帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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第四十三話 ツンデレと暴力ヒロインは違うと思うんだ

 子供は、ぱくぱくと口を開き、その白く柔らかい頬を赤く紅潮させていた。

 

「はわゎゎぁぁ!はわわわゎゎぁぁ!!??」

 

 コンサート会場の裏手で奇妙な奇声を上げ興奮する幼女を、私は少し離れた場所から半分呆れ気味に見る。

 

「さ、ささサインくださいっ!」

 

 顔を強張らせながらも、喜びを抑えきれない音調でフロイラインは色紙を差し出す。

 

 その姿に少し驚きつつも、すぐにファンへの営業向けの笑顔を浮かべて少女は了承する。

 

「ふふ、『フェンリルちゃんだよ~、お月様を飲み込んじゃうFreundなんだよぅ~』」

「フェンリルちゃんっ……!!」

 

 目の前の女性が悪戯っぽい口調で人気深夜アニメ「べすてぃー・ふろいんと」の人気キャラの声を出すと悲鳴に近い声で叫ぶグリーンヒル嬢。すげぇ興奮具合だ。

 

「そうねぇ……後は『デュエル・サジタリウス・ウェーブ!光の使者フリーホワイト!オリオン・ライヒの手先共!とっととお家にお帰りなさい!』」

「フリーホワイトちゃん……!」

 

 今度は休日の朝にやっている少女アニメ「二人はフリーキュア!」の台詞だ。サービス精神旺盛だなぁ。

 

「確かお名前は……フレデリカちゃんね。いつも応援してくれてありがとう!とっても嬉しいわ」

 

 くすくすと笑いながらも、低いソプラノ調の声で歌うように同盟公用語で感謝を伝える広報アイドル。先程までコンサート会場で同盟軍や亡命軍関連の軍歌や戦時歌謡曲(「門出の同盟兵士」や「パンツァーグレナディアーズ」だ)を歌っていた事もあり、白基調の軍礼服の出で立ちである。作りから見て広報部から提供されたと思われる。

 

 既に戦争は150年も続いているのだ。兵士を確保するため悪戦苦闘する同盟軍広報部は戦闘部隊からは「芸能事務所」と嘲られるが、その実極めて重要な立場にあった。政府ご用達の作詞家や作曲家は戦争賛美の作品を作り、アイドルや歌手は士気高揚の歌を歌う。画家は戦争画を描き、映画監督は同盟軍の援助と監修の下でプロパガンダ映画を撮り、俳優はそんな映画の勇ましい愛国軍人の主役を張る。テレビの番組を間を縫って人気芸人が豪華出演する電子広告やCMが垂れ流される。今回のコンサートも亡命政府の協力の下、何度もネットやテレビで再放送される事だろう。イゼルローン要塞が建設されて以来国防委員会は幾度となく「今こそ国防の正念場」と語り、一人でも優秀な兵士を欲していた。

 

 まぁ、政府の深刻な懸念を他所に、劣勢な戦局の前に職業軍人の人気は低下しているが。悲しい事に優勢な時に競争倍率が上がり、劣勢になると下がるのは第2次ティアマト会戦以降定着した傾向である。誰も戦死の貧乏籤を引きたく無いからね、仕方ないね。

 

「はぁ……畜生、向こうのコンサート終わっちまったなぁ」

 

 小さく溜息をつきながら嘆息する。派閥として互いに謎の対抗意識があるので、毎度毎度コンサート時間が同時なために片方にいけばもう片方には絶対にいけない。まして御守りをしていれば抜け出す訳にもいかない。

 

「……まぁ仕方あるまい。これも先行投資だ」

 

 余り気の進むものでは無いが今後のコネクション作りのため、と割り切る。グリーンヒル准将に対してもそうだが、特に未来の副官殿に子供の内に恩を押し売りしてやる事にする。いざと言う時の魔術師とのパイプとして重要だ。あれも一種の魅力ではあるのだろうが、非常勤参謀殿は人見知りと好き嫌いが激しい面がある。私なぞ遭遇と共にリターンされかねない。少しでも聞く耳持ってくれる共通の人物が間に立ってくれないと困る。

 

 その点ではグリーンヒル嬢は絶好のポジションだ。魔術師死後もイゼルローンに居候してもギリギリ許してくれるだろう(結婚式を根に持たなければ)。イゼルローンを出て行った途端に草刈は嫌だ。どさくさに紛れて殺られそうだし。

 

 我ながら薄汚れた思考だな、と思わなくもない。頭の回らない子供に恩を着せまくって保身を図るのだから。とは言っても高潔に野垂れ死にはしたくないし、そんな覚悟も無いのだから仕方あるまい。文句があるならいずれヴァルハラででも聞こう。

 

「チュン、お前さんはどうする?サイン貰っておくか?特注ものも書いてくれるぞ?ネットオークションに出したら小銭稼ぎくらいにはなるが?」

 

冗談半分に隣でツナサンドを啄む友人に聞く。

 

「う~ん、妹達が喜ぶだろうけど……どうしようかなぁ。彼女、余り僕らを好んで無いだろう?」

「ん?やっぱりそう思うか?」

 

 貴族として相手の意図や考えを察知する鑑識眼のある私は兎も角チュンもか。まぁ、情報分析能力が高いからその応用と言った所か。

 

「少し軍人は苦手そうだからねぇ」

 

 一般人ファンとの握手やサインは悠々とこなしていたが軍服や士官学校制服を着たファンへの態度が少しだけぎこちなかった。

 

「軍属として前線での仕事も多いから慣れている筈なんだけどなぁ」

 

 確か70回以上前線基地や艦隊で巡業コンサートをしているから、怖がるというのは少し不自然ではある。

 

「どの道グリーンヒルちゃんが今夢中で話しているから後にしてあげた方が良いだろうねぇ」

「すまんな、チュン。付き合わせて」

 

 私のせいで面倒事に巻きこまれたのだ。不満があるのは仕方あるまい。

 

「ん?いやぁ、別に一人でいても然程やる事は無いからねぇ。それにパンは一人で食べるより大勢で食べた方が美味しいからね」

 

 そういって茶色い紙袋からレーズンロールを取り出して差し出してくる。それを特に気にする事無く受け取っている私は結構毒されているかも知れない。

 

 グリーンヒル嬢が見えるベンチに座りパンを啄みながら、私達は明日のシミュレーションの話に移る。

 

「はぁ、もう夕方だな。帰ったらそのまま最終打ち合わせか。チュン、正直勝てるか?」

「………冷え切ったバケットを食べ切るくらいには難しいだろうねぇ」

 

 苦笑いを浮かべながらチュンは答える。直訳すれば極めて困難、だ。

 

 次の相手チームの代表であるコープは、シミュレーションの成績だけでいえば祖父であるジョン・ドリンカー・コープに勝るとも劣らない実力者だ。守勢や後退する相手の迫撃を指揮させれば同期で右に出る者はいない。無論それだけしか能が無い訳でも無く、全般的なバランスも良い。強いて言えば一度機先を制されるとなかなか戦闘の主導権を奪い返すのが苦手である事が上げられるが、そもそも奴から主導権を握り続けられる人物なぞ十名もいない。

 

 そしてこちらのチームで可能な者はホラントくらいのものだ。チュンやベアトですら彼方さんの動きに対処するのがやっとだ。

 

「コープにホラントをぶつける……と言っても残りも大概だからなぁ」

 

 全員が学年席次40位以内というふざけた仕様だ。どいつもこいつも油断ならない。特にチーム内席次最高の第2分艦隊を率いる席次15位戦略研究科ミハイル・スミルノフ四年生、コープの懐刀第5分艦隊率いる席次31位メリエル・マカドゥー四年生は正直御相手したくない。

 

「どのメンバーも他のチームならば代表についていてもおかしくない席次だからね。それを集めて見せたコープ君も大概だけど」

「最初、ホラント引き抜きしようとしてたしな」

 

 チームの代表自体は席次に縛られないために、次席のホラントを引き抜きしようとする事自体はおかしくない。というかガチ目であいつ人気だった。まぁ首席のヤングブラッドが戦闘よりも後方支援の方が得意(といっても戦闘方面も平然と十位以内に入るが)な事もあり、純粋な戦闘指揮官としてはホラントの方が上では無いかと言われていた。そら引き抜こうとする奴もいる。あいつ友人少ないし、チーム組めないと知っていて勧誘されまくっていた。何か最後色々あってうちに来たけど。

 

 そんな訳で一瞬うちのチームが話題になったが、実情が知れると小馬鹿にされた。まぁホラント以外基本雑魚(トップ層比)だからなぁ。ホラント一人強くても、残りが明らかに足を引っ張るのが目に見える。しかも何かと変な意味で話題の上がる奇人変人の集まりだ。代表にいたっては800位台の貴族のボンボン息子となれば一気に警戒心は薄まる訳だ。実際、ここまで勝ち上がってこられたのは8割くらいホラントのおかげである。

 

「本選で1回勝ったらしめたものと思ったんだけどなぁ。糞、自分のチームに賭けとけば良かった」

 

 学生間での秘密の勝ち抜き予想ギャンブルのオッズはなかなかのものだったと聞く。どこぞの不良騎士が慇懃無礼にパルメレント観光旅行2名分の資金が集まったと報告してきやがった。取り敢えずリア充は爆発しろ。

 

「勝てないから諦める……と言う訳にはいかないからね。一応幾つか考えはあるけど」

 

 現実の戦いでは、絶望的な戦いであろうともすぐ降伏と言う訳にも、諦めてバンザイ突撃する訳にもいかない。どんな状況でも出来得る限り健闘して見せないといけない。明らかに投げやりに指揮をすると校長の拳骨が飛び、見学している将官達に悪い意味で目を付けられる。シミュレーションでは兎も角、現実の兵士を率いてそんな事をされたら溜まったものでは無い。

 

「マジで頼りにしているからな?頭の回転がドン亀な私の代わりに頼むぞ?」

 

 正直何で私が代表か分からない時がある位、チュンやベアトには頼りっぱなしだ。

 

「そんなに頼られたら私としては無碍には出来ないね。まぁ賄賂替わりのシュトレーヘン分の仕事はするさ」

 

 冗談半分にそう語りながら笑うチュン。こいつをチームに入れるのに笑顔で高級シュトレーヘンを送り付けた。まぁ別に送り付けんでも来ただろうけど。

 

「きたたたたぁぁぁ!!!」

 

 叫び声をあげるフロイライン。目を移せばアニメキャラの絵入りのサインを貰って凄くはしゃいでいる。くくく、いいネタがまた一つ手に入ったぜ。

 

 こちらに来てサインを見せてくるグリーンヒル嬢に対応しながら、私は内心で意地悪な笑みを浮かべる。チュンは妹用にリーゼロッテ氏にサインを所望しにいった。少し警戒気味ではあるが、のほほんとした表情に毒気が抜かれるのかそれなりに談笑を演じる。

 

「むっ!おにいちゃん!わたしの話きいてる!?」

 

 私の意識が逸れたのに気付いてむっと不満そうにするお嬢ちゃんである。全く勘の良い子供である。

 

「うへへへ……すごくきれいな声だったなぁ。わたしもあんなふうに歌いたいなぁ」

 

 御機嫌そうに顔を綻ばせる幼女。これがあの共和政府の代表になるのか、と考えると世の中分からないものだ。

 

「ん?なにかんがえてるの?」

「いや、遥かな未来に思いを馳せていたんだよ」

「ごめん、べつにかっこよく無いよ?」

「しばくぞ」

 

 格好つけてださぁい、と宣う幼女相手に私は取り敢えず同じ目線に立ってなじったのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔するぞ」

「おう」

 

私は自室の扉を開けて入り込むホラントに短くそう答えた。

 

 グリーンヒルの小娘の御守りをしたその日の夜、学生寮の私の部屋で明日のシミュレーションの最後の会議を代表たる私の部屋で行う手筈であった。ホラントは大量の資料を片手に予定時間の30分も前に入り込む。それ自体は慣れたものだ。勝負事のためには全力で挑む性格である事は幼年学校時代から知っている。

 

 そういう私はベッドの上でだらけきっていた。私なりに分析するがまぁ、勝てませんわ。半分神頼みである。

 

「全く呆れたものだ。貴様は手下がいないと何も出来んのか?」

「客観的事実過ぎてぐうの音もでねぇのが悲しいな」

 

 幼年学校でも士官学校でもベアトの世話になりっぱなしだからなぁ。個室の四年生は兎も角、三年生までナチュラルに同室なのはちょっと駄目だと思うんだ。決まっては無いけど基本女子は女子同士の筈なんだ。朝起こされて服着せに来て、家事洗濯まで当然のようにするのは駄目だと思うんだ。挙句四年になってもナチュラルに世話しにいくのは駄目だよね?

 

 流石に全て自分でも出来るが、寮内での渾名の一つが「紐男」なのはくるものがある。まぁ他の渾名が「マダオ様」やら「ダメンズ伯爵」とかだけど。リューネブルク伯爵のように実力と威厳があれば同じように従士付きでも違うのだろうが、御世辞にも私はそこまで高潔な精神も無ければ優秀と言う訳でも無い。下駄に下駄を履いてひぃひぃ言いながらである。やっぱ原作組はすげぇよ。ワイドボーン君ですら一年生の癖に私より威厳がある。

 

「いやぁ自立しないといけないのはそうなんだけどな?」

 

 帝国的価値観では門閥貴族はあらゆる俗物共の柵から自由であり、愚鈍な大衆に追従する事無く自主的に己が道を突き進む。自身を卑下せず媚びず高い自尊心を持ち、あらゆる低俗な欲望に惑わされず自律心を有する者である(尚、貴族や宮廷の序列や因習はセーフの模様)。

 

 同時に、それ故に門閥貴族が崇高な目的たる人類社会の主導に関係の無い下々の些事に煩わされるのは貴重な時間の浪費である。そのようなものは下級貴族や平民共にやらせればよいのだ。何故望遠鏡が顕微鏡の機能を兼ね備えていないといけないのか?

 

 よって、自主的に些事(家事とか)をしようとするとガチ目に止められる。貴族が庶民感覚とか庶民の苦労なんてフレーズを言っても喜ばれない。家臣や使用人からすれば、本来その仕事をすべき者が無能だからいらない(自分でやった方がマシ)と言われるようなものである。同時に、領民が見れば下々の者がやるべき事を貴族がやるというのは自身が貴族に相応しくない愚か者であると公言するに等しい。称賛される前に軽蔑されると言う、同盟人から見れば斜め上すぎる解釈がなされる。

 

 もし自身で料理とか掃除がしたいのなら田舎の人気の少ない別荘で、信頼する口の堅い使用人だけを連れてやる事だ。それはそれで庶民ごっこと言われるだろうが。

 

 貴族ならば雑事なぞにかまけずに貴族として自身を研鑽し、日々の政務を粛々と裁断し、妄言を言う民衆を窘め、社会の秩序を守護し、帝室や領地の危機には軍を率いて大帝陛下の御定めになられた正義に従い叛徒共を圧殺すれば良いのだ。それこそが貴族の義務と使命であろう。

 

 よって雑事は従士や平民の使用人にやらせるのが彼らの当然の義務である。寧ろ門閥貴族のために役立てるのだから、泣いて感謝して欲しいくらいだ……噛み砕いたらそんな内容が帝国の価値観と身分制度について亡命貴族の執筆した問題作「血統と義務」の第3章にあるが、実際問題その説明は的外れでは無い。

 

「下賤な者の仕事なぞしなくていい、なんて言われるとなぁ。言い含めるのも楽じゃないんだぜ?」

「これだから貴族と言うものは度し難い」

 

 不快そうに鼻を鳴らすホラント。平民出身とはいえ、ヴォルムスの市民は殆どが熱烈なアルレスハイム=ゴールデンバウム一族と門閥貴族の素朴な支持者であるから、寧ろホラントの態度の方が異端である。何方かと言えば同盟の一般市民の感覚に近い。まぁ、ある意味気が楽ではあるが。

 

「まぁそこは大目に見て欲しいな。私だって程々に苦労しているんだ。それよりもお前さんの方こそよくもまぁこのチームに入ったな?」

 

 私やベアト、ヴァーンシャッフェと貴族階級が3人もいるチームに入るこいつも物好きなものだ。本来ならば帝国系のいない上、席次上位メンバーだらけのチームもあっただろうに。

 

「ふん、そんな優秀な奴ばかりのチームに所属して勝った所で意味が無い。成績上位の者だけでチームを組めば勝って当たり前だ。実戦なら兎も角、シミュレーションでそんな下らん勝利を勝ち取って何の意味がある?」

 

 軽蔑するような口調でホラントが語る。実際に兵士の命が掛金となる実戦ならば、圧倒的な実力のあるメンバーで相手を蹂躙しようが構わんだろう。だがシミュレーションでそれをする意味がどこにある?寧ろ、自身の実力を研鑽するのなら格下のチームに所属するべきだ。所詮仮想の戦闘で、確実に勝てるメンバーで挑むなぞシミュレーションの意味が無い、と言う訳だ。無論、敢えて格下のチームに所属する事で自身の活躍をより魅せる、という一面がある事は否定出来ないが。

 

「成程、こちとら全員中途半端な席次の集まりで、守勢前提のチームだからな。お前さんも目立ち易いわけか」

 

 ストイックでいるようで、ある意味では勝って当然のメンバーで固まるチームより欲深いともいえる。どちらにしろ相変わらずハングリー精神の塊のようだ。

 

「それに、貴様もゴトフリートも昔から何度もシミュレーションの相手をしてきたからな。判断基準も、動きも読みやすい。お前ならば、俺としても実力を読み間違える事無くどれ程ならば持たせられるか、どれ程相手に対応出来るかは予測しやすい。他の奴を味方にするより底が知れる分やりやすい」

 

 自身だけ独自に動くとしても、味方の実力を読み間違えたら攻勢のタイミングを誤り全体では敗北する事もあり得る。その点、私やベアトがいる分実力を読み間違えずに測れる。そうすれば自身が攻勢に出るギリギリのタイミングを推し量れ、より効果的に戦闘を仕掛けられると言う訳だ。

 

 分かり易い引き立て役と言う訳だ。随分とまぁ打算的で効率性を重視した利用法だ。

 

「……まぁいいさ。こっちもそれで利益を得ているからな。ウィンウィンで結構な事だ」

 

 私は苦笑しながらベッドから起き上がると欠伸をする。小娘の御守りをして無駄に疲れた。

 

「ふん、現金な奴め。そんな情けない性格だからいつまでも赤ん坊のように子守りされるんだ」

「ひでえ……」

 

 ホラントの罵りに口を尖らせ心外である事を伝える。……いや、確かに部分的にはあっているが。

 

 しばし沈黙が室内を支配する。ホラントが資料をめくる音だけが断続的に響く。

 

「……おい」

「ん?」

「丁度良いから先にお前に伝える。…………士官学校を卒業して入隊したら俺は故郷と、星系政府と縁を切る」

 

ぽつり、とそんな事を口にするホラント。

 

「あっそう」

「………随分と淡白な返答だな?」

「泣いて『いかないで!』と縋りついたらいい?」

「気色悪い。止めろ」

「だろ?」

 

 こいつが余り故郷……亡命政府や貴族様を好いていないのは昔から知っている。亡命政府の市民から同盟に帰化する者もいない訳では無いし、士官学校等の教育や経験で亡命政府の在り方に不審感を抱く平民も過去の歴史から前例自体はある。

 

 無論、ここまで援助して貰った借りがあるので水面下で一定の繋がりは維持して人事や軍政方面での口利きや協力は続くだろうが、亡命政府と一定の距離を置く者は実際にいるのだ。それを阻止するためにも帝国系の学生で集まったり、士官学校亡命者親睦会が存在したりするのだ。派閥で集まるのは相互監視の一面もある。尤も、ホラントの場合は元より付き合いが悪いし、指導するべき私が半ば放置していたからこれと言った問題が無かった。文句を口にする奴がいても私が「たかが平民一人で騒ぎ立てるな、みっともない」とグラス片手に椅子にふんぞり返ってそう嘯くだけで済むからなぁ。

 

「……迷惑をかけるな」

「お……お前、何か悪い物でも食った?」

「殴り飛ばしていいか?」

 

 深刻に、震えた声で尋ねる私に額に青筋を浮かべ吐き捨てるホラント。

 

「じ、冗談だろ?」

「嘘つけ。その顔は本気だっただろう?」

「……そ、そんな訳ないし」

「……」

「……はい、嘘っす。ガチで思ってました」

 

何で皆して私の思考分かんの?

 

「………まぁ、縁切りしたいのなら自由にしたらいいさ。ここは一応自由の国だからな」

「自由、か。いうほどに、このハイネセンも自由では無いものだがな」

 

 いつもと変わらぬ仏頂面で語るホラント。しかしそこに一抹の自嘲と苦々しさが覗いていた。こいつはこいつなりにハイネセンに来てから色々体験していたようだ。

 

 血縁と地縁が人の在り方を形作る、とは良く言ったもので、自由の国であっても本当の意味で自由でいられる者なぞいやしない。同盟人よりも自由であると自称するフェザーン人ですら、取引相手と同業者、そして金に束縛されているのだ。ましてや同盟社会に有象無象の見えない柵があるのは当然だ。

 

「……正直な話をするとな、俺も夢想家な所があった。……お前は俺の家については知っているか?」

「いや、全然」

 

 その気になればプライベートや個人情報保護何それ?なのは帝国も亡命政府も同じだ。やろうと思えば適当に命令すれば同胞の個人情報なぞ見つけるのは簡単だ。

 

「まぁ、貴様はいちいち気にするような奴でも無いからおかしくは無いな」

 

 貴族たるもの、余り下賤すぎる者と面と向かって口を聞くのは憚られる。そのため、不確かな場合相手の身元がまともなものかどうか勝手に調べるなんて事、貴族が、特に格下の身分の者に対してする事は珍しくない。尤も、下手に地雷を踏み抜いたら面倒なので私の場合は好まないが。実際帝国の歴史を振り返れば、調べた相手が帝室の隠し子だったり、公式で死亡とされていたどこぞの貴族の次男三男だなんて闇の深そうな事実に遭遇したなんて事もあるらしい。知らぬが仏である。

 

 尤もホラントの場合は曲がりなりにも幼年学校に入学出来た身なのでそこまで真っ黒な家の経歴ではあるまい。

 

「父は、共和派の活動家で、母は貴族の庶子だ」

 

……御免、真っ黒じゃないけど灰色だった。

 

 あり触れた話だ。ブルジョワ出の革命家気取りの青年が、門閥貴族の中の腫物扱いされていた箱入り娘と身分違いの恋をする訳だ。同盟の恋愛文学ならば最後は身分の壁を乗り越えハッピーエンドだろう。

 

 尤も、現実は甘いものでは無い。クロイツェルの家のように曲りなりにも幸せになれる家庭は多くないのが現実だ。生活の全てが、常識が、価値観が違うのだ。クロイツェルの家だって父方が歴史も無い名ばかり貴族だから添い遂げられたのだ。門閥貴族の庶子と、情熱のままに進む革命家の家庭が上手く行く道理も無い。

 

 共和派の強い南大陸クロイツベルク州で暮らし、父は行幸に来た帝室の馬車に不敬を働き豚小屋行き、母は愛が醒めて実家に戻った。残された彼は西大陸の父方の家で引き取られたらしい。

 

「不幸自慢では無いが……余り愉快な思い出は無いな」

 

 口にしなくても予想はつく。共和派・反帝室の傾向の強いクロイツベルク州から保守的な西大陸への移住である。周囲の態度も空気も相当変わった事だろう。

 

 南大陸では母によって、西大陸では父によって肩身の狭い思いをした筈だ。

 

 幼年学校に入学したのは父方と母方の家の面子のためだ。模範的な帝国臣民である事を見せるためだろう。

 

本人にとっては不愉快な事この上無いであろうが。

 

「はっきり言ってな。俺は亡命政府の……いや、帝国の文化も、慣習も嫌いだ。無論貴族もな」

 

ぎろりと私を睨みつける。

 

「一時は共和政に理想を抱いてみたが……結局俺はここでも余所者らしい」

 

 自虐的な笑みを浮かべ、すぐに険しい顔を浮かべる同期。

 

「そして気付いた。俺は帝国臣民でも、共和主義者でもない。唯、帝国が嫌いだ。帝国の全てがな。だが同盟に帝国の血の流れる奴の居場所はない。同盟も嫌いだ。だから俺は……この戦争を終わらせる」

 

威厳と決意に満ちた表情でホラントは宣言する。

 

「帝国を滅ぼす。オーディンを討ち、糞ったれな皇帝を処刑してやる。不愉快な帝国の身分制度を粉砕してやる。そして同時にそれによって同盟を変える。同盟と帝国を一つにする事で、同盟の血やら帝国の血やらを無意味にする世の中を作る。俺のように何方にもいけないあぶれるような奴のいない世の中をな」

 

 その最初の一歩として過去と縁を切るわけ、か。憎い帝国の血を最初に否定する、というわけだ。

 

「ホーランド」

「……?」

「ウィレム・ホーランド、俺の名を同盟風に変えるとそうなるそうだ。俺の新しい名前だ」

「いっ……!?」

 

 帝国人が帰化する上で名前を同盟風に変更する事は珍しくない。だからそれ自体は良い。だが、その名前が問題だった。

 

(っ……その名前は………いや、寧ろだからか………)

 

 私は一瞬驚愕に打ちひしがれ、次いでどこか納得していた。彼、ウィレム・ホーランドの行動原理が理解出来たためだ。

 

 英雄願望の塊……か。確かにこんな事を考えればそう受け取られるだろう。いや、英雄でなければ帝国を滅ぼし、同盟を変えるなんて無理だろう。

 

 同時に、彼の原作の発言の意図も腑に落ちる。確かに守ってばかりでは何も変わらないのだ。ひたすらに犠牲者と憎悪のみが積み重なるだけだ。現状維持を図る者達は、彼にとっては怠惰な事なかれ主義者に過ぎない訳だ。

 

 彼はある意味では魔術師の弟子の有り得た可能性だ。社会に居場所が無いのならその前提を変えてやろうと言う訳だ。

 

「………よくもまぁ門閥貴族の前でそんな事いえるな?」

 

呆れた口調で私は答える。

 

「卒業と同時に名を変える気だ。今の内に話した方が、貴様も責任回避の工作をしやすいだろう?それに今はあの口五月蝿い従士もいないからな」

 

 成る程、世代から見てホラントの管理責任は私にあるのでそこの辺り言い訳を考えておけ、と。面倒な事持ち込みやがってとは思うが、私の性格を理解しての事であろう。ほかの奴の前でこれまでの事を言っていれば、考えを改めるまで「自己批判」でも強制されかねない。その点、私が恨みつらみで下手なやらかしはしないと踏んでいるのだろう。

 

「まぁ、信用されているとでも好意的解釈でもしてやるよ」

 

 皮肉半分に私は答える。まぁ、ここで原作キャラがリンチなり死亡されたらガチ目に困るしな。

 

「……あぁ、不本意だが貴様は信頼している」

「あいよ~、んん?」

 

何か今こいつデレた?

 

「?どうした?」

「……ごめん、男のデレは趣味じゃないんだ」

「よし、死にたいんだな。今すぐ楽にしてやる」

「ちょっ……ガチタンマ。お前さんの本気の徒手格闘術を受けたら冗談抜きにヴァルハラ行く!?」

「問答無用だ。死ね、貴族のどら息子が!」

 

 その後、部屋にベアトが入室すると共に血相を変えて参入してくるまでの間、私は格闘戦術トップクラスの技のフルコースを味わう事になった。ちょっ……阿修羅バスターは……無理だっ…ぐほっ…!?…止めて!地獄の断頭台はシャレになららら……!!?

 

……マジふざけてご免なさい。

 


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