帝国貴族はイージーな転生先と思ったか?   作:鉄鋼怪人

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藤崎版で盾艦がクローズアップされた事実に感激


第五十三話 集団行動出来ない人物は周りから浮くもの

 宇宙空間からの地上攻撃が初めて実施されたのは、シリウス戦役開始直後の惑星ロンドリーナ攻略作戦においてである。地球軍三提督が一人ヴィネッティが、これまで理論上の物でしかなかった軌道爆撃を実戦で初めて使用し、ロンドリーナに駐留していた植民星連合軍宇宙軍は宇宙に飛び立つ事すら許されず壊滅した。そしてすぐさまその方法は彼自身の手によって洗練され、より一層効率的な破壊を行うためのものに改良された。

 

 宇宙暦8世紀の軌道爆撃において使用されるのは主に低周波ミサイル、中性子ビーム砲、バンカーバスター、電磁砲等だ。

 

 内、各々の破壊目標、使用方法は予め想定されている。例えば最初に爆撃で使用されるのは低周波ミサイルだ。貫通力がなく地表を広範囲で吹き飛ばすそれは、地表部分の施設を排除するのに利用される。但し、破壊範囲が広いので多くの場合友軍の揚陸、展開前に使用される。また低速のため迎撃されやすい欠点もある。

 

 中性子ビーム砲による砲撃はその貫通力が売りだ。現代では多くの場合、軍事施設の中枢部は地下深くに備えつけられている。光秒単位の射程を持つ中性子ビーム砲の一撃は、頑強な地下施設に対しても一定の効果を発揮する。但し、光学兵器のため爆発力は無いので破壊範囲が限定されるという欠点もある。

 

 バンカーバスターは地下施設破壊のために存在する。燃焼性の高いそれは、中性子ビームによって出来た穴に向け叩き込まれ、地下施設を広範囲で吹き飛ばすために使用される。

 

 最後の電磁砲は近接支援火力だ。地上軍の進撃に合わせ、トーチカや砲台等の防衛施設を地上部隊の誘導に応じて砲撃する。光学兵器に比べ破壊範囲は広く、かつ低周波ミサイルほどには広すぎないため味方を巻き添えにしにくい。また、敵にとってはプラズマ化した砲弾の迎撃は難しい。

 

 一方、それに対処する方法も洗練され、今となっては軌道爆撃は決して抗いようの無い一方的な攻撃ではないのも事実である。

 

 爆撃する艦隊はまず衛星軌道上の防衛衛星群を排除しなければならない。

 

 それは足止めにしかならないが、その間に地上の敵部隊はある程度の防衛体勢を整えてしまう。

 

 低周波ミサイルの迎撃は案外簡単だ。西暦の21世紀初頭には、原始的な大陸間弾道ミサイルの精密迎撃兵器は開発されていた。所詮光速で飛ばないミサイル兵器は、撃墜するのは難しくない。誘導段階で妨害電波を使い、明後日の方向にさようならさせてもよい。

 

 中性子ビームやレーザーと言った光学兵器に対しては、防空ミサイルによる重金属雲層で威力が減衰するし、地下の大型発電設備で支えられる中和磁場発生装置で防がれる。それを抜けても、対光学兵器用コーティングの為された複合金属で包まれ、超硬質繊維と耐熱コンクリートで守られた地下施設は簡単に吹き飛ばせない。

 

 バンカーバスターも同様だ。所詮は音速で飛ぶ実弾は、万全な迎撃体制が整えば脅威ではない。

 

 弾頭がプラズマ化する電磁砲による砲撃は迎撃は簡単ではないが、代わりに射程の関係で光学兵器に比べ宇宙艦艇もかなり地表に近づく必要があり、反撃も受けやすい。

 

 地上部隊の反撃も思いの外強力だ。各地のサイロから撃ち込まれる星間ミサイルは、軌道爆撃が惑星の衛星軌道で実施しなければならない以上至近距離で対処しなければならない。要塞砲の中性子ビームや対空レーザーも艦艇のそれより出力が高く、下手な中和磁場では貫通されかねない。電磁高射砲の連射能力は、小型艦艇にとっては特に脅威だ。

 

 即ち、多くの一般人が思う程に宇宙艦隊と地上部隊、特に軍事施設との戦闘は一方的なものとはならない。

 

「第14要塞砲台陣地通信途絶、第17要塞砲台陣地全壊!」

「重金属雲濃度20%に低下、追加のミサイル群を発射します!」

「C-05ブロック崩壊、E-07ブロック大破……!工兵部隊、修繕作業に向かって下さい!!」

「低周波ミサイル群第5波を確認、数120、防空隊は迎撃を……!」

 

 カプチェランカ赤道基地では今まさに、苛烈な防空戦闘が繰り広げられていた。地下深くに設けられた基地地下司令部では、オペレーター達が端末に向き合い次々と戦況を報告する。基地司令部に備え付けられた地上監視モニターを見れば、満天の星空の上で迎撃されたミサイルの火球や雨のように降り注ぐ光条が確認出来る。しかしその破壊の嵐に対して基地防空隊は適切な対処を行い、殆どは無力化されている。

 

「敵艦隊の迎撃は後回しでいい、防御に徹するのだ。観測班は敵揚陸部隊を警戒しろ。狙撃猟兵と工兵隊が破壊工作のために潜入する可能性がある」

 

 簡略に命令を下したカプチェランカ戦域軍司令官マリアノ・ロブレス・ディアス准将は、司令官席に腰かけ鋭い視線でモニターを睨め付ける。細かすぎる命令は却って現場の行動を束縛する可能性もあった。直接現場の状況を把握出来ない現状では、不用意な束縛は行うべきではない。

 

 カプチェランカ衛星軌道上にて同盟宇宙軍が撃破され、軌道爆撃が開始されてから約3時間が経とうとしていた。

 

 カプチェランカ戦域軍の保有する艦艇は約60隻、将兵にして7000名前後程度の戦力しかない。

 

 だがそれは当然で、この星系において、特に敵味方の混在するカプチェランカでは気候の影響から地上に大規模な宇宙港は作れないし、衛星軌道上で基地を建設すれば即刻攻撃対象になる。結果、両軍とも周辺の他の惑星や衛星上の基地から、艦隊を三交替制で臨時に派遣せざるを得ない状況が長らく続いていた。同じ星系内とはいえ態々別の駐留地から派遣するため、小艦隊でなければ継続した派遣は難しいのだ。上位司令部たるクィズイール星系統合軍の有する宇宙戦闘艦艇は約770隻、必要以上の戦力を派遣する余裕はない。戦闘はカプチェランカ以外の惑星や衛星の軌道上でも起きているのだ。

 

 尤もそれは帝国軍も同様だ。そのため両軍とも決定的戦果を挙げる事も無く、損失を気にして消極的な戦闘を続けていた。……これまでは。

 

 カプチェランカ衛星軌道上でその戦闘が起きた直後、数日に一回発生する殆ど損害も無い小競り合いが始まった、カプチェランカ戦域軍副司令官にして宇宙部隊司令官たるヴェイ大佐はそう考えていた。

 

 そのため、司令部に対して交戦に入る連絡はしたがそれだけであった。カプチェランカ赤道基地の司令部要員も同様に考えていた。年に百回近く、しかも犠牲者も殆ど出ない戦闘だ。しかも戦闘の激化する夏が終わり冬が始まろうという時期である。数十分ほど互いに弾をばら撒いて後退して終わりの筈だと考えていた。そのため皆慌てず、ゆっくりと動き出した。

 

それが間違いであった。

 

 帝国軍艦隊は300隻に及ぶ艦隊を動員して、数倍する火力で同盟艦隊を圧倒した。ぎりぎりまで索敵網に掛からないように、大半が惑星の反対側の影に展開していた。そして戦闘開始と共に惑星の北極圏を通り、天頂方向から襲い掛かった。

 

 半数近い艦隊を失ったカプチェランカ戦域軍宇宙部隊は撤退せざるを得なかった。そして未だ警戒態勢の整わないカプチェランカ赤道基地に対して軌道爆撃が実施された。

 

 奇襲に近かった初撃で、基地の地上部は少なくない損害を被った。宇宙港に係留されていた数隻の宙陸両用輸送艦と大気圏内航空機の半数が破壊されたほか、比較的重要度の低い施設が幾らか吹き飛んだ。

 

 尤も、防空隊はすぐさま反撃に出た。中和磁場の展開と重金属雲ミサイルにより、光学兵器の損害は殆どない。ミサイル攻撃も完璧に迎撃出来ている。電磁砲の攻撃には対処方法は少ないが、その場合は母艦を直接叩けばいい。

 

 カプチェランカ赤道基地の防空隊はこの3時間で装備の3割を喪失しているものの、電磁砲撃の主力たる駆逐艦を中心に28隻の敵艦艇を撃破していた。破壊された艦艇が大気圏に突入し、流れ星として空を彩る。

 

 戦闘自体はほぼ互角であった。初期の奇襲が痛かったが、それ以降は伯仲した戦闘が繰り広げられている。カプチェランカ赤道基地周辺の同盟基地からの支援攻撃もあるため、帝国軍はそちらへの対処も必要だった事もある。

 

問題があるとすれば……。

 

「通信の復旧は出来ないか?」

 

ディアス准将は深刻な表情で通信参謀に向け尋ねる。

 

「衛星軌道の通信衛星が破壊されたようです。また、艦隊から強力な妨害電波も流されています。地上基地の友軍相手ならば中継の通信基地づたいに連絡は可能ですが、上位指令部となると通信は技術的に困難と言わざるを得ません。更に言えば、地上の各通信基地も今後は爆撃の標的になる事が予想されます」

「そうか……」

 

 通信参謀からの報告を反芻しつつ、腕を組みながら基地司令官は帝国軍の行動の分析を行う。 

 

 この攻防戦自体は基地側に有利だ。地上基地や宇宙要塞の中和磁場発生装置は、電源の関係から艦艇用のそれより遥かに強力で大型のものを用意出来る。電磁砲以外の実弾兵器を迎撃するだけの弾薬も残っている。

 

 問題はこの攻撃が単発的なものか否か、上位指令部は健在か否か、増援の来る展望の有無である。いくらカプチェランカ赤道基地がこの星最大の規模の基地で、防衛能力と物資が豊富であっても、所詮は前線基地である。物資は外部からの補給に頼らねばならず、それが尽きれば敗北は必至だ。

 

 そしてこの星系全体の状況が不明な今、その展望の予測は簡単ではない。

 

 既に地上からの観測だけで、この惑星と周辺宙域に展開しているとみられる帝国軍艦隊は400隻を超えつつあり、それは常時この星系に帝国軍が派遣している艦隊戦力の半数近い。

 

 実際にそんな事をすればほかの戦線から連絡が来るであろうし、戦略的にもリスクが高すぎる。即ちそれは、帝国軍は本国から増援を受けた上で攻勢に出た事を意味する。

 

 となれば、この攻撃は単なる爆撃ではなく恒久的な占領のための準備であるのではないか?

 

 ディアス准将は、末端とはいえ自由惑星同盟軍の准将である。士官学校で、このような場合自分の独断ではなく、専門知識を備えた参謀と相談すべきであることを学んでいた。

 

「参謀長、どう思う?これは本格的な攻勢かね?」

 

 基地司令官として准将は、傍に控える参謀長ゴロドフ大佐に尋ねる。

 

「恐らくは……。現在収集中の無線通信によれば敵艦隊は最低一個軍団規模の揚陸艦隊が後方に控えています。また、敵艦隊の攻撃が山岳部の多い北部に集中しているのも、揚陸拠点とするためと考えれば合点がいきます」

 

 大柄な参謀、というよりもベテランの下士官に見えるゴロドフ大佐は、冷静に敵の攻撃について分析する。

 

 基地北部には山々が連なる山岳部だ。北部の防空部隊を集中的に殲滅し、その後山岳部に揚陸、砲兵部隊を展開させれば効果的な支援攻撃が出来る事だろう。

 

「地上部隊を送って守らせるか?」

「いえ、どうせ一度の爆撃で防空網を撃破出来ないのは知っている筈です。それにあそこでは中和磁場の展開範囲ではありません。部隊を配置しても次の爆撃で全滅します」

「では、地上部は捨てる他無いな。地下での持久戦か」

 

 防空部隊は数日は持つだろうが、増援がなければ所詮時間稼ぎにしかならない。だからといって地上で機甲部隊を展開して揚陸部隊を迎え撃とうにも、空の傘を失った後では機動力を生かす事も出来ない。そうなると必然的に、籠城戦しか選択肢がない訳だ。

 

「推定される敵戦力とこちらの戦力、物資から見て、どれだけ持ちそうかね?」

「我が方の基地の人員は1万8000名前後、後方支援要員を除けば1万2000名程になります」

 

 元より最前線で防衛する基地ではないため後方支援要員が多数を占める。それでも本国に帰還するための宇宙港があり、帰還予定部隊も集結しているため相応の戦闘部隊は駐留していた。尤も、最前線での戦闘で消耗した部隊であるが。

 

 基地警備用の五個警備大隊に、戦略予備のための1個機械化旅団、数日後に帰還予定だった一個陸戦連隊……後は支援部隊に軽装甲戦闘服や軽歩兵用防弾着を着せ投入するかだが……。

 

「人材の無駄遣いになるな」

 

 支援要員を戦闘要員より下位に見るのは間違いだ。各種専門知識を有する支援要員を唯の歩兵として運用するなど贅沢で、無駄な使い方である。無論、状況が状況であり文句は言えないのだが。

 

「武器弾薬については比較的余裕があります。地下空間で遅延戦闘を続ければ、2週間程度は防衛可能かと」

「その間に援軍が来なければ、降伏か玉砕と言う訳だな」

「はい」

 

 最悪の結末について司令官と参謀長は淡々と語り合う。共に前線で幾度となく死線を潜り抜けて来た立場である。そのくらいの覚悟はある。

 

「クィズイール星系統合軍の戦力では反撃は難しいな。他方面からの増援が集結するまで……となると際どいな」

「それでは……」

「どちらにしろ地上戦の準備をさせろ。早急に防衛陣地を作る。それと、軍属については脱出準備をさせてくれ。契約しているとはいえ、民間人を戦闘に巻き込むのは宜しくない」

 

 自由惑星同盟において戦争は、戦場は決して軍人だけの物ではない。これは民主国家としての建前ではなく、厳然たる事実だ。

 

 封建的・全体主義的な傾向がある帝国政府はいざ知らず、同盟は資本主義国家であり、軍事、或いは戦場に多くの軍人以外の存在……俗に軍属が活動している。

 

 例えば兵器の運用・修理に関わる各種軍事企業の技術者が多く前線基地にいるし、基地の清掃員や工事業者、厨房の料理人や売店の店員の少なくない数が民間企業から雇われた軍属だ。また、多くのメディアや戦場カメラマン、記者、ジャーナリスト等が誓約書にサインするのと引き換えに最前線を取材する事もある。

 

 特にカプチェランカの場合、多くの資源開発プラントの建設・運転用技術者、惑星地質・気候・生態系の研究のための研究者、旧銀河連邦時代の破棄された設備を研究する歴史学者、文化学者等も少なからず滞在している。

 

 無論、最前線の銃火飛び交う地域に滞在はしない。同盟軍の勢力圏である比較的安全な地域で滞在する事になる。

 

カプチェランカで最も安全なのはこの基地である。

 

「500名を超える民間人。降伏するにしても、玉砕するにしても、彼らだけは脱出させなければなりますまい」

「何が良いだろうか?」

「海上軍の潜水艦が隠密性が高いと思われます」

 

 雪と氷に覆われるために勘違いされるが、カプチェランカには海がある。厚さ最小数十センチから最大40メートルに及ぶ海氷の下には、海底火山の熱や赤道の暖流により温められた液体の水が広がる。そしてこの海は各地の基地に物資を輸送する上で、また帝国軍基地にミサイル等による奇襲攻撃をするために両軍の潜水艦が蠢動し、静かに、しかし熾烈な戦いを繰り広げていた。

 

 空が抑えられた以上、地下の潜水艦基地から安全圏の基地に輸送潜水艦により脱出させるのが一番安全である。少なくとも、行うなら早い方が良い。脱出が遅ければその分危険が増す。

 

「では、今日中にでも?」

「うむ、地下海軍港内の艦ですぐに動かせる艦艇は全て使う。……そうだな、支援要員の中でも特に戦闘に不適任な科の者と、新任の者、それに帰還予定だった負傷兵もだ、乗せられるだけ乗せろ。素人がいても弾の無駄だし、寧ろ前線を混乱させる」

 

 それは間違った判断ではない。場合にもよるが、防衛戦においては数より質が優先される。まして民間人と素人と負傷兵がいる状況では、軍の足を引っ張る事もあり得る。少なくとも今回の戦闘に限れば、プロの軍人だけで行う方が遥かに良い。

 

「それと……あの伝令将校達も乗せてやれ。正直ここで死なれては面倒過ぎる」

 

 歯切れの悪そうな口調で准将は付け加える。2か月前に着任した亡命貴族出身の新品士官を彼は決して悪しく思っている訳ではなかったが、扱いあぐねていたのは事実だ。無能ではないが、やはり貴族的な価値観を持つために下手な事を話してトラブルを起こす可能性もあった。亡命軍は前線の同盟軍にとって頼りになる友軍であるが、同時に一般的な同盟人にとってはやはり異様な価値観の狂人の集まりである。その戦い方は、人命を重視する同盟軍とは違い戦果第一だ。更には同盟軍には無い身分の壁がある。

 

 彼としても、これまで亡命軍や帝国系軍人と共に戦った経験はある。それらに比べれば今回の伝令将校達は「比較的」大人しいものではあったが、今回は伯爵か公爵かは知らないが相応に高い身分の貴族とその取り巻きである事もあり、関わりにくい人物達であった。

 

 まして、彼らがここで戦死すればどのような問題が起きるか分かったものではない。僅かに罪悪感はあるが、早く自身の手元から遠ざけたいというのが本音であった。

 

「司令官も大変ですな」

 

 苦労の色が見える司令官に労うように尋ねる参謀長。

 

「いやいや、彼らも不運なものだよ。初任地でこれだからな。可哀そうなものだな」

 

 僅かに肩を竦めて苦笑いを浮かべるディアス准将は、しかし次の瞬間にはその表情を引き締めて各部隊に更なる命令を伝え始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

「そういう訳だ。ティルピッツ少尉以下の司令部伝令班は民間人の護送及び伝令として明日の夜にでも潜水艦に乗船して貰う。質問はあるかね?」

「い…いいえ、御座いません」

 

 司令部控え室にて司令部副官パターソン大尉からの通達に対して私は内心の驚きを隠して敬礼して答える。

 

 先程まで控え室のソファーに倒れて部下達と相談……というより不安を愚痴にしていた私である。

 

 幼年学校や士官学校で軌道爆撃の映像を、いや実演を実際に見て爆心地を見学した事もある。だが、正に自分の真上から爆撃を受ける経験は初めてのことだった。

 

 そのために内心恐怖におののき、ベアトや爆撃を経験した事のある双子にそれとなく今後について尋ねていた。

 

 特にライトナー兄妹はこの激しい爆撃に対して大したものではないと笑っていた。

 

「経験則から見て、このくらいの震動ならば最下層まで貫通する事はありません」

「まぁ、地下にいられるだけマシですよねぇ、野戦ですとぉ、運が悪いと身を隠す場所がないときにぃ、いきなり辺り一面吹き飛ばされますしねぇ」

 

 実際、山岳部で作戦中衛星軌道から中性子ビームの雨を受けた事もあるらしい。その時は慌てて山道を走り、洞窟に飛び込んで攻撃をやり過ごしたという。

 

 そんな風に私を安堵させる(?)会話をしていた矢先にこの通達であった。だからこそ、一層驚愕した。

 

「し、しかし帝国軍の降下が予測されます。自惚れる訳ではありませんが、地上戦の心得のある貴重な戦力をこのタイミングで基地から離脱させる、と……?」

 

 戸惑いながら私は尋ねる。正直な話、やはり戦死するのは怖い。そのため戦場から逃げられるのなら嬉しいのは事実だ。それでも、やはりここで逃亡という後ろ指を指される行為に罪悪感を感じるのは事実だ。

 

「自惚れと理解しているのなら敢えて口にしない事だ。新品士官数名の有無で戦局に影響があるものか。貴官達は命令通りに、避難民の護衛と避難先への伝令として職務を果たす事だ」

 

 そこまで言った後、何か考えるような仕草を一瞬して補足するように説明する。

 

「民間人の安全確保は同盟軍の最重要任務の一つである。貴官達には全力を尽くして職務に精励してくれる事を期待する」

 

 そう言い切った後、我々の了承の返事を受け取ると簡潔な書類を受け渡し、最後に敬礼をして副官はその場を後にする。

 

 私は受け取った書類……脱出計画の簡略は資料を静かに見据える。

 

「………」

「若様、御気持ちは分かりますが御自重下さい。不本意ではありますが、任務は任務で御座います」

「いや、分かっている。気にするな」

 

 ある意味では渡りに船であるのは事実だ。寧ろ敵前逃亡のような事になるためにベアトが反発するのでは、と思ったが……副官もその辺りを察して「職務」である事を強調したようだ。命令に対しては何が有ろうとも全うしなければならないと考えるのが帝国系軍人である。あのような物言いで言われれば職務に文句を言う事は無い、と考えたのだろう。

 

「……そう言う訳だ。諸君、我々は不本意ながらこの基地から撤収する事になる。最小限の荷物以外は放棄する事になるだろう。荷造りの準備をしてくれ」

 

三名の従士は姿勢を整え綺麗に敬礼を行い返答する。

 

「………それにしても」

 

 潜水艦、か。試乗こそした事はあるが……宇宙空間で死ぬ可能性は考えたが、海中で死ぬ可能性は抜けていたな。いや、護衛も付くからそう悲観したものでもないのであろうが。戦死する可能性ならここに留まる方が高いのだ。幸運といえる。問題は目的地にたどり着けるか、だが……。

 

「祈るしかないな」

 

 元より一少尉に出来る事は少ない。経験も無ければ権限も、説得力も、実力も無いのだ。寧ろ最悪の中ではまだマシな部類の筈だ。航路は勢力圏内の安全な場所を通る予定の筈だ。危険は最小限ではある、が……。

 

「若様……大丈夫でしょうか?御顔が優れませんが……」

 

私の不安に気づいたのかベアトがそっと尋ねる。

 

「そう、か?」

「御無理は為さらないで下さい。まだ実戦は御慣れでない事は承知しております。出来うる限りの補助はさせて頂きますので、どうぞ不安があれば御話し下さい」

 

 そういって澄んだ瞳で真剣に私の目を見て語りかける従士。

 

「……すまんな。毎度の事ながらすぐに不安になる。お前には気苦労をかけるな」

 

いやはや、よく私を観察している事だと思う。

 

「自分で戦えるなら兎も角、船の中で、しかも荷物の身ではな。自身の運命も自分で選べないと思うと落ち着かなくなりそうだ」

 

 苦笑して私は本音を口にする。まして撃沈となれば冷たい深海で溺死だ。息が出来ずに死ぬのはこの上無い苦しみであろうか。

 

「……心中お察しします。確かに自身の運命も他者に委ねなければならぬのはやり切れません」

 

 私の語る内容に納得しつつ、深刻そうな表情を浮かべるベアト。

 

「……既に二度も失敗した私如きの言葉では御信用出来ないと存じますが、若様を御守りするためにあらゆる努力を惜しみません。この身に変えても御救い致します。どうぞ、気をお緩め下さい」

 

 深々と頭を下げて従士は答えた。そこには強い意志が垣間見えた。彼女はこれまで二度失敗している。三度目の失敗は許されないし、実戦である以上失敗すれば次は無いのだから。

 

 いや滅茶苦茶信頼してるよ?というかいてくれないと割と詰むからいて欲しいくらいなんだけど?

 

「おいおい、頭を上げろ。お前こそ気を張るな。お前さんの実力は私が良く知っているし、いつでも頼りにしているさ。でなければ我が儘言って手放さずに傍において置くものか。それに今回は他にも従士がいるからな。お前だけに負担はかけんよ」

 

そう言って私は双子の下士官に視線を向ける。

 

「そういう訳だ。二人共、ベアトと共に私を補助してくれると助かる。可能な限り私も最善を尽くすつもりだが、専門外の分野ではそうもいかん。お前達の経験と知識を使わせてもらう。良いな?」

 

 偉そうな私の言にしかし、重なった声で恭しい返答が返ってくる。私はそれに満足そうに頷く。さてさて……後は天に運を任せるだけだ。大神オーディン……は祈ると逆に戦場に叩き込まれそうだなぁ。ニョルズに祈った方が良いか?

 

 そんな事を内心で考えつつ私は、今後について三名により具体的な命令を伝えていった……。

 

 

 

 

 

 

 

 宇宙暦784年8月26日0040時……深夜の夜、カプチェランカ赤道基地地底湖にある海上軍基地より、停泊中の潜水艦三隻が出航する。民間人511名と後方支援要員・負傷兵204名を輸送するトライトン級大型輸送潜水艦1隻と護衛のドルフィン級攻撃潜水艦2隻の艦隊は、静かに戦火から逃れるために出航した。

 

 その20時間後に、カプチェランカ赤道基地に対して帝国宇宙軍陸戦隊・帝国地上軍野戦軍総勢7万名が降下を開始する。以後12日間に渡り、この基地では激しい攻防戦が展開される事になる。

 

 




尚、無事に脱出出来るとは言っていない(無慈悲)

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