帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:古ぼけた蝶番
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第五十六話 大帝陛下の勧誘手段はまさに悪魔の所業

「つまり我々四名で900キロ先の基地ないし、450キロ先の通信基地までブリザードの吹き荒れる中、しかも帝国軍の展開する警戒網を誤魔化して救援要請を届けよ、か。……正気じゃねぇな」

 

 艦内車両格納庫に鎮座する雪上車の運転席でその運転マニュアルを確認しながら、雪原迷彩を施した寒冷地用軽歩兵軍装に身を包む私は自嘲した。ああ、忘れていたよ。装甲車両の類は全てカプチェランカ赤道基地の防衛戦力として置いていったから、格納庫にあるのは非装甲の履帯式雪上車(61式雪上車)と、数台のホバーバイクくらいだ。おい、これ殺しにかかってきてねえか?

 

 半日前に艦長から伝えられた命令は無謀……とはいかないまでも、かなり困難な命令であったと言わざるを得ない。装甲戦闘車両も装備せずに、新品少尉二名を含む四名でもって帝国地上軍の最低一個連隊の警戒を振り切り、あるいは欺瞞して友軍と接触、救援部隊を要請しなければならない。

 

 無論、艦内でも議論は紛糾した。ある軍人は新兵に危険な任務を課す事に反対したし、ある軍人は我々が捕虜になり自分達の居場所が知れる事を危惧した。ある軍人は我々がそのまま逃げるのではないかと嘯いた。まぁ、民間人の反応に比べたらマシだけど。

 

 だが、実際問題このまま何もせずに無為の時間を過ごす事は出来ない。潜水艦の航行は船体のダメージからして危険だ。そして未だにこの艦を捜索している可能性もある。稼働停止状態のため簡単には発見されないであろうが、それだって限度がある。食料を始めとした物資だって、多くの員数外の人員を乗せているため余裕とはいえない。何よりも、戦闘が終わるまで待っていたら気付いたときには同盟軍がこの惑星を放棄して見捨てられている可能性すらある。そして乗員の中で陸戦技能のある者を優先すれば、誰が選抜されるかは自明の理だ。

 

「若様、余りに危険ではないでしょうか?私から若様だけでも待機して頂くように進言致した方が良いのではありませんか……?」

 

 隣で同じく保温性の高い寒冷地用軽歩兵軍装を着た従士が進言する。

 

 海水まみれで戻ってきた私を心配した事もあるが、従士として危険過ぎる任務に主人を同行させる事に難色を示しているようであった。幾ら武門の誉高い門閥貴族の出身とはいえ、今回の任務は危険過ぎる。少数で数百倍の敵部隊の警戒網を支援無しで抜けろ、などと自殺行為に等しい。大軍を先頭に立って率いるならば兎も角、民間人のための救援任務などと言う雑用に主人を同行させるべきではない、という訳だ。これは同じく同行するライトナー家の二名も同感らしい。

 

 だが、私としてもここに残るのは正直居心地が悪いのも確かだ。唯でさえ追い詰められている中で、亡命したとはいえ門閥貴族出身の私が堂々としていられるか、と言えばそんな訳ない。士官なら兎も角兵士達となると、新兵が多い事もあり、極限状態になれば私刑の対象にされかねん。唯でさえ、普通の士官や下士官ですら恨みを買うと兵士に後ろから撃たれる事すらある。海に沈められて事故死扱いなんて事になったら笑えない。

 

 そうでなくとも、私としてはベアトを始めとした従士を置いていき、ぬくぬくとしているのも居心地が悪い。部下だけ危険な目に合わせて図々しく自室に引き籠っている、などと後ろ指を指されてもそれはそれで嫌だし。

 

それに……。

 

「誰かがやらないといけないからな。適性のある奴が行くべきさ」

 

 どの道ベアト達が失敗すれば終わりだ。ならば成功率をコンマ1%でも上げる努力はすべきだろう。

 

「成しうる者が為すべき事を為すべき……という事で御座いますね?」

「ん?あー、成程ね」

 

 一瞬ベアトの聞き覚えのある言葉に考え込んだが、すぐに思い出した。ルドルフ大帝が身分制度を制定した際の言葉か。

 

 実質的には宇宙暦306年頃には半ば既成事実化していたものの、帝国の身分制度は法的には帝国暦9年6月12日に制定された「神聖不可侵たる初代銀河帝国皇帝ルドルフ1世陛下の御名により制定される遺伝子学に基づく帝国臣民の義務とそれに付属する各種社会的役職の名称に対する諸法」、通称を「銀河帝国身分法」により公式化された。それを超光速通信による全銀河への大帝陛下の宣言の際に引用されたのが「成しうる者が為すべき事を為すべき」の言葉である。

 

「かつて人類社会の黄金時代を生み出し、その権威と秩序を銀河の全域まで行き渡らせた銀河連邦が堕落し、退廃し、有名無実化したのは何故か!その答えは一つである!社会の安寧と、秩序の維持、臣民を指導するべき支配者としての義務を忘れ、拝金主義者共が欲望のままに議会を私物化し、人類社会を導くべき役目を放棄したからにほかならぬ!そして妄言と虚言に振り回された人民が彼奴等に惑わされ、それに加担したからである!余はここに確信した。古代ギリシャより連綿として受け継がれてきたこの共和政の誤りを正すには、より超然とした指導者達の存在が必要不可欠である事を!これまでの煽動政治家共に変わり、人類社会をその両肩に背負うだけの意思と才覚を有する者達に対して、永代に渡りその役目を課す必要性を!そして決断した!人類社会と銀河帝国の悠久の繁栄のために、末代にまでその身を捧げる覚悟のある者達を裁定する事を!例えどのような苦難であろうとも、公共のために成しうる者が為すべき事を為すべきなのだ!帝国暦9年6月12日、銀河帝国初代皇帝ルドルフ1世の名の下に、ここに「銀河帝国身分法」の制定を宣言する!」

 

 195センチメートルの身長に99キログラムの体重、ひとかけらの脆弱も、ひとかけらの贅肉も無いその頑強な肉体はまるで城壁を見上げるよう、その肩には人類社会と帝国の将来も決して重いものではなかった。その視線だけで人を殺せそうな鋭い眼に、険しい皴の入った顔、威厳の塊のような荒々しさに気高さと理知性を兼ね備えた声、まさに人類と銀河の支配者になるために生まれてきたかのような存在が、正に煌びやかな帝冠と帝衣に身を包む。記録映像の中の大帝はまさに時代の傑物であり、当時の人々は、人間の平等を否定したこの宣言を寧ろ歓呼の声で迎え入れたという。

 

 まぁ長々とした演説を省略すれば、実力ある者がその才覚に相応しい義務と職責を果たしなさい、と言う訳だ。才覚も意思も無い平民とそれ以下の連中が、国家の上層部を占めたり影響を与えていたら社会を堕落させるだけだから、口を出すな、黙って優良種の命令通り働いていろ、と言う訳だ。

 

 実際、同盟政府にとっては不快であろうが、門閥貴族、特に伯爵以上の者は当時、少なくとも実力はガチ(精神・思想が健全とは言っていない)な奴だらけだったからな。大帝陛下は本当に才覚を見て爵位を与えていた。帝政初期に存在した帝国議会の共和派政治家なんて連邦時代から大帝陛下と敵対していたが、それでも連邦議会の腐敗政治家達の中で見れば際立って優秀であるために議会残留を許され、爵位を与えられた者達であった。本人達の大半はそれを固辞したので、一代貴族や爵位無し貴族として扱われたが。

 

 因みに大帝陛下は所謂白人系ばかりを貴族にしたというが、そこは少し違う。実際の話、人種間の混雑が進み、多くの連邦市民は元の人種が分からない者も多かった。特に白人系と黄色人種系の差異はかなり少なく、区別がつかない事も多い。大帝陛下がそういう嗜好であったのは事実であるが、貴族になった者には元々アジア系・アフリカ系の名前を有していた者も少なからずいた。流石に黄色人種系、黒色人種系の形質が強く遺伝している者は爵位を得られなかったが、それでも親類が貴族になった者、本人が中堅・下級役人になった者も少なくとも帝政初期にはそれなりにいた。

 

 寧ろ、非白人系が排斥されるようになったのはジギスムント1世時代(反乱勢力の中核だった)、ジギスムント2世時代(金銭が好き過ぎて、ジギスムント1世時代の事を難癖つけて資産没収からの反抗・奴隷ルート)、アウグスト2世時代(過去の2例からハードルが低くなったために初期の殺戮対象)の歴史を経てである。これらの歴史のため、以後、帝国政府が公式に非白人層を狙い撃ちした差別的法律を制定していないにも関わらず、非白人層が迫害対象として捉えられるようになった。しかも加害者の中核は貴族ではなく平民な辺り、人の業は深そうだ。

 

まぁ、それは兎も角……。

 

「若様の御考えは分かりました。でしたら私から言うべき事なぞ御座いません。若様のみが為せる義務を果たすその一助となれるならこのベアト、不肖の身なれど従士としての義務を果たすために御供させて頂きます!」

 

 おーい、止めろ。きらきらした瞳でこちらを見るな。

 

 私が大帝陛下の御言葉を有言実行しようとしていると思っているらしい。嫌だよ、ぶっちゃけ大帝陛下嫌いだよ。世が世ならブラック企業の社長だからな?大帝陛下の気質って。

 

 門閥貴族(に選ばれる予定の方々)が連邦時代、というか帝政後もどれだけ無茶ぶりされたか……初期の貴族とか、貴族に列せられても贅沢する余裕零だった。一族揃って永年ブラック企業勤め決定したようなものだからな?寧ろ選ばれて絶望のあまり泣いた奴までいるからな?凄く分かり易くいえば、帝政初期に貴族に選ばれるなんて完全に淫獣に「余と契約して門閥貴族になってよ?」って言われるような感じだからね?絶対御先祖様達ソウルジェムドブ色に濁ってたからね?

 

 尤も、態々否定して話をこじらせるのも面倒なので適当に苦笑いを浮かべて誤魔化す。今は認識の違いを確かめるより遥かに重要な事があるのだから。

 

「問題はどうやって警戒網を抜けるか、だな」

 

 一個連隊。この時代の地上戦において、その数は決して大きな戦術単位ではない。地上戦において宇宙軍の正規艦隊に該当するのは、同盟軍にて計八個編成されている「地上軍」である。一個地上軍は兵員160万から180万の兵力を有し、四個ないし五個遠征軍、そこに司令部直属の航空部隊、海上部隊、宇宙部隊、特殊部隊等から成る。

 

 但し、各地上軍は実質的に全軍が投入されるのは稀だ。実際に投入されるのは分艦隊にあたる遠征軍であり兵員20万から25万、一つの星系を制圧するのに必要な戦力とされる。さらにその下位にある軍団は兵員5万程度で、惑星一つを制圧する最低限の数である。そこから考えれば兵員1500名から2500名程度の連隊は文字通り寡兵であり、純軍事的には無きに等しい。「薔薇騎士連隊」のように帝国軍から畏怖されるされる連隊は例外中の例外だ。

 

 それでも今の私達には強大な敵軍である。こちらは四名、装甲車両は皆無、使える武装は個人携帯火器、せいぜい分隊単位で運用出来る重火器程度しかない。対して、帝国軍の地上部隊は同盟軍のそれより重武装で練度が高い。

 

「遺憾ながら数の差は認めるしかありません。であるならば、地形を利用して可能な限り賊軍の索敵を回避するのが最善策でしょう」

 

 携帯端末の液晶ディスプレイに映し出された地形図を見つめながらベアトは意見する。

 

「だな。我々の任務は伝令であって戦闘じゃない。その上で、こちらの存在に気付いた敵は可能な限り情報を共有される前に始末するのがベターだな」

 

 こちらの利点はその存在を知られていない事だ。少なくとも現時点では潜水艦の位置も、伝令が出ようとしている事も把握されていない。そこに活路が……あるといいなぁ。

 

「その辺りはもう少し議論して詰める必要があるだろうな。……雪上車の整備はこんな物だな。装備の確認の方をしようか?」

「はっ!」

 

私の提案に凛々しく従士は敬礼で答える。

 

 主力たるブラスターライフルと実弾銃は当然の装備として、携帯式対戦車ミサイル、重機関銃、対車両地雷、手榴弾、拳銃類とその弾薬、戦斧、軍用ナイフ、金属探知機に携帯無線機、携帯式暗視装置、多機能双眼鏡、狙撃スコープ、そのほか携帯食料に車両用予備バッテリーも忘れる訳にはいかない。

 

 それら一つ一つを確認し、場合によってはばらしていざという時に作動するように整備する。特に刃物類が多いけど何でだろう?

 

「はぁい、カプチェランカのような寒冷な惑星ですとぅ、飛道具が凍結して作動しない場合があるからですぅ」

「おう、いきなり出てくるな。幽霊か」

 

 取り敢えず、戦斧を持って私とベアトの間に気配もなく現れたライトナー軍曹に突っ込みを入れる事にする。

 

「寒冷地で運用される火器には凍結対策が為されている筈では?」

 

一方、冷静にベアトが疑問を尋ねる。

 

「そんなのぅ、気休めですよぅ。確かに一応対策はされてますけどぅ、所詮機械ですからぁ、戦場で長期間使っているとぅ、案外すぐに動かなくなったりするんですよぅ。そうなるとぅもう撃つよりぃ、斬る方が簡単でしてぇ」

「いや、それは可笑しい」

 

 原作で戦斧での戦闘はちらほら出るが、実際の所本当に刃物で戦う場面は全体の極一部だ。小口径のブラスターや実弾から人体の主要部分を防護出来る重装甲服を着ていても、視界正面や関節部分は防護が薄いので危険である事に変わりない。宇宙暦8世紀でも撃つより斬る方が早いとか言う奴は少し……というかかなり可笑しいから。

 

「いえいえぇ、本当ですよぅ」

「少なくとも一般論ではないな」

 

 「薔薇騎士連隊」一般兵の戦闘を直に見た事は無いが、リューネブルク伯爵や不良学生、もしくは目の前のライトナー家の人間を見る限り確かに撃つより斬る方が早そうな奴らはいる。だがあくまでも例外だ。ゼッフル粒子のおかげで近接戦闘の発生自体は度々あるが、それだって撒く側は別に近接戦闘を挑もうと言う訳ではなく、どちらかと言えば破壊工作のためだ。工作中に発見され、仕方なく戦斧を振り回している状況の方が圧倒的に多い。その次に多い事例が船内や基地内での遭遇戦だ。野外戦闘で刃物を振り回す奴は明らかにクレイジーだ。

 

「まぁ、だからこそ兄共々期待させてもらう。狙撃猟兵は気付かれずに相手を仕留めるのが得意らしいからな。今回の任務は敵に悟られずにいる事が重要だ。頼りにさせてもらおうか」

「はぁい、勿論で御座いますぅ」

 

 にこにこと意地の悪い笑みを浮かべながら承諾する。うーんこの顔、明らかに楽しそうにしているな。戦斧なりナイフを振るいたくて仕方なさそうだ。

 

 少し離れた所でブラスターライフルを分解している兄はそんな妹をジト目で見つめていた。普段から凄い苦労しているんだろうな……などとこの緊迫した状況でどこか的外れな事を私は考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 さて、物資面の準備は恙なく……とは言わないまでも、為すべき事は分かるため問題は殆ど無い。寧ろ問題はやはり作戦面の準備だ。

 

 トライトン級輸送型潜水艦は輸送潜水艦という特性上、艦内にはかなりの空間的余裕が存在する。そのため、トライトン級は小規模な改修を受けた通信特化型や海上部隊の旗艦機能を有する艦も建造されていた。「ブルーギル」の場合も臨時に作られた無線通信室に併設された作戦会議室を有し、出立前の最終会議もまたここで行われた。

 

「以上が無線と地形図により推測される、周辺地理と友軍・敵軍の展開状況です」

 

 通信士と航海士、そこに私とベアト、民間人の専門家で作り上げた地形図がソリビジョンで映し出される。

 

「ふむ、帝国軍が友軍基地と部隊を塞ぐように展開しているな」

 

 カミンスキー艦長が地形図を見て口を開く。それは殊更に奇をてらった意見ではなく、見たままの感想を語ったに近い。

 

「幸運な事は、これは恐らく我々を意識しての展開ではない事です。無論友軍の迂回攻撃を想定していない事は無いでしょうが、だからこそその警戒網は相応の戦力に対しての物であり、小部隊の索敵に適したものではない可能性が高いのも確かです」

 

無線通信士が収集しえた情報を基に補足する。

 

「それにしても20時間前の情報ではないか。現在の展開状況に変化はあろう?」

「はい。しかし、現状新たな情報の収集は不可能である以上、この情報から推測する以外ありません」

 

艦長の言に航海長が答える。

 

「それはそうだが……実行部隊としての意見は?」

 

 一瞬ベアトに尋ねようとした後に私に尋ねる艦長。士官学校の成績から見てベアトを隊長として意見を尋ねるのが正しいのだが、艦長なりにこちらの力関係を理解して配慮しているらしい。

 

「はい、我々も提供された情報を基に分析致しましたが、現状では大きな変化はない、と想定致します」

 

 戦況は若干同盟側が優位、その上帝国軍からは把握される限り新たな援軍要請は出されていなかった。その上、この周辺は数日の間はブリザードが吹き荒れると気象部隊が想定していた。爆撃が困難となれば、この戦域の戦局が動く可能性は低いと言える。

 

「ふむ……ではルートはどうする?」

「はい。それについてはこちらを」

 

 レーザーポインターでソリビジョン上の地形の一点を指す。

 

「本艦から北西方向、ここは所謂山岳部でありレーダー索敵の影になります。また、山岳部である関係から物理的にも隠れる事は困難ではありません。ここから迂回するように北に進みます。その先は暫く遮蔽物の少ない雪原地帯になります。ですので、ここはブリザードに紛れて全速で突き抜けるほか無いでしょう。そこを過ぎれば然程難しくはありません。その先の森林地帯に我が軍の小規模な通信基地があります」

「森林地帯?」

 

 地上の事情に疎い艦長が疑問を口にする。彼は地上が文字通り雪と氷だけの世界と思っているようだ。まぁ、ほぼ事実ではあるが。

 

「はい。2万から2万5000平方キロ程度の小規模な針葉樹林です。近隣に旧銀河連邦の開発プラントがあり、恐らく惑星改造の一環で植林されていたものの残骸でしょう。我が方の中継用通信基地がその中に隠匿されてます。そこから友軍と連絡が取れれば良し、基地機能が破壊・占拠、あるいは放棄され復旧不可能な場合は、そこからB-Ⅲ基地に接触を図ります」

「可能かね?基地から90キロ地点に帝国軍が展開しているのだろう?」

「開発プラントを影にして進む事になります。金属探知、レーダー索敵からこれに紛れて誤魔化します。そこから80キロ程度は再び雪原地帯となりますが、40キロも進めば同盟軍の勢力圏内となります。雪上車で全力で走れば1時間もかからずに逃げきれます」

 

 別に私一人で考えたルート作成ではない。寧ろ通信士と航海士、ベアトと民間協力者が中心だ。私は幾つか出来た案から最も危険が少ないものを選び発表しただけだ。

 

「必要な日数はいかほどになるかね?」

「最短で4日、最長で7日程度と思われます」

 

 行くだけならもっと早く到着するだろうが、帝国軍を欺瞞しながら、と考えればこの程度は必要だろう。

 

「……行けそうかね?」

 

 その後も細々とした作戦の概要を説明と共有、有事の際の対応……我々が戦死又は捕虜となった際や潜水艦に移動の必要があった場合の想定、第二陣の伝令を出す場合等……について打ち合わせ、その全てを終えた後、艦長が心配するように尋ねる。

 

 艦長なりに新品少尉を心配しての発言であろうが……嫌だ、と言って逃げる訳にもいかないから答えられる返答の選択肢は少ない。

 

「命令であれば、軍人としてそれに従うまでの事です」

 

 可能な限り義務的に答える。下手に感情を見せても罪悪感を与えるだけのため、そう答える。

 

「そうか。……出立は8時間後だな。今日は休みたまえ」

「はっ!」

 

 何を思ったのかは分からないが暫し考えこむと、艦長はそう言って退出を許す。私は後ろに控える従士達と共に教本通りの敬礼で答える。

 

「……本当に大丈夫かい?」

 

 臨時作戦室を退出したと同時に同じく退出したオリベイラ助教授が尋ねた。此度の移動ルート作成に向けた民間協力者の一人として助力していた。惑星地理・環境の研究をしていたため部分的に軍人よりもこの惑星に詳しい。

 

「大丈夫、とは断言出来ませんが、助教授の協力もありますので可能な限り安全なルートを選べたと考えております。特にプラント周辺の地理は同盟軍の地理データだけでは不足でしたので、助かりました」

 

 基地間の連絡網から少し外れているので、同盟軍も偵察衛星で上空から大まかに調べたデータしかなかった。その点では助かった。

 

「いやいや、少尉には皆の命がかかっているからね。寧ろこちらから協力させてもらっている立場さ」

 

 人の良さそうな笑みを浮かべる。見るからに苦労とは無縁そうな表情だ。その辺りはやはり、アレクセイと同じく育ちの良さが滲み出ていた。

 

尤も、そんな民間人は全体では少数派であるが。

 

 事実上の遭難であることから、避難民の中には同盟軍の避難指示に反発している者も多いらしい。基地に残った方が安全ではないか、と言うわけだ。まして秘密は漏れるもの、という。別に秘密にしていた訳ではないが、伝令役が帝国系という事実が広がれば不信感を持つ者が出ても仕方ない。

 

「おいっ!本当に帝国人なんて伝令に出して大丈夫なのか!?「薔薇騎士連隊」のように裏切るんじゃないのかっ!?」

「何でそんな奴を選ぶんだ!?ほかにも軍人は沢山いるじゃないか!?」

「早く助けてくれよっ!俺はこんな星で凍死も餓死もごめんだぞっ!?」

 

 通路を通れば兵士が重要区画の境界で陳情する民間人を塞き止めていた。

 

「あいつら……」

「……あっちの通路から行こうか?」

 

 ベアト達が不快そうな表情を浮かべ何か言おうとする前に私は命令して無理矢理それを阻止する。

 

「……すまないね」

 

 暫し通路を歩いて助教授がばつが悪そうにそう口にする。

 

「全くです。若様の激励や協力をしようという建設的な行動もせず、ただひたすら不平不満を垂れるのみ。これだから下市民は度しがたいのです」

「おいベアト、あまり過激な事を言うな」

 

 民間人の姿を思い出して塵を見るような目で、吐き気を感じるような口調でベアトはそう答える。その嫌悪感がありありと分かる。控えるライトナー兄妹も同じく不愉快そうだ。彼らには民間人の姿が、アルレスハイム星系政府で教えられる連邦末期の堕落した市民と重ね合わさっているのかもしれない。

 

「ははは、帝国系の皆さんにはそう見えるのかな?」

 

 オリベイラ助教授はそれを不愉快、というより少し興味深そうに見る。感性の違いについて関心を持ったのかもしれない。 

 

「すみません、少し忠誠心が過剰なものでして……」

 

そして判断力は部分的に過小かもしれない。

 

「いや、気にしていないよ。確かに同じ同盟人に対して言い過ぎだよ。怒るのも分かるさ。ただ……彼らも事情があるだろうからね」

 

複雑そうな表情で助教授は苦笑いする。

 

 助教授を筆頭とした学者陣は、研究のため進んでこの星に来た者だからある程度の覚悟は出来ている。だが、ほかの者もそうとは限らない。

 

「仕事で来たくないけどこの星で働いている人もいるからね」

 

 天然資源委員会からの注文を受注した大手資源開発企業、そこが圧力をかけて子会社や下請けに人を出させた結果、ここのプラントで働かされている者もいる。

 

 あるいは軍との関係が長く、次の仕事が来なくなるのを恐れて、嫌々ながらこんな前線に来ている料理人や清掃業者の社員もいる。企業は兎も角、派遣する社員が社内の力関係で半ば強制的に向かわされる場合もあるだろう。

 

 そのほか、軍人経験者の中には帝国人へのネガティブな感情を持つ者もいる。「薔薇騎士連隊」の不祥事のように、帝国系が問題を起こすと普通の同盟人より注目される事も無関係ではあるまい。彼らの態度は仕方ない面があることも否定出来ない。追い詰められると人は卑怯にも下劣にも低俗にもなれる。それはある意味では仕方ない。

 

 寧ろこの場で冷静に、道徳的に正しく出来る者の方が少数派であることは肝に命じておくべきだろう。望遠鏡が顕微鏡の機能を有さないのが罪でないように、顕微鏡が望遠鏡の機能を有さない事を弾劾すべきではない。何と言うべきか……それはフェアではない気がする。

 

 尤もそこまで口にはしないが。ベアトにでも言えば、どうせ意味をねじ曲げて解釈するだろう。皇帝が思った事を口に出来ないのと同じだな。いや……そこまで考えるのは私が異常なだけか?

 

 兎も角、軽く従士達に注意してから助教授には謝罪しておく。口は災いの元である。門閥貴族に生まれてから、それが含蓄に富んだ言葉であることを確信した。

 

「それはそうと若様、出立までいかがしましょう?」

 

 残りの時間を如何に過ごすか尋ねるベアト。尤も答えはもう決めていた。

 

「不健康だけどね……食べて寝るさ」

 

 私は肩を竦めて答える。雪上車での睡眠は快眠とは程遠い事は、学生時代に経験済みなのだ。

 

 

 

 

 

 宇宙暦784年8月30日同盟標準時2230時、ブリザードに紛れ流氷を破砕して浮上した潜水艦から、救援要請を伝えるため伝令4名を乗せた雪上車が発進する。その役目が無事果たされるかは、この時点では知る者はいなかった。

 

 




ルドルフ「仕方ないよ。愚民共には(人類を導くのには)荷が重すぎた。でも諦めたらそれまでだ。君達なら人類の運命を変えられる。避けようのない破局も、衰退も全て僕達で覆せばいい。そのための意志と才覚が僕に、そして君達にも備わっているんだ。だから……僕と契約して門閥貴族になってよ!」







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