帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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ノイエ最新話感想「ホーウッド!?」


第五十話 卒業式の歌は何故か泣ける

 バーラト星系惑星ハイネセン北大陸南部にあるテルヌーゼンの6月は、長い春の微睡の中にあった。

 

 北大陸南部は、惑星の地軸や公転軌道、大陸と海流の地理的要因もあり夏と冬が短く、春と秋が比較的長い。この一帯の諸都市がハイネセン全域においても最も地価と家賃が高く、雑誌やテレビ番組のアンケートでも「住みたい街」の上位陣を占める所以だ。

 

 宇宙暦784年6月1日0530時、私は春の陽気な温かさの中で目を覚ます。

 

「………」

 

 寝ぼけた意識を覚醒させるとベッドから起き上がり、すぐさま洗面台に行き洗顔と洗口を行い、髪を大雑把に櫛で整える。

 

  それが終わるとすぐさまベッドに舞い戻り布団とシーツを皴一つ作らず折り畳んでいく。流石に幼年学校時代から行ってきたので手慣れたものだ(半分くらい何時の間にか片付けられていたりするのを指摘してはいけない)。

 

 清潔な白地のカッターシャツを着こみ、続いて同じ色の礼装に袖を通す。

 

 首元に士官学校在学生としての予備役准尉の階級章をつけ、胸元には士官学校学生の例に漏れず在学生時代に習得した技能章が並ぶ。私の場合は野戦衛生医療、車両運転、爆発物処理、射撃二級、戦斧術二級、帝国語通訳特級等だ。戦闘技能のみでいえば平均的な地上軍下士官、特殊技能も含めれば特技士官並みだ。因みにこの戦闘技能の羅列を見れば大概の者は地上軍志望と思うだろうが、家の出自からして宇宙軍志望である。

 

 じゃあ何でそんな技能章とってんだ、と言えば、そこは子供時代、幼年学校時代の教育もあるし、私自身宇宙船が撃沈されるならどうしようもないが、魔術師のようにテロやら暗殺の際に可能な限り生存率を上げたいためだ。亡命貴族とか暗殺対象になりかねん。

 

 唯一ほかの学生がつけていないだろうものは戦傷章だろう。亡命軍と同盟軍の物を双方、まぁ学生の内に戦傷を負う訳が無いからねぇ。

 

 鏡の前でネクタイを締め、整髪料で髪を整えると、最後に軍帽を被った、と同時に部屋の扉がノックされる。

 

「……いいぞ、入れ」

 

 命令形で答える私。教官であれば次の瞬間拳骨が飛ぶが、あいにくその心配はない。この時間帯に私の部屋に入室する人物はそう多くない。そしてその全員が私が下手に出るべき人物ではないのだ。

 

「若様、御起床になられてましたか」

 

 入室したベアトは少々驚きつつもすぐさま厳粛な雰囲気で敬礼をする。私と同じ白い礼服を皴一つなく着こなす姿は明らかに私よりも様になっている。

 

「流石にこの日まで起こされて準備も世話してもらうのは、少し情けないからな」

 

 冗談半分に答える。尤も、彼女は詰めの甘い私のミスをすぐさま修正した。胸元の記章がずれているので直された。すみません。

 

 それが終わると恭しく、完璧な所作の敬礼で報告がなされる。

 

「ベアトリクス・フォン・ゴトフリート、0530時を持って若様のお迎えに上がりました」

「うむ、宜しい」

 

 私は従士の報告に優雅な敬礼で返し、その先導の下で部屋を後にした。

 

 

 

 

 

「本日はテルヌーゼン気象局の連絡によれば極めて快晴であるという。このような澄み渡る青空の下で君達を見送る事が出来る事を、私は極めて嬉しく思う」

 

 礼装に身を包んだ学生達は一糸の乱れも無く、長年の教練通りに整然と整列しながら士官学校校長シドニー・シトレ中将の訓示に耳を傾ける。正面の壇上に整列する教官達もまた礼装に身を包み、生徒達以上に綺麗に正した姿勢で佇む。マスコミや保護者などの観客凡そ2万人が、口を開かずただただ式典を見守っていた。そこには厳粛な雰囲気すら生まれている。

 

「諸君達はこの学び舎で戦う術を、生き残る術を学び、そして今日一軍人として旅立つ事になる」

 

 そこで一度言葉を切り、シトレ校長は何千という若者達を見据えていく。彼ら最上級生を指導したのはたったの一年に過ぎないが、彼はその全員の顔も、性格も、癖も全て把握していた。僅か一年とはいえ、彼らあるいは彼女らは間違い無く彼の大切な教え子であるのだから。

 

「当然ながら、ここでどれだけの事を学んだ所で、それが君達の無事を保証するものではない」

 

その言葉に場が緊張する。

 

「知っての通り現在前線は小康状態に落ち着いているが、未だに劣勢である事は変わりない。そして帝国軍を撃破し、押し返したとしてもその先にはあのイゼルローン要塞が立ちはだかる。数年の後に我が軍は再びあの忌々しい要塞に大軍を以て挑み、勝敗はどうあれ多くの犠牲が出る事だろう。君達の中にもその時に参加する者がいる筈だ」

 

 誰かが唾を飲む音が響く。彼らも前線が未だに予断を許さない状況である事は知っている。そしてイゼルローン要塞!あの血塗られた女王の恐ろしさは、あの女王がどれだけの味方の血を吸ってきたか学生達も聞き及んでいる。

 

 彼らも軍人を目指す以上戦死の覚悟は出来ている。だがそれでも……実際に軍人として任官する今だからこそ、今更のようにその恐ろしさを実感する。

 

「これまでの卒業生達の例に漏れず、君達も少なからずの人数が退役を迎える前に殉職する事になるだろう。同盟が帝国といきなり和平を結ぶ事をしない限りはな」

 

 無論、限りなくその可能性は零だ。668年のコルネリアス帝の恭順要求、マンフレート1世時代末期の「自治領案」、マンフリート2世帝時代の和平交渉、第二次ティアマト会戦直後の「柊館会談」……幾度か講和の機会があり、実現目前にまで来た事もあったが、その度に両者の政治的事情や反対派、フェザーンによる妨害もあり、実現する事は無かった。ましてイゼルローン要塞が建設された現在、双方共に進んで自分から和平案を提示するのは困難であろう。

 

「だからこそ、軍人としてあるまじき言葉だが、私は君達に伝えたい。……死に急ぐな」

 

 その言葉はとても重々しく、そして深く生徒達の心に突き刺さる。

 

「恐らく君達は、本物の戦場がどれだけ過酷であるかをそう遠くないうちに知る事になるはずだ。本物の戦場は訓練とは違う。軌道爆撃を地下で堪え忍ぶ苦痛を知るだろう、宇宙空間を救命挺で漂流する孤独を味わうだろう、装甲擲弾兵団に包囲される絶望を知るだろう。自身の命令で多くの兵士を死なせる責任を背負う事もあるだろう」

 

 それはまるで自身が経験してきた事があるかのように真に迫る話し方であった。

 

「心の弱い者は自殺する。あるいは恐怖に耐えられず無謀な突撃をする。錯乱して味方を危機に陥れる者もいるし、あるいは全てを諦めて無抵抗で殺される者も見て来た。だからこそ言わせてもらう。諦めるな、死に急ぐな。最後の瞬間まで生き抜く事を目指せ。君達には頼れる者達がすぐ側にいる」

 

 校長の声が優しくなる。そして生徒達がその言に怪訝な表情を見せる。

 

「君達の隣の者達を見なさい。共に同じ学舎で語らい、勉学に励み、競争し、同じ釜の飯を食べた仲間だ。君達の世話になった先輩達を思い浮かべなさい。君達が指導した後輩達を思い浮かべなさい。彼らは同じ場所で同じ時を過ごした仲間だ」

 

 生徒達は、互いの顔をちらりと見て、生徒達は恐る恐る校長を再び見る。

 

「辛い事があれば相談しなさい、悲しい事があれば打ち明けなさい、楽しい事があれば報告しなさい、不満があれば愚痴をこぼしなさい。そして思い出しなさい。彼らは頼りになる仲間だ。彼らはきっと君達の危機に救助に来るし、援軍に向かう。仲間を見捨てる事はしない。だから生きるのを諦めるな。そして全てを終えたら助けに来た仲間にいってやるといい。「おい、救援が遅いぞ!?おかげで折角のデートの約束がおじゃんになっちまった!」とな」

 

 くすくす、と幾人かの学生達の間で堪えた笑いが漏れる。シトレ校長も人の良い笑みを浮かべる。

 

「そうだな、それでも駄目なら私達教官に相談しに来なさい。君達は可愛い生徒だ。遠慮せずいつでも相談の相手をしてやろう。但し、人数が多いのでドミールコーヒー(士官学校近くの格安喫茶)でなければ我々の財布が持たんからな?」

 

 この言には流石に生徒だけでなく教官達も思わず吹き出した。

 

 場の空気が明るくなった所で咳払いしてシトレ校長は背を正す。

 

「では、中年の長話も詰まらんだろうから皆のお望み通り切り上げるとしようか。戦友達よ、門出の時だ。君達の武運長久を切に願う。……卒業おめでとう!」

 

 キリッとした表情で惚れ惚れするような敬礼をし、その後いたずらっ子のようににかっと笑みを浮かべてシトレ校長は締めくくった。教官達も同時に席を立ち敬礼する。それに答え、生徒達は皆微笑みながら最敬礼した。

 

 続いて最高評議会議長、ハイネセン星系政府首相、統合作戦本部長、後方勤務本部長、宇宙艦隊司令長官、地上軍総監、退役軍人庁長官等からの祝電、国防委員会委員長、テルヌーゼン市市長等からの訓辞が続く。

 

 泣きながら完璧な送辞の言葉を、そして最後に卒業する学年一のマドンナに対して告白するという爆弾発言をする在校生代表に、黄色い悲鳴と笑い声が鳴り響いた。尚、その在校生代表は玉砕しただけでなく一抜けしたために、同級生にフルボッコになった後教官の拳骨を食らった。

 

 わいのわいのと学生達がらしくもなく騒ぎ始める中、最後に卒業生代表たるヤングブラッド首席が壇上に登るとそれはぴたりとやんだ。皆、この式典の締めくくりを察したからだ。

 

 全学生が気を取り直して軍人らしく起立すると、首席は教本通りの姿勢に政治家のようにはきはきとした、理知的な声で口を開いた。

 

「……春の訪れを迎える中で、我々自由惑星同盟軍士官学校第239期生総勢4267名は無事卒業する事が出来ました」

 

 入学時が4350名、諸事情での退学している生徒が100名近くいるが気にしてはいけない。実際問題、成績不良については教官達が危険な生徒に死ぬ気で指導するのでそうそう落ちる者はいないし、元の地頭が良い者が多いので心配する必要は無い。大概は体調(病気・ストレス)や家庭・経済問題、あるいは思想面からの自主退学ではある。

 

「シトレ校長、及び我々に親身に指導して下さった教官の皆様、御来賓の皆様、保護者の皆様、本日は私達のためにこの式典の場を用意して頂いた事に心よりお礼を申し上げます」

 

にこやかに頭を下げる首席。

 

「思えば、この士官学校に入学した日がつい最近の事のように思えます。祖国と市民、そして民主主義の守護の理想に燃えこの学校の門を叩いた私達を待ち構えていたのは厳しく、激しい教練の日々でした」

 

 そう言われて大半の生徒が真っ先に思い浮かぶのは三年最後の長距離行軍訓練だ。300キロ以上の道のりになる峻嶮な大自然の中で、大隊単位で行軍した。山を登り、川を横断し、森を抜け、湿地を進んだ。砂漠や雪原を行く事もあった。しかも途上で同盟地上軍のレンジャー部隊や山岳戦部隊、狙撃部隊が襲撃を掛けてくるので警備をし、訓練用のブラスターや火薬銃で迎撃しなければならない。脱落者が4割出ればそのチームは失格という中で、襲撃部隊が戦車と砲兵部隊を投入した際は皆が悲鳴をあげ、「山道上の怪物」が出てきた時には投入を提案した教官連中を全員で呪った。尤も、脱落チームが出なかったのは彼らなりに手加減していたのかも知れないが。

 

 あるいは2年最後の実艦による艦艇航海訓練では、シミュレーションとはいえ宇宙海賊や帝国軍の襲撃に白兵戦(同盟宇宙軍のアグレッサー部隊や亡命軍が協力した)、太陽風や宇宙嵐等への対処、艦艇の機関部の損傷修理にそれらの統括的指揮、を徹底的に指導され危機対処能力を学んだ。半分のチームが艦艇を撃沈され、残りの内半分が艦艇を占拠され、さらに残りの半分がワープに失敗したり座標を見失って宇宙の迷子となった。

 

 士官に最も重要な戦略と戦術、そして指導力も徹底的に鍛えられた。教本の丸暗記は基本であり、そこからシミュレーションでの基礎、応用能力の評価が教官相手に行われた。無論大半の者が虐殺された。運悪く校長と当たったどこぞの亡命貴族は、包囲殲滅され真っ白に燃え尽きた。戦時中の軍人育成は厳しさは並大抵のものではない。

 

「しかし、そのような中にあっても私達は優秀な教官方の厳しくも、博識に富んだ指導、導いてくれる先輩方、そして何よりも共に戦う同志がおりました。私達は共に支え合い、競い合い、高め合い、今日と言う日を迎える事が出来たのです」

 

そこで一旦言葉を切り、一拍おいて再び言葉を紡ぐ。

 

「教官の皆様、本当にありがとうございました。貴方方の指導のおかげで今日と言う日を迎える事が出来ました。本校には実戦経験に富み、多くの知識を有し、厳しさと思いやりを持った教官方が数多くおります。自由惑星同盟軍においても指折りの教官である皆さまの指導を受けられたのは我々の誇りです」

 

そして彼の視線は続いて来賓に向けられる。

 

「今日まで私達は守られる存在でありました。ですが今日この日、この瞬間より私達は誇り有る自由惑星同盟軍の一員となります。今日この日を迎える事が出来たのは我々の父母の理解と協力、同盟を、民主主義を守護してきた政府と軍、そして社会を支えてきた一人一人の市民の努力によるものです。本当にありがとうございます。そしてこれからは守られる存在では無く守る存在となります。これからは我々が貴方方を、祖国を、将来の市民を、そしてアーレ・ハイネセンの長征から受け継がれ続けた民主主義の炎を引き継ぎ、守り通す所存です。そしてその灯を次代に受け継がせて見せます。……最後に改めて我々を今日この日まで守り支えて頂いた全ての人に感謝を捧げます。誠にありがとうございました」

 

深々とした御辞宜に全ての人々が拍手で答えた。

 

「国歌斉唱!」

 

 式典の最後の最後、教官の一人が叫ぶように通達する。その目には大粒の涙が溢れていた。

 

 スピーカーから流れる伴奏に合わせて場の全ての人々が歌い始めた。

 

『友よ、いつの日か、圧政者を打倒し解放された惑星の上に自由の旗を立てよう。

 

 吾等、現在を戦う、輝く未来のために。

 

 吾等、今日を戦う、実りある明日のために。

 

 友よ、謳おう、自由の魂を。友よ、示そう、自由の魂を。

 

 専制政治の闇の彼方から自由の暁を吾等の手で呼び込もう。

 

 おお、吾等自由の民、吾等永遠に征服されず……』

 

 讃美歌のような音色で数千人の学生が、教官が、来賓たる保護者や関係者による合唱が静かに終わる。一瞬の沈黙……。

 

 次の瞬間、ヤングブラッド首席が普段の落ち着いた声に似合わないような大声で叫んだ。

 

「総員解散!」

「「「解散!!!」」」

 

 その号令と共に新米士官達は打ち合わせていたかの如く学生用の軍帽を一斉に空へと投げ捨てた。空高くに投げつけられた軍人の卵の証を来賓の子供達やマニアが争奪するのはまた別の話である。

 

 

 

 

 

 

「ああ、やっと終わった。もううんざりだ」

「折角の感動の式典がぶち壊しだね」

 

私の言にヤングブラッド首席が苦笑するように答える。

 

 士官学校卒業式典御約束の帽子投げの後、支給された自由惑星同盟軍士官軍装に着替えての行進式、それも終わりようやく非公式の学校内打上パーティーが夕方から始まった。士官学校内で一番の大きさの会場に、卒業生の大半と教官達が無礼講のどんちゃん騒ぎに興じる。テーブルの上には大量の料理とアルコールが並び立食しながら談笑したり、各種ゲームに興じる。ちなみに費用は学校持ちだが、大体予算が足りないので校長始め教官達が半分ぐらい自腹を切る。軍拡のために無駄な予算を使えないからね。仕方ないね。

 

「あんなの晒し者だろう?首席殿はよくもまぁ壇上であんな風に堂々と話せるものだ」

「君に言われるのは心外だなぁ。君達の所のパーティーでも良く壇上で演説していると聞いたよ」

 

士官学校亡命者親睦会のパーティーの事だろう。

 

「人数が違う。後前提もな。御来賓の大半には私の爵位に何の価値も無いからな」

 

 肩を竦めながら私は手元のグラスから白ワインを口に含む。マスジットの771年物、質としては中流階層向けといった所だろう。

 

「ワインもビールも帝国やアルレスハイムの物には敵わないからねぇ。やはり伝統という物は偉大というべきかな?」

「それ以外は全然だぜ?ハイボールも焼酎も絶滅しているし」

 

 料理にしろアルコールにしろ、帝国では大帝陛下のおかげで文化的多様性が絶滅寸前だ。しかも大帝陛下自身結構勘違いしたゲルマン趣味のおかげで、正確にはゲルマン的でないものが中途半端に残ったりその逆が起こったりも多々ある。

 

「正直な話私は同盟に生まれて幸せだよ。じゃが芋と酢漬けキャベツばかりの食事は耐えられない。こうやって周囲の目を盗んで他所の料理を味わうのは、多分帝国の宮廷では無理だろうね」

 

 そういって皿の上の非ゲルマン料理を口にする。唯、たまになんちゃって和食やなんちゃって中華があるのは問題だが。ケーキ寿司とかフルーツ天麩羅とかまだ生き残っていたんだね。

 

「それは嬉しい。私も帝国料理は好きだよ。ザウアーブラーテンとアイントプフが気に入っているよ」

「これはまた……」

 

庶民風の料理が好きな事で。

 

「もっと気取ったものが好きと思ったかい?」

「お坊ちゃんだろう?上等な帝国風料理店では余り出さない」

 

 私が人の事を言えた事ではないが。まぁ、貴族階級の食事は結構フレンチやイタリアンの影響も強いが。所詮史実のゲルマンは蛮族だからね、仕方ないね。

 

「地元には結構帝国系の市民も多いんだよ。帰化しているけど、郷土の味を今でも伝えている」

 

 共和派は亡命後自国の文化を捨て去り、帰還派は逆に自国の味以外は一段下に見ている。特に派閥意識を持たない……悪く言えば主義主張を持たず今日の食事の事しか考えない鎖国派だけが帝国料理と同盟料理、あるいはフェザーン料理やその他の味に寛容だ。そして統一派は鎖国派と相性は悪くない。

 

「成程、貴族階級はこっちに集まるからな。必然的に平民の料理ばかり広まると」

「まぁ、中には色々混ざっているのもあるけどね」

 

 現地料理と悪魔的融合を果たす料理もあるようだ。当たれば美味いだろうが、外れたら残念な事になる。

 

「古代ローマにしてもアメリカにしても、あるいは初期の地球統一政府も、銀河連邦も多様な文化を認め、吸収し、発展させて繁栄した。同盟も同じだよ。帝国文化も排斥するべきではない。そのままは無理としても、同盟の社会に合わせ取り込む事が出来ればこの国は一層の興隆を迎える事が出来る。特に芸術や工芸分野は同盟には無い魅力にあふれている。君達の所も良く稼いでいるだろう?」

「まぁね」

 

 ヤングブラッド首席の言は事実だ。亡命政府も演劇団や音楽団等の芸能分野、あるいは手工業による衣料やインテリア分野では、デザインやブランドのおかげで資本主義万歳な同盟企業の大量生産品と対抗している。同盟企業の製品は工業製品であるが、帝国の製品はオーダーメイドの工芸美術品だ。

 

『……それで統一派の期待の若手としては、嫌われ者の私達を褒めて何が御望みで?』

 

 当たり障りのない話を切り上げて、ようやく私は小声の帝国語で話の核心を尋ねる。同盟公用語ではあからさまに周囲に内容が分かりやす過ぎる。ヤングブラッド首席には悪いが帝国公用語で付き合ってもらおう。どうせ帝国系じゃない癖に「帝国語」の点数も9割超えだ。

 

『まぁ、そっちに話せる人物が欲しくてね。こういっては悪いけど教条主義な人が多いし』

『私だってバリバリの貴族なんですけどねぇ……』

『バリバリの貴族はアジア料理は食べないし、格式も無い帝国騎士のためにコープに頭は下げないよ』

 

 まして虐殺されて逆上しないなんて有り得ない、と続ける。御先祖様のやらかしを考えると違うとは否定出来ないなぁ。

 

『……こっちのメリットは?』

 

 当然ながら私も同胞のために無条件で協力出来ない。見返りが欲しい。

 

『まぁ、そこは持ちつ持たれつ、だね』

 

 ようは、互いに問題があれば仲裁のために口聞きする、と言う訳だ。まぁ妥当なところだ。

 

『この歳で政治ごっこをする羽目になるなんて……』

『ごっこ、とは酷いなぁ。私は首席、君も下馬評を覆してシミュレーションでコープと随分やりあったじゃないか。互いに将来それなりに出世するだろう?』

『あれ、明らかに全力出せてなかっただろう?』

 

 実力差位知っている。あそこまで互角に……あるいは泥沼の戦いになったのは私以外のメンバーの実力もあるが、あちらの焦りも一因だ。

 

『それでもさ。あれだけやれればそれなりに注目はしてもらえたさ。それに君の場合、肩書の方が影響が大きい』

『嬉しくねぇ』

 

 どの道家名のせいで胃に穴が開くような事になるんだろうなぁ。

 

「若様」

 

 ふと、ベアトが私の姿を見つけて近づいてくる。多分卒業式にかこつけて告白した同期か後輩の心をへし折ってきたのだろう。いいかね?帝国貴族令嬢を落したいなら、本人じゃなくて主人か父親に許しを貰いなさい。帝国では自由恋愛なんて圧倒的少数派なんだから。

 

「……それでは私はここで」

「ああ、私よりよっぽど話す価値のある奴らの所にどうぞ」

 

自虐気味に私は別れの挨拶をし、ベアトの下に向かう。

 

「申し訳御座いません。御傍におれず若様を危険に晒しました」

 

 敬礼しながら謝罪の言葉を伝える従士。いや、普通この場で流血沙汰なんて起こらないからな?寧ろお前さんが戻ってくるために迅速かつ無慈悲に相手の心をへし折った行いの方が危険だからな?ストーカーとか生まれてないよな?

 

「構わん、気にするな」

 

 私としては、内心では自身より寧ろホラントの方が心配だ。この場にもいない。恐らく今日か明日かの内に同盟移民庁で帰化申請でもするのだろうが。私は兎も角、ほかの奴らに恨まれなければいいんだが。

 

「それにしてもホラントめ、最後に若様に挨拶もせずに……どこにいったのか、無礼なものです」

 

 明らかに不快であるという表情で苦々しくベアトは口を開く。私としては誤魔化すように苦笑いするしかない。

 

「それにしても明日から軍務か。なかなか、実感は無いな」

「お任せを、軍務においても不肖の身ながら可能な限り補佐をさせて頂きます」

 

 私の呟きに従士はにこやかに、安心させるように報告する。

 

「いや、それは……いや、可能か」

 

 獅子帝ではないが、軍上層部にも同胞はいる。将官は兎も角、たかが一少尉の人事程度手を加える事は可能、という訳だ。護衛……であると共にある種の監視として彼女が同じ部署か近い部署になるだろう。

 

「……自分から地獄に飛び込むようなものだな」

 

 小さく私は呟く。それしか私の場合選択肢がないとはいえ、遂に私は死亡フラグしかない「軍隊」に身を投じるのだ。原作に辿り着く前に戦死するかも知れないし、辿り着けても金髪の小僧をどうにかしなければ未来が無いという笑える状況だ。

 

 数少ない救いとしては、私は少なからず身分により人事や昇進の面で融通が利く事、金髪の小僧より任官が先である事、人脈面で幾人かの原作キーパーソンと面識がある点か。厳しいがやるしかないよなぁ。

 

「よーし、次のを開けろ!がんがん行くぞ!」

 

 その声と共にシャンパンのコルクが次々と開けられ、中身が四散する。生徒達が笑い声をあげ、教官達が半分自腹のため悲鳴を上げる。そんな悲鳴を上げる教官達に高価なシャンパンを頭からぶちまける。

 

 卒業生の中には、少数とはいえ前線勤務に就く者もいる。教官の中にも任期が終わり前線に戻る者もいるだろう。その意味では今日この日が、卒業生と教官達が生きて一同に集まれる最初で最後の機会だ。皆必要以上に騒ぐのは、卒業の喜びだけではない。

 

 今期の卒業生の大半が原作開始の頃には三十辺り、原作の終わりで考えても三十後半であろう。士官学校卒業生は問題さえなければ少なくとも退役までに大佐には昇進出来る。原作終盤の時点で多くが佐官……宇宙軍の艦長や隊・群司令官、地上軍の大隊から旅団長クラスだった筈だ。アムリッツァの時点で中堅指揮官であったと思われる。軍隊、特に士官でいえば働き盛りの世代だ。

 

 ……原作が終わった時点で彼らの何割が生存していたのだろうか?

 

余り愉快な数字が出てきそうにないな。

 

「……憂鬱だな」

「元気ないねぇ、これ食べるかい?」

「お前さん、色々料理がある中でなぜ今回もパンなんだ?」

 

 チュンから差し出されるホットドッグをそのまま受け取り口にする。もう手で直受け汚ねぇなんて思わなくなったよ。完全に感覚が麻痺したよ。ベアトすら無反応だよ。

 

「物思いにふけるなんて君らしくない」

「おい、それ地味に私の事馬鹿にしてない?」

 

 のほほんとした表情と口調のため見過ごしかねないが、こいつは案外辛辣な言葉やえぐい内容でも平然と口にする。

 

「貴族様には悩みが色々あるんだよ」

 

 上品に(ホットドッグにマナーがあるのとか言うな)にチュンの御裾分けを処理していく。

 

「ははは、そうだね、君は君で大変だ」

 

 私を観察して色々と面倒な帝国文化に理解を持ったチュンが笑みを浮かべる。

 

「まぁ、これから互いに色々あるだろうけど、気が向いたら相談してくれ。シトレ校長も言っていただろう?仲間を頼りなさい、とね」

 

何も考えてなさそうな表情でチュンはそう私に伝えた。

 

「……そうだな。まぁ、では愚痴があればお前さんに吐き出して発散でもするさ」

 

 チュンのその言葉に僅かに気を楽にして、私は答える。何、どうせ今日明日の事じゃない。今の内に鬱になるだけ損だな、今は取り敢えずこのパーティーを楽しもう。

 

そんな事を思い手元のホットドッグを私は食べ切った。

 

「あ、訪ねに来る時は美味しい帝国パンをお土産に欲しいな」

「おい、それが目当てなだけだろ?」

 

私はジト目で問い詰めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌6月2日、私はハイネセンポリスから100キロほど離れた自由惑星同盟軍の中枢部のおかれる軍都スパルタ市に足を運んだ。宇宙艦隊司令本部、後方勤務本部、地上軍総監部にハイネセン防衛司令部、宇宙軍陸戦隊司令部、ハイネセン軍事宇宙港等の最重要施設が軒を連ね、その周囲一帯を無数の地上軍基地、防空基地、航空基地、通信基地とそこに駐留する部隊による二重三重の防衛体制が敷かれる。ハイネセンポリスと同様、あるいはそれ以上の警備体制であり、無論サジタリウス腕において最も安全な警備体制の敷かれた地域である。

 

 私は目的の統合作戦本部ビルに出向する(その前に同胞である上官のいる部署に顔を出して激励と小言を頂戴したが)。ここの地上28階の一室にて私は初めての赴任先の連絡を受ける事になっていた。

 

「ヴォルター・フォン・ティルピッツ少尉、入室致します」

 

 真新しい同盟軍士官軍装に身を包む私は、若干緊張しつつ人事科マルキアン・ヴィオラ中佐に敬礼する。

 

 まぁ、流石に初年度からカキンやらカプチェランカのような最前線の可能性は少ない。せめて最初の年くらいは冷暖房と美味しい食事を提供される後方のデスクワークで過ごすさ。出来ればそのままずっと居たいなぁ……。

 

 真面目くさった表情で内心そんな事を考えながら、私は統合作戦本部の人事科の一室で初の辞令を受け取る。目の前の人事科所属ヴィオラ中佐が新品士官である私に、太った体で可能な限りの威厳を込めて辞令を読み上げた。

 

「自由惑星同盟軍宇宙軍所属ヴォルター・フォン・ティルピッツ少尉、第3方面軍管区クィズイール星系統合軍カプチェランカ戦域軍司令部伝令班付将校に任ずる。宇宙暦784年6月2日自由惑星同盟軍統合作戦本部人事科マルキアン・ヴィオラ中佐」

「………」

「……少尉?」

 

硬直した私にヴィオラ中佐が怪訝な表情で声を掛ける。

 

「……ツツシンデハイメイイタシマス」

 

 私の体は自身の内心の意に反して幼年学校や士官学校で指導された通りに機械的に、そして完璧な動作で辞令を拝命した。

 

「………」

 

…………ああ、これはもう駄目かも分からんね。




やっと、主人公を過酷な戦場に放り込める!







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