様であり、これまでの必勝の方程式だ。

 

 ならばそのパターンを崩してしまえば良いだけである。態々相手の土俵で戦う必要は無い。彼はホラントを徹底的に無視した。長期戦を指向するこちらに対してハイリスクな短期決戦で挑んだのである。

 

 まず後方の兵站を無視した。予備戦力等も含め全戦力を戦線に投入した。後方から襲い掛かろうとしたホラントに対しては足止め用の弱兵のみをぶつけるほか、予測される航路上に地上部隊の防空部隊や機雷原が立ち塞がる。そして本当の狙いはデュドネイ率いる第5分艦隊である。守りの要を真っ先に叩く。このチームは元より受け身を前提にした守勢向きの編制だ。その要を失えばどうなるかなぞ分かり切った事だ。それを阻止しようとする私とチュンは分断され、コナリーの指揮する艦隊によりあしらわれる。元より実力は彼方のチームが上である。予備戦力たるベアトの分艦隊も敵別動隊の牽制を受けなかなか動けない。

 

 全ては時間との勝負であった。デュドネイの分艦隊が崩壊すればそちらに向けられていた艦隊が私とチュンの本隊に突っ込む事になる。挟撃を受けて壊滅する事は間違いない。そうなるとホラントとベアトの戦力だけでは荷が重すぎる。一方、ホラントがこちらに着くのが早ければ逆にこちらが挟撃出来る。

 

「厳しいな……」

 

 計算上ではホラントが到着する2時間前にデュドネイの分艦隊が壊滅する。いや、それ以前に私の方こそコナリーの攻撃に対応するので精一杯だ。少しでも陣形が乱れれば火点を集中してくるし、チュンとの連携の遅れに付け込み手痛い反攻をしてくる。こちらはすぐに混乱を収めるが反撃に入る頃には相手は守りの態勢に入る。小癪な事だ。

 

 唯一明るい材料は、攻撃の間隙を縫いスコットの工作部隊の一部がデュドネイと合流出来た事だ。スコットの率いる各種工作艦は艦艇の修理のほか、電子戦を実施して敵の攻撃を阻害する。単純に妨害電波を流すだけではなく、ダミーバルーンや熱源処理した隕石等を持って囮にし敵艦隊の攻撃を誘導・妨害する。ハッキングや無線傍受をする事で、敵の部隊の連携妨害や攻撃に対する事前の迎撃に余裕を持たせる。小手先の手段であり鼬ごっこになるものが電子戦であるが、それでも専門の工作艦艇は戦闘艦艇に比べ技術面・システム面で優位に立てる。尤もそれも時間稼ぎに過ぎないが。

 

「………引くべきか?」

 

小さく私は呟く。

 

 デュドネイの艦隊は最早どうにも出来まい。いっそ私とチュンの本隊はベアトと合流し、ヴァーンシャッフェが防衛陣地を張る本拠地たる第4惑星を固めると言う手もある。尤も、地の利が余り活かせない宙域のため防衛に回ったとしても優位とは言えない。デュドネイを失う以上、こちらの防衛能力は大幅に落ちるだろう。

 

「……どう思う、チュン?」

『難しい所だねぇ』

 

 チュンは無線越しに夕食のメニューに困っているかのような口調で答える。

 

『コナリー君はこちらの一瞬の隙を逃さないよ。こちらが逃げるなら迫撃で戦力を削って、その後に反転してデュドネイ君を包囲殲滅する筈さ。ゴトフリート君と合流しても逆転は難しいだろうね』

「と、なると希望は……」

『ホラント君がどれだけ到着する時間を短縮出来るか、だね』

 

チュンは吞気に事実を伝える。

 

「……無線が妨害されているしな。あいつが今どこにいるのか分からんのが辛いな」

 

 宇宙暦8世紀の戦闘においては通信妨害の技術はある種の極北に達している。混戦になればすぐ近くの艦隊との連絡すら光通信や連絡艇を使わざるを得ない。スコットの支援のおかげでデュドネイとの連絡は辛うじて可能だが、ホラントが今どこで何をしているのかはさっぱりだ。

 

 そうこうしている間にも一層攻撃は激しさを増す。デュドネイの第5分艦隊の残存戦力は1000隻余りである。損失率6割に及ぶ。最早組織的抵抗を続けられるのが奇跡に等しい。スコットの支援を受けていなければ、今頃完全に崩壊していただろう。無論、破局は刻一刻と目前に迫っていた。

 

 残された艦隊を巧みに連携させて二重三重の中和磁場の結界を構築するデュドネイ。エネルギーの不足する艦艇、損傷艦艇を下がらせて予備を前進させる。素晴らしい艦隊運動ではあるが、数倍するビームの雨により1隻、また1隻と艦隊は削ぎ落されていく。

 

『よくやるなぁネイちゃん。こんなの無理ゲーだぜ?』

 

 共に防衛するスコットが呆れ気味に口を開く。無論、口は軽口を言っても指揮用のカーソルの動きは素早い。先ほど第九波のミサイル攻撃が始まった。工作艦隊はダミーバルーンや囮を射出しつつ妨害電波を駆使して1発でも多くの対艦ミサイルを迎撃・無力化しようとする。

 

 ミサイル兵器は低速で命中まで時間がかかる。妨害電波を始めとした電子戦にも弱い。だが、中和磁場が効かず、命中すれば最低でも中破は確実と破壊力は高い。ミサイル攻撃のセオリーは寡兵に対してミサイルを一斉に放つ事で電子戦や対空レーザーの迎撃能力を飽和させる事だ。場合によってはその隙をついて駆逐艦や単座式戦闘艇が接近を試みる。

 

『4倍以上の艦隊のミサイル攻撃の迎撃とは、笑えないな』

 

 顎を撫でながら舌打ちするスコット。デュドネイと自身を半包囲する敵艦隊の艦艇数は約4000隻、戦闘による損失により2倍の戦力差は4倍にまで膨らんでいた。各指揮官はこの緊張と忍耐を要求される中でその精神力を試されていた。

 

『……ホラントが先…か…それとも…全滅が……先……かな?』

 

 追い詰められているデュドネイは小さく愚痴とも独白とも取れない言葉を呟く。

 

『ホラント…!奴は何やっているのですか……!』

 

 ベアトは自身の戦闘に集中しつつも不愉快そうに怒る。ヴァーンシャッフェも気難しそうな表情だ。私は静かに、苦虫を噛んだ表情で唯戦局を見据えていた。チュンだけがぼんやりとした表情を浮かべていた。そして……。

 

「…………!……はぁ、来たか」

 

 戦略スクリーン上のそれを発見すると共に私は小さく、そして深い溜息をつく。それは安堵の溜息であった。

 

 シミュレーション時間内で25時間30分後、デュドネイ、スコットを半包囲する敵第2・3分艦隊の後背を紡錘陣形の状態でホラント率いる第2分艦隊が突撃した。その奇襲は絶妙なものであった。恐らく急行していたために燃料は不足していただろう第2分艦隊は、第3惑星第5衛星の影から接近した上でファイアザート星系第3惑星の引力を利用したスイングバイによって一気に加速した。

 

 一気に距離を詰めた第2分艦隊の殴り込みに生じた混乱をデュドネイは見逃さなかった。残ったミサイルを全弾打ち込むと共に戦艦と巡航艦が一斉射する。後背から駆逐艦と単座式戦闘艇が飛び回る。

 

 敵艦隊中央部は完全に秩序を失った。ある艦艇は前後からの砲撃で蜂の巣にされた。ある艦艇は肉薄する駆逐艦によるレーザー水爆ミサイルを受け周囲の艦艇を巻き込んで蒸発した。ある艦艇は混乱する味方艦艇の影響で、艦の衝突回避システムの自動操作により前後左右にぐるぐると駒のように回転する事になった。そこに電磁砲を次々と食らい、火を噴きながら爆散する。

 

 ホラントの分艦隊は、敵中央部を崩壊させるとそのまま斜めに進路を変えながら暴れまわる。これが止めであった。壊乱の内にのたうち回る敵第2・3分艦隊。コナリーは私とチュンの相手をする意味を失い、混乱する味方を纏め上げ素早く後退する。コナリー率いる第1分艦隊の物資の残量が限界近い事も理由であった。

 

 同時にこちらもこれ以上の追撃は不可能であった。私とチュンの艦隊は余裕がある。だが崩壊寸前だったデュドネイとスコット、そして急行したホラントの艦隊の物資も底をつきかけていた。双方が戦闘続行不可能になりつつあったのだ。いや、こちらの方が危なかった。後30分遅ければ第5分艦隊は全滅していた。

 

 ベアトと小競り合いを行っていた敵第4分艦隊は全速で後退を開始した。これ以上の戦闘は無意味だ。それに挟撃の危険もある。

 

 我々はファイアザート星系第4惑星で補給を受ける。尤も、途上で第2・5分艦隊に多数の脱落艦艇が出る。乗員を回収し、可能な艦艇は曳航、あるいは燃料を他艦から融通する。だが時間がかかる艦艇はそのまま破棄する。これはチュンの助言だ。

 

「勿体無いな」

 

 ぼろぼろの艦艇も修繕して使う亡命軍を知る身としてはつい惜しく思える。貴族の癖に貧乏性だ。

 

『仕方ないさ。今は補給をいかに早く終わらせられるかが勝負だよ』

 

 最早時間が無い。恐らく相手は動ける艦艇のみで艦隊を再編しつつ最後の勝負を決めに来る筈だ。補給の時間は無い。後方は多少ならずホラントに荒らされ、しかも移動の時間と補給、再攻撃のための航行時間を考えると攻め切れない。ならば今すぐ動ける艦艇だけで決戦を仕掛けるしかない。

 

「特に問題はデュドネイの分艦隊の損害だな……」

 

 残存艦艇860隻、我が方の守りの要がこの様である。だが同時に彼女の才覚がこの場で必要不可欠だ。

 

『そういう訳だ。馬鹿貴族、その宝の持ち腐れの艦隊をさっさと寄越せ』

「アッハイ」

 

 舌打ちしながら提案(命令)するホラントに私は答え、デュドネイに保有艦艇1640隻を提供する。

 

『……いいの?』

 

 少し遠慮がちにデュドネイが無線越しに尋ねた。いや、遠慮と言うか気まずそうだ。

 

 ……私なんかより君の方が勝利に必要だからね、仕方ないね。

 

 コナリー率いる艦隊6760隻がファイアザート星系第4惑星に侵攻したのはシミュレーション時間内で残り15時間15分の事だった。文字通り最後の攻勢である。迎え撃つはホラント・チュン・ベアト・デュドネイの率いる7650隻だ。我が方の補給が最低限完了したのは接敵の30分前であった。

 

 両軍は良く戦った。デュドネイの守りを敵艦隊は何度も突き崩しかけたが、その度にベアトが急行して危機から救う。奇襲や浸透戦術に対しては、チュンとヴァーンシャッフェが宙陸で連携して対抗する。スコットは後方支援を十全にこなした。ホラントは最終的攻勢においてその破壊力を見せつけた。コナリー以下の敵部隊も称賛すべき指揮を取っていた。

 

 え、私?ああ、拠点の目の前で何もせずぼっとしてたよ?旗艦以下巡航艦3隻・駆逐艦6隻でどうしろってんだよ。

 

 流石にこれには相手チームもぎょっとしてシミュレーターから乗り出して私の座る所を二度見してた。うん、すっごく分かる。

 

『シミュレーション終了!』

 

 時間切れによりアナウンスが流れると共に結果が現れる。紙一重、文字通り130隻の損害差で私(?)のチームは勝利した。

 

 敵味方問わず全員が脱力しながらシミュレーターから立ち上がる。本当に厳しい戦いだった事が分かる。え、私?最後暇だから音楽聞いてたよ?

 

 整列して互いに敬礼した後にコナリーが笑みを浮かべながら私の元にやってきた。

 

「良い勝負だった。最後は流石に驚いたよ。まさか直属部隊を全て前線に押し付けるとは。戦略的にも、心理戦の面でも最善の選択だった」

 

 最終決戦である。チームリーダーがまさか全ての戦力を前線指揮官に提供するのは予想外であったらしい。なんせ多くの将官が見ている見せ場で自身の活躍の場を捨てるのも驚きだし、旗艦が沈めばその時点で敗北である。多くの者はやりたがらない。逆にそんな予想外の事が起きたせいで、唯でさえ緊張していた相手チームは一層動揺したらしかった。

 

「とてもハイリスクな手段だ。それだけチームメンバーを信頼していた事が伝わるよ」

 

いえ、役立たずなので部隊寄越せと言われただけっす。

 

「……えっ、そうなの?」

 

 その発言に微妙な苦笑いを浮かべるコナリー4年生。そのまま私のチームのメンバーを見る。止めて。皆目を逸らさないで(ベアトだけ誇らしげだけど)!

 

 何とも興奮も、締まりもなく、戦略シミュレーション大会ベスト8を決める戦いはここに終わったのだった。

 

 

 

 

「さて、じゃあそろそろ一旦解散と行こうか?」

 

 チュンの言葉にチームメンバーの全員が同意する。2度立て続けのシミュレーション試合の後その足で学校内の一室を借り受け試合の事後評価を2時間程した後の事だ。

 

 当然ながらシミュレーションの勝敗は重要ではあるが、それ以上にその評価研究も無視出来ない。両チームは各々どのようにすれば勝敗が変化したのか、勝敗の決め手は何であったのか、両チームの指揮の特徴と今後の課題を語り合い、レポートとして学校側と相手チームに提出する事になる。学校側は学内の資料として記録を公開・研究し、今後の教育材料として将来の教官や学生が閲覧する事になり、相手チームは交換したレポートを基に客観的に自分達の課題を学ぶ事になる。

 

 尤も1日やそこらでそれが出来る訳も無い。まして皆既に疲れ切っているし、明日の試合の研究もある。一旦解散し休憩し、夜に改めて集まり最後のミーティングをする事になる。

 

「おうおう、賛成だ。もう駄目だ、脳みそがミルク粥になる」

 

 ぐてっ、と椅子でへたり込むスコット。戦闘部隊でも無いのに最前線で支援任務を指揮する羽目になったので疲れは人一倍だ。

 

「……寝る。誰か…夕食……起こして」

 

机に頭を乗せて昼寝を始めるデュドネイ。

 

「全く、どいつもこいつも体が弱すぎる。あの程度でへたるとはな」

 

 鼻を鳴らしながら次の試合に向けた相手チームの戦闘記録を携帯端末で閲覧するホラント。こいつ本当やばいな。

 

 今回の試合に勝利出来たのは、ホラントが半ば強行して現場に向かったためだ。艦隊の2割が脱落し、燃料は枯渇寸前であった。それでも間に合うのか怪しいものであった。ホラントが瞬時に相手の敷いた機雷原や足止め部隊の展開を正確に予測しなければ、勝敗は逆であっただろう。本当に紙一重の勝利であった。

 

「次はコープの奴のチームだろう?地味に相性が悪いなぁ」

 

 これまでシミュレーションの相手をさせられた経験から分かる。うちのチームと相性は宜しくない。

 

 コープは相手の艦隊を削るのが上手い。特に守勢や後退する戦力の迫撃がかなりの腕前だ。ほかのメンバーも全員席次40位以内の面子で固められている。ホラントは何度もコープに勝っているが、チームとして考えると明らかに彼方が上である。

 

「けどなぁ。そう根つめてやらんでいいと思うがね」

 

 元より優勝候補チームの一つであったので事前研究はそれこそ予選の時期から実施されている。いや、今の残っているチームの殆どが事前に勝ち抜きを予測されていた有力チームだ。どのチームも有望チームの研究は怠らない(自分達が勝ち抜けるカは置いておいて、であるが)。

 

 その点ではこちらに利点がある。私やホラントはコープの癖はある程度知っているし、逆に彼方はこっちの研究はさほど出来ていない筈だ。我々が勝ち抜くなんて予測していなかった筈だから。

 

 次席のホラントがいるとはいえ、正直残りはトップエリート層から見れば雑魚だ。せいぜいチュンとベアトが多少警戒される程度である。予選時の下馬評は運が良ければ本選の一回戦まで、であった。先ほどの試合も、学生達が裏でやっている賭けによればオッズ差は1.3対5.7だったらしい。何方が私達のチームかは言うまでも無い。不良騎士はそれなりに儲けた事だろう。

 

「チュン、昼食はまだだよな?ベーカリーにでも行くか?ベアト、ヴァーンシャッフェはどうする?」

 

同胞二人に尋ねる。

 

「いえ、失礼ながら私は戦斧術トーナメントの方に顔を出す必要が御座いますので。どうぞ御容赦頂きたい」

 

 深々とヴァーンシャッフェは非礼を詫びる。戦斧術においてシェーンコップと並び帝国系でトップクラスの成績を有する彼は、2年生の同胞達への指導に顔を出す必要があった。彼らのトーナメントもそろそろ佳境である。勝ち残った同胞に最後の稽古をつける必要があった。

 

「いや構わない、寧ろ良く指導してやってくれ。才気ある同胞は一人でも多く欲しい」

 

 謝罪する同胞に対して私はそう言って許可を出す。同じ門閥貴族の血を引いているとはいえ格式が違う。互いに口の聞き方に注意して応答しないといけない。

 

「私は……失礼ながらここに残らせて頂きます」

 

 少し躊躇した後に、恭しく、恐縮した態度でベアトは私への同行を断る。

 

「私も明日のシミュレーションに向けてもう少し分析作業をしておきたいものですので。誠に申し訳御座いません」

 

 深々と従士は頭を下げる。恐らく次のシミュレーションで私を勝利させるため、更にいえば嫌っているホラントやコープに対抗するためであろう。理由も無く私の提案を拒否する娘では無い。

 

「……いや、構わんよ。寧ろ良く働いてくれて有り難い。無理はするなよ?」

「はっ!」

 

私の気遣いの声に感激するようにベアトは敬礼する。

 

「コントか」

 

資料を見ながら小さくホラントが呟く。

 

「それじゃあ行くか、チュン」

 

 チュンに呼びかけ私は椅子から立ち上がる。そして……私は内心で笑っていた。

 

予想通り!予想通り!予想通り!

 

 くくく、ベアトが来ない事、私はそれを知っていた。彼女の性格ならばこの状況で同行しない事は予測していた。そして、それは私の数少ない人目を気にせずにいられる時間である。この時のためにずっと大人しくして油断を誘っていた甲斐があろうという物だ。よーし、FGO(Free planets force General Order)のガチャ課金と「ティアマト46」のコンサート見に行っちゃうぞ?

 

 さて、今は余りはしゃぐ訳にはいかない、ベアトに怪しまれる。まだだ、まだ笑うな。そうだ、30秒……部屋を出て30秒で勝ちを宣言しよう!くくくく………!

 

 そんな風に内心で自由を勝ち取った事に酔いながら、私はチュンと共に颯爽と部屋を出たのである。

 

 

 

 

 

「……あれ、バレてないと思っているのか?」

「……馬鹿…やっている時……分かり易い顔してる」

 

 机と椅子に項垂れたスコットとデュドネイが呆れ気味に呟く。真剣な時は兎も角、ふざけた事を考えている時に限って分かり易い顔をしている同僚である事を二人共良く知っている。

 

 そして見送ったベアトはそのまま表情を変えずに携帯端末を操作して通話を始める。

 

「……シェーンコップ帝国騎士ですね。依頼があります。……えぇ、若様の護衛を御願いします。はい、やり方はお任せします。但しレポートの提出は御願いします。報酬に2000ディナール、別途功績次第でボーナスをお付けします。……ああそうですね、後丁度最近人気らしい映画のチケット………確か「卿の名は」でしたか。ペアチケットがあるのでおまけにつけましょう。……ではよろしくお願いいたします」

 

 ピッ、と通話を切って淡々と作業を再開するベアト。その様子をちらりと見て呆れるように再び鼻で笑うホラント。そんな様子をぼっと見てスコットとデュドネイは思う。

 

 ……いや、伯爵さん。それ優秀な監視役に下請けしてるだけだから。

 

 そしてちらりとこちらを見た従士が二人の目の前に100ディナール札を置いたと同時に二人は全てを忘れる事に決めたのであった。

 

……何も知らぬは本人ばかりである。

 

 




「卿の名は」……フェザーンを舞台とした同盟移民と亡命貴族子女の時を越えたラブコメ映画の事







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