帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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次で卒業、その次で任官の予定。おい、ようやく卒業とか話進むの遅すぎぃ。

……今から任官後の死亡フラグの山を書きたくて仕方ない(鬼畜)。


第四十九話 誰だって心の内に含むものがあるものだよね

 戦略シミュレーションは所詮は一種のゲームであるが、それでも集中して長時間プレイする場合、精神的、肉体的に非常に大きな疲労感が襲い掛かる。味方との連携に傘下部隊の統制、通信や物資、人員に宙域環境と言った各種情報の管理、敵艦隊の意図を限られた情報の中から合理的に分析し、対策しなければならず、その合間に自分の体調管理もしなければならない。

 

 無論、実戦でないため戦死者はいないし、現実と違い圧縮された時間であるためにその点では現実に比べれば気楽だ。

 

 それでも現実では艦隊司令部があり、各種参謀や副官が行うべき任務も部分的にとはいえやらなければならないため、その点ではやはりシミュレーションとはいえ辛い。

 

 そのため今私が、休憩室のソファーに深く座りこみ、砂糖とミルクを混ぜた珈琲を口にしていようともそれは上官や年上への無礼に当たらない。

 

 尤も、今この空間内ではある意味私より格上の存在がいないので私を窘める存在はいない、とも言えるが。

 

「若様のお考えは分かりました。ですがあの忌々しい蛙食い共に不本意ながら敗れたのは事実でございます」

「他の者達にも若様の御考えは御伝え致しましょう」

「勝敗よりも研究の面の強いシミュレーションとはいえ、しかし公衆の面前での敗北は名誉な事ではないことをお忘れ無きように」

 

 ソファーに座る私を囲むように座り、あるいは起立し直立不動の体勢で私に恭しく諫言(彼ら目線)する同胞、正確には同胞の同盟軍人。

 

 うん、狭苦しい。休憩室で皆ぎゅうぎゅうに集まるの止めるべきだと思うんだ。

 

 まぁ、事態は私としては予想通り、あるいは予想よりはマシなようで悪いような状況だ。

 

 同胞諸君に引きずられチームとバイバイした後私なりに各種の弁明をするはめになった。具体的には相手チームに対して本命の作戦を伝えないため、だとか正面決戦の場合の研究をしてみたかったとか、忌々しい蛙食い共に奴らの土俵で叩き潰してみたかったとか、最大の言い訳は時間切れのため負けたが後少し時間があれば奴らを完全敗北させる事が出来た、だな。

 

「あの野蛮人共め、勝てぬからと時間切れを狙いやがった。実戦ならば今頃勝利の祝宴をし、肴に奴ら全員一列に並べて晒し者にしてやったというのに」

 

 足を組み忌々しそうな表情でこう答えた。え?時間切れ狙ったのお前だろ?あーあー聞こえなーい。

 

 正直その辺り突っ込まれたら困ったが、そこは血筋が助けてくれる。帝国開闢以来の伯爵家の直系、しかも末席とはいえ母方は帝室出身な、恐らく新無憂宮にいてもサラブレット扱い(そしてリップシュタットに参加して義眼に処分される)の私が、貴族的に高慢な態度で自信満々に、しかも貴族階級の使う帝国語で優々と宣言すれば皆さん言い返せる訳無いよね?

 

 同盟地上軍副総監ハーゼングレーバー中将(子爵)、第6艦隊司令長官グッデンハイム中将(伯爵)、統合作戦本部情報部長マイドリング=ティルピッツ中将(分家子爵)、第6地上軍司令官バルトバッフェル中将(本家筋)、同盟軍にて貴族としての私にそこまで強く叱りつけられるのは、現在俗に帝国系将官四人衆と呼ばれる彼ら位だ。

 

 当然ながら彼らは暇ではない。同盟軍の主力部隊の一角や軍中央司令部に勤める彼らがそうそう学生のお遊びを見に行けるか、と言えば難しい。つまり私にこの場で高圧的に責め立てる事が出来る者はいない(尚、通信回線)。取り敢えず秘密裏にグスタフ三世陛下に泣きつこうかな(私はフレーゲルの同類か)?

 

 そもそも見に行く必要が無い。見に来る将軍や提督方は見所ある才能を探しに来る訳で、私は元から帝国系首脳部の引き抜き対象だ。え、同盟軍は縁故で出世出来るのか?いや、功績挙げられると信じているから、多分激戦闘地に送られるんじゃないかな(白目)?

 

 まぁ、流石に本当に死にやすい所に行く事はそうそう無かろうが、少なくとも着任後は功績を立てやすい花形部署には送られるだろう。才能はあるのだから場所を与えればガンガン出世してくれると、同胞達は確信しているに違い無い。なんかお腹痛くなってきた。

 

 無論、追求が弱いのはシトレ校長の芝居がかった演説が一役買っているのは間違い無いだろう。此度のシミュレーションで勝ち負けを議論するのは誤りであると堂々と宣言し、しかも私達の指揮や戦略にも称賛の言葉をかけたのだ。シトレ中将が派閥色の薄い人物である事も、同盟軍を代表する若き名将であり、十年後の元帥候補である事も皆承知だ。態々相手の面子を潰して敵に回す事も無い。寧ろその手の名誉に敏感な帝国系軍人には効果覿面だ。

 

 そのため少なくとも私が強く責められる事は無い。私は、だが。

 

「それにしてもゴトフリート四年生、あれはなんだ!若様に御迷惑をおかけして……!」

「左様、卿は何をしたか分かっているのか?折角若様の優秀さを明白に証明する機会であったものを……!」

 

 明らかな敵意を持って彼らは私の傍にて直立不動の姿勢で待機する従士を責め立てる。

 

 理由は理解出来る。少なくともベアトが右翼をせめて後数分持たせる事が出来れば、あるいは我々が判定勝ちしていたかも知れない。実際はそれどころか本隊にまで混乱を波及させ、下手すれば私の総旗艦が撃沈されていた可能性もあった。その意味では私の御守り役の任を果たせなかったと言わざるを得ない。

 

「はい、此度の件、確かに私の失態で御座います」

 

 ベアトが心底沈痛な表情で答える。私の許しを得ても失態は失態である。責め立てられても仕方ないし、言い訳なぞもっての外である。それでも頭を垂れないのは主人である私の傍に控えているからであり、主人の前で他の貴族に従う訳にはいかないからだ。

 

「ゴトフリート従士については私から叱咤しておいた。これ以上詰問するのは止めて欲しい。どうぞ御容赦を」

 

 年下の癖に偉そうだが、私は少々不快な表情を発言者に向ける。大半は男爵、子爵、帝国騎士階級、それに初期亡命貴族以外の者が殆どだ。不快そうに、しかし礼節を完全に整えてやんわりと頼めばどうにか言い訳が立つ。彼方も私の面子を余り傷つける訳にはいかない。

 

「……若様の申し出は尊重しましょう。ゴトフリート従士家はティルピッツ伯爵家に古くから仕える家、大逆罪でもなければ我らに如何なる処遇も与える権利は御座いません」

「ですが余り特定の家臣を贔屓にせぬ方が良い事をお忘れなきように。伯爵家に仕える家はゴトフリートのみでは御座いません」

 

 注意、というよりは諫言に近い口調で彼らは指摘する。

 

「うむ、年長者たる上官方の御指摘、含蓄に富むものです。胸に留めておきましょう」

 

 私は必死の演技で微笑みながら礼を述べるように答える。

 

 実際に良く考えたらかなりベアト……というよりゴトフリート従士家……を厚遇しているように見えなくもない。

 

 ゴトフリート従士家は、伯爵家に仕えている分家含め三桁存在する従士家の中でも五本の指に入る名家だ。帝国開闢以来の伝統はあるし、代々私兵軍の参謀や盾艦艦長、当主の副官や護衛を受け持ってきた。亡命以前には三名の将官を輩出したし、新無憂宮に侍女を送った事や、伯爵家やその血を引く大公家に寵姫を送った事もある。

 

 ブラウンシュヴァイク公爵家に初代から仕えるアンスバッハ家やシュトライト家、あるいはアイゼナッハ伯爵家のグリーンセンベック家やシャウディン家、皇妃ジークリンデを輩出したワーグナー家のように下位門閥貴族に匹敵するような名門中の名門従士家に比べれば一歩譲るが、少なくともゴトフリート家はミューゼル家のような禄に歴史も無い家よりも遥かに貴族だ。

 

 そのような煌びやかな伝統を持つ従士家ではある。あるが、それでも従士家は従士家だ。ライトナー家やノルドグレーン家、レーヴェンハルト家のように同格の従士家は幾つかある。そんな中で側仕えしているのは……正確には色々ぐれたりなんやり面倒な性格だった昔の私が許容出来たのがベアトだけだった。

 

 まして、幼年学校時代、そして今回と二度に渡り失態を演じ、許されれば依怙贔屓していると言われても残当だよなぁ。

 

 居心地の悪そうにベアトはこちらを見やる。諫言される私よりも、ある種彼女の方がこの事については気にしているだろう。

 

 どこぞの侯爵夫人のように寵愛一人占めしたぜウェーイ、な性格ではなく、どちらかと言えば一族全体の、あるいは家臣団全体の融和と団結を重視する性格だ。自分の立場、あるいは一族が厚遇される事に否定的という訳では無いだろうが、それはあくまでも良識の範囲内、家臣団一同が納得出来る範囲内での話だ。

 

 少し不適切な例えだが、従士家を中核とした家臣団は主家に各種特権を与えられ、寄生する事で繁栄しているのだ。自分から宿主たる主家と家臣団に不和の種を蒔き、あまつさえ仲間内での共食いの果てに宿主が死んだら笑い話にもならない。

 

 その上忠誠心が高く、体制と伝統を信奉しているきらいのある彼女にとっては、自身が不和の種になるのは本意ではないだろう。

 

「………」

 

 俯き加減に沈黙する従士。こればかりは、内容が内容だけに口を出せないなぁ。

 

 実際の所、厚遇と言うが冗談抜きでベアトいなかったら生命とか成績とか私生活とか色々終わっていただろうから、手放せないのが本音だ。気持ちは分かるが勘弁して欲しい。

 

「ヴォル坊も少し疲れておる。それくらいにしてやってくれんかね?」

 

のしのしと鈍い足取りで休憩室に助け舟が来る。

 

「ロ、ロボス少将……!」

 

 ゆっくりと入室してきた叔父に私も含めた全員が慌てて起立し敬礼する。

 

「うむ、すまんが後で話そう。席を外してくれんかな?」

 

 微笑みながら頼みこむロボス少将に反対出来る者はいない。爵位は無いが、母方は皇族の血を引き、父方の家は旧銀河連邦系の名家、父は現在国防委員会所属の議員、本人は士官学校次席の将来の同盟軍首脳候補である。反対出来る筈も無い。

 

「……二人とも、気苦労をかけたな」

 

私とベアト以外が退出した後、心底労うように叔父が口を開く。

 

「いえ、あのような醜態を見せ申し訳御座いません」

 

私は貴族の礼節に従い深々と謝罪する。

 

「いや、あれは流石に仕方あるまい。運が悪かった。寧ろ良くやってくれた。お蔭様で我々の立場も守られた」

 

 下手にあの場で焦土戦をしていれば、現在の同盟軍首脳部に席を置いていた同胞への適性も疑われかねなかった。長征派辺りが国防委員会なり人事局にネガティブキャンペーンをしていた可能性もある。

 

「儂から長老連中に口聞きしておこう。老人方は少々視野が狭くなるのがいかんなぁ」

 

ははは、と朗らかに笑う。

 

「……御迷惑おかけします」

 

 複雑な表情を向け謝意を示す。この人は、政略結婚の結果であるが半分帝国貴族の血を引くものの、残り半分は平民の血だ。血筋を極端に重視する一部の保守的な同胞の中には、爵位が無く半分平民の彼が宮廷に顔を出す事、同胞面する事に、公には言わないが不快感を持つ者もいる。

 

 その分実力で今の立場を確立してきた訳だが、私への口利きで立場も少し難しくなるかも知れない。

 

「気にする事は無い。坊の実力は良く知っておる。あの不利な状況で良く頑張ったな」

 

 剽軽な表情でそう言いながら、自動販売機から珈琲を購入する。ミルクと砂糖がどっぷりと入ったそれを、深々とソファーに座り込むと御機嫌な表情で口にする。あー、この人若い頃痩せていたのに今じゃあ肉饅頭になった理由が分かった。随分ストレス溜めているんだろうなぁ。

 

「ゴトフリート君も良く頑張った。最後の事は気にしなくて良い。あれは儂でも厳しい」

「……承知致しました」

 

 無論、従士への配慮も忘れない。寧ろ、自身の微妙な出自から目下の者にも良く気を配る。尤も、今のベアトにどこまで届いているかは分からない。叔父自身もベアトの内面の感情は理解しているため、深くは尋ねる事は無かった。

 

まぁ、それは兎も角………。

 

「では、そろそろ我々も御邪魔しても宜しいですかな」

「帰れリア充」

 

 取り敢えずそろそろとばかりに入室してきた帝国騎士に笑顔で帰れコールを発する。尤も効果なく図々しくもバリトン調の帝国騎士は小っちゃい連れを連れて椅子に座り込んだ。

 

「酷い仰り様ですね。私は折角敗戦に落ち込んでいる雇用主を見ぶ……お慰めに参ったというのに」

「今見物って言おうとしたよね?物笑いの種にしにきたよな?そうだよね?」

 

 私の指摘をどこ吹く風とばかりに受け流す帝国騎士。こいつ、雇用主になんて態度だ。

 

「そんなんだからヴァーンシャッフェにグチグチ言われるんだ」

 

 同じ陸戦略研究科所属の有望な帝国系陸戦士官ではあるが、神経質で上下関係に厳しいヴァーンシャッフェと飄々としたこの帝国騎士は、何かとウマが合わない事で知られる。正確には、一方的にヴァーンシャッフェがシェーンコップに注意している形だが。まぁ、実力は互いに認めているし、憎しみを抱いている訳ではないだけマシではあるが。

 

 シェーンコップ帝国騎士は現在、亡命政府に将来を期待される士官学校学生の一人だ。将来は確実に将官になるだろうと言われ、家柄も悪くない、強いて言えば性格に難があるし、「士官学校亡命者親睦会」のパーティーの出席率も多くない。出席するのも私やクロイツェルの顔を立てるためだ。

 

 そして因みにその顔もあり、出席する女生徒に声をかけられ、不機嫌そうにするクロイツェルに抓られ、機嫌を取る羽目に陥るは様式美だ。

 

「そう言われましてもねぇ。私は家柄や礼儀は兎も角、実際に貴族然とした生活はした事が無いものでしてね。なかなか慣れるものではありませんよ」

 

 貴族らしく振舞える事と振舞いたいか、は別問題という訳だ。成程、気持ちは分かる。……分かるが、毎度パーティーでクロイツェルと一緒にタッパーに飯持って帰るの止めてくんない?見られないように隠れてやっているのは分かるけど!100%自然放牧の赤身ローストビーフが美味いのは分かるけど!

 

「いや、あれはフロイラインがたくさん持ち帰りたいとごねるからですが……」

「止めて下さい!ワルターさんっ!本当ですけど私を売らないでください!お肉美味しいんです!仕方ないんです!実家じゃああんな柔らかいお肉食べられないんです!」

 

 ベアトに冷たい視線を浴びせられ、半泣きでシェーンコップの影に隠れるクロイツェル。仲がよろしい事で、リア充に災いあれ!

 

「ははは、なかなか賑やかで愉快な後輩君達で結構な事だ」

 

 その様子を見ながら愉快なものを見るように笑う叔父。一方、シェーンコップ帝国騎士はそんな叔父を見て優美に敬礼する。

 

「ラザール・ロボス少将殿、私、ハインブロン=シェーンコップ帝国騎士家よりティルピッツ四年生殿の食客をしておりますワルター・フォン・シェーンコップ三年生であります。若様には毎度御馳走になっております」

 

 不敵さと礼節を最大限両立させた所作は、確かにその貴族的礼儀作法を十分に受けた事を証明していた。

 

「ろ、ローザライン・エリザベート・フォン・クロイツェル帝国騎士です!え、えっといつもご飯が美味しいです!」

 

 一方、クロイツェルは慌てて自己紹介をする。うん、こっちは完全に不合格だね。美味しいご飯ってなんだよ。ふざけんな。何でお前そこの不良学生に自然に混じってタダ飯食ってんの?

 

 尤も、叔父の方は微笑ましくそんな私への敬服の欠片も無い後輩を見やる。

 

「うむ、ヴォル坊が世話になるな。何かと詰めの甘い所がある子だが、どうか宜しく頼むよ?」

「ええ、勿論。タダ飯分くらいは一応働きましょう」

 

 私を見て、意地の悪い笑みを浮かべ返答する不良学生。こいつマジで人に喧嘩売るの好きだな。

 

 取り敢えず不機嫌な表情を浮かべ、私は手元の珈琲を口に含む事に専念する。どうせ口喧嘩と戦斧術では不良学生に勝てない事はとっくの昔に知っているのだ。相手の土俵で戦う必要はありやしない。

 

「お、決勝戦か……」

 

 珈琲を飲みながらぼんやりとしていると休憩室に取り付けられていたソリビジョンに気付く。お説教から結構時間が経っていたようだ。

 

 画面の先ではコープのチームとヤングブラッド首席のチームが激戦を繰り広げていた。コープのチームは私の次に当たったチームに対してのそれと同様に、力尽くで正面から叩き潰そうとしていた。激しい攻撃が首席チームに襲い掛かる。

 

 一方、ヤングブラッド首席のチームは本人を含め戦略戦術が(比較的)苦手なメンバーが多いので、その攻撃を受け流しつつ十全の補給と電子戦、陸戦部隊の特殊部隊や工兵部隊による兵站への攻撃により、敵の攻撃効率と士気を低下させようとしていた。そしてそれは半ば成功しつつあった。

 

「マジで狂ってんな。艦隊戦が苦手なメンバーばかりとか冗談だろ?」

 

 ヤングブラッド首席こそ戦略研究科出身だが、残りは陸戦や情報、後方支援を専門とする学生ばかりだ。その癖コープ達と正面から互角の戦いを演じる。学年トップクラスの奴らは可笑しい。あいつらは得意不得意なんて建前みたいなものだ。総合的に全ての教科で九割以上取らないと首席争いなんか出来ない。席次100位以内なんて、1点2点が席次に致命的な影響を与える世界だ。

 

「四年の首席は前線よりも後方勤務の適性が高いと評判ですからな」

 

 ソリビジョンを見ながらシェーンコップが補足説明する。士官学校最大の花形研究科は戦略研究科のために首席たる本人も所属しているが、本人は統合兵站システム研究科に行きたかった、という噂は本当だ。本人から聞いた。

 

 同盟軍将兵は、同盟の後方勤務の人材は最盛期にあると噂する。

 

「後方勤務本部長の椅子は指定制さ。十年後はロックウェル、二十年後はセレブレッゼ、三十年後はキャゼルヌで、四十年後はヤングブラッドが予約しているのさ」

 

 後方勤務職の軍人や志望学生の間では、自分達が後方勤務本部長になれないだろう事を自虐を交えてながら語る。現在の後方勤務本部長ワン・ジンミェン大将、次長ジェシー・アイゼンバーグ中将にしても、士官学校学生時代からその席に着くであろうと噂されていた。

 

 引き抜きがあったとしても学生時代の成績、そして実際の功績も評価されている事も含め、何も無ければこの予測はほぼ確実に実現するだろう。

 

 ……まぁ、何も無ければだが。セレブレッセの喪失は痛かっただろうね。

 

「いいよなぁ。ヤングブラッドにしろ、皆オールマイティに才能があって、羨ましい限りだよ」

 

 愚痴同然に溜息をつく。物心ついた時からびしびし扱かれてやっとこさで講義についていっている身からすれば妬みしかない。

 

「あきらめなよ、多分おにいちゃんはがんばったから、人間ほどほどでまんぞくしないと」

「おう、毎度毎度神出鬼没だな。忍者……いや、ニンジャか、お前は」

 

 ひょっこりと休憩室に顔を出すロリデリカに私は毒づく。相変わらず私は十歳児相手にマジだ。大人気ねぇ。

 

「何だ?慰めにでも来てくれたの?」

「え、それはないよ」

 

 じいしきかじょーだよ、と引き気味に返答するミスグリーンヒル。何気に心に突き刺さるから止めて。

 

「フレデリカ、だから失礼な事をいうのは止めなさい」

 

 注意しながらグリーンヒル准将が現れる。フレデリカはそんな父の足に隠れる。少し眠そうだ。

 

「全く、母さんに怒られたばかりなのに、元気過ぎる娘だ」

 

 どうやら、母の目を盗んで学内でマスコット達に迷惑をかけまくっていたらしい。

 

「もう帰るのかね?」

 

ロボス少将の質問。

 

「ええ、妻も、娘も疲れているので。後の休暇は実家でゆっくり過ごしますよ」

 

微笑みながらグリーンヒル准将は私の方を見る。

 

「負けてしまったのは残念だが、良い試合だったよ。もし機会があれば、私の所でも参謀か部隊の席を空けておくよ。その気があれば来て欲しい」

「はは、戦死していなければ、ですが。考えておきます」

 

 社交辞令ではあるだろうが、その誘いに敬礼しつつ苦笑いして答える。貴方個人は悪くないかも知れないが、死亡フラグを建てないでくれませんかねぇ?

 

 グリーンヒル准将はうとうとする娘を抱きかかえると、改めてロボス少将と私達生徒に敬礼して退出する。それを見送った後、ロボス少将は笑顔で提案する。

 

「では、そうだな。気分転換に食事にでも行かんかね?今日は良く頑張った坊を労いたいからな」

「えっ……あ、はい。分かりました」

 

 いや、多分予め予約取っていたんだろうからね、断る訳にはいくまい。恐らく本当は勝った後のお祝いのためだっただろうけど。複雑だなぁ。

 

「あのぅ……私はぁ」

「クロイツェル君達もどうかね?アルゼント街の「金獅子亭」という店だが……」

「高級レストラン!ごっちになります!やりましたねワルターさん」

「全くローザラインは目敏いですなぁ」

 

 ごく自然にタダ飯を手に入れるクロイツェル。おーい、不良学生当然の如くお前も混じるな。

 

「若様……」

「……お前は、まぁ楽しんでおけ。士官学校の安い飯は流石に飽きるからな」

 

落ち込み気味のベアトに微笑む。

 

「食べ終えたら二人で試合の評価研究でもするか。遺憾ではあるが私一人では分析出来んからな。頼むよ」

 

 ベアトの気持ちを察知して私は頼み込む。励ますより、慰めるより、この方が良い。

 

「……はいっ!喜んでお引き受けします!」

 

 その言葉に僅かに元気を取り戻した従士は、私に向け惚れ惚れするような敬礼を返したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウィルヘルム・ホラントはシミュレーションの敗北の後、他のメンバーと別れ、一人学内のトレーニングルームにて筋トレを行っていた。

 

 スポーツウェアを着た状態で高級マシンを持って黙々とトレーニングを行う。体操により筋肉をほぐした後、ルームランナーで10キロの道を淡々と走り、アブクランチで腹筋を、ロウア―バックで背筋を鍛え上げる。今は九十キロのベンチプレスを無心で上げ続ける。

 

 ちらほらとトレーニングルームに寄った学生が試合の健闘について褒めたりもしたが、ホラントは完全に無視して体を上気させてトレーニングを続ける。尤もホラントが士官学校に在籍して四年である。皆彼の性格をある程度理解しているので、不機嫌になる者はそんなにいなかった。

 

 これはウィルヘルム・ホラントなりのストレスの解消の仕方であった。敗北による行き場の無い怒りとエネルギーを、自身の肉体を鍛え上げるための原動力に転換する事により発散するのだ。

 

 幼年学校時代から続く習慣であるこれは、同時に帝国人の素朴な筋肉信仰の影響である事も否定出来ない。開祖ルドルフが鋼鉄の巨人と称されたように彼は……少なくとも皇帝に即位した時までは……強靭で頑健な肉体美の持ち主であったし、武門貴族は当然として、文官貴族まで皆ボディービルダーになれそうな者ばかりであった。

 

 記録に残る旧銀河連邦末期の国家革新同盟機関誌やタブロイド紙を見れば、上半身のギリシャ彫刻さながらの肉体を見せつけているルドルフとその同志の写真を見る事が出来る。与党の肥満体の議員や大臣と比較し、「どちらが銀河を背負うに相応しい?」という見出しが付けられたものである。帝国人にとって健全な肉体を持つ者のみが生きるに値し、頑健な体を持つ者のみが指導者たる資質を持つ。トレーニングは帝国人にとっては鍛えるという意味だけでなく、生きる資格のある事の証明である。

 

 ホラントもまた、そういう意味では帝国的価値観を完全に捨て去ったとは言い難いかも知れない。

 

 兎にも角にも、彼は自身のストレスへの捌け口としてその肉体美に磨きをかける。別に敗北自体に怒りがある訳でも、まして敗因としてチームのメンバーに怒りがある訳でも無い。

 

 強いていえば、自身の努力が足りずに敗北した事に対する怒りがトレーニングの原動力である。彼は敗北の責任を他者のせいにしないし、暗愚な人物でも無い。あの試合でゴトフリートを始めとしたメンバーが疲労していたのは理解していた。その上で、相手の隙をギリギリまで見つけられず、戦力を削り切れなかった自身に対して怒っていたのであった。

 

「はぁ……!」

 

 重りを追加した、百キロのプレスが高らかに持ち上がる。汗が滴り落ちて床に水たまりが出来そうだ。照り付ける照明もあって、彼の体が照り光る。

 

「……相変わらず呆れる筋力ね。貴方、宇宙軍じゃなくて地上軍に行った方がいいんじゃないの?」

 

 妙に低く響く声に気付いたホラントが、百キロのプレスを支えながらそちらの方向を見る。不機嫌そうに壁に凭れる人影が視界に映り込む。

 

「……何用だ?大言壮語をして敗北した負け犬を笑いにでも来たか、コープ?」

 

 コーデリア・ドリンカー・コープの姿を視認したホラントは自虐的な笑みを浮かべる。

 

 しかし、コープはそれに対してむすっ、と不愉快そうな表情を浮かべる。

 

「それは今の私には嫌味にしかならないわよ?」

 

 くいっと、首でトレーニングルームに設置されるソリビジョンを指し示す。そこでは戦略シミュレーションの結果について、元同盟軍人や軍事評論家が厚かましく評論していた。

 

「……惨敗したか」

「別に慰めて欲しくないけど、容赦なく言うわね」

 

はっきりと事実を指摘するホラントに毒づくコープ。

 

「美辞麗句を飾っても仕方無かろう?それに貴様はそういう薄っぺらい言葉が好みか?」

「冗談言わないでくれる?そんな言葉聞くだけで吐き気がするわ」

「ならば毒づくな」

 

 ホラントは、ベンチプレスをゆっくり、しかし危な気も無く下げるとタオルで額の汗を拭い払い、水分補給のためにスポーツドリンクを呷るように飲み干す。

 

「……余り食ってかからないのね」

 

つまらなそうにコープは呟く。

 

「なぜ食ってかからねばならん?」

「私は形は兎も角あんた達を破ったわ。プライドの高いあんたなら私が負けた事に思う事があるんじゃないの?」

「馬鹿馬鹿しい」

 

ふん、といつも不快な際にするように鼻を鳴らす。

 

「俺が負けたのは俺の努力と実力不足だったからで、それを逆恨みするなぞ小人の所業だ。まして貴様も満足する戦いではなかっただろう?」

 

 そう言いつつ体の筋肉をほぐすと、今度はボクシンググローブを装着しサンドバックに殺人的な切れ味のジャブを加え始める。

 

「俺達との戦いでも随分と精彩を欠いた戦い方だったな。まして準決勝…それにどうやら決勝もらしくない戦い方だな。普段ならもう少し緻密な戦いをしていた筈だが?」

 

 幾度も戦略シミュレーションの相手をした相手だから分かる。普段に比べ無駄に壮大かつ派手な戦い方をしている事に。

 

 そんな相手に負けた事は恥であるし、そんな状況の相手が負けた事を嘲るなぞ厚顔無恥にほかならない。

 

「……気付いた?」

「気付かん方が可笑しい。ヤングブラッドにもその辺りをしつこく付け込まれたのだろう?」

 

激しくサンドバックに拳を叩きつけながら指摘する。

 

「あいつ……優し気な顔して、本当蛇みたいなねちねちした戦い方をして、むかつくわ」

 

 コープの方は腕を組み決勝戦について思い出すと吐き捨てるように言う。自分達もそうであるし、戦争はスポーツとは違うのは当然だが、それでも他人に付け込むのと、自分が付け込まれるのとでは全く違う。無論、相手の機微を敏感に察知して付け込む事も簡単ではなく、それが出来る首席はやはり優秀である、とも言える。

 

「それでも、普段通りに戦えばもう少し健闘出来たのだろう?」

「………」

 

 唯でさえ、相手が相手のせいでホラント達との戦いでは本来より派手な戦いをして見せなければならなかった側面がある。

 

 まして敗北する訳にはいかないため、最後は醜悪な乱戦に持ち込んでギリギリで勝利したのが御老人の気の触ったらしい。現役軍人の同胞には擁護する声もあったが、現役を退いて政治家に転身した年配や隠居組には随分と責められたものだ。

 

 おかげで準決勝、決勝では一層激しく、華々しい戦い方を指定されたものだ。準決勝では意地もあるのでご指定通り派手に勝利して見せたが、決勝ではこの様だ。

 

「……貴様も大変だな」

「……煩い」

 

 呟くようなホラントの言葉に舌打ちしつつコープは答える。

 

「仕方ないわ。爺様方は口煩いけど、色々と恩義があるのも事実だしね。あんたも似たようなものでしょう?ここまで来るまで周囲の環境なり、教育費なりわんさか投資されているんでしょう?」

 

 士官学校に入学する者に苦学生や貧乏人もいない事は無いが、大半は幼少期から膨大な金を使って教育されてきた者ばかりだ。当然ながら善意では無いし、同胞として期待を背負う身だ。そして養うのに使われる金は先祖が血と汗であがなって稼いだものであり、自分達の豊かな生活と社会的地位は政財界での多くの敵派閥との闘争の結果なのだ。それを無碍にする訳にはいかない。

 

「正論ではあるな。義理堅い事だ」

「……皮肉?」

「いや、心底そう思っただけの事だ」

 

 少なくとも、恩義を受けてそれを裏切るつもりの自分より余程出来た人間だとホラントは思う。口にはしないが……。

 

「……ああ、腹立つ」

 

 ホラントのその超然的な態度に何か感じるものがあったのか、その鮮やかな赤毛を掻くと、どしどしと普段の所作から思いもつかない荒い足取りで歩き出す。

 

 そして、ボクシンググローブを嵌めるとホラントが拳を振るうそれの隣のサンドバックにそのか細い腕からは想像出来ない程激しく、鋭いジャブが撃ち込まれ始めた。

 

「ぎゃーぎゃー騒ぎやがって糞爺共!更年期障害かっ!?同じ事しつこくしつこく何度も言ってくるんじゃないわよ!本当聞いているこっちの身にもなったらっ!?」

 

 サンドバックを撲殺するかの如く悪意と敵意を込めて暴力を振るう女学生。

 

「加齢臭するのよ!足腰痛いなら態々こっち来るな!あんたらの過去なんて知るか!爺同士でタイマンで殴り合ってろ!ボケ老人が!!後ね、お茶請けに芋けんぴとクラッカーとかダサいのよ!もっと御洒落なもの用意しなさい!現代っ子の気持ち考えなさい!というかプティング用意しろっ!」

 

 毒を吐きまくりながらサンドバックを殴り続けるその姿は、名家のお嬢様からは程遠い。その拳の一撃は唯の力任せのものではなく、明らかに対人戦を意識したものだった。士官学校で指導される殺人を前提とした対人徒手格闘戦技の技術を存分に生かす。サンドバックを誰に見立てているいるかは言うまでもない。

 

「爺共め、そんなにやること無くて暇なら政治ごっこせずににゲートボールでもしてろ!!」

 

 止めとばかりにサンドバッグに最高の回し蹴りを浴びせるコープ。凄まじい音が室内に鳴り響いた。その迫力はホラント以外が見ていれば恐怖に竦み上がった事は確実だ。

 

「はぁはぁはぁ……もう行くわ」

 

 十分ばかり罵詈雑言と暴力を振るい終えると息を切らしたコープが平静に戻り、不機嫌な口調でそう言い捨てて去ろうとする。トレーニングルームの出口に差し掛かろうとする所でコープは声をかけられた。

 

「おい」

「……何?」

 

ホラントの声に足を止めるコープ。

 

「……21時頃ならばここは人が少ない。やるならその時間にしておけ」

「……何の積もり?」

 

踵を返し、怪訝な表情でコープは尋ねる。

 

「お前が定期的にストレスを解消してくれなければ、全力の貴様と戦えんからな。貴様は俺の知る中で、戦闘の面では最も手強い知人の一人だ。俺の研鑽のための貴重な練習相手だ。そのコンディション維持に手を貸すのはやぶさかでは無い」

 

そう言いながら表情一つ変えずホラントはジャブを続ける。

 

「………そう。けどその言い草、あんたはその時間いる訳?」

「不満か?」

「……いえ、あんたはそうそう言いふらすような性格じゃないわね」

 

肩を竦め、コープは再び出入口に向かう。

 

「……恩に着るわ」

「ふん……」

 

 不機嫌そうなホラントの態度に、しかしこれ以上何も言わずコープは去る。別に癪に障りはしなかった。この男が普段から気難しい表情をしている事も、別に表情ほどに気難しい訳でない事も今更の事なのだから……。

 

 




藤崎版が復活……リッテンハイム侯の貴族らしい雄姿が遂に見られる(フラグ)!!

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