帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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少し急いで書いたので修正するかも


第四十八話 言葉に出来ない事も、したくない事も、必要ない事もある

『なんて時間を無駄にした戦いだっ!』

 

無線機越しに第2分艦隊を指揮するスミルノフが叫ぶ。

 

「静かにしなさいな。無駄な体力を使うつもり?」

 

 コープ四年生は、目元を指で解しながらカーソルを操作して自身の分艦隊の補給作業を進める。

 

『仕方あるまい。格下相手に攻め切れなかったんだ。苛立つのは分かる。問題はこれからどうするかだ』

『どうするか?決まってる!攻めるしかないだろう!?じゃが芋共相手に時間切れ……まして引き分けなんて論外だ!!』

 

 ダランベールの言葉に食ってかかるようにスミルノフが答える。そうだ、彼らの選択肢は決して多くはない。

 

 増援が来る前に雌雄を決したかったが、それは最早不可能であった。

 

『落ち着きなって。そう悲観したものでもないでしょ?損失は多分若干彼方が上、指揮官も相当疲労しているし』

 

 実際マカドゥーの言う通り、喪失艦艇の数では僅かに下回り、指揮官の疲労という面では彼ら、彼女らには相手側よりもかなり余裕があったのは事実であった。

 

『それよりも、彼方も良くやるな。ホラントの奴は兎も角、チュンとゴトフリートの奴はもう少し研究するべきだったか』

 

苦虫を噛みながらダランベールは口を開く。

 

 彼らとて無能からは程遠い。少ない時間で次席のホラントの研究と、チーム内でも席次の高いチュン、ゴトフリート両学生に対する対策はとってきた筈だが、想定以上の粘りには流石に驚きを禁じ得ないし、ほかのメンバーの当初の想定よりもかなり健闘をしていた。

 

『確かにね、奴さん、まさかあそこまで食いついてくるとは思わなかったわねぇ』

「………」

 

 深く一呼吸、精神を落ち着かせてコープはチームに語りかける。

 

「皆、そう焦る事は無いわ。一応近い想定はしていたし、損失もこちらが下回っている。このままプランDで一気に畳みかけるわよ」

『と、いうと……』

『紡錘陣形による中央突破か』

 

 決して愚策という訳ではない。残された時間内で決定的勝利を得るには最も適った方法だ。補給線は未だ絶たれていないが、時間当たりの輸送される物資は距離の関係上敵チームに比べ少ない。第三惑星上に中継基地を設置しているもののそれでも残り時間を考えると精々一、二回の大攻勢をかけられる程度しかない。そしてその間にじゃが芋共を完膚なきまでに潰さなければ奴らの弱み……故郷を出汁にして正面決戦を強いる……したこちらの面子も立たないのだ。

 

「それに最も注意すべきホラントは防戦に弱いわ。奴らのチームの得意分野とはいえ、あの次席と殴り合いで勝てる自信があるものはここにいるかしら?」

 

 誰もが沈黙する。あのプライドの高いスミルノフも異論を挟まない。それでいい。別に一分野で敵わない事は恥じる必要は無い。こちらの得意分野を生かし、相手の得意分野を封じる……それは戦争においては卑怯ではない。

 

「チュンもデュドネイも守備が得意だけど、すでに疲労も損失も相当なものよ。それに守備の要である戦艦も相当削ったわ。援軍を勘定に入れても突破は不可能ではないわ」

 

 双方とも集中的に戦闘に巻き込み、休憩する事を封じていた。損害も多い。仮に他の艦隊から抽出したとしても判断能力は下がり、前回程のキレは無い筈だ。また戦艦は砲の射程が長く、遠距離から敵の動きを止めるためには欠かせないが、この戦闘では戦艦を優先的に撃破していた。遠距離砲戦能力、防御力、エネルギー中和磁場の総合出力はかなり低下していると見て間違い無い。

 

『場合によっては旗艦を撃破出来るかも知れないな』

 

 そう言うのはカルドーゾだ。そうなれば勝敗はすぐさま決着する。

 

「じゃあ、このプランに異論は無いわね?」

 

 チームに所属する六名のメンバーの同意を得た上で、コープは決定を下した。

 

 シミュレーション開始からシミュレーション時間内にて129時間51分後、両軍はアルレスハイム星系より9.6光秒の位置に相対する。

 

 コープ四年生率いる艦隊は補給と補充を受けた上で艦艇7880隻、対するティルピッツ四年生も同様に補給・補充を受けた艦艇7210隻にて対応する。

 

 両軍は20,6光秒の位置からゆっくりと前進する。一方は総攻撃のタイミングを計るため、もう一方はその総攻撃のタイミングを逸らして最小限の犠牲で第一撃を受け止めるためだ。

 

「撃てっ!」

 

 コープ四年生のその命令と共に、両軍の砲戦は始まる。戦艦と巡航艦の長距離砲が雨のように降り注ぐ。が、その大半が両軍の張る見えない壁の前にはじき返され、解放され、行き場を無くしたエネルギーの濁流により中和磁場が虹色に発光する。

 

 敵艦隊の陣容はティルピッツ・デュドネイ四年生が中央、左翼をチュン、右翼をホラント四年生、後方予備戦力をゴトフリート四年生が受け持っている事が確認されている。ようは定石通りの陣形と言う事だ。

 

「ホラントを不用意に動かせるな。ダランベール遠距離砲で拘束しなさい。スミルノフ、敵中央を食い破りなさい。貴方なら出来る筈よ」

 

 敵中央前衛はこちらの意図を読んでいるのか、遠距離戦闘に長けた戦艦と巡航艦が多数配備されていた。しかも恐らくは無傷の増援部隊の大半が回されている。

 

だが、彼女達も無能ではない。そこは緻密な計画を進めている。

 

 数時間に渡る砲戦の末、敵中央の陣列に歪みが発生する。それは、砲撃のタイミングと厚みを何時間もかけ調整する事で引き起こした連携の乱れであった。叩きつけられる火力が高ければ後退するし、少なければその場を留まる。個艦単位の指揮は今回のシミュレーションでは旗艦や分艦隊旗艦以外には出来ない。それ以外はAIによる操作である。無論AIは平均的な同盟軍艦長レベルの質に設定されているが、それでも巧緻極まる砲術の手品の前に、ついに隊列は無視し得ないだけの歪みを発生させる。そしてそれは彼女達には致命的なものであった。

 

「よし、隊列が崩れた……スミルノフ、突貫しなさい!第二陣カルドーゾ、マカドゥー、ダランベールは後方から砲撃支援!突撃!」

 

 コープ四年生は崩壊した最前列の隊列、その中でも特に脆弱な一点を指し占めす。同時にそこに砲火が集中、数千の中性子ビームの光条が襲い掛かる。瞬時に数十隻が爆炎と共に宇宙の塵と化す。出来上がった艦隊の明らかな亀裂にスミルノフ四年生の分艦隊の高速艦艇が躍り込む。

 

 突撃した駆逐艦部隊が電磁砲をばら撒いた。エネルギー中和磁場の効果の無い実弾兵器の前に、敵艦隊の艦艇は貫かれる。軍用の特殊複合装甲が飴のように切り裂かれ、内部構造が粉砕される。同士討ちの可能性に躊躇し、次々と抵抗も出来ずに撃破される艦艇群。そこに単座式戦闘艇が爆炎と砲火の中に滑り込み傷口を広げる。

 

 瞬く間に三列に渡る艦列が突破され、救援に来たデュドネイの1個駆逐群の増援を薙ぎ払い、遂にティルピッツ四年生率いる分艦隊の先端をスミルノフ率いる第2分艦隊の最前列が捕捉する。

 

『第2分艦隊、敵艦隊旗艦捕捉……!』

 

 妨害電波の猛攻を受けたために後方支援部隊指揮官のファン四年生からの通信によりコープは最前線の状況を伝えられる。

 

「………」

 

 本来ならば歓喜すべき状況、しかしコープはその報告に少し怪訝な表情を浮かべる。

 

「……少し脆すぎる」

『敵総旗艦、後退します!』

 

 ファンから送られた……正確にはスミルノフの分艦隊からの映像を工作艦を経由して送られた映像が届く。ヴォルター・フォン・ティルピッツ四年生が乗艦する設定になっているアキレウス級大型戦艦がスラスターを吹かせて後退していく。襲い掛かってくるビームの砲火に対して周囲の直属部隊の巡航艦群が前方に出て盾となる。

 

「………あんた、そんな悠然と後退するタマじゃないでしょう」

 

 亡命伯爵相手に何度も虐殺をした身だから言える。可笑しい。奴ならばこういう事態になれば慌てて逃げる筈。更に言えばあの煩い従士ならば無理矢理横から盾になって来ても可笑しくない。前者は見学者に醜態を見せる訳にいかないとしても、後者はしない方が有り得ない。

 

それはつまり……。

 

「……!不味い!全艦後退!」

 

 咄嗟に小細工に察知をつけたコープが命令する。それと同時であった。敵艦隊の前三列の艦艇群が次々と巨大な火球と変わったのは。

 

 

 

 

 

「おお、凄い爆発だなあれは」

 

 シミュレーターの椅子に座りながら私は呟く。液体ヘリウムとレーザー核融合ミサイルを詰め込んだ艦隊の自爆は遠目から見ても凄まじい、いや禍々しい事この上無い。

 

「流石に1000隻全て自爆はもったいないなぁ」

 

 愚痴のようにぼやくが仕方ない。最低でもそれだけなければ然程効果が無いのだ。

 

 相手の選択肢で最も有り得るのが紡錘陣形からの中央突破なのは、士官学校で学んでいれば明らかだ。これはホラントやチュンも指摘していたから疑う事は無い。

 

 問題は今の戦力で受け止めきれない事だ。かといって後退も出来ない。となると、思い浮かぶのは無人艦艇による自爆により突撃する敵艦隊の勢いを殺す事だ。そのための出費が約1000隻の艦艇である。しかも大半が戦艦と巡航艦である。痛い出費だ。だが……。

 

「よし、今だ!全艦前進!混乱した敵艦隊前衛部隊を撃滅するぞ!」

 

 隊列が崩れ、互いを援護する中和磁場の壁が構築出来なくなった今こそ反撃の好機であった。

 

 戦艦と巡航艦の砲撃の前に、瞬く間に数百隻が火球と化す。そこに駆逐艦と単座式戦闘艇が混乱する敵艦隊に躍り込む。実弾兵器による近接戦闘の前に、敵艦艇は味方の誤射を恐れ禄に反撃出来ずに撃ち減らされる。

 

「撃て撃て撃て撃て!今の内に徹底的に数を減らせ!早くしないと体勢を立て直して反撃されるぞ!」

 

 実際、信じがたいが前方のスミルノフは半数近い損失を出し、しかもそこら中に駆逐艦とスパルタニアンが暴れる中で、艦隊の再編と反撃を八割方成功させつつある。マジかよ、ふざけんな、立て直しが早すぎるわ!

 

 シミュレーションとはいえ、なんていう才能だ。同盟にしろ帝国にしろ実際に軍の一部に身を置いていると分かるが、原作人物を馬鹿に出来ん。ひぃひぃ言いながらどうにか講義について言っている自分よりも遥かに才能ある奴ら、そいつらが何年も経験を積んだ奴らが現役の佐官、将官なのだ。正直金髪の小僧の言は真に受けんな。あいつ銀河系と人類を二十そこらで統一した化物だから。あいつの言う無能は、世間一般水準の無能と同列に語るべきではない。

 

『そろそろ……反撃、来る』

 

 デュドネイの注意に従い攻勢から防戦に隊列を変更する。同時にダランベールの支援を受け、スミルノフ、カルドーゾ、マカドゥーの順で反撃に移る敵艦隊。おいおい、ちょっと、あの爆発の混乱から立ち直るの早すぎない?

 

 数倍する火力が叩きつけられ、その勢いにより隊列からはみ出した十数隻の艦艇がすぐさま宇宙の塵と化す。

 

「怯むなよ……!もう少しだ。もう少しだけ耐えろ!」

 

 私はほかの生徒に激励しながら急いでカーソルを動かし隊列を整える。後少し……後少しだけ耐えろ。

 

 ジリジリと数光秒後退しながら艦隊の再編と整理をしながら防戦を続ける艦隊。

 

 敵艦隊は既に旗艦のすぐそばにまで砲火が届く距離にあった。旗艦に数発のビームが襲いかかり中和磁場に弾かれる。本来ならば危機的状況である。だが……悪いが手遅れだ。

 

「……!よし、間に合ったか!」

 

 近距離から電磁砲を撃ち込もうとして高速移動していた敵駆逐艦が側面からの砲火を受け爆散する。

 

『ギリギリだったな。もう少し持つと思ったが、期待外れだぞ?』

「いやいや、あの猛攻をここまで持たせただけ勲章ものだと思うんだけど?」

 

 回線が繋がって早々の罵倒に私は自己弁護をする。馬鹿野郎、実際に受け止めてから言いやがれ。

 

 ホラント率いる1100隻の艦隊は、右側面から敵艦隊に突き刺さる。

 

 右翼に展開していたホラントはこの戦闘中、気付かれぬよう小部隊で少しずつベアトの分艦隊と交代していた。

 

 その上で、敵艦隊の突撃により意識が正面に向いたのに乗じて第四惑星の影から回り込み、横合いから奇襲に近い状態で突撃したわけだ。そして……これが我々の作戦だ。

 

「よし、全艦前進!ホラントの攻撃で崩れた敵前衛を削り取れ!」

 

 敵艦隊の内部でアメーバの如く暴れ回るホラントにより混乱する敵艦隊を、正面からゆっくりと前進して少しずつその艦艇を粉砕する。ようは紀元前の時代から続く軍事作戦の基本、前方で相手を食い止め側面から打撃を与え、二正面から圧迫する「槌と金床」戦術だ。

 

 元々可能な限り戦死したくないために防御戦術ばかり集中して学んでいた私に対して、ホラントは生来の気性と、亡命軍のゲリラ戦術を組み合わせた「芸術的艦隊運動」……正確には艦隊を戦隊や群単位で独立させ、有機的に合離集散と火力の集中運用を行う事で敵艦隊を壊乱・撃破する戦術を編み出していた。

 

 この戦術自体は優秀ではあるが、同時に自身の戦力も広い範囲で分散するため継続力に難があり、また敵艦隊が艦隊を散開させると、混乱はさせられるものの攻撃面で決定打に欠ける課題があった。アレクセイとベアトもその対策を編み出すと、中々致命的な打撃が与えられなくなった。

 

 そこで二人でシミュレーションの艦隊を率いる事になった際、正面で私が守りに徹する間に機動力と地形を持ってホラントが強襲、内部から敵を撹乱し、乱れた前衛を私が微速前進しつつ押し潰す、という戦術が幼年学校時代に出来上がった。

 

 口だけで言えば簡単だが、実際問題はそう単純な話ではない。同数と仮定しても正面から2倍の敵の攻撃を私は耐えなければならないし、ホラントは可能な限り気付かれずに敵艦隊の脆弱なポイントを突かなければならない。更に縦横無尽に暴れるホラントの動きをある程度予測出来なければ、正面から敵を押し潰す際に味方を誤射しかねない。幼年学校時代からシミュレーションの相手や相方をしている奴でなければ……それでもギリギリだが……到底対応出来ない。

 

 その点では、ホラントは私の能力の限界をある程度把握しているし、私も奴に散々蹂躙されてきたので誤射しない程度には動きを予測出来る。戦って勝つのは不可能でも、味方として足を引っ張らない程度は可能だ。

 

 上手くいった。艦隊を上手く入れ替える事が出来たのが幸いだ。その面ではベアトも功労者だ。入れ替わった後も相手チームにホラントであると思わせる事が出来た。彼女もホラントとは何度も戦ってその癖を知っているため、多少の間なら真似が出来た。

 

 ホラントの分艦隊は敵艦隊内部で荒れ狂う。隊列が混乱し、味方艦艇同士が衝突する。隊列を広げれば防御能力が低下して正面本隊から削り取られてしまう。

 

「これで勝った……訳ねぇよな……!」

 

次の瞬間敵艦隊は一斉にこちらに突入する。

 

「ちぃ、やっぱりそう来るか……!?」

 

 奴らにとってこの事態を解決する、引き分けに持ち込む手段といえば一つのみ、肉薄して乱戦に持ち込む事だ。

 

私の艦隊は一瞬崩れかかる。

 

『若様……!』

 

 だが、すぐさまベアトが300隻の援軍を無理矢理両軍の間にねじ込む事で私は踏みとどまる。だが、あるいはそれこそが狙いだったのだろう。

 

 まるで全て読んでいたかのようにすぐさま方向を変更して右翼に向け敵艦隊は雪崩れ込む。

 

 右翼がホラントではなくベアトである事、その戦力が少なく、しかもその少ない戦力から中央に援軍を送った事から敵チームは最善手を打った。彼女はホラントとの極秘裏の交替によって相当疲労しており、その戦力はこれまで幾度となく抽出しており明らかに艦隊の弱点だった。

 

 私が1個戦隊を援護に回す前に右翼は崩れた。それは相手チームの意地であった。カルドーゾがホラントによって崩壊寸前になった隊列で無理矢理部隊を捻じ込む。ベアトの迎撃の前に先頭100隻余りが撃破されるがその爆発に紛れ駆逐艦隊がベアトの右翼先頭に潜り込む。混乱する右翼にコープの200隻の艦隊が側面に回り込み砲撃、隊列が崩れた所にカルドーゾの分艦隊本隊は殴り込んだ。

 

『あ、やばい……』

 

デュドネイが小さい声で呟いた。

 

 混乱は瞬く間に中央に波及した。私も、デュドネイも体力の限界が来ていた。こちらが鈍った思考で対応する前に敵チームは本隊まで混戦の中に引きずり込んだ。体力の勝利であった。

 

 チュンだけが混戦に巻き込まれる前に退避に成功した。しかし支援砲撃は難しい。既に戦場は混沌としていた。ある戦艦が巨砲による一撃で小賢しく動き回る巡航艦を沈める。だがすぐに駆逐艦が電磁砲でその戦艦を撃破する。そんな駆逐艦は単座式戦闘艇の群れにより弾薬庫を撃ち抜かれ中のレーザー水爆ミサイルに引火、周囲の艦艇を核の炎に飲み込みながら蒸発する。

 

「おうおう、見境なしだなぁ」

 

 私は引き攣った笑みを浮かべ目の前の狂宴を見つめる。これは収拾がつかないし、つける前に終わるなぁ。

 

『どうしようか?』

 

チュンが無線通信で尋ねる。

 

「いやぁ、チュンは距離を取って……第四惑星の衛星軌道で待機してくれない?ここに混ざっても混乱に拍車をかけるだけだし」

『だよねぇ……』

 

 我々は共に目の前の惨状を見やる。戦艦同士が近距離で砲撃戦を行い共倒れになる。空母が真下から中性子ビーム砲を食らい大爆発、周囲の敵味方を巻き込んだド派手な花火を上げる。ある駆逐艦は防空レーザー砲でスパルタニアンを撃破するがコントロールを失ったそれが艦橋に突っ込み行動不能になり、味方の巡航艦と衝突する。

 

『なんて無様な戦いだ』

 

ホラントの通信。随分も不愉快そうな口調だ。

 

『おい、ティルピッツ』

「分かってる。これは……駄目かもねぇ」

 

 後数分「槌と金床」が機能していれば……いや、まだ確定したわけではない。それにそうだとしても、責任があるとすれば戦力と各人の疲労を見誤った私にあるだろう。

 

 両軍が辛うじて戦力を引き離したと同時に、シミュレーション内時間で168時間丁度、シミュレーション内において計七日に渡り続いたアルレスハイム星系の会戦は終了した。

 

 シミュレーターの画面が暗くなる両軍の物資、兵員の消費量、群・戦隊・分艦隊旗艦等の損失が算出される。私はそれを椅子に座りながら黙々と見つめる。

 

 同時に私は小さな溜息をつく。覚悟は出来ているが……これは少し面倒そうだな。

 

 そして最後の艦艇損耗率の数字、それらを含めた総合評価による勝敗判定が表示される。私は瞠目し、苦虫を噛んだ後、軍帽を脱ぎ頭を掻いたのだった。

 

 

 

 

 

「では両チーム、礼」

 

 審判役の教官の号令に従い両チームは向き合い敬礼する。

 

 コープは苦々しい表情で私とホラントを睨みつける。マカドゥーは少々困った表情、スミルノフは不快気に我々を見つめていた。ほかのメンバーも似たり寄ったりの態度だ。

 

 一方、こちらのチームは静かにホラントが佇み、チュンは困った表情をしていた。デュドネイは眠そうにし、スコットは目元を押さえ疲れを誤魔化す。瞠目した表情で直立不動の姿勢のヴァーンシャッフェ、そしてベアトはこの世の終わりのように青い表情を浮かべていた。

 

 最後の最後に勝利の女神は相手チームに微笑んだ。僅か30隻差の艦艇損耗が決定打となった薄氷の勝利に、だが相手チームは不快感しかない様子だ。当然だ、席次は遥かに格上、しかも好条件も幾つか揃っておいて、最後は時間切れによる判定勝ちによる辛勝だ。勝ちは勝ちでも後で年寄り連中にグチグチ言われるだろうし、彼女、彼らのプライドも相当傷ついた筈だ。特に最後の戦闘は戦略も戦術も無い乱戦だ。無様な戦いである事この上無い事だろう。

 

 尤も、それくらい我慢して欲しい。観客席をちらりと見た後に私は考える。沈黙し、重苦しい雰囲気を纏う同胞達を見やる。ああ、何言われるか分からんな。

 

 両チーム共に暗い雰囲気で退席しようとし……拍手が鳴った。

 

「いや、実に両チームの戦い、素晴らしく、才気に溢れたものだった」

 

 同盟軍士官学校校長シドニー・シトレ中将は笑み……それが営業スマイルである事を少なくとも私は理解した……を浮かべながらはきはきとした、観客達に聞こえる声で口を開いた。

 

「ここまで勝敗の最後まで分からなかった試合は初めてだよ。両チームとも、学生とは思えない本当に見事な指揮だった」

 

 シミュレーターの壇上に上がる校長は鷹揚とした声で試合を称えた。

 

「特にコープ四年生とティルピッツ四年生は、総司令官として両者共果敢かつ、的確な判断を即断出来ていた。司令官にとっては正確な分析と素早い決断が何よりも求められる。その点君達は満点だ。ホラント四年生の艦隊運動は戦闘終盤の流れを変えた点で注目すべきものだな、スミルノフ四年生、ダランベール四年生の砲術はとても四年生とは思えん。実戦で通じる出来だ。ゴトフリート四年生は少ない戦力で常に最善の判断を下していた。予備戦力に後方警備、囮役、地味ではあるが戦闘全体を支える分野を全てで満足すべき結果を残したといえるだろう」

 

 生徒一人一人のシミュレーションでの活躍を褒め称える校長。

 

「いやはや、私も学生時代多くの同期と戦ったが、ここまでの試合は無かった。皆、実に将来が楽しみな若人達だ」

 

そう言って校長は観客席を笑顔で見つめる。

 

「皆さま、申し遅れました。私、同盟軍士官学校校長シドニー・シトレです。いきなりの事で申し訳御座いません。余りに白熱した試合でつい興奮してしまいまして。観客の皆さま、これが同盟軍の将来を担う若者達です。彼ら彼女ら、そしてこれから参加する生徒達は皆同盟軍の将来の中核を担う者達です。まだ少々青い所もありますが、どうぞ、彼ら彼女らの今後にご注目下さい」

 

 笑顔で一般人の観客を見渡しながら演説するように彼は語る。だが、その瞳は静かに、冷たく二つの派閥を睨みつけていた。

 

「ここでの勝敗はシミュレーションのため、少なからずの人々はその実戦での有用性を疑問視する意見があります。確かにシミュレーションのためにステージ上の問題や、下級指揮官、戦力等の面で実戦に効果があるのか、という意見が度々上がっているのは事実です。正直に言いましょう。確かに実戦とシミュレーションは別物です」

 

 その発言に一般の観客はおいおい、とざわめく。同時にシトレ校長の意図が何となく分かった。

 

「ですが、シミュレーションの目的は勝敗ではなく、研究のためにあります。これまでの作戦の効果の証明、両者が独自に考えた作戦の出来の調査、歴史上の戦いの仮定の研究……それが目的なのです。御観覧の皆さま、ですので勝敗に注目するのも宜しいが、それ以上に若者達が知恵を絞り組み立てた新しい作戦、両者が生み出した智謀の芸術に注目して頂きたい」

 

それは一般人より、寧ろ別の人々に向けた物であった。

 

 校長はこちらを向くと心からの笑顔……そして僅かな憐憫を浮かべ……再び声をかける。

 

「此度の試合、本当に素晴らしいものだった。つい昔を思い出した。双方、一時の勝敗に一喜一憂するのも良いが、これに奢る事無く精進して欲しい。コープ四年生のチームには古代ジャパンの軍人の言葉を授けよう、「勝って兜の緒を締めよ」、勝利してこそ油断せず精進を重ねなさい」

 

 コープ達に向け戒めるように語ると、続いてこちらを見て穏やかに語りかける。

 

「ティルピッツ四年生のチームには古代アメリカの哲学者の言葉を与えよう、「挫折や失敗は人間には付き物だ。問題はそれを糧にし教訓を引き出す事だ」。実戦なら兎も角、これは人の死なぬシミュレーションだ。大いに負けなさい。そしてそれを糧にして学びなさい。敗北を知らぬ者ほど弱く、愚かな軍人はいない」

 

 そして私と僅かに視線を合わせた校長は複雑な笑みで微笑み、再び観客に向け語りかける。

 

「それではしばしの休憩後に次の試合を執り行います。どうぞお楽しみ下さい!では皆様、どうか拍手で生徒達をお見送りを!」

 

 その声に何も知らぬ一般客達が拍手し、続いて少々憮然とそれ以外の者達も続く。それに満足したのか恭しく校長は退出する。

 

 校長に続き私達も退場する。私は校長の意図を理解していた。御苦労な事だ、校長なりのフォローなのだろう。あれだけ言われれば双方の派閥共に余り強く生徒を責められまい。取り敢えず説教時間が大幅に短くなったのは救いだ。後は……。

 

「若様……」

 

 小動物のように怯えた幼馴染を見やる。この忠実な従士のケアとフォローはまぁ、私の責任だよなぁ。

 

 ある意味、学年席次上位チームを相手どる以上の難敵だ、内心で私は苦笑した。

 

「……気にするな。全て私のミスだ」

「で、ですが………」

 

 顔を青くするベアト。まるでこの世の終わり、とでも言うような表情だ。理由は分かる。彼女が持ちこたえられなかった事が混戦の要因であったのは間違い無い。だが……。

 

「……あの時援軍をくれなかったら中央が崩れていた。負担をそちらに押し付け過ぎた。明らかに私の判断が誤っていた」

「そ、そんな事は………!」

 

 私の発言を否定しようとする従士の口元に人差し指を立てて、話すな、と伝える。

 

「まだ、私の話は終わっていない。私の話を遮るな」

「は……はっ、申し訳御座いません」

 

 厚かましくも上から目線で注意。だが、ベアトは恭しく従ってくれる。本当、私には勿体無いくらい従順だよなぁ。

 

「……此度の作戦は想定外で慣れなかっただろう?当然だ、事前に伝えてないのだからな。普段からやらせていて出来ないなら兎も角、初めての事が出来ぬからと咎める道理は無かろう」

 

 当然だ、本当なら焦土戦が我々のセオリーの筈なのを、私の都合で変えたんだ。根本的には、原作のプロの軍人を困らせたぼんぼん貴族と変わらない。

 

 何か言いたそうにするが、先ほどの注意もあって口を開かないベアト。本当にこの娘いい子だよな。

 

「一応命じるが、自決なぞするなよ?卿は私の従士である以上資産だ。勝手に目減りされても次を用意するのが面倒だからな。……それに己惚れるなよ?お前は学年首席でなければ全能でもない。出来る事には限界がある事くらい承知だ。それを見極めきれずに使ったのは、極めて遺憾ながら私の落ち度だ」

 

 私は、偉そうにベアトを見つめ命じる。因みに自決と言った時びくっとしてた、え、マジ?する気だった?

 

「此度の卿に出来るのにやらなかった事は無い。……だが、常々努力を怠るな。今度こそは私の期待に応えて見せよ。私が卿を傍仕えさせてやっているのはそれだけ期待してやっているのだからな。それだけお前を有象無象の従士団の中でそれなりに高く買っているのだ。分かったな?」

 

 ……冷たく、貴族然とした口調で「別に君の責任じゃないよ!」と伝える。凄いよな、門閥貴族が格下の者を許す時の言い方、完全に喧嘩売ってますわ。誰だよ、こんな糞みたいな台詞言っているの。

 

……私だよ?

 

「……はい、若様、従士の身で出過ぎた事をした事、誠に申し訳御座いません」

 

 一方、ベアトは一つ深い息をすると目元を潤ませてガン泣きしながら心から謝罪する。おう、観客から見えない所に移動していて良かったね。見られたら私パワハラ学生確定だよ。ネットで吊るされているよ。

 

「馬鹿らしい」

 

ホラントが心底呆れた声で呟く。凄く分かる。

 

「……DV彼氏?、依存症?」

「いや、あれは宗教だ」

 

 デュドネイとスコットが小声で話合う。止めろ塵を見る目をこちらに向けるな、恥ずかしさと罪悪感で死ねる。

 

 チュンは興味無さそうにどこからか取り出したクロワッサンを堪能している(もう慣れているともいう)。ヴァーンシャッフェのみがそこに美しい主従関係を見出した。はは、ワロスワロス。

 

「このベアトリクス・フォン・ゴトフリート、ゴトフリート従士家の末席を穢す身では御座いますが、どうぞ…どうぞ若様と伯爵家のためにこの身命を御捧げ致します。改めて、どうぞ忠節を尽くす事をお許し下さい」

 

 跪く少女は、可愛い顔して明らかにヤバい宗教団体の会員の如き思考で宣言した。だが、私は知っている。ウチも含め古い門閥貴族に仕える家臣にはもっとヤバい奴がごろごろいる事を。帝国は地球教徒を馬鹿に出来ん。というかアンスバッハは凄いな。才能と理性と狂信が絶妙なバランスで出来ていたんだな、あいつ。

 

取り敢えず、私がこの場でいえる事は一つのみである。

 

「アッハイ」

 

ほかに言えよ?じゃあお前考えなよこの野郎!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 廊下を歩み、観客席に戻ろうとしていたシトレはその人影を見つけ、足を止める。

 

「……ロボスか」

「……シトレ、校則破りの常習犯のお前さんが校長とは似合わんな。教官共がヴァルハラで気絶していような」

 

 廊下の一角にて、シドニー・シトレ中将とラザール・ロボス少将……同盟軍の未来の指導者たる事を期待される二人は静かに見つめ、いや睨み合う。

 

「……あの三文芝居は何かね?」

 

 会場での演説を指しているのだろう、不快そうにロボスはシトレに向け尋ねる。

 

「上官に対して酷い言い草だな。あれは単に心から思った事を口にした事だ。学生の身であれだけの試合が出来るのなら感嘆に値する。彼らが気落ちせぬように慰めた、それだけの事だ」

「お前が言葉を飾るとはな。学生の頃とは大違いだ」

 

 かつてのシトレは首席の優秀な学生であったが、模範生とは言い難い人物であった。反骨精神の塊で、いつも一言多い男だった。一方次席のロボスは今と違い痩せており、整った体付きと物静かな優等生であった。

 

「……人は、変わるものさ」

「変わる、そうか、確かにな……」

 

 どこか複雑な表情を向けつつ肩を竦めて自嘲する校長。だが、それを馬鹿にする事無くロボスも同意した。双方共に士官学校を卒業して以来、本当に様々な経験をした。素晴らしい経験も数多くしたが、同じだけの不愉快な事実も多く身をもって知っていた。

 

「だが、別に嘘はいっていないぞ?本当に良い学生達だ。特にティルピッツ四年生のチームは良かった」

「?負けたチームだぞ?」

 

怪訝そうに尋ねるロボス。

 

「勝敗は無視出来ないが、この場合はナンセンスだな。彼らはシミュレーションとはいえ市民を見捨てなかった。あれが実戦なら帝国軍が撤退していただろう。市民を守り通したのなら我々同盟軍にとっては勝利だ」

「シミュレーションの戦闘そのものでは負けだがな」

「辛辣な事だ……」

 

 その辛辣な評価に苦笑するシトレ。だが、と彼は思う。目の前の男は学生時代、シミュレーションにおいて同じような状況でどう動いたか覚えているだろうか?

 

「人は変わる、か」

「ん?」

「いや、それに私としても恩義がある。彼らがもし民主主義の軍隊らしからぬ戦いをしていれば、学校の名誉にも関わっていた。それに双方の老害にも良い薬になったろう。知ってか知らずか、一時の汚辱と引き換えに彼らはより大事なものを守って見せた。それに対して多少御褒美も必要だ。何事も持ちつ、持たれつ、だな」

「……」

 

 シトレの言わんとする事の意味を察知して静かに沈黙するロボス。

 

 言うことを言ったシトレはロボスを通り過ぎてゆっくりと観客席に向かう。沈黙の中、大理石の床を軍靴の足音のみが響く。

 

「シトレ」

 

 ふと、ロボスはシトレの名前を呼ぶ。シトレはそれに反応し、歩みを止める。

 

「………不本意だが、礼には礼で返すのが道理というものだ。……すまん、恩に着る」

 

 不快そうに、言い捨てるような旧友の声、それにシトレは僅かに口元に喜色を浮かべて答える。

 

「気にするな。昔、寮の抜け出しを黙ってくれた貸しに比べれば安いものだ」

 

 それだけ言うとシトレは何も言わずに去る。ロボスもまた憮然とした表情で彼の身内の下へと足を向け進み始めた。

 

 余りに簡潔な会話……だが、二人の間ではそれだけで十分であった。そう、士官学校学生時代、最大の敵であり親友の間柄であった二人にとっては………。

 

 

 








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